ドレス
ドレスの色は、白だ。
スカート部分は薄絹を幾重にも重ねてある。ケルター子爵家に伝わる首飾りが豪奢なので、それが引き立つように胸元の飾りは少なめにした。袖は繊細なレースでつくられている。
清楚でいて華やかさもあると、シンシアは思っている。
母に見せるため、髪をきれいに結い上げてもらい、ドレスを着た。
シンシアの部屋の中は、メイドたちもたくさんいるのだが、とても静かだ。
とてつもない緊張感に包まれている。
シンシアの前に、ソファに座った母がいる。
母はしばらく無言だった。
それから目に涙を浮かべた。
「私はそういうドレスを一緒に選びたかったのよ。」
悔し涙なのか、感動の涙なのかは今一つわからなかったが、シンシアはほっとした。どうやら揉めずにすみそうだ。
「気に入って頂けて良かったです。これも三年間、お母さまが選びに選び抜いて下さったおかげです。」
「私?」
「えぇ、あの三年間があったから、このドレスにたどり着けたのです。」
メイド達は誰もこちらを見ない。笑いそうなのを堪えているに違いない。キリカも下を向いたままだ。
けれどシンシアが言ったことは、あながち嘘ではない。たくさんの布地や飾り、ドレスを見て、目が肥えたと思う。
「シンシア、そうね。あなた一人で出来るわけがないものね。」
「はい。では、これでなんの心配事もなくなりました。」
シンシアは微笑む。
終わったと思った時だった。
「何を言っているの、シンシア。ダンスの練習をしておかなくては心配だわ。」
「ダンスの練習、ですか?」
「そうよ。必ず踊らなくてはいけないのよ。美しく踊らなくては。」
母は力を込めて言い切った。
できるものならそうしたい。
けれど右腕の動く範囲には制限がある。もちろん踊ることは出来るが、シンシアには少し大変な姿勢を保たなければならない。
「大丈夫です。」
シンシアも言い切る。ここで弱気になってしまっては、母は心配のあまり毎日レッスンをしようと言いかねない。
「従兄弟のテオルドと踊る約束もしていますから。」
しかし母は引き下がらなかった。
「練習は必要よ。誰か、今すぐディーンを呼んで来て頂戴。」
そう命じられればメイドたちも動かないわけにいかない。
「お母さま、ちゃんと踊れます。大丈夫です。」
「見せてもらわなくては安心出来ないわ。私、あなたが踊っているところを見たことがないもの。」
そう言われれば、そんな気もする。
母が練習を見に来たことはないし、シンシアが社交の場で踊ることも滅多にない。
そしてこんな時に限って、ディーンは呼んでもいないのに来るのだ。
「シンシアがドレス合わせをしているって聞いたから。」
そう言って入って来たディーンは、手放しでほめてくれた。優しい兄である。
「ディーン、シンシアのダンスの練習相手を務めてやって。」
母の頼みも、優しいディーンは断らない。
結局、シンシアはそのドレスを着たままダンスの練習をさせられた。
腕が重くなってきて、もう出来ないと訴えたが、母もディーンももう少しと止めてくれない。
右腕が上がらないのは仕方ないのだ。何度やっても同じなのだ。
そして翌日、シンシアは右肩の痛みが治まらず、医者が呼ばれた。
記憶にある限り、生まれて初めて、シンシアは母から謝罪の言葉を貰った。
ディーンは甘いお菓子を買って来た。
執事のイニッツからは、資産明細書が届いた。領地の執事メイケルが作成したものと同じようなものだった。
今は痛みで寝込んでいる。他の理由があると思われないだろう。
シンシアは、誰憚ることなく落ち込んだ。