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俺は彼女を監禁する / 白銀の剣閃  作者: 清水
始動 〜 Silver Slashing ripping the Darkness.
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LVNH//O//2038/04/14/02/05//TE-01/2021/05/22//FCE

 フィリップ大総統より先に『統一協会』(ユナイト)から語ろうか。

 『統一協会』(ユナイト)。その組織は彼自身が言ったように国際連合の主要機関の一つである。国連に加盟している国家は全てこの機関の傘下にあるとも言えるほど大きな機関で、プロの魔術師や各々の国家の最高権力者らによって運営されている。更に、世界のありとあらゆる魔術関連の組織はこの機関と直結しているのだ。それ以外は基本的に違法組織。取り締まりの対象だ。

 機関設立の歴史と言えば、世界情勢が核兵器の開発から魔術の開発へと移行する際に国連に急遽据え付けられた組織で、その組織自体は第一次世界大戦よりも前に設立されていたという。ほら、ええと……十九世紀末の第一次世界大戦前にオランダのハーグで開催された万国平和会議だ。あの国際会議で常設仲裁裁判所と共に正式な設置が認められたという経緯だったはずだ。誰がその会議を提唱したんだっけ、ロシア帝国の誰かだったような気がする。ニコライだかアレクサンドルだか。

 で、これは噂だが、その組織の母体誕生の端緒は少なくとも十六世紀以前だとも言われている程の歴史の深い機関である。名前が『統一協会』(ユナイト)だなんて厨二的で秘密結社みたいなのはその歴史の古さを物語っている。当初は本当に秘密結社であったらしいが、現在は先程から言っている通り公に開かれている国際連合の構成機関だ。秘密結社の方がカッコイイのだがなあ。

 だが、以前、そこのフィリップ大総統が、コソコソやるのはもうオシマイだ、現在求められているのは大衆の力だ、とかいうスピーチをフランス語で行っていたのをテレビで見た事がある。中国史でもそんな革命家がいた気がするが、とにかく、彼のそのスピーチも相当かっこいいものだった。フランス語分からなかったけど。

 それはさておき、そんな長寿の組織の目的は「魔術開発の向上とその弊害の対処」という標語に集約される。たとえば、研究所や学校での魔術教育や開発の支援だったり、魔術犯罪や魔術災害の対処だったり、世界各国の魔術開発競争の調停などを行ったりする。簡単に言うと、世界規模の魔術の何でも屋であり魔術界の世界最高機関みたいな感じだ。今、確かに世界で最も必要な機関だ。

 その機関の頂点というのが大総統という位だ。大総統の位がどれほど高いものかがもう分かったはずだ。一国の創設者や統治者とは格が違う。国連事務総長なんかより大きな権力を持っている可能性もある。


「えっと……君、思ったより反応薄いね。ちゃんとニュース見ているのかい?」

「は、はい。先日、『統一協会』(ユナイト)本部のパリから失踪しただとか……」


 それが、今、目の前にいるフィリップさんだ。

 彼はこの世界の魔術権威の一人で、驚くなかれ、彼はわずか二十四歳という若い年齢でこの位に上り詰めた正真正銘の天才だ。

 そんな重要人物がどうして黒服の護衛無しで、更に私服で俺の目の前にいるのか。どうして俺の名前を知っているのか。彼が……斬殺事件を引き起こしているのか。疑問が渦巻く。有り得ない。意味が分からない。っつーか俺、そんな有名人だったっけ。

 まあ、それは置いといて(本当は置きたくない)、ここから先は彼自身に聞いてみよう。最近、ニュースで放送されている彼の失踪事件の全貌というものを。彼に対する疑問を一番解決出来る質問のはずだ。


「ああ、失踪ね。確かに今、それで世間は賑わっているよね。良い売名になる」

「真面目に答えろ」


 何が売名だ。お前は炎上したら良い売名になるとかほざいちゃう自称炎上芸人かよ。痛々しいほどにも限度はあるだろう。あれ程見ていて凄まじく空しく、そしてそれを持て囃すファンや芸能界に無念を感じたことはない。有名で人気な芸人が麻薬を使っている以上に空虚感を俺の心に生み出す。

 生み出される空虚。なんか矛盾している気がするが、まあ良いや。

 そして、ちょっと変わったフィリップさんは肩を竦めて説明を始めた。というか俺から聞いといてアレだけど、そんなに簡単に教えちまって良いのかよ?


「僕さあ、実はちょっとした用事で港元市に行ったのよ、一人でね。そしたら、あっさりと捕虜になっちまってね。そんで、派遣のお仕事ってわけ」

「な、なんてことを……!」


 ちょっと変わったフィリップさんというよりは、彼は普通に馬鹿そのものだった。

 現在、港元市はその最先端魔術の力を振り翳して世界を恐怖に陥れ、世界を蹂躙している。港元市の野望が世界征服であったとしても何ら驚くことはない。それだけの力を、あの市は持っている。たかだか市の分際で。

 そして、言うまでもなく、半独立状態にあり、世界の闘争を引き起こしている港元市は現在、『統一協会』(ユナイト)は愚か、国際連合にさえ加盟していないのだ。港元市と国連主要機関の『統一協会』(ユナイト)の関係が悪いのは明白だ。

 それでも、辛うじて機関と港元市の衝突は避けられていた。というのも『統一協会』(ユナイト)と港元市が戦うということは、港元市と港元市以外の全国家との全面戦争を意味しているからだ。そうなってしまえば、血で血を洗う戦争が起こるだけだ。

 それでは、意味が無い。何も変わらない。

 

 第一次世界大戦が起きた後に第二次世界大戦が起きたように。

 第二次世界大戦が起きた後に冷戦とそれに起因する戦争が起きたように。

 冷戦とそれに起因する戦争が終わった後に港元戦争が起きているように……。

 

 それ故に、決定的な瞬間までこの機関とこの国家の均衡は保たれるべきであった。

 一方で、フィリップ大総統は確かに俺やあの玲華とさえ違って歴史的に偉大な魔術師である。歴史書や教科書には絶対掲載されるレベルである。いや、そんな書物程度では彼の偉大さは記録し切れない。そんな彼の力だ、港元市の上層部という多数とも個人で競り合う力こそ持っているのかもしれない。それに対しては疑問を持つことは無い。

 問題なのはこの訪問がいささか性急過ぎるお話だからだ。急進的過ぎる。世間では、公の国家や組織で港元市と渡り合えるのはこの『統一協会』(ユナイト)くらいと言われていたのだ。その上で、この機関と港元市の均衡が保たれていた。誰も血を流さずに、港元市の暴走を止めるチャンスが確かにそこにはあったのだ。多くの人間が、この機関こそが戦後から続く港元市を軸とする様々な戦争や紛争の終止符を打つことが出来ると言っていた。願っていた。

 それなのに『統一協会』(ユナイト)の頂点たる大総統が単体で突っ込むなど、愚か過ぎる。無責任過ぎる。これで、港元市と『統一協会』(ユナイト)のギリギリで保たれた均衡状態が破綻してしまったはずだ。この男一人の行動一つで歴史は間違いなく変更された。されてしまったのだ。この男の意思は、そのまま『統一協会』(ユナイト)という大きな機関そのものの意思として世界には表出されるのだから。


「衛紀くんの言いたいことは分かるよ。だけど、そうしなければならなかったんだ。それに、これは事案『φ』に関わる出来事だからね………」

「事案『φ』って……」

「あ。いけね、機密事項だった」

「よくあの機関の大総統になれましたね」

「褒めてくれてありがとう」


 …………この世も終わりかな。港元市と唯一対抗出来ると噂されていた『統一協会』(ユナイト)の大総統は相当な間抜けらしい。この世界はどうやら物凄い宝の持ち腐れという状態を生み出してしまっている。本当にこんな奴がトップで『統一協会』(ユナイト)は今までまともに機能していたのだろうか。おいおい、不安だぞ。大総統不在の『統一協会』(ユナイト)自体より不安だぞ。まったく、こんな簡単に機密事項を漏らすとは……。

 うーん……事案『φ』って何なのだろう。ほ、ほら、何にも知らなくて良い善良なる一般市民が疑問を持ち始めてしまいましたよ! ああ、気になるなあ、気になるなあ! はっ、この事案を知ったせいで俺は黒服共に消されてしまうのか? お前は多くを知り過ぎた、消えてもらわなければならない……とか。ああ、怖い怖い。


 そんな間抜けなフィリップさんが……口元を歪めて呟いた。

 それはとても、不穏な響きであった。


「それより、少年。僕の失踪より気になることがあるんじゃないか? 玲華ちゃんとか玲華ちゃんとか、玲華ちゃんとか……ね」

「し、しまった……!」


 や……やられた。この間抜けに時間を食われている内に玲華を見失ってしまった。咄嗟に顔を左右に振って周囲を確認するが、火の魔術はとっくに吹き消され、闇しか視界には入ってこない。よくも消したなこの間抜け。玲華の駆け抜ける道の先は、ひたすらの闇しかなかった。

 そして、俺の身体が強ばる。結局、失踪については勿論、斬殺事件についても聞きそびれたな。そう、俺の前には……斬殺事件の犯人の可能性のある人物がいるのだから……!


「ああ、僕ね。安心して。そいつは玲華ちゃんを追いながら話そうか」


   ***


「とりあえず、僕は斬殺事件とは無関係だが、さっきの金属音を起こしたのは僕だ。安心してくれ」


 何が安心してくれだ。大迷惑だ、この間抜け。

 フィリップさんが手元に火を浮かばせながら言った。俺たちは今、二人で玲華の駆けて行った跡を追っている。何故か、見知ったばかりの超重要人物であるフィリップさんと共に。

 俺たちは闇の道を歩いている。どんどんと山の中に入って行くのが木々の量から推し量れる。一体、玲華はどこに向かって行ったというのだ……? 嫌な予感が胸に渦を巻く。

 街灯も無い闇の中だが、フィリップさんの照明魔術で難なく歩める。フィリップさんは確かに間抜けだが、同時に確かに魔術のエキスパートではあるので、たかだか火の照明魔術など造作も無く執り行った。詠唱も魔法陣も無しで、手を翳すだけでその手に赤の輝きを顕した。

 詠唱や魔法陣も無しで魔術を行使するのはプロの魔術師としての一種のステータスのようなものだ(どういう仕組みかは未だに研究されている最中だ)。俺も港元市にいた頃はそんな魔術師を目指して精進していたものだ。実に懐かしい。

 彼の顕した赤の灯りは俺の用いた港元製魔術を遥かに超える性能のもので、照明機能の他に追跡、自動攻撃まで行えるらしい。流石は魔術界の権威。と言いたいが、魔術に秀でているだけでは機関のトップは務まらないだろう。何せ機密事項をポロリと漏らす奴だ。

 で、斬殺事件の犯人だが、とりあえず、彼が犯人じゃないことは信じてやろう。そうしないと始まらない。そもそもフィリップさんは俺をブッ倒した時にも彼自身が殺人鬼を追っているような口ぶりだったからな。寧ろ俺が殺人鬼と間違えられていたくらいだ。それに、フィリップさんも刀を持ってない。

 まあ……彼が魔術師である以上、凶器なんて関係無いがな。特に彼は魔術師としては破格の存在だ。刀剣を生み出したり、斬撃そのものを対象に与えたりなんてことはそれこそ造作も無いはずだ。

 でも、何で金属音を発生させたのかは分からない。それについては、一応、説明の段取りというものがあるらしい。機密情報をうっかり漏らしちゃう彼だが、そのカリスマ性というものは素晴らしいのだ。ナポレオンやヒトラー、彼らを筆頭とするある種カリスマ性に秀でた者の特徴というか第一条件に、言葉が巧い、というのがある。当然、フィリップさんもその例に漏れることは無く、その話術というかスピーチは凄まじい力というものを感じる。ナポレオンが十九世紀のカリスマ、ヒトラーが二十世紀のカリスマならば、フィリップさんは二十一世紀のカリスマだ。だから、理解しやすいように彼の話術、段取りというものに期待しよう。質問攻めはまた後で、だ。


「さてさて、どこから話したものかね。とりあえず、僕がここに港元市の捕虜として派遣されたのは玲華ちゃんの転校を実現させるためなんだ」

「お前が……玲華の転校を企てたのか?」

 

 いきなり、とんでもない情報が開示された。俺の声はややドスの利いた声だったらしく、フィリップさんはやや怯えて言った。自分でもこんな声が出たことに驚きだ。


「違う、違うよ。港元市は僕を派遣しなくとも、捕虜にしなくとも彼女の転校のプラン自体は十年くらい前からあったよ。『統一協会』(ユナイト)にもその情報は入って来ていたよ」

「十年前……だと?」


 それは、随分と長期的な計画じゃないか。俺が港元市から戦蓮社に引っ越す前から港元市は玲華の転校を画策していたと言えるじゃないか。いや、丁度引っ越す前辺りではないか、と言うと正しいのか。どっちでも良いけど。

 いや、何で市は彼女の事を知っているのだ……?


「これを見てくれ」


 フィリップさんが真っ白なトレンチコートのポケットからスマホを取り出していくつかファイルを開いてから画面を見せた。す、すげえ、機密情報満載の大総統のスマホだぞ。何のデータが入っているのだろうか、北朝鮮の軍事基地や、ネバダ州のエリア51の内部の画像かだろうか。噂の港元市の地下神殿とか、港元市の人体実験場とか、一晩で消滅したピラミッドとか、エネルギー体の操作概念だとか………。今挙げたのはどれもこの時代の七不思議やら港元市の噂、みたいなものだ。

 さてさて、どんな機密事項の書類が目に入るかと思えば、それはただの少女のカラー写真だった。体育着と青のブルマーを身につけ、ロングソードを持って微笑む幼い少女……幼女、だ。

 その年齢特有のあどけない微笑みが可愛らしい。だが、画像は解像度が酷く、下手にカラー画像なだけに見にくくて仕方ない。それでもこの画像に映っている幼い少女が誰だかが分かった。分かって、しまった。


「滝沢、玲華、だ……」

「ご明察。彼女が小学一年生、六歳の頃の写真だよ」

「お、お前……まさか」


 一瞬、戦慄が頭を駆け抜ける。

 こいつは……恐ろしい。俺は、いつの間にか震えていた。脚だけじゃない、身体全体が彼の恐ろしさの前に震えていた。

 このたった一枚の幼女の画像からこの男の恐怖を感じ取った。画像自体はもはや薄さという概念さえも存在しないものであり、解像度も酷い、あまりにも低品質な画像なのに。それなのに、この男の恐ろしさ、執念深さ、いや、本質が滲み出ていた。

 こいつは、もはや普通の人じゃない。偉大な魔術師だろうが、魔術界の権威だろうが、世界規模の機関の大総統だとか、そんな肩書きは彼の存在、本質を現すことは出来ない。悪魔、死神、鬼……それでも、足りない。そんなものでは彼の本質を形容することは出来ない。

 だが、俺はコイツを、形容する唯一の語句を知っている。

 それは、それは……それはッ!


「ふふふ、その通り。我が名はフィリップ、『統一協会』(ユナイト)の大総統」

「でもあり、その本質はロリコン」


 ……………………………。

 ……………………。

 ……………。

 

「ち、ちが……き、君は、衛紀くんはな、なななな何を言っているのだ?!」

「…………」


 い、いや……フィリップさん。その反応は……ガチだぞ。

 だが、いや、これは言われても仕方ないだろ。これ、十年も前の画像で、ブルマーだ、ブルマーだぞ。逮捕だよ、逮捕。警察のみなさーん! ここです!

 あの世界規模の機関『統一協会』(ユナイト)の頂点が、こんな、こんな変態さんだとは。実に嘆かわしい! 恐らく全米、全フランス(こういう言い方で良いのだろうか、全仏の方が良いのだろうか)は涙で大洪水だ。


「何だよ!? その機密情報満載のスマホに入っているのはブルマー着用の小学一年生の幼女とか、もはや変態そのものじゃないか! 一体、どうやってそんな昔の画像を手に入れたんだよ?! その執念がッ、その執着がおぞましい恐ろしい!」

「た、たたたた確かにブルマーは凄まじく良い属性だと思うし、幼女のこのあどけない微笑み、天使だ! 天使だ! だ、だが、ぼぼぼぼぼ僕はろ、ろり、ロリコンなんかじゃない、ない」

「お前、まさか……『統一協会』(ユナイト)の権限で世界中の幼女の画像を……!」

「う、うわああああああああああ!! 何のことかなああああああ?!」


 フィリップさんがその残念なイケメンな面を恐ろしく真っ青にした。彼の肩も、脚も、身体全体が震えている。今度はお前が震える番だ、このロリコン。

 だが、そんなフィリップさんに更なる悲劇が降り掛ったのだ。彼はその身体を震わせる余り、その指先も当然震えており、幼女玲華を映し出すディスプレイを撫でたのだ。つまり、次の画像が表示されてしまったのだ。

 しかし、というかやはり、次の画像も幼女だった。ゴスロリと金髪縦ロールを特徴とする幼女が映し出されたものだった。しかも、それはもはや写真ではなく、西洋の古い自画像のようなもの、つまり、二次元の画像だった。


「タイトルは……イサウリア家の魔女。レナ=イサウリア。そうか、レナちゃんか。この幼女は、レナちゃんというのか!」

「わ、わわわわわわわ、こ、これも違うんだ違うんだあああああ! こ、これも、事案『φ』に関する大事な資料なんだ!」


 そりゃあそうだよな、こんな金髪縦ロールでゴスロリなんて男の趣味を狙い打ちしたような属性を持つ幼女なんて二次元にしかいないもんなあ。その西洋の古い自画像のようなクオリティで映し出された金髪縦ロールの幼女は確かに、本当に美しいものだった。くすんだ金髪に、白くて、透き通るような肌。眠っているように閉じられた瞳。まるで、人形のような……。

 い、いかん、俺までのめり込むところだった。そう言えば、燎弥はこんな厨二病みたいな幼女が超好みのタイプの女性で、三次元にいたら是非とも結婚したいだとか喚いていたっけな。そんな幼女いるわけねえだろ!


「……もう、良いよ。魔術界のトップの一人はロリコンってことで良いよ。俺の友達が喜びそうです」


 勿論、これも燎弥のことだ。


「と、とにかく! 玲華ちゃんの画像は冷戦終結後に魔術開発の競争の息抜き、歯止めとして『統一協会』(ユナイト)主導で行われた魔術リサーチ大会のものだよ」


 魔術リサーチ大会。

 正式名称は国際魔術技能査定大会。

 彼の言った通り、『統一協会』(ユナイト)が世界中の魔術開発競争の息抜き、歯止めとして開催されたもので、十年に一度開催されるものだ。今のところ一回しか開催されてないが、その十年が巡って、今年の夏からはその第二回大会が開かれるのだ。フィリップ大総統が失踪したままだと開かれないだろうとかニュースで専門家みたいなオッサン共は言っていたが。

 そんで、そのリサーチ大会の本質はその名の通り、『統一協会』(ユナイト)が世界の魔術事情を把握、リサーチするために開催されるもので、魔術師のワールドカップとかオリンピックみたいなものだ。当然、そんな世界規模の大会に出場出来る魔術師というのも相当の魔術師だけだ。因みに、目の前のフィリップ大総統は当時十六歳でこの第一回大会の第一位、チャンピオンとして世界に名を知らしめたのだ。

 (みずがね)の魔術師。世界で彼はそう呼ばれていた。汞、つまり水銀のことだ。形を様々に変化させる水銀をその名に冠するように、彼は多種多様の魔術を扱う。その偉大なる業績が彼を巡りに巡って大会の主催である『統一協会』(ユナイト)の大総統というポストに届かせたのだろう。彼の二十四歳の大総統就任時もそうだが、十六歳で世界チャンピオンの座に辿り着いた時ももの凄い騒ぎとなった。もはや、彼が今もしている男にしてはやや長めの金髪が「フィリップスタイル」とか呼ばれ大流行し、『嘘つきの懺悔』とかいう彼の自伝まで売れたほどだ。今でも、彼の自伝はベストセラーであり、第二回リサーチ大会の開催年になったことや彼の失踪を契機に再び売れ始めているそうだ。

 まあ、俺はあんまり当時の事を覚えてない。当時は小学一年生のクソガキだったんだから。それに、この大会に港元市は不参加だ。理由なんて言うまでもないだろう?

 そして、十年前の第一回大会には当時十六歳のフィリップさんだけではなく、当時六歳の幼女も出場していたのだ。言うまでもなく、その少女(幼女と呼ぶのは止そう)こそが今でこそ刀剣の魔女と畏れられる滝沢玲華だ。当時十六歳のフィリップよりも高年齢の人も参加した者の中でも、最年少の参加者の彼女は周囲の予想を大きく裏切り、大会参加者の第八位となったのだ。たった六歳で、彼女は世界で八番目に強い魔術師としてその名を世界に広く知らしめたのだ。十六歳のチャンピオンと六歳の少女は世界的に大きな衝撃を与え、魔術師は何も年齢や経験が全てではないことを世界は知った。

 ああ、言い忘れていたが、この大会の第七位は今亡き玲華のお兄さんの滝沢脩(たきざわしゅう)という男だ。彼自身も当時は七歳だったから、先の二人に加え世を多く騒がせた。今亡き、といのはそれもそのはず、玲華の両親と共に死んでしまったのだから。


「なるほどね、玲華はこの大会で名を馳せて以来、港元市のターゲットだった、と」

「そういうことだ。だから、この写真はそういう当時のデータを示すものであって僕の趣味とは無関係なんだ!」


 ……いい加減早く自身をロリコンだと認めたらどうだ。それに玲華の幼き頃の画像の隣にあった金髪縦ロールはどう考えてもお前の趣味だろ。

 とは言え、やはり港元市は気に食わない。上でまったり見学ときやがった。つくづく屑な連中だ。自身は大会に参加しないで、使えそうな魔術師を記録して、我が国の駒にしようとしているのだから。


「分かった分かった。玲華の転校が遥か十年前から定められていたのは分かったよ。で、玲華を港元市へ迎えられるように手を打ったのもお前ってわけだな?」

「それは、まあ、半分は僕だが、もう半分は日本政府と君の父親だ。僕と彼らの合意が無ければ日本政府と港元市の正面衝突が起こるからね。だから、日本政府と港元市のパイプ役として抜擢、派遣されてきたのがこの『統一協会』(ユナイト)の僕だったってわけ。ああ、君の父親の衛世さんと知り合いでね。だから、僕は君を知っているんだよ」

「何で俺の父さんはそんな大事な事を言わなかったんだ……」

「とにかくね、僕が失踪扱いなのはこの玲華ちゃんの転校と、それに『統一協会』(ユナイト)が絡んでいるということは世間に広めないようにしたいという港元市のオーダーがあったんだ。そのオーダーに逆らえば、分かるよね?」


 全面戦争さ、とフィリップさんは弱々しい声で呟いた。

 コイツはコイツで世界の現状を良くしようと奔走していたらしい。確かに、玲華の転校は日本政府と港元市の更なる軋轢を生じさせるものだ。そこのパイプ役として暗躍した、させられたのがフィリップさんということらしい。

 恐らく、フィリップさんも黒服の男に混じって玲華の転校に関して打ち合わせとかを我が家でしていたのかもしれない。ひょっとしたら、俺も家の中ですれ違うくらいはしていたのかもしれない。

 はあ……衛世も水臭い奴だ。こんな偉大な人間と知り合いなら是非とも紹介して欲しかったし、サインとかも貰いたかった。

 あ、今? いや、彼の偉大さとか尊敬の念とかは吹き飛んで粉々になってしまったよ。嗚呼、心にすっぽりと空いてしまった穴よ。一体、何で埋めれば良いのだろう。紙粘土かい?


「僕からしても、まさか君たち藤原家が玲華ちゃんと住んでいたってことの方が驚きだよ。どんな確率だっつーの」


 まさか、ね。俺たちを戦蓮社への引っ越しの手配をしたのは港元市だ。そして、俺と玲華は幼馴染になり、衛世とフィリップさんは兼ねてからの仲。そんな俺たちがこんなド田舎に都合良く一堂に会するなど……偶然に違いない。そうとしか考えられない。


「で、お前が港元市に単騎で凸ったのは何でだ?」


 すると、フィリップさんの顔はやや曇り、それについては聞かないでくれと懇願した。何でも、彼の一存だけで第三者に話せることでは無いらしい。まったく、機関の機密事項をぽろっと漏らす癖に、こういう所はいやに気が回っていやがる。それはフィリップという人間がどこか抜けているが、根っこは心の優しい人物であるということを如実に物語っていた。その事実に後押しされ、俺は何となく聞くべきじゃないと感じ、次の説明を求めようとした。

 が、しかし、俺たちにある状況が訪れた。いわゆる、分岐点という奴だ。

 フィリップさんの照明魔術で照らされた木の立て札が闇の林の小道にあった。まあ、その木の立て札、立って存在はしないんだけど。随分前から存在したものなのか、その木の立て札は腐ってグズグズになってしまっている。

 実は……俺はこの木の立て札の残骸を見るのは初めてではない。年に数回、必ずここを通らなくてはならないのだ。そのイベントとは……果処無の初詣と、夏祭り、だ。つまり、この先は……!


「なるほどね、ここには初めてくるな。ここを更に上る道を進むと、例の村に着くんだろう? ハニカム村とやらに」

「そんな可愛らしくて微笑ましい名前じゃねえよ」

「果処無村だろ? 知っているよ」


 知っているのかよ。

 確かに、果処無という語は相当言いにくい。戦蓮社並に言いにくい。一体、どうしてそんな名前になっちまったんだよ。また村の歴史や伝承ソースかァ?

 西洋人の彼にとっては尚の事発音しにくいのだろう。ええと、確か彼はフランス出身だった気がする。全く、ここは国際社会とは無縁の地ですね、本当に。そんな閉鎖的なムラに国際社会で活躍するフィリップさんが来るなんて、相当変な組み合わせだ。


「確かに、ハテカムは言いにくいが、フランスにはもっと言いにくい地名があるぞ? 気になるか?」

「そうなのか?」

「スペルだと”Condom”だ」

「そりゃあ言いにくいなあ、本当にッ!」


 さて、話題を戻そう。

 フィリップさんの言う通り、この二つに分かれた道の内、上りの道を進むと、山中に位置する果処無の村へ着く。道というよりは、草むらをかき分けて進むような道だが。獣道というやつだろうか。もう片方の道は、山を下り、隣の町に行く道だが、こんな寂れた道は使わないで行ける。隣町に行く道は他にも沢山ある。ちょっと急な坂だが、車が通る道だってあるくらいだ。

 だから、俺がこんな街灯も無いような寂れた道を歩むのは果処無に行く時だけなのだ。それは何も、俺だけではなく、父親の衛世も、燎弥も、他の誰であってもここの道を通るのは果処無村へ行く時だけだ。

 勿論、玲華であっても、だ。

 何故なら、果処無への入り口はこの道とも呼べぬ道以外は無いのだから。


「れ、玲華は……一体、どっちに行ったんだ……?」

「ふふ、衛紀くん。答えは出ているのだろう?」


 フィリップさんの灰色の瞳が獰猛なそれに急変する。この目は……彼があの機関を操る時の目だ。そう、この獰猛な目こそがこの男の本当の目だ。

 俺が考える前に、既に果処無村行きの唯一の道は本の少し前に草むらがかき分けられた痕跡がしっかりと残されていた。俺を、道とも呼べぬ道へ、非日常へと手招きするように。

 俺は、無言でその闇に招かれるように草むらの生い茂る道へ足を踏み入れた。


「おお、分かっているじゃないか、衛紀くん。そうだよ、それで正しい」


 フィリップさんはにやけながら俺の歩みを肯定した。そして、その手に灯す照明魔術を山道の方で照らす。どう見ても、人がほんの少し前にかき分けた跡が闇の奥まで続いていた。フィリップさんはそれを見るとまた口元を怪しく歪めた。


「フィリップさん、アンタじゃなければぶん殴っていたところだ。何がそんなにおかしいんだ? 俺は、俺は今……ッ!」


 幼馴染の玲華を疑っているんだぞ。これがどれだけ苦渋の決断の結果だか分かっているのか。夕食の時に、玲華が弱々しく吐いた言葉が脳裏を掠める。本当は誰よりも脆くて弱い彼女。それを理解しているのは俺だけなのに。彼女を信じようと決意したばかりなのに。その俺が、彼女を疑うだと? 俺たちの絆は、そんなものだったのか?

 今、コイツは俺と玲華の間にある絆を踏み躙ったのだ。それなのに彼は、俺の脅しにも動じずに、寧ろ笑いを堪えるように言葉を滑らかに吐く。


「そう気を立てるな。やっとこれで次の説明が出来るんだから。今、君は玲華ちゃんに疑問を呈している。完全な疑いではなく、はっきりとしない疑惑。それで良いんだ」

「何が言いたいんだ……!」

「本当はそれも知っているんだろう?」


 心臓がきゅうっと萎む。ドクン、と鼓動が強く脈打つ。やけに木々の掠れる雑音が耳に入り込んだ。

 ああ……気付いてはいたさ。毎晩、玲華が山の中に入っていることくらい、知っている。登校前に彼女の靴を見れば、その裏に付着した草や泥を見ればすぐ分かる。俺は、表向きは彼女の奇行を見ないフリをして、実は観察していたのだ。

 そして、もう一つ知っている。斬殺事件と呼ばれるからには、犠牲者はみな人を切断するような刃物に襲われている。そんな刃物を……長剣(ロングソード)を……玲華は充分に顕すことが出来ることくらい。

 俺が歯を噛み締めるとフィリップさんは満足したのか、そのまま先の金属音を発生させるに至る経緯を語った。


「僕が戦蓮社に派遣されたのは玲華ちゃんの転校に関する日本政府と港元市の間のパイプ役というのはさっき言ったよね。当然、斬殺事件とは無関係だろう。で、たまたま近所で人が殺されている、と。しかも、その事件に警察は消極的だ、と。こりゃあ魔術に通じている僕が止めなくてはと思いまして、勝手ながら果処無の村に行く途中で君の家の前に通りかかるんだ。すると……玲華ちゃんが君の家から飛び出して来たんだ」

「待て、それだけじゃ玲華が犯人だと決めつけるには早過ぎる!」


 フィリップさんは俺の焦りようを見て更に面白そうに指を振って、まだまだだな、と言う。早過ぎるのは、俺の方だったらしい。


「ノンノン。僕はまだ玲華ちゃんが犯人だなんて言ってないよ? 君がそう思うなら、それは君の自由だが。それよりも、君は気付いたかい? いや、気付かないと君は窓から飛び出してこないだろうな。この斬殺事件のターゲットについて」


 勿論、気付いている。気付いているというよりは、ただの推測だが。

 この事件のターゲットは果処無の村ではなく、果処無の村人だ。他ならぬ、玲華からのヒント、智慧であり……負けず嫌いの彼女なりのSOSだったんだ。

 だから、金属音を怪しいと感じた俺は窓から飛び降りて玲華を守ろうとしたのだ。


「僕も、それを見てターゲットについての考えを改め、推理したんだ。ターゲットは特定の範囲内にいる人間ではなく、人自体がターゲットであると。だから、中で潜んでいるであろう殺人鬼を誘き寄せるために金属音を発生させたんだ。まんまと家に潜んでいた人間は窓から飛んで来た」

「それが……俺だった、と」

「そうだ。だから、僕は君を疑ったのだが、ある意味で君も僕を疑ったように僕たちは同じ立場にいたということだ」


 フィリップさんは一応のあらましを語り、口を閉ざした。彼も、斬殺事件のターゲットについて思い当たったらしい。俺なんて、玲華のヒントがあっても半日経たないと思い付かなかったが、眼前の男は一瞬で思い付いたというのだ。これが天才か……。

 まあ、結局、そのターゲットの説もあくまでも仮説の内の一つでしかない。メディア(この辺の地方新聞だけだが)は果処無連続斬殺事件だと騒ぐが、このようにメディアが一方的に決めつけた情報をバラ撒いている状況を危険として玲華はヒントを与えたのだ。ただ、そういう可能性も充分にあるというある種の警告として。


「分かった。分かったよ。全部納得したよ……」

「全部納得した? おいおい、この際、嘘は一切ナシだ。君はまだ納得してないことがあるんじゃないか?」


 フィリップさんはまた獰猛な灰色の目を細めて身振り手振りの説明を始めた。説明というよりは、ただの例を列挙しただけだが。しかし、ただの例だと言って聞き捨てるには余りにもその例は真実性を持っていた。


「例えば玲華ちゃんがどうして家を抜け出したのか。どうして……果処無村に向かったのか」

「だ、だが……そう、そうだ! お昼に起こった四人目と五人目の斬殺事件の時、玲華は俺たちと学校にいたんだ! だから、玲華は……」


 そうだ。あの時間を選ばない殺人に玲華は明らかに関与してないはずだ。であれば、今回の事件の全てが玲華の犯行であるとは限らない……!


「だから、衛紀くん。僕は何も彼女が犯人とは言ってないのだよ。全く、君が一番玲華ちゃんを疑ってどうするんだか。そんな汚れ仕事は僕に任せて、君は玲華ちゃんを最後まで信じろ」


 ……最後の最後まで腹の立つ男だ。だが、彼の言い分はその通りだ。玲華を疑うなんて事はフィリップさんに任せて、俺は玲華を信じるんだ。あの時、彼女の手を握って誓ったように。俺はこの忌々しい疑いを脳から散らすように誓いの言葉を反芻させる。

 そして、フィリップさんは苛立つが、その存在は大きい。若くして世界の頂点に立ち、世界最大規模の魔術機関を操る彼だ。彼がいるから、今、果処無村の入り口にある鳥居をくぐることが出来る。その村に向かった玲華を追うことが出来る。


 そして、今、俺は……もともと人間だった塊と直面出来る。


 一つ目は木っ端微塵になったカメラを抱える小太りのオッサンだったモノ。

 二つ目と三つ目は同じ腕章と青い制服に身を包む屈強な男たちだったモノ。


 フィリップさんの絶望的な一言が告げられる。


「斬殺現場だ。頭からバッサリと真っ二つに断たれていやがる。そして……ほんの少し前にぶった斬られたようだ」

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