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俺は彼女を監禁する / 白銀の剣閃  作者: 清水
叛逆 〜 The Silver Ring and Swirling Black Doubts.
17/26

LVNH//O//2038/04/14/18/12//TE-01/2021/05/22//FCE

「情報屋……だなんてカッコつけて済まねえが、所詮はネットで手に入る情報だけだ。エセ情報屋ってトコか」


 異常に鋭い雰囲気を放つ我が悪友の天草燎弥は夕闇に染まった屋上でそう切り出した。そこにいたのはいつものちゃらちゃらしたような彼ではなかった。

 戦蓮社高校の屋上は人の座るようなベンチは愚か、人が寄り掛かって良いような頑丈なフェンスさえもない。あるのはひび割れた打ちっぱなしのコンクリートと錆び付いたボロボロのフェンスだけだ。

 つまり、戦蓮社高校の屋上は生徒が自由に出入り出来るような空間ではないということだ。しかし、燎弥はどういうわけかその手に握っている鍵で屋上へのドアの施錠をガチリと外しやがった。

 こういう場面で魔術による施錠が使われないのは、単純に高度な魔術スキルを持つ者なら魔術の施錠を簡単に解除出来てしまうからだ。高度な魔術スキルとは言っても、この学校でそんな高度なスキルを身に付けているのは玲華くらいだが。

 そういうわけで教職員らはそれならいっその事、教職員しか持ってない現物の鍵の方が安全だと判断したというわけだ。こういう公共の場ではまま行われていることだ。何でもかんでも魔術に頼るのは良いことじゃない。まあ、今、何故か燎弥がその現物の鍵を持っているが。

 俺たちは殺風景過ぎる吹きっ曝しの屋上で佇み、風は燎弥の着崩した制服がバタバタとはためかせる。校庭では運動部の活動や魔術の模擬戦なんかが行われているはずだが、屋上では風の音くらいしか耳に入らない。


「でも、ネットで出てくる情報でもありがたいだろ? 衛紀の携帯、壊れているみたいだし」

「……痛い所突くなあ。俺の携帯がお陀仏になったとよく気付いたな」

「そりゃあ、滝沢さんを見てりゃあ流石に気付きますわ」


 燎弥は何か思わせ振りな事を言うと鼻でふっと笑い、ポケットから再び取り出したスマホを弄くり出す。さっき見せた記事を再び見せようとしているのだろう。何だかそれにしてはやけに他の動作が多い気がするが。俺が訝しげな視線を送ると、彼ははっと目を覚ましたかのように顔を上げる。


「いや、待て、衛紀。お前、もしかしてその携帯が死んだということは……!」

「残念ながらその通りだ。お前の愛すべき嫁たち……燎弥セレクションも電子の海に帰って行った」

「な、なんてことを…………! って、まあ、俺はバックアップを三つ以上持っているし、お前のデータが吹き飛んだところで関係無いんだがな」


 つ、冷たい! この男、異常に冷たい!

 お前は自分の大切な嫁の死を何とも思わないのだろうか。お前の愛すべき嫁たち(のあられもない画像)が冷たく底のない電子の海に沈んでいったのだぞ?

 本当はこの俺自身が携帯ごと九頭龍湖に沈めたんだがな。


「そ、その、お前の持っているというバックアップから今月分の画像も含めて是非とも俺の携帯に……!」

「それ相応の対価が必要となりますなあ、画像一枚につき金一オンスなら話に乗らんこともなくはない」

「この薄情者め……」


 クッソ、なーにが、持つべき者は友だ。そんなことわざを思い付いた奴は是非とも私の目の前で土下座ならぬ土下寝をして金塊の山を持ってこい。

 やっぱり持つべきは友でも現金でもなく、金塊というわけだ。よーく分かったからな。というか、バックアップ貰っても携帯自体が壊れているんだった。


「はは、済まん済まん。放心していたわ。今、衛紀の言った事、何も聞いてなかったわ。今週のアニメ三昧が今になって来たみたいだ」

「いやいや、お前、今朝の数学の授業でも寝ていたろ。あれこれ言わずに燎弥セレクションのバックアップよこせ」

「細かい事は気にしない。それより、これだ。さっき見せたブログの画像等はここからの引用だ。だから……これが、オリジナルの記事だ」


 本当に俺の懇願を無視しやがったな、コイツ。まあ、仕方ない。今はこっちの方が大事だ。

 燎弥のベージュ色のスマホの画面に映し出されていた記事は、「ピーピング・トムのにゃん写速報」という今やそれなりの規模を持つニュース速報の記事だった。

 とりわけこの記事が有名な最大の理由が、管理人がいわゆる念写という魔術を主に扱うからであろう。管理人が持つ念写という魔術はその場に居合わせずとも(ある程度距離は限定されているかもしれない。流石に日本にいながらヨーロッパの映像を見ることは出来まい)、自分の望む映像に近い状況にある世界の一部を視界に見える形で切り取る力がある。

 ……と、記事のトップページで管理人がそう記している。この申告はあながち間違いでは無いようで、実際にこの念写によって警察より先に事態を把握したり、警察の捜査に協力したり……何てことがあったらしい。

 念写は未来視ではないため、事前に最悪の事態を察知することは出来ないにせよ、現在進行形で最悪の事態を横から覗き、それを社会に知らしめる……何てことをこの記事でしており、これがこの記事の方針だ。

 だが、彼がこんな便利な魔術を使えるのにネットでしか活躍してないというのは、彼が常に卑猥な映像を念写しまくってはエロ画像スレに流しまくり、それを警察に度々注意されては何度も留置所にブチ込まれているという悲し過ぎる過去があるらしい。

 つまり、念写という魔術は、分かりやすく言うと最高の覗き見魔術と言ったところか。凄まじくタチの悪い魔術だ。悪い話では彼が日本最大の念写魔術の使い手だとか云々。

 このことからこの記事の名前の由来は言うまでもなくゴダイヴァ夫人の伝説に登場する覗き魔ピーピング・トムであることが分かるであろう。因みに管理人もトムと呼ばれている。


 かくして今表示されている記事というのも、まあ、酷いもんだった。


   ***


 ☆ピーピング・トムのにゃん写速報☆


 【リア充】自転車で爆走する田舎バカップル → 警察沙汰に【爆発】

 ツイート数 40961    2038.04.14.(水) 16:30 コメント数 432


 俺様の念写より

 念写条件:とにかくブッ飛んでヤバそうな事件



 以下本文


 俺史上最大の念写だぞ、お前ら!

 14日午後4時頃、恐らく神奈川県箱根町、若しくは戦蓮社村付近を流れる九頭龍川(くずりゅうがわ)の河川敷を二人乗り自転車で爆走するリア充が念写出来た。

 俺は念写条件を「とにかくぶっ飛んでヤバそうな事件」に設定して念写したにもかかわらず二人乗りのリア充田舎バカップルが念写出来たことに憤ったものの、よくよくこの自転車を観察してみると……。


 お分かりいただけたであろうか?


 な ん と 、自 転 車 の 後 方 か ら "炎" が 噴 出 し て い る で は な い か !

 し か も 、"銃 弾" に 追 わ れ て い る で は な い か !


 これは正しく「とにかくブッ飛んでヤバそうな事件」であった。

 現在、念写を続けて観察をしているが、現場は結界に覆われて警察沙汰にまで発展した模様。よって、現在は干渉不可。


 以下は俺の念写を2、3枚張っておく。


 画像01

 画像02

 画像03


 タグ

 念写/とにかくブッ飛んでヤバそうな事件/リア充/自転車/銃弾/警察



 以下コメント


 1 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:30

 1



 2 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:30

 クソニュースかと思ったらこれ久々にヤバいんじゃね?

 というか後ろに乗った女の子可愛い、男は顔どうにかしろ



 3 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:31

 >>1 乙



 4 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:31

 また場所絞れてなのかよ、ハッキリしろトムカス



 5 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:32

 うっはwww発砲沙汰かよリア充哀れwww




 ちょっと待て、これガチのヤツじゃん

 洒落にならんぞ



 6 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:33

 パンチラ念写はよ



 7 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:33

 リア充爆走自転車とか自殺志願者かよと思ったけどこれはマジでヤバいな

 多分、この炎は魔術(剣?)で生み出した爆鳴気だと思う、違ったらスマン



 8 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:33

 銃弾じゃなくて虫じゃねwwwwwwwww?



 9 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:33

 >>7 水素爆鳴気だなこりゃ、そうじゃなきゃこの速度は打線



 10 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:34

 画像ワロタ

 つうか女可愛くね?ぺrぺろ不可避なんだが(^ω^)



 11 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:34

 >>8 虫相手でこんなに逃げるかよ、察しろカス

 てめえがクソ虫だ



 12 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:34

 これ剣みたいのから炎出ているのか?

 炎の剣でインスタント水素爆鳴気ってことでFA?



 13 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:34

 yabai



 14 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:35

 ようやくトムがまともなの念写したな



 15 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:35

 リア充爆発しろ



 16 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:35

 てか、箱根町は有名だけど戦蓮社村ってどこだよと思って調べたら、例の村の麓じゃねえかよ



 17 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:36

 >>11 は?これだけの情報で銃弾って決めつけるお前の方がクソ虫だろ

 陰謀大好きマンは失せろwwwww



 18 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:36

 >>16 kwsk



 19 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:36

 実弾かよ、というか自転車で逃げるのも相当ブッ飛んでるな

 田舎の人間の考えることはよく分からん



 20 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:37

 >>18 ゴスロリ殺人実況



 21 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:37

 >>20 創作だろ



 22 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:38

 オカ板の住民はにゃん写から帰れ




 怖いんだよぉ(´;ω;`)



 23 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:38

 >>18 調べてはいけないワードだよ



 24 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:39

 >>20 お前……消されるぞ。

 おっと、誰か来たようだ。



 25 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:39

 >>18 オカ板の闇



 26 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:39

 大日本帝国復活までの道のり


 1954年 自衛隊成立

 1960年 自衛用魔術師育成機関設立

 1989年 冷戦終結 魔術教育本格化

 1992年 自衛隊に国家魔術師第一級所有者からなる魔術師軍編成・合併

 2003年 日中朝北九州防衛戦

 2004年 日中朝東京湾防衛戦

 2014年 集団的自衛権合法化

 2022年 自衛隊解体・国防軍成立

 2030年 第二次日港戦争・日中対馬殲滅戦

 2033年 国防軍解体・国防軍再編成

 2035年 国際連合加盟国内軍事力世界第四位認定


 港元市を殲滅せよ

 祖国への反逆者へ裁きを



 27 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:40

 確かに、戦蓮社村はあの村の近くだよ

 www.google.co.jp/戦蓮社村/@35.224651......



 28 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:42

 >>27 地図サンクス

 というか>>26は失敗だらけの第一次日港戦争について触れない辺り真性のネトウヨだな、出張お疲れ



 29 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:42

 \ 2 0 3 8 年 問 題 /



 30 名前:名無しのトムにゃん 2038年04月14日 16:43

 これは続報を待つしか無いな……

 どうか無事であって欲しい




 ・・・・・・・・

 ・・・・

 ・・


   ***


「ちょ……マジかよ、俺盗撮されてんじゃん。しかも、俺の顔どうにかしろとか言われているし。必死に自転車漕いでいたんだから許してくれよ……」

「っつうこった。しかも、この記事のツイート数は四万越え、さっきの別の記事への引用やパクツイとかも考えて、もうネットではお祭り騒ぎと見るべきだ。つまり、お前らは今、ちょっとした有名人な訳だ」


 これ、普通にヤバいんじゃないか?

 俺、こんなので有名になっちゃうの? これフリー素材化免れないぞ?

 にゃん写の記事に張り付けられた三枚の画像は、もはや言う必要もないだろう。記事でも触れられたように、河川敷を魔の銃弾から逃れるために自転車を二人乗りで爆走する俺と玲華が映っていた。念写は極めて高画質な画像、そして、精密に撮られているようだ。あの銃弾まで写っているのだから。

 今までにゃん写速報の記事は、スマホで見てはいた方だが、まさかこの自分がクローズアップされるなど夢にも思わなかった。こうして考えるとトムの野郎は少し肖像権についてお勉強すべきだと思った。うん、念写は盗撮だ。盗撮は悪だ。逮捕だ、逮捕。

 俺たちに関する記事のコメント欄を辿ろうにも辿ろうにも、コメントは尽きそうも無い。現在進行形で書き込まれているのだ。っつうか、調べてはいけないワードのゴスロリ殺人実況の方が気になるんだが。そのワード出た瞬間のコメントの変わり様荒れ様な。良いぞ、そのままゴスロリ殺人実況で荒れまくれ。俺の話題が出なくなるまで。

 俺が画面をスクロールしてコメントを追うと、燎弥がスマホをひったくって話を進める。も、もう少し読ませてくれても良いではないか……。


「さて、これはもう見ていてもキリが無い。とにかく、この記事でお前らが警察沙汰になっているってことについて言っておきたかっただけだ。ネットで有名になっている、だとかは問題じゃない」

「はいはい、ご親切にどうも。んで、結局、それ以上に何が問題なんだよ。ネットで有名、炎上沙汰になっている事以上の問題なんて早々思いつかないぞ」

「まず、銃弾」


 燎弥は相変わらず仕事をしているようなピリピリした雰囲気のまま手を広げた。先程見せたぐにゃぐにゃの金属片をよこせ、ということらしい。屋上なら誰も見てないだろう、まさかここに来てまでトムに念写されるとも考えにくい。今、彼が仮にも念写出来るなら俺と玲華のリア充めいた高校への帰り道の画像もあるはずだからな。

 俺はポケットに手を突っ込み、指の先に冷たい感触を感じる。そのままピンセットのように慎重な手付きでポケットから冷たい金属片を取り出す。言うまでもない、先の記事の念写に小さく映り込んでいた赤銅色の金属片だ。

 現在の日本国では憲法九条の若干の変更があったものの、国防軍や警察組織などの特別な職業の人間を除いて武器の所有は禁止されている。一般人からすれば銃弾なんてなかなかお見かけするものではない。

 俺はポケットから改めて取り出した銃弾を観察してみるが、その銃弾は銃弾と呼べないくらいに水素爆鳴気によって歪に変形し、更に跳弾狙撃による凹みも見受けられる。何と言うんだっけか、ライフルマークだか施条痕と言うのだっけか。とにかく、銃に残された痕跡から銃弾を発射した銃器を特定するのは不可能に思えた。

 しかし、その旨を燎弥に伝えるも、彼は問題無いと答えて眉間に皺を寄せた。燎弥はどうやら、銃弾に残された傷跡というよりは、銃弾そのものを観察しているようだ。


「衛紀、ひとまず、お前に一番具体的に言っておきたいのが、この銃弾についてだ。それもそのはず、この銃弾は14.5×114mm弾ってことなんだよ」

「14.5……何だって? つうか、お前、このぐにゃぐにゃの金属片を見ただけでよく分かったな。俺には練り消しにしか見えない。銃弾の特定をやってのけるってのは、FPSゲーマーの常識なのか?」

「流石に練り消しは無いが、タダのFPSゲーマーに銃弾の種類など識別出来るものか。とは言え、こんな銃弾、所詮はウィキペディアにも記載されているくらいにはメジャーな弾丸だからな」


 スーパー文系少年の燎弥がスーパー文系少年の名の由来たる凄まじい暗記力を発揮したのは分かった。何がウィキペディアに乗っているからメジャーな弾丸、だ。ウィキにあろうと、なかろうと、そんな事は普通知らないものだ。

 だがな、これがその……14.5何とかミリ弾だとして、それが何だという話だ。銃器から射出された銃弾はそれだけで充分脅威となりうるのに、一体それが特定出来たから何だと言うのだ。コイツには酸や毒でも塗りつけられているっていうのか。

 燎弥はその疑問を感じ取ったのだろう、彼は少しの間を空けて解を述べた。


「14.5×114mm弾というのはな、ソ連の開発した対物ライフル用の弾丸だ。対物ライフル用の弾丸、つまり、これは……アンチマテリアル弾なんだよ」

「アンチ……マテリアル弾だって? これは、人じゃなくて、物に使うべき弾丸だって言うのか……?」


 対物ライフルによる対人狙撃。

 更に燎弥はこう付け加えた、「ハーグ陸戦条約に違反した非道なワザだ」、と。

 アンチマテリアル弾を用いるアンチマテリアルライフル、即ち対物ライフルって言うと、通常弾をポップコーンみたいに跳ね返す戦車の装甲まで貫けるものもあるっていう話だ。そんなものを、人に向けて使うのか?

 屋上は寒々しい空気を吹き付けてくるというのもあるが、今、俺の背中をぞわぞわと撫でるものは風以外の何かだった。左肩が微かに、しかし、確実にズキリと疼く。俺は左肩を掻き毟ろうとする欲求を必死に抑える。

 燎弥はスマホに何度かフリック機能で文字を入れながら、畳み掛けるように14.5×114mm弾の恐怖を語る。


「普通な、これを身体のどこでも良い、一発食らっちまえばその一発だけで身体全体がグシャグシャの肉塊になるっていう話だ。良いか、ただの一発で身体が使い物にならなくなるんだ」

「い、一発で、身体全体が……? う、嘘だろ。冗談は止せよ。俺はそれを後頭部に食らったって言うのか?」


 俺は燎弥の手の平に乗ったぐしゃぐしゃに変形した金属片を凝視した。俺に不死の特性が無ければ、グシャグシャになっていたのは銃弾だけでなく、俺もなっていたというのだ。

 銃弾だなんていうものは、アニメや漫画にありがちな銃創から血がドクドクと出て、「あ、撃たれた」、みたいなイメージしかなかった。まさか、たった一発で身体が損壊するなんて夢にも思わなかった。爆弾じゃないんだから、ただの金属片で身体がブッ壊れるだなんて思うか。


「まるで爆弾じゃないか。異常な量の炸薬が詰められているんじゃないか、その銃弾」

「爆弾か、それはなかなか言い得て妙だな。ソイツを人に向かって使えば、確かに爆弾のような効果を見せるだろうな。だが、これは炸薬云々ではなく、人体破壊の可能な、銃弾だ」


 人体破壊の可能な弾丸、か。そりゃあ右手を打ち抜いて自転車のハンドルもろともブッ壊すのも容易いわけだ。もしかしたら、後頭部に件のアンチマテリアル弾を食らった際も俺が気付かないだけで俺の頭もハンドル同様に吹き飛んでいたのかもしれない。

 いや、実際にそうなっていたであろう。後頭部を撃たれたというか、正に爆弾を食らったような感覚はあったからな。あの時は水素爆鳴気の爆発や、自転車の揺れによる衝撃だと理解していたが、やっぱり、アンチマテリアル弾によって頭部全体が死んだと考えるのが妥当だろう。俺の後頭部のほぼ真後ろにいた玲華の顔が血塗れになるのも頷ける。


「ほら、これが動画だ。誰かが撃ってみたとかいう動画じゃなくて、広告用の動画。流石に対人狙撃の動画はないけど、車とかをブチ抜く動画ならこれで見れる」

「……ま、マジかよ、コレ」


 燎弥が片手間で探していたのはYouTubeに投稿されている何かのアンチマテリアルライフルの商品広告の動画だったようだ。彼が言うに、ここで紹介されているアンチマテリアルライフルはアゼルバイジャンという国のIstiglal 14.5mm Forceとかいう銃らしい。

 広告の動画ではアゼルバイジャンの国旗が表示されると、迷彩服を着た厳ついオッサンが銃器をよっこらせと抱えて標的である白いバンに向けて発砲しやがった。発砲音が燎弥のスマホから響き、標的のバンはベコンと大きなクレーターを生じさせた。更に厳ついオッサンは間髪入れずにガシャンと何かのレバーみたいなものを引き、けたたましい発砲音を響かせて、また一発。すると、標的の白いバンは命中した場所が良かったのか悪かったのかは知らんが、呆気なく火を吹いてボンネットの辺りが吹き飛んだ。

 その後も厳つい迷彩服のオッサンが装甲車(に使われている素材)に穴を空け、コンクリート製の柱を三発程度で粉砕せしめるという物騒な映像が流れ続けていた。世界にはこんな物騒なCMもあるんだなあ。日本でも怖いCMあるけどさ。

 でも、素人の俺からすればこのイスティグラルナントカという銃器が強いんだか、このアンチマテリアル弾が強いのか、はたまたどっちも強いのかが分からんかった。そこのところを燎弥に尋ねると、歪に変形したアンチマテリアル弾を俺に返しながら落ち着いた様子で説明を付け加えた。


「そうではない。この動画で紹介されているIstiglal 14.5mm Forceは確かに強い銃器が、今は銃弾だとかIstiglalとかじゃなくて、アンチマテリアルライフルというものの威力を知れれば充分ってところだ。それでも、衛紀の身体、というか再生力はそれ以上にバケモノ級だと思うが」

「いやあ、俺の性質はともかく、これはお前の言う通り即死コースですわ。一撃で肉塊決定だ。アンチマテリアルライフルでの対人狙撃……とんでもなく、恐ろしいな」


 でも、一番恐ろしいのは銃器や銃弾、あるいは驚異的な再生力を持った藤原衛紀自身でもない。アンチマテリアルライフルで対人狙撃、しかもそれを跳弾狙撃で完遂させやがったオッドアイの魔術師、霧谷優梨だ。俺は真剣に霧谷優梨という女の恐ろしさを、港元市製の魔女の恐怖を思い知ったといったところだ。

 港元市の脅威はその魔術技術の異常な程の先進性ではなく、こういう非人道的な真似事をあっさり容易くやってのけるってところだ。無口無表情&妹&萌え袖属性で俺を虜にしようとしたオッドアイ持ちクリップガール霧谷優梨。無表情でこんな非人道的な武器で攻撃してくるなんて俄に信じられたもんじゃない。俺は顔を顰めて彼女の魔的な赤い眼を思い浮かべた。


「さて、この14.5×114mm弾を使う対物ライフルと言えば、さっきの広告の動画で見たIstiglal 14.5mm Force。他にはアンツィオ 20mm 2nd Version、スタブウィル 14.5mm、八二式狙撃銃か九三式狙撃銃……」

「あー……対物ライフルで対人狙撃するっていうのは分かったけど、あんまり銃には詳しくはないんだ。もっと分かりやすく頼むよ」

「まだ僕は銃器の名前しか言ってないんだが……。と、とにかくな、一番ヤバい銃器はダネル NTW-20 type-Thirdっていう対物ライフルだ」


 燎弥はアニメに登場するキャラのような、というよりはフィリップさんの演説のように指を立てて銃器の名を言う。なるほどね、ライフルマークとかじゃなくてこのアンチマテリアル弾という特定の銃弾を使う特定の銃器、即ちアンチマテリアルライフルを探すってワケか。

 が、やはり俺にはちんぷんかんぷんだ。『暁月の環』(グレモリー)があれば、燎弥の説明を聞くことなくそのダネル何たらサードって銃が分かるのだが。俺は何でも教えてくれる魔法の指輪が入った胸ポケットに視線を落とし、歯痒い気持ちになる。

 一応、コイツも玲華とは普通に話す仲だ、こんな馬鹿野郎から指輪の情報が筒抜けになってたまるものか。今は我慢だ。まあ、八二式狙撃銃や九三式狙撃銃は日本製の銃器だからたまに聞くことはある。九三は時代を先取りし過ぎて滑った銃と聞くが、八二は実戦でも用いられている信頼された銃だ。

 にしてもこの男、やけにダネル何たら推しだな。持ち銃か? いやいや、彼の嗜むゲームの中での話だぞ。コイツは銃器を持ち歩く仕事はしていない。ただの高校生だ。


「何故その、ダネル何とかという銃器だと断定出来るんだ?」

「い、いや、単にこれが僕の中では強い銃だと思っているだけで、断定は出来ないが……」


 燎弥は何を隠しているのかは分からないが、少しだけ慌てたようにそう断ってから銃の説明をする。まあ、その内容はそれはそれは驚くことばかりだ。

 ダネル NTW-20 type-Third。

 長ったらしいので、皆はダネルサードと略して呼ぶようだ。

 南アフリカのアエロテクCSIR社の開発した大口径のボルトアクション式アンチマテリアルライフル、ダネル NTW-20を改良したその第三世代がダネル NTW-20 type-Thirdだ。

 人種隔離政策、アパルトヘイト下のおよそ九十年前の南アフリカでは反政府ゲリラとの戦いに備えて長射程且つ大火力を有する銃器が求められた。これがダネルサードのオリジナルであるダネル NTW-20という八、九十年前の銃器らしい。

 オリジナルから改良されたダネルサードの全長は二千ミリメートル、重量は何と十五キログラムという大きめな銃器だという。二千ミリメートル、だいたい二メートルというと、日本人の成人男性の平均身長を軽く越えるものだ。

 それでも、ダネルサードは改良に改良を重ねられ、オリジナルのダネルNTW-20や別モデルのダネル NTW-20 / 14.5より格段に重量が減って、持ち歩きが随分と楽になったんだとか。

 件の最大有効射程距離は三千五百メートル以上と言う。オリジナルの最大有効射程距離は最大でも二千三百メートル程度だったらしいが、開発から数十年経った今ではそんなバケモノじみた長距離狙撃が可能らしい。しかも、それはあくまでも最大有効射程距離であって最大射程距離ではない。最大射程距離だけなら最大有効射程距離の二倍はあるだろう。

 何が言いたいかと言うと、使い手の霧谷はたとえ三千五百メートル以上の距離からも狙撃に成功するだけの魔眼を持っているという話だ。正に魔眼という魔術と人間の生み出した武器が上手く組み合わさった例だ。こうなると、タダの魔術師や、狙撃兵なんかよりもとんでもなく厄介な相手だ。

 さて、一旦銃器の使い手の話は置いておいて、また銃器の話だ。他にも改良されて第三世代となったこの銃器は、元々抱えていた欠点である装弾数と命中精度の低さ、強過ぎる反動、重量は克服されたようである。オリジナルのダネル NTW-20はその超重量のために持ち歩きの際はわざわざ分解し、それを二人で持ち歩く必要があったらしい。開発当時、つまり八、九十年前からしたら魔改造にも程があるだろう。


「だが燎弥、あんまり銃器には詳しくないが、コレは跳弾狙撃をしてきたんだぞ。ボルトアクションって、あれだろ、ガチャガチャって蓋みたいのを開けて……」


 駄目だ、上手く説明出来ない。銃に詳しくない者からしては、ボルトアクションという用語を知っているだけで充分満点を進呈してあげたいくらいだ。ほら、遊底が……どうこうという。

 あ、そうだ、思い出した。ボルトアクションというのは遊底というかボルトを手でガチャガチャと引いたりして次弾を装填して、空薬莢を排出するとかいう絡繰りだったはずだ。セミオート式だかフルオート式の銃器は自動でこれらの動作をしてくれるんだかしてくれないんだか……。

 一方で跳弾狙撃というのは、銃弾の速度を完全に殺し切らない程度に障害物に激突させ、銃弾の向きを変えて目標物を打ち抜くという一種のテクニックだ。しかも、今回のケースは多分、玲華の起こした気流で逸らされた霧谷の撃った銃弾そのものが跳弾狙撃に必要な障害物だ。

 銃弾という動く障害物を弾き、且つ銃弾の向きを俺の右手人差し指という一点に固定させて打ち抜く。プロというかチート級のワザだが、これを完成させるためには銃器のある程度の連射機能が必要なはずだ。何たって玲華に逸らされた動く障害物の速度を考えれば、直ぐに次の銃弾を撃たないと逸らされた動く障害物はあらぬ方向へ着弾して障害物としての機能を失うからだ。流石に河川敷の反対側に生い茂っていた森林の奥の方に飛んで行った銃弾を的にして跳弾狙撃は出来まい。

 つまり、ボルトアクション式のライフルは一発撃ってから次の弾丸を撃つまでの動作が多過ぎて、跳弾狙撃をするのに間に合わないのではないかということだ。ええと、もっと簡単に言うと、ボルトアクション式の銃は今回の跳弾狙撃に必要な連射機能に優れないのではないか、ということだ。

 俺はジェスチャー付きで燎弥にあれこれ説明すると、彼はその質問を待っていましたと言わんばかりの口調で言葉を放つ。


「ある国家で完成したそうだ。まるでスマホの画面みたいにスワイプするだけで遊底が動いて次弾装填、排出を完了させるものが。新型のボルトアクション、いや、もはやボルトアクションと呼べるのかも分からんシステム」

「はあ、つまり、銃を指で撫でるだけであのガチャガチャっていう作業を終えたことになると。それなら限りなく連射に近い射撃、もとい跳弾狙撃も出来るんだろうねえ。流石は港元市(・・・)の技術だ」


 燎弥がニヤリと笑う。

 なるほどね、コイツがわざわざ特定出来てもない、推測だけの銃器について詳しく語り出すと思えば、要はこれが言いたかったんか。

 コイツ、やっぱり本物の情報屋じゃないかなあ。何がエセ情報屋だ。


「言いたいことは分かったぞ、燎弥。確かに、あの国家は欧米の先進国と仲が悪い代わりに北部アフリカを除くアフリカ諸国家と仲が良いんだっけか。仲が良いというか、敵の敵は味方戦法で彼らが一方的に港元市にべったりなだけだが」

「そういう事だ、良く分かったじゃないか。石油関連で北アフリカ諸国家とは問題が多発しているが、それ以外のアフリカ諸国家は基本的に港元市と友好関係にある」


 敵の敵は味方。裏の裏は表。

 北部アフリカは石油事情で例外だが、北部アフリカを除いたアフリカ諸国家はアメリカやイギリス、フランス、ドイツなどの欧米の先進国を目の敵にしてる。彼らの成長の遅れは欧米先進国の植民地支配にあったとの一点張りだ。

 一方で、アメリカやイギリスを始めとした欧米の先進国は表面上こそ波風立てないようにしているものの、港元市と裏では激しい戦火を上げている。とりわけ、二年前に起きたローマ事変は酷かったそうだ。港元市の謀略で騙されたアメリカの正規軍とドイツの正規軍は同士討ちを始め、両国の間で大混乱を極めたようだ。

 この大混乱を起こしたアメリカやドイツは言うまでもなく、武力衝突の起こった国であるイタリア、そしてローマ=カトリック教会は大ダメージを受けたらしい。ローマ=カトリック教会内部のある部署は汚職団体として仕立て上げられて解体、後日ローマ教皇暗殺の疑惑が浮上、挙げ句の果てに本当に死んでしまったり(暗殺とは断定されていない)云々。

 これ以降、アメリカとドイツは本腰を入れて港元市と裏では何度も交戦をしているらしいし、欧州全体ではかつてないパニックが続いているという噂を聞く。三日前、フィリップ大総統の失踪を巡って発生したドイツの核テロ未遂も、真の原因はフィリップ大総統の失踪の前にこのローマ事変にあるんだとか。

 アフリカ諸国家はその状況を鑑みて、欧米の先進国と裏では対立している港元市とある種の同盟みたいなものを結んでいるのだ。例えば、ダネル NTW-20を開発した南アフリカのアエロテクCSIR社との連携事業とか、な。


「ダネルサードの一世代前のダネル NTW-20 type-Second開発の時期から南アフリカのアエロテクCSIR社は港元市と提携を結んでいる。その第三世代兵器を使うっつうことは、相手は港元市だぜ、衛紀」

「な……ん、だと? って、驚いてやりたいがな、燎弥。スマン。襲撃者が港元市民ってことはとっくの昔に知っているんだわ。いや、申し訳ない」

「…………え」


 どうやら、燎弥こそ驚きの余り声が出ないようだ。情報屋としてせっかく集めた情報が既に知られていたんだから、それは仕方ないか。燎弥は口をぽかーんと開け、上の空といったところだ。

 しばしの空白が俺たちを取り巻き、夕闇に染まった屋上に肌に刺さるような風がびゅうびゅうと当たる。その空白が妙に鬱陶しくて、俺は彼女たち港元市の魔女とのファーストコンタクトについて語った。レストランでのことだ。


「えっと……実は最初に自己紹介みたいのを駅前のショッピングモールでしてまして……。その時、彼女たちは港元市民と名乗りまして」

「ば……ば、馬鹿か。馬鹿か、お前は……!」


 しかし、どうやら、それは自称情報屋の地雷を踏んだようだ。

 違う、天草燎弥の地雷を、踏んだようだ。


「お前は正気かッ? な、何故それが分かっていながら滝沢玲華をあんな危険な目に遭わせたんだ! 港元市の連中が大概じゃないことはこんな目に遭う前から分かっていたはずだろッ! どうなんだ、答えろ、間抜けッ!」

「そ、それは……ッ。う、うるさいな、あの市を知らないお前に怒鳴られてまで説教食らう謂れは無いぞ!」


 燎弥はさっきまでの業務上の雰囲気を捨て、鬼のような荒々しい気迫を持って俺の襟首を掴んだ。さっきまでの冷静さの欠片など微塵も無かった。こんなに怒鳴り散らす彼を見るのは、初めてだった。

 しかし、言う程燎弥の言動はおかしなものではなかった。そのくらい、日本人にとって港元市や港元市民とは畏れの対象であり、憎しみの対象であった。そういう意味で、日本人である燎弥の取った言動は正常であり、元港元市民である俺の言動は少しズレていたと言えよう。

 燎弥の身長は俺より一センチ高いだけでさして身長差は無いため、足が屋上の床から浮くことはなかった。加えてコイツは体力もそんなに無いから腕の力も特筆すべきような事ではない。だが、俺は彼の異常な程の迫力に気圧されて呼吸が乱れた。

 怒鳴られた俺は乱れた呼吸を無視して条件反射のように彼に怒鳴り返したが、彼はそんなのお構い無しに更に怒鳴る。彼の鋭い怒りが俺の胸を貫く。


「日本は港元市と戦争しているんだぞ、分かってんのかッ? アイツらは戦場のマナーも平気で破って中高生、悪ければ小学生でも優秀な魔術師なら戦場に立たせる。敵なら女、子供でも躊躇することなく殺害。使える人材はボロ雑巾のようになるまで使って、使えなくなったら直様処分。アンチマテリアル弾で人の頭をブチ抜くのも躊躇しない。逃亡中の相手にも容赦せずに銃弾を浴びせる。奴らはそんな人間の醜い面を寄せ集めたようなゴミ屑の中の更にゴミ屑な連中だ!」

「あの市がどうしようもなく腐っていることなんぞッ、日本人のお前に言われなくてもこの俺が一番分かっているッ!」

「じゃあ、それが分かっていて、何でお前は滝沢玲華をそんなにも危険な目に遭わせたんだ! それともアレか、テメェは死なねェから人の命の重さなんて分からねえって言うのか? だが、それはお前だけの話だ。あの子はッ、滝沢玲華は普通に死ぬ時は死ぬぞ。彼女は日本最強の魔術師だが、流石に後頭部に銃弾を、加えてアンチマテリアル弾なんて食らえば普通に死ぬぞ? 分かってんのかッ? それなのに、何で、お前は、そんなにも平然としていられるんだ! あんな無謀な作戦、どうしてお前は滝沢玲華を銃弾の雨に曝したんだッ! お前、滝沢玲華を少し思考の外に追いやり過ぎじゃないかッ!」

「……ッ、し、死なないのはお前も同じだろうが! 命の軽さ重さで俺の性質をあれこれ言われるのは我慢ならない。特に、同質のお前だけにはどうこう言われたくない!」


 命の重さ、軽さ。

 この話題で俺の性質をどうこう言われるのだけは耐えられなかった。誰よりもこの俺自身が命の価値を知らないことを分かっている。だからこそ、耐えられたものではない。

 対して燎弥は俺の思わぬ反撃を受け、ギリギリと歯噛みする。彼の頬を伝う一筋の汗が彼を冷ましたのか、彼は俺の襟首を乱暴に離して顔を振った。

 襟首を離された俺は大きく咳き込み、膝に手を付いて乱れたままの呼吸を安定させる。腕の力は全くない彼だが、俺は完全に彼の気迫に負けたと感じた。


「くっそ、論点ズラしやがって。まあ、良いさ。僕もこんなことで衛紀を呼び出したわけじゃない。大声出して済まんかった」

「俺こそ……済まなかった。お前の性質について、軽率だった」


 燎弥はクルリと背を向け、錆びかけて今にも倒れそうなフェンスを掴む。彼は金網越しに戦蓮社の黄昏を眺望する。

 暗いオレンジに包まれた世界にカーブの緩急が激しい九頭龍川が流れ、広大な畑が眼下から山の麓まで広がっているのが見える。もう、夜になる一分前、そんな時間だ。頭上には寒々しい星がより瞬くようになり、青白い光は針のように鋭く伸びる。風の音しか聞こえない。燎弥とのさっきまでの口論が嘘のようだ。


「……衛紀さあ、何か忘れているかもしれんが、言っておくぞ。港元市の狙いは港元市民のお前じゃなくて、転校生となる滝沢玲華だぞ。明後日、しっかり滝沢玲華を港元市に転校させるために活動しているんだろう。だからな、お前の都合で滝沢玲華を危険に晒すんじゃない、って言いたかったんだ。お前がショッピングモールで港元市民の彼女らと小競り合いにあったのは今となってはどうしようもないが……大きなミスだ。お前が素直にしていれば、滝沢玲華が銃弾の雨を浴びることはなかったはずだ」


 燎弥は俺に背を向けたまま、また業務上のような雰囲気に戻って呟いた。

 俺は呆然としながらそれを聞いていた。彼女の転校。ああ、言われてみれば確かにそれも一理ある。その程度の感想しか抱かなかった。

 俺は異常な程、冷静だった。


「お前が彼女たちから聞いた事も所詮は港元市の『国のお外の汚れ仕事』の一つだけに過ぎんだろう。メインは滝沢玲華の転校を成功させることだ。現在の日本政府は対港元市を掲げる自民党がメインだからな。港元市はそれを警戒して探りを入れにきたって考えが妥当じゃないか」


 そう、だ。俺は彼女ら港元市民の『国のお外の汚れ仕事』、即ち『例外』(インダルジェンス)の一端しか聞いていない。彼女ら自身も藤原衛世に関する事情は『例外』(インダルジェンス)の一つであると言っていたはずだ。

 俺はそれを聞かずにのこのこと逃亡して、玲華に押し付けてきた……というのは先程反省したばかりだ。彼女を巻き込まないように騙し、欺くとも誓ったばかりだ。

 だから、燎弥の話した情報は知らなくとも、事の本質自体は分かっていたことだ。玲華を巻き込まずに全てを解決する。いちいち燎弥に言われなくても分かっている。そんなこと、言われんでも分かっているわ、この野郎。

 だが、俺が冷静にうんうんと頷く様子に燎弥は違和感を感じたらしい。背を向けた彼は意外そうに振り返って尋ねた。


「あれ……案外リアクション薄いな、おい。この情報、というかこの推察も知っていたというのか? 分かっていたというのか?」

「え? リアクション? 良く分からんが、別にそれを知っていたとか、分かっていたとかじゃなくて、ああ、一理あるなあ、と」

「そ、そんなものなのか……? やけに冷静というか、何というか」


 燎弥は何か奇妙なものを見るような訝しげな目付きで俺を見て、それからまた背を向けた。夕焼けの鋭い光は夜の闇が降りるにつれて弱まり、燎弥の背の輪郭をなぞるように柔らかい暗い橙の光が目に映る。

 燎弥の背中から伝わる気配のようなものがパタリと消え失せた。鬼のような気迫も、刺々しい業務上の雰囲気も、何も無い。そこにいるのは、何と言うか、老兵士のように弱り切った男だった。


「なあ、衛紀。お前、守りたい人がいるんだよな、多分」

「そ、それは……。急に、何を言い出すんだ、お前は。気色悪い」

「……うん、言わなくて良い。衛紀を見てればよく分かるよ」


 守りたい人。

 とりわけ何か答えがあったわけではないが、いや、答えはあったかもしれないが、俺が何か言う前に彼は続けざまに言葉を宙に投げる。

 宙に投げる。そうだな、そんな雰囲気がピッタリ来るような感じだ。燎弥はどこか、遠い場所から目的地もないような言葉を宙に投げ、どこともなく浮かばせる。

 俺は、彼の情報屋としてのアドバイスが終わったんだな、と思った。彼の口から投げられ、浮かぶ言葉は彼からのアドバイスではない。行き先の無い、ただの独り言だ。


「お前の守りたい人が滝沢玲華かどうかは分からないが、今、守りたい人がいるのは良い事だ。せいぜい、後悔しないようにな」


 金髪のツンツン頭でちゃらちゃらした、馬鹿で間抜けな天草燎弥。

 普段からシューティングゲームやエロゲー、アニメどころかエロ同人の話までをも嬉々として騒ぎ立てる彼だが、今、目の前で黄昏れている彼は、平時の彼からはとても想像が付かないような有り様だった。老兵士どころじゃない。彼は生気の無い、ただの抜け殻だった。

 抜け殻のような彼は屋上の一角から俺のスクールバックを持ってきて、アンダースローの要領で俺に投げ渡す。時間割を無視してあらゆる教科書やプリントを突っ込んだままの俺のスクールバックは当然ながらそれなりに重く、緩い放物線を描きながら俺の手に向う。

 コイツ、本当に俺のスクバを隠していたのか。しかも、屋上の苔生してひび割れたタイルの上に。あの野郎、俺が屋上の鍵を持っていないと知っておきながら……。

 俺がブツブツと不平不満をぼやきながら教科書がパンパンに詰まったスクバを背負って、ふと顔を上げる。しかし、寒々しい屋上には、もう、誰もいなかった。その代わりに、錆び付いたボロボロのフェンスに屋上の鍵が引っ掛かっているのが目に付いた。


「はあ、俺が屋上の鍵閉めて職員室に返して来いってか。やっぱり、燎弥は……いつも通りムカつく男だ」


 彼の退去によって妙に張り詰めていた屋上の空気が動き出す気がした。

 階下から玲華が俺の名前を呼んでいる声を聞きながら、俺は適当に彼女に今降りると返事をする。俺は燎弥が取り付けた鍵を丁寧に今にもぶっ倒れそうな屋上のフェンスから取り外し、燎弥の独り言を何気なく反芻する。

 守りたい人、か。俺はその言葉を頭でくるくると回転させるが、俺の脳裏に浮かんだのは、金髪で碧眼の少女だけだった。


 俺は彼女を、大切にしたい。

 俺は彼女を、守りたい。


 それだけだった。


   ***


「お帰りなさいませ、ご主人様。四月でもこの時間ですとまだまだお身体が冷えますからね、お風呂、暖まっておりますよ」


 金髪で碧眼の少女、暁月の少女ルナ。

 九頭龍川の河川敷で後を付けてきた港元市の魔女との直接的な戦闘を一人で背負った少女。いつもお仕置きを欲しているバカみたいな女だが、時として発揮する発想力や行動力は隅に置けない。どういうわけか和服を身に付け、俺だけの専属メイドとして従事する幽星体(アストラル)な彼女。

 そして、俺に監禁されていたという、彼女。


「一体全体、どうしてお前が当たり前のように、まるで自分の居場所のように俺の自室で待機しているんだろうか?」


 俺はあの後、燎弥から託された鍵(託されたなんて言い方をすれば聞こえは良いが、実際にはただの押し付けだ)を玲華に隠れてコッソリと使った『暁月の環』(グレモリー)の力で何とか職員室に返す事に成功。その後に待ち受けていた玲華との終始無言の気不味い帰り道をも終えて我が家に、我が部屋にようやく辿り着いたのだ。あっぱれかな、藤原衛紀。立ちはだかる断崖絶壁にも臆せずに戦い、勝利を掴み、無事帰還した。いや、断崖絶壁は決して滝沢玲華とは関係がない。断じて無関係だ。それを言うなら、港元市の霧谷優梨の方が断崖絶壁という言葉がお似合いだ。

 いかんいかん、脱線したな。断崖絶壁ではなく、そう、藤原衛紀は無事に我が部屋に帰還したのだ。そうしたら、この有様だ。


「……ええと、それはどのような意味でしょうか?」

「言葉通りの意味だ」


 俺は引き攣った表情のまま急いで自室のドアに鍵をかけて、ごく当たり前の質問を投げかける。

 しかし、俺の自室で佇む和服メイドはどういうわけか俺の疑問こそ疑問であるかのような素振りをしながら首を傾げる。


「ご主人様のご質問の意味が釈然としないのですが、一応、私なりにお答え申しますと、ここは私の部屋ではなくご主人様のお部屋ですよ。そして、ご主人様がこうしてスクールバック、美少女フィギュア、テレビ、そしてこのお部屋をお持ちのようにご主人様は私をお持ちになられております。何度も申し上げますが、私はご主人様専属のメイドです。つまり、ご主人様の私物です。ご主人様の所有物です。ご主人様の私物がご主人様のお部屋に置いてあって何か問題がございましょうか?」

「そういう問題じゃねえよ、大バカ者。ああ、もう、河川敷から追ってこないから心配したんだぞ……」


 俺はひとまず、この和服メイドのルナが無事であったことに胸を撫で下ろし、大きな溜息をつく。

 さっきも言ったが、ルナは俺が玲華と共に港元市の魔女から逃れる際に、その場に残って俺たちに逃げるチャンスを作ってくれた感謝すべき存在だ。素直に感謝すべきなのだろう。いや、そんな事は分かってはいるのだ。ただ、ルナは一日中こんな調子だから気がおかしくなってしまうのだ。いつか本当に一線を超えてしまいそうだ。それなりに可愛いし。というか、めっちゃ可愛いし。

 だ、だが、流石に出会ったばっかりの少女を襲うとか鬼畜過ぎるだろう。しかも、自分の事をご主人様と呼ばせているとかいう事態だけでももうお腹いっぱいなくらいに犯罪臭が漂う。


「ああ、いや、謝るなよ。そして、お仕置きもナシだからな。懇願しても土下座しても無駄だからな」


 と、俺はここでルナによる謝罪ラッシュ&お仕置き懇願を事前に禁止させる。普段ならここで私にお仕置きを、気の済むまでお殴り下さいと土下座してくるからな。土下座玄人による土下座にも呆れてしまう。

 だから、ここでその禁止をあらかじめ言い渡す。ふふ、この俺も少しは学習しているのですよ。少しは見直したかね、ふふん。


「ええ、お仕置きも悪くはありませんが、今晩はある物でお許ししていただけるかと思っていたのでお仕置きを要求するつもりはありませんでした」

「お前なあ……俺の学習能力をとことん発揮させないとかどんなイジメだよ。んで、一体全体何を俺に献上して許しを請おうというのだね? 金一オンスかい?」


 ルナは黙って首を振って和服の帯より物騒な銀色の銃を取り出し、大口径の銃口から何かを取り出す。

 ソレを親指と人差し指で摘んだルナは、ソレを和服から飛び出んばかりの胸を自慢げに反らして見せてきた。


「こ、これは……確か、矢吹や霧谷が言っていた、父さんに調べさせたいデータの入ったUSBメモリか!?」


 ルナの親指と人差し指に摘まれたソレは、ファミレスで港元市の魔女との取引で使用されたあのUSBメモリだった。

 俺はそのUSBメモリを無視して取引を破談、すたこらさっさと逃げてきたわけだが……。港元市の魔女たちの取引材料であるはずのUSBメモリは、何故か我がメイドのルナが持っていた。

 そこで、思い至ったのだ。あの時、俺に魔女たちとの取引を中止させ、戦闘態勢に入れと指示したルナの本当の目的は、こちらは港元市側に何の譲歩もせずに、向こうの取引材料をいただくことだったのだ。


「ファミレスでの戦闘の際に、コッソリいただいちゃいました。てへぺろ」


 直後、急速に湧き上がった怒りは脳天を突き抜けて俺は獣のように吠えた。

 いやあ、無性に腹が立つね。いや、本当に。

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