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俺は彼女を監禁する / 白銀の剣閃  作者: 清水
叛逆 〜 The Silver Ring and Swirling Black Doubts.
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LVNH//O//2038/04/14/15/32//TE-01/2021/05/22//FCE

 最強の宝具『暁月の環』(グレモリー)

 父が死の間際にバナナのラベルと共に託した、飾りっ気の無い銀色の指輪。

 だが、その指輪の真の力は「自分の思うように運命を変えるだけの知識を与える」という空前絶後の能力。宝具というものが、果たして魔具とどの程度違うのかは厳密には分からない。だが、こんなすげえ魔術を内包したモノは今まで見たことは愚か、聞いたことも無かった。

 改めて俺は『暁月の環』(グレモリー)の力を試すかのように、先日の謎の一つを解き明かすべく思いを馳せた。玲華の見えない刃、穂先が異常に多い槍のような武器、忌わしい儀式、斬殺魔、喋る影……色んな謎があるが、まずは俺が一番知りたかった、というより頭にふっと思い浮かんだ事は、何故俺が九頭龍湖の畔で目を醒ましたかという事だった。

 ……あ、あれ、俺が本当に調べたかったのは隣に座っているメイドさんの正体についてなのだが、宝具『暁月の環』(グレモリー)に命令を下すのには結構なコントロールが必要とされるらしい。宝具の感度が良過ぎるのだろう、こんな些細な疑問をも確実に汲み取ってしまったのだ。

 でも、九頭龍湖でのお目覚めについては朝から気になっていたことだから、良しとするか。何で九頭龍滝の滝壺で気を失った俺が落差二百メートルもある滝を溯って、その上の湖で目が醒めたのか。まさか空を飛んだわけではあるまい、逆再生のように水が戻ったわけでもあるまい。一体、あの時、何が起きたというのだ……?


 その疑問に答えるように銀色の指輪は、

 俺の脳内に映像をフラッシュバックのように流し込む。


 真っ黒い墨汁を真上から直線に吹き落とす瀑布。

 空間全てを覆い、身体に伸し掛かる鈍重な黒い霧。

 遠方より三度瞬く異形の光と、それの上げる重低音。


 そして、破壊される魔法陣と、ドス黒く巨大な激流。

 激流は全てを巻き込み、飲み込み、元ある場所に帰って行く。

 つまり、川の根源、九頭龍湖へと。


 俺は過去の断片の渦巻く奔流に驚くが、終わってみればほんの一瞬の出来事であった。まるでその場に居合わせたかのようなリアルな情報の奔流であった。

 な、何てこった。この指輪、映像資料もあるのか。随分と贅沢な機能じゃないか。恐らく、今朝の玲華に「昨晩見たことの全てをバラしたらどのような未来が待っているか」という疑問に応じたのも、その時はまだ右手人差し指に嵌めていた『暁月の環』(グレモリー)が見せてくれたものだろう。

 ……思い出したら吐き気が込み上げてきた。玲華が串刺しになったり、玲華の身体をごっそり削り取られたり、見えない刃でバラバラにされたり、自殺し続けるあの映像。俺のネガティブ過ぎる脳の引き起こした現象だと思って精神科への通院を思い悩んでいたんだぞ。どうしてくれるんだ。

 って、そんな事じゃなくてな。隣に座っているルナは俺のにへらにへらとしていた表情から、一瞬で冷や汗をかくそれとなったことに驚いたようだ。

 しかし、俺は慌てふためくルナの挙動を片手で制して過去の断片を繋いでみる。渦巻いた過去の断片は俺の記憶と上手く接合し、それらは俺をある結論に至らせる。


「ま、まさか、本当に九頭龍川が逆流していたのか。二百メートルの高さを、重力を無視してまで……」


 昨夜、俺が必死に打ち込んだ川の流れを変換する術式は、その甲斐無く起動の途中で破壊されてしまっていたのだ。一方で、下流で川の流れを変換するフィリップさんの術式は残っていたのだ。そりゃあ、当然だな、彼は世界指折りの魔術師だからな。

 だから、それが起こったのだ。つまり、均衡の取れていた俺とフィリップさんの川の流れの変換をしていた魔術は、俺の打ち込んだ方の術式の崩壊で不安定になってしまったのだ。そういうわけで、フィリップさんは俺の低火力の魔術に釣り合わせていた大火力の魔術を、操作された川の暴走を許してしまったのだ。

 その暴走は凄まじいもので、何たって落差二百メートルもの落下運動をも無視して俺を湖に持ち上げるくらいだ。後はお分かりだろう、俺を飲み込んだ九頭龍川の水はその根源たる九頭龍湖まで溯り、その逆流に飲み込まれた俺も九頭龍湖に放り込まれ、その畔に打ち上げられていたというワケだ。

 いや、いやいや、有り得ねえだろ。こんなの信じられるわけない。たとえ、絶対の知識を授けるという『暁月の環』(グレモリー)の能力でも。本当に、あの間抜けなフィリップさんってどんだけすげえ魔術師なんだよ。

 何だか昨日今日と最強の魔術師ばっかに出くわすから混乱してきたぞ。多分、フィリップさんが一番で、二番目にあの公安の男、玲華と港元市の魔術師矢吹遥の二人がどっこいどっこいって感じか。頭脳派に徹した霧谷や、思い出すのも忌々しい殺人鬼の戦闘力は判断に困るからパス、同じ理由で藤原衛世もパスだ。因みに公安の男は、その地位だけで戦闘力が分かるからな。

 フィリップ大総統め、あの玲華や港元市の魔術師矢吹より高い評価を与えている割りには、機関の秘密をペラペラ喋るし、携帯には三次二次を問わずに幼女の画像を集めているし、自身の操作していた川の暴走を制御出来てないし、本当に謎な男だ。

 はいはい、少なくとも川の暴走については俺の打ち込んだ術式の脆弱さのせいですよ。分かってますよそんなこと。というわけで、滝壺に生える岩石に顔面を何度も打ち付け、燎弥セレクションの内包されたスマホをブッ壊したのも、全部自業自得というヤツだったのだ。

 こんな事、知りたくなかったよ。本日の午後の予定を再び組み直さないといけないし、何より己の失敗とそのしっぺ返しが恥ずかしくて仕方ない。ムカつくからその腹癒せに何か良からぬ事に指輪の力を使ってやろうか。そう、『暁月の環』(グレモリー)はどんな残酷で、凄惨な知識だって知ることが出来るんだからな。ぐふふ、これさえあれば、これさえあればッ!


「自分好みのおっぱいを……いや、自分好みの体型の彼女を創り出すことが出来るッ。分かるか、ルナ、彼女を作るじゃなくて、彼女を『創る』だ。今、この非リア充の塊こと俺こそが『創世記』にて人間を創り出す神だ。しかも、俺は肋なんぞを使わなくても、俺だけのイヴを生み出すことが出来る。運命を変える知識、それさえあれば未だ誰も辿り着かなかった人体錬成などお手の物、さ。ぐへへへ」

「ファイトです、ご主人様。ゴーゴーなのです! 与えられた知識に従っていただけば、ご主人様は絶対に如何なる大事業をもご達成なさるでしょう!」

「うん、ルナさん、もっと突っ込むべきところがあると思うんだ」


 ルナは真顔で首を傾げ、何でしょうか、みたいな雰囲気を露にした。が、すぐに口元を赤い袖で隠してクスリと笑う。

 全く、自分で言うのは何だが、こういう下らない冗談にも乗ってくれるなんて、ルナは本当に最高なメイドだ。俺にはもったいないくらいだな。

 冗談というのは至極当然のことで、人体錬成、ひいては人体実験というものは『禁呪禁書』(ブラックインデックス)が設定された後、真っ先に放り込まれた領域だ。たとえやり方が分かったって人体錬成なんてしないっすよ。

 それに、目的の為なら何だってやっちゃうようなあの極悪非道な港元市だって、人体実験はしてないだろうさ。何たって人体実験に真っ先に反対して、ほぼ全ての国と人体実験禁止の盟約を取り決めたのが港元市自体なんですから。

 まだまだ何のルールも敷かれてなかった無秩序の隆盛を極めた魔術開発に、人道的なルールをも提唱しただかで港元市は多くの国から賞讃された。そのまま港元市はそれをダシにして、半独立という不安定だった国際的地位をぐんぐんと引き上げたのだ。港元市を批判する国も、悔し紛れにもこればっかりは褒めるしかなかったようだ。まあ、その第一の例が日本なんだが。当時は物凄い物議を醸す話題だったんだ、と以前衛世は語っていた。

 ルナはそのまま頭を下げて謝罪を込めて、この指輪に関する道徳的なお話をしてくれるようだ。指輪の知識が如何なる事業をも完遂へ導くことが出来るのならば、さっきも言った通り非人道的で残酷な知識をも得られるのだ。それは詐欺や強盗、殺人はお手の物、果てにはテロや戦争だって完遂させられるということだ。やって良い事、悪い事があるのは明白だ。

 ルナさんの説明はこういう道徳的な細かい所まで行き届いている、流石だなあ。この繊細さというか、キメの細かさ、丁寧さというのは是非とも俺も学んでおきたいものだ。粗雑な俺には必要不可欠なスキルだからな。


「申し訳ございません、ご主人様。ご主人様は私めのバストサイズが気に入らないという事を言外で仰りたかったのですね……。紳士としては如何にメイドであっても道徳的に直接は言いにくいお言葉、私の推し量りが足りませんでした。大変失礼致しました」


 うん、何が細かい所まで行き届いている、だ。冗談じゃない。これが最高なメイドなものか。

 ルナは微かに頬を染め、和服に押し込まれた自身の胸を両手で押さえながら言った。この反応、間違いない。彼女は大真面目だ。

 俺も大概ふざけた事を言ったもんだ。誰もバストサイズの道徳的観念だとか、紳士がどうとか何て聞きたいと思ってねぇんだよ……。


「私のバストサイズではお気に召しませんよね……申し訳ございません。先程お見えになった港元市の魔術師、矢吹遥様には到底及び致しませんし……。恐らく、十センチ以上の差は存在します」

「あのなあ、誰がバストサイズの道徳的なお話なんて聞きたいと思っているんだ。俺はメイドという立場のお前に言うとパワハラとセクハラのドッキングでタイーホされそうな事だから大きな声じゃ言えないが、俺はお前の大きい胸が割りかし気に入っている方なんだから。というか、さり気なく矢吹のバストサイズとか観察しているんじゃねえぞ」


 俺はフィリップさんのクセが伝染したのか、オーバー過ぎる身振り手振りでルナを納得させるが、ルナは顔を赤くして俯いている。初めて出会った全裸の時もそうだったが、恥ずかしいなら無理してそんな事言わなくて良いものを。

 まあ、確かにルナの言う通り、矢吹のはマジでデカかった。これはマジで。ルナの言う通り、ルナの八十六センチを丁度十センチ回る九十六センチ、或いはちょい足して九十七センチであろう。十センチの差とは凄まじいものだ。

 ……って、何で俺はこんな事に『暁月の環』(グレモリー)の機能を使っちゃっているのさ! 並の魔具とは桁違いの魔力消費なんだぞ、この宝具ってヤツは! 本当に命令を下すのが大変な宝具だなあ!

 ああ、さっきも言った通りだ。『暁月の環』(グレモリー)は自身の望む状況に運命を変える、というとんでもない魔術を秘めた宝具だ。

 そんな『暁月の環』(グレモリー)の物凄い簡単な使い方の一つに、自分の知らない知識を欲する、というものがある。すると、どうだろう、指輪はその知りたい事を何でもホイホイと教えてしまうのだ。何だろうな、ルナの和服を剥ぎ取って乳をメジャーで計るまでの最短距離の知識というより、もうルナのバストサイズの数値そのものが単体で入ってくるのだ。

 多分、この『暁月の環』(グレモリー)という宝具は何でも知っている図書館みたいなものかもしれない。レストランに張られた結界を破壊するような行いは、運命を変えることは出来ても直接身体を動かさなくてはならないのだ。一方で、この花の名前は何なんだとか、どうして俺は九頭龍湖で目覚めたんだとかいう疑問に対する解答は、脳にその具体的な知識が入るだけで済むのだ。

 だから、『暁月の環』(グレモリー)は何でも知っている図書館、というヤツなのだ。うん、何でも知っているハゲ先生よりは、何でも知っている図書館の方がよっぽどイメージが清らかだ。丁度、ルナが『暁月の環』(グレモリー)大図書館の司書さんをやっている映像が想起される。可愛らしい。図書館の支配者ルナ、か。うん、役に合っているぞ、ルナ。


「ところで衛紀くん。何が大きくて、何が小さいのかな?」

「何がって、玲華。話くらいちゃんと聞いていろ。今はおっぱいの話だ、おっぱい。おっぱいについて話しているんだ。…………え?」


 にっこり。

 背後から迫る笑顔。

 それに反して死んだようなサファイアの瞳。


 河川敷に座り込んだ俺を見下ろすのは、刀剣の魔女と呼ばれる日本屈指の魔術師にして、戦蓮社村に引っ越して以来の幼馴染の少女、滝沢玲華だった。

 俺は彼女の事をまあ、普通の人よりはよく知っている方だが、その知識の中には「まな板だとか絶壁だとか地平線だとかレーズンだとかゼロだとか虚無だとか真理だとか発言しただけで斬り掛かってくる」というものがある。

 勿論、おっぱいだとか、バストサイズだとかいうピンポイント過ぎる発言は言うまでもなくアウトだ。だがなあ……玲華よ、俺は一言も「小さい」とは言ってないんだぞ。


「答えてくれないのかな、衛紀くん?」


 俺の真後ろで仁王立ちをしている玲華は、組んでいた腕をするりするりと解き、虚空から物騒なモノを取り出す。玲華の両手から忽然と顕われた黄金の輝きは、彼女が無秩序に放出する形の無い殺意を、明確に「刀」という形で示す。

 黄金の輝きを跳ね返す刀身は五十センチ程度という小振りな刀だが、刃や切っ先は禍々しいまでに鋭利である。

 しかし、いや、確かに刀身の片方が刃となっている以上、その金属の塊は刀と呼ぶべきものなのだ。だが、しかし、その形状は通常の刀とは余りにも異なる。内側に大きく湾曲した黄金の刀身、それは……一種の「鎌」だ。


「これは、『神を()も断ち斬()る苛虐の()鎌刀』()。ギリシア神話で度々登場する武器で、実際に紀元前七世紀から紀元前三世紀くらいのギリシアで使われていた古刀だよ」


 厨二病精神が遺憾なく発揮された名前を持つ『神を()も断ち斬()る苛虐の()鎌刀』()は、背後からゆっくり、ゆっくりと俺の首に添えられる。まるで、俺は玲華の人質に取られたような格好をしてしまう。

 それにしても、まさかギリシア神話のハルパーの名を冠する魔術『神を()も断ち斬()る苛虐の()鎌刀』()が首に添えられるとは、これはこれは非常におぞましい。

 指輪の知識がなかろうとこのハルパーにまつわるエピソードくらいは知っているさ。皆さんもご存知であろう、つまり、英雄ペルセウスとゴルゴン三姉妹の一人、怪物メドゥーサとの戦いだ。実際、英雄ペルセウスはメドゥーサの寝込みを襲ったというから戦いだなんて呼んじゃいけない気がするんだが。

 とにかく、英雄ペルセウスは毒蛇の髪の毛を持ち、見たもの全てを石に変える怪物メドゥーサの退治に成功するが、その決定打となった一撃はまさしく怪物の首を刎ねるというものだった。その斬首の役目を負った刀こそが、黄金の刀身を持つ鎌状の刀、ハルパーなのだ。

 まあ、その知識を吹き込んだ人こそ紛れも無く滝沢玲華本人なのだけれども。


「そうだね、いつしか私が教えたハルパーにまつわるお話は怪物メドゥーサの首を刎ねる英雄ペルセウスの話だよ。だけど、何か疑問に思わないかな?」

「悪い、玲華。今、疑問しか思い浮かばない」


 首に当たる冷たい刃とは対照的に、彼女の暖かい吐息が耳の辺りに感じられる。いやあ、これはとんでもなくドキドキするシチュエーションですね、はい。彼女は徐々に俺の背中にぴったりと密着するように背後に座り込み、右肩に彼女の顔が乗っ掛かる。

 しかし、彼女はそれに留まらず、それこそこれまでの不穏な言動全てがどうでも良くなり、俺の頭に浮かぶべき疑問が一つになるような挙動を取ったのだ。

 それは、首に添えられていない方、もう一本の『神を()も断ち斬()る苛虐の()鎌刀』()が示してくれる。


「あ、あの……玲華さん? これは、一体どういう事なんですか」


 事もあろうか、玲華は体育座りの姿勢の俺の脚と脚の間にもう一本の『神を()も断ち斬()る苛虐の()鎌刀』()を無理矢理入れ込み、その鋭利な刃は確実にある部位に据えられる。俺が危機を察知してびくりと震えると、制服のズボンの上に据えられた金属の重み、そして彼女の暖かい息遣いが耳元で一層激しくなったのを感じる。こ、これは、マジでどういう状況なんだ。

 俺が目線だけでルナに助けを求めようとするが、思い出せばルナは玲華が来る一瞬程前に俺から『暁月の環』(グレモリー)を引っ手繰って俺の胸ポケットに放り込んでそそくさと川岸の方に逃げてしまっていたのだ。

 クッ……これは、ルナなりの策なんだ。ここで彼女に助けを求めるのは論外、目線だけでも玲華にはルナの存在を感知されかねない。ルナは決してご主人様の俺を放って逃げてしまったんじゃないんだッ。と、信じたい。


「ふふ、ハルパーは神をも断ち斬る刀なんだよ。天空神ウラノスはハルパーを携えた息子のクロノスによってスッパリと去勢されちゃうんだよ。ふふふ、残酷だよね。ああ、衛紀くん、これ、少しでも動いたり、大きくしたりしたら……分かるよね?」


 当然、彼女は刀を俺の首に添えて、もう一本の刀を俺の股に入れ込むような姿勢をするのだから、彼女はもはや俺の身体に隙間無くぴったりとくっ付いている。彼女の薄い胸からはドクンドクンと強い鼓動が、俺の背中をノックするかのように伝わってくる。耳元では玲華の暖かく激しい息遣いが感じられるはずなのに、どうにも矢吹の放つブリザードを濃縮したような凍てつく声が発されている。耳元の温覚と冷覚が狂っちまったかな。

 端から見れば、俺は彼女に後ろから抱き締められているように見えるのかもしれないが、残念ながら今、藤原衛紀は確実に殺されようとしている。人として、そして、男として……ッ!


「じゃあ、このままバストサイズの道徳的なお話、私としよっか?」


   ***


 あー……そうだな。まずは壁殴り代行、若しくはそれを呼んだ方々のために弁解しておきたい。まず、世に言うヤンデレ嫌いの方々は知らない方が良いかもしれないが、言っておく。俺は本当に、玲華の顕した『神を()も断ち斬()る苛虐の()鎌刀』()で斬られはした。

 次に、壁殴り代行を呼んだ方々の多くを占めるであろうドM野郎共に言っておくが、斬られたのは下半身ではなく、最初に据えられた首の方だ。しかも、数センチ程度さくっとやられただけだ。玲華もそんな擦り傷程度、俺の回復力によって数秒で治ることを理解しているからな、実際にこういうお仕置きみたいのはよくよくあることなのだ。それに俺にとってはこの程度の傷など、戯れに過ぎないからな。お前らとは違うのだよ。

 だが、誠に悔しい事にドM野郎共にはまだ吉報が残っているのだ。その首の一掠りについてだ。果たして『神を()も断ち斬()る苛虐の()鎌刀』()の効果が凄惨な、それこそ苛虐な痛みを与えるようなものだったのかもしれないが、その一掠りの傷は言葉に出来ないくらいには痛かったのだ。

 普段のお仕置きとは比べ物にもならない筆舌に尽くし難い痛みであり、さっきみたいに強がって戯れに過ぎないなどと言うのが恥ずかしくなるくらいだ。歯医者の持つロマン武器ドリルで歯を削られるより痛かったのかもしれない。羨ましいかドM野郎、羨ましいと思うのならば、まずは図工室や技術室に設置された糸鋸の刃で前歯を、横ではなく、縦に切断してみてくれ。羨ましいと俺にほざくのはそれからだ、っていうかそんなドMなんているかよ。自殺願望者かよ。頼む、そんなことしないでくれ。

 だが、如何に怪物の首を刎ねたり、天空神(の一物)をも剪定したりするような刃であっても、やっぱり俺の不死力には勝てなかったようだ。彼女の『神を()も断ち斬()る苛虐の()鎌刀』()で斬られた傷自体は血を吹き上げるより前に、あっさりとその傷口を塞いだ。はあ、どうせならこの残留した痛みまでも回復したら嬉しいんだけどなあ。

 俺は未だに焼き付くような痛みを残した首を擦っていると、その間にも玲華は既に先程ルナと歩いていた河川敷に隣接する道路に駆け上がっていた。このまま河川敷で伸びていても、今の俺には何も出来ない。何せ、九頭龍川の逆流事件で少々予定が狂ってしまったからな。だから、狂ってしまったからには仕方ない。今は玲華と行動を共にするしかない。俺は足下に咲いたサクラソウに先程のルナのご無礼を詫びつつ立ち上がり、何気なく空を仰ぐ。


「ほら、自転車あるから、そろそろ帰ろう? 天草くんに荷物預けたままだし」

「お、おい、まさか燎弥を学校で待たせているのか? う、うわあ……何て事してくれてんだよ、アイツに貸しが増えちまったじゃねぇか」


 俺はまるで枯れ切った向日葵のように項垂れていた首を無理矢理持ち上げ、傷の痛みを払うように頭を振った。アイツの貸し借りの煩さはもう異常な程なんだ。まあ、その点こちらが貸す時は結構信用出来るんだが、その逆は凄まじい執念深さだ。将来は借金取りにでもなりそうだ。

 玲華は俺にも負けず劣らずの溜め息を吐いて、手で顔を覆いながら嘆く。


「衛紀くんが突然発狂したのがいけないでしょー……」

「はいはい、済みませんでした……って、あれ? これ俺の自転車しかないじゃん。玲華の自転車は?」

「私のは……ちょっとね。だから、借りてきちゃったよ」


 私のはちょっとねって、どんな理由だよ。まあ、別に良いですけど。

 粗悪に敷かれたコンクリートの道には、俺のボロボロなママチャリがあった。それ以上にどういうワケだか知らないが、最後に自転車を使った時よりハンドルが有り得ない方向にひん曲がっている気がするんだが。

 まあ、この九頭龍川の河川敷から戦蓮社高校、とそれに近い我が藤原家の距離というのは結構凄まじく、自転車に乗ってやっと一時間とちょい掛かるという距離なのだ。だから、言うまでもなく徒歩で二時間くらいかかるよりは、自転車で帰れるというのはとってもとっても助かる。それに、このまま玲華を伴って和服に下駄のルナを二時間以上歩かせるのは忍びない。

 あ、一応言わせてもらうが、もし本日の行動が計画通りだったなら、俺は(『暁月の環』(グレモリー)大図書館の知恵を借りて)人生初の自身で組み上げたテレポートで帰るつもりだったんだからな? そこまで無計画に遠出してきたわけじゃないぞ?

 とか言いつつ、さっき『暁月の環』(グレモリー)大図書館の映像資料で川の逆流を知ってから急遽予定を組み直したから、実のところ計画性もクソもあったもんじゃない。逆流なんてしたら昨晩の戦闘の跡も下流にあるはずもない。

 だが、俺の自転車だけしかないのは問題だ。実に、由々しき問題だ。何故って、ここには俺と玲華、そして問題のルナさんの三人がいるのだ。レストランではたまたま空席があったから良いものの、こればっかりは無理だぞ。もともと、自転車は一人しか乗れないのに。

 俺が疑問を玲華に向けるが、玲華は冷ややかな視線と共にさも当然のように切り返す。


「あの、玲華さん? これ、どうやって帰るのかな? まさかとは思うが……」

「……二人乗りだよ、衛紀くん出来るでしょ? 前は無理矢理私を乗せていたクセに、出来ないだなんて言わないよね?」


 ああ、そんな事もあったね、懐かしいね。確か、去年のテスト期間中に睡眠魔術に失敗して寝たきりになった馬鹿な燎弥を心配して俺が玲華を伴って駆け付けた時だ。当時めちゃくちゃ不安で焦っていた俺は、二人乗りは法律で禁じられていますとクッソ真面目に徹底して言っていた真面目人間滝沢玲華を無理矢理後ろに乗っけたのだ。彼女は多分、その時の事を未だに根に持っているのだろう。もう許してくれよ、許して下さい。

 しかし、今回の問題はこの場に玲華から隠すべきルナもいるということなのだが……それ以上に言うまでもなく二人乗りでさえ限界なのだから、三人乗りだなんて出来るワケがない。大道芸人かっての。

 『暁月の環』(グレモリー)を使ってしまえば、三人乗りのノウハウも一瞬で獲得出来るのかもしれないが、玲華の前で『暁月の環』(グレモリー)は使えない。ルナも指輪も、昨夜の事は何もかも玲華には隠さなくてはならない。これはそういうルールなのだ。

 だから、玲華から隠れてコソコソする三日間の内、一日目の計画はこれで丸潰れとなった。今の俺に出来るのはこのまま玲華を後ろに乗せて学校まで帰ることだけなのだ。


「いえ、します。させて下さい、玲華様」

「えへへ、して欲しいな……」


 そしてこの態度の急変な。しかも、普通に、いや、とんでもなく可愛いから困る。そのまま玲華はそのサファイアを嵌め込んだような青い瞳をキラキラさせて、頬を紅色に染めながら擦り寄ってくる。こ、これではもう断ることなんて出来ないじゃないか。

 だけど、ルナはどうすれば良いんだ? 俺は玲華が擦り寄って辺りに目を光らせてない内に彼女を目だけで探すが、何やらルナはピリピリしている。も、もしかして怒っているのだろうか。


「じゃあ、ほ、ほら、早く乗って?」

「い、いや、まだもう少しこの眺めを見ていたいなあ、なんて。別に今すぐここを離れる理由はないだろう?」


 俺がもうバレバレ過ぎて何が目的かも分からないような嘘をつくと、視界の端でルナが手で何かサインを送った。な、何だ……早く行けってか?

 玲華は俺が訝しげな目線を河川敷に送っているのを感付いたようで、彼女もそちらに視線を送るが……彼女に見えるのは風に揺れる一面の芝生と鮮やかなピンク色の花を開いているサクラソウだけのはずだ。


「理由だって? それはもう大有りだよ、衛紀くん。だって、アイツらがまだ衛紀くんを狙っているから……ッ!」

「は、はい……?」


 ビシッッッッッ!

 バシッッッッッ!!


 俺が彼女に誰が狙っているのかを問う前に、ソレは鋭い音を上げて激突する。

 俺の背後にはひび割れた半透明なバリアのようなモノが浮遊しており、そこに二、三発の小さな金属が突き刺さっていた。赤銅色の熱を帯びた輝きを放つ金属片。間違いない、実弾(・・)だ……!

 ば、馬鹿野郎。ここは銃器を禁止する日本国内だぞ。空間加速砲(エアアクセル)を発砲した俺が言うのも何だが、まさか銃器をブッ放してくるとは……!

 それが玲華の張ったバリアのようなモノに衝突していたのだ。しかし、今も尚、どこからともなく飛来する金属片は玲華のバリアにビシバシと激突している。何発も打ち込まれた実弾の位置、見れば明らかに分かるのだが、俺の後頭部、左右の眼球、首、心臓……と、明らかに俺を殺しにかかった弾丸だ。なるほどね、港元市最高の計器である霧谷優梨(カリキュレイトアイズ)はこういう、人殺しとしての使い方も出来るワケだ。

 この襲撃が港元市の魔女、とりわけ矢吹遥ではなく、霧谷優梨による仕業である事はすぐ分かった。何故なら、俺を狙っているはずの彼女ら魔女を肉眼で視認出来ない以上、魔眼を持った霧谷という少女がこちらからは視認不可能な地点、具体的にはここから千、二千メートル以上離れた地点から狙撃してきていると推測出来るからだ。あの魔眼に望遠鏡(テレスコープ)の機能があるのは確認済みだ。それに、ここは河川敷沿いの道だ。道に障害物なんて何一つ無いから、狙撃には持って来いのポイントと来やがった。

 全く、何が頭脳派魔術師霧谷優梨だ。人殺し用の眼でターゲットを視ながら、人殺し専用の道具をブッ放してくるとは、港元市にお似合いの超暴力魔術師じゃねぇかよ。矢吹よりはマシだろうけど。ほら、今度は股間狙ってきたぞ、正気の沙汰じゃねぇ。っていうか、何で全弾俺狙いなんだよ。

 ルナが妙にピリピリしながら早く行けと促していたのは、何か怒っていたのではなく、ファミレスから脱走した俺への追撃をしてくる港元市の魔女たちに気付いていたからか。せめてテレパスでも何でも良いから俺に一報投じてくれれば良かったのだが、テレパスはあくまでも魔術だ、高位の魔術師である玲華に傍受される可能性もあるから止めたのだろう。賢い判断だ。

 そんな高位の魔術師玲華だが半透明のバリアを維持するのは非常に困難なようだ。どうやら、飛来する銃弾の方がバリアを食い破ろうとしているのだ。日本指折りの魔術師の張ったバリアがただの銃弾にやられるとは、俄かに信じがたい。素人目の俺が言うから信憑性は無いかもしれんが、この銃弾、魔術的要素が皆無だぞ。本当に通常弾なのか、これ。意味が分からない。

 異常であり、普通でもある銃弾に苦しむ玲華はバリアの強化を重ねるために術式を更に操作する。銃弾から俺を守ってくれている玲華には申し訳ないが、それを尻目に俺は大事なメイドであるルナを見る。ルナは真剣な表情で何千メートルも先にいるであろう魔女たちを睨みつけている。俺が後方で見えない敵と対峙するルナに不安げな視線を送ると、振り返った彼女は可愛らしいウィンクを一発決めてその袖から大口径を持つ銀色の魔銃を取り出す。空間加速砲(エアアクセル)、もうすっかりお前の専用の武器だな。

 このまま留まっていてもどうしようもない。お前の提案に乗ってやるから、必ず戻って来いよ、ルナ!


「クッソ、アイツらまだこっちを追って来ていたのかよ! 玲華、さっさと逃げるぞ。しっかり、掴まっとけよ!」

「え?! ちょ、ちょっと衛紀くん! ま、待って……!」


 俺は有り得ない方向にひん曲がったハンドルを握り、俺たちを乗せた自転車はいきなりのトップスピードで駆け出す。オンボロのママチャリのペダルは案外軽やかに回転し、有り得ない方向にひん曲がったハンドルも意外にも掴みやすい。このハンドル、全力のスピードを出した時に手がぶれないように曲がっていたのか。よく曲げてくれたな玲華、俺の自転車にこんな改造を施しやがって、絶対に許さないからな。

 視界の右側は森林、左側は河川敷以外には変わったものは何一切無く、ひたすら同じ景色が恐ろしい程の早さで通り過ぎていく。そのせいか、何だか自分がスピードを出しているような感覚が麻痺し、遊園地にあるようなビックリハウスで延々とペダルを漕いでいる気がしてしまう。今、俺の顔に勢いよく叩き付けるかのように張り付く春の意外にも涼しい風だけが、自身の漕ぐ速度を表していた。多分、二人乗りでは絶対に出してはいけない速度だ。

 今はひたすら同じ景色しか見えないが、視界の左側を流れる九頭龍川はこの先千メートルくらい先で緩やかに曲がっており、そこには隣の村と戦蓮社村とを繋ぐそれなりに大きな橋がある。つまり、そこにはここより大きめで車の通りの多い道があるのだ。

 俺はこのまま件の千メートル先の大通りまで逃げおおせるつもりだが、言った通り、そこに辿り着くまで銃弾から逃げながら進まなくてはならない。そして、これも言った通り、九頭龍川、それに沿った河川敷の道は曲がっているには曲がっているのだが、緩やかに曲がっているもんだから目視では実に分かりにくい。つまりだ、前方も後方もほぼ一直線なのだ。このまま真っ直ぐ逃げても、同じように真っ直ぐと飛来する弾丸の思う壷ってヤツだ。

 しかも、横幅は一般車がすれ違うのがやっとの狭さ、カクカクと蛇行運転したところで『人工的外界現(カリキュレ)象計測演算眼』(イトアイズ)とそれが放つ弾丸には勝てっこない。それどころか、蛇行運転なんてしたら横転を免れ得ない。

 『暁月の環』(グレモリー)ならもう少しマシな解答を示したかもしれないが、生憎知識の無い馬鹿は馬鹿らしく真っ直ぐ滅茶苦茶なスピードで逃げさせてもらうぞ。だけど、この俺、体育が得意ではあるが、実は短距離派でして、水泳や長距離走は大の苦手なのだ。目標までの距離は約千メートル、これは陸上競技に倣って言うのなら長距離ではなく中距離に当たるが、自転車、しかも二人乗りでの逃走など体力がもちそうにない。これはマズイ。


「おい玲華、バリアは後方に常時展開していてくれよ。お前がヘッドショットされたり、タイヤがパンクでもされたりしたらひとたまりもないからな!」

「わ、分かったよ……! さっきまでは分子凝縮型のバリアを使っていたけど、もう私の本気の本気のバリアで行くよ。今、粒子流動を応用した気流操作系の魔術のバリアに切り替えたから、特殊な気流に気を付けてね……」


 後方からの攻撃に玲華が応じ、同時に粒子流動の応用だとかいう玲華のバリア魔術によって発生した特殊な気流、つまり、追風が自転車を更に加速させる。

 ええと、粒子流動と言ったか……確か、梵的(ブラフマン)魔術の第Ⅳ種魔術群(ヴィッセンシャフト)に属する粒子系魔術で、特定の地点で特異的な流動をする粒子の流動点を生み出し、その粒子の流動に乗っかった気流を粒子から間接的に操作するもの、だったはずだ。

 恐らく、今回は飛来する銃弾を魔術で生み出した特定の気流に乗っからせて、目標地点から逸らしていくという感じだろうか。果たして俺の耳元で何かひゅんひゅんと聞こえるのは、俺の漕ぐ自転車のスピードで鳴っているのか、逸らされた銃弾が耳元を掠めているのかは分からないが。

 一見して気流操作のバリアは通常のバリアより面倒な気がするが、このバリアは障壁というよりは単純に妨害としての役目が強く、特に障壁としてのバリアと違って銃弾でバリア自体が破壊されるといったアクシデントが起こらないというメリットを持つ。何たって攻撃を障壁のように受け止めずに、用意しておいた無害なレール上に受け流しているだけだからな。

 事実、先の障壁としてのバリアは霧谷による銃弾によっていくつもの罅が生じ、食い破られる寸前であった。そういうわけで、ただの銃弾に苦しめられていた玲華が機転を利かせたのだろう。

 だが、その気流操作だが、何せ高速で移動しながら展開しているもんだから色々と風の反動みたいなものが発生しているらしい。それが、この追風なのだが……。


「ひ、ひ、ひぃぃぃいいいいいいい! 速い、めっちゃ、速いぞおおお!」

「お、落ち着いて、衛紀くん! そろそろやや大きめのカーブに入るからね、そのまま河川敷から転落しないようにね!」

「りょ、了解! とにかく玲華、絶対に手ェ放すなよ!」

「う、うん……分かったよ」


 後方から吹き付ける追風はただでさえ速度感覚を麻痺させている俺の神経を更に狂わせ、段々と脚をガクガクと震わせる。震え過ぎでペダルを踏み外したり、バランスを崩したりでもしたら一発でアウトだ。

 口を開くと恐ろしい勢いで入り込む空気の塊を無視して俺が玲華に叫ぶと、玲華は俺の胴にがっしりとしがみつく。彼女の微乳が背中にふにゅんと当たっているが、残念ながらその感触を味わう余裕は無かった。それは、こんな命懸けの二人乗りをしているからという理由が九割以上だが、残り一割はどういうわけか突如として発生した右手人差し指の痛みのせいだろうか……!


「って、え、衛紀くん? 右手、右手が撃たれているよ……!?」

「ッ…………やられ、たッ。これは、跳弾狙撃というヤツだ。恐らく、操作している気流があの眼で視られたんだ……」


 跳弾狙撃というワードを聞いた玲華が驚きの余り息を呑む音が聞こえたが、これもあの港元市最高の計器『人工的外界現(カリキュレ)象計測演算眼』(イトアイズ)の仕業なのだろう。

 これは先程の続きなのだが、気流操作などの障壁以外のバリアのメリットというのは、実際は表裏一体で、デメリットでもあるのだ。相手の攻撃を止めずに逸らす以上、相手の攻撃自体はまだ生きているのだ。攻撃が障壁系のバリアに激突すれば攻撃はそこで止まるが、気流操作のようなバリアは攻撃を逸らしているだけで攻撃そのものはまだ運動をしているのだ。いや、確かにそれでも自分に攻撃が当たらなければ全然意味無いのだが、港元市の魔女はその程度のバリアを許しはしなかったのだ。

 港元市の魔女、魔眼の所持者である霧谷優梨は千メートル以上離れた地点から俺の自転車の後方で展開されている気流を視たのだ。そして、逸らされるであろう銃弾の軌道と、逸らされた銃弾が障害物によって跳ねた銃弾の軌道を視たのだ。逸らされた銃弾と衝突する障害物が果たしてコンクリなのか彼女自身が他に撃った銃弾なのかは分からないが、それらの軌道を視て俺の右手人差し指を弾いたというのだ。これが絶対演算、『人工的外界現(カリキュレ)象計測演算眼』(イトアイズ)の力なのか。というか跳弾狙撃って出来るものなのか。


 ビシッッッッッッッ!

 ドシュッッッッッッッッッ!!


 案の定、気流を読まれたせいか、跳弾は次々と俺の右肩や両足を貫き、爆発的な痛みを引き起こす。視線を撃たれた場所に逸らすのは運転上危険だから出来ないが、実際はマジで爆発している気さえしてくる痛みだ。手榴弾でも投げつけられ、炸裂していると言われても驚かない。

 特にペダルを漕ぐために必要不可欠な脚はダメージが大き過ぎる。同時に痛みは身体のあちこちで負の連鎖を引き起こし、体力を始めとしてペダルを漕ぐ速度やバランス感覚、スピード感覚を一気に奪いに来る。

 傷口からは真っ赤な血と共に赤銅色の弾丸がズルズルと排出され、傷口は綺麗に塞がれる感覚がする。もう、本当に気持ち悪いほど怖くて便利な身体だな。まさか体内に残留した銃弾の処理までやってくれるなんて。

 俺が血飛沫と被弾した弾丸を噴出させる度に玲華は慌てて気流の流れのパターンを変更しているようだが、そんな小細工は効かないとばかりに銃弾は綺麗に俺の体内に飛び込んでくる。ここまで来るとホーミング機能が内封された魔弾だと思ってしまうが、そうだとすれば玲華がその点を見逃すワケがない。寧ろそっちの方がありがたい。

 何故なら如何なる魔弾も所詮は魔具の一つに過ぎず、銃弾に術式が施されているだけだ。そして、弾丸に施された術式を解除してしまえばそれはただの弾丸でしかない。

 だが、この攻撃はそんな魔術めいたものではなく、自然法則に則って活動する正真正銘の自然現象、ただの物理現象だ。だからこそ、魔術による小細工は効かない……!

 さっきから集中砲火を浴びている右手人差し指は激痛を通り越して神経が麻痺しており、もはやハンドルを握っている感覚さえも失わせる。このままじゃ、ヤバい。マジでバランス感覚を失って転倒してしまう。

 だからと言ってバランスを崩す右手を離しての運転は、二人乗りの上にこんな速度では危険過ぎる。俺は指輪の嵌まっていなかった右手人差し指の痛みを堪えてハンドルを思い切り握り締め、後ろから抱き締める玲華の無事を確認する。

 やっぱり玲華狙いの弾丸は一発も飛来しない、どころか、自転車のパンクを誘発させる弾丸さえも来ない。俺だけへの集中攻撃だ。はあ……俺、そんな悪い事したっけか?

 もう余りの痛みで足止めのルナは何をやっているんだと怒鳴りつけたいが、彼女は彼女で氷雪の魔女と対峙しているのだろう。逃げているだけの俺が文句を言うのもアレな気がする。


「衛紀くん、奥の手行くよ。大丈夫、重力操作は何とかするから、何とかなるって!」

「え、いや、待って、待って。重力を操作する必要があるって、何かもの凄く怖いんですけど。てか、脚が持たない……」

『世界を焼(レーヴ)き尽く()す黄昏の剣』(テイン)よ……ッ!」

「は、話聞けよォォォォォォォォッ!」


 本日二度目となる炎を纏う剣、というかもはや炎そのものとさえ形容出来る業火の剣が虚空より顕われる。剣の熱気と輝きは凄まじく、俺の身体が先に溶けきっちまいそうだ。九つの世界を焼き払ったというレーヴァテインの名を冠した炎と黄昏の剣は玲華の右手に収まり、その灼熱の切っ先を後方に向かって突き付ける。

 ま、まさか……迎撃しようってんじゃねぇだろうな、玲華さん。そのレーヴァテインとかいう厨二剣が火炎放射器になるんだかどうかは知らねえけど、反動でこの自転車までブッ飛ばさないでくれよ。こちとら運命の分け目のカーブに差し掛かろうとしているんだから……!


「それっ、点火っ!」


 だが、やはり期待を裏切らないというか、律儀な幼馴染滝沢玲華は実に盛大にやってくれた。やってくれやがった。

 玲華は背後で何かもぞもぞと動き、バシュッと何か気体らしきものに火が点いたような不穏な音が響く。そして、彼女の可愛らしい掛け声が響き、ソレは世界に可憐で苛烈な花を炸裂させる。


 世界を覆う光が、褪せる。

 世界を包む音が、爆ぜる。


 いささか大袈裟な表現だと思うかもしれないが、真後ろでやられてみろ。君も世界が滅びた思うだろうさ。鼓膜が破裂するわ。目もおかしくなる。

 あのさァ、玲華さん。コレ、迎撃どころじゃないですね。


 ボォォォッッッッッッッッッッッッッ!

 バアアアアアァァァァァァァァァァァッッ!!


 玲華の可愛らしい掛け声とは裏腹に、俺の真後ろでは凄まじい大爆発が立て続けに起こっているようだ。背後では炎が酸素を喰らうような爆音が轟き、圧倒的な熱気と光線が暴走している。

 だが、俺が最も「コレはヤバい!」と思っている事案は、自転車の速度が若干オカシクなっているということだ。どのくらいかと言うと、多分、そこいらのバイクなんかより同じか、それより速いと思ってしまうくらいにはヤバい。うん、若干どころじゃないですね。

 爆発を連続で巻き起こしている自転車は従来のペースをぐんぐんと抜かし、もうハンドルを少しでも傾けたらロケットのようにあらぬ方向に吹き飛んでいってしまいそうだ。相変わらず代わり映えのない河川敷と森林の景色は凄まじい勢いで流れ、とうとう目が回ってきた。目を瞑ってしまいたい衝動に駆られるが、ただでさえ命懸けの走行で後ろに女の子を乗せているのだ。何より、一層激しくなった顔に張り付く空気の塊のせいで目が閉じられない。


「れ、れれれれれ、玲華さん! 何ですか、この光はッ、この音はッ、このスピードはあああッ?!」

「物理現象には、物理現象だよね! というわけで、水素を気流で操って、『世界を焼(レーヴ)き尽く()す黄昏の剣』(テイン)で点火! 即席の水素爆鳴気を作ってみました!」


 うわあ、後方の爆音に混じって物凄い厨二病溢れる用語とマッドサイエンティストを拗らせちゃったような用語が聞こえてきた。しかも可愛らしい女の子の声で。全く、お前はこんな事のために理科の授業を受けていたと言うのか。

 なんと『世界を焼(レーヴ)き尽く()す黄昏の剣』(テイン)は火炎放射どころか、迎撃の道具でさえなく、彼女にとってはただの点火用のマッチだったというのだ。まあ、後ろでボソッと火炎放射としての機能もあるけどとか聞こえたのは無かったことにしておこう。

 で、問題の水素爆鳴気だが、俺にはさっぱりそれが何なのかが分からない。とりあえず、このとんでもない爆発を引き起こした現象の名前らしい。連続で起こる爆発はロケットブースターのように機能し、このオンボロのママチャリを凄まじい勢いで加速させる。

 しかも、それだけじゃない。後方で起こる大爆発と圧倒的な紅蓮の炎は飛来する銃弾をも焼き、変形させ、吹き散らす。さしもの『人工的外界現(カリキュレ)象計測演算眼』(イトアイズ)でも、この炎の剣で変形し、爆風によって軌道の乱された銃弾の跳弾までは予測が出来ていなかったらしい。

 当然ながら、跳弾狙撃は被弾しなかった。ただの一発も。

 だが、もう顔面を叩き付ける前方の空気と、後方の熱過ぎる爆風に煽られて脳がやられてしまいそうだ。一瞬でも気を抜いたら気を失ってしまいそうだ。今、俺は心臓が飛び出んばかりにひたすらペダルを漕ぐだけの生き物と化し、ペダルと脚が繋がっているような感覚さえ覚える。タイヤは粗悪なコンクリートの上を凄まじい勢いで駆け抜け、余りの速さで空中を数センチ浮遊している気がする。というか、絶対に通常では有り得ないくらいに跳ねまくっている。だってケツが滅茶苦茶痛いんだもん。


「衛紀くん、見えてきたよ! 目標地点の橋が!」

「お、おおおおおおおお!」


 そして今、玲華の嬉々とした声と共に、遂に激しく揺れる視界の端にあった九頭龍川に架かる橋が見えてきた。やっと、やっとこの地獄の逃走劇の終着点が見えてきたぞ……!

 あの橋と接続する大きめの通りに曲がってしまえば、如何なる跳弾狙撃でも攻撃出来まい。この状況下でのスナイパーの強みである一直線上という強みが無くなるからな。俺たちの完全勝利はもう目の前だ。

 あんなに遠くに見えていた鉄橋はみるみる内に近づいてきており、玲華もそれに合わせて爆鳴気の調整をしている。そりゃあ、この勢いのまま突っ込んだら村人もびっくりな自転車with水素爆鳴気が公の目に触れてしまう。というか、爆鳴気をロケットブースターのように活用し、二人乗りで自転車を漕いで、且つ銃弾から逃れるヤツなんて村人は愚か、警察もハリウッドだってびっくりだ。

 そんなこんなで間抜けな雄叫びを上げる俺だが、この有り得ない方向にひん曲がったハンドルだけは絶対に離さない。玲華も玲華で人間の出せる力を遥かにオーバーしたような腕力で俺にがっちりとしがみつき、肋が何本かボキボキいってしまっている。痛いです、玲華さん。

 だが、彼女の暖かい腕と胸の鼓動が今すぐにでも気絶しそうな身体に活力を与え続ける。今だけは、絶対に切り抜けなくてはいけないと喝を入れる。俺はこの港元市から、斬殺事件から、玲華を守るんだ。だから、絶対に、この手を離さないでくれよ!


「衛紀くん、私の合図から十秒で爆鳴気のロケットブースターを解除するよ。そしたらまた十秒後に、橋に接続された大通りにドリフトの要領で急カーブだよ! 良いね?!」

「自転車でドリフトとか……や、やってやるぜ! 任せろよ、玲華ッ!」

「頑張ってね、衛紀くん。それじゃあ、はい、合図だよ!」


 玲華による合図が、出された。

 熾烈なる爆走の終わりまで残り二十秒。

 俺がハンドルを握るオンボロのママチャリは文字通りの爆走を敢行する。

 視ていろよ、港元市の魔女共。日本の魔術師たちが、お前らに一泡、二泡吹かせてやるぞ……!

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