第8話 「勇者なんかじゃない」
タイトルは某少女漫画から
『なぜじゃ!?勇者じゃぞ?』『信じられません。勇者になるのを断るなんて……』と言う幼女と高野さんをようやくなだめた後、僕は自分が勇者になるのを断った理由を説明する。
「ええと……まず、そもそも僕は今まで剣といった武器なんて一切握ったことがありません。それに当然魔法なんて実際にどの様なものなのか想像すらつきません。僕の考える勇者像通りの勇者になるのならばどちらもかなりのレベルで使いこなす必要がありますが、僕がそのレベルに達することができるとは到底思えません。仮に到達できるとしてもかなりの時間を要することになると思います」
そう、世界規模の問題を解決しなければいけないなら当然それだけの力が必要である。今の僕にそんな力があるとは考えられない。
しかし、僕がそう言うと幼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべ−−−
「あぁ、なんじゃそんな事を気にしていたのか。それについては問題ない」
「はい?」
外堀を埋めにきた。
「つまり超すごい剣と魔法の使い手になれれば良いということじゃな。承知したぞ」
「え……」
「なんじゃ?私は神様じゃぞ?全智全能じゃ。お主を超すごい剣と魔法の使い手にするくらい簡単にできるわ。まあそもそも勇者の適性がある時点で転生後のお主の能力は他の者より高いんじゃがな。勇者をやってくれるからには少しサービスしよう」
「……」
あれ……?この流れは嫌な予感がする……
「……あっ、セトナでは今まで僕が知っていた言語や文字は当然一切通じなくなると思っていいわけですよね?異世界ですし」
「まぁそうじゃな」
「言事と文字が通じなくなるのに加えて先ほど高野さんはセトナの文明や生活スタイルが僕の生きてきた世界と異なると言いましたが、そんな所でいきなり勇者としてやっていける気なんてしませんよ」
今度は生活面から攻めるが−−−
「うむ、もちろんお主の言う事ももっともじゃ。しかし、それについても問題ない。予めセトナで使用されている全種族の言語・文字についての知識を与えよう。おまけもちゃんとつけてやるから安心せい。それにセトナの文明や生活スタイルについてはお主の常識とそこまで乖離している訳ではない」
おまけが気になったが、今はそれどころではない。
「……僕の考える勇者像通りなら、勇者となる人物は勇敢で、優しくて、賢くて、常に弱い者の味方になれる様な人物であるべきです。……僕はそんなすごい奴じゃありません……それに僕はあまり他人に関心がありません。自分のことで精一杯です。そんなやつが勇者に向いているとは思えません……」
しかし、そんな僕の反論も幼女に一蹴されてしまった。
「いや、お主は勇者に向いとるよ。間違いない」
「っ!!……だから何でそう言えるんですか!!」
こんなに大きな声を出したのは何時ぶりだろうか。急に声を荒らげた僕に高野さんはビクンッと驚いたようだったが目の前の幼女は一瞬の動揺すら見せず僕を真っ直ぐ見据えていた。
「広将、神様である私が保証しよう。---例えお主がどんなに酷い人生を歩んで来たとしてもそんな事は関係ない。お主はセトナで誰よりも勇者らしい勇者になれるさ」
そう言って笑った幼女の顔が眩し過ぎて僕は思わず目を逸らしてしまった。
同時に頭をハンマーで殴られたかの様な衝撃が駆け巡る。
(そうか……全智全能の神様だもんな。そりゃあ僕の今までの人生くらい知ってるはずだ)
……じゃあなんで僕の人生はあんな人生だったんだ……?
どうして?何故?理由は?
「っ……」
そう思った瞬間、胸の底からとうの昔に枯れ果てたと思っていたある感情がじわじわと沸き上がってきた。
---この感情は---怒りだ。
僕が黙っていると---
「お主は私に言いたいこともあるじゃろう。ただその前に---お主の人生は予めそうなる事が決まっていた訳ではないし、私がそうなる様に仕組んだわけでもない。何分私も忙しい身でな。多くの世界の個人個人の人生について決定権を持っているわけではないのじゃ」
つまり僕の人生は全くの偶然で成り立っていたとのことらしい。
それなら僕はどうすればよいのだろうか?
このやり場のない感情はどこにぶつければいいのだろうか?
「私がこう言ってどうなるわけでもないが---すまなかった」
僕のそんな感情を読み取ったかの様に幼女はソファーから立ち上がって僕に頭を下げた。
高野さんは僕達のやりとりをいまいち理解できていないようで頭を下げる幼女を見て驚いた顔をしていた。
「神様のせいではないんですよね?……何で……謝るんですか……?」
「理不尽な事に対するお主の感情ぐらいいくらでもこの身で受け入れよう------私は神様じゃからな」
そう聞いた瞬間、僕は泣くかと思った。
それを悟られないように必死で堪える。もしかしたら幼女には全て悟られていたかもしれないが。
何故なら謝罪の言葉を口にして頭を下げた幼女の姿は紛れも無く神様そのもののであったからだ。
そして同時に僕の胸の内に溜まっていた感情の塊が溶かされていくのを感じた。
(あぁ……この幼女は卑怯だ。こんな幼女に謝られては怒るも何もないじゃないか……)
「神様、頭を上げて座ってください。神様が謝る必要がないことは分かりましたから」
「……うむ」
「……それと……僕のために頭を下げてくれてありがとうございます……」
(面と向かってお礼を言うのは少々恥ずかしいな)
そして僕は自分が笑っている事に気づく。その笑顔は僕が死んだと伝えられた時に浮かべたものとは180度異なるものであった。
こんな風に笑ったのは何年ぶりだろうか……
「うむ……///」
「……/」
ソファーに座った幼女と高野さんの頬が心なしか赤らんでいた気がした。
§§§§§§§§§§§§§§§§
「さて、湿っぽい雰囲気になってしまったが、どうじゃ広将?勇者になってくれるな?」
そして話は戻り、いよいよ僕も打つ手がなくなってきた。
「……そもそも適職診断テストの結果はあくまで目安に過ぎないものでその職業に就く否かについては任意なはずで、転生先の世界も相談の上決めるんですよね……?」
最後の希望である高野さんにも尋ねるが---
「もちろんそうなんですがそれは本音と建前と言いますか……何事にも原則と例外があるものでして……」
「そうじゃぞ。まぁそもそもお主の場合はちと特殊なケースじゃがな。例外中の更に例外みたいなものじゃ」
「……」
ここで僕はようやく理解した---もう何を言っても僕の言い分は尽く解決されてしまうのだと……
僕がセトナで勇者として転生する事は決定事項なのだと。
「分かりました……勇者になります……」
「うむ、感謝するぞ広将」
「ありがとうございます」
喜んでいる2人をよそに、僕の心境は不安と諦らめで満たされていた。
そのため僕は本気で言った訳ではなかった。
ほんの軽い愚痴の様なものだった。
だから目の前の2人には聞こえない程の小声で言ったはずなのに---
「勇者はイケメンじゃないとダメじゃないですか……僕なんか全然……」
「えっ?……須藤さんの顔はそんな言うほど酷く……というかむしろ須藤さんは良い顔の部類じゃあ……」
「はぁ…高野くん、こういった者には一度とことん思い知ってもらった方が良いのじゃよ。このままでも十分かと思ったがこちらにも少し色を付けておくとしよう」
「そうですね……須藤さんには少し自分について知ってもらう必要があると思います」
「ちょ、ちょっと待って下さいなんの話ですか!?」
僕は慌てて2人に尋ねたが、『大丈夫じゃ!(です!)』と2人に言われて答えてもらえなかった。
そして僕を無視して---
『……もう少し目元は……』
『じゃがそれでは……』
『いえっ!神様、その部位は絶対に……』
『な、なるほど!!』
と何やら会話がヒートアップしている。
「はぁ……」
結局なし崩し的に勇者になることになってしまった。
自信などない。
(僕が勇者になんて本当になれるのだろうか……)
あっ……なんかどんどん不安が……
そして今にも不安に押しつぶされそうになっている僕の姿に気付いてくれたのか高野さんから---
「す、須藤さん!!だ、大丈夫ですよ!!神様はセトナに直接干渉できませんから、須藤さんは自分のペースでゆっくり勇者として活動してくだされば」
その言葉を聞いた瞬間、僕にある発想をもたらしてくれた高野さんも神様に見えた。そして僕は新たに出現したその神様に尋ねる。
「……神様が干渉できないという事は僕が勇者としての行動をしなくても何かペナルティがあるわけではないんですね?」
僕がそう言った瞬間、高野さんは『あっ……』とマズイ顔をした事がその答えであった。
(なんだ……それなら転生した後に本当に勇者としてやっていくべきか自分で確かめて無理そうなら別の生き方を考えれば良いだけじゃないか……)
そう思ったら急に肩の荷が降りるのを感じ、むしろセトナがどんな世界か気になり始めてきた。
この時の僕は完全に浮かれていた。
だから気付かなかった。
マズイ顔をしている高野さんの隣に座る幼女の口の形がニヤリと変化していた事に。
そしてその幼女が小さく呟いた言葉を聞き逃していた事に。
「ただし世界がお主のことを放っておくかは分からんがな」
須藤くんがどういう人生を送ってきたかについては次で書きます