第7話 「適職」
勇者は資格な気もしますが、この話の中では職業です。
その後も駄々をこねる幼女であったが、高野さんが急に真面目な顔で「吊るしますよ?」と言うと渋々僕の膝上から降り高野さんの隣のソファーに座った。
そしてもう僕は二人のやりとりを気にすることを辞めた。どうやら二人の業は僕の想像以上に深そうだ。
「うむぅ~」
不機嫌そうにほっぺを膨らませてソファーに座る幼女を見ていたらそのお餅のように膨れたほっぺたを指で突きたくなってきたが我慢我慢……
そしてようやくといった感じで高野さんから説明が始まる。
「では、改めましてこれまでの経緯についてご説明いたしますね」
「はい。宜しくお願い致します」
「須藤さんをこちらにお連れしたのは先程受けていただいた適職診断テストの結果が少々他の方々に比べて特殊であったためです」
「……特殊?」
まあテストの結果を見た高野さんの反応から僕がここに連れて来られた原因は十中八九テストの結果であると思ってはいたが、そんな僕の頭の中で一瞬にして不安が蘇る。
そう、僕は適職診断テストの話を聞き、異世界の存在を知った時から一抹の不安を感じていた。
『あのテストは僕の生きていた世界の常識では認められない様な職業の適性についても示すのではないか』と---
「ああ---誤解しないで頂きたいのですが、これは決して悪い意味ではなく良い意味で特殊ということですのでご安心ください」
高野さんはまるでそんな僕の不安を予め分かっていたかの様に言葉を続ける。不安が顔に出ていたのだろうか……?
「実は須藤さんの適職なんですが「お主の適職は神様である私が直々に教えてやろう!!」
それまで不機嫌そうだった幼女が急に立ち上がって今度は嬉しそうに言葉を発する。
隣の高野さんはやれやれと言うように深い溜息をついていた。
そして僕の適職が幼女の口から告げられた---
「よいか広将?お主の適職は------勇者じゃ!!」
「……え?」
「なんじゃしっかり聞かんか。お主の適職は勇者じゃよ『ゆ・う・しゃ』」
「……」
勇者?ゲームや漫画でよくあるあの『勇者』のことだろうか?僕が?勇者?
その後続いた幼女と高野さんの会話は混乱している僕の耳を通り抜けるだけであった---気になるワードを頭に残して。
「いや~勇者転生者が出るは何千年ぶりだったかのう」
「本当ですね。私もこの目で見るのは初めてですよ」
「実はすでに転生先の世界も考えていてな。いろいろ迷ったんじゃが広将にはセトナが良いとおもうんじゃよ」
「……あの特殊な勇者制度のある世界ですか?」
「うむ。そろそろあの世界にもテコ入れが必要かと思っていた所でのう」
イマイチどころか二人の会話が全く理解できないが、どうやら僕はセトナという世界に勇者として転生させられる流れになっているらしい。
「---というわけで広将、お主には勇者になってもらいたいのじゃよ」
「……あの、その前に勇者と言われても具体的にどんな事をする事になるのか説明していただけますか?それと転生先の世界についてもお願いします」
もし2人の言っている『勇者』が僕の想像通りの『勇者』であるならとてもまずい。
「おお、そうじゃったな、すまぬ。勇者の適性を持つ者が現れるのは本当に久しぶりでのう。思わず我を忘れてしまったわ」
「では、私からご説明させていただきますね」
「はい」
そうして高野さんから『勇者』、『セトナ』についての説明がはじまった。
「まず先に須藤さんの転生先の世界についてご説明しますね。須藤さんの転生先の世界---名前はセトナと言います。詳しい説明は時間もかかるため省略させて頂きますが、人族、獣人族、小人族、耳長族、妖精族、そして魔族が暮らしています。セトナには2つの大きな大陸が有り、それ以外にも多くの島が点在する世界です。文明のレベルについては須藤さんの生きていた世界よりも少々遅れていますね……いえ、正しく言うなら方向性が違うと言うべきでしょうか」
「方向性が違う?」
「はい。須藤さんの生きていた世界では科学が発達していましたが、セトナでは科学ではなく魔法が発達しています。そのため須藤さんの生きていた世界と比べて文明や生活スタイルが多少異なります」
「……なるほど」
僕はもう別の種族の存在や魔法の存在では動じなくなっていた。
今僕の目の前で高野さんの説明にウンウンと頷いている幼女の存在が何よりも驚くべき存在であったからかもしれない。
神様が存在するなら別種族や魔法だって存在すると言われれば納得もするだろう。
「セトナについて説明は以上にして、次に勇者についてご説明しますね」
そしていよいよ本題の勇者についての説明に入った。
「実は勇者というのは須藤さんの生きていた世界にも存在していたんですよ」
「どういうことですか?」
「例えば須藤さんは勇者と聞いてどんな事を想像しますか?」
「勇者……」
そう言われて即座に頭に浮かぶのは鎧を纏って仲間と共に剣や魔法を駆使して魔王を倒し、世界を救い人々から英雄扱いされる勇者の姿であった。
「う~ん、剣や魔法を使って魔王を倒して世界を救って人々から英雄扱いされたりという感じですかね」
「そうですね。須藤さんの生きていた世界の多くの者の考える勇者像はだいたいその様なものになると思います。ただ、須藤さんの生きていた世界には魔法は存在しないですし、ましてや魔王もいませんよね?」
「確かにそうですね……」
「つまり須藤さんの生きていた世界に勇者が存在していても須藤さんの考える勇者像が一致しないため勇者として認識できていなかったということです」
……なんだか勇者という存在がよく分からなくなってきた。
「難しく考えている様ですが、つまり勇者とは『その世界が直面している問題を解決するために最も必要な存在』であると考えてもらえると良いかもしれませんね」
「……なるほど。それなら分かりやすいですね」
「そこで神様がなぜ須藤さんの転生先にはセトナが良いのではないかと言った話になるのですが、須藤さんの考える勇者像に一番近い形で勇者になれる世界がセトナであるという訳なんですよ」
……あぁ……やっぱりだ……
「つまり、僕がセトナで剣やら魔法やらを駆使して魔王かは分かりませんがそれに類する何かを倒して世界を救うという事ですか?」
「……そうですね。多少の齟齬はありますが、須藤さんには須藤さんの考える勇者像の様な勇者としてセトナの抱える問題を解決してもらいたいのです。いかがでしょうか?」
「……先ほど高野さんと神様の会話で『特殊な勇者制度』、『テコ入れ』と言っていた気がしたのですがあれはどういう意味でしょうか?」
あえて高野さんの質問には答えず、僕は高野さんに質問で返す。
「……えー……それについてはですね……「それらについては実際にセトナに行けば理解できるじゃろう。お主ならな」
高野さんが珍しく言葉に詰まっていると、不敵な笑みを浮かべながら高野さんの隣にいる幼女が久々に口を開く。
「お主は勇者としてセトナに転生して世界の抱える問題を解決する。簡単な事じゃっ!!」
簡単に言うが世界規模の問題を僕1人でなんとかしろと言われている様なものだ……どう考えても現実的に不可能である。
「それに勇者としてセトナに転生すれば剣も振り放題、魔法も使い放題じゃぞ。羨ましいのう!!」
「ほっ本当ですよ!!羨ましいです!!」
その後も、高野さんと幼女はいかに勇者が素晴らしい存在であるか僕に説いてきた。
(なんだかだんだん2人が胡散臭いセールスマンに見えてきたな……)
先ほど僕が高野さんに質問した途端に今まで説明を聞いていた幼女がいきなり会話に割り込んできた事といいなにか引っかかる。
まあ仮に2人に何か思惑があるとしてもなかったとしても僕の答えは変わらないので良いか。
「---という訳で広将、セトナで勇者になってもらえるな?」
「……大変申し訳ありませんがお断りさせていただけないでしょうか?」
「なぜじゃ!?」「なんでですか!?」
僕が当然に了承すると思っていたのだろうか幼女と高野さんの声が室内にこだました。
そろそろ転生します。