第17話 「命名とおまけ」
その後はすっかり質問タイムとなってしまった。
「そういえばあの鏡はなんだったんですか?」
「ああ、あれは天界とセトナを繋ぐ窓みたいなものじゃ。こちらの世界では御神体として扱われているようじゃのう。ちなみにあの鏡はたまたま私の部屋にあった私物じゃ」
(私物って……でも神様の私物ならそれはそれでアリか……)
「じゃ、じゃあなんで僕は前世の姿に戻ってるんですか?」
「そもそもこの部屋自体が少々特殊でのう。この部屋はセトナであってセトナではない。敢えて言うならば『あの世とこの世の狭間』のような場所で、ここでの姿は魂に依存するのじゃ。お主の場合、魂自体は前世のままであるから姿が戻ったのもそのせいじゃな。この部屋を出ればまたこちらの世界の姿にもどるじゃろう」
「はぁ……」
いまいちよく分からないが、分かろうとするだけ無駄だと思った。
あちらの常識はこちらの常識ではない以上、『そういうものなのだ』と受け入れるしかない。
「とりあえず大体の状況は理解しました。ありがとうございます」
「うむ。ところで広将よ、セトナでの生活はどうじゃ?」
「……まだ転生して一晩しか経っていないのでなんとも言えないです……」
「ふ〜む、そうか」
幼女の目はまるで僕を値踏みしているかのようであった。
「あの……ひとつお聞きしたいんですが」
「なんじゃ?」
「……この世界で僕が転生する先は予め決まっていたことなんでしょうか?」
「いや、転生先は完全にランダムじゃ。それは神である私に誓おう。もちろんその時に転生先として調度良い個体という条件はあるがのう」
「そうですか……」
「なんじゃ?お主は今の転生先が気に入らんのか?」
「……そうではないんですけど……正直、今の家族にどう接すればよいか分からないんです……」
「須藤さん……」
そう言った高野さんの表情は悲しみを帯びたものだった。
敢えて名前をつけるならば【哀れみ】、【同情】、【憐憫】と言った感情であろうか。前世で嫌というほど僕に向けられ、そしてその度に僕を惨めにしてきたものだ。
「広将よ、お主はお主のまま、お主の思うようにすれば良いのじゃ」
(まるでテンプレートみたいな事を言うなぁ……)
分かっているのだ。本当は誰にも---神様にだってどうすることも出来ない。
自分のことは自分でどうにかするしかないのだ。
「なに、お主は今まで熱湯に浸かり過ぎていただけじゃ。すぐにぬるま湯の心地良さも思い出すじゃろう」
「はぁ……」
上手いのか上手くないのかよく分からない例えをする幼女に僕は気の抜けた返事しかすることができなかった。
「あの……そろそろ須藤さんの名前を決めては如何でしょうか?」
「おお、そうであったな。では、そろそろお主の名前を決めるとしようかの」
紆余曲折話を経たが高野さんの助け舟によりようやく本題に入るようだ。
「広将よ、お主は何か希望する名前があるか?」
「えっ?僕が決めてもいいんですか?」
「まあ、お主の場合は前世のこともあるしのう。自分の名前くらい自分で決めたいとは思わんか?」
「それは……確かにそうですね……」
この時、僕は神様にお願いするつもりだったことが必要無くなり安堵していた。
そして僕は自信の希望を伝える。
「では……前世の僕と同じヒロマサという名前を使ってもよろしいでしょうか?」
「ふむ、それは大丈夫じゃが理由を聞いてもよいか?」
「……一応17年間呼ばれてきた名前ですし、今更他の名前で呼ばれるのもどうかと思ったので……それに……前世の僕の両親から貰った数少ないものですから……」
「……よかろう!!ではお主の名は今から『ヒロマサ=ルイン=ファーマ』じゃ!!」
僕の言葉を聞いた幼女はニッと笑ったかと思うとそう宣言した。
「ルイン?ファーマ?」
聞きなれない言葉が出てきたため僕は思わず聞き返してしまう。
「なんじゃ、お主は自分の姓も貴族名も教えられておらんのか?」
(1歳時にそんなこと教える親の方がおかしいと思うんだけどな……)
そう頭の中でツッコんでいる間にも幼女の話は続く。
「よいか、この世界にはお主の前世と同じように姓と名がある。それに加えて一定階級以上の者、まあつまるところ貴族じゃな、貴族には貴族名というものが与えられるのじゃ。お主の場合はヒロマサが名、ルインが貴族名、ファーマが姓じゃな」
「なるほど……分かりました。ありがとうございます」
こうしてセトナの姓名事情を知ると共に僕の名前は『須藤広将』から『ヒロマサ=ルイン=ファーマ』となった。
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「あぁ、お主の名前も決まったところで最後にもうひとつ大事なことがあったのう」
「えっ……これで終わりじゃないんですか?」
「いやほれ、お主が転生する前に『おまけ』をつけてやると言ったのを覚えておらんか?」
「あぁ……」
(そう言われればそんな事を言っていた気もするな)
「おまけってなんなんですか?」
「うむ、これは言うよりも実際に見た方が分かり易いじゃろう。ヒロマサよ、そこにしゃがんで目を瞑るのじゃ」
「は、はい……」
そう言われてその場にしゃがみ目を瞑る。視覚を封じたことでその他の感覚が鋭くなっているためか幼女が僕の目の前まで近づくのを感じた。
すると---
「んちゅ~」
「!?」
「神様っ!?」
そして高野さんの驚く声と同時に感じる---額に感じる柔らかなもの---サラサラと顔の表面に触れる繊維上のもの。時間にすればほんの一瞬であったが、それらが何なのか分からないほど僕は察しが悪い方ではなかった。
「---もう目を開けてよいぞ」
「qわせdrtfgyふいjこlp」
目を開ければ頬を淡く染めた幼女にこれまた頬を赤く染め意味不明な言葉を発している高野さんが目に入る。
何故当の本人である僕よりも高野さんの方が動じているのだろうか。
「……ヒロマサは反応がイマイチじゃのう。お主なら何が起きたか把握しておろう?」
「……いえ、驚きましたよ」
もちろん僕に今までそういった経験はない。
その意味で確かに驚きはした---が、その行為をしてきたのはあくまで幼女である。
僕からすれば『子供の戯れ』程度にしか感じられなかった。
「……その割には反応が淡白じゃのう」
「すいません……」
(何で僕が謝ってるんだろう……あっ、まずい涙目だ)
僕の反応がお気に召さなかったのか幼女はプルプルと震え目尻にはわずかであるが雫が見れた。
「そ、その……なんというか神様は見た目が……その……とても可愛らしいので……そういう対象として見れないと言えばいいのか、これが高野さんだったらまた別だったんですけど……」
(あれ?余計なこと口走った……?)
「なっ、ななななにを言っているんですか須藤さん!?」
「い、いえ。今のは言葉の綾と言いますか……あ、あと高野さん、僕はもう『須藤広将』ではないので……」
「なんでそこで冷静に返してくるんですか!?」
そう言う高野さんの頬は先程より3割増しでその赤みを増していた。
そして先ほどまで泣きそうだった幼女と言えば---
「ふふふ、そうか私が可愛すぎたのか」
と何やら嬉しそうに笑っている。
「ヒ、ヒロマサさん!?ちゃんと聞いてるんですか!?」
そう僕を責めるがちゃんと呼び名を訂正してくれている辺りが高野さんの性格をよく表していると思った。
「まあまあ、少しは落ち着きつくのじゃ高野くん」
そう言いながら高野さんをなだめる幼女の顔はとても爽やかなものであった。
「……あなたがそれを言いますか……はぁ、分かりました……もういいですよ」
「ありがとうございます……」
なんとか怒りの鉾先を収めてくれたようだ。
この機を逃す手はない。話題を変えるべく僕は口を開く。
「それで、『おまけ』って結局なんなんですか?」
まさかあれが『おまけ』という訳ではないだろう。
「ふふふ、ヒロマサよ、今まで見えなかったものが見えるようになっておらんか?」
「え……?」
そういわれ視線を泳がせてみると―――
(なんだろうこれ……?)
僕の視野のちょうど右上部分にパソコンやゲーム機によく見られる電源マークのようなものが浮かんでいた。