第12話 「他人以上家族未満」
部屋に戻ってからの僕の行動は3つの単語で表せてしまう程単純だった。
食事・排泄・睡眠---
以上である。
まず食事についてであるが、これには若干の不安があった。
僕の前世では外国に行けば当然に食文化も異なるものであったが、ここは異世界である。外国どころの話ではない。
恐らく殆どの料理は僕が見たことや味わったことのないものであろう---そう思っていた。
しかし、その不安は杞憂であった。
僕の目の前に並んだ料理の献立は---
米
煮魚
茹で野菜
野菜スープ
フルーツ
かなり前世と馴染みのありそうなものばかりであった。
しかし、どの料理もその色・味・形等が微妙に僕の知識とは異なる。
米については変わりなかったが、魚、野菜、果物は今まで見たことのない種類のものであった。
ただ、味についてはどれも大変美味しく1歳児には多いのではと思われた量の料理を全て平らげてしまった。
ちなみに『今日から通常食ですよ~』と言ってマリーさんが料理を運んできてくれたのだが、どうやら僕の食事は今日から通常食に切り替わったようである。これも僕が喋りだした事が原因であろうか?
どうやらこの世界において『子供が喋り出す』という事は重要な意味を持つらしい。
まぁ確かに喋れるようになる事は良い事であるのに間違いはないだろうが---
「いたぁあきましゅ」
「……あぁ、私は坊ちゃまを食べてしまいたいです……」
「ごちしょうしゃまでしゅた」
「……一生懸命食事を口に運ぶ坊ちゃま……ごちそうさまでした……」
……本当に喋れて良かったのか疑問を抱く食事の時間だった。
そして排泄……これについてはあまり多くを語る必要は無いであろう。
……しょうがない。今の僕は1歳児だししょうがない。
子供は股間を濡らし大きくなるのだから---
また、睡眠についてであるが、どうやらこの身体は異常に眠くなりやすい様である。
食後にしばらくすると眠気が襲って来て、僕の精神はその眠気にあっという間に屈服してしまった。
そして現在−−−
僕は目を覚ます。いつの間に入れ替えたのかベビーベッドは大人が2~3人は寝れるであろうサイズの大きなベッドになっており、僕はその上で寝ていたようだ。
(もう『ベビー』ではないってことか……)
ベッドから上半身を起こし窓の方を見れば、窓の外の空は青からオレンジ色に変わっていた。
どうやら外はもう夕方になっているみたいだ。
(そういえばこの世界の暦法はどうなっているんだろう……)
寝起きでボーっとする頭でそんなことを考えていると部屋のドアが開きマリーさんが入ってきた。
「あら、坊ちゃまはお目覚めでしたか。調度良かったです」
そう言いながらマリーさんは『これからお着替えすよ~』と室内のクローゼットを開く。
クローゼットの中は洋服でびっしりと埋まっていた。
「これから坊ちゃまの『初お喋り祝賀会&初お披露目会』です。お客様も沢山いらしてますし、主役の坊ちゃまにはしっかり着飾っていただきますよ」
「……」
まあ分かっていたが、どうやら本当に僕が喋った祝賀会&お披露目会が開催されるらしい。
「こちらの洋服はどうでしょう?あっ、こちらでもいいですね」
正直、こういったお祝い事はあまり好きではない。
(たかが子供喋ったくらいで大げさだなぁ……)
「坊ちゃまはどの服でもよく似合うので逆に服選びが困ってしまいますね」
とはいえ拒否権があるわけもなく大人しくマリーさんの着せ替え人形と化す僕であった。
「……完璧です……」
そう言って着替え終えた僕を見るマリーさん。なぜ若干息が荒くなっているのだろうか。
「さっ、坊ちゃまも自信の姿をご覧下さい」
マリーさんがスタンドミラーを持ってきてくれた。
そして僕は転生後初めて僕を見た−−−
(鏡に映っているこの子供は誰だ……?)
普通に考えて僕しかありえないのだが、僕はその現実を受けれるまで少々時間を要した。
着ている服はタキシード?だろうか、それをそのまま子供服サイズにしたような服を着ている。
そして顔---それは17年間親しんできた顔とは作りからして全く異なるものであった。
髪の毛は父親であるアルフレッドからの遺伝であろうか、眩しいほどの煌めきを放つ金髪。母親であるセリーヌの面影を残しつつも男の子っぽさを感じさせる顔つき。
(変な感覚だ……まるでここにいる僕が僕じゃないような……)
その鏡に映る姿は僕が転生した事実をこれでもかという程強く実感させてくれた。
(これで前世の僕ともお別れか……)
しかし、不思議なことにあまり悲しくはなかった。
僕は薄情なやつだと思うが、自分に対しても薄情だったようだ。
「では坊ちゃま、そろそろ会場へ向かいましょうか。そろそろ準備も整っているはずです」
そう言い僕を抱っこしたマリーさんは部屋の扉に向かって歩き出す。
ようやく屋敷内を見ることができそうだ……祝賀会とやらはあまり気が乗らないが……
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祝賀会の会場となっている場所に向かうまで屋敷内を見る事ができたが、この屋敷……広い。
立派な刺繍の施された絨毯が敷き詰められた廊下を5分は歩いたと思う。
途中、いくつかのド扉を見つけたが、10個より先で僕は数えるのを辞めた……
(そもそも家の中で5分以上も廊下を歩くっておかしいよな……いや、僕の感覚が庶民すぎるのか……?)
「坊ちゃま、そろそろ会場に到着いたしますよ」
だんだんと自分の常識に対して疑心暗鬼に陥ってきた所でどうやら会場に到着するようである。
マリーさんが扉の前で立ち止まりノックをする。
「失礼いたします。旦那様、奥様、坊ちゃまをお連れいたしました」
「ああ、入ってくれ」
僕とマリーさんは部屋に入る。
部屋の中には父親であるアルフレッド、母親であるセリーヌの2名しかいなかった。
アルフレッドは僕と同様にタキシード、セリーヌは真っ白なドレス姿であった。
……なんと言えばいいのだろうか、2人とも所謂人の上に立つ者の『オーラ』を放っていた。
こうした姿を見ると僕の両親の社会的地位の高さがよく分かる。
「……」
「……」
「あの……旦那様、奥様?」
僕らの方を見て何も言葉を発しない2人にマリーさんが疑問の言葉をかける。
「あ……あぁ、ごめんなさいねマリー、つい私の天使ちゃんの晴れ姿を網膜に焼き付けようかと思ってたら言葉を発するのを忘れてしまったわ……」
「お、俺もだ……」
……社会的地位が高過ぎる人達の考えることは僕の理解を超えているようだ……
どうやら僕達が今いるこの部屋は会場へと続く控室のような場所らしい。
僕が入って来たドアとは別にまたドアがあり、その向こうからは複数の---いや、かなり大勢の人の気配を感じた。
「では、私は一度会場へ行って参ります」
「あぁ、ありがとう。準備が出来たようならまた教えに来てくれ」
「承知いたしました。失礼いたします」
そう言ってマリーさんは抱っこしていた僕をセリーヌに渡すと部屋を出て行ってしまった。
(よく考えると今日僕が転生を自覚してからこの2人と過ごすのはこれが初めてなんだよな……)
「……」
正直、僕は目の前の2人にどう接すれば良いのか分からなかった。
この世界での2人は血の繋がりのある僕の両親である。
しかしながら、それはあくまで身体的な話であって精神的に見れば僕の両親はこの2人ではない。
だが、かと言って2人が他人かと問われればそうだと言えない自分もいる。
僕の中でこの2人は『他人以上家族未満』というよく分からない存在になっているようだ。
(少し変な所もあるけど……良い人達なのは間違いないよな……)
「ふふっ、その服装よく似合っているわよ」
「ああ、よく似合ってるな。流石私とセリーヌの息子だ」
笑顔で僕を見つめてくる2人を見ていて僕は胸を締め付けられるような気持ちになった。
「あら、この子ったら難しい顔しちゃって。緊張しているのかしら?」
「おっ、なんだなんだ?これから大勢の人の前に立つから緊張しているのかな?」
実際にはもっと切実な事を考えているのだが2人には分かるわけもないし、言えるはずがない---
『私はあなた達を自分の親だと思えない』等と---
部屋の扉から再びコンコンっとノックの音が響いたのは、それから10分ほど経った頃であろうか。
その音のする直前まで『早く私達自慢の息子を皆さんに紹介したいわね』『あぁ、そうだな』と会話をしていた2人には待ち望んだ音であろう。
アルフレッドが入室の許可をすると再びマリーさんが入ってきた。
「失礼いたします。会場の準備が整ったようですのでご報告に参りました」
「分かった、ありがとう」
いよいよ祝賀会&お披露目会が始まるらしい。
「さて、では私は一足先に行ってみんなに挨拶をしてくるよ」
「えぇ、お願いしますね」
そういって会場へ繋がっているであろう扉を開きアルフレッドはその奥へ消えていった。
「えーみなさん、本日は私アルフレッドと妻セリーヌの息子が初めて言葉を発した記念の祝に集まって下さりありがとうございます---」
しばらくするとアルフレッドの挨拶の言葉が聞こえてきた。
「今あなたのお父さんがみんなに挨拶をしてますよ~、これが終わったら私達も会場に行きましょうね~」
それにしても人の気配からして会場には多くの人がいるようだが、今更ながら緊張してきた。
多くの人の注目を浴びるのには慣れていない。
(よく考えたら島主がお祝い事をするって事は相当の数の人がいるんじゃあ……)
「---という事もあり、この度、皆様に我が息子のお披露目をさせていただきたいと思います」
そしていよいよアルフレッドの挨拶も終わり、僕とセリーヌが呼ばれてしまった。
(あぁ……まだ心の準備が……)
「さぁ!!私の天使ちゃんをみんなの前に披露しに行くわよ!!」
「行ってらっしゃいませっ!!奥様、坊ちゃま!!」
そうして、僕と何故だか気合の入っているセリーヌはこれまた何故か気合を入れて頭を下げているマリーさんを背に部屋を後にした。