第10話 「転生完了」
ようやく須藤くんのセトナ生活が始まります。
「ーーーーーー」
「ーーーーーー」
「ーーーーーー」
声が聞こえる。なんだろう、とても安心する声だ。
瞼を上げる。
(眩しいっ……影が……3つ?)
「おっ!?目を覚ましたぞっ!!」
「騒がないで!驚いちゃうでしょ!」
「旦那様、奥様、お静かにしてくださいませ」
1人は眩しい程の金髪さらさらヘアーの男性。
もう1人は長い茶髪の女性。
最後の1人は帽子で隠れてしまっているため髪の長さは分からないが帽子の隙間から見える髪は綺麗な赤色であった。そして服装はよくあるメイド服だ。
おそらく金髪の男性と茶髪の女性が僕の父親と母親でメイド服の女性の雇い主なのだろう。
顔つきは全員日本人離れしているため、僕の価値基準が適切か分からないが僕から見る限りみんな美男美女であった。
そしてこの状況を見るに、どうやら本当に一眠りしている間に僕の転生は完了したようだ。
前世の記憶もしっかり残っている。
僕は本当に勇者として異世界に転生したらしい。
(これで完全に僕の生きていた世界ともお別れか……)
何故かそう思った瞬間、視界が滲む。
いつの間にか僕の瞳からは涙が溢れていた。
そんな僕を見て慌てて茶髪の女性が僕を抱っこする。
「ああ~泣いちゃった。ほらっ、よ~しよ~し。それにしても声を上げて泣かないなんて変な子ね」
その茶髪の女性はそう言って笑いながら僕の背中をポンポンと叩く。
彼女の腕の中は……とても心地よかった。
「な~に、男の子なんだからそのくらいの方がいいさ。この子は将来、大物になるぞ」
そして金髪の男性はそんな僕達に寄り添うように立ち、笑いながらそう言った。
「そうですね。間違いありません」
普通であれば親バカの発言であるがその発言をニコニコと肯定するメイド。
(まあ実際、大物と言えば大物になる予定なんだよな……本当にそうなるかは未定だけど……)
何はともなれ、僕はセトナに転生した以上はこの世界で生きていかなければならない。
これから僕が知らなくてはならない事は沢山ある。
勇者について、この世界の情勢や種族について、剣について、魔法について、そして---この世界の抱える問題について。
ただ、今だけはこの心地良い腕の中で抱かれていようと思う。
§§§§§§§§§§§§§§§§
そう言えば彼らの声は認識できるが僕の発した言葉もちゃんと彼らに認識されるのだろうか。
一応、確認する必要がある。もし認識されなかったら大変だ。
今の時間は分からないが、今まで寝てたんだからきっと朝であろう。
僕はまだ小さい子みたいだからそれっぽく---
「おぉー……ぉひゃょうごじゃぃましゅ」
まだ上手く口が回らないがそれも相まって何とか子供っぽく『おはようございます』とは言えたと思う。おまけに自分でも驚くくらい自然と笑いながら言うことが出来た。
「「「…………」」」
3人共僕がそう言って笑った瞬間にピタリと動きを止め誰も一言も発しなかった。
(あれっ?何か間違っていただろうか。あの幼女は予めセトナで使われている言語についての知識は与えてくれると言っていたし、現に彼らの言葉は特に意識もせずに認識できるから、僕が意識せずに発した言葉も彼らに認識されるはずだと思ったんだけど……)
そう思いつつ、もし僕の言葉が通じなかったらどうするかと考えていると---
「天使……」
メイドの女性がそう言い残しその場に崩れ落ちた。何やら鼻を抑えて悶絶している様に見える。
そしてそれを合図に僕を抱きしめていた腕の力が急に強くなる。
「あなたっ!!聞きましたか!?この子ったらもう喋りましたよ!!おまけにあの笑顔!!なんて底なしの可愛らしさなんでしょう!!まさに天使ちゃんですわ!!」
そう言って茶髪の女性は僕を力強く抱きしめて『そんな可愛い子にはこれです!!んちゅ~!!』と僕のほっぺにチューをしてくれた。
「ああ確かに聞いたぞ!!まだ1歳なのに挨拶が出来るなんて、この子……天才かっ!?天使で天才なのかっ!?」
(僕は1歳だったのか……そりゃいきなり挨拶したらこうなるな……天使についてはよく分からないけど……)
ただ、不思議と『今夜はお祝いだ』等とはしゃいでいる両親の姿を見ていたら、僕は自分の安易な行動が間違いであったとは思えなかった。
須藤くんのセトナでの名前、どうしよう……