094 見舞
■見舞■
不本意ながら偽の地球座標を報せてしまったミラーグは、エルドの意思に従い、エルフィア大教会の古文書で『失われた惑星』と地球の関係、そして、その宇宙座標を探ろうとしていた。
「ティルバルディ司教。エルドの使い、ミラーグがあなたに面会に来ています」
「わかりました。応接室にお通しください、わたくしもすぐにまいります」
「リーエス」
ティルバルディ司教は、総主教アマリアの依頼で、かつてエルフィアが文明促進支援をしたという伝説の世界ディアテラの資料を抱え、応接室に向かった。
(これが、地球の座標にお役立てできれば、いいのですが・・・)
(ティルバルディ司教、おわかりですね。ユティスのためでもあります)
(大司教座下・・・)
(わたくしの個人的なお願いです。ミラーグには、くれぐれも、よろしくと)
(リーエス、総主教座下)
ミラーグは応接室に足を踏み入れた。
「これは、これは、ティルバルディ司教。あなたが直々にお出になるとは・・・」
「ご機嫌うるわしく。いかがお過ごしですか、ミラーグ?」
「おかげさまで、毎日、大変けっこうな日々を送っております」
「それはなによりです」
「それで、ディアテラに関する古文書の情報なのですが・・・」
「リーエス。こちらがそれです」
でん・・・。
ティルバルディ司教は2冊の古文書をテーブルに置き、そのうちの一冊を開いた。
「エルフィアの中央管理システムのデータベースにもアクセスしましたが、こちらの2冊に関するものはありませんでした。ですから、これはここにあるだけのものです」
「オリジナルというわけですか?」
「リーエス。バックアップを取っている時間がありませんでした」
「リーエス。了解いたしました」
「それに、これらは、1万年以上も前のものですので、取り扱いには、細心の注意していただければ、幸いです」
「リーエス。もちろんですとも、ティルバルディ司教」
「こちらで、ディアテラの情報が記載してある部分にしおりをはさんでおきました」
「これは、ありがたいことで。心より、感謝いたします」
「では、エルドによろしくお伝えください。総主教座下からの伝言です」
「リーエス」
ティルバルディ司教は、エルフィアの象徴を描くとミラーグを祝福した。
「ミラーグ、汝に、すべてを愛でる善なるものより、永久の幸があらんことを」
「ア・リーエス」
和人は熱でふらふらだった。100メートル先にある病院になんとか行って薬を処方してもらったが、風邪薬は強烈だった。薬の睡眠剤のせいで、たちまち眠りに落ちた和人は、夢を見ることも、時折繋がるユティスのコンタクトにも気づくことはなかった。
「和人さん!お願いです。お応えください!」
時空の状態も依然と比べて遥かに不安定になっていた。そのため、精神体を送るためのハイパーラインは安定的に和人に繋がらなかった。時空の状態が完全に変化し、エルフィアからのコンタクトが完全に地球と切り離されるまで、もう2日を切っていた。それが、ユティスを例えようもなく不安にしていた。
「どうした、ユティス、まだ和人につながらないのかい?」
エルドも心配そうにユティスのコンタクトを見守った。
「ナナン。ダメですわ。安定的に繋がりません。すぐ切れてしまうのです」
「いかんな・・・。相当、状態が悪化しているようだ・・・」
エルドも時空の状態に気をもんだ。
そして、2日目の朝を迎えた。エルフィアと地球を偶然繋いでいる時空が閉じるのまで、後1日と少ししか残っていなかった。
「常務、インフルエンザじゃないんですが、まだ頭がぼぅっとしてて、起きるのが辛いんですが・・・」
「わかった、和人。無理しなくていいぞ」
俊介は和人からの電話を受け会社を休ませることにした。
「ユティス・・・」
アンニフィルドは、ユティスの表情から、和人とのコンタクトがうまくいかなかったことがわかっていた。
「アンニフィルド?」
「リーエス」
アンニフィルドはユティスを追い込むことはしたくなかった。
「和人さんに連絡がつかないの・・・」
ユティスは自分から話し出した。
「諦めちゃダメよ、ユティス」
「リーエス。わかっています・・・」
「必ずうまくいくわよ」
「リーエス・・・」
「元気ないわよ。あなたらしくもない」
「ありがとうございます、アンニフィルド」
(しかし、なんという運命の悪戯なの・・・。ユティスが、あまたいるエルフィアの男性ではなく、よりによって、どこにあるともしれない地球の若者を愛してしまうなんて・・・)
ぎゅうっ。
アンニフィルドはユテイスの手を両手で握った。
今日を入れて2日以内にその座標を割り出さなければ、永久に二人が会う機会は失われてしまうかもしれなかった。アンニフィルドは、ユティスの気持ちが痛いほどわかった。
ぶるぶる・・・。
ユティスは極度の緊張に時折身体を揺らせた。
「ユティス・・・」
ぎゅうっ。
アンニフィルドは、さらにユティスを抱きしめた。
「和人、今日も休みですか?」
「おう、二宮。和人の様子を見に行ってきてくれないか?」
俊介は二宮に指示を出した。
「うーす。了解です」
「風邪をうつされんようにな」
「マスクしなさいよ、二宮。和人に菌がうつるわ」
真紀が二宮にマスクを与えた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ、真紀さん、それひどいじゃないすかぁ」
「風邪を増幅して戻って来かねないからね」
--- ^_^ わっはっは! ---
「真紀さん!」
「頼んだわよ」
「うーーーす」
それを遠目に見ていた石橋は、切なそうに自分の机にに視線を戻した。
(いいなぁ、二宮さん・・・。わたしも、和人さんのところに公用外出したい。今日も二宮さんに先を越されちゃった・・・)
「石橋?」
はっ。
「あ、岡本さん・・・」
開発部マネージャーの岡本はは石橋の上司でもあった。
「行きたいんでしょ?」
「ええ?」
「行っておいでよ・・・。真紀には、わたしから言っとくから。但し、アホの二宮が今出たばかりからね。もう少しここで待機してなさい。いい?」
「あ・・・、はい・・・」
「よし。真紀から二宮に確認の電話入れさすわ。あいつが帰ったら、真紀から電話が来るようにするわ。そしたら、もう入っていいわよ。部屋の中のバカ菌を見つけたら、石橋が片っ端から消しちゃいなさい」
「うふ・・・。ありがとうございます」
「あは・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「和人、見舞いに来てやったぞ。そっか、おまえは飲めそうもないな。仕方ない、オレが飲んでやるよ」
二宮はコンビニの袋からビールを一缶出して、ドアを半開きにして和人を覗き込んだ。
「ありがとうございます。先輩・・・」
和人は赤い顔で出迎えた。
「顔が赤いぞ。ユティス・ワインの飲みすぎか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「バカ言わないでください。これが二日酔いに見えますか?」
辛そうな和人を見て二宮は冗談を止めた。
「げほっ・・・」
「わりぃ。ユティスの見舞いはないのか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「来れないんですよ。あのですね、先輩、せっかくのお見舞いをいただいたのに、大変失礼とは思うんですが・・・。少しでも頭を楽にしたいです・・・」
二宮は和人を元気付けようとするが、空振りに終わった。
「わかった。わかった」
「とにかく、お見舞いありがとうございます。オレ、薬を飲んだんでもう寝ます。先輩にうつすと悪いんで」
「おう。風邪はともかく、バカまでうつすなよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「先輩・・・」
和人は思わずにやりとした。
(先輩、オレをはげます冗談のつもりなんだ・・・)
「わりい。つい口がすべっちまって・・・。ああ、しっかり直してから出て来いよ、バカの方も」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ええ、そのつもりです・・・」
「それから、地球の座標、ユティスに最優先で伝えて欲しいと」
「常務ですか?」
「ああ・・・」
「わかりました。じゃぁ」
「おやすみ・・・」
ばたん・・・。
和人はドアを閉めた。
和人は丁重に礼を言ったが、その実、独りきりになりたかったのだ。だから二宮を引き取らせた。和人の心配のもとといえば、風邪による体調ではなく、ユティスとコンタクトがさっぱり取れないということだった。今や、ユティス存在が、和人の心のほとんどを占めていた。
その夜、俊介に大田原から連絡が入った。
「大田原だ」
「じいさん!」
「T大学の高根沢博士より、待望の天の川銀河を中心とした超銀河クラスタの地図ができたという知らせが入った」
「そうか。待っていたんだ!」
大田原の依頼から2週間以上がたっていた。
「大至急送ってほしい。それに和人用にも、もう一部欲しい。エルフィアと連絡できるのは彼しかいない」
「ああ。どうやら、天の川銀河の周辺時空に大きな異変が起きているようだ」
「スーパーノバか?」
「ほぼ、間違いないだろう。その可能性は非常に高い。しかも地球に近い・・・」
「急がないと、永久にエルフィアと連絡ができなく可能性がある。銀河の地図を」
「そうしよう」
「和人さん、和人さん。お応えしてください・・・」
ユティスは、連日、和人にアクセスするが、時空の歪みが一段と強まり昼間はまったく通信できない状態になった。
「今日も、うまくいかないようだね・・・」
「リーエス・・・」
ぽん・・・。
落胆しているユティスの肩にエルドは右手を置いた。
「諦めてはだめだ。ユティス、まだ時間はある」
「リーエス・・・。あと、1日と少し・・・」
「最後の最後まで、諦めてはだめだ」
「リーエス・・・」
ユティスの声は沈んでいた。
「地球のコンタクト履歴からの時空リバース解析は、どこまで進んでいる?」
エルドが、システム担当にきいた。
「申し訳ございません。最初のスーパーノバ発生前のデータがほとんど消失しています」
「バックアップデータはあるか?」
「リーエス。ただ、同じく相当な部分が破壊されていますので・・・、復元が・・・」
「わかった。事情は十分に承知している。できる限り早急に解析してくれたまえ」
「リーエス」
和人は夢うつつの状態だった。起きているのか、夢の中にいるのか、自分でも定かではなかった。
「か・・・ず・・・と・・・さぁ・・・ん・・・」
「ユティス?」
時折、ユティスが呼んでいる気がして、応えようとしてみたものユティスの声はすぐに消えた。
「和人さん!」
「あ、ユティス・・・!」
「か・・・ず・・・と・・・さ・・・ぁ・・・ん・・・!」
ユティスの声は引き伸ばされたようになり、和人の頭の中ですぅーと消えていった。
「ユティス!」
ばっ。
和人は、飛び起きた。全身にびっしょり汗をかいていた。
ぴん、ぽーーーーん。
(だれか、来たようだ・・・)
和人は正気に戻った。
「はぁい、待って・・・ください・・・」
ふらーーー。
和人は立ち上がるとふらっとした。
がちゃ。
「ユティス・・・?」
「ユティス?」
「あ、石橋さん。いえ、なんでも・・・」
「和人さん、大丈夫ですか・・・」
石橋が心配そうに、ドアの外から和人を見ていた。
「ど、どうも・・・。石橋さん、お見舞いに来てくれたんですか・・・。ありがとうございます・・・」
和人の目は焦点が合っていなかった。
「わたしの命の恩人ですから、和人さん・・・。あの、顔、赤いですよ・・・」
「うん。まだ熱が下がってないのかも」
ぶるぶるっ・・・。
和人は震えた。
「寒いんですか?」
「リ、リーエス。思いっきり寝汗をかいたから」
和人はタオルで顔の汗を拭いた。
「リ、リーエス?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ、なんでもありません・・・」
「そうですか・・・。でも、汗が出たのなら、とてもいい兆候ですね」
「はい・・・」
「すぐに、シャツとかを取り替えないと」
「うん・・・」
「あのぉ、着替え、お手伝いしましょうか・・・?」
「い、いや、けっこうです。ありがとう、石橋さん。風邪、うつっちゃうから・・・」
「そ、そうですか・・・。じゃぁ。・・・温かいもの飲んでくださいね」
「うん。ありがとうございます」
「これ・・・」
石橋は自販機で買った熱いお茶のペットボトルを差し出した。
「温っかい・・・。本当にありがとうございます」
にっこり。
和人は思わず微笑んだ。
「あの・・・」
「は、はい・・・」
「お布団ちゃんとしますね」
石橋は布団を整え、和人がきっちり入ってるか確認した。
「どうも・・・」
「うんん・・・。当然のことだもの・・・」
石橋は今晩和人の看病することを考えた。
「わたし、やっぱり、和人さんの看病・・・」
「う、うん・・・。ユティス・・・」
和人は、また、ぼうっとなり、うわ言のように小さくそれを口にした。
ずきん・・・。
(ユティス・・・。和人さんの好きな人よね・・・)
しかし、その名前に石橋は急に決心がぐらついた。
(やっぱり、わたしじゃダメなんだぁ・・・)
じわぁ・・・。
石橋の目に涙が溜まっていった。
「やっぱり、帰ります・・・」
「え・・・?」
和人は石橋を見つめた。
「じゃあ・・・、お大事に・・・」
石橋はそう言うと、そっとドアを閉めた。