093 事情
■事情■
一方、そんな和人に石橋はさらに悩んでいた。石橋の気持ちを知ってからというもの、和人も石橋も意識的に声をかけられなかった。和人の心は、ユティスがすべてを占めていた。
「和人、おまえホモじゃないんだったら、彼女欲しくないのかよぉ」
和人がセレアムに入社した頃、よく二宮にからかわれていた。
二宮自身だけが認める、イザベルとの恋のアバンチュールとやらを、耳にタコができるほど聞かされていたが、専門学校時代の通学電車の中のポニーテールの女の子のことが、忘れられなかったのだ。
石橋のハイキング捻挫事件以来、石橋の気持ちに感づいてた二宮だったので、当然そのことをほのめかすこともあった。しかし、和人は、女の子2人を同時に掛け持ちするということは、考えることもできない男だった。
石橋が、嫌いというのではなかった。それどころか、石橋が、可愛く好ましい女の子だと十分わかっていた。但し、意中のポニーテールの女の子の想いを断ち切れなかった和人は、親しい仕事仲間以上に考えていなかった
ただ、恋愛対象として、相手にその気にさせたままではいられないのだった。冷たくあしらうことではなかったが、どうしても、それ以上近づいてはいけない気が無意識にするのだった。
和人がユティスにエルフィアへ召還を依頼した日、石橋は和人を追っかけてアパートまで押しかけた。目の前で意識を飛ばせてしまった和人を、石橋は優しく膝枕した。そこに駆けつけた真紀から、和人の秘密を聞き出したが、気持ちがすっかり晴れるわけではなかった。
石橋は焼く2時間、和人を膝枕してる間は、幸せだった。和人の頭を撫でては、キッスしそうにまでなった。そうしなかったのは、石橋が本当に優しかったからだった。和人の気持ちを考えると、どうしてもできなかった。
和人が気がついた時、和人は大そう驚いていたが、石橋を邪険にするようなことはなかった。きちんと礼を言って、石橋にお茶を出し、そそうないよう気を遣った。
それが、石橋には悲しかったのだ。
(二人きりなのに、和人さん、どうして?どうして・・・?)
その日、石橋は逃げるように、和人のアパートを後にした。
そして、今日も、二宮と話し置いてけぼりになって、和人に心理的距離を置かれた石橋は、たまらず事務所を出た。
「すいません。ちょっと出かけてきます」
「いってらっしゃーーーい」
事情を毛の先ほども知らない事務所の人間は、いつもと変わらず、『お出かけ挨拶』をした。
(和人さんにとって、わたしはなんなのかしら。わかってるわよ、可憐・・・。和人さんはわたしを嫌いというわけではないのよ。ただ、特別に好きなひとがいるの。わたしはそのひとじゃないだけ・・・。神さま、わたしの気持ちをどうにかしてください)
石橋は目を閉じて祈った。
「その願い、叶えて進ぜよう・・・」
出てきた神さまは、二宮そっくりだった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「や、やっぱり、またの機会にします!」
--- ^_^ わっはっは! ---
エルフィアではスーパーノバの件でてんやわんやの状況だった。
「極超新星誕生の後にはブラックホールができ、その巨大な重力で周りの時空を歪めることになるかもしれん」
「リーエス。でも、時空の状態が不安定になってきています」
メローズは空中スクリーンに映った分析図を指した。
「これです、エルド」
「どんな感じだろう?」
「地球とコンタクトできていた時空の状態は、明らかに変わりましたね。今までのようなコンタクトは、そう長くは持ちません」
メローズはエルドに事実を伝えた。
「わかった・・・。因みに、最短となった場合、どのくらい持ちそうか?」
「通信状態が保てるのは、短かければ3日、長くとも10日しかありません」
「3日・・・。あまりにも短い・・・」
エルドは静かに目をつむった。
「リーエス。最短の3日以内に地球の座標を割り出してハイパー通信をロックオンさせなければ、偶然だけで繋がっている現在の時空状態が完全に破壊された場合、今後の通信が一切とれなくなる可能性が高くなります。そうなると・・・」
「和人から、地球座標を算出する情報を手入するチャンスを、永久に失ってしまう」
「リーエス」
「ユティスには、わたしから話をしよう」
「ぜひ・・・」
とんとん。
「ユティス、入るわよ」
「リーエス。どうぞ、クリステア」
クリステアはユティスの部屋に入った。
「ユティス、あなた、大丈夫・・・?」
「クリステア・・・。トルフォ理事のお言葉通りです。わたくし、エージェントとしての務めを果たしていません・・・」
「自分からそんなこと、言わないの。まだ、始まったばかりでしょ?」
「なぜ、今まで通信できている時に、和人さんに地球の座標をもっと早く確認しておかなかったのか、後悔しているのです・・・。とても、胸が苦しくて、不安なのです」
「自分を責めてはいけないわ」
「いいえ。いいえ。わたくし、ミッションを忘れたわけではありませんが、個人的な感情を優先していたのですわ。トルフォ理事のおっしゃったことは、事実です・・・」
「そんなことないわ。使命もちゃんと果たしているじゃない」
「しかし、わたくしは和人さんのことばかり考えてしまいます」
「まぁ、無理もないわね。あなたが男性を本気で好きになったのは、これがはじめてなんだから」
「クリステア・・・」
「これでも、恋の一つや二つ、経験してるわよ。あなたの気持ちは、よくわかるわ」
「アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうございますわ)」
「なに、他人行儀しているの?さ、もう、目いっぱい反省したんだから、気分転換しない?」
「気分転換ですか?」
「リーエス。これ以上悔やんだところで時間のムダだよ。やるべきことをさっさとやりましょ!」
和人は天文学者ではない。それなりの準備時間がないと、和人にそれができるわけがなかった。和人は自分たちの天の川銀河の正確な位置も形すらも知らないのだ。
宇宙における相対的な座標さえ確認できれば、どんなことになろうと訪問可能であったはずだ。
エルフィアの超銀河クラスタ・データベースには、エルフィアを中心にして半径150億光年で主だった直径1万光年以上のほとんどの銀河は、その相対位置と運動方向、その速度が記録されている。その数4000億個。
しかし、もしこのまま和人との通信が不能になってしまえば、和人とは永久に通信できなくなる。いわんや、地球を救うことや訪問はそれどころではない。ユティスは不安で胸が押しつぶれそうにだった。
「ユティス、われわれに与えられた時間は、数日しかない・・・」
「エルド、それは本当ですの?」
「確率99.5%だ。最悪3日以内に地球とつながった時空は大きく歪む。そうなると、地球と、いや和人とコンタクトすることは、ほぼ不可能になる。この無数の銀河の、さらにまた無数の恒星系の、一惑星を特定するすることはどれくらいの時間がかかるか。よしんば、運良く地球を見つけたとしても。その時には、きみも、わたしも、和人も、既に存在していないかもしれない」
「まあ、なんということ・・・。他に、方法はないのですか、エルド?」
「一つだけある」
「なんですの?」
(安で胸が押しつぶれそうですわ・・・)
「和人から、地球の座標となる有力な情報を提供してもらうこと。そして、われわれで、地球を見つけ出す。そして、即座にシステムで地球に転送ターゲットのアンカーを打つ。時間制限は、すべてを入れて楽観的に見ても6日が限度。システムでの特定作業時間を考えると、和人からは3日以内に座標を聞き出さねばならない。しかも、その間に時空の状態がいつ変わるかもしれんから、可及的速やかに行なわなければならない」
「リーエス・・・」
「いいね、ユティス。きみの役割は極めて重大だ。3日以内。今日を入れてだ。すぐに取りかかってくれたまえ」
「リーエス・・・」
不安でいっぱいのユティスはやっとのことで答えた。
「アンニフィルド、わたくし・・・」
「いいわよ、聞いてあげる。今度はなんなの?」
「どうしても、地球に行きたいんです。和人さんのもとに、行きたいんです」
「はいはい。それで?」
「あと3日しかないの・・・」
「3日って・・・、なんのこと?」
「和人さんとコンタクトできる時間ですわ」
「はあ?」
アンニフィルドはその理由を知らなかった。
「今は、和人さんには限りなく偶然で繋がってるだけなの。ハイパー通信のことですわ。時空が大きく揺らいでいて、エルドは6日しか余裕はないって・・・」
ユティスは顔を曇らせた。
「今日を入れて6日以内に、地球の座標を確認してロックオンさせなきゃ、永久に和人とは連絡できない可能性があるっていうの?」
「リーエス・・・」
アンニフィルドはことの重大さをはじめて認識した。
「ユティス、なにグズグズしているの?早く和人にコンタクトをつけなきゃ!」
「それが、繋がらないんです。いえ、信号が弱くてよくわからないの。和人さんにはわたくしの声が届いているはずなのに、応答がないのです、精神体も送ることが・・・」
「できないっていうの?」
「ナナン・・・」
「まさか・・・」
「アンニフィルド・・・」
「怒んないでね。和人は、ちょっととろいところがあるけど、いいヤツよ。ましてや、ユティス、あなたに首ったけなんだから。あなたの呼び声に、応答しないわけないわ」
「リーエス・・・」
「ユティス。あなた、なにか、和人が応答しない理由を思いつくかしら?」
「ナナン。昼間より夜の方が、少しだけですけど通信状態は良くなるの」
「わかったわ。ユティス、あなたは絶対にあきらめちゃダメよ!和人に呼びかけをやめちゃ、ダメ。いいわね!」
「リーエス」
さっさっさっ・・・。
「大司教座下」
全エルフィアの総司教、アマリア座下に、側近のティルバルディ司教が報告に来た。
「なんでしょう?」
「エルドのご依頼で、ディアテラに関する古文書の調査ですが・・・」
「なにかわかって?」
「それが・・・」
「大災害の様子は残っているのですが、肝心の宇宙座標に関する銀河の記述は、どこにも見当たりません」
「そうですか」
「ただ、その恒星系の近隣地図、といってもたかだか抽象形ですが、それを見つけました」
「まぁ、それは、朗報ですこと」
「しかし、肝心の銀河が特定できないとなると・・・」
「とにかく、まだ古文書すべてを洗い出したわけではありませんよね?」
「リーエス」
「では、続けましょう。そうそう、ティルバルディ司教。エルドの使いのミラーグという方が来られたら、あなたが対応してくださいますか?わたくしは、どうしても、はずせない会議があります。その抽象化された近隣恒星系の地図も、お忘れなく」
「リーエス。総主教座下」
和人は和人で、数日に間話しもできてないユティスと無性に話したかった。
(ユティス、きみに会いたい。もう一度、エルフィアに行きいよ。たとえ、精神体であろうが・・・)
和人はだんだんストレスがたまっていった。
「ふぅーーーっ」
「和人のやつ、また、溜息ついてるわよ」
「今日、67回目だわ」
「68回目」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ヒマ人ね。数えてたの?」
「悪い?人間アクセズカウンターと呼んで」
--- ^_^ わっはっは! ---
「いや」
和人は仕事にまったく身が入らなかったし、言葉も少なくなっていった。
「ちょと。和人、これ、日付、前のままじゃないの・・・」
真紀に呼ばれて和人は社長机の前に来た。
「すいません、真紀さん・・・」
「公文書は、こういうのが致命的になるからね。よぉく、見てよね」
「リーエス・・・」
「んん?」
「いえ。わかりました」
「あちゃぁ・・・」
悪いものは重なるもので、和人は仕事でミスを連発し国分寺姉弟は本気で和人を心配した。
次の日、和人は風邪を引き、それをこじらせてしまった
「ごほごほ・・・。宇都宮です。常務、オレ、風邪をひいたみたいです・・・」
「なんだと?風邪だって?おまえ、この地球の大ピンチにかんべんしろよ」
マスクをした和人の咳き混じりの声に、俊介は、やれやれという顔をした。
「仕方ないな。みんなにうつすなよ。立って歩けるか?」
「なんとか、近くのクリニックくらいまでなら・・・」
「送ってやるぜ」
「いえ、100メートルもないですから」
「だったら、さっさと行って来い。しかたがないな。休むのはOK。で、ユティスと連絡は取れたのか?」
「それが、時空に歪みが発生したようで、今まで通りにクリアじゃないんです。というより、ほとんど感じません。昼間はまったくコンタクトできない状況です・・・」
「それは、泣きっ面に蜂だな・・・」
「すみません・・・。げほげほ・・・」
「しょうがないだろ。しかし、本当に辛そうだな」
「ユティスとのコンタクトが・・・」
「そっちも、本当にまずいぞ・・・」
「わかってます。地球の窮状を伝えないと」
「高根沢博士の情報もまだ来ていないぞ」
「八方塞ですか・・・」
「いいか、和人。これだけは、頭の中で必ずイメージできるようにしろ」
「はい」
「天の川銀河の正面から見た構造図と、そこでの太陽系の位置。そして、太陽の周辺直径500光年の主だった恒星の分布図。それらが博士からきたら直ちに確認しろ。超最優先だ。いいか、会社の仕事なんかしなくていい。そっちは二宮と石橋に任せる。そして、おまえがユティスに伝えろ」
「はい」
「でないと、さすがのエルフィアもこっちを探し出すことはできん。おまえもユティスと永久に会えなくなる。それでいいというのか?地球の未来云々もあるが、おまえ自身の個人的な理由の方も大切ではないのか?ユティスと連絡できるのは、和人、おまえしかいないんだ!」
「常務・・・」
「はっは。元気を出せよ。まだ、最後と決まった訳じゃない。単なる手前だ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「はい」
ぽん。
俊介は和人の肩を叩いた。
「とにかく、わかったな!」
「はい!」
「じゃ、さっさと風邪をなおせ!」
「了解です。ヘックシ・・・」
和人は布団に潜り込んだ。