089 異変
■異変■
その日、和人とユティスが交信中に時空の歪みから重大障害が発生し、随時繋がっていたハイパー通信が不可能になった。
びびび・・・。
「あっ!」
ばちばち。
ぱちっ。
「ユティス!」
ぐらーーー。
ユティスの精神体が大きく揺れた。
「和人さぁーん!」
ばちっ。
しゅうーーーん。
和人の目の前でユティスは一瞬にして消えた。
ぴー、ぴー、ぴーっ。
「エルド、大変です」
メローズはエルドを見つめた。
「どうした?」
「和人のコンタクトに異常が発生しています」
「エージェント・ユティスの交信中にエラー発生。時空状態に異常を確認。交信の継続は不可能。警告。通信の継続は不可能。警告。エージェントの精神保護のため、通信を強制終了します・・・」
ユティスの交信をウォッチしていたシステムが異常を警告した。
「どういうことだ?」
「時空が極めて不安定になっています。システムは交信を切ろうとしています。ユティスに確かめてみませんと・・・」
ふぁぁーん、ふぁーん、ふぁーん。
「緊急事態。時空閉鎖の進行中を確認。交信中のエージェント・ユティスの強制回収を実行します」
システムは最終警告を発した。
ふぁぁーん、ふぁーん、ふぁーん。
「時空が閉じる警告音だぞ!」
「エルド、緊急事態です。地球との間の時空に大きな異常が・・・」
ばちばち・・・。
「ユティスは、戻ったのか?」
「確認中です!」
「至急、確認し給え!」
エルドはモニタの様子からただならぬ状況に陥ったことを察した。
「リーエス」
メローズは、エージェントが精神体を送る時に、エージェント控え室のユティスを確認した。
「ユティス!ユティス!」
ユティスからの応えはなかった。
「返答がありません」
すくっ。
「大至急、ユティスの通信室に」
「リーエス」
エルドとメローズは立ち上がった。
しゅうっ。
ぱっ。
エルドたちは、ユティスが精神体で地球を訪れる時に、控えに使用するエージェント専用室の前に、自分自身を転送した。
しゅん。
ユティスの控え室は壁とドアが一体となったままだった。
「ドアは?」
「閉まっています」
「緊急パスワードを適用する」
緊急パスワードは、エージェントが精神体でコンタクティーのもとへ訪問中になにか不測の事態が起こった場合、エージェントの安全を確保するために、エージェントの控え室を開けるために使用するものだった。したがって、緊急パスワードを知るものは、エルドとメローズ他、数人にしか、明かされていなかった。
「リーエス」
「xxxxx・・・・・」
しゅっ。
エルドたちの目の前で、ドアと一体になった壁が一瞬にして開いた。
たったった・・・。
エルドは、部屋の真ん中の保護ベッドの中で、横たわっているユティスに、走り寄った。
「ユティス!」
さっ。
エルドが、ユティスの顔に手をかざすと、ユティスの瞼が動いた。
ぴくぴく・・・。
「あ・・・」
「大丈夫ですか?」
ユティスは、心配そうに自分を覗き込んでいるエルドを、確認した。
「あ・・・。エルド・・・」
「ユティス、大丈夫か・・・?」
すーーー。
ユティスは、エルドに背中を支えられて、ゆっくりと身を起こした。
「リーエス・・・。大丈夫です」
「時空の状態が急激に変わったんだ。システムはエージェント緊急回収を警告して・・・」
エルドの言葉で、ユティスは、自分の状況を察した。
「和人さん、和人さんとのコンタクトが・・・」
「わかっている。きみの叫びを、システムがモニターしていたんで、飛んできたんだ」
「時空の状態が変化し、ハイパー通信が切れてしまったのですね?」
「リーエス」
「時空になにが起きたのでしょうか?」
ユティスの疑問にメローズは首を振った。
「わかりません」
ユティスは、ゆっくりと頷いた。
「そうですか・・・。とにかく、強制的に、こちらに戻されました」
「システムが、緊急時の自動強制回収をしたんだ。よく、無事だったね」
ぽん。
エルドはユティスの肩に右手を置いた。
「ハイパー通信にも異常が起きたのでしょうか?」
「わかりません。とにかく、時空に大きな変化が起きた可能性が大きいです」
メローズはユティスを見つめた。
「恐れていたことが、起きたようですね?」
「なにをさて置いても、地球の座標確認を優先しておくべきだったか・・・」
エルドはそれを自分のミスだと感じていた。
「リーエス。それは、わたくしの手落ちです」
「ナナン。なにを言うんだ・・・。きみに落ち度はない」
エルドは首を振ってユティスに優しく言った。
「リーエス。ユティス、ご自分をお責めになってはいけません」
メローズも静かに言った。
「しかし・・・」
「ご自分で、お立ちになれますか?」
「リーエス」
ユティスは上半身を起こし、ベッドに座ったまま二人を見つめた。
「エルド、わたくし・・・」
「きみは、しばらく、ここで休んでいたまえ。メローズ、ユティスを頼む」
「リーエス」
メローズはモニターでユティスの状態を確認していた。
しばらく休んだ後、ユティスがエルドの執務室にやってきた。
「エルド・・・」
「大丈夫かい、ユティス?」
「リーエス。それで・・・」
「ユティス、わかっていると思うが、これは緊急事態だ。時空が不規則に揺れている。このままだと、和人とコンタクトが永久に不可能になるかもしれん」
時空の揺らぎの分析報告を受けたエルドはユティスを示した。
「原因はなんでしょうか?」
ユティスは不安そうに尋ねた。
「はっきりとは言えないが、これだけ時空を乱すとなると、少々の事態では、なさそうだ。ひょっとすると、懸念していたような銀河内超新星の発生かもしれん・・・」
「銀河内で超新星の発生ですか・・・。そんな・・・」
「ユティス。超新星は、この大宇宙では珍しいことでもなんでもない。われわれや地球の周辺で発生したところで、なんら不思議はない」
「そうは言っても、エルド、和人さんの天の川銀河が、エルフィア銀河でないとしても、その二つのどちらかの銀河内で、たった今、超新星が起きるとなると、確率的には・・・」
「相当低いとは思うが、ゼロではない。確率がゼロでないなら、その可能性を疑ってみることは意味がある。そうではないかね?」
「リーエス。おっしゃる通りです」
「もし、エルフィアか地球のごく近くに超新星が発生し、ガンマ線バーストの放射方向が、われわれ、もしくは、地球の位置に合っていたとしたら、時空の揺らぎに加えて、生命体にとっては極めて深刻な影響を受ける可能性がある」
「そ、そんな・・・」
「わたしとしては、ガンマ線を逸らすため、エルフィア周辺の時空をいつでも曲げれる準備をしておかねばならない」
エルドは、すぐに動いた。
「メローズ。第1級時空防御体制の準備を」
「リーエス」
「エルフィア星系1光年内の時空の屈折率を最大にしました。ガンマ線を逸らせた場合、放出方向にはエルフィア銀河面に対し45度です。この線上1万光年に、生命世界はありません」
「よし、それで十分だ。固定してくれ」
「リーエス。放射コース固定完了」
「ご苦労」
エルドは矢継ぎ早に指示を出した。
「エルフィア銀河、ならびに1万光年以内の周辺銀河に、ハイパーノバやスーパーノバは現れておりません」
メローズの答えが返ってきた。
「リーエス」
「ニュートリノ観測値、異常なし」
「リーエス」
「GRBの可能性のある青色超巨星のチェックを」
「リーエス」
「1万光年の中に、対象の星は2000個ほどあります。いずれも、異常ありません」
「リーエス」
「エルド、そうということは・・・?」
「ああ、ユティス。きみの言いたいことはわかっている」
「エルフィアでないということは・・・」
ユティスは、信じられないというように、目を大きく開けた。
「ああ・・・!」
ユティスの顔がにわかに強張った。
「ハイパーノバなら、地球を襲おうとしている可能性が大きいと言えます・・・」
メローズはユティスに振り向くと静かに言った。
「おお・・・!ずべてを愛でる善なるものよ!」
ユティスは両手で口を押さえた。
「少なくとも、これだけ時空が乱されているということは、地球から、スーパーノバなら1000光年以内、ハイパーノバなら、1万光年以内に現れた可能性がある」
「なんと恐ろしい!」
「ユティス、早合点してはいけない。エネルギーの放射軸が地球に向いていると確定したわけじゃないんだ」
「地球周辺の時空屈折率を、変えることはできないのでしょうか?」
「地球の座標さえ正確にわかっていれば、そんなに難しいわけでもない。しかし、地球の位置を、われわれは把握していない。今から、地球を特定するとなると、時間との勝負だ・・・」
「それまで、祈るしかないのですか・・・」
「・・・」
エルドはそれには答えなかった。
「ああ、すべてを愛でる善なるものよ!」
ふらーーー。
ユティスは、今にもショックで倒れそうになった。
「しっかり、ユティス、まだ、そうと決まったわけではない!」
エルドはユティスを掴んだ。
「ユティス、きみは、和人とコンタクトを取り続け給え」
「リーエス・・・」
「よいか、ユティス。われわれは、ハイパーノバから、いくつもの文明を守ってきた。それに・・・」
「なんでしょうか?」
「それに、エルフィアも、カテゴリー2の時に、先進文明世界にハイパーノバの放射線から守ってもらってきた。カテゴリー4の世界にな」
「エルフィアがですか?」
「そうだ。まだ、エルフィアが、自分で自分を守ることができない文明レベルの時に」
「伝説の世界、カリンダですね?」
「リーエス。エルフィアとて、その時に、少なくとも1万光年内のハイパーノバのガンマ線を、まともに浴びたとしたら、生命は尽きていたかもしれない」
「それと同じことが地球に・・・」
「今、まさに、起ころうとしているんだ・・・」
「和人さん!」
ユティスは今にも失神しそうだった。
どかどか・・・。
「ブレストはいるか?」
「じきに戻ります」
「リーエス。待たせてもらおう」
つかつか・・・。
どさっ。
長身の男は、横柄に一瞥くれると、ソファーに深々と腰を下ろした。
「ふっふっふ・・・。あのこしゃくな地球人の青二才め、今度こそ、二度とユティスに会えないようにしてやる」
いつもは人に待たされることを死ぬほど嫌うトルフォだったが、今日はいたって機嫌がよかった。
ブレストの部屋の来訪者の感情探知システムのトルフォ機嫌メータが、最高値を示していた。
「今日は最高値のようだな。そろそろ行くことにしよう」
--- ^_^ わっはっは! ---
ブレストは身支度をすると、トルフォに面会するために自分の部屋を出た。
「トルフォ、お待たせしました」
「おお、ブレスト。戻ったか!」
「リーエス」
「ふふ、査問会はだめだったが、地球のニセの座標を仕込むとは、いいアイデアだな」
「リーエス。時は熟しています。それに、好都合な人間が研究所にいて幸いです」
「まぁ、地球かなにか知らんが、ハイパーノバに巻き込まれるなら、それはそれで、誠に結構なことではないか。和人とやら、苦しむ暇さえなかろう。ガンマー線による地球の浄化だな」
「リーエス。もちろん、宣誓も浄化されるというわけです・・・」
「ふっふっふ。その通りだ。ハイパーノバか・・・。まったく、いいタイミングで現れてくれたもんだ」
「ユティスに対する宣誓の効力は消えれば、あなたの計画通りに・・・」
「そういうことだ。ブレスト」
「それには、しばらく時間稼ぎが必要と?」
「ふっふっふ。ハイパーノバのエネルギー波が到達するまでの時間がな」
「この状況だと、5日もあれば、十分かと・・・」
「千歳一隅だな」
「リーエス。トルフォ、あなたはついています」
「ふっふ。して、スーパーノバの爆発強度は?」
「少なくとも、通常の10倍やそこらは、あるかと・・・」
「時空は相当影響を受けてるはずだ。学者連中の予測だと、地球の8000光年以内に出現したらしいな。さぞかし、困っておろう・・・。ふっふっふ」
トルフォは、笑いが込みあげてくるのを、止めようとしなかった。
「ところで、地球は、エネルギー放射軸上に、位置しているのですか?」
「今は、わからん。ハイパーノバの地球への影響は、一部の委員会の理事たちしか知らされておら、超がつくほどの極秘情報だ。わたしだから、知らされたのだ」
「委員会の理事特権ですね?」
「うむ」
「ミラーグは・・・?」
「当然、知らされてはおらんだろう」
「リーエス」
「われわれが、手を下すまでもないな。ふっふっふ」
「リーエス」
「必要なのは、数日という時間だけだ。後は任せるぞ」
「リーエス」
「ふっふっふ・・・」
「はははは・・・」
二人は互いに含み笑いし、今後の成り行きを期待した。