088 時空
■時空■
和人の頭を膝の上に再び載せて、石橋は真紀の話を聞くことにした。
「さ、どんなことから話そうか?」
「真紀さん・・・」
「そうね、まず和人のこの状況をはなさなきゃね」
「はい・・・」
石橋は心配そうに和人を見つめた。
「これね、和人の意識があるところに飛んでいってるの。それは自分から望む場合もあるけど、要請されてそうなることも」
「どこに、だれが、そのように・・・?」
「この前スマホ調べさせてもらったでしょ?あなたのスマホにその写真は入ってなかったけど、それがヒント・・・」
「じゃ、その写真にぼんやり写っていた女の子・・・。そうなんですか?」
こっくり・・。
巻きは静かに首を立てに振った。
「やはり、そうなんだ・・・」
石橋はそう言うと、和人の頭を優しく撫で始めた、
「彼女はユティスさんという名前なんですね?」
「ええ・・・」
「幽霊なんですか・・・?」
「ぷふっ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
真紀は小さく吹き出した。
「あは。ごめん。幽霊なんかじゃないわ。あれはユティスの純粋な意識の作り出したイメージ。精神体よ。ユティスは死んでなんかいないわ、今の和人のようにね。自分の体があるところで、同じように眠っているように横になってるはずよ」
「なぜ、真紀さんはそれをご存知なんですか?」
「そりゃ、和人の上司だもの。社員のことは把握してるわ」
「答えになってません・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「はいはい・・・。和人から聞いたのよ。そしたら、和人、いつああなるかわかんないんで、もし会社であんな風になりそうだったら、わたしたち姉弟が面倒をみて欲しいってね。だから、安心して行ってきなさいって言ってあるのよ・・・」
「ユティスさんのところにですか?」
「そういうこと」
「ユティスさんて、なにものなんですか?」
「地球の科学や技術、そしてなにより人類の精神を進化させるための大変重要なキーを握ってる人物なの。彼女は自分の精神をあんな風に飛ばしたり、逆に他の人間の精神を飛ばしたりする特殊な能力を持ってるわ。彼女の存在は、そういうことで日本政府から極秘に扱われているの。日本に呼んでくるためにね。それで、日本における主なコンタクト窓口が和人なの」
「どうして、和人さんなんですか?」
石橋の追及は続いた。
「それは、和人をユティスが指名したからよ。どこでどうユティスが和人のことを知りえたかは、わたしもよく知らない。でも、インターネットのあるサイトらしいわね。これは事実よ」
「本当に・・・?」
「ええ」
石橋は真紀がウソを言ってるわけでないと判断した。
「わたし心配なんです・・・。和人さんはユティスさんのことしか頭にありません。わたしはこんなに和人さんのこと好きなのに、和人さんはわたしを振り向いてくれない・・・。わたしの一方的な片想い。1年以上もこんな状態なんです。わたし、辛い・・・」
「石橋・・・」
「でも、でも・・・。それでも和人さんに会えてる方がいいんです。もしここを辞めちゃったりして、和人さんの目の前からわたしが消えたとしても、わたしの気持ちは消えないんです。もっと後悔すると思うんです」
「石橋・・・」
真紀は石橋の追及が終わり、自分の気持ちの吐露になったことで、内心ほっとしていた。
(こっちなら、まだ聞けそう・・・)
「石橋、あのね・・・」
「ううん、いいんです。真紀さんはとってもよくしてくださってます。わたし、こうして和人さんを膝枕したかったんです。できるなら毎日でも・・・」
「大好きなのね・・・?」
「はい。和人さんに触れてる今は、自分でも不思議なくらい心が満たされています・・・」
石橋は和人の頭を優しく撫で続けた。
「わかったわ。ここはあなたに任せる。わたしも事務所を飛び出しちゃったから、後で言い訳が大変だわ。あはは」
「ふふ」
「和人が気が付いたら、連絡ちょうだい。事務所に戻ってもいいし、そのまま一緒にいるのもいいし」
「はい」
「ただね。あなたはそんなことしないと思うけど、和人の精神が戻ってきた時、あまり突っ込まないで欲しいな。和人は和人でものすごくあなたのこと気を遣ってるのよ」
「はい」
「じゃあ、和人をお願いね」
「はい」
きい・・・。
かちゃ。
真紀は事務所に戻っていった。
わいわい・・・。
がやがや・・・。
とんとん!
「お静かに。以上をもってユティスのヒアリングを終了したいが、みなさん、なにか聞き逃したということはないですかな?」
議長は会場を見渡した。
「いや、けっこう」
「ないわ」
「ないね」
「では、ユティスのエージェント活動において質問のあった件、なんら委員会エージェント規定に触れるものはないと確認します。以上!」
とんとん!
議長はヒアリングを終了させた。
「ユティス、良かったわね」
「おめでとう、ユティス」
「ユティス、信じてたよ」
「すごいぞ、ユティス。それに、カズト、きみもだ」
「アルダリーム・ジェ・デーリア、みなさん。本当に感謝していますわ」
「ユティス、カズト、よくやった」
ヒアリングが終わった瞬間、ユティスの回りにみんなが集まってきた。
「アルダリーム、和人」
満面の笑顔でエルドが和人に握手と抱擁を求めてきた。
すか・・・。
「あは。エルドお気持ちだけけっこうです。精神体じゃ、それはちょっと無理ですから・・・」
「これは失礼した。だが、きみが実体で来れば、今日のも合わせて倍はしないといけないな」
にや。
むきっ。
長身のエルドは和人より約頭一つ分大きかったが、腕をまくって見せると、和人はその逞しさに身を引いた。
「エ、エルド、絞め殺さないでくださいね・・・」
「うふふふ。エルドったら、和人さん、怖がってますわ」
「なにを言ってる、これしきのこと。わははは」
「よくやったね、ふたりとも」
そこに議長が寄ってきた。
「はじめ、とても信じられませんでした。ユティスが職務怠慢で、公私混同だなんて・・・」
和人はユティスを見てまだ心配そうにしていた。
「きみたち二人の愛の勝利だよ」
「どうして、このようなヒアリングをする必要があったんですか?」
和人は納得がいかなかった。
「まぁ、いいじゃないか。これで晴れてユティスも心置きなく、きみの元に行けるわけだからね」
「本当に、今度こそそうなるんですか?」
「もちろんだよ。条件さえ満たされたらね?」
「条件」
さっ。
和人の顔が強張った。
「そんなに怖い顔をしなくていいよ、和人」
議長は和人に優しく頼み込むように言った。
「われわれで、地球の座標をつきとめなきゃいかんだろ、まず・・・?」
「そうですわ、和人さん。わたくしたちです」
議長とユティスの『わたしたち』という言葉に和人は大きな安心を得た。
「いいかい、もう一度言うよ。『わたしたち』で見つけるんだ、地球の宇宙座標を」
「それが唯一の条件だな、実際・・・」
エルドも頷いた。
「今、こうしてわれわれが会えているのも、時空の状態がもう何ヶ月も安定しているからなんだ。これにわれわれは甘えてはいられない。いつ何時、時空の状態が変化するかわからない。時空はそれ自体常に振動している」
「時空が振動するとおっしゃられても、まったくイメージすら掴めないんですが・・・」
和人は話がわからなかった。
「そうか、知らないんだね・・・」
議長がエルドに目配せした。
「リーエス。和人には話してもいいだろう。ユティス、きみから、どうぞ」
「リーエス」
にこ。
ユティスはエルドの了解を得ると、和人に微笑んだ。
「和人さん、このお話はカテゴリー2以上の世界でも、お話できる場合とそうでない場合があります。地球の場合は、すでに半分以上このことをお気づきですので、お話することができますわ」
「例の、自立に係わることだから?」
「リーエス。答えを知るだけでは、真に理解することにはならないからです。自分の力で、自分の知恵で、納得できる答えを見つけ出す作業を省略することは、決してその方のためにはなりません。そういう努力の中で、感情がそれに同意するまでは理解することはないのです。ただ知っているでは、たちまち忘れてしまいます。それはカテゴリー1的なものでしかありませんから・・・」
ユティスはゆっくりと和人の反応を見て言った。
「リーエス。わかったよ。それで、時空の振動の件は?」
「リーエス。時空は常に振動しています。なにもない真空であっても、そこに空間的広がりが存在するなら、それは時空です。その時空を恐ろしくミクロな世界で見ると、素粒子が生成されると同時に消滅し、全体としてなにもないように見えます」
「ちょうと釣り合ってるってことですね?」
「うふふ。ご理解いただいて嬉しいですわ。リーエス。まさしくそういうことなんです。ここから、とても大切な基本的なことをご理解していただきます」
「なんなの、ユエィス?」
「リーエス。それは、時空とは空間であり物質であるということです」
「ええ?」
「物質も時空から生成したり、それに消滅したりします。それはこの両者が基本的には同一のものだからです」
「どういうこと?」
「空間も物質も、時空のある側面なのです。基本的には同じものなのですわ。地球の方はこれに遠からず気づかれるでしょう。これこそ、カテゴリー3への扉なのです。どうしてそういう振動があるのか、どのようにして時空が素粒子に変化するのか、これについては地球の方の宿題です。うふふ」
「といっても、さっぱりだよぉ・・・」
「そんなことはないだろう、和人?」
にこにこしながら、エルドが言った。
「2つの素粒子のエネルギー振動を一度同期させると、どんなに空間的に離れていても、一方に変化を与えると、瞬時にもう一方におなじことが起こります。両社の間には空気とか水とかなにも振動を伝える媒体がないのにですよ」
「瞬間移動するのかい、その性質が?」
「リーエス。そう考えたくなりますが、実際、信じられないくらい奇妙なんですのよ。でも、そこには時空が存在します。両社が基本的に同じものであれば、振動は伝わらない方が逆に不自然になりませんか?」
こっくり・・・。
「なるほど・・・、そういうことだったのか・・・」
和人は深く頷いた。その考えが衝撃的だった。
「その時空の振動は、一定範囲で回りの影響を強く受けます。エルフィアと地球の間の時空は、そういうことで今時点とても良好だと思われますわ」
「それが悪くなることもあるってこと」
「リーエス。わたくしたちが、一番恐れていることがそれです。もし、なにかの理由で時空に大きな変化がもたらされた場合、最悪、エルフィアと地球の通信ができなくなるかもしれません」
「そうなると、会えなくなるじゃないか・・・」
「リーエス。ですから、そうなる前に、地球の宇宙座標を探し出し、時空アンカーを打って、どんな時でも繋がっているようにしたいのです」
「とにかく、最優先事項なんだ。反対派がユティスの活動への一番の攻撃対象となったのが地球の座標を入手していないということだった」
「リーエス。聞いています、エルド」
「本当に急いでる。もしブラックホールを作るような巨大恒星のハイパーノバがどちらかの近隣で発生したなら、時空の均衡は破られ、われわれは二度と会えないばかりか、交信すらできなくなる」
「ナナン。そういうのは絶対に嫌です・・・」
和人は懇願するように両手を旨の前で合わせているユティスを見つめた。
「絶対にそうしたくありません・・・」
「わたくしも、同じ気持ちですわ、和人さん・・・」
「とにかく、きみの地球の座標に関するデータが欲しい」
「リーエス」
その頃、T大の宇宙物理学研究室に合衆国から電話が入っていた。
「高根沢博士、コーネロ大学です」
「あ、恵美くん、サンダース博士か?」
「はい」
「どうしたんだろう。メールではなく、直接、電話とは・・・」
「お繋ぎします」
「ああ」
「ハロー、ドクター高根沢。わたしだ。コーネロのサンダースだ」
「博士、どうも。そちらは夜中ですかな?」
「わっはっは。時差を考慮いただいて光栄です。合衆国時間で言うと、確かに、こんばんわ、ですな」
「で、用件は?」
サンダース博士は急にまじめな声になった。
「そちらでも確認できたはずだが、エータ星の様子が、おかしい・・・」
「それは、ついに来たということで?」
「恐らく、間違いないでしょう。チリの超大型望遠鏡の報告では、2時間前から、急激に光度が増している。ハワイのマウナケアにあるケック望遠鏡でも確認を急いがせている」
「ふむ。いよいよですか。数日でスーパーノバ化しますな」
「いや、その程度では済まんだろう。エータ星はとてつもなく巨大質量の星です」
「では、ハイパーノバに?」
「間違いないでしょう」
「エネルギー放射軸がこちらに向いてれば、安穏としていられないのでは?」
「イエス。幸い地球に対して、放射軸の予想は60度ですが、もし、コース上に地球が乗っていたとしたら、7000光年でもまったく不十分です」
「天の川銀河内には、時をほぼ時を同じくして、2個の超新星に見舞われることになりそうですな・・・」
「もう一つは、アルファ星で?」
「イエス。これは大変珍しいことですぞ。同時に二つなど、人生100年としても、めったにお目にかかれません」
「他人事では、ないと思いますが・・・」
「ヨーロッパ天文チームへの連絡は?」
「情報共有済みです。で、ドクター高根沢、わたしが電話したのはそういうことをお伝えするためではありません」
「というと・・・?」
「大統領と国防長官の間で、緊急会談がありました。これは、地球の危機です。人類、いえ、地球の生命すべてが滅びるかもしれないのです。先進国が、一丸となってことに当たらねばなりません」
「ごもっとも。それで?」
「合衆国は、これまで一緒に観測を続けてきた日本と共同で、緊急ハイパーノバ警戒を発表することに決定しました」
「なんと・・・」
「博士、あなたには、日本側の指揮をお取り願いたい」
「サンダース博士、それは・・・」
「残された時間りは、数日しかありません。ハイパーノバの直視は、非常に危険です」
「それは、わかりますが・・・」
「実は、一番の懸念事項は、オゾン層と地球磁気への影響です」
「現在、地球は、地磁気の極反転の最中にあります。あまつさえ、地磁気が弱まっていると言うのに、ハイパーノバの爆発エネルギーが直撃すれば・・・」
「地磁気やオゾン層など、あっという間に、吹き飛んでしまいますな」
「イエス」
「そうなれば、有害な宇宙線が直接地上に降り注ぐことに・・・」
「イエス。生命は絶滅してしまうかもしれません」
「直撃の可能性は?」
「さいわい、今までの観測からはそう高くはありません。コンマ、01パーセント以下でしょう。しかし、万が一、ガンマ線バーストが地球に到達することになれば・・・、すべて焼き尽くされるかもしれません・・・」
「一応、国民には警告を発するということですね」
「イエス。明日、大統領から、ミスタ藤岡へホットラインで話が行きます」
「事前に、首相と、打ち合わせを・・・」
「イエス。合衆国と足並みを揃えるために、あなたに一肌脱いでもらいたい」
「ふむ。重要な役ですな」
「イエス。よろしくお願いしますぞ」
「了解しました」
「ところで、ミスタ藤岡の補佐の・・・」
「大田原ですか?」
「そう。ミスタ大田原です。彼とは、国務長官が連絡しておりますので、話は通るかと」
「どうも、連絡いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、お話できて、光栄です」
「では」
「また、お会いしましょう」
高根沢博士は、電話を置いた。
「ふむ・・・」
「博士・・・」
「大田原さんと話せるかな?」
「わかりました」
高根沢博士は大田原と会話することにした。