085 急用
■急用■
大田原太郎はPCを覗き込みながた、同時に真紀と電話で話していた。
「真紀、わかるか?」
「ええ。おじいさま、下から2番目のこれね?」
「そうだ、真紀。すまん。われながら嫌気が指すよ」
「だめ、そんなこと言っちゃ・・・」
ぴっ。
ぴぴぴっ。
「このうちのどれかがセレアム銀河だってこと?」
「恐らくだ・・・。わたしは、本来が異文明接触のエージェントの補佐が仕事であって、科学者並みの天文知識は習得していない」
大田原の声は心なし沈んでいた。
「でも、自分の銀河くらい覚えてるでしょ?」
「そうだな・・・。でも、本当に、わからないんだ。ここに挙げたどれもこれも、みな、セレアム銀河に思える。地球から見える角度によって、どうとでも捉えられる」
「ふうん。そんなもんなんだ・・・」
真紀は不満そうに言った。
「ああ。これで、地球の運命が決まるんだぞ。これ以上無理矢理絞って特定することは、科学的とは言えんだろう・・・」
「地球にくる際に、天の川銀河は見てないの?」
「いや。もちろん。はっきり見たさ。真横からね・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ、そう・・・。それじゃ、正面の形状は知らないのね?」
「ああ。とにかく大きな銀河だった。バルジがかなり厚かった」
「ということは、銀河年齢としては比較的古い方なのね?」
「そうだ。だが、ディスク面の星間物質も相当あったな」
「それで、これを和人がユエィスにうまく伝えられるかしら?」
「やってもらわんとな・・・。わたしも精一杯だ・・・」
「どうやって、これをエルフィアに送るというの?」
「和人にユティスをここに連れてこさせ、これを見せるんだ。後は、ユティスがやってくれるはずだ」
「なるほどね。わかったわ」
「頼むぞ」
「了解」
セレアムでは和人、二宮、そして石橋が、顧客への説明資料で打ち合わせをしていた。
「和人さん、これでいいでしょうか・・・?」
石橋は和人が上の空なので心配だった。
「あ、そう、そうです・・・」
「ちょっと待て、石橋、先に行き過ぎだってば。こら、和人、おまえ聞いてるんか?」
二宮は和人が気になって、格好ばかり先走る石橋を制した。
「あ、はい、すいません。それでいいかと・・・」
ばんっ。
二宮は、机を叩いた。
「もう、やってらんねぇ。どうなってんだおまえら?ぜんぜん伝わって来ねぇ。休憩、休憩。15分休憩入れるぞ」
「は、はい」
「はい」
くるり。
石橋は和人を振り返りながら、会議室を後にした。
「和人、おまえ、ぜんぜん元気がないぞ」
二宮が和人に話しかけた。
「なにがあった?ユティスのことだろ?話してみろよ。石橋は席に戻ったぜ」
こくり。
和人は、頷いた。
「ユティスと会えなくなるかもしれません」
「はぁ?」
「だから、ユティスがここに精神体としても、実体としても、来れなくなるってことです・・・」
「本当か?」
「可能性ですけど・・・」
和人は、委員会の一部から出たユティスの職権乱用の疑惑について、二宮に説明した。
「・・・ということなんです」
「じゃあ、おまえ、ユティスを弁護するために、エルフィアに行くってのか?」
「はい」
「いつだ?」
「もう、始まってるかもしれません・・・」
「くっそう・・・」
たったった・・・。
ばたんっ。
二宮は、意を決して会議室を飛び出し、和人を振り返って言った。
「和人、なにしてるんだ。さっさと家に帰れよ。ユティスを呼び出してエルフィアにさっさと行かなくてどうするんだ?」
「でも、仕事が・・・」
「そんなこと言ってる場合かよ。地球の将来はさておき、おまえの将来はどうすんだよぉ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「は、はい・・・」
「後はオレたちでなんとかする!」
「先輩・・・」
「あら、もう休憩?」
岡本が会議室から出てきた石橋を掴まえた。
「はい。和人さん、疲れてるみたいですし・・・」
「そっか。あ、そうだ、真紀があなたと話したがってたわよ」
「わかりました」
石橋は真紀の方を見たが席にはいなかった。
「真紀さん、どこかに出かけたんですか?」
「いないの?わたしにはなにも言ってなかったけど。お手洗いじゃない?」
「そうですか」
すたすた・・・。
石橋はそう言うと化粧室へ向かった。
「だからよ!」
「なにが、だからだ?」
化粧室の前では国分寺姉弟がなにやら言い争っていた。
「おじいさまに聞いたって、わからないものは、わからないわ。あの事故ですべて失われたのよ。セレアム銀河だって似たようなものがたくさんあるんだからね。いくらおじいさまがセレアム人だと言っても、何十年も経ってるし、うろ覚えの上、何万もの銀河からこれだと特定しろなんて、無茶にも程があるわ」
「だから、姉貴、なにか聞いてないか、じいさんか、お袋かに?」
「だから、なにも聞いてなんかないわよ」
「じいさんも肝心なときには役立たずか・・・」
「こら、俊介、おじいさまを悪く言わないで。許さないわよ!」
「わ、わかったって、姉貴」
「あ、あの、真紀さん・・・」
「あ、石橋・・・」
ぎくっ。
突然、真紀は石橋に気づくと俊介と見合った。
「ん、ん!じゃ、オレは和人にそう答えるからな」
「どうぞ!」
すたすた・・・。
俊介はなにかを誤魔化そうとするように、自分の席に戻っていった。
「あの、おじゃまでしたでしょうか?」
「あは・・・。石橋・・・」
「なにかご用があるなら・・・」
「あははは。用よね?用・・・」
「はい・・・」
真紀は石橋の視線まで膝をかがめ、声を低くした。
「今の会話、どこまで聞いてたの?」
「常務とのですか?」
「しーーーっ。そう。俊介との会話」
真紀はさらに声を低くした。
「真紀さんのおじいさまが、セレアム人だって・・・」
「・・・」
「真紀さん・・・」
「いい、石橋。これは他言無用よ。わかった?」
「は、はい」
「ちょっと、話しがあるわ」
真紀はそう言うと石橋を連れて、システム室に入っていった。
「常務は?」
二宮は、俊介がいないので、とりあえず近くの岡本に尋ねた。
「さっき、客先に出かけたわ」
「シャデルっすか?」
「そんなところね。なんか急用?」
「あ、はい」
「真紀さんは?」
「システム室よ。なんか調べものしたそうだったわ」
「そうっすか。じゃ、しばらく出てこないっすね」
「ええ。どうしたの?」
「おす、なんでもないっす。オレ、客先に連絡しないと・・・。それに和人は急用があるんで、先に上がらせました」
「あ、そう。真紀にそう言っとくわ」
かたかた・・・。
ぴっ。
岡本は大した関心も払わないで、自分のPCに向かい直した。
真紀は石橋に向き直ると単刀直入に言った。
「石橋、しばらく内緒にしてくれない、さっきの話」
「セレアム人とかいう話ですか?」
「そう。時期が来れば話すけど、今はダメ。わたしたち姉弟の安全に係わってくるから・・・」
「安全って、そんなに危険なことに係わってるんですか?」
「大丈夫、犯罪なんかには係わってないから」
「はい・・・」
真紀はそれで自分のことは終わらせた。
「それに、今日のスポーツ新聞、見たんでしょ?」
「ええ・・・」
「あれ、幽霊じゃないわよ。でも生身の人間でもないわ・・・」
「どういうことですか?」
「天使じゃない、書いてあったとおり」
「まさか・・・」
「じゃ、どう思うの?」
「わかりません・・・。ただ・・・」
「なぁに?」
「和人さんの好きな女性なんですよね・・・?」
「石橋・・・」
「わかります。あまりピントがあってませんでしたが、あの幸せそうな表情は恋に満たされた顔です」
「満たされたか・・・」
「やはり、そうなんですね?」
「いいえ。知らないわ、そんなこと。でも、わたしが言いたいことは、写真に写っていた会社の略称コードのCLMが写っていたことよ」
に・・・。
真紀はそう言うと、少し表情を柔らかくした。
「CLM?」
「ええ。うちの社給のマイフォンで写真と撮ると、右下にCLMって自動的に文字が埋め込まれるの。それがあの写真にあったわ」
「どういうことですか?」
「会社のだれかがあれを撮ったってことよ」
「あなたのマイフォン・・・、確かめさせて」
「え?」
「お、石橋」
「はい、なんでしょう、二宮さん?」
二宮はシステム室から出てきた石橋を掴まえた。
「打ち合わせは和人抜きでやる。いいな?」
二宮の断定的な言葉に石橋はつい反応した。
「あ、はい」
「失礼します」
その時事務所から和人が出て行った。
「あ、和人さん・・・」
「いってらっしゃい」
事務所中が和人を送った。
「いってらっしゃい・・・」
石橋もそれに合わせた。
「あの・・・、二宮さん・・・」
「石橋、続けるぞ」
「あ、はい・・・」
二人は会議室に戻っていった。
会議室で残された二宮と石橋が、打ち合わせを再開しようとしていた。
「さぁ、続けるぞ、石橋」
「二宮さん・・・」
「なんだよ?」
「本当のことを言ってください」
石橋の思いつめた顔に、二宮はたじろいだ。
「な、なにを・・・?」
「和人さんです。和人さんなにか悩んでるみたいでとても辛そうでした。打ち合わせ中も、ぜんぜん集中してなくて、わたし・・・」
「悪い・・・」
「違います。二宮さんのせいなんかじゃありません」
「けど、ヤツのことはリーダーのオレの責任だ」
「だったら、教えて下さい。わたしでは和人さんの力になれませんか・・・?」
ぽろ・・・。
石橋の目から一滴の涙が零れ落ちた。
「石橋・・・」
「わたし、なにも知らない。ううん、知らされていない。二宮さんも、真紀さんも、常務さんも、みんな和人さんのことを知ってるというのに、わたしだけ、知らない。仕事も同じチームだというのに、わたしだけ知らされてない・・・」
「石橋、それは・・・」
「それは、なんですか?なんの理由があるというんですか?」
石橋の真っ直ぐな視線に、二宮はたじたじになった。
「えーと、そりゃ、なんだ・・・。その、石橋の思い過ごしだよ」
「そんなことないです。じゃ、なんで和人さんは急用なんですか?」
「そ、そりゃ、プライベートな問題だからな、オレからは言えないよ」
「・・・」
石橋は少し考えて、いきなり立ち上がった。
すくっ。
ばん。
「わかりました。わたしも今日は急用です」
ぱた。
すたすた・・・。
石橋は書類をたたむと、さっさと会議室を出ていった。
「おい、石橋、どこに行くつもりだ?」
ぺこり。
「失礼します」
「待てったら!」
きききっ。
「おっと!」
会議室から出てきた二宮に、真紀はぶつかりそうになった。
「ま、真紀さん・・・」
「どうしたの、そんなに慌てて?」
「こら、石橋、戻って来いよ!」
二宮はそれを無視して、石橋を追っかけようとした。
がしっ。
「待ちなさい!」
真紀は、二宮を掴まえて放さなかった。
「しかし・・・!」
真紀の大きな声に、事務所中が真紀と二宮を振り向いた。
「またぁ?」
茂木が岡本のそばで言った。
「まったく二宮のヤツ、いっつも騒いでばかりね」
「ホント・・・」
「で、今度は、なにしたの?」
「さぁ、さっき打ち合わせの休憩取ってたけど」
「お先に失礼します!」
その時、いつになく大きな声で石橋が事務所を出て行った。
「あれ、石橋・・・」
「いってらっしゃーい」
「いって・・・ら・・・っしゃーーーい・・・」
茂木と岡本は、口をあんぐりあけて、らしからぬ石橋を見送った。
「石橋、客先、今日だったぁ?」
「ううん。明後日よ。でも失礼しますって・・・」
「早引け・・・?」
「追っかけよぉ、和人の・・・」
「あ、そっかぁ・・・」
「そうよねぇ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
がしっ。
「こら、二宮、ちょっと、こっちに来なさい!」
真紀の鋭い声が飛んだ。
「か、勘弁してくださいよ、真紀さん!打ち合わせぶっ壊したのは、オレじゃありませんってば!」
「言い訳は会議室で聞くわ!」
「痛ててて・・・」
真紀に耳を引っ張られて、二宮は会議室に戻っていった。
「なに、あれ?」
「知らない。でも、二宮と関係ありそう・・・」
「うん・・・」
「ん、もう、みんなして、わたしになにも言ってくれないんだから!」
石橋の気持ちは今や悲しみから怒りに変ってきていた。
「二宮さんも、真紀さんも、常務さんも、和人さんも!」
石橋は、和人を追っかけるようにして、駐車場に行った。
ぶろろろろーーー。
和人はちょうど駐車場から出て行くところだった。
「あ、和人さん、待って・・・」
ききっ。
ぶろろろろろーーー。
和人の車はあっと言う間に石橋の視界から消えていった。
ぼけぇーーー。
石橋はそれをぼうっと眺めていたが、突然車に乗り込んだ。
ばたん。
かちゅ。
ぶるるん。
ぶろろろろーーー。
ききっ。
ぶろろろろろーーー。
石橋の車は和人の後を追っかけていった。
石橋の出て行った事務所では真紀と二宮が会話していた。
「じゃ、石橋は、和人の秘密を知りたがっているっていうの?」
「そうっすよ。オレから、そんなこと言える訳ないじゃないですか・・・」
「なるほど、そういうことか・・・」
「真紀さんが言ってくれるんですか?」
「ええ。いずれは、ちゃんとした説明をしないとね。でも、今じゃない。今はまだ時期じゃない。ユティスが実体で現われる前に、することをしなきゃ・・・」
「どういうことで?」
「あなたは知らなくていいの」
「そんなぁ。ここまで知ってるんだから、オレにはいいじゃないっすか?」
「和人に関係するだけじゃないの。わたしにだって影響あるんだから」
「へ・・・?真紀さんにっすか?」
「そうよ」
「もしかして・・・、大宇宙の大三角形?」
「はいっ?なに、それ?」
にたっ。
「へっへ。真紀さんと和人がラブラブだったりして・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あるわけないじゃない!変な詮索しないでよ!」
「そうっすか。で、どうすんですか、石橋と和人?」
「そこよ。困ったわねぇ・・・」
「石橋、事務所、出ちまったっすよ」
「ええ・・・?そうなの?」
「たった今、和人が出てすぐ」
「あーーー」
「どうかしました?」
「石橋、和人を追っかけてなきゃいいけど・・・」
「どうしてっすか?」
「バカねぇ。和人のところに、ユティスが現われたらどうなるか考えてごらんなさい」
「でも、石橋にはユティスの精神体が見えないんじゃ?」
「だからよ。石橋の目の前で和人が独り言を言って、いきなり意識がぶっ飛んで、倒れちゃってごらんなさい・・・」
真紀と二宮は見合った。
「石橋、やばいと思って、パニくって救急車を呼んで・・・」
「そんなことしたら、大騒ぎになっちゃうじゃない」
「そうっすよね?」
「なにが、そうっすよ?追っかけるわよ。あなたは、事務所で仕事してなさい」
「え、真紀さん・・・」
真紀はそさくさと支度をすると事務所を出ていった。
ききっ。
ぎっ。
「ここね、和人さんち・・・」
石橋はアパートの駐車場の空きスペースに車を停めた。
ぱたん。
ことこと。
「確か、二階だって・・・」
かんかんかん・・・。
石橋は、和人のアパートにつくと、二階に続く階段を昇っていった。
こつこつ・・・。
ぴたっ。
「ここね、204号室・・・」
どきどきどき・・・。
「宇都宮和人・・・」
石橋はドアの表札をじっと見つめた。
「宇都宮可憐・・・」
ぽっ。
--- ^_^ わっはっは! ---
(なに、やってるんだろう、わたし・・・)
どきどき・・・。
「ど、どうしよう・・・」
石橋は怒りにまかせて和人の後を追っかけてはみたもの、和人の部屋を目の前にして、一転、臆病風に吹かれようとしていた。
「来ちゃった・・・」
とんとん・・・。
石橋はドアの前で足踏みをした。
「和人さん、びっくりするわよね・・・。なんて言おう・・・」
とんとん・・・。
「あ、待ってよ、ユティス!」
石橋が躊躇していると、突然、中から和人の声がした。
はっ。
「か、和人さん・・・」
石橋はその瞬間呼び鈴を押していた。
ぴんぽーーーん。