083 座標
■座標■
トルフォが退出した後、エルドは苦笑いした。
「ははは。やれやれだな・・・」
「アルダリーム(ありがとう)、エルド」
理事の一人がエルドの方を叩いた。
「だが、後に引けなくなったな。トルフォはこれしきで引き下がるような男ではない・・・。ふふ」
エルドはまた苦笑いした。
「さて次なるは?」
「地球座標の特定だ」
「そうだな」
エルドは予備調査の計画をさらに細かく具体化し、それを実行し実績をあげて反対派を説得しなければならなかった。まずは、実際に支援派の予備調査隊が地球を訪れて、是が非とも実情を確かめなければならなかった。ユティスやアンニフィルド、クリステアも支援派に回った。
「エルド、地球座標の特定はそうそう簡単ではありませんぞ」
「おっしゃるとおりで」
「和人はコンタクティーとして十分に機能しているとは思えません」
「それはないわ。ユティスを通して十二分に情報を得ているではないですか」
「そうですとも。地球の座標がわからないのは事実ですが、それと、これとは違います」
「とにかく、もうこの段階では、地球座標、それが最大の価値ある情報だということです」
最大にして火急の問題は、和人の天文学知識は乏しく、地球の座標がいまだに不明ということだった。
にたり・・・。
「ふぅ。地球座標か・・・。相当、突っ込まれたな・・・」
エルドは苦笑いした。
「仕方ありませんわ。肝心なところで説明が停止してしまいます・・・」
メローズは残念そうに言った。
「天の川銀河か・・・」
「ねぇ、和人の言うセレアム人は、ひょっとして天の川銀河を見たり、知ってたりするんじゃないかしら?」
アンニフィルドがエルドにきいた。
「うむ。彼は天の川銀河の外から来たと言っているんだ。可能性は高いな」
「それに、セレアムの銀河との位置関係も」
「ナナン。オオタワラはそのデータを持っていませんわ。事故で失われたと・・・」
「そうだったな、メローズ・・・」
「でも、和人の話からすると、天の川銀河はエルフィア銀河ではないわね」
「クリステア、なにか知ってるのかい?」
エルドは半分期待、半分おどけで、きいてみた。
「ナナン。推理よ、エルド。セレアム製のハイパートランスポンダーのメッセージの到達能力には限りがあるって言ってたわよね。せいぜい半径3億光年。ということはよ・・・。エルフィア銀河と天の川銀河が最大に離れていたとしても、3億光年ね」
「そういうことか・・・。なれば、探査宇宙域がかなり特定できそうだな・・・」
エルドは頷いた。
「としても相当数の銀河があるわ。そのいずこなのかわからないのよ。そんな、まったくあやふや話では、支援派にしてもどうにも動きようがないんじゃない・・・?ふぅ・・・」
アンニフィルドが大きく息をついた。
「きみたちの言う通りだな。天の川銀河の中心から半径3億光年。これで宇宙地図を作ってもらう。それがまずすべきことだな。わたしからユティスに指示を出そう」
「リーエス」
どかどかどか・・・。
「ブレスト!」
「リーエス、トルフォ。わたしはここにいます」
どかどか・・・。
「くっそう!なんとかならんのか?ユティスを地球に行かせてはならん!」
「策を進めるしかありませんね」
「準備はできているというのか?」
「リーエス。そろそろこの辺で、ウツノミア・カズトを逆に利用するというのは、どうでしょうか?」
「どういうことだ?」
「なぁに、ユティスと和人の関係を利用するんですよ。みんな、二人の仲を知っているだけに、一度、疑惑の種が落とされれば・・・」
「もったいぶらずに、さっさと言え」
「これこれ・・・、しかじか・・・」
「なんと・・・、それで?」
「ユティスの気持ちを逆手に取って・・・」
「ふっふっふ・・・。なるほど・・・、そいつは名案だ」
「今が潮時でしょうね。今度の委員会の会議にあなたがユティスの地球派遣のことで発言します。ベルザスはユティスの気持ちを逆手に取り、ユティスの公私混同を厳しく指摘し、会場が怒号の嵐になるくらい混乱させます。全員の感情が高ぶっているところに、わたしが一石投じます」
「リーエス。よくできてるな・・・」
「わたしは、何気ない様子で、冷静にそれを、提案します」
「ふふふ・・・」
「売り言葉に買い言葉。一度、乗せてしまえばこっちのものです」
「して・・・」
「一度、落とし込んでおいて、みんなが困ったところで、トルフォ、あなたの出番という訳です。あなたがすべてを丸く収めます・・・。あなたが都合のよい方にね・・・」
「ふふふふ・・・。よくできているぞ、ブレスト」
「では・・・」
「ユティスを呼んでくれたまえ」
「リーエス」
やがてユティスが最高理事執務室に現れた。
「ユティス。セレアム人のオオタワラは、地球に来る途中天の川銀河を見たんじゃないかな?」
「オオタワラさんがですか?」
「うむ。それにセレアム銀河の形状も知ってるはずだ」
「リーエス。恐らく・・・」
「形状が判明すれば、ほぼ天の川銀河を特定できると思わないか?」
はっ。
「わたくし、和人さんに確認します」
「うむ。是非、お願いするよ」
「リーエス」
たんたんたん・・・
ユティスは、そういうと、急いで部屋を出て行った。
「さぁ、みんなも、ユティスのもたらす情報を分析してくれたまえ。それに、メローズ」
「リーエス」
秘書は答えた。
「きみには、地球座標の探査プロジェクトをまかす。ちょっと気になることがあるんだ」
「リーエス」
今日もエルフィアの委員会では地球の話があがっていた。
「みなさん。わたしは、今回の地球支援プロジェクトについて、すべての情報を、わたくしメローズに報告するようお願いしたい。情報があちらこちらに分散したのでは対応に支障をきたします」
「賛成!」
「リーエス、同意する」
「わたくしも!」
「エルド、了解だ」
メローズは、一同を見回すと、心をこめて礼をした。
ユティスは早速和人のところに現れた。
ぽわーん。
「ユティスなの?」
「はい。和人さん。お久しぶりです」
にこっ。
「あはは。昨日会ったばかりじゃないか」
「こちらでは300日も経ってしまってますわ・・・」
「え、ホント?」
「そんな気がしますわ・・・」
にこにこ・・・。
ユティスは和人を愛しそうに見つめた。
どっきん・・・。
「そんな風に見つめられると、発火しちゃいそう・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「和人さん・・・」
「ユティス・・・」
二人はしばらく微笑み合っていた。
「もう、大丈夫なの?」
「うふふ。とっても・・・」
「オレ、とにかく・・・」
「うふふ。和人さんが、わたくしのことを心配してくださっているのを知って、とっても嬉しいのですわ」
どっくん、どっくん・・・。
和人は心臓がさらに増してどきどき打ちはじめた。
「オレも、きみに会えて嬉しいよ」
「うふ」
「ユティス・・・」
「あら、どうかしまして?」
急に和人の声が沈んできた。
「心配なんだ・・・」
「和人さんに、ご心配ごとですか?」
「リーエス。いつまでこうやってるんだろうかって・・・。いつかきっと実体同士でっていったけど。本当にきみに会えるんだろうかって・・・」
「そうですか・・・」
「それに、実体できみが来てくれても予備調査は2年で終わる。きみに会えなくなる日が来るんじゃないかと思うと・・・、オレ・・・」
和人の胸はつぶれそうだった。
「実は、そのことで、和人さんにご相談がしたかったのです」
ユティスは少し心配そうに行った。
どき・・・。
「まさか、本当に、もう会えないとか・・・」
「ナナン。ご心配なさらないで。その反対です」
「反対?」
「リーエス。これから、ずっとお会いするため、わたくしが和人さんのところにお伺いするため・・・、そのために、地球の宇宙座標がどうしても必要なんです」
にこっ。
ユティスの微笑みは健気だった。
「リーエス。アンニフィルドからも、頼まれているよ」
「とても大切なことなのです。時空に歪が生じる前に地球座標を特定したいのです。そして、時空座標アンカーを打って二度とそれを失うことがないようにしなければなりません。でないと・・・」
「でないと?」
「本当に、二度と会えなくなってしまうかもしれません・・・」
二人の間に沈黙が流れた。
「・・・」
「ユティス・・・」
「・・・」
「オレさぁ・・・」
「嫌です・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「え?」
「わたくしは、そんなことになるのは絶対に嫌です。ですから、和人さんにお頼みするしかございません。地球の座標を特定できる情報をすぐにお教えくださいますか?」
「その努力中だよ・・・」
「常務さんのおじいさまのオオタワラさんは、セレアム人ですよね?」
「リーエス」
「地球にお出でになる時、天の川銀河をご覧になっているということはありませんか?」
はっ。
和人は、その言葉の持つ意味の重大さに、はっとした。
「そうだよ!セレアムは系外銀河にあるんだ。天の川銀河の形を見て、それを知ってるとしたら・・・」
「エルフィアの銀河データベースで照合が可能です」
「リーエス。わかった。大田原さんに問い合わせてみるよ」
「お願いいたしますわ。わたくしからは、エルフィアの座標情報を提供いたします。和人さんの情報処理装置でご覧になれるように送付いたします。ご確認くださいね。それで、言語の一部はエルフィア語のままなので、お許しください。和人さんならおわかりになると思いますから、それをお使いになってくださいな」
「リーエス。ありがとう、ユティス」
「では、わたくしは一度エルフィアに戻ります」
「リーエス・・・」
和人の寂しそうな目を見てユティスはとっさに言った。
「あら?和人さん、ほら、あそこ・・・」
「あ、なに?」
和人はユティスの言う方に顔を向けた。
ちゅ・・・。
「うふふ・・・」
ぽわぁーーー。
ユティスは自分の生体エネルギーを増幅し、素早く和人の右頬にキッスをすると、すぐに和人の目の前で消えていった。
「ユティス・・・」
和人は、右頬にかすかにユティスのキッスを感じた。そして、そこに手を当てて思わず笑みをこぼした。
「ユティス、きみが大好きだよぉ!ちくしょう。煮るなり焼くなり、どうにでもしてくれーーー」
--- ^_^ わっはっは! ---
一方、ユティスは今まで以上に和人を深く愛し始めていた。和人の女神さま宣誓とトルフォの乱暴で、決定的にそれに気づいてしまった。
(わたくし、和人さんのこと、自分でもどうしようもないくらいに好き。大好き。いいえ、もっと心から。愛している。そう、愛しているんですわ)
ユティスの胸は高鳴った。
(愛してる。わたくしは和人さんを愛してる。プロジェクトのミッションのコンタクティーとしてではなく。わたくし個人として、和人さんを愛している。和人さんが愛しい。ああっ、自分の気持ちを誤魔化すことなんてできませんわ。一旦、認めてしまったんですもの、もうできませんわ・・・)