072 未完
■未完■
エルフィア人は『女神さま宣誓』を口にするのを恐れていた。トルフォもまたしかり。
「くっそう・・・」
「よりによって、『女神さま宣誓』とは・・・。これは、また、まずいことになりましたね、トルフォ・・・」
「うるさい!貴様に言われる筋合いはない」
「結構。どうぞお一人でお考えください」
ブレストはトルフォ派の要人でトルフォのブレーンだった。
「貴様・・・」
さすがにトルフォは考え直した。
ばん!
トルフォは両手で強く机を叩いた。
「ブレスト!貴様、なにかいい知恵はないのか?」
すたすた・・・。
トルフォはあたりを行ったり来たりしながら、手をあごにやり必死で考えていた。
「宣誓は相手の女性の応えがあってこそ、完成するものです」
ややってブレストが口を開いた。
「わかっておる。だから、なんなんだ?」
「ユティスはその宇都宮和人の宣誓に最後まで応えたのですか?」
「なに・・・?」
「要は宣誓は完成されたのかどうかですよ・・・」
はっ・・・。
(そうか・・・。待てよ。確かに・・・)
トルフォは思い出そうとしていた。
「わからん・・・。だが、その場で応えた、ということではないらしい」
「では、宣誓は未完成というわけですね?」
「そうなるのか?」
「決まりでは・・・」
「未完成ということは・・・。ブレスト!」
「リーエス。もう一度、宣誓について詳しく調べる必要がありそうですね」
「なにか、わかるのか?」
「わからなければ、この件はおしまいです」
「く、くっそう!」
いらいら・・・。
ばん!
トルフォは再び机を叩いた。
「なにせ、4000年の長きにわたり、だれも誓いを述べたものはいません」
「4000年間だと?やはり、それは本当なのか?」
「リーエス。みんなが噂しています」
「噂にすぎんのではないのか?」
「さて・・・。わたしはそうは思ってませんが・・・」
ブレストはとぼけたように言った。
「ブレスト、すぐに調べろ。そして対応するんだ。最優先事項だ。わかったな」
「リーエス」
ブレストが出ていった後、トルフォは自分の部屋で考え込んでいた。
(アンニフィルドめ、あやつの言葉が脳裏に突き刺さったままだ・・・)
「いい、耳をかっぽじって聞きなさいよ、トルフォ。ユティスは、永遠にあなたのものにはならないわ・・・。ならないわ・・・。ならないわ・・・」
アンニフィルドの最後言葉がトルフォの頭の中でこだましていた。
「ゆ、許さんぞぉ・・・。ウツノミア・カズト・・・!」
トルフォは一生の不覚を取ったことを知った。
「エルフィアのしきたりでは、一度口にされると当事者ばかりでなく何人も、決して取り消すことも変更することもできない、神聖な言葉だと?ふん、エルフィア大教会め、勝手なことを抜かしおって・・・」
トルフォはなにか知恵はないものかと、必死で考えていた。
「女神と言えるのは男にとっては生涯一人きり、その相手だけ・・・。女にとってもその言葉を受け入れるのは生涯一人の相手だけ・・・。くっそう・・・。なにか、だれも気づかなかった裏をかくような抜け道はないのか・・・?」
すたすた・・・。
トルフォは部屋の中を行ったり来たりした。
うろうろ・・・。
「和人がいる限り、わたしがユティスをわがものにするチャンスは永遠にありえん。かと言って、ヤツに手をかければ、それこそ終わりだ。それどころか、わたしの理事という地位すら危うくなる。くっそう・・・、なにか、ないのか・・・」
トルフォは、アンニフィルドから『わたしの女神さま』について正確な解釈を聞き、それを知って激怒していたが、怒りの対象は和人に向かっていた。
「しかし、イメージ体のヤツに手を出せるわけでもなし・・・」
ばーん!
どかーん。
がしゃーん。
トルフォは地団駄を踏んで、部屋中のものに八つ当たりした。
「必ずヤツに礼を返してやるぞ・・・。なんとしてでも、ユティスをわがものにするんだ!」
トルフォは一人心に誓った。
「いまいましいヤツめ!いかなる手段を取っても、必ず、ユティスをわたしのものにしてみせる。必ずなにか方法があるはずだ・・・」
ばん、ばん、ばん!
「ふん。トルフォのヤツ、いい気味だわ」
「しかしねぇ、アンニフィルド。あなたの一言で、和人はトルフォに永遠の恨みを買われてしまったことも事実よ」
またまたクリステアに冷静にそのことを指摘されたアンニフィルドは、開き直った。
「それが、どうしたというの?クリステア。あなたはどっちを取るの?ユティスの幸せ、それともトルフォの幸せ?いったいどっちがあなたにとって望ましいこと?4000年の禁を破って、女神さま宣誓がされたのよ。ユティスだって、和人が精神体だからって理由で、返答をずっと保留するわけにはいかないわ。いつか答えを出さなきゃならないのよ。それが今だわ」
にこっ。
クリステアは苦笑いした。
「わかってるわ、アンニフィルド。協力するから少し冷静になってよ」
和人は和人で、やはり『女神さま宣誓』で一人悩んでいた。
(ふー、なんだってユティスにあんなこと言ってしまったんだろう。オレ、ユティスが好きだって実際に会って言う前に、いきなり、精神体のままプロポーズしたことになったんだぞ。オレはユティスが好きだ。でも、オレは単なる精神体に過ぎないんだ。会ったとはいえ、デートすらもしてない。いや、手すら握ったこともないんだ。実際の恋人ですらないんだ。どうみても、オレのしたことは常識を逸脱してるよな。あーあ、取り消すことはもちろん、訂正すら一切できないだなんて。冗談じゃすまされないや。どうしたらいいんだろう。おまけに、ユティスはエルフィア代表で、彼女のミッションとして地球人のオレに会ってくれてるというのに。オレの発言で、地球人はなんて礼儀知らずだなんてことになったら、取り返しがつかなくなるぞ。もし、ユティスがこの一件で考えを変えたら、地球は時空閉鎖されてしまうかも・・・)
「おーお、今日も落ちこんでんな、和人」
「あ、二宮先輩・・・」
「あん時はびっくりしたぜ。死んでんのかと思っちまった」
「ええ、その時はお世話になりました。なんかドア開け放しにしてたとかで、オレが召還されてる時に、怪しい人が入ってきたりしても、なんにもできないところでした」
「そうだぜ。おまえも割りと早くデートを切り上げてくれたから、こっちも助かったけどな」
「デート?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あはは。いやぁ、オレだって控えめにいったつもりだぜ。忍び会いの方が良かったか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「・・・」
和人は絶句した。
「ユティスとデートしてたんだろ、エルフィアで?」
「デートだなんて・・・。地球の文明推進支援の打ち合わせです」
「ほう。で、今日は、ユティスが見えないけど、なんかあったのか?」
(先輩、鋭い・・・)
「先輩がいるところには現れたくないって」
「えっ、そんなぁ!マ、マジか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うそ。ウソです」
「コイツ締め上げてやる」
ぎゅっ!
「痛っててて・・・!」
「次は、いつ来るんだよぉ?」
「いつ現れるのかわかりません。今はムリかもしれないけど、呼んでみますか?」
「ああ。人の彼女でも、ユティスなら会えるのが楽しみだよな」
「彼女なんかじゃありません」
「ムリに否定すれば、するほど怪しい・・・。呼んでみろよ、嫁さん」
「はいっ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
(ユティス、聞こえる。オレ、和人。さっきはごめん。オレ、エルフィアのしきたりを知らなかったから、きみを傷つけちゃったこと謝るよ。でも、きみのこと、とってもステキだと思っている。きみがいないと寂しいよ。会いたい。きみに会いたいんだ)
だが、何度呼びかけてもユティスからの返事は来なかった。
「どうだ?」
「ダメみたいです・・・」
「おかしいな・・・。和人、おまえ、なにかやらかしたのか?」
「え?なんでです?」
「和人がいつになく深刻な顔をして必死で呼んでも、ユティスは現れない・・・。こいつはおかしい。いつもと違うぞ・・・」
「まだ、そうと決まった訳じゃ・・・」
「正直に言え」
「全部話してますよ」
「いや。まだ、肝心なことを話してないだろう?」
「うっ・・・」
「図星だな・・・」
和人は観念して、二宮に自分の言った『女神さま宣誓』のことを話した。
トルフォの執務室を出たブレストは、その後あるところで話し込んでいた。
「ユティスがプライベートの理由で和人に会うという証拠は順調に揃っていってる。ところが、ウツノミア・カズトの『女神さま宣誓』でユティスは精神的衝撃を受け、一時的にしろ、二人の関係は周りの目を気にせざるをえなくなった。結果冷や水をかけられた状態になり、目的の証拠が足りない。ということか・・・」
「リーエス」
「もう少し二人の頭が冷めねば、状況は改善しないな。見守るとしよう」
ブレストは今後の成り行きに注目することにした。
「どうだ、その後のユティスとウツノミヤ・カズトの関係は?」
「リーエス、ブレスト。ユティスは大きなショックを受けているようで、今までどおりウツノミア・カズトと接触することを躊躇っています」
「なるほど・・・。まともな娘なら、そうするだろうな」
ブレストは頷いた。
「しかし、だれもあのような事態は予測できませんでしたよ。システムでさえ、可能性を示唆すらしていませんでした」
「リーエス。想定外だな・・・。あの男がこのようなことをしでかすとは、まったく予想をしていなかった」
「偶然にしてはでき過ぎです」
「ふっふ。しかし、これで余計に面白くなりそうだぞ。『雨降って、地、固まる。地固まって、人、油断する』。この後、一波乱、二波乱、来てもらった方が、よりドラマチックになろう・・・」
「委員会へのユティス査問要請に足るだけの事実を集めねばならない」
「リーエス。既に理事の一人は、ユティスの職務行動に疑惑を持ち始めています。そちらとはこちらの意図を悟られないよう、情報交換を継続中です」
「けっこう」
「彼も口にしていますよ。ユティスのライセンス復活は間違いだったと・・・」
「なるほどね。だが、査問会を開くにはまだ不十分だ・・・」
「リーエス。ウツノミア・カズトをエルフィアに召還した時の様子を実際にモニターできればよかったのですが・・・」
「なにか支障があるのか?」
「リーエス。SSです」
「SS?」
「リーエス。超A級SS・クリステアと超A級SS・アンニフィルド。この二人は、既に任務についていて、ユティスとウツノミア・カズトをウォッチしています。うかつに二人に近づけば必ずマークされます」
「なんと、最高理事直下の緊急出動部隊、超A級SS・・・」
ブレストは驚いていた。
「想定外だ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ユティスはまだ現地に赴いていないので、正式には委員会の承認待ちですが、ユティスはエルドに直訴しています。その二人を地球の予備調査赴任時のSSに、と名指しで・・・」
「まずいな・・・。その二人をどこかに派遣させられそうな上手い手はあるのか?」
「ナナン。現状は不可能でしょう。未確認ですが、恐らくエルドはアサイン済みだと思われます。未稼働SSのネームリストからは、二人は消えていますよ・・・」
「後れを取ったな・・・。その二人がどこにアサインされてるかわかっているのか?」
「ナナン。行き先はありません。最高理事命であることの暗黙の了解、その象徴が・・・」
「待機か?」
「リーエス。既に『待機』マークがついていてロック状態です。だれも解除は申請できません。万が一ユティスが査問会で白判定され地球に派遣された場合、こっちで選んだSSたちが万事調整できるような手筈だったのですが、この二人がしゃしゃり出てくるとなると、シナリオ通りに進まなくなります」
「その二人は、ユティスの任務に当たることは確実か?」
「リーエス。ほぼ間違いないでしょう。既に、ユティスはウツノミア・カズトに二人を引き合わせており、チームとして機動できる体制を確立しつつあります」
「相性判定もパスしたのか?」
「リーエス。二人とも85%以上を出しています」
「うーーーむ。SSについては、いまのところ手出しはできないみたいだな・・・」
「リーエス」
「ふむ・・・。ユティスの短期引き揚げ。予備調査打ち切り。時空封鎖。その線が危ういということか・・・」
ブレストは慎重にそれを検討することにした。
「わかった。もう、一つ、二つ、オプションを考えておかねばならないようだ。ご苦労だったな。引き続き情報を収集してくれ」
「リーエス」
ブレストはそこを後にした。