006 夕食
■夕食■
二宮の口添えにより、ある飲み屋ではカラテの足利道場一門の酒盛りが始まっていた。
「二宮ぁ!」
「おす、師範」
「おまえ、『場所の確保できます』って言うから、一応任せてみたが、結構いいいところ知ってるじゃないか?」
「おす!」
(おお、和人、おまえはなんて優しいやつなんだ。このオレに代わって、B社を引き受けてくれるなんて!おまえを、天使と呼びたいぜ、ロイ・ルデレールの2本がなけりゃぁな。この悪魔!)
--- ^_^ わっはっは! ---
がらっ。
きょろきょろ・・・。
「おう、ヨネ、こっちだ。遅かったな」
「おす、師範。急に飲みだなんて言うから、誰が来るのかと思ったら、結構いるじゃないですか・・・」
「おう。6人だ」
「あれ、喜連川は?」
「もうすぐくるだろう。ちょっと、無理言い過ぎたかな・・・」
「おす、どうしたんで?」
「なんか、学校のレポートの締め切りがとか言ってな。そこを、こいつが押し切ったんだ」
ぽか。
師範は、二宮の頭を叩いた。
「おす、米村先輩」
「おう、二宮。また、おまえか?」
「おす」
「ところで、喜連川は酒飲める歳になったのか?」
「おす。自分は喜連川さんに確かめました。先々月二十歳になったとかで」
「誕生日プレゼントしたのか?」
「おす。それがぁ・・・」
「最近まで誕生日を知らなかったというか・・・」
「本人からは知らされてなかった、だな?」
「おす」
--- ^_^ わっはっは! ---
「面目ないです」
「アホ」
がらっ。
「オス。お待たせしました」
「おう、喜連川。こっちだ。こっちだ」
師範がイザベルに手招きした。
「おす」
「あ、二宮さん・・・」
にこっ。
でれーーーっ。
「おす・・・」
(うわぁ、イザベルちゃん、めっちゃめんこい・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「おす。お側失礼します」
「おう」
イザベルは、二宮に丁寧に礼をすると、師範の脇に座った。
(あれぇ。そんなぁ。オレのそばじゃないのぉ・・・?)
二宮はがっくりきた。
--- ^_^ わっはっは! ---
やっと和人がB社から戻ってきた時には、9時近くになっていた。
「ありゃ、まだ電気ついてる・・・。だれか残ってるんだ」
しゅーっ。
「ただいまぁ・・・」
「あ、和人さん・・・。お、お帰りなさい」
石橋は、ちょっとはにかんだような笑顔になった
「石橋さん・・・。まだ、事務所にいたんですか?」
和人はびっくりしていた。
「ええ・・・。仕事が片付かなくて」
(言うのよ、可憐!さ、早く!)
石橋は意を決したように和人を見つめた。
「あのぉ・・・」
「はい、なんでしょう?」
(きゃ!)
和人の視線にまともにぶつかって、石橋は思わず目を伏せた。
「あの、あの、ありがとうございます」
いきなりの礼の言葉に和人は面食らった。
「え?オレなんかしましたっけぇ?」
「い、いえ、和人さん、直接お家に戻るとばっかり思ってたんで、ここに戻られたんで・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あはは。それはないですよ。車をここに停めてますからね」
「そ、そうですよね・・・」
(よかった。気づかれなかった・・・)
「あ、そうだ。はい、お土産。もらいものだけど・・・」
とん。
和人はバッグからなにやら包みを取り出すと、石橋の目の前にを置いた。
「なんですか?」
「B社で地元特産のお菓子をいただいちゃって・・・」
「でも、わたしだけがもらっちゃうなんて、できません」
「大丈夫ですよ。もう一つありますから」
「え?」
「ほら」
和人は、それをもう一つ取り出した。
「だから、それは石橋さんに」
「あの・・・。本当にいいんですか?」
「ええ。石橋さんには、いつもお世話になってますから」
「あ、ありがとうございます」
かさっ。
石橋が包みを広げると、中には薄いピンク色や黄色の可愛らしい和菓子が、いっぱいに敷き詰められていた。
「うわっ、可愛い・・・」
にっこり。
思わず石橋は笑顔になった。
(石橋さん喜んでる。とっさの判断で出しといてよかった・・・)
「よかったら、お家に持って帰ってください」
「はい!ありがとうございます」
「じゃ、もう一つは冷蔵庫に入れておきますね」
和人は事務所の冷蔵庫にもう一つの包みを入れた。
(今よ、可憐!)
「あの、和人さん・・・。あの、もう、お食事は済ませたんですか?」
冷蔵庫に包みを入れ終えて、和人は石橋を振り返った。
「夕食ですか?そういえば特急の中でコーヒー飲んだきりでした」
「そ、そうですか」
(うわっ、やっぱりそうじゃない。さぁ、和人さんを誘うのよ、可憐!)
石橋は喜んだ。
「お食事、ご一緒はご迷惑ですか?」
石橋はありったけの勇気を出して言った。
どきどきどき・・・。
「んーーーと・・・」
少し考えて和人は答えた。
「いいですよ。石橋さんは食べてないんですか?」
「はい。ずっと待ってたんで・・・」
「え?」
--- ^_^ わっはっは! ---
どきっ・・・。
(やっちゃったぁ・・・!)
「ち、違うんです。そのぉ、明日の資料の印刷です・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
でーーーん。
石橋はプレゼン用の資料を見た。
「あははは。プリントアウト時間かかりますからね」
「ふふふ。ふぅ・・・」
(セーフ、セーフ・・・)
「じゃ、行きますか。お腹空いちゃいましたからね」
和人は答えた。
「一人より、二人の方が、楽しいですし」
(楽しいですって!可憐、やったわ!)
「あの、あの・・・。フランスの家庭料理のお店、見つけたんです。とってもおいしんですよ。それなのに、お値段もリーズナブルで」
「あは、それはステキですね。石橋さん、センスいいですから。オレ車なんでアルコールは抜きですけど」
「嬉しい・・・」
石橋は思わずそれを口にして赤面した。
--- ^_^ わっはっは! ---
が、和人はまったく気づかなかった。
「じゃ、すぐ支度しますから行きましょう。石橋さんの車で先導してください」
「はい!」
「ここです。和人さん」
「うわっ。この時間でも、女の子でいっぱいなんですね・・・」
「え、ええ・・・。とっても人気あるんですよ」
「いらっしゃいませ。お客様、お二人ですか?」
「はい」
「店内は全席禁煙ですが、よろしいですか?」
「はい」
店員は、奥の二人席が空いていたので、そこに石橋と和人を案内した。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
「はい」
「これ、メニューですよ、石橋さん」
和人は石橋に微笑み、石橋は赤面した。
かぁ・・・。
(だめぇ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
石橋は少し暗めのオレンジの照明にほっとした。
(よかった、灯りがオレンジで。きっと顔が真っ赤になてるわ・・・)
「和人さん、お飲み物は?」
「炭酸水にしませんか?」
「はい」
「じゃ、まず、ペロエのスパークリング・ミネラル」
「かしこまりました」
「それに料理は・・・」
和人はてきぱきと料理を注文し、そんな和人を石橋は愛しそうに見つめていた。
「なにか、顔についてますか?」
和人は右手を頬にやって確かめた。
「え、いえ、なにも・・・」
石橋は、目を伏せた。
一方、道場の飲み会では、イザベルが来て、二宮は心臓がパンクしそうなくらいドキドキしていた。
「お注ぎします」
「おす。いただきます」
イザベルの酌で、黒帯たちが、次々にビールを飲み干していった。
(次は、オレの番!)
二宮は、期待に胸を膨らませていた。
にっこり。
「はい、二宮さん。いつもお世話になります」
イザベルは微笑むと、二宮のコップにビールを注ごうとした。
「おーい、喜連川!」
その時、師範の大声がし、イザベルは足利の方を振り返って、二宮に注ぐはずのビールをテーブルに置いた。
ことっ。
「おす、師範」
「あ、あぁぁぁぁ・・・、イザベルちゃん・・・」
「悪いな、二宮、ちょっと喜連川を借りるぞ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「お、おす・・・」
「ちょっと失礼しますね」
「おす・・・」
(ちぇ、師範かんべんしてくださいよぉ・・・)
相手が師範とあれば、二宮は、文句も言えなかった。
「それでだな、喜連川。ごにょごにょ・・・。と、いうわけだ」
「おす。師範、それでは・・・」
「無理に誘って悪かったな。すぐに行ってやってくれ」
「おす」
なにやら緊急の様子で、イザベルは作り笑いをすると一同に言った。
「おす。みなさん、宴たけなわですが、どうしても緊急の用事ができてしまいました。大変申し訳ありませんが、お先に失礼させていただきます」
ぺこり。
--- ^_^ わっはっは! ---
イザベルはお辞儀をすると座を外した。
「えーーーっ、そんなぁーーーっ!」
大きな声で、二宮は不満の声を上げた。
ぽかり!
「あ、痛ってぇ・・・」
「馬鹿もん。無理して来てくれたのに、喜連川のことをちっとは考えてやれんのか!」
師範の鉄拳が二宮に落ちた。
「おす。そうは言っても、オレさっぱりわかりませんよぉ・・・」
「わからない?それでいいんだ」
「おす。よくありません」
ぽかり。
「痛ってぇ・・・。おす」
「スペッシャルサービス」
ぽかり、ぽかり。
「おす。痛い、痛いです。師範、かんべんしてください!」
「さっさと、酒を注がんか!」
「おす」
「お客様、本日のオードブルでございます」
「うわぁ、はじめからこれですか・・・。すごい」
和人は、満面に笑みを浮かべた。
「おいしそうですね!」
「ええ」
「お飲み物は、ペロエの炭酸入りでしたね?」
「はい」
「こちらになります」
ウェイトレスは二人のグラスに炭酸水を注いだ。
しゅわぁーーー。
「まるでシャンパンみたいです」
「そうですね」
「じゃあ、乾杯」
「はい。乾杯」
かちん。
和人は、にっこり微笑んで石橋を見つめた。
ぽっ。
石橋はたちまち赤くなった。
「うーん、けっこう辛口ですね?」
「本当。ハートに沁みます・・・」
「え?」
--- ^_^ わっはっは! ---
かぁーーー。
「あれ、アルコール入ってないのに、どうしたんですか?」
「え、あ、はい。なんでもないです・・・」
「熱があるんじゃないんですか?」
「い、いえ。本当になんでもないんです」
「ちっくしょう。なんだって師範の酌なんだよぉ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
二宮はすんでのところでイザベルと一緒になれるところを逃しぼやいた。
「なんか言ったか?」
「おす。注がさせてもらいます」
「ではいただこう」
「おす」
じょぼじょぼ・・・。
二宮は、師範のジョッキにビールを注いだ。
「おっとっと・・・」
ぐびーーーっ。
ぷはぁーーー。
「で、二宮、昇段審査のことだがな」
「おす」
「今年こそは受かれよ」
「おす」
「このまま順調に行けば、本部の許可を取ってやってもいい」
「おす」
「どうだ?」
「おす。受けさせてもらいます」
「よぉーーーし、よく言った!」
どぉーーーん。
「おす」
師範は、二宮の背中を叩いた。
「二宮。おまえは右の逆突きを出すタイミングで、頭がノーガードになった瞬間を狙われるんだ。左上段蹴りがくれば防ぎようがないだろ?」
「おす」
「どうすればいい?」
「おす。もっと間合いを詰めることです」
「そう。それとプラス・スピードだ。まんず、おまえの間合いは蹴りを入れてくれと言わんばかりだ」
「おす」
「もっと右足を前に踏み出し、それが畳につく前に逆を突け。そのくらいの速い詰めをしないから、突きのリズムを読まれるんだ」
「おす。リズムですか?」
「うむ。おまえの変化のない間合いで、パン、パン、パンではすぐに裏を取られる。パン、パ、パ、パ、パというふうにな。そこで、あと10センチでも詰めていれば、上段蹴りは喰らわんようになる」
「おす。間合いが変るんですね?」
「ああ、リズムが変ってな。その点喜連川は天才的だ。相手のリズムをすぐに掴む。そして、裏のタイミングで間合いを詰めて上段を決める」
「おす」
「中途半端な間合いで打ち合うしかできないなら・・・」
「おす」
「喜連川までは遠いぞ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「おす?」
「わからんなら、もういい」
「おす」
--- ^_^ わっはっは! ---
「蹴りが来ると、つい下がりたくなるだろ?」
「おす」
「だが、それは逆だ。その時にこそ前に詰めねばならん」
「おす」
「言葉で言うのは簡単だが、癖を直すのは回数こなして、身体で覚えるしかない」
「おす」
「今度こそ、10人組み手しきってみろ」
「おす」
「どうも、和人さん、今日はありがとうございます」
石橋は、和人に丁寧に礼をした。
「とんでもない。こちらこそ、晩ご飯を付き合っていただいて」
「わたし・・・」
かぁ・・・。
石橋は、赤くなって、次の言葉を出せないでいた。
「いいお店でしたね。やっぱり、石橋さん、センスいいですよ」
「そんなぁ・・・」
「じゃ、明日・・・」
かちゃ。
和人は、自分の車に乗り込もうとした。
「また、今度、もっと、お時間のある時に・・・」
石橋が、やっと話した。
「ええ。時間のある時でしたら、また」
にこっ。
和人は石橋に微笑みかけた。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
ばたむ。
ぶろろろーーー。
石橋も車に乗り込んで帰っていった。