055 浜辺
■浜辺■
エルフィアのセキュリティ・サポート(SS)は、文明支援先の世界に派遣されたエージェントとそのコンタクティーの身の安全を確保するのが使命である。各種護身術はもちろん、科学、医学、技術、その他に精通しているスペッシャリストであった。
まだまだ奪い合う文明を脱し切れていないカテゴリー2の世界において、常に危険とは隣り合わせだ。そこでSSは非常に重要な役を担っていた。
そのSSにあって、最高理事直下配属のSSは選び抜かれた20名で構成され、特別な使命を帯びていた。それは、支援先でエージェントが緊急救難を求めた時に、10分以内に現地に赴き助け出すのだ。そのための専用転送システムも独自に2機保有し、いつでも使えるようにスタンバイしていた。
ユティスが地球赴任時のSSとして、エルドにリクエストしたアンニフィルドとクリステアは、この最高理事直下の超A級SSである。
最高理事直属のセキュリティ・サポート(SS)控え室では、ユティスを囲んで地球の話題で盛り上がっていた。
「きゃははは・・・」
「なぁに、それ?あははは・・・」
「まぁ、そんなに大笑いなさるなんて美紗緒さんに失礼ですわ」
「そんなこと言う資格があるの、ユティス?」
「だって、美紗緒さんたらひどいんですもの。少し反省していただいただけです」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あははは・・・」
「わははは・・・」
「どうしたんだい、みんな?」
「あ、エルド。アステラム・ベネル・ロミア(こんにちわ)」
「ベネル・ロミア(こんにちわ)」
エルドは一同を見渡して、笑いの理由を知りたがった。
「あのね、エルド・・・」
「ぷふっ・・・」
「あははははは・・・。やっぱり、だめぇーーー!」
「うふふふ・・・」
「なんだい、きみたち・・・?わたしの顔になんかついてるのかい?」
エルドは困った顔になった。
「ナナン。そうじゃなくてね。早口言葉なのよ」
「早口言葉?」
「リーエス。それでね。ユティスったら、早口言葉を地球人女に挑まれちゃって、見事相手に勝っちゃったんだって。しかも地球語でよぉ・・・」
アンニフィルドがやっとのことで笑いを堪えて言った。
「ほう。それはまたすごいねぇ」
「あっはっは・・・」
SSたちの笑いは収まりそうになかった。
「いったい、どうやったんだい?」
「そのユティスに挑んだって女だけど、小生意気なくせに同僚の男が好きでさ、性格が災いしてなかなか素直になれてないのよ。ユティスはそれを一発で見抜いちゃったの」
「そりゃ、すごい」
「で、その女がさ、惚れてる彼氏とユティスが話してるところに割り込んできてね、その早口言葉の勝負になったんだけど・・・」
アンニフィルドは続けた。
「ジェラシーか・・・。それで?」
「ユティスが問題を出す番になって、これを早口で3度言いなさいってやったんだってぇ・・・。きゃははは!」
「あっはっは・・・」
SSたちはまた笑い転げた。
「アンニフィルド、わかんないじゃないか、それじゃあ。なんて言ったんだい、ユティス?」
「ですから、『高原さん、好きです。好きです。あなたが大好きです。これからは素直になります』、てお願いしたんです」
「ぶふっ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「言えるわけないでしょぉ、エルド?」
「わははははは・・・」
エルドは大笑いした。
「その女、男の前で真っ赤になっちゃって、『そんなの早口言葉じゃないわよぉ!』って息巻いたんだけどさ、男の方がマジになっちゃって、『ホントかい?』って・・・。で、女は居たたまれなくてその場を逃げちゃったのよ。それを男が追っかけて・・・。後はご想像にお任せするわ。あはははは・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
地球の北半球は夏真っ盛りだった。和人の周辺も騒がしくなり、仕事に打ち込むのは辛い時期だった。
(へへへ・・・。ラッキー。道場の夏合宿にイザベルちゃんが来てるなんて・・・)
「二宮さん。黒帯挑戦するなら、合宿サボるわけにはいきませんよ」
「あはは。そうっすよね。喜連川さん」
「はじめは、来られないとかおしゃってたんじゃ?」
「ええ。でも、3日の内、2日だけでもOKだって、師範が・・・」
「おす。途中参加可能って知らなかったんですか?」
「ええ。前の道場では全日程参加が基本でしたから・・・」
「おす。オレなんか仕事があるんで、毎年土曜の午後から参加っすよ」
「ふうん。それなら、最初からそうするんだった」
「おす。とにかくお互い頑張りましょう」
「はい、そうですね」
「おす」
「ところで、お仕事、忙しいですか?」
「おす。6時過ぎたら、もうとんでもなく忙しくて。稽古もままならないっすよ」
「大変なんですね、夜のお付き合い」
--- ^_^ わっはっは! ---
「な、なに言ってるんっすか。おす、資料作りですよぉ・・・」
「へぇ・・・。カラオケ・スナックでもお仕事ですか?」
「ひどいじゃないですか、喜連川さんたら・・・」
「おす。二宮さんがいると楽しいですね・・・?」
「お、おす。そうっすかぁ。てへへ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
どかどかどか・・・。
「12時10分か?」
一斉に、道場生が午前中の稽古を終えて戻ってきた。
「ひえー。死ぬかと思った・・・」
「バカもん。そんなんでどうする?」
「おす」
「メシだ。メシだ」
「おす」
「ふぅ、疲れたぁーーー」
どかどかどか・・・。
その時足利師範が二人を見つけで近づいた。
「おお、二人とも着いたか。待っとったぞ」
「おす。師範」
「おす」
「午前中の稽古が終ったんで、そろそろ昼飯だ。おまえたち食って来たのか?」
「おす。わたしはサンドイッチを少し・・・」
「おす。オレは・・・」
「そんなんじゃ合宿を乗り切れんぞぉ。どうだ、一緒に?」
「おす。じゃ、一緒に食べましょう、喜連川さん」
二宮はイザベルを見た。
「えーと・・・」
「遠慮はいらんぞ」
「おす。は、はい。少しだけ・・・」
イザベルは照れ笑いした。
「毎度、毎度、昼飯はカレーライスなんだが、たっぷり汗をかいた後だと、この辛いのが妙に合うんだなぁ。わっはっは」
ぽん。
ぽん
足利師範は二人の肩を叩いた。
「荷物を部屋に置いたら食堂に来い」
「おす」
「喜連川、おまえは女子部の部屋で、新棟の桜の間だ。二宮は欅の間」
「おす」
「おす」
「じゃ、二宮さん、食堂で」
「おす」
一方、和人の部屋にはユティスの精神体がいて、和人の今日の予定について話していた。
「今日は休日なんだ」
「では、お仕事はされないのですね?」
「うん。それでさぁ・・・」
もじもじ・・・。
「はい。なんでしょうか?」
にこっ。
「海でも行こうよ。夏だし。地球の平々凡々な夏の文化も調査できるよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「まぁ、海ですか。ステキですわ。わたくし海を見るのは大好きです」
「あは。よかった。きみに断られやしないかと心配してたんだ」
「和人さんのお願いを断ったりなんか、いたしませんわ」
「ユティス・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
ささっ。
「さ、現地調査にまいりましょう」
「うん」
ここは海水浴で有名な海岸だった。和人は車を臨時駐車場に入れた。
「はい、1台千円です」
「まぁ・・・」
和人が駐車料金を払っていると、ユティスが不満そうに言った。
「車を止めるだけというのに、そんなにお支払いするんですか?」
「しょうがないよ。路上駐車したら警察に捕まっちゃうからね。こっちに払うとなると軽く10倍はかかっちゃうよぉ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「すべてお金なんですね、地球は・・・」
「リーエス。がっかりしたかい?」
「ナナン。これはこれで、ここまで徹底されていると、地球文明の本質のような気がして感心します」
「文明の本質か・・・。地球の場合、欲望なんじゃないかな?」
にこ。
さぁ・・・。
ユティスは、悪戯っぽく微笑むと、和人を誘うように浜辺の方に手を向けた。
「うふふ。難しいことは、後にして浜まで行きましょう?」
「リーエス」
和人は水着にアロハをはおり、浜辺に繰り出した。そばにはユティスの精神体が寄り添っていたが、和人以外の人間には見えなかった。
「お天気は最高ですね」
「いやぁ、暑すぎるよ」
「ここは、なんと呼ばれているのですか?」
「海水浴場さ」
「浴場・・・?みなさん、海でお風呂なんですね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ちょっと違うかな。夏になると、ここにみんな暑さを楽しみに来るのさ」
「うふふ。冗談です。エルフィアでも人々は水遊びを楽しみますわ」
「なぁんだ。あーびっくりした」
「んふ。人がたくさんいて、水遊びなさってとっても楽しそうですね」
「リーエス。さぁ、ユティス、オレたちも行こうか?」
「リーエス」
和人たちは水際に程近いところまで来ていた。
「うわぁ。みなさん、とってもステキなファッションですわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「水着だよ。特に女の子たちはここぞとばかりセクシーな水着を着て、ボーイフレンドに可愛くアピールするのさ」
「きゃあ、きゃあ!」
「うわっと、と・・・」
どんっ。
「イテ・・・」
「ごめんなさぁい!」
「あんな風にね」
(やったぁ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
和人は、周りの女の子たちの大胆な水着に、目のやり場に困ってしまった。
「ひゃぁ、スゴイの着てるよ・・・」
「ほとんど、なにもお着けになってらっしゃらないですわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ほんと、こっちが恥ずかしくなっちゃうよね・・・」
「ふふふ。わたくしも、あのような服装にした方がよろしいでしょうか?」
「ええーーー。で、できるの・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
にこっ。
「そのために、わたくしをここにご案内されたんじゃないのですか?」
「わかってたんだぁ・・・。えへへ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「精神体ですから、どんな衣装にも対応できますわ。うふふ」
ユティスはなんともいえない笑顔になった。
「ほら、イメージさえすれば簡単に・・・」
ユティスはそう言うと、あっというまにセクシーなビキニ姿に変わった。
ぱっ。
どっきんっ。
「うわぁ!」
和人は水着姿で抜群のスタイルのユティスにいっぺんでノックアウトされた。
「いかがですか?」
「鼻血が出そう・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うふふ。大丈夫ですか?」
「う、うん。とってもキレイだよ。ユティス・・・」
「嬉しい!」
「ちょっとぉ・・・」
「なに?」
「あそこ。あいつ。アロハの・・・。あの男よ・・・」
若い女性の海水浴客の二人が和人をふと目にしていた。
「独りのくせして、側にだれかいるみたいに話しかけてない?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ、ホント・・・」
「頭いかれてんのかしら?」
「この暑さだもんね・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ちょっと、イイ男じゃないかと思ったけど・・・」
「あたしは、パス」
「あーあ、独りで波際で遊んでるわ・・・」
「絵にならないわねぇ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「もっと、他にイイ男いっぱいいるはずよ」
「そ、そうね。それに、二人組みじゃないとねぇ・・・」
「はい。はい」
二人はひと夏のアバンチュールを心では期待していた。
「本当に、和人さんとご一緒してここでお水遊びができましたら、いいのに・・・」
ユティスはちょっと残念そうに言った。
「うん・・・」
「ご、ごめんなさい」
「いいんだよ。オレこそ」
「それより、浜辺に沿ってお散歩しませんか?」
「リーエス」
二人は波打ち際を楽しく歩いた。
「ユティス、サンオイルを・・・。あっそうか、精神体だったんだよね」
「オイルがなにか?」
「いや、なんでも・・・」
(くっそう、精神体が恨めしい・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
ユティスは波間にきらりと光るものを見つけた。
「あら、きれいな貝殻」
ユティスが屈んでそれを拾おうとしたので、代わりに和人が拾った。
「はい」
和人はにっこり微笑むと、ユティスに見えるようにした。ピンクがかった黄色の貝殻は、陽の光に虹色に輝いた。
「なんて美しいの。和人さん、ありがとうございます。とってもステキですわ」
「きみが、実際に地球に来る時まで、ちゃんと取っておくよ」
「嬉しい・・・。和人さん・・・」
ユティスは和人に寄りかかろうとしたが、残念そうに微笑むだけだった。
にっこり。
「アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうございますわ)。和人さん、・・・」
「えへへへ・・・。まだ、探してみるかい?」
「ナナン。もう、いいんですの。一つあれば十分です・・・」
ぽっ。
ユティスは和人のすぐ横に立ち、和人を愛しそうに見つめて顔を赤らめた。
「あ、いや・・・。えへへ。オレもなんだかとっても・・・」
どきどき・・・。
ユティスの紅潮した笑顔と抜群のビキニスタイルに、和人は大いに動揺した。
長い浜辺の先ではカラテの合宿に来た一員がいた。
「よぉーし、足利道場、夏合宿2日目。午後の部に突入だぁ!」
足利師範の大声で道場生は一斉に気合を入れた。
「うぉーーーす!」
「とりゃーーーあ!」
「きえーーー!」
「うりゃあ!」
道場生たちの雄叫びが浜中に響いた。
「青年部は、海中に膝上まで浸かれ!」
「おす」
「おす」
ざぶざぶざぶ・・・。
ばっしゃーーーん。
どぼん。
ざぶん。
ばしゃばしゃ・・・。
「平行立ち、構え!」
「おす!」
「波に向かって、中段前蹴り1000本」
「おす!」
「始めい!」
「うりゃ!」
「とりゃあ!」
「きえーーーっ!」
たちまち黒帯たちのうなり声が響いた。
「1!」
「はいっ!」
ばしゃっ!
「2!」
「シィヤッ!」
ばしゃっ!
「3!」
道場生たちは打ち寄せる波に向かって、前蹴りを繰り出していった。
「和人さんは、泳がないんですの?」
「うん。きみと一緒に泳げないんならね」
「うふふ。精神体でも大丈夫ですわ。ほら・・・」
波をかいているユティスは、あたかも本当に泳いでるように見えた。
「うわぁ、大きい波が来るぞ」
ざぶんっ!
「きゃあ!」
「あははは」
「うふふふ」
「ユティス・・・」
精神体とはいえ、ご丁寧に、水に濡れることも正確だった。
「おやっ?」
「どうしたの、岡本?」
茂木が同僚の岡本を見つめた。
「まさかね・・・」
「なんなのよ?」
「ちょっとね・・・。和人がいたような・・・。男、独りでこんなところに、和人が来るわけないしねぇ・・・」
「ええ?和人を見かけたの?」
「たぶん・・・。でも、見間違いよ」
「どこどこ?」
「あそこ・・・。あれ、もういない・・・」
「見間違い?」
「だと思うわ・・・」
こうして、それぞれの夏が始まっていた。