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050 盗聴

■盗聴■




IT研究会の懇親会で出会ったZ国のリッキー・Jは、よくわからないような不思議な笑みを浮かべて和人を見つめた。


(和人さん、ご注意ください。この方とても頭脳が活性化していますわ。それに、わたくし少し不安です)

(どういうこと?)


(表情とは裏腹に、利用できるものはすべて利用し、いざとなれば手段は問わない。そんな強い意思のようなものを感じます)


(スパイ?)

(その確率は高いと思います)


(わかった。Z国はいろんなスパイが暗躍してるって有名なんだ。あまりしゃべらないようにするよ)


(ええ。質問は和人さんからするようにしてください。和人さんが多くを答えないようにするためにも)

(リーエス)


(うふふ。質問は最高の防御なんですよ)



すすす・・・。

そこに石橋が戻ってきた。


「和人さん・・・」

「おお、これは、お美しい方で・・・」


ささっ。

リッキー・Jはわざとらしく手を広げて、感動したように石橋に微笑んだ。


「そんなぁ・・・」


かぁ・・・。

石橋はたちまち赤くなった。


--- ^_^ わっはっは! ---


「お世辞ではありませんよ。あなたは大変お美しいです。わたしの国なら、トップ女優間違いないです」


「ご冗談がきついです・・・」

石橋はあまりに見え透いたお世辞に文句を言った。


にこにこ。

「いやいや、お世辞ではありませんよ」


「・・・」


「わたしはZ国大使館日本通商部のリッキー・Jと申します」


「あ・・・、Z国の方ですか?」

「はい」


「わたしは石橋可憐と申します。日本語がとてもお上手なんですね」


(リッキーさんお世辞はもっとお上手ですわ)

ユティスの声が和人の頭に響いた。


--- ^_^ わっはっは! ---


(あははは!)

(ふふふ)


「いやいや、恥ずかしいです」

リッキーは石橋に答えると和人に向き直った。


「お連れ様で?」

「はい。同じ会社です」

石橋が答えた。


「それで、お国ではクラウドとかどのあたりまで普及されてますか?」

石橋ははにかむように微笑むと、リッキー・Jに質問した。


「いや、まだまだこれからというところです」

「日本ではどうですか?」


(いけない。リッキーさん、質問を切り返してきましたわ。和人さん、彼の質問をそのまましゃべって、もう一度切り返してください)

(リーエス)


「日本ですか。さあ、どうでしょうねぇ。ご存知じゃないんですか?」


(和人さん、その調子です!)


「いや、これはまいりました。質問の意味があいまいでした。どんなアプリをクラウドに置き換えてるんでしょうか?」


(和人さん、ダメです。リッキーさんに、わたくしたちの会話をモニターされてます!)


(ええっ?)


(プライベートハイパーラインに移行しますわ)

(リーエス、わかった。お願い)


(わざと、わたくしに気づいてないふりをされてますが、和人さんとわたくしの会話を盗聴するのが真の目的です)


(彼は、そのために近寄ってきたのかな?)

(リーエス。すぐに離れてください)


(すぐったって、石橋さんもいるんだよ・・・)

(和人さんのお飲み物を、落っことしてくださいな)


(リーエス)


する・・・。

ぽとっ。


がっしゃーーーん!


しゅわしゅわーーーっ!

どぼどぼーーーっ。


「あ、しまった!」


和人はユティスの意図を理解し、わざと持っていたビール缶を滑らせて床に落とした。


「うわっ!冷たい!」

あたり一面にビールが飛び散り、会場はたちまち騒々しくなった。


「和人さん、大丈夫ですか?」


ささっ。

石橋はすぐに自分のハンカチを取り出し床を拭きはじめた。


「うわっと!」

和人のビールはリッキーのズボンにかかっていた。


「すいません!」

和人は謝った。


「いいえ、事故ですから」

リッキーはそう言って、自分のズボンの濡れたところを確認した。


(マズイ。非常にマズイ・・・)


--- ^_^ わっはっは! ---


リッキーのズボンの前には、しっかりとビールがかかっていた。石橋はリッキーのズボンも拭こうとして、ポシェットから別のハンカチを取り出した。


「きゃあ!」

石橋はズボンを見ると真っ赤になり、小さく叫んで手を止めた。


--- ^_^ わっはっは! ---


「いや、けっこうです。自分でしますから」

「よろしくお願いします・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---


さささっ・・・。

どたばた・・・。

リッキーはすぐにハンカチを取り出しトイレに駆け込んだ。


(うふふ。上できですわ。和人さん)

ユティスは作戦がまんまと成功し喜んだ。




「ちっ・・・」

トイレの中で洗面台を前にして、リッキー・Jは毒づいた。


(あの男、わたしが思考をモニターしていることに、あっという間気づいた。だから、わざとビールをこぼして・・・。いったい、なにものだろう?それに、一緒に会話していた女もだ?あの声、石橋可憐ではなかった・・・。待てよ。その女、いったいどこにいたんだ?部屋にいる時は、そこにいると思ったが姿を確認できなかったぞ・・・。それに、いきなり会話がモニターできなくなったことも、不可解だ。なにが起こったんだ?とにかく、日本にもテレパスがいることは確かだな・・・)


「ちっくしょう・・・。しかし、なんてところに、ビールをこぼしやがんだ!」


--- ^_^ わっはっは! ---


リッキー・Jはズボンの前の濡れたところにティッシュを当て、手にエネルギーを注いだ。


じーーー。


手から出た赤外線エネルギーはやがて熱を持ち、ズボンを徐々に乾かしていった。


(しかし、とんでもない収穫ではあるな。時たま、IT業界の大手とかその道のトップがお忍びで来るとか聞いてはいたが、KBBIの元専務にその娘。それに、ふっふっふ。まさか、こんな小さな会でテレパスとはな・・・)


ぱさっ、ぱさっ。

リッキーJは、ズボンが乾いているのを確認すると、不気味な笑いを浮かべた。


(それに、連れの石橋可憐。彼女は、その男に気があるな・・・。彼女がテレパスではないのは確かだが・・・、なるほど、こいつは使えそうだ・・・。さっきの話の間に彼女の脳波は把握した)




(和人さん?)

(ユティス、あいつ・・・)


(リッキーさんですね?)

(うん)


(完全にノーマークでしたわ。でも、リッキーさんはご自分の能力の使い方をまだよくご存じないようです)


(というと?)

(ご自分の頭脳波をブロックするとか、相手の波長をスキャンするとか、制御の方法を会得されていません)


(じゃ、きみは彼の考えがわかっても、きみの考えは彼にはわからない?)

(リーエス)


(それはラッキーだったね。こっちが有利ってことだ・・・)

(リーエス)




石橋が和人に寄ってきた。


「和人さん。大丈夫ですか」

石橋は、人を気づかった。


「うん、大丈夫です。石橋さんこそ・・・」


つかつかつか・・・。


「おやおや、騒ぎの大元は宇都宮さんですか?」

いつの間にか大谷社長がそばにいた。


「すみません。すぐ拭きます」

「わたし、します」


「いい、いい。宇都宮さん、われわれでするから。それに石橋専務のお嬢さん、あなたにそんなことさせるわけにはいかんですよ」


石橋が床を掃除しようとしていると、大谷社長は両手を使い、大慌てでそれを制した。


(大谷社長さんですね?この方は信用していいですわ)

ユティスが言った。


(うん、リーエス)




リッキー・Jはズボンの前が乾くまでトイレにいたが、しばらくしてやっと会場に戻って来た。


ぺこり。

それを認めた和人は頭を下げた。

(ふむ。甘く見られたもんだ・・・)


石橋は和人のそばで不安げに立っていた。


(石橋可憐・・・。今なら隙だらけだ。精神に付け入るチャンスだぞ。彼女に無意識下の暗示を与えておこう。宇都宮和人と同じ会社にいるなら、なにか、あの女テレパスに関する情報が取れるに違いない・・・)


リッキー・Jはゆっくりと石橋に歩み寄ると、この上ない微笑みをたたえ、石橋を見つめた。


「いやぁ、先ほどはどうも・・・」

「あ、いえ、こちらこそ・・・。もういいんですか?」


石橋はリッキーのズボンに目をやりかけて真っ赤になった。

かぁ・・・。


--- ^_^ わっはっは! ---


「はぁ、おかげさまで・・・」


リッキー・Jは石橋を見つめ心で念じた。


じぃ・・・。

(我に従え。石橋可憐!)


ぼやぁ・・・ん。

一瞬、石橋の瞳孔が広がり表情が空ろになった。


(わたしが呼びかけた時には、真実を語れ)

(はい・・・)




「可憐、そろそろ帰ろう」

石橋顧問が可憐に寄って来た。


「あ・・・」

石橋は中を見つめていた。


「ん、どうしたんだ、可憐?」

石橋顧問は娘の様子が少し変だと気づいた。


(まずい、父親に気づかれた・・・。石橋可憐、正気に戻れ!)


「可憐?」

「あ、お父さん・・・」


「考え事か?」

「え、ええ・・・」


「石橋さん、今日はどうも」


にこにこ・・・。

リッキー・Jはすぐに笑顔を作り、石橋親子に別れの挨拶をした。




「もう、お帰りですか?」

石橋親子が和人の方向いて礼をした。


「悪いが、わたしたちは一足お先に・・・」

「はい・・・」


「ええ、今日はこれで・・・」

可憐は和人の方を残念そうに見つめた。


「ごめんなさい、和人さん。最後までご一緒できなくて・・・」

「いや、気にすることはないよ。お父さんと一緒なら帰り道も心配ないし、安心だね。オレもそろそろ引き上げるつもりだったんだ」


「和人くん、きみも気をつけてな」

「はい。おやすみなさい、顧問」


「おやすみなさい、和人さん」

「おやすみなさい、石橋さん」

和人は丁寧に石橋親子に挨拶をした。


「アステラム・ベネル・ナディア(おやすみなさいませ)、石橋さんたち」


--- ^_^ わっはっは! ---


ユティスも頭を下げて挨拶したが、もちろん、和人以外にだれもそれを目にすることはなかった。


「それでは、リッキーさんも」

「はい。またお会いできることを楽しみにしています」


「わたしも」

石橋顧問も礼をして会場を出た。



(ごめんなさい、和人さん。わたくしの不注意で、Z国の方にわたくしたちのことが知れてしましました。地球の事情を鑑みますと、予備調査の前にこのようなカテゴリー1的な他の地域のエージェントにわかってしまうと、これからのことが少し心配です)


ユティスは和人に謝った。


(きみのせいじゃないよ)

(でも・・・)


(あの会に、どうしてZ国の大使館の日本通商部がいたんだろう?)

(わかりませんわ。恐らく偶然かと・・・)


(彼にわかったのはきみの声だけだし、姿も素性もなにもわかっているわけではないんだから)

(リーエス)


(とにかく、オレたちも出よう。今すぐ。まだ、あいつはここにいるようだし)

(リーエス)




「それじゃ、今日は失礼します」

和人は大谷社長に頭を下げた。


「もう、お帰りですか、宇都宮さん?」

「はい。石橋さんたちもご帰宅されたので・・・」


「あはは。わかりましたよ。石橋顧問にガールフレンドを掻っ攫われたんで、面白くないってんでしょう?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「とんでもない。お父様がいらっしゃるから、帰り道は安全だと思っただけですよ。あはは・・・」


「ふうん。今晩の楽しみを一つ損しましたね?」

「え・・・?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「じゃ、また。メールでご案内しますんで、ご参加期待してますよ」

「あ、はい。おやすみなさい」


「アステラム・ベネル・ナディア(おやすみなさいませ)」


「ん?」

ユティスの声に、大谷に社長は辺りを見回した。


「気のせいか・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---




帰りの電車の中でもみくちゃにされながら、和人は吊革に掴まっていた。


「すごい人だろ?」

「リーエス」


「きみは大丈夫そうだけど・・・」


にこ・・・。

満員の車両の中で素通りする精神体のユティスは、和人に微笑んだ。


「リーエス」


--- ^_^ わっはっは! ---


「リッキーさんに名刺渡しちゃったな。オレだけならまだしも、会社のみんなにも影響するんじゃないかと思うと・・・」

和人はリッキー・Jのことを思い返した。


「そのような、表立ったことにはならないと思います。目的はわたくしでしょうから」

「なおさら困るよ」


「ふふ、でもご心配なく。精神体に物理的なにかをしようとしてもムダですわ」

「そ、そうだね。そっちは心配しなくていいよね」


「そっちって?」

「いや、気にしなくていいよ」


--- ^_^ わっはっは! ---


「わたくしが心配なのは和人さんです。わたくしを引きずり出そうとして、和人さんに接触を無理強いされるのではと・・・」

ユティスは和人を心配そうに見つめた。


「ははは・・・」


「でも、わたくしがお守りたします」

ユティスはにっこりと微笑んだ。


がく・・・。

「面目ない・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---


「そんな風に思わないでくださいますか。リッキーさんに対峙するには、今の和人さんではまだまだ力不足ですわ」


「これが事実だよなぁ。でも、情けない・・・」

「だーーーめ。そんなことおっしゃらないで」


「うん。ありがとう・・・」


「んふ。さぁ、お家に戻りましょう」

にこっ。


「リーエス」


すっ。

「あ・・・」


ユティスは和人に腕組みをするかのようにそっと寄り添ったが、精神体であるために和人にその腕を絡ませることはできなかった。


「・・・」


「どうかした?」

「ナナン・・・。なんでもありませんわ・・・」


ユティスの憂いを帯びた微笑の意味が、和人にはわからなかった。


がたん、ごとん・・・。


満員電車の中で、またしても切ない思いに二人は包まれていった。




石橋親子はメトロの駅前でタクシーを拾い、家へ急いでいた。


「可憐?」


「はい、お父さん・・・」

「和人くんのこと好きなんだろう?」


--- ^_^ わっはっは! ---


かぁーーーっ。

可憐は一瞬で真っ赤になった。


「な、なにを言ってるの、お父さん・・・」

「わはは。だれだってわかるさ、可憐。和人くんに始終寄り添って赤くなって、あれだけ幸せそうな顔してたらね・・・」


「お父さん、そんなことありません・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---


「父さんは、そんな可憐のこと、とってもステキな娘だと思っているぞ。だがな、おまえはおまえ。和人くんは和人くんだ。おまえがどう考えていようが、和人くんは違ったことを考えているかもしれん・・・。和人くんの様子だと、まだまだという感じに見受けるが・・・?」


「・・・」


「もっと、素直に打ち明けたらどうだ?」

「そんなぁ!」


「ビンゴだな。まぁいい。さりげなくわたしからも後押ししてやるから。今時の女の子ってのはもっと積極的じゃないのか?」

「お父さん、そんなことしないでよ!」


「おっと。怒るな、怒るな。美人が台無しだぞぉ」

「ふん。お父さんなんて、嫌い!」


「わかったよ。もし、おまえにそのつもりがあるならだ・・・」

「いいの!ほっといてよ!」


ぶろろろぉ・・・。

夜の街を石橋親子を載せて、タクシーは車の洪水に飲まれていった。

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