004 可憐
■可憐■
石橋可憐はその名のとおり人好きするような小柄な可愛い娘で、株式会社セレアムには和人の1年先に入社していた。
「和人。石橋はね、入社こそあなたより1年早いけど、歳はあなたより1つ下よ」
「優秀なんですね。大学を飛び級したんですか?」
「まさか。短大をストレートよ」
真紀が、補足した。
「そういうことですか」
「よろしくお願いします。石橋です」
石橋は、深々と、お辞儀をした。
「どうも、こちらこそ、よろしくお願いします。先輩」
「先輩だなんて。石橋でいいです。みんな、そう言ってるもの」
「はい。わかりました」
石橋は穏やかな性格ではあったが、どこか掴みどころのない感じがあった。
すたすた・・・。
「石橋、サンキュー。よくこの短期間でプレゼン資料作ったよなぁ」
株式会社セレアムの男三人衆の一人、二宮は感心した。
「感謝するぜ」
「どうも。いつでも言ってくださいね、二宮さん」
「おう」
「石橋、わたしからも礼を言うわ」
真紀は石橋を評価していて、彼女の最大の理解者だった。
「石橋さんて、仕事すごくできるんですね」
和人は、尊敬の眼差しを石橋に向けた。
「そ、そんなぁ・・・」
ぽっ。
石橋は、頬を染めて、はにかんだ。
この石橋が徹底的に変わったのは、和人が入社してしばらくたった去年の5月、会社主催のハイキングの時だった。毎日和人に会い会話していくうち、石橋には和人への想いが少しずつ強くなっていった。そして、ハイキングの下山中に状況は急転しようとしていた。
ざっく、ざっく・・・。
会社のハイキングで山に行った時、体力に自信のない石橋は最後尾を少し遅れ気味に、和人のすぐ後ろで歩いていた。
かくん。
「痛い!」
どたっ。
「つーーー!」
石橋は足をくじいていた。
「ああっ・・・」
石橋はもとから大声を出す方でないので、助けを呼ぼうにもどうにも言い出せないでいた。
「あっ・・・、待って!待ってください!」
ずんずん・・・。
会社の仲間は、石橋に気づかないまま、どんどん先へ行ってしまった。
「あぅ!」
(痛い!足をくじっちゃった・・・)
石橋は、歩こうとしても、すぐにその場にうずくまってしまった。
どきどきどきどき・・・。
(大変。みんなに、置いていかれちゃう・・・)
石橋は、不安で胸が締め付けられ、心臓は早鐘を打つようだった。
「みんな、待ってぇ!」
石橋は、仲間が丘の向こうに隠れて、やっと少し大きな声を張り上げたが、だれにも聞き取れなかった。会社の仲間たちはどんどん先を急いで山を降りていった。
「ん?」
和人は自分の後ろが妙に静かなのに気づいた。
「もう一人いたはずだよな?」
和人は独り言を言った。
「すいません!」
「どうしたの和人?」
和人の数歩前を行く岡本が後ろを振り返った。
「もう一人だれか・・・」
「和人、人数、足らないの?」
真紀もそれを聞いて立ち止り和人を振り返った。
「たぶん・・・」
「どうした?」
二宮が和人を振り返った。
「和人、なにかあったのか?」
「石橋さんがいません。オレちょっと見に行ってきます!」
「おう」
すぐに二宮は少し前を行く俊介に叫んだ。
「常務、石橋が遅れているようです!」
「わかった!様子を見てきてくれないか?」
「うっす。和人が、見に行きました」
「そうか・・・」
「みんな、歩くの止めて!石橋と和人を待ちましょう」
真紀も、みんなを止めた。
「石橋、どうかしたの?」
真紀とは同期の開発部マネージャーの岡本が後方を心配そうに見た。
「真紀、石橋をスマホで呼び出せるかも」
「OK」
るるるる・・・。
岡本が真紀に言うと、真紀はスマホで石橋を呼び出した。
「どう?」
るるるる・・・。
ぴっ。
「出ないわ・・・」
真紀は心配そうに言った。
ずんずん・・・。
和人は一人で山を戻っていった。
(けっこう戻ってきたぞ。石橋さん、どうしたんだろう)
和人は300メートル近く戻って、岩陰に今にも泣き出しそうな石橋を見つけた。
(いた・・・)
「石橋さぁーーーん!」
和人が手を振ると、石橋は気づいて手を振り返した。
るるるーっ。
和人は、スマホで俊介を呼び出しながら、急いで駆け寄った。
「もしもし、オレ、和人です!」
「見つかったか?」
「はい。足をくじいて動けないようです!」
「そりゃ、チャンスだ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「常務!」
「いや、もとい。和人、おまえ一人で石橋を抱えられるか?」
「なんとかなると思います。もう一人いれば確実です」
「わかった。今すぐ二宮を応援に行かせる。戻ってくるまで、ここで待っているぞ」
「どうも」
はぁ、はぁ・・・。
(やっと、来たぞ・・・)
「石橋さん。よかった・・・」
「か、和人さん・・・」
(和人さん。和人さんが来てくれた・・・)
どきどき・・・。
嬉しさのあまり石橋の心臓は早鐘状態だった。
「あ、ありがとうございます・・・」
「足をくじいたんですね?」
和人の澄んだ瞳が真っ直ぐに石橋をとらえた。
どっきん・・・。
「ええ・・・」
どっくん、どっくん・・・。
(わ、わたし・・・)
「大丈夫ですか?」
石橋の顔が一気に紅潮した
「石を踏んじゃって・・・」
どっくん、どっくん・・・。
どきどきどきどき・・・。
「ここですね?痛みますか、石橋さん?」
ちょん。
和人は石橋の足首にそっと触れた。
ずっきん。
「あ、痛い!」
「ご、ごめんなさい!」
「うっ」
「こりゃ、とてもじゃないけど歩けないですよ。石橋さん、オレが負ぶって降りていくしかないですね」
「ええ・・?そんなことしたら・・・」
(もっと痛くなっちゃう・・・、心臓が・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
どくん、どくん・・・。
(わたし和人さんのこと好きだったんだ・・・)
突然、石橋はすべてを理解した。
「でも・・・」
「石橋さん、これじゃ独りで歩けないですよ・・・」
和人は石橋に身体を密着させた。
「すみません。これなら・・・」
石橋は、赤くなって、うつむいた。
「それ、オレにかしてください」
和人は石橋の足の状態を確認すると、自分のリュックを取りさっさと嫌がる石橋を背負おうとした。
「さあ、石橋さん」
どきどき・・・。
「だって、そんなところ・・・。和人さん、恥ずかしい」
--- ^_^ わっはっは! ---
「恥ずかしがってる場合じゃないですよ、石橋さん。ほら、オレの背中におぶさってください。ふもとまでこれで降りるしかないんです」
ぷよーん。
石橋の胸の膨らみが和人の背中に押し付けられた。
(うわっ。石橋さんの胸・・・)
「あわわ・・・」
和人は一瞬パニックになった。
--- ^_^ わっはっは! ---
和人の手は石橋の太ももをサポートしていた。
「和人さんの手、ちょっとエッチ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「すみません!こうしないと石橋さんをおぶえません」
和人は自分のリュックを左手に持った。
「わかってます・・・」
ゆっさ、ゆっさ・・・。
ぎゅ。
石橋は両腕を和人の胴にからめた。
(この際、うんと甘えることにします!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「おーーーい!」
「ほら。二宮先輩が応援に来ましたよ」
「え、ええ・・・」
(早すぎます、それ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
二宮は石橋を背負って下ってくる和人に駆け寄った。
「ほれ、石橋、こっちによこせよ」
「嫌です!」
石橋は即答した。
「嫌?」
--- ^_^ わっはっは! ---
(わたし、和人さんじゃなきゃ嫌です)
「ちぇ、石橋。おまえじゃなくて、リュックのことだよ」
「リ、リュックですか・・・?」
「当たり前だ。かせよ」
二宮は和人と石橋のリュックを取りあげ自分が持った。
「よいしょっと。ふもとの駐車場までは歩くしかないな。和人、疲れたらすぐに変わってやるぞ」
「はい。でも大丈夫です」
「和人さん、本当に大丈夫ですか?」
石橋は赤面しながらも、和人を気遣った。
(駐車場まで絶対にもってくださいね・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ、はい。なんとか・・・」
(嬉しい)
「重くないですか?」
「大丈夫です」
(えへ・・・)
「オレは、石橋?」
「ええ?」
「・・・」
ぶすっ。
「もういい・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
ようやく、3人は、一行に追いついた。
「石橋、足をくじいたんだってな?」
俊介は双子の姉の真紀を見やった。
「姉貴、湿布だ!」
「わかったわ」
「石橋、大丈夫?」
岡本が心配そうにきいた。
「はい。足の方は・・・」
「はいっ?足くじいたんじゃないの?ほかにケガでもしてるわけ?」
(ハートが大丈夫じゃないです)
--- ^_^ わっはっは! ---
「いえ・・・」
「少しどころじゃないわね、これ。完璧に腫れてるじゃない」
しゅうーーーっ。
真紀はすぐにスプレーで石橋の足を冷やし、足首を包帯で巻いて固定した。
「はい、おしまい。どう?」
「少し気持ちよくなった気がします」
「そっか。でも、早く病院に連れてかないとな」
俊介も心配顔で言った。
「まだ駐車場まで10分は歩かなきゃならないのよ」
(10分しかないのね・・・)
石橋は残念そうな顔をした。
--- ^_^ わっはっは! ---
和人は道中石橋にたわいのない話をした。
「すいません。オレ、汗臭くさくないですか?」
「ううん、そんなことないです・・・」
石橋は気にならなかった。
(和人さんの匂い。もう少しだけ、こうしていたい・・・)
ことん。
石橋は少しだけ和人に顔を寄せ、和人の肩に頭を預けた。和人が歩を進めるたびに、石橋の顔が和人の首筋に触れそうになった。
すっ。
(このまま和人さんの首にキッスしちゃおうかな。女の子からならハラスメントじゃないわよね・・・)
「どうかしましたか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
どきっ!
「な、なんでもないです!」
そさくさ。
慌てて石橋は顔を元に戻した。
ふわっ。
ぽわん。
石橋のサラリとした髪が和人の頬を時折撫で、その度にシャンプーのいい香りが漂ってきた。
「石橋さんの髪、とてもいい香りしますね。天然系のシャンプーですか?」
(きゃ、恥ずかしい)
「あ、はい。植物系の天然素材だけのを・・・」
「健康に良さそうですね?」
(恋にも良ければ、いいのに・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
和人は石橋と話していることで、駐車場までの時間を長く感じなかった。
「さぁ、もうすぐ駐車場ですよ」
「はい・・・」
(和人さんの背中で、もう少しこうしていたい・・・)
和人はそんな石橋を背負ったまま、ずんずん歩いていった。和人は174センチ68キロなので決して大柄な男ではなかったが、小柄な石橋には和人は十分に大きく、そして力強く頼りになった。
やがて、二人は駐車場に着いた。
「着きましたよ」
「もう、着いちゃったんですか?」
可憐は、残念そうに言った。
「ええ・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「石橋さんの車はどれですか?」
「あそこの赤い車・・・」
「うん、わかりました」
かちゃ。
和人がドアを開け石橋を助手席に乗せると、バラのいい香りがした。
「女の子の車、またまたいい香りがするんですね?」
和人は石橋を見てにっこり笑った。
「そ、そんなぁ・・・」
ぽっ。
石橋はたちまち目を伏せた。
かちっ。
和人は石橋を助手席に固定した。
「痛い!」
「す、すみません!」
「ううん、和人さんのせいじゃないの。わたしが・・・」
(和人さん・・・)
「二宮、おまえは和人の車に乗れ」
「うーす、常務」
和人の車は二宮が運転することになった。
「これ、オレのキーです」
ちゃらっ。
一行は来た道を車で10分くらい戻っていった。
「あったぞ!」
「ありがたい。やっている!」
俊介は車を地元の整形外科病院に付けた。
「和人、石橋を降ろせるか?」
和人が車を止めると、二宮が素早く寄ってきた。
「よっしゃ。そうっと、そうっと・・・」
「石橋さんは、オレに掴まってください」
(はい、しっかり捕まっちゃってます)
石橋は夢見心地だった。
--- ^_^ わっはっは! ---
石橋は男二人に支えられて、病院の中へと入っていった。
「石橋、保険証、持ってるわよね?」
真紀がきいた。
「はい。リュックの中に」
(恋の病にも使えるのかしら?)
--- ^_^ わっはっは! ---
みんなは、石橋の治療が終わるのを待った。
「俊介、親御さんには、わたしから連絡入れるわ」
「そうだな」
真紀は石橋の母親に事故を告げた。
「申し訳ございません。わたしがついていながら・・・」
「いいえ。そうおっしゃらないで、社長さん」
「どうも。とにかく責任を持ってお家まで送りますので」
「はい。ありがとうございます」
看護婦は石橋の左足を包帯で固めた。
「ありがとうございます」
石橋は礼を言った。
「よかったですね」
和人がほっとしたように石橋に話しかけた。
「あ、はい・・・」
石橋は和人を見つめ赤面した。
「1週間程度で歩けるようになるということね」
真紀が、石橋をはげますように言った。
「はい」
「でも、もう一つの傷は長引くかもね・・・」
真紀は独り言を言った。
--- ^_^ わっはっは! ---
「え?なんでしょうか?」
「なんでもないわぁ・・・」
石橋は足に包帯を巻いて、松葉杖を突いていた。
「こりゃ、大変だ・・・」
和人が石橋を気遣った。
「オレが石橋さんを家まで送ってきます」
和人はみんなを見回した。
「当然ね。石橋、道を教えてあげてね」
「はい」
ぱち。
真紀が石橋に近寄りウィンクした。
「それ以外はまだ教えちゃだめよ。あんなこととか・・・」
「え?」
--- ^_^ わっはっは! ---
石橋は車に乗ると、助手席から和人の横顔を初めて間近にじっくり見た。
(和人さん、まつげ長い。きゃ・・・)
石橋は和人の澄んだ瞳と長いまつ毛にドキッとした。
「アルパカさんみたい・・・」
「あるおバカさんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「き、聞き違いです!」
「そうですか・・・」
和人も女の子と二人きりで車に乗ったことがなく、遠慮気味に石橋に話しかけた。
「あの、石橋さん、道を教えてくれませんか?」
「はい。ありがとうございます、和人さん」
石橋は恥じらい気味に和人に礼を言った。
(えへ。いいわよね、少しくらい。遠回りを教えちゃおうっと)
--- ^_^ わっはっは! ---
ばたん。
ばたん。
石橋を乗せて、和人たちは、石橋の家に着いた。
「わーーーっ、結構豪邸じゃないか・・・」
二宮は目を見張った。
ぴんぽーん。
「はぁい。今、出ます」
「お母さん・・・」
「まぁ、可憐。あなただったの?」
石橋の母親は娘の足を見て、心配そうに言った。
「可憐、それ、どうしたの?大丈夫?」
石橋は和人を振り返って、紅潮し目を伏せた。
「うん。和人さんのおかげで・・・」
(ちぇ、和人だけかよ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
石橋は二宮の視線を感じた。
「ううん。みなさんのおかげで・・・」
(みなさんかよぉ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「それは良かったわ。わざわざ、可憐を家までお届けくださって、申し訳ございません。可憐の母です」
石橋の母親は若々しく20代でも通りそうだった。
(これが石橋の母親?姉さんじゃないのか?これで50手前って、ありえないだろ?)
「すっげぇ、別嬪さん・・・」
二宮は呆けたようになった。
にこっ。
「まぁ。ありがとうございます。二宮さん」
「お、おっす!」
ぴんっ!
二宮はその微笑みで、思わず直立不動になった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「めっそうもない。こちらこそ親御さまに申し訳がたちませぬ」
二宮が深く頭を下げた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「はぁ・・・?」
石橋の母親は二宮の緊張した様子がおかしくなった。
「うふふ。二宮さんったら・・・」
「いやいや・・・」
「そんな、お顔をお上げください」
「かたじけない」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ふふ。礼儀正しい方ね。お武家さんですか?」
「左様。拙者、先祖は島津藩に仕え奉る・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
二宮が母親に釘付けになっている間に、石橋は和人と二人の世界に入っていた。
きらきら・・・。
「和人さん。本当にありがとうございます」
うるうる・・・。
二宮は石橋の眼中になかった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ちゃんと、足、直してくださいね、石橋さん。それに先輩も」
「拙者になにを直せと申すのじゃ?」
「あ、いいです・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「和人さん・・・」
うつむいたまま、石橋は和人の手を無意識にすっと取った。
「ん、ん・・・」
母親がそれに気づいて、楽しそうに咳払いした。
(やだ・・・。和人さんの手を握っちゃった・・・)
かぁ・・・。
--- ^_^ わっはっは! ---
「では、われらは・・・」
「あらまぁ、お茶くらい召し上がれば?」
「いえ、急いでおりますゆえ」
「そうですか、残念ですわ」
石橋の母親が微笑んだ。
「礼など要りませぬ」
二宮はまだ緊張しまくっていた。
「和人さん、二宮さん・・・」
「それじゃぁ・・・」
「これにて御免・・・」
ぶろろろーーー。
「先輩?」
「なんだ?」
「石橋さんのお母さんに見とれてたでしょ?」
「な、なにを言うか!」
(くっそう。気づいてたか!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「緊張しまくって、侍言葉になってましたよ」
「なにを申す!拙者のどこが侍言葉じゃ?」
「はいっ?」
和人は、大きくため息をついた。
--- ^_^ わっはっは! ---