039 配慮
■配慮■
事務所に戻った和人は、真紀に相談し明日の2社の打ち合わせにエンジニアをリクエストした。
「・・・てなわけです」
(明日かぁ。誰か1人は確保してあげなきゃねぇ・・・)
「ちょっと待って」
「はい」
真紀は事務所を見渡すと、しばらく考えたあげく石橋を指名した。
「石橋、来て・・・」
「はい」
「今の仕事、1日くらい置いといて大丈夫だわよね?」
「1日くらいなら・・・」
「よし。明日、和人と二人で2社にヒアリングに行ってきてくれるかしら?」
どきっ。
「わ、わたしが、和人さんとですか?」
「二人でね」
(嬉しい!)
--- ^_^ わっはっは! ---
ぼう・・・。
「嫌?」
「そんな、でも・・・」
「嫌ならいいわ。他に探すから・・・」
「急過ぎます、準備が・・・」
「急なことで心の準備がってことでしょうけど。そんなものはいつでも用意しておくものよ。チャンスをあげるんだからうまくやりなさい。わかった、石橋?」
ぱちっ。
にこっ。
真紀はされにも聞こえないように囁くと、石橋にウインクして微笑んだ。
「はぁ・・・、はい・・・」
(可憐、やったわぁ!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「あはははは・・・」
「和人さん、笑いでごまかさないでください・・・」
石橋はやっとのことで言った。
かぁーーー。
石橋はもう顔からは火が出そうなくらい赤面していた。
(和人さんと、1日フルで2人きりだなんて、まるでデートみたい・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「明日、2社もソーシャルメデイア連携の説明と詳細ヒアリングですか?」
(嬉しい・・・和人さんと一緒にいられる・・・)
「石橋さんしか空いてないって、真紀さんが・・・。頼みますよ」
和人は石橋の目の前で両手を合わせた。
(ええ、ぜひ。二宮さんの資料もキャンセルします。どんなことしてでも行きます・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「こ、困ります、いきなり明日だなんて・・・」
(ううん、いいの。わたし、和人さんとご一緒したい・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「いつもの評価キットを使ってくれればいいんですけど・・・」
(わかってるわ。絶対に行きます!)
--- ^_^ わっはっは! ---
(なにを、もたもたしてんのかしら、石橋・・・)
真紀は二人が気になって、近寄ってきた。
すたすた・・・。
もじもじ・・・。
石橋は目を伏せて、小声でしゃべっていた。
(ん、もう。やっぱりだわ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「こらこら、石橋。わたしはあなたを指名したんだから、迷ってなんかいないで、すぐに和人と準備にとりかかりなさい。時間はないのよ」
「はい・・・」
石橋はかろうじて真紀に返事した。
くるり。
真紀は和人に向き直った。
「和人。エンジニアは石橋をアサインしたから、打ち合わせは任せたわよ」
真紀は、次に断言するように、強めに和人に言った。
「あ、はい」
真紀はそれだけ言うとさっさと自分の席に戻った。
「しょうがないわねぇ。大丈夫かしら、石橋・・・」
こつこつ・・・。
真紀は机を指で叩きながら独り言を言った。
もじもじ・・・。
石橋は相変わらず下を向いていた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「じゃ、石橋さん。これこれしかじか・・・」
和人は細かな箇所の打ち合わせをしていた。
「はい。デモもしますか?」
「ええ。用意しておいてください」
和人は話していくうちに、どんどん真剣になっていった。
「和人さん、お客様先でプロジェクタの確認はできてますか?」
石橋もそれにつられ、いつのまにか、自然に和人と話し合っていた。
「あ、それそれ。それを頼んどかなきゃ。ご指摘ありがとうございます」
「プロジェクタを持参するなら、和人さんの役目ですよ」
「そうですね。結構重いから・・・」
「ふふふ」
ちらり。
(やっと、会話が自然になってきたわね)
そんな石橋を見て、真紀は少しだけほっとした。
「じゃ、リハいきます」
「どうぞ。ストップウォッチ、オン」
和人が言うと、石橋はリハを始めた。
「一番大切なのは、リアルタイムのツブヤキですね。とにかくスピードにおいて、これほど口コミを早く広めるメディアはほかにありませんから」
「同感」
和人は客役を演じた。
「それとスマホとタブレット対応」
「当然ですね」
石橋は和人を見つめた。
(不思議・・・。和人さんが、気にならない・・・)
ビジネスに打ち込んでいる真剣な表情の和人に、石橋はいつしか自然にしゃべれるようになっていた。
「おそらくPCの他には、携帯にしか対応してませんわね。女性はもう完全にスマホ、そしてタブレットしか見ないんですよ。携帯はもう古いんです。サイトのモバイル対応が、携帯だけなんてもってのほかです。これじゃあ、売り上げは伸びっこないんです」
石橋のリハは続いた。
「うん。石橋さん、完璧です。明日はそれで。意思決定者の目をまっすぐ見て、そう言いいましょう。はじめの挨拶はオレがしますから、詳細補足とデモをお願いしますね」
「はい」
「ありがとう、石橋さん」
和人は石橋に無邪気に笑って礼を言った。
かぁーーー。
石橋は再び真っ赤になった。
「え、いいんです、お礼なんて。お仕事ですから」
石橋は、頬を染めたのを悟られないように、うつむいた。
(きゃぁ!ホントに和人さんと二人きりで。嬉しい、嬉しい、嬉しい!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「作戦会議は終了か?」
そんな二人の下に二宮が割り込んできた。
「え・・・。あ、はい・・・」
がっくり・・・。
石橋はいかにも残念そうに二宮を見た。
--- ^_^ わっはっは! ---
「和人、おまえ、例の・・・」
(女の子と一緒じゃないのか?)
「ユティスだったら、帰っちゃいましたよぉ・・・」
「えっ。なんでオレの聞きたいことがわかったんだ?」
「先輩がそう、きいてきたじゃないですか?」
「オレ、なんにも言ってないぞ・・・」
二宮は怪訝そうに和人を見つめた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「そうでしたっけ?確かにそう聞こえたんだけどなぁ・・・」
「で?」
(いつ戻ってくるのかなぁ?)
「明日の朝じゃないと、会えないですよ」
「だから、和人、オレなんも言ってない・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「言いました」
「言ってない。和人、なんで、おまえがオレの考えがわかるんだ?」
「でかい声でじゃべってるからです」
「だから、オレは一言もしゃべってない」
(ちぇ、うまいことしやがって。そうだ、今日は、一杯・・・)
「それに、今日は飲みになんか行きませんよ。明日の資料の最終確認をするんだから」
「まただ・・・」
「なにがです?」
「おまえ、なんでオレの考えがわかるんだ?」
「だから、先輩がそう言ったじゃないですか」
「言ってない」
「言いました」
「言ってなんかない」
和人に話しかけようとして、二宮に阻まれて、石橋はチャンスを待っていた。そして和人と目が合った。
「あの、わたし・・・」
「ごめん。石橋さん」
「わりい。石橋には関係のない話だったな」
「じゃぁ、和人さん。わたしは6時までには資料とか用意するから、これで・・・」
「あの・・・」
「いいの。わたしだけでなんとかなります。和人さんはシナリオを詰めててください」
「はい」
石橋は自分の席に戻った。
ぺこり。
和人は申し訳なさそうな顔で、石橋に頭を下げた。
(和人さんと初めて二人きりで一緒にチームを組むんだわ。恥ずかしくて死にそうだけど、すごく嬉しい・・・)
石橋は和人を振り返った。ちょうど真紀が二宮に近づいてくるところだったが、石橋には真紀がなにを言っているかよく聞こえなかった。
ぐいっ。
「ちょっと、二宮」
「痛て・・・、乱暴っすよ、真紀さん・・・」
真紀は二宮のネクタイを掴んだ。
「ずいぶんと余計なことしてくれるわねぇ・・・」
「へ、いったいなんのことで?」
「とぼけるつもり?和人と石橋の間に割り込んどいて・・・」
「あっ・・・」
「二宮!」
くいっ!
「痛てて・・・!」
真紀は二宮の耳を引っ張った。
「今度じゃましたら許さないわよ。システム室にいらっしゃい!」
「あたたた・・・」
二人はシステム室に入っていった。
「また、二宮ヘマやったのかしら」
「あっはは。ホント」
茂木をはじめ、事務所の女性たちは二宮を見て笑った。
「でも、あいつ、一応、稼ぎ頭だよ」
「和人も、最近はすごいけど?」
「二宮って、なぜか客には滅茶苦茶受けるんだよねぇ」
「あのキャラで?」
「ま、クリスマスまでにイザベルちゃんにどこまでせまれるのやら」
「あははは」
「そうだ!それ!賭けてみない?」
「のった!」
「わたしも!」
「ダメな方に5つ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「オッズは。10対1よ!」
「わたしは、うまく行く方ね」
「ズルイ。先にオッズ言ってないもん!」
いつもの通り、二宮が仕事を石橋に頼みに来た。
「石橋さぁ、これ、悪いけど頼まれてくれない?」
「はい。なんでしょうか、二宮さん?」
「客への提出物でさぁ。3日しかないんだ。オレじゃできそうもなくて・・・」
「あのぉ・・・」
「二宮のヤツ・・・」
真紀は急いで石橋のもとに来た。
つかつかつか・・・。
「石橋、さっきのわたしの仕事を優先していいわ」
「あ、はい・・・」
「ちょっと、二宮。あなた、また石橋の邪魔してるでしょ?」
「石橋の?」
「そう。どうでもいいとはいわないけど、資料の作成を押し付けすぎよ」
「押し付けはないでしょう?急ぎなんですよ」
「3日もあるんじゃないの?」
「3日しかないっす」
「見解の違いね」
--- ^_^ わっはっは! ---
「和人は、明日出さなきゃいけない資料があるの」
「えーーー。あいつのを優先するってんですかぁ?」
「当たり前じゃない。新規大型顧客優先よ。石橋はそっちに回すわ」
「あ・・・」
「社長命令よ」
くぃ、くぃ。
真紀は二宮に手招きした。
「こら。こっちに来なさい、二宮」
「真紀さん・・・」
二宮をシステム室に引っ張りこんで、周りから声が聞こえなくなると、真紀は二宮を問いつめた。
「なんすっか?」
二宮は、さっきのは二宮を石橋を離す口実だ、とわかっていた。
「わたしが知りたいのは、和人とユティスが本気で恋してるのか、どうなのかってこと」
「好きというのなら・・・?」
「あなた、石橋のこと感づいてんでしょ」
「ええ、まあ人並みには・・・」
「バカ。人並みなんて、ここで言うセリフじゃないでしょ」
「はい」
「で、どうなの?」
「知りませんよ。本人に聞いてください」
「あっそう。しらを切るつもりならそれでもいいわ。とにかく、石橋は、今時ぜんぜんすれてない、めったにいないいい子なんだから。失うわけにはいかないの。わたしは、石橋の気持ちを大切にしてるんだから、じゃまはしないでくれる」
「じゃまなんて・・・」
「イエスなのノーなの?」
「イエスです・・・」
「OK。行ってよし」
「失礼しましたぁ・・・」
「はーぁ・・・。それにしても、石橋、ハンデありすぎよ・・・」
真紀はため息をついた。
「ちぇ・・・」
二宮は自分の席に戻った。
「バカね、あんたも」
「なんすか、茂木さんまで・・・」
二宮は脹れっ面になった。
「今晩の用事。だれかさんと飲みに行くのバレバレよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「え?」
「俊介の電話、みんな知ってるわよ」
「げげ・・・。常務・・・」
「そういうこと・・・。資料は、自分で作るのね」
「そんなぁ・・・」
「1日くらい、飲みに行くの我慢すれば?」
「酒の一滴は血の一滴・・・。命に係わるんですよぉ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「アホ」
二宮はうなだれた。
「イザベル・・・」
「な、なんすっか・・・?」
「仕事のできない男はもてないわよぉ」
「わかりましたよぉ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「和人さん、これでいいでしょうか?」
「うん。完璧。全体のフレームデザインもフォントも統一してるし、全体はモノトーンで、言いたいところだけカラー、ていうのも、センスいいですよ」
(ホントなら嬉しい、和人さん・・・)
「色をたくさん使うと、一見きれいなんですが、ポイントが目立たなくなるんですよね」
「そうですか・・・?」
「やっぱり、こいう細かい配慮は、女の子のもんですね」
「ええ?」
石橋は頬を染めた。
「これだけど・・・」
さっ。
ぴと。
和人が資料に手をやった瞬間、同時に石橋の延ばした手に重なった。
「あ・・・」
「あはは。ごめんなさい」
ささっ。
和人は照れ笑いでごまかした。
ぴとぉ。
石橋はさっと手を引っ込めると、その手を胸にやった。
「いいんです。続けてください・・・」
「うん」
(なんか、すっごく石橋さんを意識しちゃうじゃないか・・・。石橋さん、今日は妙に色っぽくないかぁ。あれ、目が潤んでいる。やばい。この前みたくなっちゃった・・・。オレにはユティスがいるんだ。ええい、仕事。仕事!)
「うちの体制だけど、プロジェクト責任者は二宮さんじゃなくて、常務にしといていいんじゃないかな。先輩、営業マネージャーとはいえ、この件に、どのみち関わらないんだし・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そうですか・・・」
「うん。今日も常務と一緒に飲みだし」
「飲み・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
(ひどい、二宮さん。そういうことだったの・・・。だから、真紀さんが・・・)
石橋は納得した。
「その下に営業担当のオレの名前。その横にエンジニアの岡本さんと、石橋さんの名前」
「これだと、会社全力投球って、ミエミエの作文になってませんか?」
「会社が小さいんだから事実なんです。いいと思うけど・・・」
「そうですか・・・」
「それと、最初のうちの紹介のところに、実績の紹介を2つ、3つ入れれば言うことないと思いますよ」
にこっ。
「はい。二宮さんの例がありますから、それを出しましょうか?」
「そうですね。それでバッチシです」
にっこり。
和人が微笑むと石橋も微笑んだ。
(いい子なんだよなぁ、確かに。オレ、恵まれているのかも。よくよく考えると、回りは若い女の子だし、みんないい線いってるし。石橋さんも確かに可愛いよなぁ。でも、ガールフレンドとして好きかっていわれるとなぁ。オレ、やっぱりユティスが好きだ・・・)