393 生体
「アンニフィルドです。ついにジニーが有機体アンドロイド、つまり生体として新たな人生を送ることになるのね。しっかし、ランベル・ベニオスったら、実生活で女の子とデートしてこなかったみたいだわよ。女の子に臆病になり過ぎてたんじゃないかしら。それって、人生の半分以上をドブに捨ててるようなもんだと思わない?あ、言い過ぎちゃった。ごめんなさい。女の子だって臆病になり過ぎてる子は多いんだからね。ああ、恋よ。愛よ。わたしのすべてよ。俊介ぇ・・・。この浮気者!」
■生体■
さて、名もないカテゴリー0の惑星上では陽も傾き、株式会社セレアム一行の社員研修旅行は1日目を終えようとしていた。
「何時かしら?」
「地球で言うと、3時半くらいね」
「わぁーーーい。1日目終了だわぁーーー!」
「ほとんどピクニックみたいなもんだったけどね」
わいわい・・・。
がやがや・・・。
一同はセレアムの中型宇宙船の前でてんでにおしゃべりをしていた。
「おーーーい、全員そろってるかぁ?」
俊介が人数を確認しながら声を張り上げた。
「うーーーす」
「いるわよぉ」
「石橋いる?」
「います!」
「じゃ、全員いることにして・・・」
「いることにするな、俊介!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ほんじゃあ、いないやつ、返事しろぉ」
「できるか!」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぱんぱん!
「はぁーーーい、全員確認したわよぉ!」
きっ!
真紀が叫んで俊介を睨んだ。
「いい、みんな、船に戻ったら滅菌ルームで完全消毒してから中に入ってね。地球に変な細菌やウィルスなんか持ち込んでみなさい、隔離にあって人体実験されかねないわよ。船長たちクルーがしっかり見張ってるから、ごまかすんじゃないわよぉ。わかったぁ!?」
「はぁーーーい」
「うーーーす」
「こいつは、ここの環境を汚染させたかもしれんな。わはは」
俊介が二宮をからかった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「そういう常務こそ・・・」
近くにいた草食性の小動物がこっちを窺っていた。
「なんだと、二宮ぁ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ふぅーん。あなたの浮気は人間以外にも対応するのねぇ?」
アンニフィルドが目を細めた。
「げ、アンニフィルド!馬鹿言うな、二宮!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あんまりです、常務さん」
イザベルが抗議した。
「はい、はい、はい!さっさと滅菌ルームに直行よぉ!」
そして、滅菌を終えた一同は夕食前の自由時間に入った。
「夕飯前に一風呂浴びないのか、和人?」
二宮が和人に寄ってきた。
「あ、先輩・・・」
和人は嫌な予感がした。
「ちょっと来いよ」
「なんですか?」
「しぃーーーっ!」
二宮は和人にもっと傍によるよう手招きした。
「はい。はい・・・」
(また、ろくでもないこと考えているだろうなぁ、先輩・・・)
「ユティスと一緒に風呂に入るつもりなんだろ?」
だしぬけに二宮はにやりと笑って耳打ちした。
「とんでもない。宇宙船には個室バスだけでしょ?混浴露天大風呂なんかありません」
「そう。個室バスだ。だれにも邪魔されん・・・」
「なにが言いたいんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「だれにも邪魔されずに一緒に・・・。うははは・・・」
「先輩はイザベルさんと一緒に入れるって思ってるんですね?」
「こら、オレはおまえの話をしてるんだ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「どうだか・・・。で、それがどうしたって言うんですか?」
和人は二宮がまた良からぬ企みをしていることは承知だった。
「こういった社員研修中に、真紀さんや船長が目を光らせている中、イザベルちゃんやユティスたちが堂々個室にオレたちを入れて、一緒にお風呂なんてありえんだろう?」
「当然です」
和人は冷たい視線で二宮を見た。
「でも、一緒に入りたい・・・。とは思わんか?」
「それは先輩でしょうが」
「ほう、よく言った。和人、おまえはユティスと一緒に楽しい一時を過ごそうとは思わないのか?」
にたにた・・・。
二宮は声を低くして和人に再び耳打ちをした。
「そりゃあ・・・。時と場合によります。二人きりだけだったなら・・・。えっ?」
「よくぞ言った、男の子!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ところがだ。大浴場が一つある」
「聞いてませんよ、そんなこと」
和人は不審そうに二宮を見つめた。
「実はな、みんなには内緒の各部屋付きのユニットバスの他に、日本の秘湯をまねて作ったんだ。まだ、完成して間もなく一般公開前なんだ」
「一般公開前?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「おう、セレアム様一行だ」
二宮は真剣な眼差しで和人を見つめた。
「それで、一つきりってことはだ・・・。どう考えても混浴にならざるをえんというやつだぜ。な?」
「な、じゃないです。どう考えたら、そんな結論になるんですか」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ならないかなぁ?」
「なりません。時間をずらすとかすればいいじゃないですか」
和人は呆れ顔になった。
「ところが、そいつは社員には秘密で、船長も真紀さんも時間をずらせてだれかが利用するなんてことは考えてない・・・」
「考えてますよ、絶対に!」
--- ^_^ わっはっは! ---
それを無視して二宮は自説を継続した。
「その混浴風呂は前が総ガラス張りで、異世界の惑星で夕陽を眺めながらロマンチックに・・・。オレ、イザベルちゃんに、みんなには内緒だって誘おうっと思ってるんだがなぁ・・・」
「断られるに決まってます。即」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ちっちっち・・・」
二宮は一指し右指を立てて和人の目の前で横に数回振った。
「だいたい、なんで先輩がそんな怪しい話を知っているんですか?」
「怪しくない・・・!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「で、試験中だとかで、それを常務たちが大浴場を独り占めしようとして、うっかり独り言をしゃべったんだな・・・。それを聞いた・・・」
「常務と真紀さんが?本当なんですか?」
「言ってたのは事実。聞いたのも事実。内容を信じても損はない!」
二宮は断言した。
「それもそうか・・・」
二宮の妙に説得ある三段論法に思わず和人は頷いた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「オレは絶対に誘う・・・」
きっ。
二宮は戦場に向かう野武士のように口を真一文字に結んだ。
「はぁーーーい、みんな、さっき言い忘れてたことがあるわぁ!」
その時、真紀が声を張り上げて、滅菌室に向かおうとしている社員たちに手を振った。
「はぁーーーい?」
「なんですか、真紀さん?」
「なんだ、姉貴?」
「えーーーと、お風呂のことなんだけど、各人の部屋にはユニットバスがあるんだけど、展望露天風呂がなんとか間に合ったのよ。すっごくステキだから、みんな自由に利用していいからね」
「うわぁお!」
「すごい!」
「やったぁ!」
女性社員たちが騒ぎ始めた
「ほら、見ろ」
「はぁ・・・」
二宮の秘密の話とやらは一瞬で周知の事実となった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「でも、一つだけだから、男女混浴を避けるために、男性は夜7時半までに入るように。混浴は禁止よぉ!以降は女子専用としまぁーーーす!。いい、二宮?」
真紀は二宮を軽く睨んだ。
--- ^_^ わっはっは! ---
「へ・・・」
「どこが秘密ですか・・・」
二宮と和人は見合った。
「うるさい!」
ぽかり!
--- ^_^ わっはっは! ---
合衆国大統領官邸では、元エルフィア文明促進推進支援委員会の参事、ブレストが大統領と腹の探り合いをやっていた。
「大統領、わたしはイラージュの最高理事であると同時に、合衆国の先端科学技術長官でもあります。合衆国が地球での地位を揺るぎないものにするために十分な協力は惜しみません」
ブレストは大統領の執務室で二人だけの会談を提案したのだった。
「返事の期限はまだだったと思うが?」
大統領は冷静だった。
「けっこうです。イラージュは、合衆国がイラージュだけから支援を受けることを別に強制したりはしません。エルフィアの支援はそのままお受けしても、われわれの対応に変わりはありませんよ」
「それでは、わたしへの回答期限を設ける意味があるのかね?」
大統領はブレストの言ったイラージュからの文明支援の回答期限に言及した。
「ええ、そうですよ。ちゃんとあるんです。スペッシャル・サービス期間とでも言いましょうか。それを過ぎれば、残念ですがサービスは終了です」
ブレストは含みを持たせて答えた。
「なんのサービスだね、ブレスト長官?」
しかし、大統領はブレストをあくまで合衆国政府の一長官、つまり、大統領配下の公務員であることを忘れていなかった。
「イラージュの誇る超時空転送技術の提供です・・・」
ブレストはいきなり切り札を出してきた。
「ほう・・・」
ぴくっ。
大統領のこめかみが動いた。
「まずは、1号機をここ、大統領官邸に設置します」
「・・・」
大統領は、諸刃の剣となり得る超時空転送技術が、どれほど革命的で危険なことかを十分に知っていた。
(精神の進化が科学技術に追いつかない地球では、文民統制のない軍事優先国家やエロリストに渡りでもしたら、世界は破滅に向かってましっぐらとなろう。ブレストめ、わたしを試しておるな・・・)
「・・・」
「合衆国、いや、地球最強のマシンですよ・・・」
ブレストが続けた。
「・・・」
しかし、大統領は目を閉じて沈黙し、自分の考えを整理しているようだった。
「なにをするつもりだね、ブレスト長官?」
ややあって、大統領が目を開け、ブレストを見つめた。
「輸送手段とするのもよし。軍事目的に使用するもよし、あらゆる、人、物を、地球上のいかなる場所に送り込める。2号機があれば、そこと互いに交換し合える。合衆国の輸送手段は格段に進化するはずです」
ブレストはゆっくりと諭すように大統領に告げた。
「・・・」
大統領はじっとブレストを見つめた。
「本気かね、ブレスト長官・・・?」
「あなたの回答如何ですよ、大統領・・・」
「・・・」
大統領は右手を顎にやり再び目を閉じた。
「・・・」
「・・・」
しばらく、沈黙が二人の間を支配し、やっと大統領が口を開いた。
「ブレスト長官、きみはわが国の物流産業をすべて倒産させるつもりか・・・?」
(わが国の陸海空運業はあっと言う間に壊滅だ。そんなことをしてみろ、わたしの人気はガタ落ちで、ロビイストが大統領官邸前でハンガーストライキに入り、票はつるべ落としになるではないか!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「転送着システムの1機や2機で合衆国の物流産業が潰れるとは思いませんよ」
ブレストは落ち着いて答えた。
「だが、一度味を占めたら、その次は更なる要求と化するのは世の中の常。イラージュのテクノロジーが手に入れば、少なくとも、爆撃機やICBMなどは不要となろう。核爆弾を地球上のどこであろうと瞬時に正確に送り込める。地上、空中、水中、地中の空間にさえもね。すべてが一瞬で終わる。これでは、危機管理もへったくれもないな」
しかし、大統領は票のことは触れず、自身が合衆国のエゴだけでブレストの申し出を考えてはいないことを、仄めかした。
「核抑止ですか・・・。合衆国の提唱するピースメーカー。宇宙では、そういう我田引水的な呼び方は歓迎されるかどうか、わたしにはわかりませんがね。合衆国の核の傘下で、それが完成するという訳です。大量破壊兵器を持って平和維持とは、実に皮肉ですね」
「実に好戦的な認識だな・・・」
大統領は静かに答えた。
「エルフィアにしても、宇宙ではカテゴリー2以下の世界に対して、そう認識するのが通常です。VIPだけは守られねばなりませんから・・・」
ブレストは皮肉った。
「VIPに限りはせんよ。人間だれしもしかりだよ。どこにいくにも輸送機械は不必要。瞬時に移動。いや、実際本人は動いてすらいない。周りの時空がそっくり入れ替わるとでも言うかな。移動途中の旅行気分や観光気分は台無しだ。あの移動する時間と景観と乗り心地は、なにものにも変えがたいのにな。わたしも、3万フィート上空で一時の休息時間をくれるエアフォース・ワンを、それなりに気に入っているんだがね・・・」
大統領は皮肉たっぷりにジェスチャーを混ぜた。
「レトロな価値観にお浸りになられるなら、それもよし。ご随意に。転送機の使用目的は大統領にお任せします。但し、専用のロック解除コードはごく特定の人間に限らせてもらいましょう・・・」
ブレストはこれ以上無駄話は必要ないと判断したのか、大統領の言葉には答えずに、自分の要求を大統領に突きつけた。
「わたしにそれを預けると・・・?」
大統領は表情一つ変えなかった。
「その権利と責任から、大統領には十分に資格がおありかと・・・」
にやり。
「カテゴリー2への完全ステップアップの試金石にするつもりだな?」
「どうお取りになってもけっこうです」
「合衆国以外への支援も視野に入れてあると思って間違いない?」
大統領の目が鋭く光った。
「まさか。わたしは大統領に救われた身。それでなくとも、今はれっきとした合衆国民です。そんなことは絶対にありません。わたしは大変お世話になった大統領に恩返しがしたいんです」
ブレストは首を横に振った。
「なるほど」
大統領は微笑んだが目は一つも笑ってはいなかった。
「ところで、大統領、地球に今いるエルフィア人は地上には一人もおりません。ご存知でしたかな?」
ユティスたちは株式会社セレアムの社員であり、3日間、地球から1400光年先の恒星系に社員研修と称して滞在中だった。
「だが、32000キロ上空の静止軌道上に数名いるはずだ」
「よくご存知で・・・」
ブレストはにやりとした。
「当然です。ユティス大使以下3名は合衆国特別市民ですからな」
大統領は、ジョーンズとジョバンニという国務省外交保安部のSSを、その保護を理由として、常に彼女たちの近くに置いて継続監視させていた。
「まぁ、まだ時間はあります。わたしも個人的な用事も片付けねばなりませんので、この辺で失礼させていただきますが・・・」
「けっこう。お互い利益となる結論を・・・」
「では・・・」
地球上空32000キロにステルス待機中のエルフィアの母船、アンデフロル・デュメーラから、ジニーの擬似精神体は再び超時空通信によりエルフィアへと転送され、彼女用に用意された有機体アンドロイドの身体に移植されていた。
「ジニー、気付いたね?」
「あ・・・、リーエス・・・。ここは?」
目を開けてジニーは周りを見回した。
「エルフィアだよ。きみは人格データをピュレステル・デュレッカから超時空通信でここに送られてきたんだ」
白いドクターガウンに身を包んだ男性が優しく言った。
「エルフィア・・・」
「リーエス。エルフィアだ」
有機体アンドロイドとして新たな肉体と人生を獲得したジニーは、ゆっくりベッドの上で上半身を起こしていった。
「そう。その調子だ。ゆっくり。ゆっくりだよ。独りで起きれるかな?」
彼は優しくジニーに微笑んだ。
「リーエス。わたし・・・」
ジニーは身を起こすとベッドに腰掛け、自分の両手を見つめた。
「ああ。きみの両手、きみの体だよ」
ジニーはその手でベッドを触った。
「感じる。感じるわ。もう、通り過ぎていかない。わたしの手で触っている・・・」
「その通り。きみはもう、自分の手で触れることができるんだ」
「リーエス・・・」
ジニーは不思議そうな目で自分の手を見つめた。
「声もきみのものだ。女の子らしいステキな声だよ」
「わたしの声・・・?」
それは鈴を転がすような軽やかなソプラノだった。
(これがわたしの声なんだ・・・)
ジニーは耳から聞こえてくる自分の声に少々違和感を感じた。
「寒くないかい?」
「ナナン・・・」
ジニーは首をゆっくりと横に振った。
「わたしは有機体アンドロイド専門ドクターのユベリだ。ほら、きみの顔だよ」
ジニーは目の前に出された手鏡を持つと、それに映った瑞々しく透き通るような肌をした自分の顔をまじまじと見つめた。
「これが、わたし・・・?」
「リーエス。ランベニオはきみをとってもステキな女の子に作ったんだね」
「・・・」
ジニーは美しくも若く可愛らしさを十分に残す自分の顔に見入った。
「ランベニオ、わたし・・・」
それはランベル・ベニオスが作ったジニーのイメージをそのままを再現していた。
「どうだい、気に入ったかい?」
「リーエス・・・。とっても嬉しい・・・。アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうごさいます)」
にこ。
ジニーは胸の中でじわぁっと喜びが湧き上がって来るのを感じた。
「デザイナーのセンスが抜群だったんだよ。とってもきれいだ」
「ドクター・・・」
よいしょ!
ジニーの動きはまだ鈍かった。
「どっこいしょっと・・・」
「ぷふ。なんだい、それ?!」
「身を起こすときのおまじない。ランベニオが教えてくれたの」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うんしょ・・・」
「それも?」
「リーエス」
「あっはっは。ジニー、きみはなかなか愉快な娘だね」
--- ^_^ わっはっは! ---
「いいけどさぁ、妙に身が重いのぉ・・・」
ジニーは身体の重さに自由が奪われているような気がした。
「そうか、身体が重いのかい?」
「リーエス。考えていたより身重です・・・」
「身重?それ、意味がぜんぜん違ってくるんだけど・・・」
「リーエス?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「まぁ、いいさ。今日からは、きみにはその権利も発生したからね」
「なんの権利?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「基本的に、きみは人間とまったく変わらない身体になった。そういうことだよ。自然受精による受胎はちょっとばかし困難だけど、きみがママになることは十分に可能だ」
「わたしがママに・・・?」
「リーエス。もちろん、パパも必要だけどね」
「どういうことぉ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ああ、そうだよ。でも・・・、そうなったら、わたしの専門外だし・・・」
「専門外?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「リーエス、専門外だ。その時には別のドクターを紹介するよ、女性のね」
「別の女性ドクター・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わたし、ぜんぜんわからない・・・」
よろ・・・。
がし。
「おっとっと。大丈夫だ。すぐになれるよ、身体にも医学用語にも」
「リーエス・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「さしあたっては、ここで1、2時間立ったり歩いたりしてごらん。自分自身の身体に慣れておくんだよ」
「リーエス」
がばっ。
ジニーは未をベッドの上でシーツから乗り出すとそこに腰掛けた。
「ありゃ・・・!」
ユベリは思わず小さく叫んだ。
ひらり・・・。
ジニーは薄い診察着一枚を羽織っているだけの姿で、それは前が真ん中より割れていて、太ももから足先までまったくはだけてしまった。
「きゃあ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
ばさっ。
ジニーは急いで両手で診察着を押さえた。
「エ、エッチ・・・!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あははは。ごめん。ごめん。わたしがいくらドクターとはいっても、女の子は恥ずかしいよね。あちらの部屋に動き易くて似合うものを用意してあるから、持ってきてあげるよ」
すたすた。
ドクターはジニーに微笑むと部屋を出ようとした。
「待って、ドクター!わたしも一緒に行きたい・・・!」
ジニーはベッドから降りようとして、たちまちよろめいた。
ふら。
よろり。
「危ない!」
がしっ。
慌ててユベリはベッドに戻るとジニーを支えた。
「まだだめだよ、急に動いちゃ・・・」
ユベリは苦笑いした。
「ア、アルダリーム(ありがとう)、ドクター・ユベリ。でも、わたし、自分の足で歩きたい・・・」
ジニーはどうしても立って歩きたがっていた。
「わかった。その前に少し練習が必要だね。わたしが補助してあげるから、ゆっくり片足ずつ前に踏み出してごらん」
「リーエス・・・」
よろっ。
「まずは右足だ」
「リーエス」
ドクターはジニーの左腕を自分の肩に回し彼女を支えると、ゆっくりジニーに合わせて前に一歩ずつ踏み出した。
すた・・・。
すた・・・。
「よし、いいぞ。その調子」
「リーエス」
「まだ、きみの頭脳が身体全体のデータを読み込んでいるところなんだよ。最適のパラメータ値に置き換わるまで10分くらいはかかると思うよ」
「リーエス・・・」
よろ・・・。
がしっ。
「おっと、危ない」
そうして、10分も経っただろうか。ようやくジニーは一人でなんとか歩けれるようになった。
「よし、あっちの部屋まで行こうか。きみには取って置きの服を用意してあるぞ」
ユベリはジニーに微笑んだ。
「リーエス」
にこ。
「やぁ、メローズ。転送テストは問題なかったね」
エルドは一安心というように笑った。
「リーエス。後、数回のテストして結果が良好なら、いよいよ有機体生体アンドロイドの転送テストに入れます」
「うむ。やっと本来のシステム環境に戻れるな」
「リーエス。無機物、及び有機物の転送テストはアンデフロル・デュメーラの報告で完璧だったことがわかりました」
「リーエス。わたしも確認したよ」
「次は擬似生体物転送テストになりますね?」
メローズは転送テストの段取りを確認した。
「リーエス。ジニーは引き受けてくれるのかな?」
エルドは慎重だった。
「現時点の人格データと思考パターンは保存してあります。もし、なにかあったとしてもジニーの再生は可能ですが・・・」
「有機体アンドロイド保護法ぎりぎりのところだね・・・」
「リーエス。どうしても対象アンドロイドの人格データは失われてはならないということで・・・」
「メローズがジニーに提示した条件だからね」
「それでなんですが、エルド、例の有機体アンドロイドに会ってみますか?」
ぱちっ。
秘書のメローズが方目を瞑った。
「早いな。もう、人格データの移植は完了したのかい?」
エルドは少し驚いたように言った。
「リーエス。昨晩からドクター・ユベリが着きっきりで先ほどまで確認作業をしていましたから・・・。もう、歩けるくらいにはなっているはずですよ」
「そいつは楽しみだね」
エルドは楽しそうだった。
「リーエス。ユティスもエルフィアを代表する美人だけど、年下の彼女も清楚でなかなかの可愛い娘ちゃんだわよ」
「意外とランベル・ベニオスは趣味がいいのかもな・・・」
「ふふふ。同意します」
「よし。案内してくれたまえ。こんなケースはめったにないからね。ジニーとか言ったかい?」
「リーエス。彼女のようなのがランベル・ベニオスの理想だとしたら、彼も相当な面食いですわ」
「ほう。きみが繰り返すくらい、そんなに可愛いのかい?」
「リーエス」
「わたしもジニーに会って確認してみるとしよう」
「リーエス」
一転、惑星ケーム上空のエストロ5級母船、ピュレステル・デュレッカの一個室だった。
「ブレスト、わしじゃ。聞こえるか?」
ランベル・ベニオスは連絡を入れたがあまり気は進んでいなかった。
「聞こえるぞ、ランベニオ」
「転送システム再開の件じゃ」
「そうか。ついに動いたか?」
「ああ。今日、ジニーの擬似精神を超時空通信で転送した。明日にでも、ジニーを有機体アンドロイドにして、このケームに転送し直しするようじゃ」
「つまり、ジニーはあんたの手元にいないということだな?」
「彼女は擬似精神体じゃ。元々が、おるというものではないぞ」
ランベル・ベニオスは心外とばかりにブレストの言い回しを訂正した。
「どういうことだ?説明して欲しいが・・・?」
ブレストはすぐに問い直した。
「ジニーは精神をエルフィアに超時空通信で転送したと言っておろう。有機体アンドロイドとして戻ってくるためにな」
「では、エルフィアでその処置を?」
「リーエス。そういうことじゃ。転送システムのスパーバイザーのコード『00』は今日中には解除されるじゃろうて」
「了解した。ジニーが有機体アンドロイドとして戻ってくるなら喜ばしいことだ」
「なんで、おまいさんが嬉しい?」
「あんたが仕事にさらに身を入れてくれだろうからな」
ブレストの声にはからかいが窺えた。
「バカを言え。今でさえ、わしほど仕事する人間は他におらんわい」
「なるほど、バグ潰しは時間がかかるからな」
「余計なことじゃ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「では、あんたの合図を元に、イラージュの宇宙船を地球に最終アプローチさせる。その後の手筈は打ち合わせどおりに転送をかけるから、しっかりフォローを入れるんだ」
「わかっておる。以上じゃな?切るぞ」
ランベル・ベニオスはブレストとの今日の会話がまったく気に入らなかった。
「はっは。なにを急いでいる、ランベニオ?」
にやにや・・・。
ブレストはからかうような視線を送った。
「おまいさんには関係なかろう」
(わしがジニーの帰りを待ちわびておるのを知っておりながら、わざわざ遠まわしに言いおるわい。悪趣味な男じゃて・・・)
むす。
ランベル・ベニオスは不快感を露にした。
話題のヒロイン、ジニーは軽装に身を包みドクター・ユベリと一緒にエルドとメローズの訪問を受けていた。
「ジニー、ようこそ、エルフィアに」
「よく来てくれたわ、ジニー」
「ベネル・ロミア(こんにちわ)・・・」
ぺこり。
ジニーは軽い会釈をした。
「わたしはエルド、こちらは秘書のメローズだ。もう、きみは会っていると思うが」
「リーエス・・・」
「身体には慣れたかね?」
「リーエス」
ジニーはユベリを見た。
「生体への拒否反応もなく、すこぶるいい調子ですよ」
ユネリはエルドに答えた。
「うむ。それはよかった」
エルドは満面笑顔で頷いた。
「とってもステキよ、その服」
メローズがジニーの可愛さと清楚さを兼ね備えた白のドレスを見て微笑んだ。
「アルダリーム(ありがとう)・・・」
にこ。
メローズに褒められ、ジニーは嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ、ジニー、お二人と外で散歩でもしてくるといい。外気に触れるのは爽快だよ」
にっこり。
ユベリが微笑んだ。
「リーエス」
にっこり。
ジニーもユベリに微笑で応えた。
「よぉし、そういうことなら、ちょっと庭に出てみようっか」
「リーエス」
「決まりね」
「うむ」
そして、3人は病院の研究棟から外に出て、日差しを浴びた庭を並んで歩き始めた。
「きれい・・・」
ジニーは夢見るような目つきで色とりどりの庭の木々、花々や、池、鳥たちを眺めた。
「バーチャル世界とはぜんぜん違うわ・・・」
ジニーは目を閉じて空気の匂いを嗅いだ。
「ちゃんと香りがする」
すぅ・・・。
ジニーは大きく息を吸い込むと目を開けた。
はぁーーー。
「空気が美味しい・・・」
ちゅん、ちゅん、ちゅん・・・。
「小鳥のさえずりも聞こえる・・・」
ぱぁ・・・。
ジニーは両手を高く上げて大きく開いた。
「受け取るデータが大き過ぎると頭脳回路がシャットアウトするわよぉ」
にっこり。
メローズがジニーに微笑みかけた。
「大丈夫よ、メローズ。有機体アンドロイドの頭脳のメモリは前と比べ物にならないくらい大きい感じ・・・」
それまでのジニーは量子コンピュータのメモリの一部を開放したエリアでしか利用できなかったが、ゲームの擬似精神体である限り、それで十分だったのだ。
「有機体頭脳の記憶エリアはとてつもなく広いわ・・・。わたし、限界がどこまでなのかまったくわからない。それくらい大きい・・・」
ジニーは見るもの聞くものがすべて自分を讃えてくれているような気がした。
「あ、お魚・・・」
ジニーは池の中をゆったりと泳ぐ数十センチの鯉に似た魚を嬉しそうに眺めた。
「食べたいの?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「違いますぅ!メローズの意地悪・・・」
ぷくぅ・・・。
ジニーはすぐに頬を膨らませた。
「わっはっは。食べたりはせんよ。ジニーは人を愛するようにできてるんだぞ、メローズ。生物全体にも適用されているに決まってるじゃないか」
「冗談ですよ、エルド。わたしたちは基本お肉を必要とはしませんから」
メローズも笑った。
しばらく、そうして散歩した後、エルドがジニーに切り出した。
「ジニー、これからきみは地球に転送されることになるが、本当に承知してくれてるのかね?」
本人の最終確認を取ろうとして、エルドはジニーの瞳をのぞき込んだ。
「リーエス。変わりません。わたしはすぐにでもランベニオの下に行きたい・・・」
ジニーはそう言うと静かになった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
3人は沈黙したまま池のほとりをゆっくりと歩いた。
「怖くはないの?」
沈黙を破ってメローズがジニーにきいた。
「よくわからない。でも、行きたい気持ちの方がずっとずっと強い・・・」
ジニーはゆっくりと自分に言い聞かせるように呟いた。
「リーエス。承知したよ。午後、予定どおりにきみを地球に転送する。いいね?」
「リーエス」
「午後、迎えに来るわ。エルフィアにはまた今度ゆっくり来て。いつでも歓迎するから」
「リーエス。アルダリーム(ありがとう)・・・」
「お腹は空いてない?」
メローズがジニーの身を案じた。
「ナナン。お腹が空くという感覚がまだわからないの・・・」
「ぐぅってお腹が鳴ったら、その時にお腹に感じる感覚が空腹というものだよ」
エルドが冗談ぽく言った。
「同時に不快になるわ」
ぐぅ・・・。
ジニーが妙な表情でメローズを見つめた。
「どうかしたの、ジニー?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なにか変です・・・」
ぴと。
ジニーはお腹に右手を当てた。
「これですか・・・?」
ジニーは自分がその空腹かもしれないと直感した。
「なにか不快に感じないの?」
「少しお腹が痛いような・・・。きゅうってするような・・・」
ジニーはお腹に手を当てたまま不安そうに言った。
「女の子は毎日3回その感覚に悩まされるのよ、ジニー」
「そうなの・・・?」
ジニーはどうしたらいいのかわからないというようにメローズを見つめた。
「リーエス。ケーキのために食べ過ぎないようにって・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ・・・」
擬似精神体の時にはなかった全然別格の感覚に、ジニーは大いに戸惑った。
「なに、これ・・・?」
ジニーは泣き出しそうな目になった。
「よぉーし。少々早いが、お昼にしよう。二人とも来たまえ!」
エルドはジニーとメローズを連れてレストランへ直行することにした。
「ふぅ・・・。はぁ・・・」
「ランベニオ、大丈夫ですか?」
ジニーの擬似精神体が、ピュレステル・デュレッカにより超時空通信でエルフィアに行ってしまった後、ランベニオは落ち込んでいた。
「ナナン。わしに限って大丈夫じゃと思っておったが、ダメじゃな。思いの外、けっこう来とるわい・・・」
ぷるぷる・・・。
ランベニオは首を横に振った。
「寂しいんですか?」
ピュレステル・デュレッカはランベル・ベニオスの前にやってきた。
「いや、そういう訳じゃのうて・・・。ふぅ・・・」
ランベル・ベニオスは溜息交じりに言った。
「ジニーは明日中には戻ってきますよ」
ピュレステル・デュレッカはランベル・ベニオスをなんとか安心させようとした。
「そう。そう。それなんじゃ・・・。もし、ジニーが生身の身体でわしの前に現れたら、わしは、いったいどうしたらええんじゃろう・・・?ゲームでは、あんなにさくさく為すすべきことがわかっておったというのに・・・。後、1日しかないわい・・・」
ランベル・ベニオスは不安でいっぱいの顔でおろおろしだした。
「どうすりゃ、ええんじゃ。のう、ピュレステル・デュレッカ・・・?」
「抱きしめて、キッスすればいいだけのことでは?」
--- ^_^ わっはっは! ---
ピュレステル・デュレッカは優しくも淡々と答えた。
「ええ、キッスじゃとぉ?そ、そんなことできるか!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「どうしてです?」
「ジニーは180歳未満の未成年者じゃぞぉ!」
エルフィアもケームも成年は180歳であった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「あなたが設定したことではありますが、ジニーははじめから160歳で作られています。160歳といえば、少なくとも、女性の方は連れ合いになれる年齢です。あなたにいたっては十二分にクリアしていますよね?」
「つ、連れ合い?!」
ランベル・ベニオスの声がひっくり返った。
--- ^_^ わっはっは! ---
「余計なお世話じゃ!」
「法的解釈のご説明をしたまでです」
--- ^_^ わっはっは! ---
(このわしがジニーとキッスじゃとぉ・・・)
どきどき・・・。
ランベル・ベニオスは急に胸が苦しくなった。
「キッスくらいでは、だれも驚きはしないと思います。特に、ご本人は」
「ジニーがか・・・?」
今度はランベル・ベニオスはピュレステル・デュレッカに逆らわなかった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「リーエス。彼女は見てのとおり。そう、あなたによって作られましたから」
「姿かたちはそうかもしれんが、ジニーの人格はわしが作って、たかが数年の娘じゃぞ・・・」
(そうじゃ。ジニーはまだ数年しか生きとらんのじゃ・・・)
ランベル・ベニオスは自らを説得するように言った。
「誕生数年ですか?」
「リーエス。数年なんじゃ、ジニーは・・・」
「美少女恋愛ゲームのメインヒロインとはいえ、あの男女間の知識の豊富さと雄弁さ。精神年齢は十分に成人レベルです。少なくとも、あなたを軽く凌駕しています。ありえませんね」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わ、わしはそんなこと教えとらんぞ」
「ゲームの中のどこかで、キャラのどなたかに習ったのでしょう」
--- ^_^ わっはっは! ---
「だ、だれじゃ、それは?!」
たちまち、ランベルベニオスの顔が不安そうに歪んだ。
「さぁ・・・」
ピュレステル・デュレッカは冷静に応答した。
--- ^_^ わっはっは! ---
「とにかく、ジニーは有機体アンドロイドじゃ。人間ではないと言うておろう!」
「それなら、擬似精神体のままでよかったんですか?それではあなたと連れ合いにはなれませんけど?」
「つ、連れ合いなどと軽々しく言うんじゃないわい!」
ランベル・ベニオスは叫んだ。
--- ^_^ わっはっは! ---
「わたしは真剣ですよ。だから、エルフィア行きを認めたのではないんですか?」
ピュレステル・デュレッカはランベル・ベニオスの深層を穿り返した。
「そこまでは思うておらん・・・。わしは、ただ、ジニーが現実にわしの傍にいてくれたらと考えたら・・・」
「『わしは、ときめいてしまった・・・。ああ、ジニーよっ!』じゃないんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「だ、黙れ。そのような言い方はせんわい!わしは160歳のガキではない!」
「存じております。だから?」
「わしはこのとおりジニーとは何百歳も離れとる。ゲームとは違うて、生身のわしは・・・」
ランベル・ベニオスはなおも抵抗した。
「あなたは、年齢で愛情は容易に変わると・・・?ジニーをそんな風に作ったんですか?」
ピュレステル・デュレッカはさらにランベル・ベニオスの深層を掘り下げていった。
「違う!じゃが、もしかして・・・」
ランベル・ベニオスはまるで初めてのデートを前にした高校生のようにうろたえていた。
「わしには、わしには・・・、このような若い美しい娘と一緒に過ごしたことは・・・」
「美しい・・・。それは認めますね?」
「リーエス。ジニーは美しい。わしは・・・」
「美少女とデートの経験がなくて、対処法がわからないのですか?」
「リーエス。有体に言えばそういうことじゃが・・・。な、なにを言わすんじゃ、おまいさんは!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「では、練習プログラムを実行しますか?」
「練習プログラム?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「リーエス。メローズから預かっています。まだ、丸一日ありますから、メニューはいろいろありますので、とりあえず告白場面とかは、いかかでしょうか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わしがジニーに告白をするのか・・・?」
ランベル・ベニオスはピュレステル・デュレッカをじっと見つめた。
「・・・」
「わたしに告白されても困りますが・・・」
「せんわい!」
--- ^_^ わっはっは! ---




