390 人格
「アンニフィルドよ。今回のお話は人格についての問題提起よ。地球の文明もどんどん進んでいくと、本物の人間と同じような有機体アンドロイドが出てくるようになると思うの。その時、彼女、彼かもしれないけど、には自意識や感情が芽生えてくるわ。それは、人工的なものだけど、もう人格と言ってもいいものだと思わない?当然、法律を整備して守らなければならなくなるでしょうね。決してロボットと同じではないわ。極限環境での労働なんてもっての他よ」
■人格■
地球上空32000キロの静止軌道にステルス待機しているエストロ5級母船アンデフロル・デュメーラには、超A級SSのフェリシアスもいた。ユティス拉致事件に関与した容疑で収容されていた、A級SSのシェルダブロウから最後のヒアリングを終えようとしていた。
「超銀河間転送システムのアルゴリズム変更が完了した。数日中にテスト転送が行われ、異常がなければわれわれは帰還することになろう」
「では、フェリシアス、わたもエルフィアに・・・」
「リーエス。アルダリーム(ありがとう)。きみには感謝する、トルフォとブレストの立件に対する協力をな。わたしのきみへのヒアリングは今日で終了だ。エルフィアに戻って、きみは裁判にかけられるだろうが、ブレストの情報提供協力は考慮される。きみの場合は執行猶予になる可能性も大いにある」
フェリシアスの声は柔らかかった。
「アルダリーム(ありがとうございます)、フェリシアス」
すっかり神妙になり協力的になったシェルダブロウは、フェリシアスに礼を言った。
「では、ちょっとまとめをしてみよう」
「リーエス」
「今回の件、ユティスの拉致をトルフォの仕業と見せかけて裏にブレストがいる。と、さらにそう見せかけて、実は、イラージュのトップとして自分の世界を宇宙にデビューさせようとしている。ユティス拉致は、そのドサクサに紛れ込ませ、委員会の目をイラージュから逸らせるため」
「トルフォはなんのために支援先の視察を半年以上も?」
「それだが、トルフォをユティスから遠ざけることのメリットはユティス本人にはもちろんだし、エルドも委員会もそうだ。しかし、本当にそれだけなのかということだ」
「どういうことで?」
シェルダブロウは先を聞きたがった。
「わたしはトルフォよりブレストの方がずっと強くユティスを欲しがっているのではないかと、最近思うようになっている。いろんな人間の話や状況から出てきた結論だ」
フェリシアスの言葉はシェルダブロウにとって衝撃的だった。
「まさか、そんな・・・?ウツノミア・カズトの宣誓だって・・・」
(だったら、なぜ、あのように地球にまで行って、トルフォの汚れ役を引き受ける必要があったのだろう?ユティスに嫌われるのは目に見えていたはずだ。女神宣誓だってカズトはやっている。だれもユティスを自分のものになどできないはずだ。実際、そうだろうし・・・)
「シェルダブロウ、順を追ってみよう。きみはブレストから聞かされ説得を受けていた。そうだな?」
フェリシアスは説明を始めた。
「リーエス」
「ユティスは現地コンタクティーの宇都宮和人と恋に落ちて私事を優先させ、エージェントの任務を放っていたとして、ユティスを地球選任エージェントから更迭させようとした」
フェリシアスはシェルダブロウがここにいる理由の初っ端からはじめた。
「でも、それは査問会にまではいかなかった、と聞いていますが?」
シェルダブロウは確認をした。
「リーエス。しかし、ブレストはきみたちにはそう言ってトルフォに演技をさせた。ファナメルたちも口を合わせ、きみもリュミエラまでもころりと騙された」
フェリシアスはその時のことをゆっくりと噛み締めるように確認していった。
「リーエス。今ではそう思います」
シェルダブロウは深く頷いた。
「そして、それを拒んでいるユティスをエルフィアに強制送還するというのが、われわれSSの任務だと聞かされていました。ミューレスでの不手際を帳消しにする、SS復帰への大いなるポイント稼ぎだと・・・」
シェルダブロウは続けた。
「同じように任務を解かれ休息を与えられていたユティスだけが現場復帰したと聞いて、きみらは内心ものすごく焦った」
「リーエス。われわれSSだけが責任を取らねばならないことに不満でした」
シェルダブロウは当時の気持ちを思い返した。
「だが、それをZ国に見せかけようとして見破られ、ユティス拉致は失敗に終わった」
「そして、わたしたちはブレストの共犯者としてあなたたちに捕まり、ブレストは合衆国に亡命した。エルフィア人を捨てて・・・」
「きみらは騙されたとしても、ブレストにはなんのメリットがあったのか?」
フェリシアスはシェルダブロウにきいた。
「リーエス。おかしいです。トルフォの参謀たるブレストがそんなことだけで行動に出るだなんて・・・」
シェルダブロウは首を傾げた。
「そのメリットを考えていた矢先、ひょんなことで、ブレスト自身が200年も前から計画し準備していた文明支援世界イラージュのことが明るみになった。しかもイラージュは天の川銀河にあった・・・」
これは決定的だとフェリシアスの目が告げていた。
「1万光年の距離など宇宙的に言えば隣近所です。エルフィアやセレアムよりも遥かに地球の近くなんですから」
シェルダブロウは頷いた。
「リーエス。せっかく秘密裏に進めていたイラージュの準備がもうすぐだというのに、委員会、面倒なトルフォ、ユティスやエルド、SSの関心が今天の川銀河にいくのは都合が悪かった。いずれ、イラージュを嗅ぎ付かれると思ったはずだ。もう半年くらいは時間が欲しかったはずだ。エルフィアへの裏切り行為がばれないように。いずれ、自分がエルフィアと完全決別する前に・・・」
「では、ブレストのエルフィア籍離脱は当初からの計画だったと?」
シャエルダブロウは想像もしていなかった。
「そうなるな。イラージュへの最後の時間稼ぎに、ブレストが合衆国市民になることで、エルフィアも彼に触れることができなくなった」
フェリシアスはその時の苦々しい気持ちを思い返した
「確かにそうです。これはエルドも計算外でしたでしょうね・・・」
「その二。ブレストの次なる目的はユティスを自分のものにすることだ。イラージュに長らく君臨するには連れ合いが必要だ。まずは、ユティスの邪魔な取り巻きを一人一人引き剥がしていくことした」
「なるほど・・・」
「まずはトルフォだ。トルフォがユティスに拒否され、これ以上面倒なことを引き起こす前に、トルフォには一時的に冷却期間を置かせようと暗に提案し、委員会に承認させた。裏では叔父のランベル・ベニオスを動かし、さすがのトルフォものそれには頷かざるを得なかった」
「理屈です。トルフォはユティスの下から自らを何億光年先へと追いやってしまったのですね?」
シェルダブロウはまた一つわかった。
「リーエス。その上で、自分はきみらと一緒にユティスのいる地球に来た。最後のそして最大の目の上の瘤、カズトとユティスを離し、そして彼を排除するために・・・」
「ブレスト自らカズトを排除するとはどういうことですか?」
シェルダブロウは、聞かされていたこととはまったく違うことに驚き、そして頷いた。
「ユティスがまだエルフィアにいる時だ。ブレストは地球がハイパーノバのガンマ線バーストに襲われた時、カズトの宣誓を無効にする絶好の機会と悟ると、偽の地球座標情報をわれわれに流し、彼を地球ともども無きものにしようとした。それは未然にキャッチされ、ことは回避された」
「ガンマ線バーストを直撃させる?なんて恐ろしいことを・・・。そんなことがあったのですか・・・?」
シェルダブロウは信じられないというような顔だった。
「そして、ユティスは終に地球に渡りカズトと出合った」
「エルフィアにいたのではどうにもならない状況ですね?イラージュのことも委員会にバレそうだった。だから、自ら指揮してユティスを強制回収するよう策略した」
シェルダブロウにもだんだん真相が見えてきた。
「ブレストが地球に来るの手助けをしたランベル・ベニオスなる人物は、トルフォの血の繋がらない叔父で、超銀河間転送システムについては、二人といないほどの腕の立つ退役エンジニアだったんだ」
「なるほど。ランベニオが超銀河間転送システムを遠隔操作し、乗っ取ったから実現したことですね?」
「リーエス」
「確かに、それは委員会も調べたとおりですが、ランベニオも身柄を確保されたも同然だし、もうアルゴリズを変更したんですから、彼が今後超銀河間転送阻止をできることはありません」
シェルダブロウは答えた。
「表向きはな・・・」
フェリシアスの意味深な言葉にシェルダブロウはまだなにかありそうだと悟った。
「では、フェリシアス、あなたはまだなにか未確認の不安材料があるとでも?」
「最近になって、気になることを報告された」
「どんなことですか?」
「ユティスの拉致は再び実行される。今度は確実にね・・・」
フェリシアスはきっと唇を結んだ。
「ええ?なんですって?!」
シェルダブロウは今度こそ本当にびっくりした。
「来たまえ。きみは精神感応能力に秀でていたな。ちょっと会ってもらいたい人物がここに来ることになっている」
「え?」
「ああ。ドクター・エスチェルも立ち会うことになっている」
「リーエス」
「まいったね。恐れ入ったよ・・・」
「ほれ御覧なさい。わたしの言うとおり、うまくいきましたね、エルド。ふふふ」
エルドの執務室で秘書のメローズがにっこりと微笑んだ。
「メローズ、きみにはシャッポを脱ぐよ。あっと言う間に、ジニーを説得してしまうんだからな・・・」
エルドは賞賛の眼差しで秘書を見つめた。
「うふふふ・・・」
メローズは楽しそうだった。
「どうやって説得したかは知らんが、既にある擬似精神体が進んで有機体アンドロイドの意識として入りたいとは、聞いたことがないよ」
エルドは嬉しそうに微笑んだ。
「リーエス。通常、擬似精神体は既にあるハードウェア、つまり量子コンピューターの中で生成される意識ですから、あえて有機体の身体など欲しがることはありません。しかし、ジニーは、ランベル・ベニオスにより作られた恋愛シミュレーションゲームの中で、人に恋するよう作成された特別仕様の擬似精神体です」
「特別仕様か・・・?」
「リーエス。ジニーの無意識下には、人を愛するというアルゴリズムが強く働いています。それゆえ、愛する対象には、恋人のような母親のような、自分でも制御できなくなるくらいの強い感情が沸き起こっていると思われます」
「彼女はそれを自覚してたのかなぁ?」
「リーエス、わたしと話し合う前にもある程度は。そうして嫉妬心も芽生え、ピュレステル・デュレッカに対して辛く当たっていたというわけです」
「それで、ズバリ、きみがジニーに最終通告をしたわけだ」
エルドは面白そうに言った。
「リーエス。自分が恋に落ちているのだと、やっと自覚していただきましたわ。擬似精神体とはいえ、恋をしている女の子は一目でわかりますもの」
「ランベル・ベニオスにしても手こずるわけだ。ピュレステル・デュレッカもいい迷惑だね・・・」
「リーエス。ふふふ。ジニーの現在の宿主システムはピュレステル・デュレッカですから、常時離れているわけにもいきませんわ」
「ジニーにとっては、どうしようもなく苛立たしいこと、ということかね?」
「リーエス。仰せのとおりです。それで、それを解決できるかもしれないことを提案させていただきました」
「提案?ジニーにかね?」
「リーエス。地球のIT業界で流行のソリューション提案です。ふふふ」
メローズは楽しそうに笑った。
「ウツノミア・カズトの会社でマーケティング・マネージャーになれそうだね・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「光栄です」
ぺこり。
メローズはエルドに会釈した。
「きみはジニーのそれを見抜いていたというのかい?」
「ピュレステル・デュレッカとランベル・ベニオスがジニーに手を焼いていると聞いて、ある程度の予想はできていました」
メローズはにっこりと笑った。
「さすがだね・・・」
「なにがですか?」
メローズは優しい笑みを浮かべたままエルドを見つめた。
「女性同士というのは・・・、つまり、そういうことなんだろうってことさ」
「エルドはそう思わなかったのですか?」
「申し訳ない。上っ面しか見ていなかったようだ」
エルドはすまなそうに眉を上げた。
「男性が視覚に頼り過ぎているというのは本当らしいですね。ふふふ」
きゅ。
メローズは身体を捻り肩から腰までその女性らしい線を強調した。
「あ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
女性はなにかを確かめるのに、視覚に加えて、意識しないで、聴覚も臭覚もその場の空気の振動すら感じる触覚さえも総動員しているという。
「わたしも男だ。面目ない・・・」
エルドは両手を広げた。
「ナナン。失礼しました。とにかく、これでジニーはランベル・ベニオスに気付きを与えてくれるでしょう」
「ははは・・・。強烈な一発を見舞ってくれそうだね」
エルドは照れ隠しに笑った。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ふふふ。体格と精神は必ずしも一致しませんから。特に男性は・・・」
「リーエス。認めてくれて礼を言うよ。あはは・・・」
エルドは頭を掻いた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ところで、メローズ、有機体アンドロイドは身体と合わせて意識も徐々に生成されるはずだが、いったいどうやって、意識の生成を止めて成長した身体にジニーの意識だけを別に埋め込むんだね?」
メローズのしようとしていることは、かなりイレギュラーなことだった。
「リーエス。エルドのおっしゃるとおりです。実はそういった特別目的仕様の有機体アンドロイドの身体は何体か常備されているのです。その一体であるジニー用の有機体アンドロイドは極限まで自意識の生成を停止させてあります。そこで、自意識が生成される前に、ジニーの意識を強制的に埋め込むことになります。違法行為ぎりぎりのところですね」
「そういうことか・・・」
「リーエス。有機体アンドロイドに意識が芽生えたら、それはもう人格とも呼べるべきもので、一人の人間と変わりありません。後から意識を摩り替えることなど人道に反しています」
メローズの言ったとおり、勝手にその意識をすり返るのは、「有機体アンドロイド法の擬似精神体条項」に照らし合わせば完全に違法だった。
「確かに。その段階からジニーの意識を埋め込むには、相当苦労するんじゃないのかね?」
「まぁ、それも量子コンピューターが最適の条件で自動で行いますから、思ったほどのことはありません・・・」
メローズは含みを持たせた言い方だった。
「それでジニー用の身体はランベル・ベニオスがイメージしたとおりのサイズだったり、顔をしてたりするのかね?」
「リーエス。ジニーのサイズにちょうど適合する身体がありました。その整形は数日で完了しましたわ。恐らく声もランベル・ベニオスに聞こえてるとおりのものです」
メローズはエルドに過程を簡単に説明した。
「完璧だな。で、今あるジニーの人格情報は?」
エルドは気になることを確かめようとメローズにきいた。
「ジニーのアクティブデータは有機体アンドロイドに転写と同時にピュレステル・デュレッカとアンデフロル・デュメーラの両量子コンピューターから消去します」
「バックアップは用意しないのかね?」
エルドは当然の処理をきいた。
「もしもの場合に備えて、転写当時の人格情報の最低限を凍結保存されています。ですが、それ以降のジニーの経験とか記憶までは保存できません」
メローズはゆっくりと確かめるように言った。
「人間と同じ条件になるのか・・・」
「リーエス。一度きりです。まったく同じものにはなりません。もしもの場合のバックアップを起動すれば、ジニーの記憶や思考や行動のアルゴリズム等、人格情報は一世代前に戻ります。その間に、ジニーの人格を左右する事象が起きていた場合、それは完全に失われるでしょう」
「人格を左右する事象か・・・」
「リーエス。愛の告白とか、大切な儀式とか・・・」
「大切な儀式?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ん、ん!ものの例えです!ジニーは女の子なんです。お忘れですか?」
「あは・・・・。まぁ、それはそれで・・・、常時バックアップはしないのかね?」
「技術的にはまったく問題なく可能です。しかし、リアルタイムでアクティブのままでしたら、有機体アンドロイドとはいえ、同じ人格情報を持った人間が同時に二人存在することになります。人道的に許されるかというと・・・?」
「わかったよ。アンドロイド自身がそれを望まないならバックアップは取れないということだね?」
「リーエス。有機体アンドロイド保護法に抵触ぎりぎりですから・・・」
「とにかく礼を言おう。アルダリーム(ありがとう)、メローズ」
「パジューレ(どういたしまして)、エルド」
地球の株式会社セレアムの社員教育は1400光年離れた恒星系の第4惑星上で行われていた。
ぺちゃら、くちゃら・・・。
岡本と茂木はユティスの説明が始まっても、大学のチアリーダー部以来の仲良し二人で、おしゃべりを続けていた。
ぺちゃら、くちゃら・・・。
「それにしても、人っ子一人いないわぁ。独身のイケメンも・・・」
岡本が溜息をついた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「そうよね。人間は社会的動物っていうじゃない?だれ一人人間がいないところで、なんの教育をしようって言うのかしらねぇ。現地講師っていないの?」
--- ^_^ わっはっは! ---
経理マネージャーの茂木が近くにいる小動物を見ながら、開発部マネージャーの岡本に耳打ちした。
「だからじゃない?人間がいると会社に必要ない教育をされてしまうから」
岡本はすまして言った。
「男の騙し方とか?」
「ばか!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あはは。女の賢い騙され方とかは?」
「あのねぇ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「少なくとも文明促進に係わることじゃないと意味がないじゃない」
岡本は茂木を嗜めた。
「あなただって、イケメンがいないって言ってたじゃない?」
茂木が言い返した。
「はい。はい。確かに言いました」
「要は、みんな聞かされてないってことよね?」
「どういうこと?」
岡本は聞き返した。
「文字どおりよ。みんな聞かされてない、本当の研修の意義を・・・」
茂木は声を幾分低くした。
「あなたはそれが不満だってこと?」
「ええ。大いに不満よ。NASAやNASDAを差し置いて、1400光年も先の名もないわけのわからない星にいるなんて。ダイヤの一つくらい落ちてるわけじゃなし・・・。もちろん金でもいいけど・・・」
「そっちかい・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「とにかく、どう考えても異常だわ。なんの意義があるっていうの?」
茂木はふくれっ面になってみせた。
「そういえばそうねぇ。今度の研修旅行について真紀はなんて言ってたの?」
岡本は茂木にきいた。
「一銭もかからないから大丈夫だって」
「経理マネージャー向けの最高の説明だわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「開発マネージャー向けのベストの説明はどうだったのよ?」
茂木が岡本を見つめた。
「顧客の納期には影響ないから大丈夫だって。たぶん・・・」
「たぶん?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「実はシャデルの第二フェーズが気になってるのよ」
「ああ。俊介のヤツ、営業窓口を二宮に渡したんでしょ?」
「そうそう。真紀が支配人の黒磯さんから強烈なアタックをかけられてるんで、毎回顔を出す度、弟として余計なことまで気を使わされるのが嫌になったらしいわよ」
「真紀もいい加減落とされればいいのに」
「真紀は鴨かい?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「だよねぇ。シャデル日本の支配人なんだから、めっちゃ金持ちだし、毎週のようにスーパーモデルと会食できるし、わたしだったら、即OKだけどね」
茂木は岡本にウィンクした。
「黒磯さん、けっこうダンディーでイケメンだもんね」
岡本も相槌を打った。
「あなた、ひょっとして狙ってるのぉ?」
茂木が冗談っぽく言った。
「無理。無理。真紀にぞっこんなんだから、わたしなんか目に入ってないわよ」
そんな二人を脇から二宮が気にしていた。
「こら、二宮、なに見てんのよぉ?」
「なにって、すごいじゃないっすかぁ、この景色。もっと見なきゃ、もったいないっすよぉ。ねぇ、イザベルちゃん?」
二宮は隣のイザベルの手を繋いで笑顔で彼女を見つめた。
「あ・・・。はい、二宮さん。あははは・・・・」
大先輩二人と二宮に挟まれて、イザベルは笑いで取り繕おうとした。
「なるほど。イザベルのいるすごい景色ね・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そっちも最高っす!」
「あほ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「イザベルといちゃついてばっかりいないで、なにがすごいのか答えなさいよぉ・・・?」
岡本が眉を上げた。
「そんな、いちゃついてるだなんて。手がちょっと触れていただけです・・・」
イザベルは急いで二宮の手を振りほどくと下を向いた。
「普通、それはしっかり握り合ってたって言うんだけど?」
「そ、そうとも言いますよね・・・。あはは・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「岡本さんも、茂木さんも、ユティスの説明聞いていなかったんすかぁ?」
二宮がイザベルを連れて不思議そうに岡本と茂木に話しかけた。
「ユティスの説明?」
茂木が聞いていないというように首を傾げた。
「うっす。ここに来ている意義とやらっすよぉ」
「ええ?いつ言ったのよぉ?」
岡本もイザベルから二宮に視線を移した。
「今しがた、二人が研修をサボってる間っす」
--- ^_^ わっはっは! ---
「サボってない!」
茂木が目を吊り上げた。
「いいから。で、ユティスはなんて?」
「ここに来た意義は、100年後、200年後、地球が文明カテゴリー3への道を進むとしたら、地球をどうしたいかってことっすよ。考えさせられるっすよねぇ・・・」
岡本の質問に二宮はここが最重要だと言わんばかりだった。
「はぁ・・・?この原始時代以前の風景を見て・・・?」
「100年後のカテゴリー3の文明を考えろって?」
茂木と岡本は見合った。
「人間はずっと増えてるんすよぉ」
イザベルのそばで二宮がすらりと言った。
「そりゃ、増えるでしょうよねぇ・・・」
岡本が横目で二宮とイザベルを見た。
--- ^_^ わっはっは! ---
「なにを言ってるんですか、二宮さん!」
イザベルが真っ赤になって二宮に抗議した。
「100年もあれば曾孫だっているんすよぉ」
「二宮、あなた大物だわ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うっす。自分も大物っすから、エルフィアのような風景にしたいと思うっすね・・・」
だが、二宮は平然として別のことを言った。
--- ^_^ わっはっは! ---
「エルフィアですって?あんた行ったことがあるように言うわね?」
「ユティスが映像を見せてくれたっすから」
「ええ?いつ?」
「さっきっす。お二人がサボって時っすよぉ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「だから、サボってない!」
「あれは自分も気に入ったっすよぉ・・・」
二宮は感慨深げに言った。
「ところで、そのエルフィアのような風景ってどんなのよ?」
茂木がまたまた岡本と見合った。
「そうっすねぇ、簡単に言うと・・・」
「ユティスやアンニフィルドたちがいる風景?」
茂木が言った。
「うっす。そうっすね。そんでもって・・・」
「二宮がいない風景・・・」
岡本が言った。
「納得・・・」
「きゃは!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なんか言ったっすかぁ?」
「いいえ。なんにも!」
二人は笑いを堪えながら二宮とイザベルから離れていった。
「ジニー、おまいさん・・・」
ピュレステル・デュレッカの自分の部屋で、先ほどの怒りが収まったランベル・ベニオスは自分の作ったゲームキャラの擬似精神体をじっと見つめた。
「ランベニオ、どうしてもダメなのね・・・?」
「ナナン、おまいさんが有機体アンドロイドとなることについてはそうでもない・・・」
ランベル・ベニオスは考え直したように言った。
「じゃあ、どうして?」
ジニーの目は悲しそうだった。
「エルフィアだ。エルフィアだけはダメじゃ」
ランベル・ベニオスはジニーを見据えた。
「捕まるから?」
「リーエス。そうなると、わしはどこぞのカテゴリー1の世界に手ぶらで送られるじゃろうて」
「それって、終身刑?」
ジニーの目が心配そうに彼を見つめた。
「リーエス。終身刑じゃ。一生、そこに閉じ込められる」
ランベル・ベニオス自分に言い聞かせるようにゆっくりと言った。
「けれど、ここにいても、いずれ捕まるわよ。ケーム政府があなたのエルフィアに引渡しを承認したんでしょ?」
「エルフィアから聞いたのか・・・?」
「ええ・・・」
ジニーの目がさらに不安そうになった。
「心配するな。その前に移動する」
「どこへ?手段がないじゃない。転送システムは使えないんでしょ?」
「超銀河間転送はな。じゃが・・・」
「あなたの友人がなんとかしてくれるって言うの?」
「知っておるのか?」
「ブレストとかいうエルフィア籍を捨てた頭のおかしな人でしょ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「言い過ぎじゃ。あやつは頭だけは切れよる」
「助けが要るなら、わたしがいるじゃない?」
「おまいさんがか・・・?で、どうなる?」
ぎゅ・・・。
ランベル・ベニオスは疑わしそうに眉間に皺を寄せた。
「エルフィアで有機体アンドロイドになれば、あなたの刑を見直すと約束されたわ」
ジニーは確信を持っているようだった。
「はっ!有機体アンドロイドじゃと?どこのどいつじゃ、おまいさんにそんな出鱈目を吹き込みおったのは?」
ランベル・ベニオスは再び爆発寸前になった。
「エルドの秘書よ、メローズとかいう。ピュレステル・デュレッカが引き合わせてくれたの・・・」
「メローズじゃとぉ?やはりエルドの差し金か!」
きらっ。
ランベル・ベニオスの目が光った。
「ランベニオ、聞いてよ・・・」
ジニーは懇願するようにランベル・ベニオスの目の前まで近寄り、手を差し伸べようとした。
すぅ・・・。
すかっ。
しかし、擬似精神体のその手は途中でランベル・ベニオスを通り抜けた。
「ランベニオ・・・」
ジニーは目を伏せた。
「ジニー・・・」
今まで見たこともない、あまりに悲しそうなジニーの様子に、さすがのランベル・ベニオスもただ事ならぬと思ったのか、一瞬たじろいだ。
「わたし、あなたを抱きしめるどころか、手を握ることすらできない・・・」
擬似精神体はコンピュータが合成し、その人の脳裏に反応して立体的に像を結んでいるだけだ。生体波長がシンクロした当人の他には、目にすることもできない。
「そういうことじゃ・・・」
(ジニーは、所詮、わしの作ったゲームキャラ。擬似精神体とはいえ、肉体を持ちたいだの、このような感情をどうして・・・?)
ランベル・ベニオスは次第に怒りよりも疑問の方が大きくなっていった。
「ランベニオ、わたし・・・、わたし・・・、あなたが好き・・・」
ジニーの告白はほとんど聞こえないくらい低かった。
「なに?わしを好きじゃと?おまいさんのわしへの好意フラッグは、デフォルトまで下がってしまっておったんじゃないのか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「本当にそう思うの、ランベニオ?」
ジニーの目はまだ悲しみを湛えていた。
「じゃが、信じられん・・・」
ランベル・ベニオスの目が大きくなった。
「どうして?」
「おまいさんの知っておる生身の人間がわしだけとしてもじゃ・・・」
「わたしはあなたに人を好きになるよう作られたわ。美少女恋愛ゲームのヒロインだもの」
--- ^_^ わっはっは! ---
「それには特定条件もあるけど・・・」
「特定条件?」
「ゲームを継続することよ・・・」
「はっ、なんじゃそれは?」
「プレーヤーがゲームを普通に継続すれば、わたしはどんな些細なことでも、その人のいいところを見つけて、プレーヤーを少しずつ好きになっていくの」
(おかしい・・・。なんで、こう素直な反応をしておる?)
メインヒロインがそう簡単に落ちては、恋愛シミュレーションゲームとして面白みに欠ける。ということで、メインヒロインがツンデレなのは常である。
「わしのどこがそんなんいいいんじゃ?」
自分でも判断がつきかねて、ランベル・ベニオスは彼女に単刀直入にきいてみることにした。
「ランベニオ、わたしにはあなたしかいないもの・・・」
(まぁ、おまいさんはわしだけのゲームキャラじゃし、わしが唯一のプレーヤーじゃからのう・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「それに、あなたは、いつも、わたしをとても大切に扱ってくれてるわ・・・」
(そりゃ、そうじゃて。そもそも、擬似精神体に悪さをしようにも無理な話じゃ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
ランベル・ベニオスの美少女恋愛シミュレーションゲームは、精神的なトキメキに特化した優れものだった。彼が欲したのはトキメキという精神的なものであった。
「それに、あなたは優秀なエンジニアよ。仕事熱心でとてもひたむきだわ・・・、特にデバッグに」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なんじゃ、それは・・・?」
(とにかく、まだどこかにバグが残っておるのかもしれん)
それをランベル・ベニオスは自分専用に作り上げた。そのメインヒロインがジニーだった。
「しかし、おまいさんはアンデフロル・デュメーラやピュレステル・デュレッカにいい感情を持ってはおらんのじゃろ?」
「だって、おばちゃんたちも、わたしと同じ擬似精神体でしょ?」
「おばちゃん?」
--- ^_^ わっはっは! ---
(待てよ・・・。こやつらもジニーも量子コンピュータが作り出す擬似人格・・・)
「ひょっとして、擬似人格同士、嫉妬しておるのか?」
ランベル・ベニオスはじっとジニーを見つめた。
「嫉妬は好きという感情の裏返しよ。わたしはいつだって不安。あなたを好きになってからは、余計にどんどん不安になっていくの。好きになった人を独占したいという気持ちは抑えられないわ。少なくとも、わたしはそう・・・」
(なんと人間そのものじゃわい・・・。そんなにアルゴリズムがいつのまにか自立的に進化しておったなんて、わしの予測を超えておる・・・)
ランベル・ベニオスは今更のように驚いた。
(やっぱり、わしは天才じゃ・・・!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「それでは、おまいさんのわしへの好意フラッグは下がってはおらんと?」
「ええ。正直な話、日増しに上がってるわ・・・」
ランベル・ベニオスは、システム管理者権限で、下がったジニーの好意フラッグを強制的に上げることもできたが、彼はそうはしていなかった。
「では、あれは嘘じゃったとぉ?」
「女の子の可愛い嘘よぉ・・・」
もじもじ・・・。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ふぅむ・・・」
(信じられんことじゃが、ジニーは自分の気持ちをわしに隠しておったというのか・・・。わしの作ったゲームキャラじゃというのに・・・?)
ランベル・ベニオスは深く息をした。
「ランベニオ、あなたはわたしのことが好き・・・?」
ジニーはこれ以上ないほど不安そうに尋ねた。
「そ、そりゃあ、好きに決まっておろう。わしが作ったんじゃぞ」
ランベル・ベニオスは少々乱暴に言った。
「そんな言い方じゃ、嫌・・・。二人っきりなんだから、本心を隠す必要があって?素直な気持ちで言って欲しい・・・」
ぽつーーーん・・・。
一滴の雫がランベル・ベニオスの心に落ちていった。
「ジニー、おまいさんなぁ・・・」
ぽりぽり・・・。
ランベル・ベニオスは頭を掻いた。
(おまいさん、本当にわしが作った擬似精神体なのか・・・?)
「好きなの?嫌いなの?どうでもいいの?」
「わかった。わかった!」
「それで?」
ジニーの追求は続いた。
「おまいさんが好きじゃ。だれよりも大切に思っておる・・・」
ついにランベル・ベニオスは静かに気持ちを吐露した。
「わたしを作った作者だから?」
「それは当然じゃて」
「じゃあ、一人の女の子としては好きじゃないの?」
ジニーは両手を胸の前で合わせ、不安げにじっと彼を見つめた。
「おまいさんは恋愛シミュレーションゲームのメインヒロインじゃ。わしの理想を具現化した美少女キャラじゃぞ。わしが女の子としておまいさんを好きにならないわけがなかろう」
ランベル・ベニオスの心に落ちた一滴の雫は細波のように広がっていった。
「わたしは、あなたの娘ということなの?」
「違う・・・」
ランベル・ベニオスはきっぱりと言った。
「・・・」
ジニーはランベル・ベニオスをじっと見つめた。
「わたしはあなたの恋愛対象の一女の子?」
「ああ・・・」
「抱きしめたいほど好き?」
「そうできるんであればな・・・」
はっ!
ランベル・ベニオスは自分の言葉にびっくりした。
(わしはジニーをこの腕で抱きしめたいと思っておるのか・・・?)
彼は自分の両腕に視線を落とした。
「わ、わしは・・・」
(馬鹿な・・・。これはゲームじゃぞ・・・)
「・・・」
ジニーは目を伏せ、しばらく黙り込んだ。
(まいったぞ、こりゃあ・・・。ジニーもじゃが、わしまでも・・・)
ランベル・ベニオスは容易には消せそうにない感情に大いに不安になった。
「ジニー・・・?」
「嬉しい・・・」
ぽつり・・・。
彼女の目から涙がこぼれ落ちた。だが、擬似精神体の涙は脳裏に反映された3D映像に過ぎない。ランベル・ベニオスにはそれを拭うことはできなかった。
「ジニー、大丈夫か?」
すか・・・。
思わず差し出したランベル・ベニオスの腕も、無常にジニーを素通りした。
「わ、悪い・・・」
「だったら、どうして、そうしようとしてくれないの?」
ジニーの声は消えそうだった。
「ジニー、わしには・・・」
どっくん、どっくん。
「うっ・・・」
ランベル・ベニオスの心臓は大きく打ち、彼は息苦しさに顔を歪めた。
「わたしは、あなたをぎゅっと抱きしめてあげたい。だから、有機体アンドロイドになりたい。エルフィアに行きたい。擬似精神体のままじゃ、嫌・・・」
「ジニー・・・」
ランベル・ベニオスの心の細波がうねりへと増幅されていった。
「・・・」
「わたしをエルフィアに転送して!」
ジニーは生身の人間ではない。彼女の転送はいつでも超時空ハイパー通信で簡単にできた。
「わたしのプログラムとデータをピュレステル・デュレッカから転送して!」
ジニーはついにランベル・ベニオスにそれを突きつけた。
「ジニー・・・」
(くっそう、エルドのやつ、メローズを通してジニーになにかしおったか・・・?いや、わしのゲームシステムじゃぞ。他人が介入できるわけない・・・。ということは、やはり、これはジニー自身の人格が・・・?)




