381 談義
「おっはよう、アンニフィルドでぇーーーす!あのT大の高根沢博士が教え子のお寺の宗家と朝っぱらから宇宙談義を始めちゃったらしいわ。もちろん、高根沢博士はユティスの特別講演を聴いていたから、なにかしらヒントを得たのかしらねぇ。面白そうだわ。あは!」
■談義■
そして、その日の早朝、奇しくもブレストが合衆国空軍基地で行うことになった質疑応答の内容と同様のものが、既に日本の一禅寺で問答されていた。
ざっ、ざっ・・・。
ここは草浅寺。大都市の中に残存する古き良き寺で、宗家の小山大山は修行僧と一緒になって庭掃除をしていた。
「宗家、あれは?」
一人の修行僧が近づいてくる一人の初老の男を見つめた。
「これは珍しいお人だ・・・」
にっこり。
小山大山はその男に合掌すると頭を深く下げた。
「やぁ、大山さん」
さっさっ・・・。
初老男はにこやかに宗家に語りかけると足早にやってきた。
「高根沢博士、まことお久しぶりです」
ぺこり。
宗家は合掌してまた礼をした。
「これ、これ、わたしはまだ仏にはなっとらんぞ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「はぁ、これは失礼を・・・」
宗家は高根沢博士が助教授時代に始めて受け持った自分のゼミの最初の学生だった。
「わははは。冗談じゃよ。朝早くの散歩は格別じゃなぁ」
高根沢の博士の勤めるT大学は本寺の近くに位置した。
「どうしたんですか、こんな朝早く・・・?」
時計はまだ6時を過ぎたあたりだった。
「いや、ここんところ、時空に関する研究で頭がどうにかなりそうじゃわい」
「そうですか。ひょっとしてエルフィアの科学に振り回されてるとか?」
ユティスやエルフィアのことはT大学での特別講演のことで、世間一般にも広く受け入れられていた。
「きみもユティスさんの講演を聞きに行ったのかね?」
にや。
高根沢博士は宗家に笑顔できいた。
「はい。昔取った杵柄、つい聞きたくなりましてね」
「そうなんじゃ。わたしもあの後のパーティーでユティスさんたちに難題を出されてしまってな」
「そんなに何題も出されたのですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わははは。そっちの何題じゃないわい」
「これは失礼を」
「でな、ユティスさんが言ったことを思い返しては考えておるんじゃが、なんと、きみの言っておったことにえらく似通ってた思ってな・・・」
「それで、朝から手前と問答でも?」
「わはは。こういうもんは忘れんうちにせんとな」
ぺこ。
博士は宗家の近くにいた修行僧にも礼をした。
「それは、どうも。相変わらず先生は行動がお早い。それで問題は時空の研究を?」
「うむ。どうやら人類は大きな感違いをしておるかもしれん。きみの言っておった、宇宙は時空そのもの、素粒子も時空の一つの形態に過ぎん。あれじゃよ」
こくり。
博士は一人で頷いた。
「実は、わたしはユティスさんとそれについて問答したことがあります」
「なんじゃとぉ!?」
高根沢博士はすっとんきょうな声を上げた。
「博士、ここではなんですから、茶間にご案内しましょう。詳しいことはそれから」
「お、いいのかね?」
「もちろんです。ああーーー、きみたち。掃除はそのまま続けておくれ。わたしはお客人を茶間にご案内する」
宗家は修行僧たちに指示を出した。
「はい。わかりました」
「はい」
ざっ、ざっ・・・。
修行僧たちは宗家に一礼をすると再び竹箒で庭を掃き始めた。
「ユティス大使と問答したというのは本当かね?」
「はい。確かにその若い女性はユティスと名乗りました」
宗家は頷いた。
「ふむ・・・」
「なにか、考えが浮かびましたね、博士?」
すぅ・・・。
宗家は茶を入れると丁寧に高根沢博士に差し出した。
「おお、これはどうも。頂戴するとしよう」
ずず・・・。
高根沢博士はそれを受け取ると、たちまち美味しそうに飲んだ。
「なんとも美味い茶じゃな・・・」
「ええ。お客人にしかお出ししない品でして」
ぺこり。
宗家は頭を下げた。
「おいおい、わたしを特別扱いしてもらわんでもいいぞ」
「しかし、わたしの恩師であることにかわりありませんから」
宗家はにっこり微笑んだ。
「よい。よい」
ずず・・・。
「それでなんじゃ、大山くん、最近の宇宙物理学にはまだ通じておるかの?」
「はい。先生が編集座長をお勤めの科学雑誌は毎月欠かさずに・・・」
「けっこう。けっこう。それじゃ、わかるな、わしの言うことも」
高根沢博士は満足そうに頷いた。
「なんでしょうか?」
宗家はいよいよ高根沢が本題に入ることに期待した。
「ホントにこの宇宙にはあれほど多くの違った素粒子が究極なんじゃろうかなぁ?」
その期待を裏切らず、高根沢博士は宗家にいきなり問題を投げかけてきた。
「物質を作るフェルミオンを筆頭に、空間的に離れたところに力を及ぼすボソンまで、すべてを粒子で説明しようとしておる。あげくの果てに、生命も一種の粒子かもしれんとか・・・」
「しかし、それらはCERN等で実験で確かめられているんじゃ?」
「またまた、そんな心にもないことをいいくさりおって」
にたり。
高根沢博士は悪戯っぽく笑った。
「それは数学的演繹によって、そうじゃあないかという話じゃ。確実に存在するというわけじゃない。あの数学的美意識を真とする量子物理ちゅうのは、わたしはどうもな・・・」
ぶつぶつ・・・。
高根沢博士は渋い顔になった。
「とにかく、ユティスさんのおかげで、わたしの論文はすべてゴミ箱行きじゃて・・・」
そして博士はやれやれを言う表情になった。
「それとどんな関係が?」
宗家は次を聞きたがった。
「じゃから、こういうことなんじゃ。きみの言うとおりなんじゃないかと思ってな・・・」
「物質も時空の一つの形態に過ぎない、ということですか?」
「そう。そう。わたしは宇宙の構成物を調べておったんじゃが、きみも知っておろう、あのブラック・マターじゃとかブラック・エネルギーじゃとかを」
「まぁ、一応は・・・。宇宙の加速膨張の元だと・・・」
「まったくじゃ。そんな望遠鏡にも、いかなるセンサーにも捉えられんものが、宇宙のほとんどを占めておるんじゃぞ?それを、数式を引っ張り出してきて、また未発見の素粒子だと抜かしおる・・・。正直、おかしいとは思わんかね?」
「どうでしょうかねぇ・・・」
宗家はひとまず自分の意見を保留した。
「宇宙がビッグバンで生まれて以来、どれだけ素粒子が現れたか知らんが、こう複雑に素粒子があったら素粒子じゃなくなろうちゅうもんじゃ」
高根沢博士は宗家を見つめてにやりと笑った。
「しかし、博士も講義じゃその最先端科学を教えてるんじゃないんですか?」
「まぁ、講義は講義。メインストリームは一応尊重せんとな。あんまり過激なことを言うと助手ともども失職してしまうからな」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ははは。現実主義ですか。あなたらしいです」
宗家はにこやかに笑った。
「じゃがな。わたしはきみの一言がいつも頭の隅っこにあった。そこで、きみの学生時代の論文を引っ張り出して見直してみたんじゃ」
高根沢博士は真面目な目つきになった。
「ええ?まだ、そんなものを残してたんですか?」
「わしじゃない。大学じゃ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ほう!なんという奇遇かのう。わたしは目から鱗じゃったよ」
「どういうことで?」
「きみが正しければ、ノーへルSF文学賞もんじゃな」
「ノーへル賞にそんなものあったんでしょうか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ブレークスルー・テクノロジーや未来の科学法則を予測するSF作家に与えられる最も権威ある賞だぞぉ?栄えある日本人第一号受賞者は富士子富士夫じゃ。知らんのか?」
高根沢博士は呆れたように言った。
「ああ、あの『パーメン』や『のらえもん』で有名な・・・」
「左様。それじゃよ!」
「だから、どういうことで?」
宗家は博士がなにを言おうとしているのか気になった。
「素粒子というもんは時空に交わっとるとでも言うか、時空と滲み合っておると言うか・・・。とにかく、そういうことで、時空に対し一定の範囲はそうなっておる。磁場じゃとか電場じゃとか重力場とか、場というものの説明がつくわけじゃな・・・」
「はい。わたしは今もそう思っています」
「アインシュタインの言う、関連付けられた二つの素粒子はどんなに離れていようが同じ時空同士に存在しておる」
「まさにそのとおりで・・・」
「と言うことはじゃな、当然その間にも時空があるわけでちゃあんと同じ時空で繋がっとる・・・。そういうわけじゃから、一方の素粒子の状態の情報が一瞬でもう一方にコピーされるというのも納得がいく」
「はい」
宗家は頷いた。
「で、ここが問題じゃ。そもそも、宇宙はなぜビッグバンで生まれたか。なぜ、加速膨張を続けておるかじゃ」
博士は話を飛ばした。
ずずず・・・。
「うまい茶じゃ」
「どうも恐縮です。で、博士はどう考えておられるんで?」
「それできみの意見を聞きたかったんじゃ」
ぐいっ。
高根沢博士は身を乗り出した。
「なにを?」
宗家は、博士がこういう時には、必ずなにかとてつもない考えをしていることを学生時代から知っていた。
「宇宙の外にはなにがある?」
「なにもありません。素粒子も時空も、そして、だれもが好む札束も」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わっはっは。聖職者が札束とは面白いことを言いおる」
「恐縮です。仏はお金を必要としませんが、手前どもは食べ物も着るものも説教をする場所も必要でして・・・」
ぺこり。
「なるほど。それでじゃ、そこにポツンと宇宙の種が蒔かれた。つまり時空が生まれたんじゃな。じゃが、きみの答えたとおり、時空の周りにはなにもない。ということは、生まれたての時空は外からなんの圧力もかかっとらんかった、ということじゃ。違うかな?」
「確かに博士の仰せの通りかと・・・」
「ふむ。となると宇宙の種たる生まれたての時空は自分の内部圧力で四方八方に広がっていく、とは考えられんじゃろうか・・・?」
「時空に内部圧力があると?」
「うむ。時空は存在するものじゃ。素粒子を生み電磁波を伝える。これだけでもなにもない外に対して広がろうとする圧力が存在してもおかしくはなかろう?」
にや・・・。
高根沢博士は子供のように目を輝かせながら笑った。
「確かにそうですね。時空は3次元という一定の存在ですから、なにもない周囲より内部圧力が高いと想定してもおかしくはないです」
「本当に、きみもそう思うか?」
「ええ・・・」
宗家は頷いた。
「でな。ある一定の時間で膨張した時空はなんで満たされておる?」
「それは時空です。新たな領域は・・・」
「わははは。正解じゃ。重要なのはその増えた時空の内部圧がどうかということなんじゃ」
「内部圧と言うことは・・・?」
「その新しくできた時空は最初の時空と比べて薄くなっとるのか濃くなっとるのか、それとも同じなのか・・・?」
「なるほど・・・」
こっくり。
宗家は高根沢博士に深く頷いた。
「薄くなっているなら時空は加速膨張などはしません。だんだん膨張速度は遅くなっていくはずです」
「ふむ。じゃが、周りからはなにも圧力を受けとらんのだぞ?一旦、与えられた膨張速度を妨げるものはない。次々と生まれ広がる時空により単位面積あたりの時空圧力、ここでは時空圧と言っておこう、それは加速度的に増えてくる」
「いえ、よくわかりません・・・」
宗家は頭を横に振った。
「事実は違う」
「ええ。加速膨張していると言うなら、内部圧力が高くなるということで、時空密度が濃くなっているということじゃないんですか?」
「ということは、時空は未来に向けてどんどん濃くなる、とでも・・・?」
「違うんですか・・・?」
「それでは光子や電子が動けるようにはならんな」
にやにや・・・。
高根沢博士は楽しそうに微笑んだ。
「いや、これは参りました。ありえませんね。濃くなろうとしてその前と同じ濃さに戻ろうとして時空が膨張する。ということじゃないんですか?」
「ホントかね?」
「意地悪ですよ、博士。本当は秘密を解き明かしたんでしょう?」
宗家は博士の勿体ぶった言い方から、高根沢が秘密を解き明かしたことを直感した。
「そいつはどうかな。じゃが、時空の外にはなにもないんじゃ。はたして膨張後も時空は薄くなれるんかな?」
「なれませんね、永遠に・・・。時空の外になにもないなら。時空圧がゼロには決してたどり着けません」
宗家は博士の質問に慎重に答えた。
「それそれ。それなんじゃよ、わたしがどうにもおかしいと思っておったのは・・・。つまりじゃな、時空は新たに膨張しても、というより新たに時空が加えられても、前と同じ濃さなんじゃ。なにもない真空という濃さじゃ。なぜなら、これが時空の自然な状態というわけじゃからな。これが言わば時空の一番薄い状態と言えるんじゃ」
きらっ。
高根沢博士の目が子供のように光った。
「真空と言うのが時空の一番薄い自然な濃さとおっしゃるんで?」
「わっはっはっは。そうじゃ。そうじゃ。歪がなく真っ平らで重力の影響もない真空というのが時空の自然な濃さでいいわけなんじゃな。それこそ、加速膨張を生み出す時空エネルギーの源じゃよ」
「ええ。わたしも気づいていました。2乗3乗の法則ですね?」
宗家は、大学時代から持っていた疑問に、今こそ高根沢が答えてくれていることを自覚していた。
「おお、さすが大山くん。感づいておったか・・・」
「半径、つまり距離が倍になれば面積はその2乗の4倍に。体積は3乗の8倍です」
「ふっふっふ。まさにそこじゃわい。宇宙の加速膨張の源はな・・・」
「はい・・・」
「風船が理想的な球であるとしてだ。最初の風船の半径をRとし、表面積をS、体積をVとしたら、倍の半径2Rの風船は表面積は4Sに、体積は8Vになっておる。周りに押さえる圧力がないなら、表面積Sあたりの内部圧力、この場合は膨張力だが、それは2倍に増える。膨張力が2倍なら膨張速度も同じという訳にはいかんだろう?」
ぐぐ・・・。
高根沢博士は宗家の目を覗き込んだ。
「博士の仰せの通りです。もし、それが真実なら膨張速度も2倍になります」
「ほほほ。もしか・・・。慎重じゃなぁ、相変わらず・・・」
「それはわたしも人に説教する立場ですから・・・」
にこ。
宗家は博士に微笑んだ。
「しかるにじゃ。同様に、はじめの3倍にまで膨らんだ3Rの風船球は、表面積は9Rに、体積は27Rになる。体積分の空気が外に向かって押す単位面積Sの内部圧力は27割る9で3倍じゃ。どうじゃな?膨張速度は3倍に跳ね上がるじゃろう?」
「はい。わかります、博士」
こっくり。
宗家は深く頷いた。
「しかもじゃな、周りの圧力を受けないということは、半径Rの時の膨張速度vは減速することなく、次の段階2Rに引き継がれ、半径2Rの時には膨張速度はv+2v=3vで3倍の速度にまで加速することになる。そして、半径3Rに膨張すると膨張速度は3v+3v=6vにまで加速する」
ぴきーーーんっ!
宗家は高根沢が宇宙最大の謎、ダークエネルギーの秘密を解いたのかもしれないと直感した。
「なんということでしょう・・・」
「ほっほっほ。面白いかね?」
「はい。目から鱗です・・・」
宇宙を加速膨張させるダークエネルギーが時空そのものだという博士の説明に、宗家はすっかり魅せられてしまっていた。
「もし、周りに大気もなにもなく、風船のゴムは永遠に伸びると仮定しよう。つまり、宇宙の最果てと同じことじゃ。どういうことになるかな?」
「膨張すればするほど内部圧力は高まり、どこまでも風船は加速膨張することになります・・・」
すぐに宗家は答えた。
「うむ・・・。ダークエネルギーの正体は、真空の時空が時空の外のなにもないものに対して持つ自身の内部圧力のことかもしれん・・・」
こうして、高根沢博士は結論した。
「博士、あなたはそこまでお考えを進めておられましたか・・・」
宗家は高根沢を尊敬の眼差しで見つめた。
「きみの論文のおかげじゃよ。もし、証拠が見つかり事実と証明されれば、時空はそれ自身生まれた瞬間に加速膨張を運命付けられとったことになる」
「時空そのものが加速膨張するエネルギーを持っているということですね?」
「うむ。しかも、それで話は終わらんのじゃ・・・」
そこで、高根沢博士は一呼吸置いた。
「どういうことで?」
「今のわれわれの宇宙が生まれたということは、他にも同じようにして生まれた宇宙があってもおかしくない。われわれには観測できんがな。ひょっとして宇宙同士の時空の境が互いにせめぎあったたり、交わったり、融合したり、なにかしらそうしておるかもしれん。多元宇宙ということじゃ」
「なんと・・・」
「そうすることで、時空はただ膨張するだけでなく、それが止まったり、膨張速度が緩んだり、はたまた時空の地震みたいな時空震を起こしたりするかもしれん。いや、実際起こったもしれんのじゃ。宇宙初期のインフレーションの引き金は回りにあった別の時空かもしれん・・・」
ぐぐっ・・・。
高根沢博士はまたまた身を乗り出した。
「ああ、そういうことじゃ。ものすごいことじゃっただろうなぁ・・・。その衝撃で、時空にプランクサイズの濃淡が生じ凝結するように固まった・・・」
「それで時空の濃いところが素粒子になったというわけですね?」
「うむ。素粒子は時空そのものじゃから、周りの時空に対しての境も霧のように滲んでいる。この凝固した時空は周りの時空を自らにプランクサイズに引きずり込んでおる」
「素粒子の周りは時空が歪んでいるということですね?」
宗家は高根沢博士の言葉を噛み締めるように聞き返した。
「うむ。まさにそういうことで、歪められた時空、素粒子サイズではここに強い力が発生する。真空中では分子は互いに引き寄せ合うのはきみも知っておろう。これが人間にも見えるくらい無茶苦茶集まってくると、素粒子の範囲を超えて時空の歪は大きくなり遥か遠くにも及んでくる。それが重力として観測できるのかもしれん・・・」
きらり。
高根沢博士の目が光り、博士は宗家の反応を待った。
「博士、ちょっと待ってください。今考えられている素粒子はそんな単純じゃありませんよ。フェルミオン、ボソン、その他もろもろ・・・。スピンの問題、電磁場についてはどうお考えで・・・?」
一方、宗家は高根沢のあまりにも突拍子もない考えにストップをかけた。
「わかっとる。わかっとる。きみが言うのももっともだ」
博士は頷いた。
「どこからそのような・・・?」
「まぁ、聞いてくれんかな。その凝固した時空がものすごい自転をしており、回転方向や回転の傾きを持っておるとしたら、強烈な自転で横に伸びて点ではなくひも状だったら、固有振動していたら、その振動方向も振動形状から振動幅も振動周期も違っていたら、それらは決して周りの時空を引きずり切り離せないとしたら・・・?」
高根沢博士は立て板に水の如くまくし立てた。
「博士・・・」
「とにかくじゃ、場の問題までを粒子で考えてたんでは問題をさらに先送りしておるだけのような気がするんじゃな。場は場じゃ。どんなに小さな粒子の交換を考えても、場の説明にはなっとらん。プランクサイズならまだしも・・・」
「はぁ・・・」
「アンドロメダ銀河と天の川銀河はお互いの重力で引き合っておることはきみも知っておるだろう?数十億年後には大衝突じゃ。この直径10万光年以上もある銀河同士が240万光年間隔て、重力子とか、そういった素粒子をお互いに交換し合っておるというのかね?」
「量子力学ではそうなんじゃないんですか?」
宗家は博士にもう一度現実を確認させた。
「さてさて・・・。じゃがな、ましてや乙女座超銀河団がグレートトラクタで髪の毛座超銀河団と一緒にそっちの方向へと引かれているのも素粒子の交換じゃというのかね?こっちは何億光年じゃぞぉ?」
「しかし・・・」
「ありえん・・・」
高根沢博士は目を閉じた。
「それは・・・」
「じゃろうて・・・。そんな途方もない距離の重力場の本質が素粒子の交換だなんてなぁ・・・。素粒子が質量を与える素粒子で満たされた場を通り抜けようとして質量を持ち重力を持ち、重力によって時空が歪められる・・・?」
高根沢はしずかに首を振った。
「結局、新たな場が増えただけじゃな・・・」
「では、博士は・・・?」
「正に反対じゃよ。時空が歪んでしまったところに重力場が生じて物質と捉えられる。なぜそこの時空が歪められたのか?それが重力場と言うのなら、場とは時空の歪に関連されねばならん。それを加味した上で、素粒子とはなにものか?それを考えねばならん。根本問題じゃて。最先端物理学とは言え、なにも回答を得ておらん。謎を深めるだけじゃよ・・・」
ぱち。
高根沢博士は目を開けた。
「先生のおっしゃる通りに考えるとそうですが・・・。素粒子は恐ろしく多種類に及びます・・・」
「そこじゃよ。それらは、われわれが観測によって実は一つの現象を別の現象、つまりじゃ、別の素粒子と思うかもしれん・・・」
ぽんっ!
高根沢博士は手を打った。
「しかし、博士・・・」
「ふむふむ、なかなか楽しいじゃろう?」
にたにた・・・。
「朝一の問答としては少々重たいかと・・・」
にやっ。
「わっはっは。なにを言う。素粒子以上に軽い話はないぞぉ?」
「なるほど。参りましたよ、博士・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「まぁ、よい。それで、これはどうかな?」
「なんでしょうか?」
まだあるのかという表情で宗家は高根沢博士を見つめた。
「もう一つ考えてみようか。電磁波、つまり光は時空を進む横波じゃということじゃが、それゆえ、強い力や重力の影響で時空の歪んだところや物質の中等、時空の密度の違うところでは光の速度は変わる。重力は凝縮した時空が周りの時空を引きずり込むことによって起こるわけじゃからな」
「そうですねぇ・・・」
宗家はためらいを残して頷いた。
「重力波は恐らく・・・、重力に変化が起きた時に現れる時空の縦波じゃて・・・。天体に質量、エネルギーともに変化がなく、恒星系くらいの狭い範囲の時空で均衡を保っておる間は、重力波としてなにも検知できんというわけじゃ・・・」
「博士・・・」
「わははは。まぁ、そういうことじゃ。今のわれわれには時空の歪みを極めて正確に検知する技術がないんで、証明はまったくできんがね・・・」
「研究課題がたくさんできましたね・・・」
「うむ。当分は大学を失業せんぞ」
こうして、高根沢博士と宗家の早朝宇宙談義は続いていった。




