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353 入社

「アンニフィルドです。二宮、ついに念願の黒帯かしら?一級と初段って、クラスでいうと一つしか違わないんだけど、その差は天と地くらいあるのよ。初段になるには・・・、あ、聞かなくていいか。じゃあね、イザベルのこと言うと、ついにセレアムの正社員になったわよ。これもパートと正社員では・・・、あ、これも聞かなくていいか。あは!」

■入社■




「時間です」

「止めい!」


8人目と9人目も、二宮はふらふらになりながら、サッドバッグ状態でかろうじて立っているような状態だったが、かろうじて持ちこたえていた。


「二宮一級10人組手最後の組手です。柏初段前に」

「おす」


すたすた・・・。


最後の組手の柏は小柄で既に歳は50を超えたベテランの部長サラリーマンだった


「神前に礼。師範に礼。互いに礼!」


きり!

その柏の目つきが号令とともに一段と厳しくなった。


ぴっ。

ぜいぜい・・・。


(くっそう・・・。たかだか20分のファイトなのに、ふらふらだ・・・)

肩で息をしながら道着で汗を拭く二宮は自分が情けなかった。


「始めい!」

審判が最後の開始号令をかけた。


「しいや!」


びゅん!

びし!


「はっ!」


ばし!

柏は全力で中段突きのコンビネーションから入ってきた。


「はっ!」


びし!

ばし!


柏は50は超えて体も硬く技や力は衰えているもの、9人と連続18分をほぼフルに全力で戦ってきた二宮にとって、とても侮れる相手ではなかった。


(くっそう、体が動かない・・・)

二宮は大きく肩で息をしながら、かろうじて腕で柏の中段突きを受けた。


「はっ!」


どん!

どん!


普段の二宮ならこれくらいの突きはなんなくかわせるはずなのに、思うように体が動かず、二宮に柏の突きは面白いように入った。


「しゅ!」

「はいっ!」


「足が止まってるぞ!」

「動け、動け!」

道場生たちが二宮に声援を送った。


どたどた・・・。


二宮の爪先立ちのフットワークはとうに失われ、ベタ足で立ち尽くすだけだった。


「あいや!」


ずん!

ずどん!


「しゅっ!」


ばし!


(ちっきしょう・・・。ふぅ、ふぅ・・・)


「しゅ、しゅっ!」


柏は体が硬く上段への蹴りは出せないことがわかっていたが、中段蹴りが二宮を容赦なく襲った。


「はいや!」


どぉん!


「うっ・・・」

(くっそう、なんでこんなに重いんだぁ・・・)


柏の回し蹴りがバットで殴られたような衝撃で二宮の中段に食い込んだ。

がたっ。


「回れ、回れ、二宮!」


くるり・・・。

声援通りに体を回そうとした二宮は畳の汗に足を滑らせ躓いた。


どたどた・・・っ。

ばた。


二宮は手を畳に着いたが、握った小さな棒だけは絶対に放すものかと必死で握り締めていた。


「スリップ!」

「おす!」


「立てるか?」

「うっす!」

審判がすぐに両者を分け、二宮を立たせた。


「続けい!」

審判の掛け声で、柏は二宮に再び襲い掛かった。


「しゅっ、しゅ!」


びし、ばし!

ばん!

よろ・・・。


「しいや!」

二宮はもうなにも考えていなかった。


びし!

ばし!


ただ、体が柏の攻めに対応しているだけだった。


よろ・・・。

二宮の足取りが明らかにおかしくなっていた。


ふら・・・。

半分千鳥足で二宮は柏に向かっていった。


「二宮!」


既に1分が経過していて、二宮はぜんぜん攻めることができず、柏の突きと蹴りを受けるだけで精一杯だった。



「あといくらだ?」

足利師範が西方に確認した。


「1分です」

「ふらふらだな・・・」


「止めますか?」

「いや、例え死ぬことになっても、それはできん・・・」

師範は断固たる口調で言った。


「おす」

「ま、二宮がこれくらいで死ぬことはありえんがな」

「おす」


--- ^_^ わっはっは! ---



びし!

ばし!

よろよろ・・・。


きっ!

柏の攻撃が一方的に続き、二宮の形相はもう鬼気迫るものになっていた。


「二宮、手を出せ!」

「二宮、ファイトぉ!」


「後、40秒だぞ。死に物狂いで攻めろ!」

ふらふらの二宮に道場生はファイトを容赦なく要求した。


「はぁーーーっ!」


どぉーーーん!


「う・・・!」


速くはなかったが重い柏の中段回し蹴りが二宮の脇腹に決まり、二宮は思わず唸った。


「ファイトぉ!」

「二宮!」


「蹴りだ。蹴り!」

「しゅ!」


道場生たちが最後の応援を送り、道場内は怒号に包まれていった。


「はいやぁ!」


びし!

ばし!


柏の突きのことごとくが二宮に突き刺さってきた。


ぶん。


弱り切った二宮の受けは柏の突きにまったくついていっていなかった。


「後、20秒!」

「ラストスパートだ、二宮!」

さらに道場生たちの声援が大きくなった。


「二宮さん、頑張って!」

その時、イザベルの超元気が出てくる声援が二宮の背中を包み込んだ。


(イ、イザベルちゃん・・・)


ふらふらの二宮の真っ白な頭の中で、イザベルの声が爆発した。


「うぉーーー!」

二宮は大声を発すると、全身に力を入れ鬼の形相になり柏を睨みつけた。


びくっ!


柏は50過ぎているとはいえ黒帯であり、十人組手も経験済みのはずだった。


(二宮くん・・・)


普段は二宮ごときの睨みに臆するはずもなかったが、この時には背筋に冷たいものを感じた。


「しいや!」


しゅっ!

ばし!

どごぉーーーん!


しゅっ!

がし!


「二宮さん!」

イザベルの声があのコンビニ強盗の時を思い出させていた。


(イザベルちゃん・・・。ちっくしょう!)


ずるっ、ずるっ・・・。

二宮は足を引きずるようにして、柏との間合いを詰めていった。


「しいや!」


ばし!

がし!


びし!

がし!


ばんっ!


柏の突きは二宮の受けに打ち払われた。


「しいや!」


ずん!

二宮の突きも柏に外され二宮は前につんのめった。


どたとだ・・・。


「二宮さん!」

イザベルが二宮の前にいた。


「触るな、喜連川!」

すぐに師範の大声が飛んだ。


「うぉーーー!」


二宮は振り返ると柏を捉えようとしたが、その姿に焦点を合わせることができなかった。


ぼやぁ・・・。


ぴっ。


「審判、時間です」

「止めい!二人とも別れい!」

そこで、審判の十人組手が終わったことを告げる声がした。


どたどた・・・。

ばたっ!


「二宮さん!」


がし。


つんのめった二宮はイザベルに支えられる格好でかろうじて倒れずに留まった。


「両者、元の位置に!」

「二宮さん、しっかり!」

イザベルの声で二宮は正気に戻り元の位置に立ち十字を切った。


ぴっ。


「おす!」

「おす・・・」


二宮と柏は元の位置に着いて両手を腰の位置で構えた。


「神前に礼。師範に礼。互いに礼!」


ぴ。

ぴ。


二人は十字を切った。


「十人組手完遂。これにて二宮祐樹一級の昇段審査を終了する」

師範が審査の終了を告げた。


「おめでとう、二宮くん!」

そして、賞賛と感動の瞬間がやってきた。


「柏先輩・・・。おす・・・」


ふらつく二宮を抱きしめた柏は普段の優しいサラリーマンの顔に戻っていた。


がし。


「オ、オレ・・・」


二宮は顔をぐちゃぐちゃにして柏にもたれかかるようにしてかろうじて立っていた。


「めっちゃ格好悪いっす・・・」

二宮は体中に青あざを作っていた。


「いや、美しいよ、二宮くん!」


ひし。

柏と二宮は互いに抱き合った。


「ううう・・・」

二宮はそのまま感極まって嗚咽し始めた。


「よくやった、二宮!」

足利師範が二宮の前に出た。


「師範!ありがとうございます。うう・・・」


ぎゅう・・・。

二宮は柏から離れると差し出された師範の右手を両手で握り締めた。


ぎゅう。

師範も二宮の手をしっかりと握り返した。


「おめでとう、二宮!」

道場生たちが中央に集まり、西方もやってきた。


「うす、西方さん・・・」


「おめでとうございます、二宮さん!」

イザベルも二宮の側に寄ってきて、その偉業ともいえる十人組手完遂を祝った。


「うす・・・。最高っす・・・。自分、最高っす、イザベルちゃん・・・。いえ、失礼しました喜連川さん・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---


道場では、年下であろうが黒帯は黒帯、呼ぶ時には失礼のないよう苗字で呼ぶのが慣わしで、段無しが黒帯を下の名前を、しかも女性をそう呼びかけるなどもってのほかだった。


「二宮さん・・・」

「うす・・・」


さ・・・。

ぎゅ。


差し出されたイザベルの手を二宮は失礼のない程度にしかっりと握った。




そして、二宮の昇段審査から明けて一夜、喜連川イザベルは大山電子専門学校を卒業した。


「先生、2年間、いろいろありがとうございました。おかげで無事卒業できました」


ぺこり。

イザベルは深々と進路指導主任に頭を下げた。


「うむ。きみも希望通りに就職できて本当によかった」

進路主任は嬉しそうにイザベルを労った。


「はい」


ぺこ。

イザベルは再び頭を下げた。


「しかし、結局、セレアムに就職したのはきみだけだったな」

進路主任は意外な結果に少々不満げに言った。


「はい。やはり、社員全員が個人事業主になり、給料ではなく業務委託料をいただくということに、不安をもったんだと思います」

イザベルもそれについては不安だらけだったことを思い出した。


「普通なら給料だからね。で、ボーナスとかもないのかね?」


「ええ。いわゆるボーナスはありません。でも、税金や社会保険の類も引かれませんから、自分の働きがそのまま業務委託料に全部反映するんです。あまり要領の良くないわたしには返っていいんです。馬鹿みたいに繰り返しするしかないんですから・・・」

イザベルはこつこつ地道にする努力家だった。


「そうだろうね。でなきゃ、きみが空手で大成するはずもない。わははは」

進路主任は陽気に笑った。


「ふふふ。大成だなんて・・・」

「こりゃ失礼。きみはまだ二十歳そこそこだった。あははは」


--- ^_^ わっはっは! ---


「あははは」

二人は笑った。


「セレアムの入社式はいつだったかね?」

「今週の水曜日です」


す・・・。

イザベルは進路主任に両手を差し出した。


「三日後か・・・。そりゃ忙しいなぁ・・・」

「そうですね・・・」


「会社での状況を知らせてはくれんかね?後輩たちにも参考になると思う」

「ええ。もちろんです。先生・・・」


ぎゅぅ・・・。

ぎゅ・・・。

進路主任とイザベルは各々の両手を固く握った。


「元気でな・・・」

「はい・・・。では、先生、外で姉を待たせてあるんで」


「うむ。気をつけてお帰り。また、いつでも来なさい」

「はい。先生」


ぺこり。

イザベルは最後の礼ををすると、進路指導室を後にした。




結局、セレアム使節団、エメリア・エメリアナ一行は、ユティスもやっていない各大陸の代表国を、エルフィアに打診した上で、それぞれ複数国訪れるということで一件落着した。


「ここがあなたのお家?」

久々に、トアロは実の姉と水入らずで日本の自宅で会話を楽しんでいた。


「そうだね、姉さん。空調設備以外なにもないが、居心地には満足している」

トアロこと、地球日本名、大田原太郎はソファに腰を下ろした。


「その後、家族はどうしているの?」

「妻は事故でなくなったが、一人娘の天菜はもう所帯を持って、パートナーと合衆国の天文台に今もいるよ」


「二人とも天文学者なのね?」

「そう言うことだ」


「真紀たちは、なぜ、日本に?」

「あれらが、ハワイの4000メートルの火山の上にある天文台に、年中閉じこもれると思うかい?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「でも、星空を見るのは楽しいわよ」

「数日ならね。ははは」

トアロは可笑しそうに言った。


「しかし、365日天文台だけにいるとしたら?」

「うふふ。とっても素敵じゃない?」


--- ^_^ わっはっは! ---


エメリアの言葉はトアロの予想を裏切った。


「あーーー・・・。姉さんはそうだろうが、大方の地球人は違うんだ。酒場や劇場やアリーナ、会社の方がいい」

「会社?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「ああ。仕事場だよ。片道2時間もかかる・・・」

トアロは苦笑いした。


--- ^_^ わっはっは! ---


「それでも、そこがいいの?」

エメリアはあきれて、トアロの言葉が信じれなかった。


「そうだな・・・。特にカテゴリー2の日本ではね。ローン返済と女房にうんざりした、一見仕事熱心な人間は多い」

「まぁ・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---


「帰り道、駅の赤提灯にふらっと寄りたくなるのは当然だな・・・」

「トアロ、あなたもそうだったの?」

エメリアは弟が心配になった。


「いや、わたしは違う。今じゃ、妻も娘もいないし、この家は亡くなった妻の両親がローンを支払い終えている。わたしはうんと恵まれているよ」


「そうね・・・。奥さんは本当にお気の毒だったわ・・・」

エメリアは声を低くした。


「もう、何年も前の話だ。そういうわけで独身堪能中ってところだ」

トアロはさばさばしているようだった。


「ところで、日本茶はどうかね?」


す・・・。

トアロは抹茶の茶碗を自分でも手に取った。


ずず・・・。

エメリアはトアロが教えたとおりに抹茶を啜った。


「美味しいわ。でも、こうやって啜るのが礼儀なの?変わってるわ」


--- ^_^ わっはっは! ---


「啜りすぎだ。せっかくの美人も台無しだよ、姉さん」

「まぁ、からかったのね、トアロ」

エメリアは片目をつむった。


「姉さんたちも大変だったな。ワールドカップ出場国を軒並み歴訪だった」

「そうね。あなたの計画どおりじゃない?」

「まぁ、そういうことになるな」


「結局、あなたのいる日本が最後になったわ。うふふ・・・」

エメリアは可笑しそうに言った。


「優勝ってわけだ」


--- ^_^ わっはっは! ---


「そうなの?」

「事実は違うな。決勝トーナメントに出るのがやっとだ」


トアロは取り分けサッカーファンではなかったが、政治家の常、民衆の人気に関する情報は仕入れに余念がなかった。


「それにしても、いやはや、真に困ったもんだ・・・」


「そうよ。もう、だれも信じてくれないんだから・・・」

エメリアはトアロに合わせるように困った表情で言った。


「『エルフィアの意向にセレアムは従います』ってところかね?」

「そうそう。『エルフィアにいくら貰ってるんだ』とか、まいりましたわ・・・」

「地球人らしい挨拶だ」


--- ^_^ わっはっは! ---




イザベルはようやく大山電子専門学校の卒業し、株式会社セレアムの社員となる身になった。


「大丈夫ですか二宮さん?」


イザベルは昇段審査でぼこぼこになった二宮の青痣を見つめて申し訳なさそうに言った。


「これっくらい、屁でもないっすよぉ!」

「屁って・・・?もう、下品です、二宮さん・・・」


くす。


--- ^_^ わっはっは! ---


「いよいよっすねぇ、イザベルちゃん?」

いつものコンビニはイザベルの最後のバイト日だった。


「いっやぁ、審査に続き、自分、ホントに嬉しいっすよぉ」

昼弁当を調達しに来た二宮は嬉しそうに言った。


「はい。これで晴れてセレアムの新入社員です。よろしく、先輩。うふふ」

イザベルも嬉しそうに言ったが、自分入社そのものもそうだが、彼女に取って二宮の昇段審査が無事終わったことの方がもっと嬉しかった。


「うん、よろしくっす」


にこにこ・・・。

二宮も満面笑顔だった。


「会社で花見でもって言ってるんすけど、イザベルちゃんもどうっすか?」

二宮は本題に入った。


「はい、もちろん。早速、皆さんに歓迎いただくなんて・・・。場所と時間はメールの通りですよね?」


(二宮さんたら、あの時間までお仕事だったんですね。でも、大丈夫なのかしら?会社からメールされるなんて・・・)


イザベルは昨晩二宮から自宅に届いたメールを思い出しながら快く回答した。


「うっす。そうっす!」

「わたし、楽しみにしています!」

イザベルは嬉しそうに言った。


「やったぁ!感謝、感謝っす!」

「まぁ、二宮さんたら・・・」


ぱさっ。


「あや・・・」

イザベルは弁当を包もうとして開いていた袋を床に落としてしまった。


「あ、ごめんなさい。新しいのにしますから」

「いいっすよぉ」


ひょい。

二宮はそれを拾い上げるとイザベルに渡した。


「申し訳ないです」


「おーーーい、イザベルくん、レジ空いたらちょっと来てくれないかなぁ!」

その時店の奥にいた店長がイザベルを呼んだ。


「はぁーーーい、今行きます」

「お、じゃ、オレ、事務所に戻るっす」


ぱさぱさ・・・。

二宮は弁当の包みを掴むと店の外に出て行った。


「あれ、二宮さんじゃないか?」

店長は二宮の後姿を目で追った。


「はい、そうですが・・・」

「強盗が入った時は本当にどうなるかと思ったよ。二宮さんには悪いことをしたけど、彼のおかげで店もきみも助かったし、感謝してるよ・・・」


ぺこ・・・。

店長は二宮の後姿に一礼をした。


「もう、二宮さん、すっかり良くなってますよ、店長」

「あは。そうだね。あ、そうそう・・・」


ぽん。

店長はイザベルに封筒を一つ渡した。


「これ、わたしからの餞別。今まで本当によく働いてもらったからね。あんまり多くは出せないけど、是非受け取って欲しい・・・」


「店長・・・」


じわぁ・・・。

イザベルの目から涙が溢れ出してきた。


「おい、おい、大丈夫かい?」

「はい。ありがとうございます、店長・・・」


ぺこ・・・。

涙にぐちゃぐちゃになりながら、イザベルは封筒を受け取った。


「会社、通り隔てたすぐそこだし、今度はお客さんとしてお昼を買いに来てくれよ。会社のみんなを連れて。あはは」


--- ^_^ わっはっは! ---


「は、はい・・・」


ぽろぽろ・・・。

イザベルは最後は声にならなかった。




ぱん、ぱん!

「はぁーーーい、みんな、集まって!」


株式会社セレアムでは、社長の国分寺真紀が社員一同を集合させていた。


「はーーーい」

「うーーーす」


ぞろぞろ・・・。

真紀を取り囲むように二十名弱が集まった。


「今日、わが社は新入社員を迎えます。小さな会社だから、アリーナやホテルの会議場を借り切ってするわけにはいかないけど、新人を暖かく迎えることについては絶対に負けていないつもりです」


ぱちぱち・・・。

社員たちが拍手を送った。


「式といっても、仰々しくはしません。必要もありません。だけど、いつまでも心に刻まれるような式にしたいなと思います」


ぱちぱち・・・。


「喜連川イザベルさん、前に出てきて」

「はい」


しゃきっ。


イザベルはバイトで来ていた時と違ってビジネス用のダークスーツとスカートに身を固めていた。


すすす・・・。

くる。

ぴた。


イザベルは前に出てくると踵を返して社員一同と相対した。


「では、これから株式会社セレアム、本年度新入社員の入社式を執り行います。全員起立!」


「もう立ってるぜ姉貴・・・」

「そうだったわね。あは・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---


「国歌・・・、もとい、社歌斉唱!」

「社歌・・・?」


社員たちは仰天した。


「オーレリアン・デュール・ディア・アルーティアーーー・・・」


真紀の言葉に、ユティスたちエルフィア娘たちが「祈りの歌」を歌い始めた。


「えーーー、これ、社歌なの?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「うるさい。黙って聞く!」

「へい・・・」


ユティスが自分の歓迎会で大山満腹亭で披露した歌だったが、こうして3人揃って、しかも和人のバスを入れた心洗われるような澄んだ歌声に、社員一同は心を打たれた。


「・・・」


ゆらゆら・・・。


歌が終わると正装のエルフィア娘たちは、体の中から淡く揺れるような虹色の光を滲まさせた。


「・・・」

社員一同はまるで夢を見ているような気分だった。


(きれい・・・。天使みたい・・・)


初めて近くで正装したエルフィア娘たちの歌を目の当たりにするイザベルは、その間中声も出なかった。


「じゃあ、一応、社長挨拶ね・・・」

真紀はそんなみんなを夢から引き戻した。


「一応な・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---


ぎろっ。


「えーーー、早くしろよ・・・」


「あーーー、会社に取って新入社員を迎えるということは、単に一人のマンパワー、つまり労働力を増やすということではありません。活力。雰囲気。刺激。そして、それが織り成す社内の総合力アップ。そういったものへの起爆剤としての役目。それこそ、会社が新人に対して期待するものです。いきなり新人に一人分の仕事を期待する無茶苦茶な会社も世の中にはあるでしょうが、そういった会社は、今、わたしが言ったことが理解できていないのです」


真紀は一同を見回した。


「わが社は昨年は一人も新人を採ることができませんでした。一昨年が和人一人。その前年は石橋一人。新卒者も会社を選びますが、わが社も新卒者を選びます。みなさんは、選ばれてこの会社、セレアムに入ったのです。どうか、この誇りを今一度心に刻み付けてください。幸い、今年は喜連川さんという素晴らしい新人を確保することができました。彼女はわたし自身で特に選び抜いた一人なんです・・・」


真紀は一呼吸置いた。


「喜連川さんのお母様はフランス人で、喜連川さんは日本語フランス語ともペラペラです。いやが上にもグローバル化の波が押し寄せる中、彼女の存在はとても大きいと言えます」


「エルフィアにセレアム、超銀河星人だぜぇ・・・。今さら国際化もないだろう、姉貴?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「『社長』と言いなさい。式典中です!」


「へ、式典・・・?」

俊介が突っ込んだ。


「というか、やっぱり超銀河化の波かなぁ・・・?えへ」


--- ^_^ わっはっは! ---


真紀はユティスたちを見て照れ笑いしながら、それでも訂正した。


くすくす・・・。

ははは・・・。


社員たちが忍び笑いをした。


--- ^_^ わっはっは! ---


「ん、もう、いいじゃない、そんなこと」

「へいへい」


「わが社も今年は大いなる超銀河への飛躍とすべく、喜連川イザベルさんを新入社員として迎えることを、ここに宣言いたします。では、喜連川さん、新人挨拶を」

真紀は強引に社長挨拶を締めた。


「ご紹介に預かりました喜連川イザベルです。みなさん、こうして新人のわたしを暖かく迎えていただき、本当に感謝します。月並みではありますが、一生懸命やりますので、ご指導をよろしくお願いいたします」


ぺこり。

こうして、イザベルは株式会社セレアムの人となった。

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