343 純愛
「アンニフィルドです。きゃ!ユティスと和人ステージの上に引っ張り出されちゃって質疑応答よ。て言うか尋問ね。でもさ、本当に心から思っていることだから・・・、聴衆も納得しちゃうのよねぇ・・・。あーあ、俊介ぇ・・・。わたしをこんなに寂しがらせて罪な男・・・」
■純愛■
ぷし・・・。
聴衆席の後部でダークスーツのジョーンズが無線で相棒に話かけた。
「坊主、人生最大のピンチだな・・・」
ぷし。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ははは。見ものだぞ、こりゃ・・・」
ぷし・・・。
「坊主も、あれから男になってればいいがな」
ぷし・・・。
--- ^_^ わっはっは! ---
「このうろたえぶりじゃ、まだじゃないか・・・?」
ぷし。
--- ^_^ わっはっは! ---
「坊主に教えてやれよ、ジョバンニ」
ぷし。
「タダでかぁ?そいつはご免だ」
ぷし。
--- ^_^ わっはっは! ---
「当局に申請しろよ」
ぷし。
「やなこった。オレは書類は苦手なんだ」
ぷし。
「10ドルでオレが受けてやるぜ、ジョンバンニ」
ぷし。
--- ^_^ わっはっは! ---
「あんたたち、いい加減に下品な話は止めな!」
突然、ジョバンニのイヤフォンがフルボリュームでキャサリンの怒鳴り声を伝えた。
きーーーん!
「うわっ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
ばさ!
ジョバンニは思わずイヤフォンを外した。
ぷち・・・。
ジョーンズの脇でサングラス姿のキャサリン・グリーンがジョーンズの無線を切った。
「おい、キャサリン、なにをするんだ?」
「国費の無駄遣いだろ?」
「ち・・・」
ジョーンズは仕方なくキャサリンに従った。
「さぁ、お答えください、ユティス大使」
セミロングの女子学生はなおもユティスに迫った。
「ですから・・・、それは・・・、内緒です・・・」
にこ。
ユティスは愛想笑いを浮かべた。
「ダメです」
--- ^_^ わっはっは! ---
「オレが言うよ、ユティス・・・」
その時、和人が覚悟を決めたように落ち着いた声で女子学生に申し出た。
「和人さん・・・」
「マイクかしてよ、ユティス」
にこ。
「リ、リーエス・・・。はい、和人さん」
にこ・・・。
ユティスは赤くなりながらも、微笑みながらそれを和人に渡した。
がし。
「えーーー、会場のみなさん、テス、テス・・・。只今、マイクのテスト中・・・」
和人はマイクを持つとお決まりの言葉を放った。
「こら、早くしろ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「それかよ?」
「あっはっは!」
「わっはっは!」
和人は覚悟を決めた。
「すみません。ユティスに変わって、宇都宮和人、わたしがお答えします」
「いいぞぉ!」
「きゃあ、彼氏よ、彼氏!」
わいわい。
がやがや。
会場は沸き立った。
すぅ・・・。
和人は一つ深呼吸をした。
「もう、随分前になりますが、ネットの一人つぶやきサイトに投稿していた、わたしのつぶやきが、ひょんなことで超銀河通信でエルフィアまで飛んで行ったんです。本当に話が長くなりますんで詳細は割愛させていただきますが、とにかく、ユティスにそれが届いちゃったわけです。それで、ユティスがそれを見て、地球のことを知ったんです」
「超銀河間通信ってなんですか?」
女子学生がきいた。
「何千万光年の距離でも一瞬で通信するものです」
「まったくわかりませんが・・・」
「わたしもよくわかりません」
--- ^_^ わっはっは! ---
「要は銀河間でチャットしてたんですか?」
「前半はわたしの一人芝居みたいなもんですが・・・、まぁ、後半はほとんどそういうことです」
--- ^_^ わっはっは! ---
「一人つぶやきって、どういうものなんですか?」
「日記ですよ、単なる。一日で自分がいいことだったなぁ、と思えることをつらつらと書いただけです」
「そのフォローはだれもしなかったんですか?」
「ええ、地球人はだれも・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ユティス大使が最初なんですか?」
「ええ、そうです。はじめは、そのつぶやきに読者がいようとは夢にも思いません出した。わたしは自分だけに日記のようなつもりで書いていたからです」
「それで、大使がその日記の覗き見を?」
「まぁ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うふふ・・・」
しかしユティスはそれを最高の冗談だと善意に解釈した。
「わははは!」
「あははは!」
「覗いたのではなく届いたのです。ユティスにピンポイントで・・・。あは・・・」
和人はそれ以上突っ込まれないように照れ笑いで誤魔化そうとした。
「ピンポイントですか・・・。それで、ユティス大使はお仕事でチャットを?」
--- ^_^ わっはっは! ---
女子学生が再びユティスを肴に笑いを誘おうとした。
「わははは!」
「あははは!」
聴衆はそれに応えた。
「ナナン・・・」
こくん・・・。
にこ。
しかし、ユティスはそれに反応することなく優しい笑みを浮かべて和人と頷きあった。
「その時、わたくしが講演の冒頭で申しあげたように、自分の担当する一つの世界が滅亡していくのを目の当たりにして、とても衝撃を受けていました。何年もの間、精神的リハビリとケアの中だったのです。しかし、ある日、突然伝言ともメールともつかないテキストがわたくしのシステムに飛び込んできたのです。宛名は、なんと、ユティスとなっていました。内容的にも、わたくし宛としか思えないような文面で、差出人は宇都宮和人さんでした。そんな和人さんのつぶやきに出会ったのです」
「その時、どんな感じだったのですか?」
「とにかく、毎日毎日届けられました。多い時には一日数回も・・・。そのうち、わたくし宛ての和人さんのつぶやきを、わたくしは楽しみにするようになっていました。そして、わたくしの心を癒してくれるようになったのですわ・・・」
そこで、ユティスが真実を補足した。
「そういうことですか・・・。宇都宮さんは、どうして、ユティス大使のことをお知りになったのですか?」
女子学生は少し真面目に聞く姿勢になった。
「いや、そのぉ・・・。正直に言うと、知ってたというわけじゃなくて・・・。ただただ日記をつけるのもつまらないんで、だれか実在の人物宛てというわけでなく、ユティスというのは自分で思いついた名前で、たまたまそういう架空の人物に宛てたわけなんです・・・」
「ユティスというのは、ご自分の創作人物で、つまりヴァーチャル人間宛てというわけですね?」
「えー、まぁー、そういうわけでして・・・」
「ちょっと、危ないですねぇ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あははは」
「わははは」
「そうですか?」
和人は別に気を悪くはしていなかった。
「じゃあ、偶然そういうことになったということですか?」
「はい」
「リーエス」
和人とユティスは同時に頷いた。
「不思議なこともあるんですね・・・」
これは女子学生の独り言に近かった。
「そして、お互い通信するようになって何ヶ月もたった頃、相次いで二つの超新星が現われて、地球にその爆発エネルギーが直撃しそうになったんです。これは、みなさんの記憶に新しいことと思います・・・」
和人は特別招待席の高根沢博士とサンダース博士が頷いているのを見た。
「その時、高根沢博士たちとユティスたちエルフィアが地球を救ってくれたんです。そして、ユティスがいよいよ地球に来る番になって・・・」
和人はその時のことを思い出すようにユティスを見つめた。
「その時点では、お二人とも実際にお会いしてないですよね?」
「あ、はい」
「リーエス」
和人とユティスは頷いた。
「そこのどこで、大使と恋人になったんですか?」
「ええ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
この質問は聴衆に受けた。
「いいぞ、彼女!」
「よぉーし、もっと突っ込め!」
「あははは」
会場に野次が飛んだ。
「確かに、お互いエルフィアがどこにあるかも地球がどこにあるかもわからない状況が長く続きました・・・。それで、純粋に精神だけで行き交いしてたんです・・・」
「精神だけで銀河間をですか・・・?どうやって・・・?」
「精神体という状態でです」
「精神体とは?」
「自分の意識だけということらしんですが、ユティスのおかげです。仕組みはわかりません・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「・・・」
女子学生は間を置いて、少し考えているようだった。
「それで、不便ではなかったんですか?デートもできなかったでしょう?」
「いえ。デートはさておき、意思疎通に関してはほとんど問題はありませんでした」
「さておかれても困るんですが・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「いいぞ!」
「もっと突っ込め!」
野次が続いた。
「精神体と実体でどうやってデートしたんですか?」
それにはユティスが答えた。
「なにも問題ございませんわ。お互いに相手を見ることができますし、お側にいることも感じられますもの。んふ?」
ユティスは和人に同意を求めた。
「ユティスの言うとおりです。二人とも、生の声を聞くことも、触れることもできないけど、お互いの姿を見ることはできるし、意志を通い合わすことも十分にできたんです」
「実体ではないんですよねぇ・・・」
「はい」
「その時点では、プラトニックラブということになりませんか?」
女子学生が確認を求めた。
「え?」
「だって、精神体でしかお互い会えないってことは、ネットやテレビ電話のやりとりしているようなものですよね・・・?」
「そういうことになるんでしょうが・・・。とにかく、何度も何度もそういうことが続くうちに、お互いどんどん惹かれ合っていったことは確かです」
和人は素直に答えた。
「なるほど・・・。お二人は純愛なんですね?」
「あ、いや、照れちゃうよう、そんな風に言われちゃうと・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そんなこと・・・」
ぽっ・・・。
ユティスも頬を染めた。
「ところで、宇都宮さんはエルフィア語に通じているとかですが、その時にお習いしたんですか?最初はどのように、ユティス大使と会話なさったんでしょうか?」
「あー、ハイパーラーニング・システムで詰め込んだのは事実ですが、そのぉ、精神で会話するということは一種のテレパシーみたいなもので、とにかく頭の中で意味がわかるというか、日本語に翻訳されているというか・・・」
ぽりぽり・・・。
和人は頭を掻いた。
「ふぅーーーん。面白そうですね。ユティス大使はエルフィア語でしゃべっているのに、宇都宮さんには日本語になって聞こえてたんですね?」
女子学生は面白がった。
「そう。そんな感じです」
和人は自分でもよくわからなかった。
「そういうテレパシーって、思ってることがみんなわかっちゃうわけですよね?」
「思考シールドをしてないと駄々漏れになっちゃうかも・・・」
「すべてではありませんわ。エルフィアは個人のプライバシーは守っています」
ユティスが補足した。
「それで、実際にお会いになってないのにお互い惹かれていって、地球風に言うと、遠距離恋愛ですよね・・・?そんな状態が長く続いて辛くはなかったのですか?」
「はい。最初はユティスが本当に存在するんだということだけでも嬉しくて・・・。精神体という方法で会えてることも、とても奇跡的なことで、それも楽しくて仕方なかったのです・・・」
「わかりました。それで?」
「けど、あることをきっかけに、あなたの指摘のとおり、とっても辛くなったんです・・・。とっても・・・」
和人のこの言葉で、また会場は静けさを取り戻した。
しーーーん・・・。
「あるきっかけとは?」
女子学生の尋問は続いた。
「なにかユティスにしてあげたいと望みを持ったときです」
「なるほど・・・」
和人はユティスを優しく見つめた。
「彼女に花を摘んであげることも、手を取って立ち上がらせてあげることも、ユティスが悲しんでる時に、涙を拭いてあげることも、そっと手を握ってあげることも、その肩に手を置くことも・・・、彼女のために、なんにもできなかったんです・・・」
和人は切なそうにユティスを見つめた。
(そんなことはありませんわ。和人さんはトルフォ理事からわたくしを守ってくださいました・・・)
(あれは、クリステアやアンニフィルドがいたから・・・)
(ナナン。わたくしにはわかりますわ)
(ユティス・・・)
「ただ、その場に突っ立って見つめているだけ・・・」
「それは、わたくしとて、同じことですわ・・・。和人さんにお料理を作ってあげることも、一緒にお食事をすることも・・・、お熱が出ても介抱することも、なにもできませんでした・・・。お側で座ってじっと見つめていることしかできませんでしたわ・・・」
うるる・・・。
ユティスはそれを思い出して、和人を見つめる目が潤んでいるようだった。
しーーーん。
和人はそのまま続けた。
「そして、ハイパーノバのエネルギー放射が地球を直撃しそうになった時、周辺の時空の状態が不安定になり、地球とエルフィアとの交信が途絶えてしまいました。地球もエルフィアもお互いの宇宙座標を明らかにできないまま・・・」
和人はユティスを見つめると、その時の悲壮感を思い出した。
「ユティスから、あれほど天の川銀河と地球の宇宙座標を知らせるようにというリクエストをもらったのに、わたしの天文学的知識がないばっかりに、ユティスに答えられないまま、時空の状態が変わり通信が途絶えてしまったのです。目の前が真っ暗になり、もう、ユティスとは二度と通信もできない、実際に会うこともできないと思いました。どうしようもない大きな穴がぽっかり心に開いた、そんな日々が続いたんです・・・」
和人はユティスを優しく見つめた。
「あ・・・」
(この人たち本物だ・・・。本当に労苦を共にしてきたんだ・・・)
女子学生にも、二人の辛さがいかほどのものだったのか、だんだんわかってきた。
しーーーん・・・。
「まったく通信ができないまま何日か経て、奇跡的な確率で運よく通信がただ一度だけ回復しました。それも、ほんの数十分・・・。そういう訳で、通信が再開した時は、お互い心臓が止まりそうなくらい慌てました。早く、宇宙座標を伝えなければと思い、手は振るえ、PCは操作ミスするしで・・・。データの送信中にまた時空が揺らいで、今度こそダメかと思い、必死で祈りました。通信を終えるまで時空よもってくれって・・・。それが終ったと同時に通信時空が今度こそ本当に閉じました。危機一髪でした。本当に一分一秒が永遠に感じました。ユティスにしても同じだったと思います」
ふぅ・・・。
和人はそこで一息ついた。
「リーエス。わたくしは悲しみのあまり茫然自失状態だったのです。あの短い時間に、アンニフィルドとクリステアのお二人が、わたくしを無理にでも正気に戻していただけなければ、わたくしは和人さんとの会話する機会を永遠に失うところでした・・・。お二人とも、アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうございます)・・・」
にこ・・・。
ユティスはSSの二人に微笑んだ。
「パジューレ」
「パジューレ、ユティス」
にこ。
二人も微笑み返しした。
「でも、奇跡は起こりました。大切な人に会えたのです。こうして一緒にいれます・・・」
にこ・・・。
ユティスはえもいわれない微笑を和人に送った。
「ユティス・・・」
「和人さん・・・」
にこ・・・。
二人は優しく微笑み合った。
しーーーん・・・。
聴衆は二人の波乱の物語に既にからかう気持ちを失くしていた。
「ごめんなさい、ユティス大使・・・。そんなことがあったなんて・・・」
女子学生は明らかに受けを狙ってした自分の質問を今は恥じていた。
「お気になさらないで・・・」
にっこり。
ユティスは女子学生に微笑んだ。
「でも、それがあったからこそ、実際に会えた時の喜びは大きくなっていました」
和人が先を続けた。
「リーエス。わたくしは二度と和人さんのお側から引き離されたくないと思っています。私の使命は地球文明の促進推進支援です。そのための予備調査です・・・。でも、もう、そんなこととは関係なしに、わたくしは地球に強い愛着を感じています。だって、大切な方の大切な世界ですもの・・・」
「・・・」
女子学生はしばし黙り込んだ後、再び口を開いた。
「大切なというと・・・」
「単純に言うと恋人・・・。そうかもしれません。でも、わたくしはそれ以上のものを感じていますわ。本当に大切な方・・・。それが和人さんです」
ユティスの眼差しがどんどん優しくなっていった。
「ユティスの言うとおりです。わたしも、ユティスには単に恋人と片付けられない大きなものを感じています・・・」
しーーーん・・・。
聴衆はなにか神聖なものを感じて黙りこくったままだった。
「運命・・・、ですか・・・?」
そこに女子学生の声がこだました。
「うふふ。みなさんのご想像にお任せしますわ・・・」
そして、優しい眼差しでユティスは和人を見つめ微笑んだ。
にっこり。
する・・・。
ぎゅ。
ユティスは和人に腕を絡ませた。
(キッスしていいですか、和人さん?)
感極まったようにユティスの瞳は潤んでいた。
にこ・・・。
(ユティス・・・)
ちゅ・・・。
そう言うやいなや、ユティスはそのまま顔を回し、目を閉じたまま、この上なく優しく和人の唇にそっとキッスした。
「あ・・・」
女子学生の他、会場の聴衆は一瞬のことになにが起こったかわからなかった。
「オーレリ・デュル・ディア・アルティーア(わたしの聖なる女神さま)」
「オーレリ・デュル・ディユ・アルトゥーユ(わたしの聖なる神さま)」
二人はキッスの後、『永久の聖なる愛の誓い』の言葉を交わしたが、それがどれだけ神聖でなんの意味があるかなど、聴衆には知る由もなかった。
「女神さま宣誓、またまた、ルール違反ね・・・」
アンニフィルドが囁いた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「いいじゃない。どうせ、意図的によ。明日もまたするんだから・・・」
クリステアがそれにフォローした。
--- ^_^ わっはっは! ---
「和人さんとユティスさん、世紀の大恋愛じゃないですか・・・」
聴衆席の最前列で、石橋はぽつりと言った。
「石橋、ごめん・・・」
岡本がなぜか詫びた。
「岡本さんが謝ることなんかありません。どうしてですか・・・?」
「いや、真紀たちと一緒で、なんとなく知ってたから・・・」
ぼそぼそ・・・。
「遅かれ早かれ、和人たちがこういう風に打ち明けるんじゃないかってことも・・・」
岡本は言い訳するように言った。
「いいんです」
石橋は今度こそ完全に吹っ切れたような気がした。
「わたしの居場所なんて最初からどこにもなかったんですね・・・」
石橋の言葉には、どこかさばさばした感じがあった。
「それは言い過ぎなんじゃない?」
岡本はなんとか石橋を慰めようとした。
「違うんです・・・」
「違うって・・・、なにが?」
「ユティスさん、わたしのことをとっても気遣ってくれてたんだって・・・、今、わかったんです。あの時も、その時も・・・。あー、そうだったんだなぁって・・・。ユティスさん、本当はもっと早くこうしたかったんだと思います」
石橋はユティスのことを素晴らしく思えばこそ、嫉妬するような気分にはなれなかった。
「そうかもね・・・」
「はぁ・・・」
石橋は、ユティスが現われる前の晩、和人が風邪で熱を出し朦朧としているところに訪ね、和人にファーストキッスをしたことを思い出した。
「でも、和人さんでよかった・・・。大切な思い出・・・」
にこ。
「え?なにが?」
「いえ、な、なんでもないです」
石橋は慌てて誤魔化した。
「わたし、お二人のお話を聞いてて胸がじーんと熱くなりました。もし、わたしがお二人のような立場だったら、とても正気ではいられないと思います・・・」
「そうよねぇ・・・。ここまでドラマチックだったとは・・・」
岡本はステージ中央で寄り添うユティスと和人を見つめて、自分も二人に感動しているのに気づいた。
「わたし、なにかとっても大切なものをお二人からいただいたような気がします」
石橋は今度こそ納得したように二人を見つめた。
「とっても大切なものって?」
岡本は期待するように石橋を見た。
「素直に感動することです。自分を偽らずに・・・」
石橋は目を閉じて両腕を胸の前で祈るように交差させた。
「それのどこがよ・・・?」
「ぜんぶです・・・」
「ぜんぶって・・・?」
石橋はゆっくりと目を開けると優しく岡本に微笑んだ。
にこ・・・。
「恋に落ちるのも、相手のステキなところに感動したから・・・」
「ええ?」
少なくともこの時点では、岡本はまだ石橋の言いたいことがわからなかった。
ぱちぱち・・・。
そして、会場に疎らな拍手が静かに起こり、それはすぐに割れんばかりになった。
ぱちぱちぱちぱち・・・!
ぱちぱちぱちぱち・・・!




