033 内緒
■内緒■
和人はいつものカフェ・スターベックスにいた。
「あ、天使さんのお連れの・・・」
店員の高原は和人にペコリとおじぎした。
「天使だなんて」
「ユティスさん本当にいるんですね、この大宇宙のどこかに・・・」
高原は和人を尊敬の眼差しで見つめた。
「あはは・・・」
「今日も、お一人で?」
「あは」
和人は笑った。
「もう大丈夫。呼んでみようか?」
「え、呼べるんですか?」
「天使の都合が合えばね」
--- ^_^ わっはっは! ---
わくわく・・・。
高原は期待に胸が高鳴った。
「ぜひ。もう一度お話がしたいです。お願いします。いつもの席空いてますよ」
高原は例の席を指差した。
「さ、どうぞ」
「ありがとう」
(昼前だもんね。ユティスが戻ったの。来てくれるかなぁ・・・)
和人は目を閉じて深呼吸し、ハイパーラインに精神集中した。
「ユティス・・・、ユティス・・・。今、来れるかい?」
「リーエス。和人さん!」
たちまちユティスから返答がきた。
「ユティス!声が聞けて嬉しいよ」
「まぁ。それだけの理由で、わたくしをお呼びになったのですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
にこにこ。
ユティスは言葉とは反対に、声の調子は最高だった。
「いけないかなぁ?」
「うふふ。そんなことないです。大歓迎ですわ。わたくしも和人さんとお話できることがとっても嬉しいんですから」
「あははは」
「うふふふ」
「あのさぁ、言いにくいんだけど。今、あのカフェで店員さんが・・・」
「高原さんですね?」
ユティスは店員の名前をしっかり覚えていた。
「うん。彼、きみを大宇宙のどこかにいる天使だって。そして、オレのこと、天使の連れだと信じてるんだ」
「あらあら、和人さんはわたくしの召し使いさんですか?」
にこにこ・・・。
ユティスはとても愉快そうに話した。
「それで、今、ここで天使が現れるのを待ってるってわけなんだ」
「それは大変。和人さんの信用がかかっているってことですわね?」
「ははは、そんな大袈裟なぁ」
「しかたありませんわね。すぐまいりますわ」
ユティスは和人のそばに行ける大義名分ができて大喜びだった。
ユティスはエルドの執務室にいた。
「・・・ということで、和人さんのお呼びがかかりましたの」
「ははは。いかにも取ってつけたような理由じゃないか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
エルドはからかうように言った。
「うふふ。行ってまいりますわ」
「カズトのところだね?こっちは気にしなくていいよ。パジェーレ(どうぞ)」
「リーエス」
ユティスは満面の笑顔で、エルドに答えた。
「使命なんかは考えなくていい。コンタクティー・テストを終えて、今はとても大事な時期だ。エージェントはコンタクティーとお互いの信頼関係をしっかりと築かないといけない。楽しんできてくれたまえ」
「リーエス。ありがとうございます、エルド」
「じゃあ、ユティス」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
エルドの秘書、メローズはゆっくりとエルドに話しかけた。
「エルド、ユティスは純真で、あまりにも真っ直ぐです」
「ああ、カズトのおかげではあるな・・・。わたしは彼に期待してるが、それだけに、自分の主観を排除した見方ができていないのかもしれない。正直、一抹の不安もある・・・」
エルドは静かに本音を言った。
「リーエス。よもや、ユティスが自分を見失うということはないと期待していますが、『恋は盲目』と言います。たとえ、超A級エージェントとはいえ、やはりユティスはうら若き乙女、彼女の言動になにか起きれば、トルフォに口実を与えかねません」
「ああ。わたしも気がかりなのはそこなんだ。それを連中に逆手に取られなければよいが・・・」
「うふふ。ユティスを信頼しましょう、エルド」
「ははは。カズトもだ、メローズ」
「リーエス」
エルドとメローズは、幸福感に満ちて執務室を出て行ったユティスの後姿を追うように、ドアを見つめた。
カフェ・スターベックスでは、和人と高原が天使の到来を待っていた。
ぽわーん。
「あーーーっ!」
ぱぁーーーっ。
高原は、ユティスが和人の隣で湧き出る現れたのを、目の当たりにした。
「あわあわ・・・」
「アステラム・ベネル・ローミア(おはようございます)。高原さん?」
にっこり。
ユティスは高原の方を見ると、天使よろしく最高の笑顔で微笑んだ。
「だ、大宇宙の天使さん・・・」
「お会いできまして光栄ですわ。ユティスとお呼びになって・・・」
「は、はい・・・」
高原は極度の緊張の中にも幸福感でいっぱいになった。
「本当に天使さん・・・、なんですね・・・」
「んふ。そういうことにしてくださってとても光栄ですわ」
ユティスには虹色の光が揺らぐようにまとわりついて、本当に天使のようだった。
さぁーっ。
高原の言葉に、ユティスは優雅に膝を曲げ頭を下げて答えた。
「高原さん、あなたの魂はとても美しい色をしています。生体エネルギー場が和人さんと同じ色ですわ。お二人とも頭脳波長がとても近いんですわ」
「だから、ユティスが見えるんだ」
和人が補足した。
「リーエス」
にこっ。
和人が高原に言うと、ユティスはゆっくりと頷いた。
「あの、あの、オレ、天使と話せた自分が幸運なんだと思います・・・」
高原が言いかけると、続きはユティスが言った。
「まぁ、ステキ!ご自分の存在に感謝できるなんて」
「ぼくの考えていることがわかるんですか?」
「はい。あなたの声が聞こえてきますわ。自分のことに疑問を持たれてますわね?」
「自分のこと?」
「リーエス。ご自分がここで働いていること。ここにお生まれになったこと・・・」
「は、はい・・・」
「ふふ。あなたは必要があってお生まれになり、理由があってここにいらして、わたくしたちとお話しているのです。おわかりですか?」
「は、はい・・・」
「おわかりになっていただけて、とても嬉しいですわ」
にっこり。
高原が理解しているようなので、ユティスは大きく微笑んだ。
「オレ、幸せです・・・」
夢を見ているような高原に、ゆっくりと微笑みが広がっていった。
「願い事をかなえるのはその方ご自身です。諦めてはだめですよ」
「は、はい・・・」
「でも・・・。ご支援はさせていただきますわ。うふ」
ユティスはにっこり微笑むと、両手を胸の前で合わせ高原にお祈りを捧げた。
「『すべてを愛でる善なるもの』よ。高原慎二、彼のものに、願いをかなえる勇気と行動とを与えたまえ。フェルミエーザ・エルフィエーザ。ユティス・アマリア・エルド・アンティリア・ベネルディン」
ユティスは言葉を唱えると、エルフィア銀河の象徴を中に描き、ゆっくりと閉じた目を開けた。そして、再び微笑み、腰をかがめると高原の頬にそっと口付けをした。
ちゅ・・・。
「ああ!」
高原は頬にあたる唇を直接感じることはできなかった。
しかし、ユティスの気持ちは十分に受け取っていた。
ぽわぁーーーっ。
ユティスの体にまとわりつく虹色の光は、一段と強くなっていた。
「高原さん、あなたの幸せために、『すべてを愛でる善なるもの』へのお祈りを捧げました。あなたならきっと成し遂げられますわ」
「大宇宙の天使がオレにキッスした・・・。あ、ありがとうございます!」
ぼーーーぅ。
高原は夢心地だった。
しかし、カフェの相棒から飛んできた一言ですべては終わった。
「ちょっと、慎二。いつまで話し込んでんのよ。お客さん並んじゃってるじゃないの!」
「あ、はい。ごめんなさい、美紗緒さん。今、戻ります!」
ぺこり。
高原は頭を下げた。
「ええ?美紗緒さんって、言ったよね・・・?」
(わたしに、さん付け?あいつが?頭、大丈夫かしら?)
--- ^_^ わっはっは! ---
高原はその時から言動が変わっていった。
言葉がいつもと違って素直で丁寧になり、彼女はいぶかった。
「なにやってんのよぉ!」
「すみませんでした。気をつけます」
高原はなにも言い訳をしなかった。そして、すぐに並んだ客のオーダーをはじから聞いて回った。
「ごめんなさい、美紗緒さん。わたくしも気をつけますわ」
ユティスは美紗緒のそばまで行き、優しく耳元でささやいた。
「え?」
ぷるっ。
彼女はとっさにあたりを見回した。
--- ^_^ わっはっは! ---
当然、美紗緒にユティスは見えなかった。
「なんなの、今の・・・。確かに女の子の声がしたような・・・」
彼女が高原を見ると、彼はなにかふっきれたように楽しげに仕事をしていた。
「なによ、あいつ・・・」
「さてと、和人さん?」
「リーエス。事務所に戻るとしよっか」
「リーエス・・・」
(いいなぁ、高原さん。オレのホッペにもキッスしてよ、ユティス・・・)
和人は少しいじけていた。
「どうかしました?」
にっこり。
「ナナン・・・」
いじいじ・・・。
--- ^_^ わっはっは! ---
和人は事務所で客宛てのメールを書いていた。
「和人、出かけてくるけど、その後お願いね」
真紀が和人のもとへやってきた。
「はい。シャデルに社長と常務とで行くんでしたね?」
「そう。6時に寮へ迎えにいくわ。楽な服に着替えといてね」
「はい」
「じゃ、行ってくるわね」
「いってらっしゃい」
和人は女性社員のコーラスに加わった。
そのまま、真紀は客先へ出かけていった。
「この後、真紀社長とご一緒するのですか?」
ユティスが尋ねた。
「うん。真紀さんたち、きみのこと知ってるんだ。そのことについて、いろりろ話したいんじゃないかな」
「まぁ・・・。あのお二人、わたくしがお見えになってるんでしょうか?」
「わかんない。ただ、オレに協力するって。なんのことだかさっぱりだよ」
「そうですか・・・」
ユティスは考えているようだった。
「それでさ、真紀さんたちとの夜の食事、一緒に来れるかい?」
「できればそうしたいのですが・・・」
(わたくし、精神体ですから、お料理食べられませんのに・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「じゃ、二人の前に精神体で姿を現すことはできる?」
「今、わたくしがお二方の前に現れて、大丈夫なんですか?」
「あの二人なら問題ないと思う」
「それでしたら、お二人の頭脳波の固有振動が和人さんにごく近ければ、すぐにでもお見えになれるはずですが・・・」
「違っていれば?」
「お二人の頭脳波をスキャンするお時間をいただければ可能かと・・・」
「そうだよなぁ。いきなり全部話したところで、信じちゃくれないだろうし、やっぱりきみの姿を確認してもらうのが一番確実なような気がする」
「うふ。ご心配はいりませんわ」
「それと、これ」
和人はユティスにUSBメモリを見せた。
「それは、なんですか?」
「電子ファイルを保存しておくものさ。真紀さんにもらったんだ。確認するようにって」
「いったい、どんなものなんでしょうか?」
「オレときみに関するものだと思うよ」
ユティスは確かめるように和人を見つめた。
「それ、わたくしも拝見してもよろしいのでしょうか?」
「うん」
「んふ」
すすす・・・。
ユティスはにっこりすると、和人の横に来た。
「ちょっと待って。PC立ち上げなきゃ」
ぴっ。
ぴぴーーー。
和人はPCを立ち上げ、それに真紀にもらったUSBメモリーを差し込んだ。
かちっ。
「やっぱり、そうだ・・・」
「なですか、これは?」
「オレの交信記録さ。ハイパートランスポンダーで、エルフィア語に訳されたものなんだ」
「ハイパートラスポンダーですか?」
「うん。なんでも、何億光年という時空を一瞬で飛び越えちゃう通信機らしんだけど、仕組みとかはちっともわかんないんだ。最初は常務たちにかつがれたのかと思ってた」
ぱかっ。
ぴっ。
ぱーーーっ。
ぴぴっ。
かちっ。
ぴっ。
和人はUSBメモリのファイルを確認し始めた。
「ほら。これだよ、通信記録ってのは・・・」
「和人さんのですか?」
「そう」
ユティスはそう言うと、和人の顔にくっつきそうなくらい顔を近づいて、一緒にPC画面を覗き込んだ。
その時だった。
どっきん・・・。
「ユティス・・・」
「どうかしましたか?」
「あの、あれ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぷるぷる・・・。
和人は雑念を振り払って、USBメモリーに収められた画像ファイルを開けた。
「やっぱり・・・」
「まぁ、これは、和人さんのいいことだけ日記ですわ」
「リーエス」
にこっ。
二人は顔を見合わせた。
「うふ」
「え・・・?」
すとん。
「あ・・・」
ユティスは短く叫んだ。
そして、その一瞬ユティスの瞳が和人を捉え、和人との距離が一段と短くなった。
(なんて、きれいな瞳なんだ・・・)
長い睫毛に囲まれ、アメジストの如くほとんど神々しいばかりにきらめく紺色の瞳に、和人は吸い込まれそうになった。
どきっ・・・。
和人は思わず目を固定してしまった。
(吸い込まれるぅ・・・)
じぃ・・・。
かぁ・・・。
「ユティス・・・。そうじゃなくて・・・、この翻訳文って・・・」
一瞬の後、和人は誤魔化そうとした。
どきどき・・・。
が、失敗した。
「エ、エルフィア文字ですわよね・・・」
ユティスの声も、心なしかうわずって聞こえた。
--- ^_^ わっはっは! ---
すっ・・・。
二人の顔はほとんど距離がないまでに接近していた。
「そ、そう。リーエス・・・。文も、エルフィア語だ・・・」
「リーエス・・・」
「・・・」
「・・・」
ちゅ・・・。
前触れもなく、しかも自然にユティスは和人の頬にキッスした。
「あ・・・」
「・・・」
「・・・」
ゆらゆら・・・。
きらっ。
ユティスの周りは虹色の光が揺らめき、天使のようっだった。
「・・・」
「・・・」
何秒か、二人は無言で見つめ合った。
「うふ。やはり、お感じになれないですよね・・・?」
「う、うん・・・」
和人は正直に答えた。
にっこり。
「でも、オレのハートは・・・。あは・・・」
にこにこ・・・。
でれでれ・・・。
和人は天にも昇るような気分だった。
「うふふ。良かった・・・」
ユティスは満面の笑顔になった。
「なにが良かったって?」
ぽっ。
ユティスは赤面した。
「秘密です・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
きらり、きらり・・・。
ユティスの身体の周りの光は、一層輝きをました。
「ちぇ・・・」
和人はユティスの心の底をちゃんと確かめたかった。
「いずれ、実体で和人さんのもとに来れましたら、うんと差し上げますわ!」
「な、なんだよぉ、ユティス?」
「うふ。なんでしょうねぇ・・・?」
「教えてくれたっていいだろ?」
「ナナン。だぁーめ。内緒です!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ユティスってば!」
「あーーー、そうですわ!」
ユティスの言葉で、ロマンチックな瞬間に終わりが告げられた。
「なにか、わかったの?」
和人も現実に引き戻された。
「リーエス。地球で、地球語がエルフィア文字を使って、エルフィア語に、どうやって変換されていたのか、ようやくわかりました」
「それこそ、システム室のハイパートランスポンダーってことなの?」
「リーエス。そう言うことですわ」
「ども、また難問だ。なんでそんなものがうちにあるんだろう?」
「とにかく、エルフィア人、もしくはエルフィア文明圏の人が地球にそれを持ち込んでいたということじゃないでしょうか?」
ユティスの予想はしていたが、あまりに突拍子もない結論に、和人は首を振った。
ぷるぷる・・・。
「それって、地球人でもエルフィア人でもなくて、どこか別の異星人ってことだよね?」
「リーエス。地球の方がご自身でそれをお作りになれるとは思えません」
「確かに、ありえないよ・・・」
「いったい、どなたが・・・?」
和人は真紀の言葉を思い出していた。
「そういえば、このハイパートランスポンダー、政府機関の預かりものなんだけど、社長の真紀さんが、『おじいさんとかいう人がの置いたってもの』って聞いたことがあるよ」
「真紀さんのご祖父ですか?」
「うん。国分寺姉弟のおじいさんだよ。確か、政府の要人で、名前は大田原太郎」
「オータワラ・タローさん?」
「リーエス」
「・・・」
しばらくユティスは考えていた。
「その人は地球人ですか?」
「ええ・・・?」
和人は大田原が宇宙人なんて微塵も思っていたかったので、びっくり仰天した。
「だって、そんなものをお持ちになっているなんて、その方が地球人ということの方が怪しくないですか?」
ユティスは論理的なアプローチを和人に即した。
「確かに・・・」
「地球はカテゴリー2になったばかりです。ハイパートランスポンダーは、カテゴリー3以上の科学力がないと、作り上げることはできませんわ」
「わかった・・・。今晩の社長たちとの食事、絶対一緒にいてよ。きっと、エルフィアやきみについて、根掘り葉掘り聞かれると思うんだ。オレ、一人じゃ、とても対応できそうにないよ」
「リーエス、和人さん。わたくし、ご一緒しますわ。ですけど・・・」
「あ、そうか・・・。きみはオレたちと一緒に料理を食べれないんだね・・・。ごめんよユティス、気づかなくて本当に申し訳ない・・・」
和人は、ユティスが精神体であり、物理的に触れることができないことを、やっと思い出した。
「まぁ、お気遣いありがとうございます。その時までに、わたくしもお食事を済ませておきますわ」
ユティスは和人が気づいたことを感謝した。
「じゃ、同席OKってことでいいね?」
「リーエス」
「やったぁ!」
「うふふふ」
(ユティス、なんて可愛い笑顔なんだろう・・・)
和人はさっきのキッスを思い出し、指で頬をそうっと触った。
どきどき・・・。
和人は嬉しそうに微笑むユティスを、思わず抱きしめたくなった。が、精神体のユティスには、和人は触れることすらできなかった。