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337 実感

アンニフィルドよ。アンデフロル・デュメーラは地球の上空32000キロの静止軌道で地球を周回する母船なんだけど、そのCPUは擬似精神体といって人間と同じような精神体で作り出すことができるの。ユティスの公演中にあちらこちらで同時に現れちゃったから、学生たちはさぞかし肝を潰してるわね。あは。

■実感■




それから1時間が過ぎていた。


「地球はカテゴリー2に入ったとは言え、カテゴリー1的な要素を多く抱えています。カテゴリー2の世界には、科学レベルに精神レベルが追いついていない世界が多くあります。地球も例外ではありません。扱うエネルギーは原子レベルの化学反応から素 粒子レベルの核反応へと移行し、さらに、クウォークレベルの実験もさかんに行なわれているようです。もし、地球のみなさんが、高エネルギー素粒子であるニュートリノをエネルギー利用しようとお考えになっているならば、ご想像してみてくださいますか?」


こっくり・・・。

こく・・・。


会場には学長をはじめ、大勢が大きく頷いた。


「詳しくは申しあげませんが、ニュートリノは極超新星のエネルギー本質です。すべての物質を貫通します。物質はもちろん、磁場といったエネルギー場でもニュートリノを捕らえることはできません。一旦、放射されると、光速とほぼ同じ速度で何万光年もどこまでも突き抜けるのです・・・」


「本当なのか?」

「ええ、本当よ」


聴衆席のあちらこちらで、そういう会話が交わされていた。


「高エネルギー素粒子、ニュートリノはカテゴリー2のテクノロジーで制御し切れるものではありません。もし、そのエネルギーを取り出そうとお考えになるのなら、そのことを十分にお考えください。間違っても軍事利用になされないようにお祈りいたしますわ。もう、地球だけの問題ではなくなります・・・」


ユティスは少し声を低くして聴衆を見渡した。


「たった今でも、宇宙から飛来し、わたくしたちの身体はおろか、地球や太陽までも、一瞬で貫通していくものがあります。この地球にまで到達する数はそう多くはありませんが、それがニュートリノです。太陽は自然の形としては極超新星になりえません。恒星としては小さいからです。しかし、地球人類の手によって太陽系が極超新星になりうることはありえます。もし、そうなると、地球はもちろん、近隣の恒星系も多大な影響を受けるでしょう」


「・・・」


それは、科学者やその卵たちにとって、容易に想像できることだった。


「・・・」


ユティスは聴衆席の真ん中やや後ろにいる太田学長の方を静かに見つめた。


「利用法もさることながら、宇宙倫理というべきものに照らし合わせて、これがどれほど危険なことか、ここにお集まりのみなさんはご存知のことと思います・・・」


「超大型加速機の実験を止めろと言うんでしょうか・・・・?」

太田学長の妻が囁いた。


「いや、そうではないと思うな。その前に精神を鍛えろと言っているんだ」

太田はポツリと答えた。



「エネルギーの制御技術は、精神的教育と併せてはじめて効果を生むものです。これからも、より大きなエネルギーを求め、地球の科学は素粒子からエネルギーを取り出す道を進んでいくことでしょう。そういうことで、わたくしたちは地球の将来をとても心配しています。地球は精神的にもカテゴリー2への完全なる脱皮をしない限り、かの世界のように滅亡の危機を回避できないかもしれません」


「・・・」


これを警告と受け止めるか、脅しと受け止めるか、はたまた愛と受け止めるか、聴衆の心は乱れていた。


「わたくしたちは、地球の方できれば全員に、支援プログラムの一環として、カテゴリー2とはどのようなものかを体験していただきたいと思っています。わたくしのこの講演もその一つです。先に申しあげましたとおり、わたくしも悲劇を体験しました・・・。この幸せになれるはずの美しい地球をそのまま放置することなどできません。わたくしたちは二度とそういう悲劇を望みません。子が親より早く逝くのをどうして安穏と見ていれましょう・・・?どうして、わたくしたちが地球のことを気にかけているか、これがその理由です・・・」


しーーーん・・・。


ユティスが一気に話し終えると会場は静けさに包まれた。


「・・・」

「・・・」


そして、あちこちで囁き声が聞こえてきた。


「うーーーん・・・。すごいぞ・・・」

「カッコええわぁ・・・」

「良過ぎるっしょぉ・・・?」



「一通り文明カテゴリーについて解説いたしましたが、ここから、地球がカテゴリー2である意味や意義についてお話をさせていただきます」


ユティスはそう言うと観客席斜め上を見つめて囁いた。


「地球はカテゴリー2に入り数十年が経過しています。これはみなさんも納得のいくところではないかと思います。ロケットで頻繁に地球の外に出ておられますから・・・。願わくば、衛星で他人の物干し竿の観察が主目的でないことを期待いたしますわ。んふ?」


「きゃあ!」

「あははは!」


--- ^_^ わっはっは! ---




招待席の最前列にはZ国から来た二人が、じっとユティスの講演を聞いていた。


「なにがカテゴリー2よね・・・?」

ジェニー・Mがポツリ言った。


「ああ。確かに、Z国はテクノロジーはカテゴリー2かもしれん。だが、精神はまったくだなぁ・・・」


「リッキー、わたし、情けなくて涙が出そうだわ・・・」

ジェニーはすっかり肩を落としていた。


「ユティスはどういうつもりなんだろう・・・?」


くる・・・。

リッキーは隣のジェニーを振り返った。


「知るもんですか。あなたのテレパシーで読み取ったら?」

「それができればな・・・。まったく歯が立たん。ただの一言も先読みできん。彼女から強制的メッセージでも来れば別だがな・・・」


「後ろに座ってるクリステアとアンニフィルドはどうなのよ?」

「彼女らもなにを考えてるかサッパリだ・・・」


「本国になんて報告するの?」

「ちゃんと出席はした・・・。だな・・・」


ひらひら・・・。

リッキーはエルドの招待状を振った。


--- ^_^ わっはっは! ---




「さて、この文明カテゴリーは科学力やテクノロジーで分類してはいますが、何度もお話するように、実は精神的なものがとても大きく係わってきます。カテゴリーの段階が違えば、精神もまた異なってくるのです。カテゴリー0は衣食住にまったく安全安心できない弱肉強食の精神です。生理的な精神欲求をほとんど満足できていないのです。カテゴリー1は農耕文明から産業革命を経て、より衣食住が安定し、人類が繁栄してきます。そして、人類だけが持つ倫理観念が芽生えてきます。しかし、精神的な安全と安心の欲求は社会的には一部の方を除くと十分に満たされていません。政治力や経済力のある人たちだけの独占ですわ・・・」


聴衆はじっとユティスに聞き入った。


「カテゴリー2は、惑星の外に出かけることができます。つまり自分たちの惑星がどういうものであるか、その目ではっきりと見ることができるのです。これは、世界は丸い球体に違いない。海は青く見え、砂漠は赤く見え、森林は濃い緑か黒っぽく見えるだろう・・・。宇宙にぽっかり浮かぶ星だろう・・・。などと頭で考える理屈ではありません」


「ふむ・・・」


聴衆はユティスが次にどう展開するのか待った。


「みなさんは、宇宙船から撮影された地球の写真を一度ならずご覧になられていることと思います」


「うん、うん・・・」

聴衆は頷いた。


「それをご覧になってなにをお感じなられましたか?」


ユティスはそう言うと適当なところで視線を止め、一人の女学生の名前を呼んだ。


「そこのステキな女性の方。学生さんですね?お名前は・・・、佐藤さん・・・、かしら?」


どき!


「ええ?なんで、わたしの名前を・・・?」

女学生は本当に佐藤と言う名前らしく、びっくりしたように囁いた。


「まぁ、偶然ですわね。地球の方のお名前で多いのが、佐藤さん、鈴木さん、田中さんらしくて、わたくし適当に申しあげたのですが・・・」


「あははは」


--- ^_^ わっはっは! ---


「なんだ、そう言うことか・・・」

聴衆は確率に賭けたユティスの言葉に納得したようだった。


(お隣の方は上尾さんと、川越さん。その後ろは大宮さんですね・・・。こちらは黙っていましょう・・・)


「うふふ・・・」


とはいうもの、ユティスにとって、その気になれば、地球人の思考波は駄々漏れ状態に近かった。


「佐藤で合ってます。わたしは佐藤ひろみといいます・・・」

当てられた女学生は静かに立つと答えた。


ぱちぱちぱち・・・。

聴衆が拍手した。


「では、佐藤ひろみさん、宇宙船から撮影された地球をご覧になったことがありますか?」

「あ、はい。写真でなら・・・」


「リーエス。けっこうですわ。初めてそれをご覧になったその時、どうお感じなったですか?どんなことでもいいですよ・・・」


にっこり。

ユティスは女学生に優しく微笑みかけた。


「青くて、美しくて、海と陸地がはっきりして、雲の動きも鮮明で・・・、やっぱり葡萄の粒みたく丸いなぁって・・・」


「美味しそうに見えたのですね?」

「はぁ・・・?」


「わははは!」


--- ^_^ わっはっは! ---


「いえ、そうじゃなくて・・・、とにかく宇宙から見るとこんなにきれいなんだと思いました・・・。その中でわたしたちはあくせくしてるんだなぁ・・・って・・・」


こっくり・・・。

ユティスは女学生に頷いた。


「いろいろと嫌なこともありますけど、少しは地球が好きになりましたか?」

「あ、はい。わたしには地球しかないですから・・・」


うん、うん・・・。


「リーエス、どうもありがとうございます。みなさん、佐藤さんに拍手をお願いしますわ」


ぱちぱち・・・。


「・・・という風に、実際に見れば、地球に対する認識も感情も変わってきます。実際に目にすることは、感情に訴えてきます。感動するのですわ。そう言えば、赤ちゃんは目が見えるようになると、色の鮮やかさにまず感動するそうです。手術後、目が見えるようになった目の不自由な方も同様です。地球には『百聞は一見にしかず』というステキな諺があるそうですね?」



「なに、それ・・・?」

アンニフィルドが和人に囁いた。


「百回聞くより、一回でも見た方がよくわかるってことだよ」

「ものわかり悪いわねぇ・・・。地球じゃ、なんでもそうなの?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「なんでもじゃないけどさ、なんかの手順とか言葉で説明するより、ビデオを見た方がわかり易くないかい?」

「手順ねぇ・・・。あは。そういうことかぁ・・・!」


にまぁ・・・。

アンニフィルドは悪戯っぽく笑みを浮かべた。


「こら、薄笑い浮かべて、また、よからぬことを考えているな・・・?」


和人はアンニフィルドを横目で見た


「なによ、せっかく人が心配してあげてるっていうのに」

「なんの心配だか・・・」


「だから、見せてあげなさいよ、アンニフィルド」

クリステアが表情を変えずに言った。


「あら、クリステアだって和人に見せてあげれるじゃない?」

「わたしが・・・?冗談でしょぉ?」

「リーエス」


「おい、二人して、なに企んでるんだぁ・・・?」


「ユティスったら、なかなか、あなたがキッスしてくれないってんで落ち込んでるのよぉ・・・」

「な・・・、なんだい、そりゃ・・・???」


がたっ。

和人は慌てた。


「あは。女が幸せを感じるキッスの仕方、教えてあげようっか?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「あのなぁ、アンニフィルド・・・」


「聞くより見る方がわかり易いわよぉ・・・」

「いらない。それよりちゃんとユティスの話を聞こうぜ」

「あーら、失礼しちゃうわぁ」




ユティスはそんな3人にはお構いなしに話を進めていった。


「見ること、つまり感覚は感動を呼び起こすのです。これが、精神に大きく影響し、行動に移すようにまでなります。こうなって、はじめてわかるということなのです。行動に移せないなら、それは本当にわかっているとは言えません。感動こそが積極的行動を呼び覚ますのです。場合によっては、その方の一生を左右するくらい・・・。スポーツ選手やスターをその目で見て、みなさんも感動したことはありませんか?あの方のようになりたいとか・・・?んふ?」


「・・・」

今度はだれも冗談を飛ばさなかった。




「すいません、変更です・・・」

「あのねぇ、いい加減にしてくれるぅ?」


自宅のマンションまで迎えに来たマネージャーに、小川瀬令奈は膨れっ面で答えた。


瀬令奈は黒のメルセデスの乗り込んだ。

ぶろろろぉ・・・。


「大講堂でのリハ、予定通りできるそうでして・・・」

「ふん。なによ、今更!」


きき・・・・ぃ。


「瀬令奈さん、ないよりはあった方がいいと思うんですが・・・」

「わかってるわよぉ!さっさと向かいなさい!」

「ですから、赤信号でして・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---


「ん、もうっ!」




ユティスはそこで一息ついた。


「ちょっと失礼しますね。少し咽を潤させてくださいな」

「リーエス、エージェント・ユティス」


ぱっ。

講演台上にいきなり水の入ったグラスが現われた。


「おお!」

「な、なんだぁ?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「手品・・・?」

聴衆はなんかの手品かと思った。


「アンデフロル・デュメーラ、アルダリーム・ジェデーリア(ありがとうございます)」


にこ。

ユティスは、だれに視線を合わせるともなく空中を見つめて微笑んだ。


「パジューレ(どういたしまして)、エージェント・ユティス」

会場に心地の良いアルトが響いた。


「だれだ、だれだぁ・・・?」

「どこから声がしたんだろう・・・?」


聴衆は声の主を探した。


こく。

ユティスは上品にグラスを傾けると、少し咽を潤して微笑んだ。

にこ。


「地球のお水も、とっても美味ですわね。うふふ・・・。では、ここで、みなさんにお尋ねしますね。地球はカテゴリー2です。しかし、ここにおいでのみなさんはその実感が湧くでしょうか?カテゴリー2が1とどの様な精神的違いがあるのか、ということを・・・」


ユティスは会場を見渡した。


しーーーん。


「先程の宇宙飛行士さん・・・?」


にっこり。

先ほど手を挙げた男子学生の方を向くと、ユティスは微笑みかけた。


「あーーー、だから希望してるだけでして・・・」


ぽりぽり・・・。

彼はばつ悪そうに頭を搔いた。


--- ^_^ わっはっは! ---


「あら、それは失礼しましたわ。宇宙ステーションへの搭乗予約をされてないのですね?確かお申し込み窓口はJAXXAさんでしたっけ・・・?」


「はい?」


くすくすくす・・・。


--- ^_^ わっはっは! ---


会場は爆笑一歩手前のくすくす笑いに包まれた。


「というより・・・」

「往復のロケットが定員オーバーなんですね・・・?」

「え・・・?」


くすくすくす・・・。


--- ^_^ わっはっは! ---


「試験もあるし・・・」

「免許がまだ届いてないんですか?」


「あははは!」


--- ^_^ わっはっは! ---


きゃっきゃっ!


「わははは!」


ついに会場は大爆笑となった。


「だから試験があるんです」

「まぁ、こんなに優秀な大学の学生さんに、いったいなんの試験をするんでしょうか?」


ユティスは両手を広げた。


--- ^_^ わっはっは! ---


「あははは!」


とにかく、会場に宇宙飛行士の希望者はいたが、実際に宇宙に飛び出した人間はいないようだった。


「リーエス。ごめんなさい、学生さん。からかうつもりはありませんわ。わたくし、地球における宇宙飛行士のなり方を存じ上げなかったもので・・・」


「まぁ、そうりゃそうでしょうけどぉ・・・」


ぽりぽり・・・。

学生は再び頭を搔いた。


「ご希望、承知いたしました。こちらの学生さんも合わせて、会場のみなさんには、カテゴリー3までを一緒に感じていただきましょう」


にこ。


「感じるって、どういうこと・・・?」

「さて・・・」


ざわざわ・・・。

会場はざわめいた。


「アンデフロル・デュメーラ、スクリーンのご用意を」


にこ。

ユティスは微笑むと会場を見渡した。


「リーエス。エージェント・ユティス」


ユティスがそう言うと、またまた会場に心地の良いアルトが響いた。


ぱぁーーーっ。


そしてユティスの後ろの緞帳がしずしずと上がり、スクリーンが現われてきた。


「おお・・・!」

「地球だ!」

「素晴らしい!」


そこには大講堂のスクリーンに合わせて、妙に生々しい感じで地球が一面に大きく映し出されていた。


「でかぁ・・・」

「きれいだわぁ・・・」


ごく。

聴衆は息を飲んでそれを見つめた。


「そうですね。ここで、少し休憩を入れません?わたくしにも壇上のお客様にご挨拶をする時間をくださいな」


ユティスは後ろにずらりと並んだ面々に微笑みかけた。


にこにこ。

ひらひら・・・。


ユティスが会場のホスト役に合図を送ると、女学生がアナウンスを流した。


「はい、ここで15分の休憩を入れたいと思います。ユティス大使の講演はまだまだ続きますので、この間にお手洗いをお済ませください。女性専用は2階にもございますので、そちらをご利用願います」


ざわざわ・・・。

ぞろぞろ・・・。


何十人もの聴衆がすぐに席を立った。




き・・・。


一台の黒塗りのメルセデスがT大の大講堂の裏口に横付けした。


ばたん・・・。

たったった・・・。


運転手がドアを開けて素早く後部座席に行き、若い女性が降りるのを手伝った。


「着きましたよ、瀬令奈さん」

「どうも・・・」


ささ・・・。

若い女性は歌手の小川瀬令奈だった。


「本当にリハの用意できてるの?」


瀬令奈は妙に静かな大講堂を見上げてサングラスに手をやった。


「ええ。大学側から電話通知をもらいましたから・・・」

「はっ!電話一本で信用したのぉ?」


瀬令奈はバカにしたように口を曲げた。


「しかし・・・」

「だれか偽者からだったら、どうするつもり?」


「ナナン、ご信用いただいて結構です」


突然、瀬令奈の後ろから女性の声がして、瀬令奈とマネージャーらしき男は後ろを振り返った。


「わっ・・・」


「だ、だれよ、あなた・・・?」

「アンデフロル・デュメーラと申します」


「なにもの?」

「地球上空32000キロに待機中のエストロ5級母船のCPUです」


「はぁ・・・?」


--- ^_^ わっはっは! ---




きぃ・・・。



「え・・・?ここT大の大講堂よね・・・?」

講演会場は満員だったので、早々に化粧室に行こうとした一人の女性が大講堂の右前方の扉を開けて、なにかおかしいのに気づいた。


「通路・・・?どうして?」


彼女の出たところはSF映画の巨大宇宙船に出てきそうな白で統一された通路で、見慣れたT大のキャンパスではなかった。


たったった・・・。


そこに、おなじく化粧室を利用として、会場から出てきた男子学生が血相を変えて走ってきた。


「あ、きみ!」

「なにがあったんですか?」


「ここ、大講堂なんかじゃない!いいや、T大ですらない!」

「なんですって・・・?」


女学生はもう一度辺りを見回した。


「どういうことぉ?」

「こっちが聞きたいね。そこのドアを開けてみよう」

「え、ええ・・・」


きぃ・・・。

かつんかつん・・・。


二人が中に入ると、そこは確かにT大の大講堂であった。


「大講堂ですよぉ・・・」

「どうなってるんだぁ・・・?」


ぽわんっ。


「お手洗いはこのすぐ右手にございます」

二人の後ろから急に声がした。


「きゃ!」

「うわっ!」


にこにこ・・・。

二人が驚いて後ろを振り返ると、一人の女性が不思議な笑みを湛えていた。


「だれだ?!」

「失礼しました。この船のCPU、アンデフロル・デュメーラと申します。地球のみなさまにはわかり易いように擬似精神体でお目にかかっております」


「CPU・・・、アンデフロム・・・?」

「擬似精神体・・・?」


「リーエス。いずれエージェント・ユティスがご紹介されますので・・・」

にこ・・・。


「はぁ・・・」

二人は顔を見合わせた。




また、別のところでは、同時に複数のアンデフロル・デュメーラがそれぞれの対応をしていた。


「最高理事エルド、準備が整いました」

「リーエス。アルダリーム(ありがとう)、アンデフロル・デュメーラ」

「パジューレ(どういたしまして)。お部屋でのご用意を・・・」

「リーエス」


かつん、かつん・・・。

エルドは数歩進んで、すぐに立ち止まった。


「あ、それでだ・・・」

「リーエス。なにかお忘れですか?」


「和人のご両親は来られてるのかね?」

「リーエス。招待席、前3列目の中央にご家族と一緒にお座りになられています」


「了解だ。本来ならば、実体でちゃんとお会いしたいものだが、今回は精神体でも致し方ないな。和人の件、どうしても話しておきたい」

「リーエス。会場の全員の頭脳波にシンクロしていますので、最高理事の姿も声も、全員が見聞きすることができます」


「うむ。では、お願いしよう」

「リーエス、エルド」


かつん、かつん・・・。

エルドは再び歩を進め部屋を出て行った。




エストロ5級母船のCPUの同時並行処理能力は恐ろしく高かった。


「はじめまして、ユティスと申します」


ユティスは、壇上の特別席の面々にアンデフロル・デュメーラを伴い、一人一人に対して挨拶をしていた。


「あら、高根沢教授ですわね?」

「お久しぶりです、ユティスさん」


「うふふ。教授、こちらは地球上空に待機しているエストロ5級母船のCPUのアンデフロル・デュメーラですわ」


その一つはユティスにと一緒に壇上にいた。


「アンデフロル・デュメーラには擬似精神体で、わたくしたちの姿に合わせて違和感なくお話し易いようにしていただいてますのよ」


しかし、どう見てもアンデフロル・デュメーラはそこにいた。


「おお・・・。擬似精神体と申されると、もしかして、あなたは・・・、母船のCPUが作り出した人工映像なんですか・・・?」

「リーエス」


ぺこ。


「今日は太陽フレアもなく、お日柄もよく・・・」


ぺこり・・・。


T大の高根沢教授もひどく感心したようにアンデフロル・デュメーラに礼をした。


--- ^_^ わっはっは! ---


「ドクター・高根沢。わたしは、この船のCPUにより作り出された擬似精神体です。あなたの頭脳波に合わせて像を結んでいます。この声も、教授の耳からではなく、直接頭脳にお伝えしているのです」


「直接、わたしの頭脳にですか・・・?」


彼は信じられないというように自分の耳に手をやった。


「しかし、確かに聞こえてきますぞ・・・?」

「リーエス。うふふ。普通にお聞こえになりますわ」


にこ。

ユティスが微笑んだ。


「確かにそうです。空耳には思えませんなぁ・・・。T大の高根沢です」


高根沢教授はアンデフロル・デュメーラに握手しようと手を伸ばした。


「どうも、わざわざ遠いところを・・・」


高根沢教授は丁寧に地球風の挨拶をした。


--- ^_^ わっはっは! ---


「ナナン。お越しいただいているのは教授の方です」


アンデフロル・デュメーラはそれを静かに訂正した。


「んん?わたしがですか・・・?」

「リーエス」


--- ^_^ わっはっは! ---


ぺこ・・・。


高根沢教授は一瞬戸惑ったような表情をしたが、すぐに礼をした。


「今後とも、お見知りおきを・・・」


ささ。

すぅ・・・。


「ありゃ・・・?」


手を差し伸べた高根沢教授が彼女と握手をしようとしたが失敗した。


--- ^_^ わっはっは! ---


「うふふ。アンデフロル・デュメーラは実体ではありませんわよ、教授」


ユティスが優しく教授に言った。


「しかし・・・」

「従って、申し訳ございませんが、教授がわたしに触れることはできません」


アンデフロル・デュメーラは教授に謝った。


「んん・・・。そいつは・・・、残念ですなぁ・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---



ぱっ。


「ようこそ、乗船に」

「どわぁ!」


場所も違う複数のところにいた学生の目の前で、いきなり同時に現われた美女に彼らは肝を潰していた。


「おわぁ!」


--- ^_^ わっはっは! ---


「わたしは、この船のCPU、アンデフロル・デュメーラと申します」


「だ、だれだよぉ?!」

「船だってぇ・・・?」

「なに言ってんのかしら?」


「ここは大講堂だろ?」

「後5分で、エージェント・ユティスの講演が再開されますので、お席にお戻りください」


「あ、はい・・・」

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