032 SS
■SS■
るるーーーぅ。
「はい。国分寺です」
「姉貴かぁ?」
「ああ、俊介、どうしたの?」
「今日は二宮のヤツをこってり絞るから、事務所には戻らないぞ」
「わかったわ」
ぴっ。
にっこり。
電話が終るや否や、真紀は和人に笑いかけた。
「ふふふ・・・」
「どうしたんですか?」
「二宮よ。また、客先でなにかやらかしたのよ」
「常務、怒ってたんですか?」
「まぁね。反省会だと言ってるけど二人で飲みに行く口実じゃない?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「懲りないですねぇ・・・」
「ホント。よく肝臓が持つわ」
「こっちは事務所には戻らないんですか?」
「わたしたちは、一旦、帰ろう」
「そうですね。やりかけの書類もあるし・・・」
「よし、帰りましょう」
「はい」
和人は頷いた。
和人と真紀が事務所に戻ると、石橋が一生懸命資料作りをしていた。
「ただいまぁ・・・」
「お帰りなさい、真紀社長。あ、和人さんもお帰りなさい」
「どうも」
「まだ、いたのね石橋。なに、それ?」
真紀が石橋に尋ねた。
「二宮さんの提案書の修正です」
「この間のやつね?」
「ええ」
「はぁ・・・。頼りにされ過ぎるのも、問題だわ」
「でも、わたし気にしてませんから」
石橋はなるべく和人を意識しないように、目を逸らせていた。
「石橋のそういうところに、つけこむのよね、あいつら・・・」
「はぁ・・・」
「また、俊介に押し付けられたの?」
「押し付けられたなんて・・・、そんなことないです」
かつかつ・・・。
岡本がそれを聞きつけて、近づいてきた。
「真紀、俊介に言ってやってよ。いつも、石橋にぎりぎりになって頼むなって」
「そうなの?ごめんね、石橋」
「気にしないでください」
「じゃ、石橋、わたしは先に失礼するね」
ぽんぽん・・・。
岡本は石橋の肩を叩いて出て行った。
「お疲れ様です」
「オレも失礼します」
身支度を始めて和人も答えた。
「石橋、あなた、まだやってくの?もう8時だよ」
「え、はい、茂木さん。わたしも、もうすぐ帰ります」
「昨日も遅かったんでしょ?」
茂木が心配そうに石橋を見た。
(石橋、和人の帰り待ってたのねぇ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「まったく、俊介のヤツも二宮も、揃いに揃って、あなたに資料作成を押し付けるんだから、岡本の言う通りだわ・・・」
真紀は石橋の書類を手伝いながら愚痴った。
「押し付けるだなんて・・・。わたしは、楽しんでます」
「そう?なんか、見ていて、気の毒になっちゃう」
「いいんです。好きでやってますから。それに今日はC社のプレゼンなんで、お二人とも事務所に帰れないほどお忙しいんです。時間なんてないんです」
(事務所に帰れないほどの反省会ねぇ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「やらない理由はいくらでもあるんだからね。二宮も若いうちから、あれこれ人に押し付けることを覚えちゃうと、ろくな中年にならないわね」
「は、はぁ・・・」
石橋はまた資料作りに集中していった。
「真紀、ちょっと・・・」
茂木は一旦出たドアから戻ってくると、真紀に小声で話しかけた。
「なぁに、忘れ物、茂木?」
「石橋のことだけど・・・」
「俊介には言っておくわ」
「そんなことじゃないの・・・」
「なぁに?」
「石橋さ、相当悩んでるわよ」
「わかってるわ。あなたも知ってるのね」
「ええ。あれだけはっきり顔に出てりゃ、だれだって気づくわよ」
茂木は必死で書類と格闘している石橋を遠目に見つめた。
「やっぱりね・・・。茂木、あなた、それ他のだれかに言ったの?」
「いいえ。言ってないわ」
「そう。それならいいけど・・・」
「石橋さぁ、いい子なんだから、なんとかしてあげたいのよ」
「和人も真面目だし、いいカップルになれると思うんだけどなぁ」
真紀は和人が帰り支度を急いでるのを見た。
「でも、和人はまったく意識ないのよねぇ・・・」
「だから、二宮の仕事じゃなく和人の仕事を回して欲しいわけ」
「わかってるわ」
「今日のは可愛そうよ。俊介もぜんぜんそのへん疎いんだから」
「そういうところは体育会系だからねぇ・・・」
真紀は俊介の机を見つめた。
「とにかく、絶対に二宮の仕事は断ってあげてよね」
「できる限りね」
「でなきゃ、優秀なスタッフを一人失うことになるわよ、真紀」
「脅さないでよ、茂木」
「冗談なんかじゃないからね。じゃぁ・・・」
「あ、また明日・・・」
かつかつ・・・。
茂木は今度こそ事務所から出て行った。
「じゃ、オレもそろそろ失礼します」
「あ、和人、お疲れ様・・・」
真紀は石橋見ながら言った。
(石橋、残ってたなら、和人と一緒に誘ってみてもよかったかなぁ・・・。失敗だ、今日は・・・)
「お疲れ様でーぇす」
石橋も挨拶したが、和人が背中を向けてから目を向けた。
じぃ・・・。
(石橋さん、オレを見てる・・・)
ぱぁ・・・。
和人は石橋の視線を感じて振り返りそうになった。
ちら・・・。
その時、ガラス窓に和人を見つめて突っ立てる石橋の姿が目に映った。
俊介たちの反省会は続いていた。
「まいどぉ!」
がらがらーーーっ。
「二宮。次、行くぞ!」
「うーーーす」
「どこっすか?」
「おまえの驕りだから、おまえに決めさせてやる」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ええーーー、そんなぁ!さっき奢ったじゃないすっかぁ」
「さっきのさっきは、オレが助け舟出してやったんだ」
「それは、さっきのヤキトリでチャラに・・・」
「うるさい。そんなもので誤魔化そうたって、そうはいかんぞ」
「常務ぅ。オレ、ホント手持ちないっすよぉ」
「じゃ、貸してやる」
「そんなぁ!」
(鬼っ!無免許高利貸しっ!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「行くぞ。おまえが決めないんだったら、オレが決めてやる」
「また、あのすっごい高いバーなんかで・・・」
「嫌なら30秒やるから、さっさと決めろ」
「えーーー」
「30、29、28、以下省略。3、2、1、0。はい、時間切れぇ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わかりましたよぉ!」
「ふぅ。やっと終った・・・」
「お疲れさま、石橋」
「はい」
にこっ。
石橋は軽く笑った。
「どうも真紀さん」
「今夜はもう帰るの?」
「はい。ちょっと遅くなったんで」
「そっかぁ・・・」
「はい」
「あのね石橋・・・」
「はい。なんでしょう?」
「俊介と二宮の資料の件だけど、もう第一優先にしなくていいわよ」
真紀は岡本と茂木から言われていることを伝えた。
「ええ?」
「あいつら、楽しみ過ぎ。ふふふ」
にっこり。
「うふふ。真紀さん・・・」
「で、明日からは和人の資料を手伝ってあげてよ。手始めにA社の件」
「あ、はい」
「今週から和人の仕事量がウンと増えるから、バランスを取らないとね」
「はい。わかりました」
「じゃぁ」
「はい。お先に失礼します」
「お疲れさま」
石橋は後片付けをして事務所を出た。
俊介と二宮はカラオケスナックに落ち着いていた。
「うぉーーーっ!常務、一緒に歌いましょう!」
「二宮、次、次!」
「まぁ、お二人さんとも、今日はとってもご機嫌なんですね?なにか特別なことでもおありになったの?」
「ああ、ママ。こいつの失注、前祝だぁ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なに言ってんですか!受注前祝でしょ?」
「わははは。宝くじ並みに運がよければな」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うふふ。さぁ、一杯いかが?」
とくとくとく・・・。
「うっす。いただきやす」
ぐびぐび・・・。
「常務さんも、どうぞ」
「あ、どうも」
とくとく・・・。
ぐびぃ。
「いいけどさぁ。ママ。次の曲入れてよ、次」
「はいはい。なににします?」
「オレ、アレスの『きみの瞳は1億ボルト』ね」
「常務さんが歌うの?」
「ち、違うよ、ママ。オレ、オレ。いい加減覚えてよさぁ、オレの持ち歌」
「そうそう、コイツの十八番の『オレの瞳は1ボルト』、よろしく!」
「1ボルトぉ?うふふ。それじゃあ、ぜんぜん痺れないわよぉーーーっ」
--- ^_^ わっはっは ---
「イザベルちゃんのは、1ボルトじゃなくて1億ボルト!訂正してくだい!」
「おぅ、悪ぃ。ママ、訂正。こいつ1ミリボルトだそうだ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「はいはい。瑠璃ちゃん、『オレの瞳は1ミリボルト』っての、入れてあげて」
「はぁーーーい!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「だーーーっ!瑠璃ちゃん、1億ボルトだってば!」
じゃん、じゃか、じゃん、じゃん・・・!
エルフィアでは、ユティスとSSたちとくつろいでいた。
SSとは、文明支援に赴くエージェントと現地コンタクティーの身の安全を守り抜くのが使命のスペッシャリストたちのことだった。あらゆる格闘技に長けることはもちろん、素早く正確な観察力、判断力、洞察力、そして、科学や語学にも長けていた。
エージェントもそうだったが、その半数以上が女性だ。これには訳があった。現地コンタクティーたちは、初めて会うエルフィア人に対し大なり小なり恐れをいだくのだ。もし、スタッフが男性ばかりだと、彼らに必要以上の緊張を与え支援プログラムは円滑に進まない。女性が半数以上占めることで、それを避けているのだ。
アンニフィルドの他にもう一人長身の美女がいたが、彼女はアンニフィルドとは対照的に濃い茶色のショートヘアに灰色がかったグリーンの目をしていた。このショートヘアの美女の名前はクリステアだった。
「まぁ、アンニフィルド。またデートなんですか?」
ユティスが茶目っ気たっぷりに言った。
「しょうがないじゃない。一人断ったって、次から次に来るんだから。とりあえず一人決めたら、他はわたしに言い寄ってこないでしょ?」
「どうせ、1回しか有効にならないじゃない」
--- ^_^ わっはっは! ---
「失礼ね、クリステア。2回とか3回とかもあるわよ」
「大して変らないわ」
「うふふふ。アンニフィルドったら・・・」
「ユティスまで!」
「要は暇なのよ、あなた。さっさと、任務に就けばいいじゃないの」
「クリステア、人事だと思って・・・。それに知ってるでしょ、今度の任務?」
クリステアはユティスに目を合わせた。
「リーエス。ユティス、あなたがわたしたち二人をSSにリクエストしたんでしょ?」
「リーエス。地球に派遣される時のSSには、是非お二人にお願いしたいのです」
どーーーん。
「まかせてよ、ユティス」
アンニフィルドは笑顔で答えた。
「そんなにうまくいくかしら?」
「どういうことですか、クリステア?」
クリステアは冷静にユティスに向き直った。
「いいこと、ユティス。そもそも、あなたを派遣することを嫌がっている御仁にとって、わたしたち二人は目の上のタンコブなのよ」
「まぁね。エルド直下の超A級SSが二人なら、委員会は安心するでしょうから」
アンニフィルドも頷いた。
「リーエス。エルドも委員会も二度と悲惨な結果を望んでないわ。地球のミッションは『A級SSでは荷が重い』そう判断している」
「それを、地球支援の反対派は快く思ってないわけね」
「リーエス、アンニフィルド。一旦、委員会が地球の予備調査を認めちゃったんで、今度は手を変え、さっさと中止に持ち込みたいのよ。そのためには、A級SSで十分と主張するはずよ。当然、そのSSたちは自分たちで指名するわ。それでもって、予備調査をいい加減にして適当な結論を導き出し、委員会を誘導して地球を時空封鎖させる気よ」
「なるほどねぇ。あなたの考えは筋が通っているわ」
アンニフィルドはクリステアに賛成した。
「つまり、お二人が本気で取り掛かられるとお困りになるわけですね?」
ユティスはSSたちを見た。
「リーエス。そういうこと。そうすりゃ、あなたもエルフィアに戻らざるを得なくなるし・・・」
「特にトルフォ。あいつは委員会の理事で有力者だわ。ブレストはあいつのブレインだし・・・。このまま、なにもしないわけないわね」
クリステアはユティスを見つめた。
「リーエス・・・」
「ユティス。あなたはトルフォに気を許しちゃだめよ。あなたをわがものにしようとやっきになってるんだから」
「アンニフィルド・・・」
「ということで、エルドの主張が通ってくれりゃなに事もないけど、万が一、ユティスのSSにあたしたち以外が選ばれたのなら、予備調査もよくて数ヶ月でおしまいね」
「クリステア。それは本当ですか?」
「トルフォの立場で考えたらね」
「とても意地の悪いお考えです・・・」
ユティスは不安げに答えた。
「エルド・・・」
「やぁ、ユティス。なにか心配事かね?」
「リーエス。わたくしの地球への予備調査の件ですが、SSはどなたになるのですか?」
「委員会としては未定だが・・・」
「では、どうしてもお願いが・・・」
「珍しいな、きみから願い事だなんて・・・」
エルドはゆっくりと笑みを広げた。
「わたくしのSSについてなんですけど、アンニフィルドとクリステアのお二人にしていただくわけにはいかないのですか?」
「ははは。もちろん、わたしもそう思ってるよ。なにか心配なのかい?」
「リーエス。わたくしは、一度・・・」
「ユティス」
ユティスが言いかけたとことろで、エルドはそれを制した。
「止し給え。ミューレスの件は断じてきみの責任ではない。反対派がなにを画策してるのかわからんが、地球の支援を止める訳にはいかない。だから、予備調査は、わたしは最高のスタッフを当てるつもりだ。SSについてもしかり」
「エルド・・・」
「後は任せてくれ。必要以上に気にしてはだめだよ。きみは安心してカズトとコンタクトを続けてくれ給え」
「アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうございますわ)・・・」
にやり。
「わたしも、地球にはいつか行ってみたいんでね。はっは」
にっこり・・・。
「うふふ。エルド・・・」
ユティスは微笑んだ。
「やはり、きみには笑顔が似合うよ、ユティス。わっはっは・・・」
「うふふ」
ユティスはこの件に関して安心した。