313 原稿
「アンニフィルドです。俊介たちがセレアムに行っちゃったんで、社員たちは大変ね。二宮も、イザベルと一緒に仕事だなんて浮かれてばかりはいられないわ。でも、二宮、相変わらずみたい。期待を裏切らない男よねぇ・・・。あは。わたしたちも、事務所に戻らなくちゃ。じゃあね!」
■原稿■
アンデフロル・デュメーラの中で一夜を過ごした面々は、次の朝、それぞれの役割に戻っていった。
「わたしは、シェルダブロウとここにしばらく留まることにする」
「フェリシアス、どうしてすぐにエルフィアに戻らないんですか・・・?」
シェルダブロウは驚いてフェリシアスを見つめた。
「きみには、いろいろ話すことがあるだろう・・・。委員会の理事たちの前では話しにくいこともあるんではないのか?」
フェリシアスは静かに言った。
「それに、わたし自身ぜひともきみには依頼したいことがある・・・」
「あなたが、わたしに依頼したいと・・・?」
シェルダブロウはフェリシスを見つめた。
「リーエス。後で行く。今は、きみの部屋で休んでいたまえ」
「リーエス・・・」
シェルダブロウは言われるままに、部屋を出て行った。
「さて・・・」
くるっ。
そうして、フェリシアスはキャムリエルの方に向き直った。
「キャムリエル?」
「リーエス・・・?」
「きみがSSを辞めようと言うのなら、わたしは止めはせんが、これ一つは片付けてもらいたいものがある」
「リーエス。なんなりと・・・」
キャムリエルは神妙に答えた。
「けっこう。われわれの使命は、地球に無断転送され、ユティスの地球支援計画を阻止せんと企てた人間から、ユティスを守ることにある。そして、その容疑者を確保しエルフィアに連れ帰ること」
「リーエス」
「そして、これら使命は大方片付いた。ブレストについては、ああいう結果になり、これ以上のものは期待できそうにない」
「リーエス」
キャムリエルは頷いた。
「しかしだ。首謀者とその動機に、委員会が納得しているわけではない」
「ブレストにですか?」
「リーエス。彼はあくまで参謀。頭は切れるが、計画を首尾よく実現するためには、まだまだだ。彼が今回の計画を自分自身のためにやったにしては、結末があっさりし過ぎている・・・」
「どういうことですか?」
「わたしが思うのは、ユティスをなにがなんでもエルフィアに連れ帰らせようとした首謀者は、ブレストではないかもしれないということだ・・・」
「ブレストではない・・・。では、いったいだれが・・・?」
「証拠はない。だが・・・」
「だが?」
「黒幕はトルフォ以外にいない」
キャムリエルには、フェリシアスの眼差しが確信に満ちているように見えた。
「それで、ボクにどうしろと・・・?」
「トルフォとブレストが次なる手を打っているとしたら・・・?」
フェリシアスはキャムリエルを試すように見つめた。
「Z国のリッキー・Jたちですか?」
「その線もあるかもしれんが、本国に強制送還された彼になにができよう。Z国に彼以外にエルフィアにメッセージを送れる人間はいない。しかも、それを受け取れるシェルダブロウはアンデフロル・デュメーラでわたしの監視下にある」
フェリシアスはZ国の線を否定した。
「では?」
「トルフォは委員会の依頼の下、支援世界の視察に出かけている」
「では、ますます、どうしかけると言うんですか?ボクにはとんとわかりません・・・」
キャムリエルは降参したように、両手を広げた。
「ユティスは地球にいる。しかけるなら、地球でしかけたに違いない」
「そう言うことであれば、地球を後にするべきじゃありませんね・・・」
キャムリエルは口元を引き締めた。
「リーエス。わたしには、今回の事件が茶番に見えて仕方ない。リュミエラだって、クリステアの一言がなければ、あっさり手を引くような様子ではなかったか?」
フェリシアスは、リュミエラがSS復帰のためにやったことに対し、あまり積極的ではなかったことをキャムリエルに思い出させた。
「リーエス。あれは完全にイレギュラーでした」
「キャムリエル、きみは地球に残って欲しい。わたしはシェルダブロウをエルフィアへ連れ帰って委員会に引き渡す前に、ここで彼から詳しく聞いてみたい」
「トルフォとブレストのことですね?」
「リーエス。なんらかの密約があったはずだ」
「なんともはや・・・。はぁ・・・」
キャムリエルは溜息をついた。
株式会社セレアムの事務所は、ユティスたちを除いて社員たちが出揃い、いつもの業務が始まっていた。
「まぁ、どうでもいいけど、二宮、あんた自覚してよね」
岡本が二宮に言った。
「自覚?」
「ええ。あなたは男なんだから、もっとしっかりしてもらわなきゃ。それでなくても俊介はいないし、和人だってウチの仕事というよりユティスの世話で目一杯なんだからね」
「わかってますって。コーヒーくらい飲ませてくださいよぉ、岡本っさん・・・」
こと。
ずずず・・・。
二宮はイザベルの入れてくれたコーヒーを、大きな音をたてながらすすった。
「ん、もう!聞いてるの?それにレディーの前で音を立てて飲まないでよぉ。デリカシーないわねぇ、あなた!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「おす。アツアツだったもんで、つい・・・」
二宮はイザベルを見た。
--- ^_^ わっはっは! ---
「す、すいません・・・」
ぺこ。
二宮の隣でPCで文書を作成していたイザベルがすぐに謝った。
「あなたのせいじゃないわよ」
にこ。
岡本はイザベルに微笑んだ。
「イザベルちゃん、コーヒーおいしいっすよぉ」
「ど、どうも・・・」
にっこり。
二宮とイザベルは一瞬見つめ合った。
「にしても、アツアツかぁ・・・。意外だわねぇ・・・」
「ええ・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
かぁ・・・。
イザベルは二宮を見て真っ赤になった。
アンデフロル・デュメーラから地上に転送された面々は、エルフィア大使館のリビングに集合していた。
「さてと、今晩はドクターの希望のヤキトリ屋で行くとして、昼間はなにをするつもり?」
アンニフィルドがエスチェルとトレムディンを見つめた。
「まずは、あなたたちの職場を見学するわ。ついでに地球人のみんなの健康診断と簡単な処方をしてあげるつもりよ」
エスチェルは和人にウィンクした。
「処方って?」
「ウィルス汚染地域だって言ったでしょ?」
「風邪のですか?」
和人がエスチェルにきいた。
「ええ。抗ウィルスワクチンを投与してあげるわ。10年やそこらは持つはずよ」
「ふぅーーーん、やっぱりスゴイんだぁ・・・」
和人は感心して言った。
「エルフィアのワクチンは地球のものとは違うんですよ」
トレムディンが和人に言った。
「どんな風に?」
「リーエス。地球のは直接ウィルスの抗体を投与するんでしょ?でも、エルフィアはその抗体が体の中で作れるように身体を改善するものよ」
「つまり、どういうことなのかなぁ・・・?」
和人はよくわからないというように言った。
「地球は対処療法だけど、エルフィアは体質改善療法ということね」
にっこり。
エスチェルが和人に微笑んだ。
「それじゃ、特定ウィルス以外にも効くんだね?」
和人はエスチェルにきいた。
「リーエス。対処療法は今回のユティスのような緊急処置。普段からウィルスに対抗できる体質にしていなきゃダメなのよ。一つ直ってもまた一つ。地球型のワクチンだと、ウィルスのパターンが少しでも変わったら効かなくなるでしょ?」
「リーエス。そう聞いてるよ」
「じゃ、聞くけど、地球じゃどうやってウィルスの流行型を予想するの?」
「その1年以内の発症状況とか、何十年もの流行パターンから総合的判断をしているんだと思う・・・」
和人はあまり自信がないように言った。
「そういうことね」
エスチェルは納得したように頷いた。
「ウィルスというのは、生物というより無生物なんだけど、遺伝子パターンを持つ特殊なものよ。宇宙には普通にあるものなんだけど、エルフィアのように他の世界にどんどん行ってると、エージェントやSSやドクターたちさえ、いろんなウィルスを持ち帰っちゃうの」
「それじゃ、エルフィアは大変なことになるじゃないか・・・」
和人は心配になった。
「リーエス。以前は、エルフィア帰還時には、彼らをウィルス除去システムに3日間閉じ込めていたわ。でも、今はウィルス抗体体内生成処置で、まずほとんどのケースは問題なくなったの。外から入ったウィルスのDNAパターンに身体がすぐに免疫機能を強化させ、数時間のうちに体内の増殖ウィルスを完全に無力化するわ」
「だから、病気にならないのか・・・」
「リーエス」
「今回のユティスの例は非常に稀なケースなんです」
トレムディンが付け加えた。
「でも、大丈夫。それにウィルスのサンプルも取れたから、今後に多いに役立てると思うわ」
「入るぞ、シェルダブロウ」
エストロ5級母船の個室の前に立って、フェリシアスは声を出した。
「リーエス。パジューレ(どうぞ)」
中からシェルダブロウの落ち着いた声がした。
エルフィアは超高文明であったが、人と人のコミュニケーションとか触れ合いをとても重要視していた。部屋の人間にとって訪問者の情報はモニターで十分取れたが、そこはわざとそういうコミュニケーションを取れるようにしていた。
しゅぅ・・・。
今まで壁だったところが開き、フェリシアスは中に入っていった。
かつかつ・・・。
「いい部屋だな?」
フェリシアスは明るい白い調度で統一された30畳くらいの部屋を見渡した。
「リーエス。それにアンデフロル・デュメーラの用意してくてたテレビというもので、地球のいろんな番組を拝聴できます」
「テレビ・・・?」
フェリシアスは、シェルダブロウの指す方に目を向けた。
「これですよ」
ぴっ。
スイッチが入ると、たちまちテレビにニュース番組が映った。
「合衆国の現地時間で昨日、エルフィア人エージェントのブレストと名乗る男性が、合衆国大統領と空軍基地内のオープンハウス会場で面会しました。その際、ブレストは大統領に対し、エルフィアの科学知識と交換に合衆国への亡命を希望し、大統領は・・・」
テレビニュースは、ブレストの合衆国亡命を伝えていた。
ちらり・・・。
「ちょうどいいものをやっているな・・・」
フェリシアスはテレビニュースを一瞥すると、シェルダブロウに言った。
「リーエス」
「シェルダブロウ・・・」
「リーエス。わたしが知っていることはすべてお話しましょう・・・」
「アルダリーム(ありがとう)。助かる・・・」
二宮はイザベルと一緒に資料の作成を急いでいた。
「二宮さん、これはどうしますか?」
ちら。
「あー、イザベルちゃん、それはだねぇ・・・」
二宮はイザベルの作りかけのプレゼン資料を一瞥すると、石橋に振った。
「石橋、イザベルちゃんの資料だけど、これ、どうすりゃいいんだぁ・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あの、二宮さん・・?」
イザベルは二宮を見つめた。
つかつか・・・。
「はい。ちょっと拝見させてください」
石橋は急ぎ足で二人のところにやって来た。
「どこですか、イザベルさん?」
ぺら。
石橋は俊介の原稿というより、ただのメモ書きを見て、頭を抱えた。
「まぁ・・・」
「どうされたんですか、石橋さん・・・?」
「あの、他のも見せていただけますか?」
石橋は俊介が残していったメモ書きを何枚か見せてもらうと、二宮に向き直った。
くるり。
「あの、二宮さん?」
「お、おう、なんだ、石橋?」
二宮は自分より目上に対しては、「っす調」でとぼけた話方だったが、自分と同じか目下にはもっとくだけた話し方をした。
「これ、常務さんから説明を受けたんじゃないんですか?」
ぴらぴら・・・。
石橋はメモを振った。
「ああ。もちろん説明は受けたが・・・」
「内容をご理解されてなかったとか・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なにを言うんだ。常務とオレの仲で、わからないなんてことがあるもんか」
「じゃ、これはなんて書いてあるんですか?」
石橋が示した紙には、四角や矢印と共に、なんとか読めそうな下手くそな日本語が走り書きされていた。
「えーと・・・。どれどれ・・・」
じーーー。
「うぅーーー」
二宮はそれを覗き込んで唸った。
「思い出した!これは、あれだ。そうそう、あれあれ。わかるだろ、石橋?あれだよ」
「わかりません」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あは・・・」
石橋は二宮のうろたえぶりに可笑しくなった。
「ニ宮さん?」
イザベルは心配になった。
「あ、思い出したよ」
「大丈夫ですか?」
「ああ。保証するぜ」
二宮は俊介の書いた紙の右下にバッテンマークを見つけた。
「じゃ、あらためておうかがいしますけど、なんて書いてあるんですか?」
石橋が二宮にきいた。
「ボツ原稿だった・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ん、もう!」
石橋とイザベルは二宮に呆れ返った。
「イザベルちゃん、ゴメン!」




