309 電故
■電故■
「どうして、今日はこんなに満員なんすかねぇ・・・?」
すぅ・・・。
ホーム上の人間も少なくなり、ニ宮はイザベルに回した手をようやく解いた。
「本日は車両故障の影響で社内が混み合いまして、誠に申しわけありません」
駅員のアナウンスでその理由がわかった。
「と、言うことらしいですね・・・」
イザベルは苦笑いした。
「おす。じゃ、まだしばらくは続きますよね?」
「ええ・・・」
イザベルは、また目を伏せた。
「もう、9時回っちゃいましたね?」
「おす。自分が送っていきまっすよぉ」
ニ宮はイザベルに言った。
「でも、ニ宮さんとは反対方向です・・・」
「おす。大丈夫っすよぉ。明日まで着けばいいっすから・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「まさか、お、お泊りするつもりじゃないでしょうね・・・?」
イザベルはびっくりしてきいた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「おす。そういう意味じゃないっす・・・。どうせ、あと1駅っすよねぇ?」
「そ、そうです・・・」
イザベルは答えた。
「おす。自分は反対方向に1駅増えちゃいましたから、ここからなら、1駅分なんて大したことないっす」
「うふ。変な理屈・・・」
イザベルは笑い出した。
「1番線に電車がまいります。黄色い線の内側にお下がりください」
ぷわぁーーーん。
駅のアナウンスがホームに鳴り響き、轟音を立てて、電車が滑り込んできた。
「ニ宮さんちの方向の電車ですよ?」
「見送ればいいんですよね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ええーーー?それじゃ、まるでわたしがそうしろって言ってるみたいじゃないですかぁ・・・?」
ぷくぅ・・・。
イザベルはわざとむくれた。
「そう言ってくれないんですか?」
「んもう!ニ宮さん、ばか言わないでください・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
やがて、イザベルの家方向の電車が来て、二人はそれに乗り込んだ。
がたん、ごとん・・・。
「ホント、多いっすよねぇ・・・」
ニ宮は、イザベルを庇うようにして、ドアの近くに立っていた。
「わたしたちだって、電車が込んでいる原因の一つなんですよぉ。うふふ」
イザベルはニ宮の耳元で囁いた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「うっす。それじゃ、この次の駅で降りましょう。電車も混雑も少しは良くなるっすよぉ」
「あのぉ、この次の駅、わたしの駅なんですけどぉ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あはは。そうっすよねぇ」
二宮はわざとらしく笑った。
がたん、ごとん・・・。
きーーーっ。
今度の電車の運転士は停車がスムースだった。
ぷしゅぅ・・・。
どかどか・・・。
電車が留まると、一斉に客が降りてきた。
どん、どん・・・。
「じゃ、ここでいいです」
ぺこ。
イザベルは会釈した。
「え、でも、家まで送りますよぉ・・・」
ニ宮は不満そうに言った。
「そう言えば、常務さんのワゴン車、どうしたんですか?」
ニ宮は、俊介と真紀姉弟がセレアム訪問中、イザベルの送り迎えにということで、ワゴン車を使ってもいいことになっていた。
「あは・・・。考えたんすけど、自分、稽古の帰りにコンビニでビール買うんすよぉ・・・」
「買うだけなら、別に大丈夫じゃないですか?」
「うっす。それが、誘惑に勝てなくて・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「はぁ・・・。それじゃ、ほとんどの日は乗れないですよね?」
イザベルは笑い出しそうになった。
「いや、乗れるんすけど、捕まるんすよ。それが、困るんで・・・」
「ふふ。要は乗れないということじゃないですか?」
イザベルはいつものニ宮の調子に、そんなことだろうと思っていた。
「じゃ、ニ宮さん、ホームで乗り換えてくださいね。外に出ちゃうと、お金が余計にかかっちゃいますから」
そう言うと、イザベルは小さく手を振って、足早に出口に向かった。
たんたん・・・。
「うす・・・」
「2番線、発射しまぁーーーす」
ホームのアナウンスが響いて、イザベルの姿はあっと言う間に人ごみに消えた。
ぷわぁーーーん。
ごとん、ごとん・・・。
がたがた・・・。
「あ、イザベルちゃん、待って!」
ニ宮は意を決したように改札口に向かって急いだ。
すたすた・・・。
イザベルは改札口を出たばかりだったが、何かを確かめるように後ろを振り向いた。
「くっそう、どっちだぁ・・・」
ニ宮が、改札口手前で左右を見ていると、それは突然起こった。
ざわざわ・・・。
「緊急連絡、緊急連絡。午後9時25分、保線区の大型重機が線路脇で作業中、誤って架線を引っ掛けて電力線を断線した模様。本線は全線不通。繰り返します。緊急連絡。午後9時25分、保線区の大型重機が線路脇で作業中、誤って架線を引っ掛けて電力線を断線した模様。本線は全線不通・・・」
駅の構内放送に、電車会社の社内通信が流れた。
ざわざわ・・・。
「ええ・・・?」
「なによぉ?」
「どうしたんだ?」
駅の中は、それを聞いて、人々の顔に不安が広がっていった。
「げげげ・・・。冗談だろ・・・?」
ニ宮もそれを聞いていた。
「まさかぁ・・・」
そして、イザベルも。
イザベルは後ろを振り返ると、ニ宮の姿を探した。
アンデフロル・デュメーラのダイニングルームでの夕食は和やかな雰囲気で続いていた。
「そのスクリーンの中継の件だけど、ホントに空軍基地内の空に映し出されていたの?」
和人はアンニフィルドたちを見た。
「リーエス。でっかく映ってたわよぉ」
アンニフィルドが他の2人に同意を求めた。
「そうだな。基地からここに連れて行かれて、ここの展望室の様子や、そこからの地球の景色やらなんやら、すべて映し出されていたな」
フェリシアスも頷いた。
「よく、見えてたわよ。もう、空いっぱいって感じで」
クリステアが和人を見つめた。
「それに、大統領やユティスやあなたの話しているところもね・・・」
アンニフィルドが言った。
「それで、基地の人や観客たちは、どう思ったんだろう?なにか叫んでたかい?」
和人はアンニフィルドにきいた。
「リーエス。彼らってホントおっかしいの。気づいてないのよ。あはは」
アンニフィルドは笑い出した。
「え、なにがさ?」
和人はわけがわからず、理由を尋ねた。
「彼らね、あれが合衆国の最新3D投影システムだって疑わないの。口々に自分たちのテクノロジーを賛美しちゃってさぁ。あはは」
--- ^_^ わっはっは! ---
「じゃ、アンデフロル・デュメーラがやってるって思ってないんだぁ・・・」
「これっぽっちもね」
くすくす・・・。
クリステアも忍び笑いをした。
「その辺は、自尊心の非常に高い人間らしいからな。で、しばらく、みんなで見守っていたわけだ」
フェリシアスが言うと、シェルダブロウが捕捉した。
「で、連中、地球が遠くに映ってゴマみたくになって、初めておかしいと気づいた・・・」
「地球人は、だれもそんな光景見たことないからな」
フェリシアスが言った。
「大統領も、その時初めて、これは大変な経験をしていると悟ったんだね?」
キャムリエルが和人に言った。
「リーエス。そういうことですわ」
ユティスがにっこり微笑んで、キャムリエルの言葉を肯定した。
「観客もそれを見て、腰を抜かさんばかりに驚いていた。彼らも、エルフィア人もセレアム人も、地球人以外にも、宇宙には人間がいるんだってことを聞いてはいたが、本当に目の前にいた人間がそうだとは、実感してなかったんだろうな」
「みんなをアンデフロル・デュメーラが転送した時には、まったく新しいテクノロジーだと思ったらしいが、地球が「ペール・ブルー・ドット」になった時、辺りは大騒ぎだった」
フェリシアスはその時の様子を語った。
「観客は、われわれをまじまじと見つめて、口々に言ったんだ。エルフィア人だってね」
シュエルダブロウは両手を広げた。
「そして、スクリーンがアルファケンタウリからの映像に変わった時、みんな黙り込んでしまった。大統領たちが肩を震わせた時だ」
フェリシアスは噛み締めるように言った。
「もう、そこが4光年以上はなれたところの映像だと、本能的にもわかったからね。自分たちの星空とは微妙に配列の違う星座・・・。それが、一瞬で変わったのよ。合衆国のテクノロジーどころか、地球の先進国が束になっても、到底達成できないものだって・・・」
アンニフィルドが言った。
「口をぽかんと開けて、その様子を見ていたの・・・?」
和人がきいた。
「リーエス。高度テクノロジーがないと、そんなことを実現することなんか到底できないからよ」
「・・・」
和人は言葉が出なかった。
「和人さん・・・?」
ユティスは和人を気遣って、和人の顔を覗き込むように身体を向けた。
「あ、ごめん・・・。また、思い出しちゃった・・・」
和人はその時の恐怖を伴う感動を、再び思い返していた。
「あれを見た時、地球はいつだって大宇宙の自然にとっては一捻りなんだなぁって。そう思った。超新星の時だってそうさ。エルフィアのテクノロジーがなきゃ、今頃、強烈な電磁波にオゾン層や地磁気は吹っ飛ばされてかもしれない。ナナン。地球があんなにちっぽけなんだったら、地球ごと吹っ飛ばされちゃっても不思議じゃないってね・・・」
ぎゅ。
「和人さん・・・」
ユティスは優しく和人の手を握った。
「和人さんが、地球座標をお伝えくださったからです・・・。お忘れですか?」
「リーエス。ユティスにコンタクトできたの、あなたしかいなかったんだから」
アンニフィルドがユティスのフォローをした。
「そうだ、それそれ!」
キャムリエルが突然叫んだ。
「どうしてさぁ、和人はユティスにコンタクトできたのぉ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
きら。
キャムリエルの目が光った。
「わたくしが、和人さんにプライベートのハイパーラインを敷いたからですわ・・・」
ユティスがぼそりと言った。
「でもさ、プライベート・ハイパーラインって、そうするのは特別な関係の人間だけでしょ?なんで、会ってもない和人にそれを引いたんだい、ユティス?」
--- ^_^ わっはっは! ---
キャムリエルは、興味津々でユティスを見つめた。
「えーと、それは・・・、そうしないと、地球が滅んだかもしれないから・・・」
和人がぼそりと言った。
「地球がなくなって、和人さんに会えなくなると思うと、わたくしは・・・」
「そっかぁ、やっぱりそういうことだったんだね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
にこ。
キャムリエルは微笑んだ。
「野暮な質問はよしなさいよぉ、キャムリエル」
クリステアがキャムリエルに冷たい視線を向けた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「え・・・?」
きょろきょろ・・・。
「どこがさぁ・・・?」
キャムリエルは同意を求めるようにみんなを見回した。
「寒ぅ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ホント、地球に来てからというもの、二宮そっくりになったわよねぇ、あなた・・・」
アンニフィルドがにやりとした。
--- ^_^ わっはっは! ---
「あは。褒めてくれてるの、アンニフィルド?」
「はいはい。はいはい。リーエス。リーエス」
--- ^_^ わっはっは! ---
呆れたアンニフィルドは両手を広げた。
「ん、ん!」
こういう時には、必ずフェリシアスが咳払いで収めた。
「くっそう、事故だってぇ・・・?」
ニ宮は駅のアナウンスに耳をそばだてると、1時間やそこらで回復できるようなものでないことを悟った。
「ちっくしょう。なんてことだよぉ」
「事故だって・・・」
「そうらしいね。どうしよう、困ったなぁ・・・」
「タクシーにしましょうよ」
「でも、これじゃ、すごい行列だよぉ」
「少し離れたところで、駅に来るのを捕まえればいいんだわ」
「そっかぁ、それはいい考えだ」
どこかのカップルが、架線事故の回避方法を話し合っていた。
「そっかぁ、タクシーと言う手もあるかぁ・・・。そうとなったら、とりあえず、ホームから出なきゃならいな・・・」
ニ宮は独り言を言うと、ホームから改札に向かって再び歩き始めた。
「ニ宮さん・・・」
自分の名前を呼ばれた二宮は、声のする方に目をやった。
「あれ、イザベルちゃん・・・」
二宮は急いで改札を出ると、イザベルのもとに行った。
「おす。まだ、いたんすかぁ・・・」
「ええ・・・。改札を出てすぐにあの知らせがあったんで、二宮さんも困ってるのかなぁって・・・」
イザベルは二宮を思いやって言った。
「うす。そりゃ、どうも。でも、まいったっすよぉ。架線切れ事故じゃ、最低でも復旧に3時間、4時間かかっちゃいます・・・」
「本当ですよね・・・」
イザベルは同情するように言った。
「こうなったら、ついでです。イザベルちゃんのマンションまで送りまっすよぉ」
「あのぉ・・・、わたしは、ついでなんですか?」
「え?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そ、そんなんじゃないっすよぉ。一等最初に送らせてもらいます」
「うふふ。じゃあ、お食事でもしますか?この駅の周辺なら、まだいろいろやってますよ」
イザベルは二宮を食事に誘った。
「うす。そうっすね。イザベルちゃんは、なにがいいっすか?」
「わたしは・・・、そうですね、軽いものでいいです。もう、夜も遅くなるから・・・」
「でも、稽古後で、お腹空きませんかぁ?」
二宮はイザベルがお腹を空かせているのかどうか、計りかねていた。
「ううん。普段から、あんまり食べるほうじゃないですから・・・」
「じゃ、中華なんてのは?それなら、二人で分け合えるから、欲しい分だけ食べればいいんすよぉ・・・」
「中華ですか・・・?うん・・・。それにしましょう」
イザベルはにっこり微笑むと、駅の左の方に歩き出した。
てくてく・・。
「こっちに行くと、ラーメン屋さんがあるんですよ。そこなら、中華メニューもいくつかあると思います」
「うす。そこにしましょう」
二宮は頷いて、イザベルと一緒に歩き始めた。




