305 気付
■気付■
「うふふ。今はただの点ですが、そうですね、100キロ先に置いたゴマ粒くらいの大きさでしょうか」
「100キロ先のゴマ粒ですってぇ・・・?」
国務長官は明らかに信じていなかった。
「もっと倍率を上げてくださる、アンデフロル・デュメーラ?」
「リーエス、エージェント・ユティス。倍率を100倍に上げます」
しゅん。
ぱ。
いきなり画面がアップになったが、太陽とされる星はいっこうに大きくなったようには見えなかった。
「うふふ。これで1キロ先のゴマ粒ですわ」
ユティスが楽しそうに言った。
「倍率をさらに1000倍にします」
アンデフロル・デュメーラがいうと、今度は真ん中の白っぽい星がちゃんと円に見えてきた。
「これで小さな真珠くらいにはなりましたわ」
「なんと!」
「信じられん!」
大統領と藤岡は、同時に声を上げた。
「あっ・・・」
和人は声を失っていた。
「こ、これが太陽だって言うの?」
国務長官はそれでもショックとはほど遠い感じだった。
「地球はさらにこの110分の1です」
アンデフロル・デュメーラの落ちついた声が響いた。
「もっと倍率を上げてよ。地球を見てみたいわ。そして、基地も。空軍基地のオープンハウスが見えるはずでしょ?」
国務長官は、ここが本当にアルファケンタウリなら、それが見えるはずだと主張した。
「はははは、ベス、きみはなにを言ってるんだね。ここは4光年以上離れてるんだぞ。今見ている太陽だって、4年以上前の姿だ。太陽の光がここまで届くのに4年以上かかっているんだってこと忘れてないか?」
「4年以上前の光景ですって・・・?」
「リーエス。国務長官さんのご覧になっている太陽は4年以上前の姿です。
それにこれ以上倍率を上げますと、像自体がぼやけてしまいます。とても地球だとは判別できませんわ」
にこ。
ユティスは微笑んだ。
「そんなこと・・・、ありえないじゃない」
「ダメだなこりゃ・・・」
大統領は苦笑いして、ユティスを見た。
「おい、これが、太陽なのかぁ・・・?」
オープンハウス会場の観衆は、自分たちの真上で強く輝く太陽とスクリーン上の豆粒の太陽を見比べて、口々に自分の思いを言った。
「この豆粒みたいのが太陽だってぇ・・・」
「信じられないわ・・・」
「見ろよ、なんか2つ小さな点があるぞ・・・」
ぽつり・・・。
ぽつり・・・。
スクリーンに浮かぶ太陽の側には2つの本当に小さな点のようなものが光っていた。
「あれは、木星と土星だ・・・」
「オレたちは、4光年以上離れて、木星と土星を見ているんだ・・・」
「うっほ、すごいなぁ、父ちゃん、このスクリーン!」
ぴょーーーん。
突然、中年の男が飛び上がった。
「な、なんだよぉ、いきなり?」
彼の連れの男が、彼を叱った。
「で、どこだよぉ?ちっとも見えないじゃないかぁ?女の子が見れるって行ったじゃないかぁ・・・」
「はぁ?」
「女性が見えるって言わなかったか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「バカ野郎!土星だ、土星!だれが女性といったぁ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あっはっは!」
「わっはっは!」
周りは大爆笑になった。
「まったく、危ねぇ野郎だぜ・・・」
再び大統領が話を始めた。
「諸君、そういう訳で、わたしたちと同じ光景を見てもらうことができた。われわれは、人類史上初めて、太陽系を遠く離れた別の恒星系から、太陽系を眺めている。諸君、きみらもわたしと同じものを見、同じ感慨にふけっている・・・。そうでは、ないのか?」
大統領は、4光年以上彼方にいるにも係わらず、大衆にはいつもと同じように映った。
「今、問おう。われわれは、そして、地球は新しい時代にいる。もう、後には戻れない。今、見ているものに、諸君は感じるものがあるだろう。これこそ、ユティス大使が地球人に求めているカテゴリー2の精神だ。数分後には、われわれも、太陽系に、そして地球へと戻るであろう。われわれは、この感動を永遠に留めておかねばならない。そして、世界に発信せねばならない。わたしは、自分自身で体験して、初めてわかった・・・」
大統領は一呼吸置いた。
「宇宙は人類のものではない・・・。征服すべきところでもない・・・。われわれは、宇宙と共に生きていかねばならないのだ、エルフィア人のように・・・。宇宙の広大さ、宇宙の法則、それを理解することなく、強引に宇宙進出しても、太陽系の惑星に行くことすらままならないだろう。諸君、地球の新たなる出発に、諸君と共に立ち会えたこと、わたしは誇りに思う」
「わぁーーー!」
「おぅーーー!」
空軍基地では大統領への慣性が割れんばかりであったが、アルファケンタウリ付近で、アンデフロル・デュメーラの中にいる大統領には届いていなかった。
「そして、ここに、日本藤岡首相がいる。彼もエルフィア大使に選ばれた人物だ。われわれは、ここで同じ体験をしている。われわれは、揺るぎないパートナーシップを発揮して、地球を真のカテゴリー2に断固引き上げていくことにする。何年かかろうとかまわん。しかし、その方向性だけは見誤ってはならない・・・」
大統領はそういうと、藤岡首相を右に、国務長官を左に携え、その前にユティスと和人を腰を低くさせて、記念写真でも撮るかのようにならべた。
「みなさん、よろしいかな?」
「リーエス」
「イエス」
そしてその様子は、空軍基地に投影されたのだった。
「さぁ、ユティス大使、われわれを戻してくれますかな?」
「リーエス、けっこうですわ。藤岡首相?あなたは、日本の首相官邸の執務室でしたかしら?」
ユティスはにっこりと微笑むと、アンデフロル・デュメーラを呼んだ。
「アンデフロル・デュメーラ、お願いしますわ」
「リーエス、エージェント・ユティス」
ぽわぁ・・・。
「ありがとう、ユティス大使・・・」
大統領はユティスに礼を言うなり、感無量となったのか、口を真一文字に結んで、涙がこぼれそうになるのを、必死で堪えていた。
「アンデフロル・デュメーラ、お待ちになって・・・」
「リーエス、エージェント・ユティス」
しゅうん・・・。
急いでユティスはアンデフロル・デュメーラの転送準備を中止させた。
すす・・・。
ユティスは大統領の方を振り返った。
「大丈夫ですか、大統領?」
「イエス・・・。なんでもありません、大使・・・」
大統領は背筋を伸ばすとユティスに合図した。
「大使、わたしは、今の今まで、なんと愚かだったのか・・・」
「大統領たるお方が、愚かだなんて、おっしゃってはいけませんわ」
ユティスは優しく言った。
「いや、地球を遠く離れてそれを見た・・・。こんなにもちっぽけなケシ粒にも満たない粒の上で・・・。地球の現状を思うと、やるせないんですよ。大使・・・」
大統領は声を振り絞るように言った。
「リーエス。そのお気持ちこそ崇高なものです。焦ってはいけません。大統領のおっしゃっていたとおり、時間は最重要なものではありません。正しい方向性です」
「ユティス、時間は?」
和人がユティスに言った。
「リーエス。みなさん、そろそろ、よろしいですか?」
「イエス」
「ああ」
「お願い」
「アンデフロル・デュメーラ?」
「リーエス、エージェント・ユティス」
ぽわぁーーーん。
ぶわん!
今度こそ、エストロ5級母船は、アルファケンタウリ星系を離れていった。
「やったわね、ユティス」
アンニフィルドがクリステアに言った。
「リーエス。見事だったわ。それに、和人も大したものね・・・」
「リーエス。あのVIPの中で、堂々渡りあってたじゃない?」
クリステアは両手を広げた。
「そうだな。普通の人間だけに変な虚飾もない。実に、素直な感想だった。地球人がもな、和人のような感じ方をしてくれるなら、前途は極めて明るくなる」
フェリシアスが真面目臭って言った。
「どうだい、すごいじゃないか、ユティス!」
エルフィア大使館では、残された3人のエルフィア人たちが、リビングの中央に現われている空中スクリーンで一部始終を見ていた。
「まったくねぇ・・・」
「しかし、隣の恒星系まで飛んでくってのは、びっくりしたよ」
キャムリエルはエスチェルを見た。
「大統領がすっかり変わったわね・・・」
「リーエス」
エスチェルが答えた。
「しかし、その銅像とやら、ホントに作るのかなぁ・・・?」
キャムリエルが悪戯っぽく、ドクター・エスチェルを見た。
--- ^_^ わっはっは! ---
「嫌なのぉ?」
キャムリエルがつい最近までユティスにぞっこんだったのを知っているエスチェルは、まだ彼が引きずっているのか、一瞬気にした。
「ナナン。そういうわけじゃないけど、本当にできちゃったら、すっごく濃厚なディープキッス状態かなぁって、想像しちゃって・・・。あはは」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そ、そうです。わたしも、それは思いました」
「あのねぇ・・・」
ちっちっち・・・。
「男って、どうして、こんなにスケベなんだか・・・」
エスチェルは、人差し指を立て、二人の目の前で横に振ると、天を仰いだ。
ぶわん!。
エストロ5級母船は、一度太陽系の土星軌道の少し外辺りに、姿を現した。
「ここは、土星軌道付近です。もう一度、こここから、地球をご覧いただけます」
アンデフロル・デュメーラの声が静かに響いた。
「あ、あれだ・・・」
和人が青い点と、その少し手前にある銀色の点を指して言った。
「あは。こんなに小さいのに、なんか、すごくほっとしますね・・・?」
和人は、ゴマ粒より小さい青い地球と白い月のコントラストが、とても美しく、そして愛しく見えた。
「うむ。なんか我が家に帰った気がする」
藤岡は大窓から地球と月を見て微笑んだ。
「それでは、いよいよ地球上空32000キロに戻ります」
アンデフロル・デュメーラはすぐに次の転送に入った。
ぽわぁーーー。
ぶわん・・・。
しゅん。
「わぁ、地球だぁ・・・」
「なんと美しい星か・・・」
藤岡が和人の後に続いた。
「おお、合衆国だわ」
国務長官が大統領に示した。
「うむ。空軍基地はどの辺りだろう・・・?」
大統領はは極めて狭い地域を見つめた。
「さぁ、ここからは、別々の部屋に戻って、それぞれのお国に転送いたしますわ」
ユティスがそう言うと、藤岡たちをコントロールルームから出し、藤岡はアンデフロル・デュメーラの擬似精神体に連れられて、廊下を歩いていった。
かつぅーん、かつぅーん
「わたくしたちも、先ほどの部屋に戻りましょう」
ユティスがそう言うと、4人は転送されてきた部屋に戻った。
ぽわぁーーーん。
日本の首相官邸の首相執務室は、外からは入れないようになっていた。
しゅん。
そして、藤岡が執務室に戻った。
「お帰りなさい、首相」
にこ。
藤岡の目の前のソファーには、大田原太郎が座って、待っていた。
「大田原さん・・・」
にこ・・・。
藤岡も笑った。
「いかがでしたかな、日帰り出張は?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わはは。大田原さんもなかなか面白いことを言いますな」
「恐縮です」
ふわ。
大田原はソファーから起き上がると、藤岡に近づいた。
すたすた・・・。
「それで、まず、あなたには礼を言わねばならん」
藤岡は大田原に手を差し伸べた。
ぎゅう・・・。
二人は互いに手を握り締めあった。
「これで、やっとわたしもカテゴリー2というものがわかったような気がします」
藤岡は打って変って神妙な顔になった。
「それは、それは・・・」
「頭で、理屈で、いくら考えても、現実を理解するのは難しいもんだなぁ・・・」
「おっしゃるとおりかと・・・」
「大田原さん、わたしは、つい、あなたをいつものように地球人と思ってしまうのだが、あなた自身、遥か彼方の銀河の住人、エレアム人なんですよなぁ・・・。わたしが先ほど体験したことなど、あなたに取ってはいつものことにしか過ぎんことでしたなぁ・・・」
「ふっふ。首相、わたしとて、最早、地球人。また、日本人でもあります。50年以上、そういう体験はありませんからなぁ・・・」
大田原はそう言うと、藤岡が見てきたものを、どう捉えたのか聞きたがった。
「どんな感じを持たれました?」
「ああ。正直、恐かった・・・。地球が美しいと思ったのは、母船の周回軌道時と、30万キロまでだったよ・・・。土星軌道近くまで行ったら、もう地球はゴマ粒だった。そして、月が青い地球に寄り添うようにして銀色に光っていた。まるで、兄弟星のようにな。それは静かで広大だった・・・」
「それで、どうでした?」
大田原は先を聞きたがった。
「なんと寂しいところかと思った。あたりは真っ暗で、無性に恐く、そこにぽっかりと地球と月が浮かんでいることが信じられなかった。なんか、すとんと今にも落ちていきそうで・・・」
「地球は太陽にむかって落ちてるんです。間違ってはおりません」
大田原は真面目に答えた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「いや、太陽に向かってではなく、真下の果てしない宇宙空間にです・・・」
藤岡の顔は、それを思い出したのか、少し青くなっていた。
「そして、アルファキンタ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
藤岡は、危ないところで、その言葉を飲み込んだ。
「いや、失礼しました・・・。なんでしたかなぁ、一番近いと言われておる恒星は?」
「アルファケンタウリですかな?」
「そう。それです。そこから、太陽を見せてもらったんです・・・」
藤岡は小さく身震いをした。
「本当に恐ろしかった・・・。太陽がどれだか、さっぱりわからなかった。オンドレラ・オメーラとかいう母船の若い女性が・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「オンドレラ・オメーラではありません。アンデフロル・デュメーラです。ふふ」
大田原がエストロ5級母船の名誉のため、藤岡を優しく訂正した。
「そう、それだ。あれが太陽だと教えてくれた時、あの暖かく輝いている太陽が、他の星と区別がつかんくらいのポッツリした光しか出しておらん。恐ろしく寒気がした。そんなところに地球があり人間が棲んでいるんだと・・・」
「まったくですな・・・」
大田原は深く頷いた。
「そして、次の瞬間、その上を蟻のように這いずり回っては、お互いを傷つけ合っている人間のことを思うと、無性に哀れに思えた。そして、自分もそのうちの一人だと思い、情けなくなった。その瞬間にも何人もの人間が競争し合い、傷つけ合い、殺し合いまでしているかと思うと、情けないやら、恥ずかしいやら、とても人類は宇宙に進出できるような輩ではないと思った。ところがだ・・・。なんで、エルフィアが、なんでユティス大使が、地球を無償でサポートしようとしているのかも、わかったんだ・・・」
「ええ・・・」
「彼らは、エルフィアは・・・、人間を愛しんでいる。ただただ、人間だということで、導こうとしているんです。何の見返りもなしに・・・。そうしたいんですよ。そんな地球を放っておくことなんて、できないんですよ・・・。うう・・・」
藤岡はまた、涙ぐんで話せなくなった。
すぅ・・・。
ぎゅ。
大田原はそんな藤岡を抱き締めた。
「よくぞ、そこまでおわかりになられましたな、首相・・・」
どたどたどた・・・。
ばぁーーーん!
「首相!今、すすり泣きする声が・・・」
そこに第一秘書が飛び込んできた。
「うん・・・?」
「あ・・・」
第一秘書の目には、大田原と抱き合って、涙を流している藤岡首相が映っていた。
「おじゃまだったですか・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---




