304 隣星
■隣星■
「うん?」
そう言って振り返った男を見て、地球人の3人は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「ミスタ・フジオカ・・・」
「首相・・・」
そこには、日本国首相、藤岡龍之介が立っていた。
「大統領・・・。なんで、ここに・・・?」
藤岡は不思議そうに3人を見つめた。
「それは、こっちの台詞です」
すたすた・・・。
いち早くショックから立ち直った国務長官が、藤岡の方へゆっくりと近づいていった。
「国務長官・・・」
「どういうことですか、ユティス大使・・・?」
大統領がユテイスに説明を求めた。
「理由は同じです。藤岡首相にはカテゴリー2へ進むための第一段階のプログラムの適用を受けていただきました。藤岡首相?わたくしが語るより、遥かに多くのことを学ばれたを思いますが・・・、そうではありませんか?」
にこ。
ユティスは藤岡首相に優しく微笑むと、感想をきいた。
「あ・・・。そう・・・。そうです・・・」
じわぁ・・・。
突然、藤岡は目頭を押さえた。
「し、失礼・・・」
さささっ。
ユティスは素早く藤岡の元に歩み寄ると、ハンカチを取り出して藤岡に渡した。
「さ、どうぞ、首相・・・」
「う・・・」
さ・・・。
藤岡はハンカチで目頭を押さえ、声を震わした。
「うう・・・」
「藤岡首相・・・」
ぎゅ・・・。
ユティスは、そんな藤岡を優しく抱き締めた。
「・・・」
「・・・」
二人はしばらく黙り込んで、3人から背を向けていた。
「・・・」
「・・・」
ざわざわ・・・。
地球の合衆国の空軍基地では、空中スクリーンにその様子が逐一映っており、観衆はどよめていた。
ざわざわ・・・。
「これ、大統領に本当に起こっていることかぁ・・・?」
「どういうことだ・・・?」
「アルファケンタウリよ。アルファケンタウリ・・・。大統領と国務長官はアルファケンタウリに行ったのよぉ・・・」
「バカな。ありえん!」
「でも、そこから見た夜空じゃないのか?」
ぎゃー、ぎゃー・・・。
「うっそぉ・・・」
「おまえ、4光年以上先って、どういうことかわかってんのかぁ?」
「そうさ、トリックに違いない」
「でも、スクリーンにずっと映ってたじゃない?」
「あれくらい、ハリウッドじゃなくても、いくらだってトリックできるさ」
そして、それは日本のエルフィア大使館でも同じだった。
「へぇ、感動の名場面が見られるなんてねぇ・・・」
ドクター・エスチェルは、トレムディンとキャムリエルに言った。
「まぁ、ぶったまげるよね、隣の恒星系まで一気に行っちゃったんだから」
キャムリエルが言った。
「無理もないですよぉ・・・」
トレムディンが続いた。
「でも、藤岡首相も行ってたんだ・・・」
「リーエス、トアロの口添えらしいわね・・・」
「トアロって、あのセレアム人なのに、セレアムから来た宇宙機に乗ることを辞退したっていう大田原太郎なんでしょ?」
「リーエス。本人は地球に残ったんだ」
「あれぇ、彼、なんか泣いてるみたいじゃないかい?」
「藤岡さんでしょ?」
エスチェルがきいた。
「リーエス。玉葱で演出ですか・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
トレムディンが片目をつむった。
「まっさかぁ・・・」
しばらく目頭を押さえ、ユティスに抱かれていた藤岡首相は、やがてユティスに礼を言って、他の3人を振り向いた。
「みっともないところをお見せし、失礼しました・・・」
「いいえ、あなたがみっともないないんて、だれも思いませんよ・・・」
和人は藤岡に言った。
「あう、宇都宮くんかね・・・?」
「はい」
「きみもここにいたとはな・・・」
にやり。
藤岡は意味ありげに笑うと、大統領に言った。
「いかがですかな、大統領?」
「・・・」
ぷるぷる・・・。
大統領は藤岡を見つめて首を振った。
「とても言葉になりませんな・・・。どんな言葉にも表現できかねます。例え表現しようとしても、ウソくさくなるだけだ・・・」
「ふっふ・・・。同感です・・・」
「ふふふ・・・」
藤岡は大統領に微笑むと、大統領も微笑み返した。
「あなたは、いかがですかな、国務長官?」
藤岡は、国務長官に同じ質問をした。
「素晴らしい景色でしたわ・・・」
「景色・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぷふっ・・・。
藤岡は急に可笑しくなった。
「なにか変ですか?」
国務長官は眉をひそめた。
「いや、失礼。お許しください。あまりに地球的な表現でしたので・・・」
「宇都宮くん、きみはどうかね?」
藤岡は、さらに自分の印象と他人の感じ方がどう違うのか、それに興味を持っていた。
「オレ、いあや、わたしは・・・」
「はっは。オレでかまわんよ。遠慮はいらん。ここに、地球人はきみも含めて4人きりだからな」
にこにこ・・・。
一転、藤岡は愉快そうに言った。
「あ、はい、首相」
「で?」
「ショックでした・・・。ものすごく・・・。地球があんなにちっぽけで、ケシつぶよりもっと小さくて、それが一瞬で別の恒星系に来ていて、今度は太陽までがケシつぶ以下になって・・・。自分がいつも見ている夜空の星の一つになっていた・・・。あのさんさんと降り注ぐ暖かな太陽が・・・、星でしかないだなんて・・・」
「うむ・・・。わたしもだ。わたしもだよ、宇都宮くん。わたしも、ものすごく酷いショックだった・・・」
こっくん。
藤岡は頷いた。
「そのとおりです、首相。感動というより、とにかく、ものすごくショックでした・・・。この真っ暗な広大な宇宙空間にポツンと瞬くだけの星・・・。なんだか、頼りなげで、一人ぼっちで瞬いてて・・・。あれが太陽だなんて、ウソだろうって、感じです。とても信じられなかったです・・・」
和人の続きは、藤岡が引き継いだ。
「でも、それが動かしがたい事実だとわかって・・・、わたしは無性に悲しくなった。太陽が・・・、地球が・・・、人類が憐れでならなかった・・・。なにも知らずに、ケシ粒にもならない星の上で、自分たちが万物の霊長であると自負するばかりか、自分こそは人類のリーダーだと威張り散らしている。それを自覚してもおらんし、それどころか、目をつむって自分自身を誤魔化し、現状の地位にしがみつくことに四苦八苦しておる。これが憐れでなくて、なんだね・・・?」
ぎゅ。
藤岡は和人の手を取った。
「エルフィア人に限らず、他の文明世界からは、さぞ地球人はバカに見えてるんだろうなって・・・」
「うむ。まったくの同感だよ・・・」
ぎゅっ。
今度は、和人は藤岡の手を両手で握り締めた。
「宇都宮くん、よく、エルフィアとコンタクトを取ってくれたな。よく、ユティス大使を地球に連れて来てくれたね・・・」
「それは、たまたまの偶然ですよ・・・。わたしは、ただの男です」
和人は大いに謙遜した。
「いやいや、感謝してもし切れんよ・・・。わたしは、きみとユティス大使が抱擁してキッスしている銅像を建てたいくらいだ・・・」
「まぁ!」
「ええ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「知っとるよ。大使も横畑で言ったではないですか。将来の約束を交わした恋人なんだろ、宇都宮くん?」
にたにた・・・。
藤岡は和人とユティスを交互に見つめた。
「ええ?」
「銅像だなんて、そんなこと必要ありませんわ。ねぇ、和人さん?」
「あ、も、もちろんです・・・」
「うふふふ。」
真っ赤になって、ユティスは答えた。
「冗談ではないですぞ。ユティス大使、宇都宮くん、お二人はエルフィアと地球を象徴しているんですからな。そのお二人が愛に包まれて・・・。うむ」
「象徴だなんて・・・」
「恥ずかしいですわ・・・」
ユティスの頬は真っ赤になった。
「ミスタ・フジオカ・・・、あなたは、どのようにして、ここへ・・・?」
大統領はフジオカの側にやってくると、一緒に、巨大な窓に映っているアルファケンタウリからの夜空を見つめた。
「手紙です・・・」
「手紙?」
「イエス。つい先ほど、わたしの執務室のデスクに一通の手紙あったんです」
「だれからです?」
国務長官がきいた。
「セレアム日本駐在員、大田原太郎」
「なんと・・・」
「それで、すぐに封を開けて読んだんですが、目を閉じて『アンデフロル・デュメーラ』を心で呼べと・・・」
藤岡は続けた。
「この母船のCPUですな?」
大統領が言った。
「左様。それで、手紙に書いてあるとおり、『アンデフルロ・デュメーラ』と呼んでみたんです。そしたら、落ち着いた声の女性の影が執務室に現われて・・・、そりゃぁ、たまげましたとも・・・」
「アンデフロル・デュメーラの擬似精神体ですね?」
「そう。それです」
「それで?」
国務長官は藤岡に催促した。
「これから、宇宙へ数分ご招待したいが、どうかって・・・」
「なるほど」
「それで、なんのためにときくと、文明支援プログラムの第一フェーズで、とても重要なことで、ぜひと・・・」
「それで、同意をされたと?」
「そういうことです。そして、答え終わった瞬間に、この宇宙船のこの部屋にいて、窓から見えるでっかい地球を眺めていた・・・」
「ここには、お一人で?」
「イエス。一人でしたよ。今の今まで、隣の部屋に大統領や国務長官、ましてや宇都宮くんやユティス大使がいるなど、夢にも思いませんでした」
「ふむ・・・」
大統領は藤岡に頷いた。
「で、どうして、同意なさったんですか?」
国務長官はさらなる質問をした。
「宇宙船に乗ってみたかっただけです。子供みたく、もう信じられないくらいわくわくしましたよ、その瞬間」
「そういうことですか・・・」
一方、空軍基地に取り残されたブレストとSSたちは、空中スクリーンを見ながら、お互いの出方を探っていた。
「ブレスト、ここに残るのはあなただけになるわね」
クリステアがフェリシアスの側でうなだれているシェルダブロウを見ながら、ブレストに囁いた。
「それで・・・」
ブレストはシェルダブロウを非難するわけでもなかった。
「お別れよ。ユティスたちが戻ったら、わたしたちは日本に帰るわ」
「・・・」
「みんな、隣の恒星系に行っているのね・・・?」
アンニフィルドは感慨深げにフェリシアスに言った。
「そうだ。ユティスは生まれついての教育者だな・・・」
フェリシアスはアンニフィルドに答えた
「リーエス。ユティスは答えは教えないの。自分で気づかせるのよ。自分からは決して言わない。気づくようにサポートするだけなのよ・・・」
アンニフィルドは微笑んだ。
「まったくね。ユティスが問答を始めたら、みんな自分の矛盾をさらけ出すわ。あの娘は人を気づかせる天才よ」
「ああ。ユティスは実際超A級エージェントだ・・・」
フェリシアスが答えた。
「でも、また、よくわからない人間もいるようね・・・」
クリステアが空中の巨大スクリーンに映った国務長官を見て言った。
「リーエス。だが、当初の目的は達成してるわ」
アンニフィルドが大統領を見た。
「さて、もう5分をとっくに超えている。合衆国のSSやMPたちが大騒ぎになってるぞ」
フェリシアスが周りを見るように即すと、辺りは彼らが走り回っていた。
「あー、待って、大統領がなにか話すようよ」
アンニフィルドが、スクリーンからこちらを見つめて微笑んでいる大統領を指した。
「親愛なる合衆国市民のみなさん、わたしのことは心配ご無用だ。SSならびにMPの諸君、わたしとベスが突然消えたので、血相を変えて探しているんじゃないかと思うが、大丈夫だから冷静に聞いて欲しい」
この一言で、何千人という人々が一斉に空中スクリーンに釘付けになった。
「まず、わたしがどこにいるかと言うことを話しておこう。はは、わたし自身もたまげているんだが・・・、ここは太陽系ではない。あーーー、その、なんだったっけかなぁ、ユティス大使・・・?」
ぽりぽり・・・。
「あはは・・・」
大統領は頭を掻いた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「アルファケンタウリですわ、大統領。うふ」
ユティスが微笑んだ。
「アルファケンタウリという恒星系にいる。太陽から4光年以上はなれているが、太陽に一番近い恒星だ。まったく、なんでこんなことが可能なのかまったくもってわからんが、すべてエルフィアの科学テクノロジーのなせる技であることは、断言しておこう」
大統領は、アンデフロルデュメーラにアルファケンタウリの夜空を映すよう、身振りで指示した。
「みなさん、今、ご覧になっているのが、アルファケンタウリから見た、われわれの言うカシオペアの方向だ。あーーー、それで・・・、良かったんですよな?」
「リーエス」
--- ^_^ わっはっは! ---
大統領はそこを指した。
「このカシオペアを見ていただきたい。似て非なるとはこのことだ・・・。カシオペは5つのW字をしているが、その下に1等星が一つ余計にある。おわかりかな・・・?」
大統領はその星を指差した。
「ふぅ・・・」
大統領は一呼吸置くと、話を続けた。
「この余計な星、これがわれわれの太陽だ。あ、いや、ちっとも余計じゃないなぁ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うふふふふ」
「あはははは」
「わはははは」
大統領の脇で他の4人が笑っている声が聞こえた。
「とにかく、このポツンと光っている、これが太陽なんだ。わかるかね、諸君。われわれの太陽は、だだっ広い大宇宙では、こんなちっぽけな星に過ぎんのだ。もちろん、地球が見えることなんかない。そうだですな、ユティス大使?」
「リーエス。肉眼では無理ですわ」
「じゃ、望遠鏡なら見えるんですか?」
国務長官が口を挟んだ。
「リーエス、もちろん、お見えになりますわ」
「見たいわ」
国務長官は期待する表情になった。
「あ、ベス、いいから余計なことはしないでくれ」
大統領が言った。
「なにが余計なことよぉ?女をバカにするといくら大統領とはいえ、許しませんよぉ・・・」
「おー恐ぁ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「では、直接見てみましょうか。アンデフロル・デュメーラ、ここから見える太陽系をズームアップしていただけますか?」
「リーエス、エージェント・ユティス」
たちまちエストロ5級母船が答えた。
しゅん。
まず、スクリーンの太陽が真ん中に来て、いきなり10倍にズームアップした。
「倍率を10倍にしました」
エストロ5級母船が答えた。
「なぁによ。ただの点・・・。ぜんぜん変わんないじゃない?」
国務長官は不平を言った。




