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301 白紙

■白紙■




トレムディンは宣誓書を手にすると、大統領の目の前でそれを丁寧に広げると、大統領に見えるようにした。


ささぁーーー。


「ど、どういうことだ・・・?」


さささぁ・・・。

シェルダブロウが士官に渡されたペンで署名した宣誓書のインクが、大統領の前で徐々に薄くなっていった。


さぁ・・・。


「署名が消えていく・・・」


そして、数十秒後、それははじめから署名などなかったように、士官がシェルダブロウに渡した時のままの宣誓書があった。


「白紙に戻させていただきました・・・」


ひらり・・・。

そして、シェルダブロウがそれを手放すと、空中を舞うように空高く昇っていき、やがて見えなくなった。


「宣誓書はお返しいたします」


「あーーー!」

士官は叫び声を上げた。


「こ、これは・・・」

士官の右手には、空に消えたはずのまっさらな宣誓書があった。


「大統領、そのようなものがなくとも、エルフィアが合衆国に支援をすることに、まったく変わりはありません。ユティスにご確認してください・・・。それとも、わたしの言葉は信じるに値しませんか・・・?」

くるり・・・。

シェルダブロウはそう言うと、ユティスを見た。



「わたしは、あなたに大変なことをしました。罪は償うつもりです・・・」

「シェルダブロウ・・・」

ユティスは優しい目で彼を見つめた。


「あなたはとても勇気がおありです。わたくしはあなたの謝罪を受け入れますわ」


くるっ。

そして、シェルダブロウはフェリシアスを振り向いた。


「フェリシアス・・・。わたしの処遇はあなたの手に委ねることに同意します」

「うむ・・・」

フェリシアスは頷くとシェルダブロウが歩いてフェリシアスの方に進んでいた。


「シェルダブロウ・・・」


ぼぅ・・・。

独り残されたブレストは、シェルダブロウの一連の行動を見つめながら、頭が真っ白になっていた。


「ブレスト大使・・・」

大統領は突然のことに、大いに迷っていた。



「大統領、シェルダブロウの言ったことは真実ですわ。エルフィアは地球の文明支援を行いと思っています。でも、お国だけに優先的に行なうことも、お国だけに独占的に行なうことも、まったく考えてはいません。文明とは、あまねく一般に広まることでなければ、意味がありませんもの」


「あまねく一般に・・・」

大統領は、ユティスの言葉を噛み締めるように繰り返した。


「それでも、お国は地球をリードされていることには変わりありません。ご心配しなくても、エルフィアにとって、ぜひご協力をいただきたいところです。少なくとも、エルフィアはそう考えています。わたくしどもが、合衆国を無視することなど絶対にありませんわ」


ユティスは最初に大統領と横畑基地で言ったことを繰り返した。


「なるほど、おっしゃることはわかりました」

大統領は頷いた。


「ブレスト参事が亡命とお考えになり、それをお国が受け入れるのは、最も人権を尊重されるお国の大統領として当然のことでしょう。わたくしは、それに異論はございませんわ」

ユティスは大統領に微笑むと、前に進み出て一礼した。


「お言葉ですが、ユティス大使、あなたはブレスト大使とミスタ・シェルダブロウをエルフィアの法では裁くおつもりはないとおっしゃられますが、そもそも、この二人が犯したという罪とはどのようなものですか?」


国務長官が尋ねた。


「リーエス。国務長官さんのご質問はわかりました。お話いたします。エルフィア人はカテゴリー4と称していますが、意思的にしろ無意識的にしろ、まったく犯罪がないというわけではありません。地球に比べても極めて少ないことは事実ですが、ゼロということではないのです。この度は純粋にエルフィア人内部のことでした」


ユティスは少し悲しげな表情になった。


「内部犯罪と・・・?」


「犯罪であることの判定はともかく、時期尚早として、エルフィアには地球の支援を反対する人々がいます。わたくしの地球派遣を巡って、反対の方たちはそれを阻止しようとされました。無断で地球に転送し、エージェントのわたくしをエルフィアに戻そうとされたのです・・・」


「それがブレスト大使たちだとおっしゃりたいのですか?」

国務長官が静かに言った。




ざわざわ・・・。

何千人という群集は、それをアンデフロル・デュメーラの映す巨大な空中スクリーンで、その一部始終を息を呑んで見守っていいた。


「どうなってるんだろう・・・?」

「おかしなことになったぞ・・・」

「ああ・・・」




「はい・・・。ブレスト参事たちは、それのみならず、Z国と結びつき、エルフィアの信頼を損ねました」


「どういうことです?」


「エルフィアは支援世界にコンタクトをつける場合、信頼関係が確立するまでの当分の間、一人のコンタクティー、そしてその方のごく近い方、組織などです。そういうところとしか決して接触をいたしません。それは、エルフィア文明促進推進委員会の委員会憲章にある、遵守すべき事項でもあります」


「どうしてです?」

国務長官はさらに質問してきた。


「理由は、コンタクティーとの信頼関係を損なうからです。コンタクティーの方は、ご自分に起きていることに不安になられています。それをさらに助長するような行為は、絶対にすべきではありません」


「それはわかりますが、なぜ、コンタクティーを一人にこだわられます?」

国務長官は追及した。


「はい、ご説明いたしますわ。正確には、コンタクティーの方と相対する立場の方々ですが、そういう方たちにお会いしているということを、コンタクティーの方が知ることになれば、エージェントとの信頼関係がたちまち崩れてしまうからです。同時に相対する方と会うべきではありません」


「本当に、そうされているんですか、今までもずっと・・・?」

「はい。エルフィアが長い経験から得たものです」


「では、失敗もされたと?」

国務長官は相手の隙は絶対に見逃さなかった。


「はい。その経験を無駄にしないように、いつも修正をかけています。エージェントがコンタクティーの方と実際に会見するまでには、通常、何ヶ月かの精神的コンタクトを経て行ないます」


しかし、ユティスは気に留めた様子はなかった。


「テストとはそのこと?」

「はい。でも、それがすべてではありません。精神的なコンタクト依然の調査はもっと大事で慎重にいたします」


「コンタクテイーとしては辛くなるわね?」


「はい。大変な負担をお願いすることになります。ですから、コンタクティーの方と相対するまったく別の立場の人とコンタクトを同時にするということは、その方の信頼を損ねることになりませんか?それを続けるとしたら、どういうことになるでしょうか・・・?」


「しかし、最初のコンタクティーの選定が間違っている場合もあるでしょう?例えば、余りに夢見るような正確で、超常現象を信じ、カルト的なものにどっぷり浸かっているとか、ウソつきであるとか、好ましからぬ人物であった場合は・・・?」


国務長官は突っ込んできた。


「コンタクティーは事前に慎重に審査され、それにパスした方のみです」

「では、ミスタ・ウツノミアはパスしたと?」

「もちろんですわ」


にこ。

ユティスは和人へ嬉しそうに微笑んだ。


「しかし、相対する人間へのアプローチは、好ましくはないでしょうが、事実を知るには必要かもしれませんよ」


「事実とは?」

ユティスは逆に質問した。


「疑いの先に見えてくるものです。科学はそういう疑問と探求の上にこそ成立するものです。信じることの素晴らしさは疑いのないものです。しかし、それが正しいかどうかは別物です」


「では、国務長官さん、あなたは科学的なのですか?」

「もちろん。わたしはスタンポート大で経済学の博士号を取っています」


「まぁ、すばらしい!」

にっこり。


「どうも、ありがとう」

ユティスが褒めたので、国務長官は悪い気はしなかった。


「それでは、国務長官さんは十分に科学的であるということが疑いのないところで、ご自身もお疑いですの?ご発言する前に、あなた自身の判断が正しいと、科学的にどう証明されてるんですか?」


--- ^_^ わっはっは! ---


ユティスは国務長官の反応を見た。


「それは・・・」

国務長官が口ごもったので、ユティスは次に進んだ。


「人間はその感覚に頼って生きています。しかし、目の錯覚が証明するとおり、感覚は時に正しいとは限りません。かといって、すべてを見誤るわけでもありません。そんなことをしていたら、目がある意義が失われてしまいます。目はそれでも真実を映すものなのです」


「しかし、真実か錯覚か、どう見分けるの?」


「ベス、やり過ぎだ」

側で大統領が言ったが、国務長官は引き下がらなかった。


「どうなの?」

「なにごとも自分ご自身で即決しないことです」


「時間に余裕がない場合は?」

「わたくしなら、わたくし自身を信じます。国務長官さんは?」

ユティスは即答した。

「もちろん、わたしもです・・・」


「うふふ。国務長官さんも、国民のみなさんに信じていただける方が、よくありませんこと?そうですわね、みなさぁーーーん?」

ユティスは何千人というオープンハウスに集まった群集に手を振った。


「おーーーっ!」

「きゃーーーっ!」

群集は拳を上に突き出し、ユティスに応えた。


「そもそも人間は人間を信頼するようにできています。そうでなければ人間の社会は成り立ちません。最初は自分自身、次に母子、家族、近隣、学校、会社、それは成長するに従い広がっていきます。科学とは疑問を持ち問いかけることで始まるものです。疑い怪しむものではありませんわ」


「詐欺や扇動者がいます。どうしますか?」


「ベス、それはユティス大使とは関係のないことだ。われわれが解決すべき問題だ」

大統領が言った。


「ありがとうございます、大統領。いかがですか、国務長官さん?」

「そ、それは、そうです」


「信じること、信じていただくことは、とても大切ですわね?」

「そうですね・・・」


「特に、政治家のみなさんにとっては」


--- ^_^ わっはっは! ---


「わははは!」

「あははは!」

「おおーーー!」

群集は大いに沸いた。


「と、当然です。わたしたちは正しいのですから!」

「失礼いたしますけど、国務長官さんが正しいという科学的な証明はどうしますか?」


「か、科学的な証明ですってぇ・・・?」

国務長官は恥ずかしさと怒りで真っ赤になった。


--- ^_^ わっはっは! ---


かぁ・・・。


「れ、ヒストリー(歴史)が証明しています!」

「では、そのヒストリー(歴史)さんをお呼びしてインタビューしてもかまいませんか?」

ユティスも悪乗りした。


--- ^_^ わっはっは! ---


「う・・・」

「わははは!」

「あははは!」


「アンデフロル・デュメーラにお願いすれば、地球上のどこであれ、どなたであれ、すぐにお呼びすることができますわ。もちろん、ヒストリーさんにはパスポートとビザは免除していただきたいのですが・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---


「そんなことできるわけないじゃないですか!」

「うふふ。となると、わたくしたちは、二人とも、あまり科学的とは言えませんね?」


--- ^_^ わっはっは! ---


ユティスは国務長官に助け舟を出して結論すると、愉快そうに笑った。

「ベスのヤツ、墓穴を掘りおってぇ・・・」

大統領は眉をひそめた。




「お話が脱線してしまいましたが、正規コンタクティー意外の方と並行してコンタクトを取ることは、根本的にエルフィアの信頼を揺るがすことになるのです。もし、これを続けると、やがて信頼関係は崩れ去り、文明支援プログラムは頓挫してしまいます」


ユティスは既に大統領や国務長官以外の群集にも話しかけていた。


「しかし、あなたは合衆国と友人関係であると宣言されました。それは、ミスタ・ウツノミアとは別にコンタクトすることを意味してるのではないいですかな・・・?」


大統領が国務大臣に代わって、ユティスに質問した。


「リーエス。エルフィアがコンタクトしている方は、まずは、宇都宮和人さんです。喜ぶべきことに、和人さんとの信頼は揺るぎないものまでになりました。次に、和人さんの地球が超新星の放射線の危険にさらされ、それを回避するためには、どうしても地球の宇宙座標を求めねばなりませんでした。お忘れですか?」


にっこり。

ユティスは両手を広げて微笑んだ。


「ノー。忘れてはいません。あの時は本当に感謝しています」


「では、地球の座標は合衆国、日本、ヨーロッパ、地球の人々がご協力して判明されたものですということは、どうですか?」

「異論はありません」

大統領が言った。


「つまり、もう、その時点で、エルフィアは合衆国のみなさんと友人関係にあったということです。大統領には、わざわざ横畑基地にお越しになられて、面会いただいきましたが、その前に、既に友人となっていたわけですわ」


「しかし、条約書へのサインは拒まれました・・・」


「必要のないものだからです。なにか不測の事態には誠意を持って話し合いをするということで十分かと思っています。それをわざわざ文書にする必要があるということは、相手をまったく信じていないということではありませんか?信頼のないところに友人関係は築けませんわ。んふ?」


「とんでもない。合衆国はエルフィアを信じております」

「ありがとうございますわ、大統領。合衆国が友人ということは、コンタクティーに相対する存在ではないということです」


「なるほど・・・」

大統領は頷いた。


「それで、われわれがブレスト大使を迎え、マスメディアまで用意して、世界に声明を出そうと思っていたことも、ご存知だったのですか?」

大統領が顔を引き締めた。


「どのような声明でしょうか?」

にこ。

ユティスは無邪気に微笑んだ。


「いや、もう、先ほどの会話の中に、すでに回答をいただいています。合衆国は地球の安全保障を守る存在です。その立場で、エルフィアの支援を受けたいと思っております。声明はその協力関係についてです」


「ブレスト参事がお国の市民になったとして、お国の軍事的優位性をさらに向上する意味がおありですか?」


「それは、もちろんあります。軍事拡大を続け、すべてをを独占しようと、世界に軍事的圧力と脅威を与える国々です。合衆国はこれらすべての脅威となる存在に、これからも断固として厳しく対処するつもりです。他の国々では、その役目は務まりません。合衆国無しでは、そういう国々は軍事的に強大になり、世界は次々に押さえられます。そうなると、地球人はカテゴリー1に転がり落ちることになりますでしょうな・・・」


「どうしても、その役目をするおつもりですか?」

ユティスの口調が、心なしか憂いを帯びていた。

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