029 出社
■出社■
エルフィアの文明促進支援はそれをまとめる推進委員会なるものがあり、15人の理事と50人近くの参事で運営されていた。トルフォは理事の一人で有力者であった。最高理事のエルドに次ぐ力を持っており、次期最高理事の地位を狙っていた。
「ブレスト、失敗だな」
トルフォは苦々しさを隠しもせずにブレストを見た。
ブレストは頭が切れる委員会の参事であり、トルフォ派のブレイン的存在だった。トルフォはなにかと彼に相談し、ことを運んでいた。
「そうでもありませんよ。トルフォ、あなたの一言は、地球の文明促進支援について、委員会の理事たちの隠れた不安を自覚させた。そして1週間ではありますが、プロジェクトを中断させた。わたしとしては上出来だと思いますが・・・」
「結果、ユティスの気持ちは益々地球に傾いておる。地球の支援が決定されると、ユティスはエルフィアからいなくなるんだぞ。わたしの前からいなくなる。2年間もだ・・・。絶えられん。どういうつもりだ?」
トルフォは今にもブレストに噛み付きそうな雰囲気だった。
「第二の策を考えるしかありませんね。それには少々時間が必要です」
ブレストは事も無げに答えた。
「人事のように言っておるな?ブレスト、おまえは、わたしの参謀なんだぞ、くだらん言い訳をする前に、その第二の策とやらをさっさと考えて実行しろ」
「ふふ。時間が必要なのは、われわれじゃありません。ユティスです」
「なにぃ、ユティスだと?」
トルフォは合点がいかなかった。
「おわかりになりませんか、ユティスがああも地球に拘る理由を?」
「いったいなんだと言うのだ?」
トルフォはユティスが和人に惹かれていることを知らなかった。
「コンタクティーです」
「コンタクティー?地球人の猿か?」
「リーエス。ユティスは、一時的にしろ、コンタクティーに熱を上げています」
「な、なんだとぉ?ブレスト、貴様、わたしを差し置いて、ユティスがその野蛮人に惚れていると言うのか!」
「わたしに腹を立てるの筋が違いますよ」
ばん!
「まったくもって話しにならん!」
トルフォは机を叩いて吼えた。
「まぁ、お聞きください。ユティスの行動がもしそうであるなら、エージェントという立場を利用して、コンタクティーと必要以上に接触しようとするに違いありません」
「うぬ・・・」
「それには時間が必要なんです」
「なぜだ?」
「確固たる証拠を掴むんですよ。それが肝要です」
「そんなもの、なんの証拠にするつもりだ?」
「その時こそ、委員会がユティスにエージェント失格を告げるのです」
「なにぃ?貴様は、ユティスが超A級エージェントであることを知らんのか?ライセンスの復活も目の前で見ただろう?」
トルフォは予想外の展開に驚き、腹を立てた。
「だから、余計に効くんじゃないですか。エージェントの立場を利用し、わが利益を追求したと・・・」
「なんの利益だ?」
「自分の色恋です」
「バカもの!それでは、ユティスはアバズレの烙印を押されてしまうではないか!」
ばんっ!
トルフォは怒り心頭だった。
「ふふふ。だから、そうなる前に、あなたがユティスを救うのです。あなたも委員会の理事ですよね?」
「わたしがユティスをどうやって救うというんだ?」
トルフォには、ブレストの意図するところがまったく想像できなかった。
「リーエス。そうすれば、ユティスはあなたに救われた手前、あなたのことはなにを差し置いても優先して聞くことになります」
「ふっふっふ・・。そうか・・・、わかってきたぞ」
にんまり。
トルフォの口元に笑みが浮かんできた。
「で、だれがユティスを告発するのだ?」
トルフォは先を聞きたがった。
「いいえ。公の裁判などではだめです。ユティスを徹底的に追い込んでしまいます。それでは。あなたが恨まれるだけになりましょう。委員会で査問会を内密に開くのです。そこで、それを追及します」
ブレストは抜け目なく語った。
「査問会か・・・」
「リーエス。わたしか、だれか反対派の一人が委員会にそう提案すれば、あなたはユティスに対して中立な立場を守れます。その立場を大いに利用するのですよ」
きらっ。
ブレストの目が光った。
「ふふふ・・・。なるほどな・・・。で、いつその計画を実行するんだ?」
「これからです。ユティスとコンタクティーの関係がより強くなってきたところでもって、最高のタイミングで査問会を提案します」
「よく考えたな、ブレスト」
にたり・・・。
「だから、今は時間が必要なんです。二人がもっと仲良くなるための時間が・・・」
「リーエス。ふっふっふ・・・」
翌朝8時半に、和人は時間通り起きた。ユティスの言ったとおり頭はすっかりスッキリしていた。
「アステラム・ベネル・ローミア(おはようございます)、和人さん」
ユティスの天使のような微笑が和人をのぞきこんできた。
にこっ。
ユティスは和人を幸福で包み込んだ。
「わっ・・・!」
「んふ?」
「ずっと、起きてたの?」
「リーエス」
にこにこ・・・。
「でも、一度エルフィアに戻りましたけど。こちらは地球と時間が違いますから」
「とにかく、ありがとう。おかげで今朝はとってもいい気分だよ」
和人はユティスに礼を言った。
「それはよかったですわ。和人さん、朝ごはんはどうされていますの?」
「いつものこれでいいよ」
ぐいっ。
ごっくん。
和人はフルーツジュースとミルクをそれぞれコップ1杯ずつ飲み干した。
「いつも、たったそれだけですの?」
「リーエス」
和人は片目をつむって答えた。
「まぁ、エルフィア語ですわね。うふふ」
「えへへ。さてと・・・、先輩を起こすか」
「リーエス」
「二宮先輩。朝ですよ!9時です!」
がんががん・・・。
「うーーーん・・・」
「二宮さん、起きられますか?」
ユティスも優しく言った。
「うーっ、うるさいなぁ!ちっ。頭、痛っえ・・・」
がんがんがん・・・。
「先輩、大丈夫ですか?」
「だ、だめ。だめだーーー。二日酔いらしい・・・。和人、オレ、午前半休な」
「二宮先輩!」
「もうちょっと、寝る」
ぐるり・・・。
二宮は和人に背を向けた。
「しょうがないなぁ。先輩、いつもこうなんだから・・・」
「いつも和人さんのお部屋でお休みになるんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そうじゃなくて、こんな風に二日酔いになって会社を休むんだよ・・・」
「ご自分の健康のことをちゃんとお考えなのですね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「違うよ。仕事のことなんかまるで考えてない」
「そうなんですか?」
「そうだよぉ・・・。本当にそうなら、飲みすぎたりしないさ・・・」
和人はやれやれという目で二宮を眺めた。
「先輩、先に行きますからね。出る時はちゃんと鍵をかけておいてくださいよぉ!」
「おう、そうしてくれ・・・」
「では、二宮さん、わたくしたちお先に失礼いたしますわ」
にこっ。
「ああ。ほんじゃなぁ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
ごろり・・・。
ユティスの言葉に二宮は反応し、再び寝返りを打って背中を丸めた。
ばたん。
ごろっ。
ごつん。
「痛っ・・・。ん?」
がばっ。
二宮は大変なことに気づいた。
(今、確かに女の子の声が・・・。『わたくしたちお先に・・・』て言ってたような・・・。お、女の子だってぇ・・・?幽霊か?和人、あいつ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
がばっ。
二宮は毛布を跳ね除け、飛び起きた。
どたばた。
くらぁ・・・。
ふらふら・・・。
「いかん、まともに歩けん・・・」
ばぁーーーんっ。
「和人!」
二宮はドアを開けて部屋から飛び出した。
「和人!」
和人はちょうどアパートの階段を降り終えたところだった。
「あ、先輩、起きたんですか?」
「おまえ、女の子!女の子の幽霊!」
「なんのことです?」
和人は一人だった。
(あれ・・・?)
ごしごし・・・。
二宮は目をこすった。
(和人のヤツ一人だぞ・・・。おっかしいなぁ。確かオレにあいさつしたような気がしたんだが・・・)
「先輩、大丈夫っすか?」
「あ、いや・・・。気のせいか・・・」
ぐわーーーんっ。
がん、がん、がん・・・。
二宮の頭の中で、ドラが連続して鳴り響き続けていた。
(あ、くそぉーーー、頭痛ぇ。二日酔いだ。やっぱ、だめだ・・・)
「ダメ・・・。オレ、頭が、ガンガンする。会社休むわ・・・」
「了解です。部屋を出る時は鍵かけておいてくださいね」
「ああ・・・」
「じゃ、お大事に」
「おう!」
和人が会社に出ると、早速真紀が近づいてきた。
「おはよう、和人」
「おはようございます。真紀さん」
「あなた、昨夜の居酒屋であたしたちの話聞いてたんでしょう?」
「いいえ。お二人が店に来たってことすら知りませんでした。店がうるさくて会話が聞き取れないんで、先輩が店を変えようって言ったくらいですから」
「ホントぉ・・・?」
真紀は和人を見つめ、ウソではないことを確認した。
「確かに騒がしかったわよね。なるほど。わかったわ。もういい。今の質問忘れて」
「あ、はい」
「それはさておき、和人、今週どこか1日夜は空けといてね」
真紀はもう一度和人に確認した。
「リーエス」
「リーエス?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「変ですか?」
「ぜんぶ変・・・」
「ぜんぶですか?」
「そう。だいたいわかってるつもりだから驚きはしないけど、あなたの悩み、たぶん、わたしたちだからこそわかると思うの」
「オレの悩みですか?それにわたしたちって・・・?」
「俊介とわたしよ」
「社長と常務ですか?」
「ええ、そうよ」
真紀はそう言って和人を席に戻す仕草をした。
「さてと、仕事に戻りなさい」
「は、はい、真紀社長」
「今のが、国分寺真紀社長」
「そうですか。ジェラ・デュール・ベルシアーナは女性なんですね」
「なんだい、その、ジェラベラ・ナントカってのは?」
「うふ。ごめんなさい。つい、エルフィア語で言ってしまいました。組織の一番トップの方のことですわ」
「社長ってことかなぁ・・・?」
「リーエス。それにしても、真紀さんはとってもおきれいな方ですわ」
「会社じゃ、一番の美人かな。きみが来るまではね」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わたくしが来るまで?」
ユティスはすぐに反応した。
「あ・・・」
「まあ、和人さん!」
ぽ・・・っ。
ユティスは一瞬で頬を赤く染めた。
(あーーー。しまったぁ!つい本音を言っちゃった・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
和人も自分の言った言葉に照れて、すぐに取り繕った。
「あー、その、いや、まあ、オレの個人的見解だからさ、その・・・」
「和人さんの個人的見解ですか・・・?」
ユティスは益々赤くなった。
(しまった。墓穴を掘っちゃった・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
(わわわ・・・。しまった。余計、やばくなったぞぉ・・・)
「本当に、本当に、そう、お思いですの?」
わくわく・・・。
ユティスは期待に胸を膨らませた。
(ユティスが好きだってことが、本人にバレバレじゃないか・・・)
「うん・・・」
和人は頷くしかなかった。
「本当に、そう思うよ・・・」
にっこり。
ぴとぉ・・・。
ユティスは恥らうように微笑んで、和人に寄り添うようにしてきた。
「アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうございますわ)、和人さん・・・」
「あははは・・・」
「嬉しいです・・・。他ならぬ、和人さんからのお言葉が・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
和人とユティスは事務所にいたが、ユティスは精神体のため、彼女がそう望まない限り、だれもその姿は見えていなかった。
「空いてるから、きみはここに座るといいよ」
「はい」
すぅ・・・。
ユティスは和人の席の隣に座った。
「いつも、この席は、空いているのですか?」
「うん。普段もこの席は空いてるよ」
「予備のお席ですか?」
「ナナン。本当は今年入るはずだった新人用だったんだ。けどね、突然、彼は大手の別の会社に鞍替えしちゃって、それで・・・」
「それは、がっかりですわ・・・」
「そうなんだ。社長や常務をはじめ、会社の全員が机まで用意して、彼が絶対に入社すると思っていたのに・・・、そりゃあ、みんな、がっかりしたさ」
「和人さんの後輩になるはずだったんですね?」
「リーエス。オレも後輩ができるんだと喜んでたんだけど、この時ばかりはすっかり気落ちしてしちゃったよ。それに、彼けっこうハンサムボーイでさ、女性社員たちもイケメンの男性新人ということで大いに期待していたみたいなんだ。だから、彼女たちの落胆も大きかったね」
「まぁ、そうでしたの」
「でも、今は、ユティスの席だからね」
「うふふふ。暫定ですわね?」
「あは。じゃ、正規にはどこに座るの?」
「ここがいいです」
ふわっ。
ぱちっ・・。
ユティスの精神体は和人の膝の上に乗って、悪戯っぽくウィンクした。
--- ^_^ わっはっは! ---
「あははは・・・。会社でそれはマズイと思うんだけど・・・」
しかし和人はユティスの重みを感じることはできなかった。
「石橋?」
真紀が石橋の席に来た。
「はい、真紀社長」
「居酒屋の話、大丈夫よ。少なくとも和人には聞かれてないわ」
「ありがとうございます」
真紀に酒の席の様子を聞かされた後、石橋は気が気でなかった。
「和人、そういえば、二宮は?」
「あ、先輩、体調不良です」
きっ。
和人の返答に真紀は表情を険しくした。
「体調不良で休暇ですってぇ・・・?後で締めあげなきゃ、ヤツは」
そして、真紀は一変して石橋に微笑みかけた。
にっこり。
「石橋、今時の女の子はもうちょっと積極的でも、ちっともおかしくなんかないからね。和人はニブチンだから。はっきりと言わなきゃ、あなたの気持ちに気づかないわよ」
「でも、和人さん、好きな人がいるんです・・・」
「だったら、なにもしないと、余計そのままだわ」
「はい。わかってます・・・」
「いいの、それで?」
「そんなぁ。良い訳ないです・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
ユティスそんな石橋に注目した。
「あの愛らしい女性は石橋さんってお名前ですか?」
「うん。わかったの?」
「はい。石橋さん。和人さんのこと・・・」
「オレのことがどうしたって?」
「いえ・・・」
ユティスは石橋の気持ちが痛いほどよくわかった。
(石橋さん、和人さんのこと、とってもお好きでいらっしゃる)
「なんでもございません。ただ・・・、わたくしのことを察してらっしゃいますわ、石橋さん」
「きみが見えているの?」
「ナナン。でも、感づいていらっしゃるようです」
「石橋さん、感が鋭いからね・・・」
すっ。
急にユティスが和人の膝から離れて立ち上がった。
「あらっ、いけませんわ!」
「どうしたの、ユティス?」
「申し訳ございません。これから、エルフィアに戻らねばなりません」
「呼び出し?」
「リーエス。エルドに会見しないとなりませんわ。では、また今度」
「うん・・・」
にこっ。
「つぶやき、お忘れにならないでくださいね」
「ああ、もちろん・・・」
「どうかされましたか?」
「今日は、その、もう、ダメなの?」
「和人さんにお会いするのがですか?」
「う、うん・・・。1週間会えなかったんだし・・・」
「うふふ。どうしてもって、おっしゃるなら、用事が済み次第すぐにまいりますわ。それで、よろしいですか?」
にこっ。
ユティスは微笑むと、心残りがあるように、しばらく和人を見つめたまま、すうっと和人の目の前で融けるように空中に消えた。
「あーーーあ・・・。行っちゃった・・・」
和人は急に事務所にいるのがつまらなくなった。
二宮は2時近くになって、やっと正気に戻った。
ふらぁ・・・。
「まだ、ちょっと、気分がよくないけど、これ以上ここにいてもなぁ」
ふらり・・・。
二宮は起き上がると、身支度をはじめた。
「お、ミネラルウォーター。気が利くじゃないか、和人」
ごっくん、ごっくん・・・。
ぷはぁーーー。
「お、そうだ。和人へ礼でもしておくか」
こと。
一宿の礼に、二宮はDVDをこれ見よがしに和人のTVに置いた。
「しっかし、なんとなく似てるんだよなぁ・・・。えへへ」
それは洋物のAVで、女優はイザベルに似てなくもなかった。