291 予感
■予感■
横畑基地の34滑走路にその機は離陸を待っていた。
「エルジー・7159、クリア・テイクオフ」
「ラジャー、エルジー・7159」
じゃぁーーーん!
ばりばりばりぃーーー!
ぐぉーーーん!
アフターバーナーを焚き、ものすごい轟音をたて合衆国在日本横畑基地から飛び立った超音速輸送機に乗って、ブレストとシェルダブロウは合衆国に向かっていた。
「横畑コントロールだ。お客さんは空に飛び立った」
「こちら、アンカレジ。了解」
アンカレジの管制官はチャンネルをHFに切り替えた。
「こちらアンカレジ。エルジー・7159、アンカレジからタンカーを飛ばせてある。ポイント・アルファで高度12000、速度500キロで合流せよ。」
「了解、エルジー・7159」
アンカレジの管制官が呼びかけると、エルフィア人の二人を乗せた機は即答した。
「民間機の航空路に程近いが、これだけ高度を下げてるからニアミスは心配しなくていいだろう」
キャプテンはコパイに話した。
「イエッサー」
超音速機の機内客室は狭く、せいぜい20人も乗れば満員になるほどだった。
「大使、このまま亜音速で日本の領海を抜けると、すぐに高度60000フィートまで上昇し、超音速飛行に移り2時間飛びます。そこで一旦高度と速度を下げ、洋上で待ち合わせたタンカーから空中給油を受け、再び合衆国を目指します」
ブレストの横に座った空軍士官がフライトプランを説明した。
「ふむ。この機が地球ではそれなりに速いことはわかった。して、空中給油とはどういうものだ?」
ブレストは自分の知らないことは、すぐにチェックする方だった。
「本機が、飛びながら空中でタンカーからジェット燃料を受け取ることです。そのため、両機が速度を落とし、ぎりぎりまで接近することが必要です」
「ふむ。タンカーとは、なんだ?」
ブレストは続けて質問をした。
「空中給油する燃料を積んだ専用の大型ジェット輸送機です」
仕官は簡潔に説明した。
「わかった」
「・・・」
その間、シェルダブロウは静かにブレストを見守っていた。
「その空中給油をしているところを見ることはできるか?」
ブレストは空中給油の様子を想像できなかった。
「ええ。もしキャプテンのOKが出れば可能です」
「ぜひ見たい。許可を取ってくれ」
「イエッサー」
ぴっ。
仕官は隣で待機していた下士官に合図した。
ささ・・・。
ぱたん・・・。
下士官は前方に移動し、ドアを開けると中に消えていった。
「化学燃焼方式で、エンジンを回したまま液体燃料を飛行中に供給するなど、気違い沙汰です」
シェルダブロウはブレストに言った。
「そう思うか、シェルダブロウ?」
「リーエス。地球人はカテゴリー3以上のテクノロジーを持ってないんですよ。時速500キロで飛んでる2機の機体を近づけることすら、信じられないくらい難しいというのに、一千度を超える熱を放つエンジンの側で燃料の給油だなんて、恐ろしいことです。もし、エンジンに燃料が触れでもしたら、空中爆発です。危険すぎますよ・・・」
シェルダブロウは、エルフィア語でブレストにそっと囁いた。
「ふむ。よくわからんが、地球人は恐いもの知らずらしい。エルドの娘に平気で近づいたりするしな・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「それとこれは違いますよ、ブレスト」
にやり。
それが冗談とわかって、シェルダブロウは笑った。
「いずれにせよ。えらく興味をそそるぞ。いったい彼らはどうやってするのだろう?」
「そう言えば、地球がカテゴリー2に成り得たのは、その化学燃焼方式のロケットモーターのおかげと聞いています」
「リーエス。液体水素と液体酸素を混ぜて燃焼させるらしいな・・・」
「燃やすなんて生易しすぎます。爆発させるんですよ、ブレスト」
「爆発か?」
「リーエス。でないと、地球の重力を振り切る秒速10メートル近い加速度は得られません。そんなことを飛行士の数十メートル下で平気でさせるんだから、とんでもなく恐ろしい連中です」
「今まで、けっこう失敗しているのかな?」
「リーエス。とても悲惨な人身事故がなんども発生しています」
ぱた・・・。
すすす・・・。
その時、前方のドアが開き下士官が戻ってきた。
「どうだった?」
仕官が下士官にきいた。
「OKです」
「アルダリーム(ありがとう)」
そして、ブレストは頷いた。
「大使、それはエルフィア語ですね?」
仕官が確認をした。
「そうだ。きみも幾つか知っておいて損はないぞ」
にこ。
ブレストは仕官に笑いかけた。
「あ、ああ、そうですね。では、先ほどのを・・・」
「いいでしょう。アルダリームは、そちらの言葉で、サンキューです」
「なるほど・・・。その受け答えは?われわれは、ユア・ウェルカム、ですね」
仕官はにっこり笑うと、二人に言った。
「それは、われわれでは、パジューレと言う」
ブレストは英語で答えた。
カフェ・スターベックスでは、石橋可憐とどちらがより仲良くなれるかを、トレムディンとキャムリエルが競っていた。
「ストップ。二人ともお止めなさい!」
ドクター・エスチェルが、トレムディンとキャムリエルの毒舌合戦を止めさせた。
「あ・・・」
ほ・・・。
石橋はエスチェルの一言で、二人が止めたので、ほっとした。
「あのねぇ、二人とも、石橋によほど嫌われたいようね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぱち。
アンニフィルドハキャムリエルとトレムディンにウィンクした。
「嫌われるだって・・・?」
「そんなぁ・・・。ウソだよね、カレン・・・?」
二人は一気に不安になって、石橋を見つめた。
「ひつこい、キャムリエル・・・」
ドクターがキャムリエルを牽制した。
「あの、わたし・・・」
石橋はすっかり面食らって、頼んだコーヒーカップに触ってしまった。
ことっ。
かたん・・・。
「危ない!」
トレムディンが叫ぶと、カップはテーブルの上でひっくり返った。
「えい!」
さっ。
アンニフィルドは小さく叫ぶと、右手をカップに向けて差し出した。
ささぁーーー。
ことん。
すると、カップはまるでスローモーションのようにテーブルの上に立ち直り、中身のコーヒーもこぼれることなく落ち着いた。
「ありゃ・・・?」
それを目撃した店の客たちは、一斉にアンニフィルドを見つめた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「倒れかけたカップが・・・」
「テーブルに戻ったぞぉ・・・」
「あはは・・・」
さっ。
アンニフィルドは笑うと何事もなかったように自分の右手を引っ込めた。
「世の中不思議なことが起こるもんね?わたしも初めて見ちゃったぁ・・・」
ぱち。
アンニフィルドはそう言って、客たちにウィンクした。
--- ^_^ わっはっは! ---
「そんなわけないじゃん、アンニフィルド・・・」
ぷくぅ・・・。
キャムリエルが文句を言った。
「あなたは黙ってなさい。余計にややこしくなるわ・・・」
エスチェルがキャムリエルに釘を刺した。
--- ^_^ わっはっは! ---
「とにかく、ありがとうございます。アンニフィルド・・・」
ぺこ。
石橋はアンニフィルドに礼をした。
「きみ、今、カップを元に戻したよねぇ・・・」
そう言って、サングラスを取ってアンニフィルドを見つめた男は・・・。
「烏山ジョージ・・・」
「あはは・・・。アンニフィルド、きみだったのかぁ・・・」
にっこり。
音楽プロデューサーの烏山ジョージの顔に、一気に笑みが広がった。
「あら、お久しぶりね?」
にこっ。
アンニフィルドも微笑んだ。
「ホントだよぉ・・・。あれから、きみたちは超有名になるし、こっちにはなんにもなしでさぁ・・・。あれ、石橋さん、きみもいたのかぁ?」
「ええ。烏山さん。ご機嫌いかがですか?」
「ユティスとクリステアたちはいないの?」
「ええ。ちょっと・・・」
「そっかぁ・・・。いや、ここで待ってりゃ、いつか会えると思っていたけど、やっぱりそうだったね」
烏山は心底喜んでいるようだった。
「だぁれ、この人?」
「カレン、きみの知り合いかい?」
キャムリエルとトレムディンは、石橋の前に現われた第三の男に警戒した。
--- ^_^ わっはっは! ---
横畑基地でブレストたちの合衆国行きを見守ったジョバンニとジョーンズは、本来の任務であるユティスの警護に当たるべく、もと来た道を戻っていた。
「うまくいったと思うか?」
ジョーンズがジョバンニにきいた。
「いや。あれで済むと思ったら大間違いだ・・・
ジョバンニは無表情に答えた。
「クリステアたちが察しないわけがない。そのうちバレちまうな・・・」
「だから、超音速機で本国にお連れしたんじゃないか?」
ジョーンズはにやりとした。
「命令だから従ったが、結果は見えてるぞ」
ジョバンニはにこりともせずに言った。
「じゃ、なにか?超音速飛行中の輸送機から、ブレスト大使を奪われると?」
ジョーンズは冗談っぽく言ったが、ジョバンニにはわかっていた。
「はっはっは。そんなこと朝飯前だ。おまえもわかってないようだな、エルフィア人のSSの力を・・・」
「わかってるさ。まぁ、そうマジになるなよ。オレたちゃ、政府の命令には逆らえない」
ジョーンズは眉を上げて、口元に笑いを浮かべた。
「国務省の連中、保護したエルフィア人をどうする気なんだぁ・・・?」
ジョーンズは独り言のように言った。
「知らんな。オレはコメントしたくない」
ジョバンニはそう言うと、車の運転に集中した。
「クリステア・・・?」
ブレストたちの回収を目論むフェリシアスは、ユティスを見守るクリステアに連絡を入れた。
「あ、フェリシアス?」
クリステアはたちまち、和人との会話を中断した。
「どうしたの?その声の調子だと、あまり進展していそうにないわね?」
「リーエス。不本意ながら、きみのご指摘どおりだ。キャムリエル、そして、アンデフロル・デュメーラにも参加してもらっているが、芳しい手がかりは得ていない」
フェリシアスの声はいつもどおりであったか、心なし沈んでいた。
「わたしも手伝おうか?」
クリステアはフェリシアスに申し出た。
「ナナン、きみはユティスと和人を保護する大事な役目がある」
「でも、あなたの様子見てられないわ・・・」
「アルダリーム(ありがとう)、クリステア。気持ちだけいただいておこう・・・」
フェリシアスはさらに言いたそうだった。
「言いなさいよ、フェリシアス。わたしに頼みごとがあるんでしょ?」
クリステアは、フェリシアスを見つめた。
「うむ・・・」
「さぁ、遠慮なんかいらないわ」
「ああ。実は、嫌な予感がするんだ・・・」
フェリシアスの表情が曇った。
「嫌な・・・。なにがあったの?」
「いや、それがまだあった訳じゃない・・・。きみは、ジョバンニとかいう合衆国の大男のSSに連絡がつくと聞いているが、彼と話をつけることはできるか?」
フェリシアスはクリステアを覗き込んだ。
「まぁ、できるわよ。なにを話すの?」
「いや、話すんじゃない。ヤツの思考をトレースしてもらいたいんだ」
「トレースって・・・。あなた、疑ってるの、ジョバンニを・・・?」
クリステアは意外な展開にびっくりした。
「正確には、彼ではない。だが、人知れずコンタクトがつくのがジョバンニであれば、彼に確認しておきたいことがある。
「どういうことよぉ?」
「うむ。Z国大使館の一戦で、あの警戒網にも係わらず。ブレストとシェルダブロウの二人は消えた。アンデフロル・デュメーラを含めたわれわれの警戒網に係わらずだ」
「それは思考波のことね?」
「リーエス。これが意味するところは、彼らは、自ら瞬間移動したのではない。もし、そうなら、そうしようとする思考波と瞬間移動時の時空の揺らぎを捕らえられないわけがない。そうは思わないか?」
「リーエス、フェリシアス。あなたの言うとおりよ」
「そして、あの二人には時空の揺らぎを抑えるファナメルもいないんだ」
「普通なら、たちまちアンデフロル・デュメーラの警戒網にかかるわねぇ・・・」
クリステアも首をひねった。
「結論は、彼らは通常のジャンプをしていないということだ。加えて言うなら、なにものか、この場合は地球人の手によって保護された。そう見るべきだ・・・」
「だったら、Z国じゃないの?」
クリステアは言った。
「ナナン。少なくともリッキーはそのことを知っていない。彼は今回のことで相当攻められている。もし、Z国にわれわれのエージェントがいれば、あんなに血眼で探しているわけがない。リッキーはユティスを確保し損ね、ついでに、ブレストたちも確保し損ねたんだ。Z国の上より相当な罰が下るだろうな」
「お気の毒ね・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「心配してるのか、リッキーを?」
フェリシアスはクリステアを見た。
「一応ね・・・。だって殺されちゃうかもしれないんでしょ?」
クリステアは嫌そうな表情になり、顔を伏せた。
「可能性は大有りだな」
「野蛮よ・・・」
クリステアはゆっくりと顔を上げた。