284 医者
■医者■
「地球が汚染地域だなんて、ひどくないかい?」
和人がトレムディンを向いて、不満げに言った。
「ジョークよ、エスチェルの」
クリステアがフォローした。
「和人、エスチェルたちを案内してあげなさいよ」
アンニフィルドが言った。
「もちろん、ユティスが回復した後にね」
エスチェルは期待するように続けた。
「そうねぇ、屋台なんか一度経験してみたいわ」
「ヤキトリですか?」
エスチェルが尋ねた。
菜食主義者のエルフィア人であるエスチェルは、ヤキトリがなに知らないらしかった。
「そうです。トリのバーベキューですよ。肉ですよ、肉」
「それで?」
エスチェルはまったく動じなかった。
「あの、エルフィアじゃ、肉は召し上がらないって、聞いてるんですけど・・・」
和人はエスチェルの反応に面食らった。
「リーエス。でも、見てみたいわぁ」
「平気なんですか、ドクター?」
「わたしは医者だからね。鳥くらいなんてことないわ。いつも、人間の肉を切ってるからねぇ。あは」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そ、そうでしたね。でも、まさか、焼いたりはしないでしょ?」
「オペが失敗して死んじゃった人は火葬にするわよ。1500万度のプラズマ核融合炉に放り込むのよ。あっと言う間に素粒子に戻るわよぉ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ええ・・・?オペが失敗って・・・」
にたぁ・・・。
「確率的には低いけどね。ないことないわ・・・」
「げげげ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「本人の希望があればだけど、あなたもプラズマ核融合炉で火葬にする、死んだ後だけど?」
「ぜ、絶対に遠慮しときます」
「あははは!ドクター冗談はそのくらいにしてあげたら?」
「はははは。和人、完璧にびびってるじゃない」
クリステとアンニフィルドが大笑いした。
--- ^_^ わっはっは! ---
きょとん・・・。
「冗談?」
和人はドクター・エスチェルをまじまじと見つめた。
「リーエス。エルフィアには、病気に対する日常の予防が徹底しているから、そもそもそんな危篤状態に陥る病気はないし、よほど瞬間的な感染症や大事故でも起きない限り、人が死ぬことはないわ」
「そっかぁ・・・。そうだよなぁ。エルフィアはカテゴリー4なんだから」
和人は納得した。
「たとえ大怪我を負ったとしても、集中医療カプセルで体細胞は回復できるし、急性の感染症だってワクチンと細胞再活性剤の中で、破壊された組織もすぐに再生するの。手術だって身体を切るなんて不要よ。超時空システムで悪い組織だけ取り出せるの。そんなことになるなんて、滅多にないけどね」
エスチェルは笑顔に戻って、和人に優しく説明した。
「じゃ、今度のユティスの場合は?」
「レアケースね。だから、わたしが来たんだけど・・・・」
「よくないんですか?」
「ナナン。あっというまに回復するわ」
にこっ。
「で、屋台の話に戻るけど、野菜だってあるって聞いてるわよ」
「リーエス。シシトウとかネギとか、確かにあります」
「カメ横に限定はしないから、とにかく・・・。ね!」
エスチェルは屋台だけは譲れない様子だった。
「リーエス」
「それにさぁ・・・」
「まだ、なにかあるんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「お祭りとかないの?みんなが集まってにぎやかになるの」
「どんなお祭りですか?」
「んーーーと、とにかくお祭り」
--- ^_^ わっはっは! ---
「リーエス。わかりました。どこかお祭り探してみますよ」
「ありがとう。それに、温泉・・・。混浴がいいわ」
「混浴温泉?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なんだって、知ってるんですか、そんなものを?」
「あなたに連れて行かれたって、ユティスから聞いたわよ」
「連れて行ったって、連れてかれたのは、オレの方です」
--- ^_^ わっはっは! ---
「女性のせいにするなんて、最低男?」
「ぎぇ、なんで、そうなる・・・」
「まぁ、いいわ。とにかく、混浴秘湯って言う、人里離れた自然に包まれたところに、ひっそりと楽しそうなお風呂があるんですってぇ?」
わくわく・・・。
--- ^_^ わっはっは! ---
「げげげ・・・。ユティスが、そんなことも話したの?」
「リーエス。きっと恋人たちには癒しの場所なんだと思うわぁ・・・」
「癒しねぇ・・・」
「そうそう。和人、言い忘れるところだったわ」
「なんですか、ドクター?」
「しばらく、ユティスとキッスしちゃダメよぉ」
「ええ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あなたの媒介で、アンニフィルドたちにうつっちゃうと困るでしょ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ドクター!どうやったら、オレがアンニフィルドにキッスするんですか?」
「あーーーら、失礼発言だわねぇ。あーあ、もったいない。こんな美女とキッスしないわけ?人工呼吸してあげたの忘れたの?」
アンニフィルドが言った。
「そりゃ、それで仕方のなかったことで・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「オレには、ユティスって恋人が・・・」
「わたしにも俊介って人が・・・」
アンニフィルドが茶化しに入った。
「へぇーーー。恋人関係成立なんですかぁ?」
「まぁ、ひどい。なんてことを!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あははは」
ドクターは小声で笑った。
「病人の前で、大声張り上げるなんて、止めなさいよ、二人とも」
慌てて、クリステアが止めに入った。
ユティスは、ずっと夢を見ていた。
「ユティ---ス・・・」
遠くで和人の声がした。
「心配ないよ。オレたち、お互いに魂の伴侶なんだから。オレ死んでも生まれ変わるから。また和人としてきみの目の前に現れるよ。十数年すれば今みたく大きくなるさ。そしたらまたきみを女神さまって呼ぶよ。そして、また死んでも生まれ変わる。そして、また、きみのこと、女神さまって呼ぶ。何度だってそうするよ。オレは、きみの伴侶だからね。どんなことがあっても、必ずめぐり会えるよ。数十年後ごとに十年ちょい待つことになるかもしれないけど、きみにとっちゃ、そんな時間、待てない長さじゃないだろ?」
ユティスは自分の寿命に合ったエルフィア人の誰かと一緒になるのかと考えた。
「トルフォ?」
とんでもなかった。
「嫌ですわ!」
和人以外の相手という意思は毛頭ない。ユティスは夢の中で和人を呼んだ。
「和人さぁん!」
「ユティス!」
夢の中では、和人はユティスを見つけると、走りより、ユティスを優しく抱きしめた。
ぎゅ。
ちゅ。
ユティスは、和人にありったけの想いを込めて、優しくキスをした。
「あ・・・、うーん・・・」
「ユティス?」
和人はユティスをそっと呼んでみた。
「ワクチンが効いてきてるのよ・・・」
クリステアが言った。
「熱を計って」
「リーエス」
薬が効いてきて、ユティスの熱はすぐに38度を下回り、全員ほっとした。
「ワクチンの作用で、ユティスのDNAが、体内でウィルスの抗体を多量に作るよう指令しているのよ」
「ユティス・・・」
ぎゅ。
ぎゅ。
和人は、ユティスの手を握った。ユティスは、無意識にも係わらず、和人の手を握り返してきた。
「ユティス・・・」
「どうしたの、和人?」
アンニフィルドが和人をのぞきこんだ。
じわぁ・・・。
和人は、自然に涙があふれてきていた。
「和人、泣いてるの?」
「・・・」
和人は応えなかった。
(エルフィア人の寿命が何百年もあるってか?今、ユティスはただの風邪ですら命が危険にさらされていたではないか。問題は寿命が長い短いではない。今、この瞬間、愛するひとになにをしているかだ。いいや、何をし続けているかだ。オレにはオレのできることしかできない。それが、すべてだ。オレは自分の感情を大切にする。今思うことがオレの心の真実だ。理性なんか入る隙間なんかあるものか。人間は理性的なのではない。訓練したものだけが理性的になれる可能性があるだけだ。残る人間は感情的なのだ。オレはまったく感情的だ。オレはユティスを愛している。これを否定することはナンセンスだ。今まで通り、ユティスを愛することだけを考え、行動しよう。オレはオレの生きている間ユティスをせいいっぱい愛し続ければいい。たとえ、ユティスがオレを諦めることを選択したとしても、それはそれでいいではないか・・・)
和人は迷いをふっきった。
「あ・・・」
「ユティス!」
「和人さん・・・?」
和人はたちまち目が真っ赤になった。
「ユティス!」
「和人さん!」
にこ。
ユティスの意識が回復し、ユティスは涙を拭おうともしない和人を認めると、この上ない笑みを広げた。
にっこり・・・。
こんなユティスの表情は、アンニフィルドとクリステアも見たことがなかった。二人は互いに心から信頼し合っていた。
「和人さん!」
ユティスは、和人の握っている手に力を込めた。
「ずっと、そばに、いらしてくれたんですか?」
「うん・・・。オレ、他には、なにんもできないから・・・」
「ナナン。ナナン。それこそ、わたくしが、唯一、一番望んでいることです・・・。嬉しいです、とっても・・・」
ユティスは、そう言うと、もう一方の手を、ゆっくりと、和人に差し伸べた。
「わたくしを、抱きしめていただけますか?」
「リーエス・・・」
ささ・・・。
ぎゅう・・・。
和人は、ユティスの半身を起こすと、優しく抱きしめた。
ぎゅっ。
「ううう・・・」
ユティスは、安堵と幸福の中で、嗚咽をはじめた。
「ユティス・・・」
「うう、和人さん・・・、大好きです・・・、わたくしの和人さん・・・」
和人の腕に力がこもった。
「ユティス。オーレリ・デュール・ディア・アルティーア・・・」
「あ・・・」
和人の女神さま宣誓を聞いても、今度は、だれも驚かなかった。ユティスの答えは決まっているからだ。
「ディユ・アルトゥーユ・・・」
ゆうに30分、二人は無言で抱きしめ合っていた。
「ユティス、また、眠ったわよ・・・」
クリステアが和人にそっと耳打ちした。
「そうだね・・・」
ちゅ。
ユティスをもう一度横にすると、和人はユティスにキスした。
「ユティスの意識があるさっきしてなきゃ、意味ないんじゃないの?」
アンニフィルドが、少し不満そうに言った。
--- ^_^ わっはっは! ---
「いいのよ。ユティスは十分に満足してるわ」
クリステアが和人を弁護した。
「そうね。たとえ眠っていても、無意識下のユティスは、和人がそばにいることがわかっているわ。和人の手を決して離そうとはしないし・・・。ほら、寝顔をご覧なさい」
ドクターがユティスの寝顔を満足そうに見た。
「和人、えらく信頼されたもんですねぇ・・・」
クレムディが、感心したように言った。
「えへ。それほどでもね・・・」
「いよいよ、和人も、秒読みかしら・・・」
「結婚?早すぎるよ・・・」
「そんな特別な言葉なんか使うから、変に緊張するのよ。一緒に暮らす、でいいんじゃない?」
「どうせ、大使館の中じゃ、ユティスが2階から1階に移るだけだしね」
「自信ないな、まだ・・・」
「なによ、急に弱気?」
「オレ・・・、わかんないんだ。女性は男性に、どんなことを望んでいるのか・・・。オレ、ユティスを幸せにしたいよ・・・。けどさ、いざ、ユティスがオレの妻ってことになると・・・。正直、甚だ自信ないよ・・・。それでなくても、ユティスは、エルフィア人だし・・・、エルドの末娘でしょ・・・。オレは、カテゴリー2の未開の地球のしがないただの男。身分もなにもかも違って・・・」
「ストォーーープッ!」
「なんだよぉ?」
「あのね、和人。エルフィア人を、どんな時でも、カテゴリー4と思ってるでしょ?」
「カテゴリー4?」
「そうよ。女性はね、恋人を見るとき、文明カテゴリーなんか、一切関係ないの。相手の気持ちだけ。エルフィアも、地球も、エルドも関係ないわ。どこだろうが、だれだろうが、女性は、女性よぉ。望んでいることに、大差なんかないわ」
「大差ないって・・・?」
「そう、とっても簡単なことね。妻が夫に望むことってのはね・・・」
「なんだい?」
「知りたい?」
「千円払ってでもね・・・」
「ケチ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「冗談だよ、アンニフィルド」
「それはね、毎日、ただただ一緒にいてくれて、ただただおしゃべりを聞いてくれて、ただただ抱きしめてくれること。にっこり微笑んで、甘いキッスでも交わせれば、もうメロメロ。最高に幸せなの。そんなのが一番いいの。一生、尽くしちゃうわ」
「なんだいそれ?特別なこと、なんにもしてないじゃないか?」
「その通り!」
「バリバリのビジネスマンや、完全無欠のヒーロー、身の丈に合わないプレゼントなんか、ぜんぜん必要ないわ。女性は、パートナーには、もっと現実的よ。要は、背伸びや見栄なんか張らず、それを地でいくこと。和人、あなたみたいな男が、最高というわけよ」
「・・・」
和人は、考え込んだ。
「それ、ホントかな?」
「ちっち。ウソだと思うなら、ユティスに聞いてみなさいよ」
「確かにねぇ・・・」
「ユティスは、他には、なんにも望んじゃいないわよ・・・。たぶん・・・」
「今のあなたで十分じゃないの?」
「そっかぁ・・・。えへへへ・・・」
ぱこーんっ。
「調子に乗りすぎ!」
--- ^_^ わっはっは! ---