283 急患
■急患■
「エルド、また、支援世界の一つが視察派遣を要請してきています」
エルドに秘書のメローズが、ある支援先世界に派遣しているエージェントからの依頼を知らせてきた。
「うむ。ルダニアだね、メローズ?」
「リーエス。ここは、まずまず順調に推移しているようです。カテゴリー2のレベル8まで進んでいます」
「なかなかだな。みんな、よくやってくれているようだ」
「ふふ。久々に良い知らせですから」
「まったくだ。で、内容は?」
「エージェントとSSの増員を判断するための、理事を含む派遣です」
「なるほど、ルダニア政府代表との会談もあるわけだね?」
「リーエス。理事派遣を断るのは、礼を失するかと」
「それで、時期は?」
「ここ、1ヶ月以内に、派遣は3ヶ月間以内」
「これはまたせっかちな。それに、3ヶ月も理事を拘束するというのかね?」
「ナナン、最大期間での話しです。なにごともなければ、1週間もあれば済むはずです」
「リーエス。今日にでも、理事たちに通知して、派遣要員を選出しよう」
「ありがとうございます」
「ルダニアには、わたしが伝言を受け取った旨、取り急ぎ、返答してくれ給え」
「リーエス」
エルドの召集で、文明促進推進印会の理事たち15人は、会議室に集まっていた。
「と言うことで、ルダニアに理事一人を派遣したい。みなさん、お忙しいとは思うが、どなたか、立候補する方はおられるかな?」
エルドが一同を見回した。
しーーーん・・・。
エルドの予想通り、自分から申し出る人間はいそうになかった。
「わたしは、ダメよ」
「わたしもだ」
「少々急ぎすぎですなぁ・・・」
「1ヶ月しかないのでは、スケジュール調整ができないわ」
「わたしも、到底無理だな・・・」
理事たちは、次々に辞退していった。
「エルド、ルダニアに時期変更を依頼してはどうかしら?」
「そうだ、そうだ」
「そうしてもらいたい」
「ふむ。みなさんがそういうことであれば、いたしかたないですな」
エルドも、もっともな話しだと思っていた。
「ちょっと、みなさん」
理事の一人が立ち上がった。
「なんだね、きみは行けるというのかな?」
「ナナン。そうではありませんが、もう一人席を外してるものがいますよ」
「ん・・・?」
みんなは、空いた席を見つめた。
「トルフォか?」
「なるほど、彼なら慣れていよう。もう、何度も視察に出かけている」
「そうだ。そうだ」
「彼はどこにいったのだ?」
「そう言えば、今しがた、お手洗いへ・・・」
「リーエス。一応、彼にも聞こうではありませんか?」
「そうだ。聞こうじゃないですか」
「うむ。大事な会議に一瞬でも席を外すとは・・・」
「仕方ありませんことよ。あなたは、アレを我慢できて?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ、いや・・・。やはり、無理ですかな・・・」
「あははは」
「わははは」
「うふふふ」
会議室は笑いに包まれた。
かつかつ・・・。
そこにトルフォが戻ってきた。
「おや、みなさん。わたしになにか付いていますかな?」
「リーエス。運の星が付いておられるようですわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「運ですと?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「リーエス。わたくしたちは、ジルダニアの視察に、トルフォ、あなたにお願いすることにしたのですわ」
「わたしが、ルダニアにですと?」
トルフォは一瞬嫌な顔をしたが、考え直した。
「ジルダニア・・・。ふむ、面白いかもしれんな・・・」
「では、行ってくれるか?」
一斉に理事たちは期待の眼差しになった。
「さて、どうしたものか・・・」
トルフォはエルドを見て両手を広げた。
「きみは、行けるのか?」
エルドはトルフォを見つめた。
「わたしは、忙しい。だが、それを考慮いただけるんなら、場合によっては・・・」
「エルド、トルフォの条件を聞いてあげれば?」
「そうだ。そうだ」
理事たちは一斉にトルフォ派遣に動いた。
「なんだね、その条件とは?」
「休暇をいただきたい」
「またか?」
理事たちは見合った。
「休暇?」
エルドは、なんとなく気になった。
「リーエス。わたしも、エルフィアの外に出るのは久しぶりだし、せっかく視察であるなら、ここいらで、ルダニアをはじめ、幾つか他の世界も一緒に見てきたい。そこで、3ヶ月自由に旅行したいんだが、どうだろう?もし、それが可能なら、まず最初にルダニアを訪問するのもやぶさかではないが?」
にこっ。
急に、女性理事の一人がにこやかになった。
「まぁ、そんなことくらい、なんでもないことよ。わたくしたちが、拒否するとお思いですか、トルフォ?」
派遣候補が見つかり、女性理事はすぐに笑顔で答えた。
「いや、これは、有難い」
「聞いてみるもんですなぁ。トルフォ、是非・・・」
「エルド、あなたは?」
理事たちはエルドの同意を確認したがった。
「まぁ、他に当てがあるわけでなし、トルフォがいいと言うのであれば・・・」
「決まりだな」
「エルド、早速、ルダニアに返事をしてくれるかね?」
「ああ・・・。リーエス・・・」
エルドはあまり気が進まなかったが、了承することにした。
「そういう訳で、トルフォ、きみにはルダニア視察をお願いしたいんだが、了承は?」
「リーエス。よかろう。早速、準備に入ろう」
地球ではカテゴリー1的なのは人間だけではなかった。
がぉーーー!
あぉーーーん!
動物、植物、微生物。それらはすべて、今日の糧を求めて、しのぎを削っていた。
そして、エルフィア人たちにも、その脅威は迫っていた。
「和人さん・・・」
ふらっ・・・。
ユティスは熱が出ているのを自覚していたが、それが感冒によるものだとは想わなかった。
「あぅ・・・」
ユティスは和人の方へ歩きかけて、めまいに襲われ、そのまま和人の前で崩れて言った。
「ユティス!」
すぐに
和人はユティスを腕に抱えたが、既に彼女の意識はなかった。
「アンニフィルド!クリステア!」
和人はSSたちを呼んだ。
たたたた・・・。
二人は二階を駆け上り、ユティスの部屋に飛び込んだ。
「どうしたの?」
「それが、今急に意識を失って・・・」
和人はおろおろするだけだった。
「大変・・・。ユティス、すごい熱じゃない!」
ユティスの額に手を当てたクリステアは、大声で叫んだ。
「和人、どういうことぉ・・・?あなた四六時中ユティスの側にいたんでしょ?」
アンニフィルドが和人を叱った
「リーエス。ごめん・・・。気づかなかった・・・」
「冗談じゃないわ・・・。ユティスは、地球人の寿命の件で、精神的にショックを受けていたのよぉ・・・?」
「わかってるよぉ・・・」
「だから、あなたに任せたんじゃない。これじゃ、まったく役に立ってないじゃない!」
アンニフィルドは辛辣だった。
「ちょっと、アンニフィルド、そんあことより、ユティス診なくちゃ」
「リーエス・・・」
和人は両腕に抱えたユティスを、そっとベッドの上に横たえた。
ユティスは地球のある種のウィルスには無防備だった、転送前にワクチンは適用してい たが、地球のそれは想定外の強さだった。人間のDNAには体外からの侵入者に対して、用意した遺伝子パターンを素早く組み替えて、それに対応する。しかし、エルフィア人にとって、地球のウィルスに、対応が完全ではなかったのだ。
「どう、和人?」
クリステアが心配そうに言った。
「地球でいうインフルエンザの症状に近いよ。高熱が2、3日続く。すぐに医者に診せなきゃ・・・」
「緊急事態なのよ。ウィルス適用ワクチンはないの?」
アンニフィルドも頼み込むように言った。
「恐らくね。でも、エルフィア人に効くのかわからないよ」
「地球人のドクターじゃ、対症療法するのが関の山ってこと?」
「そこまでは言わないけど、エルドに言って、エルフィアのドクターをつけるとか、ユティスを一時期エルフィアに戻すとかできないの?」
「それもありね。けど、ユティスは一応、現地型伝染性ウィルス感染者ということで、エルフィアに直接戻すことは、決まりでできないわ」
クリステアがすぐに否定した。
「隔離か・・・。じゃ、ドクターの派遣は?」
「頼んでみるしかないわね」
アンニフィルドが言った。
「それに、きみたち二人は、大丈夫なの?」
「今のところは・・・」
「早くドクターを呼ぼうよ。そして、きみたちにもワクチンを」
「リーエス」
それから10分が経過した。
ぶわーん。
エルフィア大使館のユティスの部屋が、光に包まれた。そして、一瞬の後、そこに優しそうな顔をした女性と誠実そうな男性が現れた。
「アステラム・ベネル・ローミア(こんにちわ)。カズト」
「ドクター、ですか・・・?」
「リーエス。エスチェルよ。よろしく」
「わたしは、助手のトレムディン」
「はじめまして、宇都宮和人です」
「よろしく」
「よろしくね」
「それでと・・・」
つかつか・・・。
「どれどれ・・・」
エスチェルは、さっそくユティスの様子を診た。
「ふうむ・・・」
「トレムディン、口内粘膜の細胞サンプルを採取して、ウィルスのDNAパターンを探って」
「リーエス」
ぱかっ。
ちゃちゃ・・・。
ぴ、ぴ、ぴっ・・・。
ぱっ。
「出ました」
トレムディンは、ユティスの口内粘膜から細胞のDNAを特定した。
「どれ・・・」
ドクターは分析器を覗き込んだ。
「われわれエルフィアには知られていない攻撃パターンのようです」
「そうね。至急、抗体分析をして、トレムディン」
「リーエス」
ぴぴっ。
トレムディンは、すぐさま答えを出した。
「これは、次々に攻撃パターンを変えてくるウィルスの典型的なケースですね。やはり、ユティスの抗体が対応しきれていません」
「対応ワクチンは、適用できそう?」
「リーエス。ウィルスの攻撃に自動対応するものを用意してあります」
「でも、和人、よく連絡してくれたわね。これは、ユティスのDNA対応パターンから外れたケースよ。このままほっとくと、ユティスは深刻な事態になるところだったわ」
「どうするんですか?」
「ユティスの身体に、ウィルスのDNA攻撃に自動対応させるワクチンを投入するの」
「さぁ、ユティスの腕を出して」
和人がユティスの右腕をまくると、トレムディンは、皮膚から直接ワクチンをユティスに投入した。
しゅっ。
トレムディンは、注射器を収めた。
「もう、終わりですか?」
「はい、終わりよ。数時間もしたら、うそみたいに、ぐっと良くなるわ。ただ、相当、体力を消耗してるから、栄養と休養は十二分に取らせてあげてね」
「リーエス」
「よかったわね!」
「ええ」
「さぁ、次は、あなたたちの番です」
続いて、トレムディンは、アンニフィルドとクリステアにワクチンを投与した。
「ええ・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「和人は?」
「あなたも一応してもらったら?」
「リーエス。お願いします」
「バカも直るかもね」
--- ^_^ わっはっは! ---
べーーー。
アンニフィルドが舌を出した。
「こら!」
「それじゃ、腕を出して」
「リーエス」
しゅ。
和人もワクチンを投与してもらった。
「フェリシアスとキャムリエルは?」
「後でするわよ」
「わたしたち、人間のDNAには、すごい潜在能力があるの。でも、普段はそのほとんどが眠った状態なのよ。でも、いざという時、それが突然機能し始める場合があるわ。エルフィアの科学は、それを強力に手助けするというわけよ」
ドクター・エスチェルは言った。
「そうなの?」
「ええ。だから、抗生剤や化学物質の投与はなるべく、いや、ほとんど必要ないの。今回のユティスのように、急性疾患で命に係わるような、よほど緊急の時以外はね。あくまで、本人の免疫力を高めて、自ら直るよう、サポートすることに徹するの。数時間で、効果は現れるわ」
「それで、どんな病気も治るの?」
「ええ、そうよ」
エステルは、にっこり笑った。
「でも、地球には不治の病なんてたくさんあるけど」
「人間のDNA免疫パターンが対応できてないからよ」
「方法があるの?」
「もちろん、あるわ」
ドクター・エスチェルは保障した。
「でも、それを本当に働かせられるのは、本人次第なの」
「どういうことです?」
「直すこと自体は、本人の意思ですから」
トレムディンが、答えた。
「助かろうとする意思のない人間を救うことは、とても難しいことなんです」
エステルが続けた。
「せっかちで、依存心が強く、疑い深く、自分本位で、常に競争を好み、相手を支配したがる人間。こういう人たちは、なにをアドバイスしても、聞く耳をもたないし、満足することもないし、他人に次々に途方もない要求をするだけです。感動することももないし、感謝する気持ちもないわ。すべて他人の責任に帰するということね。だから、どんなに親身になって、予防が必要だと強調しても、自分でDNAのスイッチを入れようとは、決してしないの」
「そうすると、どうなるの?」
「いずれ、魂を蝕まれ、自己崩壊するの。そうなっても、まだアドバイスを受け入れることはないわ。自滅ね」
「そういう人は、ほっとくわけ?」
「他人を巻き込み、コミュニティに甚大な悪影響を与えるなら、強制隔離をするわ。そして、強制治療」
「洗脳?」
「当たらずとも遠からずね。でも、基本は、マンツーマンの対話よ。薬物投与や頭脳にオペをするわけではないわ。時間と根気が要るの。直す方も、直される方も・・・」
「それでも直らなければ?」
「そこまで最悪のケースはなかったから。どうかしらね?」
「その最悪のケースとやら、地球には、そこら中に、何千万、何百万といると思うよ」
「まぁ、大変!エルフィア銀河団全部のドクターが必要だわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うーーーん。それくらいは、要るかなぁ・・・」
和人は本気で考えた。
「ドクターも大袈裟ねぇ。和人もそのへんにしたら?」
「そうね」
「いろいろ質問して、ごめんよ。ドクター」
「ナナン。あれで答えになった?」
「うん・・・」
「じゃ、わたしたちの役目は、終わりかしら?」
「帰っちゃうの?」
「まさか。えへへへ。そのぉ、地球にせっかく来たのよ」
「始まったね。ドクター・エスチェルの悪い癖・・・」
トレムディンは、にこやかに笑った。
「なんですか?」
和人はドクターにきいた。
「ふふふ。少しは、面白いところを紹介してくれもいいんじゃない?第一、一応、ウィルス汚染地域に踏み込んだんですからね。しばらくは、エルフィアには、戻れないいわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
ドクター・エスチェルは、にっこり笑った。