282 葛藤
■葛藤■
地球人の超寿命化に干渉することへのクリステアの問いに、エルドは自分に確認するように答えた。
「いかにも。そういうことについては、世の権力者たちは、絶対に放っておかない。他人はさて置き、自分自身だけのために、あらゆる手段で、和人を手に入れようとするだろう。われわれが施した和人への超寿命化の処置をわがものにせんとね。たちまち、和人の争倍奪戦が起こり、地球中が不穏になる。和人を入手した権力者は、その身体を徹底的に調べ上げ、人体実験すらするかもしれん。結果、和人の命は脅かされえることになる。それどころか、われわれ、エルフィア人にも同じ蛮行をためらわないだろう」
「結果、地球は重度危険区域の指定を受け、文明促進支援は中止となり、エルフィアはすべて引き上げとなるわけね・・・。はぁ・・・」
クリステアは溜息をついた。
「リーエス。そして、地球は時空閉鎖。反対派の思う壺だよ・・・」
エルドはやるせないように言った。
「良くなる風には考えないの?」
それでもクリステアはエルドに尋ねた。
「現実を踏まえない楽観主義は、非常に危険だ。最高理事としては、最悪の状況を考慮せねばならない。些細な例外を認めたことで、地球の支援を終らせることになる。それこそ、愚かさを露呈する大失策だ」
「どうしても、ダメなの・・・?ふぅ・・・」
クリステアの隣で、アンニフィルドも溜息をついた。
「これだけははっきりしている。決して急ぎ過ぎてはならない。その世界に合わせた文明発展速度というものがある。われわれとしては、地球人が自力で問題解決することを見守ることがベストなんだ。寿命の問題は最たるもの。もし、地球人が自ら完結する生命システムを確立できなければ、遅かれ早かれ、地球人は破滅に向かう・・・」
「それを手をこまねいて、見てろというの?」
クリステアはさらに突っ込んだ。
「それを今ここで結論しろと言うのかね?」
エルドが困りきった顔をした。
「ナナン。あなたはどう思うのか聞きたいだけ。ここでどうこうしろとは言ってないわ」
「リーエス。エルド、クリステアが言ってるのは、あなたの自身の気持ちよ。最高理事としてでなく、ユティスの父親としての・・・」
こくん・・・。
アンニフィルドはクリステアに目配せすると、クリステアはゆっくりと頷いた。
「だから、予備調査を怠ってはならないんだ。実際、地球人はそれに気づき始めている。ここで、彼らに長寿の秘密を与えてしまったら、生命への尊さと大宇宙の善なるものへの理解、それに自立する機会を永遠に奪うことになりかねない」
「リーエス、わかるわ。それで、あなたの気持ちは・・・?」
クリステアはまだエルドの気持ちがわからなかった。
「いいかい、クリステア、アンニフィルド・・・。それよりも、最も恐ろしいことは、人体実験を繰り返し、誤用したり、悪用したりすることで、地球人類という種、そのものを失う危険を冒すということだ。細胞内のDNAを人工的に扱うことは、技術的にも倫理的にも、極めて慎重にしなければならない。塩基一つ間違えば、どういう結果を招くか、エルフィアも身にしみているのではないのか?」
「エルド、それはわかるわ。でも・・・」
クリステアは苛立ってきた。
「和人に処置を施すと言うことは、そういう引き金を引くことになるんだ。地球はカテゴリー1の精神を克服しようしているかもしれないに、これが元で後戻りするやもしれん。それも完璧に・・・。もし、地球のどこかでそれをやり始めたら、あちらこちらで始まる。そして、二度と止めることはできなくなるだろう・・・」
エルドは苦しそうに言った。
「ユティスを一生悲しませてませても、いいの?」
それでも、クリステアは言うことを止めることはできなかった。
「悲しみは、永遠に続くわけではない・・・」
エルドはSSたちを交互に見た。
「それでも、当分は立ち直れないわ」
アンニフィルドが言った。
「そうだわ、エルド。ユティスは、ミューレスのショックから立ち直ったばかりだと言うのに・・・」
アンニフィルドの言葉を受けて、クリステアはさらに続けた。
「ミューレスの時にとは比べものにならないくらいショックを受けるわ」
「ユティスが、ミューレスの精神的打撃から立ち直れたのも、和人のおかげなのよ・・・」
アンニフィルドはエルドに思い出させた。
「あなたは、和人を息子と認めてるんじゃないの?」
クリステアがダメを押した。
「リーエス。それはそうだが・・・」
エルドの応えは歯切れが悪かった。
「それだからよ。息子を救わない親がいるの?」
クリステアはエルドを追い込んだ。
「しかし、地球も非常に危うい状況なんだ。過去の失敗例を持ち出すまでもない。きみたちも知ってるだろう?」
「失敗例はね・・・」
アンニフィルドはクリステアを見た。
「成功例もあるんでしょ、エルド?」
クリステアはなんとしても、エルドにそれを自覚させたかった。
「それは・・・」
「少なくとも、ゼロじゃないのね?」
「その通りだ。しかし・・・」
「じゃあ、和人の役目を解放してあげたら?」
アンニフィルドは作戦を変更することにした。
「コンタクティーの役目を解放するだと?」
「リーエス。和人の代わりを作れば、いいんでしょ?」
「アンニフィルド、きみはなにを言ってるんだ?和人は、エルフィアのことを知ってるんだぞ。彼が同じ地球人たるZ国等に狙われたら、どうするつもりだ?」
「今まで通り、わたしたちが守るわよ」
「そう願いたいね・・・」
「とにかく、聞いてよ、エルド。予備調査で、地球が支援対象と認定されれば、どのみち、和人一人では、地球人のコンタクティーは足らなくなるわね?和人を解放するのは、その時よ・・・」
「ひょっとして、きみは、和人を・・・」
「リーエス。ユティスも同時にエージェントの解任をするの。これなら、無理じゃないでしょ?」
「アンニフィルド、きみはなにが言いたいんだ?」
エルドはもしやと思った。
「わたしは、どうすれば二人が一緒に幸せになれるか、それを考えているだけ」
アンニフィルドはどうしても譲れなかった。
「わたしも、アンニフィルドに賛成よ。地球人の生涯時間に合わせて、こちらのエージェントも交代させ、双方が同じ時間を共有するようにして、接することがじゃないかしら?」
「クリステア、きみまでも・・・」
エルドは首を振った。
「どうせ、地球人の寿命に合わせ、派遣期間を定めて、こちらもコンタクトするメンバーを交代させるわけでしょ?」
アンニフィルドは続けた。
「確かに、そういうことにならざるをえないが、十年単位では、あまりに短い・・・。エージェントにとっては、十分な時間ではない」
「地球人にとっては、十分な時間かもよ」
クリステアがアンニフィルドをフォローした。
「とにかく、エルフィア人の本当の寿命を悟られないようにしなくちゃ」
「でないと大変なことになるわ」
「それは、わからんな・・・」
「ナナン。それこそはっきりさせなきゃ。和人たちが秘密を守れるか、それが大きな鍵なんでしょ?」
クリステアが確認をせまった。
「二人の解任後は、和人もユティスもエルフィアで暮らすの。これなら、問題ないでしょ?」
アンニフィルドが答えを言った。
「しかし、その場合は、数十年のうちには、二人とも地球に戻ることはできなくなるぞ。和人は彼の家族が生存中に地球には戻れない・・・。彼らにとっては、和人と永遠に別れを告げることになるんだぞ・・・」
「百も承知よ」
アンニフィルドは言った。
「それに、和人自身の意思を確認することも必要だ・・・」
「リーエス。でも、今、結論を出すことはないわ。まだまだ、何年かは時間があるもの。わたしたちの意見、考えてくれるわよね、エルド?」
クリステアは、自分たちの主張について、今はこの辺で十分と判断した。
「ああ。わかったよ・・・」
エルドは、難しい顔で一応頷いたが、二人を見つめると断言した。
「きみたちの主張はよくわかった。もし、そうするのが良いとして・・・」
エルドは一瞬ためらった。
「それで?」
クリステアは、エルドに先を言う決心させた。
「それには、まず、予備調査で、地球が文明促進支援に値する時期にあるのか、その資格があるのか、委員会での最終判断が最重要課題だ」
エルドは終に、その可能性を探ることへ、舵を切り替えた。
「もし、この予備調査期間中に、地球人たちにカテゴリー1的な精神を脱する行動なり、努力なりが認められないならば、地球はしばらく委員会監視下に置かれる」
「前置きはいいわ。それで?」
クリステアは、エルドに先を続けさせた。
「それでもなお、カテゴリー1的価値観を改善する様子が見られず、自他共に破壊する可能性が高いと判断されれば、残念ではあるが、地球は時空封鎖の対象となるだろう」
「それは、一部の地域、例えばZ国とかが、そうしたことになっても、地球として、時空封鎖されるということなの?」
アンニフィルドが確認をした。
「状況によるな。それが、地球に一般的で中心的な考え方あるとしたら、委員会は即座に時空封鎖に動くだろう。地球は、われわれの力による外圧ではなく、自ら気づき、その意思でカテゴリー1的価値観を克服することを望まねばならない。そういった自律した精神があるかどうかの判断は、わたし個人で決定できることではない。委員会の全体決議によるんだ・・・」
エルドはどうすればそれができるかについて、問題を上げた。
「つまり、このままでは、微妙なところってこと?」
クリステアがきいた。
「リーエス。地球の状況は、とても予断を許すようなレベルにはない」
エルドはこの点では譲れなかった。
「わかったわ。ありがとう、エルド」
「ああ、クリステア、アンニフィルド。きみたちの気持ちは十二分にわかった。アルダリーム(感謝している)。わたし個人としては、地球が時空封鎖になるようなことになって欲しくないし、そうさせないようにするには、どうすればよいのか、いつも考えている」
ようやく、エルドは最高理事の衣を脱ぎ始めた。
「リーエス。委員会のことは、あなたにお願いするわ」
「わたしたちは、ここで最善を尽くす」
「アルダリーム(ありがとう)、アンニフィルド、クリステア」
エルドは礼を言った。
「ユティス・・・」
じわぁ・・・。
和人はベッドに横たわるユティスを見つめていると、涙があふれてきた。
「オレ・・・、きみを幸せにできそうにないよ・・・。何百年も若さを保ったまま生き続けるなんて・・・。そんなこと、できるわけがない・・・。オレは、所詮、どうしようもない地球人なんだ。カテゴリー2に成り立ての地球人なのさ。きみに『女神さま宣誓』をする資格なんてないんだ・・・」
和人は、どんどん悪い方へ考えていくのを、抑えることができなかった。
「うーーーん・・・」
ユティスは夢の中でも苦しんでいた。
「ユティス?」
和人が側にいるというのに、それをユティスは夢の中で感じ取れなかった。
(和人さんと結ばれたとしても、わたくしが和人さんと一緒にいれる時間はほんの数十年しかないのですわ・・・)
ユティスは自分目の前でどんどん老いていく和人を目の当たりにして平静でいられることはできないと思った。
(このまま地球にわたくしがとどまれば、まったく年を取らないわたくしを地球の方たちはどう見られるのでしょうか・・・?エルフィア人を受け入れていただけるのでしょうか・・・?これはなにかの罰なんでしょうか・・・?)
ユティスの心は大きく動揺した。
(5年くらいなら、和人も大きくは変わらないと思いますわ。けれど、10年は?20年は・・・?ああ・・・!)
ユティスは胸が引き裂かれそうだった。
(わたくの愛する和人さん・・・。和人さんだけの老いと死を受け入れることなど到底できませんわ・・・。すべてを愛でる善なるものよ、どうか、和人さんをお救いください!)
ユティスは夢のなかで切に祈った。その祈りは常に自分ではなく、愛する対象に対してだった。
和人はそんなユティスを想った。
(くっそう・・・。ユティスにとってそれがどれだけ辛いことなのかよくわかるさ。先に逝くのはいい。でも、残された者は、どうする?ユティスの場合、何百年もあるんだぞ・・・)
今さらながら、和人はユティスがエルフィア人なのだということを認識せずにはいられなかった。
(仲のいい友人でいる間はいい。しかし、オレとユティスは一線を越えてしまったんだ・・・。もう、オレたち、お互いが愛し合っていることを知っているんだ・・・。引き返すことなどできないよぉ・・・)
株式会社セレアムにはアンニフィルドたちの立会いで、大田原がハイパートランスポンダーの助けを借りて、セレアムと通信をしていた。
「おじいさま!」
「じいさん!」
「どうだね、セレアムは?」
「ええ。とってもステキなところよ」
「わはは。美人ぞろいで言うことなしだぜ」
「わかった。アンニフィルドにそう伝えよう」
「ばか、じいさん、冗談だってば!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わかっておる。それで、今日はエルフィア人たちへの政府の正式な身元保証ならびにセキュリティについて通達を得た」
「やっとかぁ。ずいぶんと遅かったなぁ・・・」
「悪い。そういうシステムなんだ。現状は我慢してくれ」
「それで?」
「うむ」
大田原は続けた。
「日本政府として正式にエルフィア親善大使として、日本での全ての活動を承認する。滞在先は和人の家。政府のオフィシャル・セキュリティを4人に増やす。もちろん、和人も例外ではない。それから、俊介と真紀、おまえたちの会社と社員にもだ。Z国をはじめテクノロジーを軍事に転用し、自らの権力の拡大・維持をしようとする連中には、絶対に彼女らを渡してはならない。身柄も、知識もだ」
「じいさん、恩にきるよ」
俊介は心から礼を言った。




