281 寿命
■寿命■
こともあろうに、クリステアが完全に復帰した日、エルドはアンニフィルドとクリステアを通じて、エルフィア人の生物学的寿命について、和人に現実を伝えるよう指示しなければならなかった。
「きみが復帰した日だというのに、申し訳ない・・・」
SSたちは、エルドの言葉に愕然となった。
「なんということ、神様!わたしたちが伝えねばならないとは!」
あの冷静なクリステアが体を震わせむせび泣き、涙がとまらなくなった。アンニフィルドは頭が真っ白になり、完全にショック状態だった。
「可愛そうなユティス、そして和人・・・」
それに、アンニフィルドは、国分寺を本気で愛していた。俊介は、四分の一セレアム人の血が入っているとはいえ、俊介も地球人だ。少なくとも地球という環境から逃れることはできない。とても人ごとではなかった。
とんとん。
「和人、入っていいかしら?」
「リーエス。というより、もう入ってるじゃないか」
--- ^_^ わっはっは! ---
和人は、部屋に入ってきたアンニフィルドとクリステアに、なにごとか悪い予感がした。
「ごめん・・・」
和人が顔を曇らせた。
「いいよ。いつものことだから。でも、なにか悪い知らせでも・・・?」
「リーエス・・・」
クリステアが口火を切った。
「・・・和人、よく聞きなさい。わたしたちエルフィア人はあなたたち地球人の10倍以上寿命があるの。何百年もまったく年をとらないわ。今ある姿をずっと保つの。これがどういうことかわかる?」
「ほ、本当なの?」
「リ・・・、リーエス。本当よ・・・」
やっとのことでアンニフィルドが答えた。
「いい?ユティスもエルフィア人よ。そして、あなたは地球人・・・」
クリステアはじっと和人を見つめた。
「・・・」
「・・・」
しばらく和人とSSたちは見合っていた。
「ど、どういうこと?」
和人は彼女たちがなにを教えようとしているのかわからなかった。
「わからない?」
アンニフィルドが和人を見つめた。
「いきなり言われてもさぁ・・・」
「あなたとわたしたちじゃ、時間の進み方が違うのよ」
アンニフィルドは一歩踏み込んだ。
「どういうこと?」
和人はクリステアを見つめた。
「ユティスの目の前で、あなたはあっという間に年老いて、おじいちゃんになり、天国にいっちゃうということ。今のままの若いユティスを独り残して。先に逝くのも辛いでしょうけど、残されたものは一層辛いでしょうね・・・」
ぽたぽた・・・。
クリステアが最後は声を震わせ涙を流した。
「和人・・・。あなた・・・」
じわぁ・・・。
アンニフィルドはその後は声一つ出せなかった。
彼女たちの目は真っ赤で、涙が溢れんばかりだった。
「う、うそ・・・、だろう・・・?」
和人は静かに首を振った。
「うそなんかじゃないわ。わたしたち、地球年齢は20歳代だけど、本当はいくつだと思う?」
口が利けなくなったアンニフィルドに代わり、クリステアが続けた。
「きみたちがかい・・・?」
「リーエス」
「・・・」
和人は想像もできなかった。
「聞くと、腰を抜かすでしょうから、今は言わないわね。ユティスにせよ、わたしたちより若いことは確かだけど、あなたの想像を遥かに超えてると思うわ」
「ユティスが・・・、そんなぁ・・・」
ぐらぐら・・・。
和人はショックで目が回りそうだった。
「でもね、ユティスの身体も心も、地球人の二十代前半となんら変わりないわ。あなたが見たまま。感じたまま。あの娘は、とても若い。それで十分じゃない?」
「ああ・・・、オレ・・・、よく、わからなくなった・・・」
和人は両手で頭を抱えた。
「自分の目や耳で確かめなさいよ。ユティスがお婆ちゃんかどうか」
「クリステア、それはわかってるよ。ただ・・・」
「和人・・・」
ようやくアンニフィルドが震え声で言った。
「和人、愛してるんでしょ、ユティスを・・・」
「も、もちろんだよ。けど・・・、あんまりだ・・・」
「ねぇ、お願い、そばにいてあげて、ずっと。あなたの可能なかぎり・・・」
「なんということか・・・。うそだろ?うそと、言ってくれよ!」
「それで、事実が変わると言うなら・・・、いくらだって言うわよ」
和人はクリステアの言葉が信じれなかった。
「アンニフィルド・・・」
「どうしようもない事実なの・・・」
アンニフィルドはダメ押しした。
くらくらーーー。
和人はあまりの恐ろしさに頭がくらくらしてきた。
「地球人の時間は、エルフィア人より10倍以上早く流れるのかぁ・・・?」
がくがく・・・。
和人は足が震えて止まらず、今にも、そこに崩れてしまいそうだった。
「逆浦島太郎じゃないか・・・」
「和人・・・」
「ユ・・・、ユティスは?」
和人は急にユティスのことが心配になった。
「今頃、自分の部屋で、エルドから事実を聞かされているところよ・・・」
アンニフィルドは力なく言った。
「エルドから・・・?エルドはなんて言ってるんだろう。オレ、ユティスに相応しくないのかぁ・・・?」
(オレにはユティスを愛すると言う資格があるのか?ユティスを幸せにすると言う資格があるのか?オレが死んでもなおも二十歳のままなんだぞ・・・。オレは、ユティスの目の前で、あっという間に老いて死んでしまうんだぞ!。好きだ、愛してる、と言うことは、ユティスを苦しめるだけではないのか・・・?)
一方、エルフィアではエルドが、娘とその恋人についての将来を話すため、エルフィア大教会のアマリア総主教を訪れていた。
「おお、エルド・・・」
「総主教座下!」
エルフィア大教会でも、地球人の寿命の話は大変なショックとなっていた。
「ユティスが、愛している和人は・・・。地球人は、そのように短命だというのですか?」
「リーエス・・・。お救いください、座下。ユティスと和人をお救いください・・・」
「エルド・・・。わたくしも、とても動揺しています・・・」
「総主教座下、現地の人間の寿命を操作することは、エルフィア文明支援憲章で、許されません。和人は、ユティスの目の前で、たちまち老いていくでしょう。わたしは、娘の悲しむ姿を前に、なにもできないのでしょうか?」
「エルド・・・。すべてを愛でる善なるものは、きっと解決策を授けてくださいます。今日明日に、和人が老いるわけでも、逝くわけでもありませんわ。必ず、知恵があるはずです・・・。信じましょう、エルド」
「あ、ありがとうございます。座下・・・」
大司教は、ひざまづいたエルドを優しく抱きしめ、頬を寄せた。
(できることなら二人の幸せをかなえてやりたい。しかし、このままでは、あまりにも悲しい結末になることが確実なのだ。二人が愛を誓い合い、結ばれる前にはっきりさせねばならない。それでもユティスは和人と結ばれることを選ぶのか。誓い合った後ではだめだ。今がその時だ。エルドは心を鬼にした。ウソは言えまい。伝えねばならない)
ユティスは血を分けた彼の末娘にほかならなかった。
ぽわぁーーーん。
エルドの精神体が、エルフィア大使館のユティスの部屋に現われていた。
「お父さま・・・」
エルドの目に、ユティスは良くない知らせを読み取った。
「ユティス、わが娘よ。心を強く持つんだ」
エルドはユティスに前置きした。
「お父さま、どうかしましたの?とても嫌な予感がします・・・」
「どうしても、きみに伝えなくてはならないことがある」
「なんですの?」
ユティスの顔が明らかに不安げになった。
「地球人の寿命、いや、数との寿命について、伝えることがある・・・」
「カズトさんの寿命・・・?」
ユティスはすぅっと血の気が引いていった。
「ユティス、よく聞きなさい・・・。地球人の寿命は、エルフィア人の十分の一しかない」
エルドは搾り出すように言った。
「え・・・?どういうことですの?」
「地球人の生化学分析が行なわれた。ドクター・エスチェルの分析結果は、そのDNAにそう情報が書き込まれているということだ」
「なんのことです?」
「細胞分裂回数も、分裂までの期間も、われわれの10%しかない・・・。そういうことだ・・・」
ユティスは突然わかった。
「そんなぁ・・・。ウソですわ・・・。なにかの間違いです・・・」
「ナナン。間違いはない」
エルドから事実を伝えられたユティスは、自分の部屋に呆然と立ち尽くした。
「信じられません・・・」
頭の中は真っ白だった。
「和人は地球人だ。きみの十倍の早さで年老いていく。きみがまだ十分に若さを保っている間も、どんどん老化していくんだ」
くらくらぁ・・・。
ふらり・・・。
「いやぁーーー!」
身体中の力が抜け落ち、悲鳴を上げたユティスは、崩れるように倒れた。
どさっ。
たちまち、それは他の3人に稲妻のように伝わった。
「ユティス!」
どたどたどた・・・。
和人はすぐに二階に駆け上がった。
どたどた・・・。
アンニフィルドとクリステアも続いた。
ばたん!
ユティスは部屋にPWをかけていなかったので、和人は部屋に飛び込んだ。
「ユティス!」
エルドの精神体がユティスの側で屈み込み、心配そうに話しかけていた。
「しっかりするんだ、ユティス!」
「エルド、ユティスは、どうしたんですか?」
ユティスは床に崩れていて、意識がなかった。
がしっ。
「ユティス、ユティス!」
和人はユティスを呼んだが意識が戻らない。
「すまない、和人。ユティスが・・・、ユティスがショックで、倒れてしまった」
エルドは精神体のためなす術がなく、和人を頼りにするしかなかった。
「リーエス。ここは、オレたちが」
「本当にすまない・・・」
「なにを言ってるんですか。お任せください」
「リーエス」
「大丈夫よ。さぁ、ベッドに寝かせましょう」
アンニフィルドがユティスの息を確認した。
「そうっと・・・」
和人は、アンニフィルドの助けで、ユティスを抱え上げ、ベッドに横たえた。
どさ・・・。
「ふぅ・・・」
さすがに、アンニフィルドもクリステアもエルド直下のSSだった。
「気を失っただけよ・・・」
ユティスの状態を確認するや、たちまち自分たちの職務に戻った。
「心配しないで、和人」
SSの使命は、エージェントとコンタクティーを、なにがなんでも守り通すことにあった。物理的にも精神的にも。
「神経が耐え切らなかったんだ・・・」
エルドは3人を見た。
「リーエス、エルド。SSのわたしたちでさえ、ショックでまいりそうだったんだから、ましてや、ユティスには・・・」
「どうしよう?」
「和人、ユティスを頼むぞ・・・」
「リーエス。オレたちがいますから、エルドも心配しないでください」
「ありがとう」
エルドは和人に頭を下げた。
「しばらくは、そっとしておくしかないわね」
「和人、あなた、ユティスを診てなさい」
クリステアが言った。
「わたしたちは、フェリシアスと話をするわ」
「リーエス」
フェリシアスは、キャムリエルとともにエルフィア大使館の周辺のパトロール中だった。
「どうした?」
ただならぬ強い感情の揺らぎを感じて、フェリシアスはクリステアと精神波の会話に入った。
「フェリシアス、ドクター・エスチェルの地球人の細胞分析の結果を聞いてる?」
「ナナン。なにかあったのか?」
「リーエス。そのなにかよ・・・。サンプルのすべてがそうだった・・・」
「どういうことだ、クリステア?」
フェリシアスも大きな不安を感じていた。
「あのね・・・、地球人の寿命はわたしたち、エルフィア人の10分の1もないの。年齢の重ね具合はもっとだわ・・・」
「どういうことだね、手短に詳しく説明してくれたまえ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「要するに、和人は年を取っておじいちゃんになり、あっと言う間にあの世に旅立っちゃうということよ」
「なんだてぇ・・・」
フェリシアスは信じられないような顔をした。
「その間、ユティスはまったく歳を取ることはないの。ユティスは目の前で、和人が老いさらばえ、朽ちて死んでいくことを、ただただ見守ってなきゃならないのよぉ・・・」
クリステアは一気にしゃべった。
「そんな、バカな・・・」
フェリシアスは絶句した。
「キャムリエルには、あなたから伝えてね。わたしはエルドに話があるの」
しゅん。
クリステアはフェリシアスとの通信を切った。
「待ちたまえ、クリステア!」
クリステアとアンニフィルドは、エルドの精神体と向かい合った。
「エルド、エルフィア文明推進憲章ことね?」
「ああ、そうだ・・・。現地世界の住人の寿命を意図的に変更することは、その世界の生態系に大きく介入することになる。今の精神のまま、地球人の寿命だけが劇的に延びるとしたら、瞬く間に、地球は人類で溢れかえってしまう。食料、水、エネルギー、そういったものの確保はできてるのか?自星の資源を掘り尽くし、代替を他の星に求めて、破壊を続けないと言い切れるのか?」
「あなたの言う通りだわ・・・」
「そうね。わたしも、とても大きな問題だと思う・・・」
SSの二人は同時に言った。
「いいかね?地球人の寿命は、地球人だけの問題ではないんだ。急激な長寿命化は、地球の生態系全体に急速に影響を及ぼす。地球人は、それを理解した上で、なお、自らそれを延ばすのでなくてはならない、生態系を守ったままで・・・」
「わかってるわ。エルフィアのような存続可能な完結世界になるには、とても長い時間が必要ね?」
アンニフィルドがまず言った。
「リーエス。エルフィアは、直接それに触れることはできない・・・」
エルドは歯を食いしばるように答えた。
「どうしてよぉ・・・?」
「・・・」
エルドは沈黙した。
「・・・」
「エルド・・・」
「うむ・・・」
「本当に、それでいいの、エルド?」
クリステアはじっとエルドを見つめた。




