272 事後
■事後■
エルフィアでは、捕らえられたSSたちへの尋問が始まっていた。
「さて、なにから聞くの?」
リュミエラはすっかり観念したように両手を広げた。
「結構。まず、きみらを引き込んだのはだれかな?」
「わたしは、ブレスト。後の三人は本人に聞いて」
リュミエラはそさくさと言った。
「では、ゾーレ、きみは?」
「ブレスト」
「わたしも、ブレスト」
ファナメルは、エルドにきかれる前に自分から答えた。
「なるほど・・・。そうかぁ・・・」
エルドは手をアゴにやって思案していた。
「それで、ブレストは、だれに頼まれたのかね?」
「ブレスト?知るもんですか。さぁね・・・」
ゾーレはそっぽを向いて答えた。
「彼の単独犯行じゃない?地球の支援に猛反対した先鋒だもの」
エルドと目が合ったファナメルは、すぐに答えた。
「ふむ。それで、きみの意見は、リュミエラ?」
「あはは・・・」
リュミエラはエルドを見て笑った。
「リュミエラ、なにが可笑しいかね?」
「だって・・・。あはは。だれが考えても、わかりきってるじゃないの。黒幕は、トルフォに決まってるわ。もっとも、わたしが直接きいたわけじゃないけど」
「けっこう。して、その理由は?」
エルドはリュミエラを見つめた。
「はぁ・・・?わかんないの、エルド?」
「さぁて・・・。推測ではなく、事実が知りたいんでね・・・」
「リーエス。言うわよ。それはね、ユティス。あなたの末娘ね。あいつは、なにがなんでも次期最高理事の地位が欲しいのよ。そのためには、エルド、あなたの娘を娶って跡継ぎを確かなものにしたい。けど、みんな片付いちゃって、残るは末娘のユティス、ただ一人。是が非でも、わが連れ合いにせんと必死だわ」
「そんなに露骨なのか?」
「女から見ればね」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ところが、どっこい。和人とかいうカテゴリー2の地球人にユティスは首っ丈。おまけに、こともあろうか、女神さま宣誓までしたもんだから、このままじゃ、トルフォがユティスを連れ合いにするチャンスは、万に一つもないわ」
「ふむ。ふむ・・・」
「そんなこと、みんな百も承知なんじゃないのぉ?ならば、ユティスが和人のものになる前に奪う。同時に、女神さま宣誓も無効化する。あれやこれやが絡み合って、たまたま、地球支援反対派に乗っかっただけね。トルフォにとって、地球なんか、はじめっから何の意味もないのよ」
「証明できるかね?」
「これは、びっくり。あなた、トルフォを弁護してるの?」
「とんでもない。わたしは、事実が知りたいだけだ」
「けど、その分じゃ、もう相当な証拠を押さえてるって感じだわね。違う?」
「ナナン。不明な点は、多いにあるよ。例えば、どうやって、セキュリティが完璧な転送システムを、ああも鮮やかに、いつ、だれが、セッティングしたか。システム担当者すら、完璧に出し抜かれている」
「わたしは、知らないわよ。当然そうなっているとしか、思ってなかったもの」
「どういうことだね?」
「そう、ブレストが言ったからよ」
「すべては、セッティングしてあると?」
「リーエス。だから、それについては、なに一つ知るところはもないわ」
「よろしい。きみの言うのはもっともな話だ。リュミエラ、きみには、もう一つ、答えてもらいたいことがあるんだが、少しプライベートなところにも突っ込んで話しをしたいんだが?」
「リーエス。いいわよ。ファナメルもゾーレも、それで、
合衆国国務省外交保安極のジョーンズとジョバンニは、車に乗って暗号無線でヘリに先んずること20キロ地点を走っていた。
「セレアムとのランデブー地点は割り出せたか?」
「N火山の裾野にある高原地帯だな」
「ジョバンニ、ヘリに連絡を入れろ」
「ああ。大使の車に離されないようにしてくれ」
「大丈夫だ。GPSで100メートル後ろを追尾している。間違えようない」
大田原のリムジンを先導する警護官のセダンをに始まって、大田原のリムジン、二宮の運転する国分寺姉弟のワゴン、続いて和人とユティスのソヨタ・カローナ、その後ろにユティスを警護する警視庁の覆面パトカー、そして、しんがりは、ジョーンズたち合衆国の黒塗りの大型セダンが続いた。そして、数十キロ離れたところには、在日合衆国のヘリがゆっくりと追いかけていた。
「いいか、Zの連中が必ず出てくるぞ。赤外線探知機で見張ってくれ」
ジョバンニはヘリに指示を入れた。
「了解した」
ヘリからすぐに応答があった。
「目的地まで約1時間だ」
「N火山は1時の方向、左手60キロだ」
ヘリから目的地方向のサポートが来た。
「サンクス。キース、あんたも今のうちにトイレ休憩しておけよ」
ジョバンニの横からジョーンズが冗談を飛ばした。
「はっは。空中からZのヤツラに雨を降らせろってかぁ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「頼むから、こっちには引っ掛けるなよ。洗車が面倒になる」
「ぬかせ、ジョーンズ」
その頃、Z国大使館の外商部の面々が、国分寺たちの車をGPSで監視していた。
「N火山で間違いない」
「リッキー、おまえの感は当たったわけだ」
「気に入らんか?」
「まさか。さっさと追うんだ」
「ああ」
リッキーの車は、ジョーンズたち合衆国SSの300メートル後ろをきっちり保って、続いた。
エルフィアの委員会直属の異世界医療センターでは、ドクター・エスチェルが助手のトレムディンと、地球人の寿命を決めるDNAについて、会話していた。
「そんな、信じられない・・・」
トレムディンは算出結果に大いに驚いた。
「地球人の寿命は200年持たないんでしょ?」
「200年どころじゃありませんよ、ドクター・・・」
ドクター・エステルは左手を額に付けた。
「最大でも200歳なのね?」
「リーエス。老いて介護が必要となって、医術の限りを尽くして、ぎりぎりまで生命維持できたとしてです」
「それじゃ、ただ生きてると言うだけで、まともな生活はできないわねぇ・・・」
「リーエス」
「元気に活動できる状態ということでは?」
「100年をかなり下回ります」
「80歳、70歳?」
「個人差が大きいと思いますが、恐らくその程度ではないかと・・・」
「エルフィアじゃ、まだ子供じゃない・・・」
「まったく同感です」
トレムディンは大きく頷いた。
「サンプルが特殊だったとは考えられない?」
「わたしもそう思って、とりあえず、残りのサンプルも調べてみたんですが・・・」
ぴっ。
トレムディンは検査結果をスクリーン上に映し出した。
「これです・・・」
ぴっ。
ぴっ。
ぴ、ぴっ。
「どう思われます?」
「大差ないわねぇ・・・」
ぷるぷるっ。
ドクターは頭を振った。
「これが、標準的地球人なんだわ・・・」
「結果は、地球人にも知らせるんですか?」
トレムディンはドクターを見つめた。
「本人たちに?とんでもない!そんなことをしたら、大変なことになるわ。地球人はわたしたちを信頼して、生化学的サンプルを提供してくれたんですからね」
「しかし、ドクター、ウツノミヤ・カズトは地球人で、ユティスは・・・」
「わかってるわよ・・・」
「エルドへは・・・?」
「遅かれ早かれ、彼には報告はしないといけないわね」
がくっ。
「ドクター!」
「ショックで・・・、眩暈がしそうだわ・・・」
へたっ・・・。
ドクターは、ソファーに座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ねぇ、トレムディン、知ってる?」
「なにをです?」
「現地人の寿命を制御するリスク・・・」
ドクター。エスチェルに言わんとすることを察して、トレムディンは慌ててそれを制した。
「ダ、ダメですよ、そんなことしちゃぁ!委員会の重要禁止事項の一つです。それでなくても、倫理的にも重大な罪を犯すことになります」
「だよねぇ・・・」
「当たり前です。まさか、ドクター・・・」
「ナナン、心配しないで。わたし、地球に行ってみようと思うの・・・」
「調べるんですか・・・、現地で?」
「リーエス。チャンスがあったら、行きたいわ。彼らだって、エルフィア人の生化学的なサンプル検査をしたがっているはずよ。もし、わたしたち、ナナン、もう、ユティスたちのサンプルを入手していて、検査をし終えてたとしたら・・・、たぶん、とっても恐ろしいことになるわ・・・」
「エルフィア人の長寿の秘密を手に入れようと、戦争勃発ってことに?」
「それもあるけど、ユティスたちが、人体実験されかねない・・・」
「そんな恐ろしい!許されるわけがない!」
「だからよ。医者として、地球人を見極めたいの。どうして、そんなに寿命が短いのか。恐らく太陽の紫外線による影響が大きいんじゃないかと思うけどね。それよりなにより、自分たちと同じ人間でありながら、エルフィア人の極端に違う寿命・・・。地球人に、それを受け入れる度量があるかどうかってね・・・」
「危険です・・・」
「ふふふ。わたしは、行ってみたい。トレムディン、あなたは?」
「わ、わたし・・・?そりゃあ、わたしは、ドクターの行くところなら、勿論、たとえ火の中、水の中、どこであっても・・・」
じぃーーー。
トレムディンは、ドクター・エステルを尊敬を込めて見つめた。
「でもねぇ、今は遠慮してくれる?」
「えっ?」
「わたし、お手洗いに行くんだから」
--- ^_^ わっはっは! ---
エルフィアの文明促進推進委員会では、エルドの提案による臨時理事会の最中だった。
「今回の地球担当、超A級エージェント、ユティス拉致に関する件だが、首謀者、委員会参事・ブレスト、並びに実行者、超A級SS・リュミエラ、同じく、A級SS・ファナメル、同じく、A級SS・ゾーレ、同じく、A級SS・シェルダブロウは、半年前より計画し、それの実行に及んだことは、明確だ。わたしとしては、直ちに裁判を行なうことを提案する」
理事の一人が、鼻息も荒く、15名の理事たちを見回した。
「しかし、肝心のブレストとシェルダブロウの身柄は、確保しとらんぞ」
エルドが全員を見回した。
「いかにも」
「エルド、きみは、さぞかし思うところがあると思うが、公平さを期す上で、発言は慎重にな」
「リーエス。わたしが思うに、これは単なる地球反対派のと支援頓挫計画なんかではなく、ユティス個人への感情的な、そのぉ・・・」
「恋慕だと?」
「おっしゃる通り。すべては、ある男の行動に端を発している」
理事の一人が言った言葉に、トルフォは憎々しげに唇を噛んだが、表情は崩さなかった。
「失礼な。いくら、われわれが地球の支援が勇み足だと主張したからといって、一旦、委員会で決定された正規エージェントたるユティスの派遣を、わたしは同意したんだ。どうして、今更、覆す理由がある?そのための条件が、予備調査ではないか?委員会は、わたしの提案を呑んだ。双方合意の上で、ユティスは派遣されたんだ」
「そのユティスを、個人的感情に溺れて使命を見失い、立場を利用して恋人ごっこをしていると、査問にかけようとしたではないですか?」
「それは、ブレストではないか?トルフォは、それを冷静に受け流そうとしたんだ」
地球支援反対派の一人が、女性理事に反対を唱えた。
「トルフォが?まさか?この男は、うまくブレストを使っただけだわ」
「酷い中傷だぞ、きみ!」
「ナナン。あなたこそ、事実を見ようとされてませんわ」
「ライセンス停止中とはいえ、超A級、A級のSS4人を動員し、強制してまで、彼女をたった2年間の予備調査から呼び戻すなんて、なにゆえに・・・?それを、一方的にわれわれ反対派の責任と言われるのは、冤罪に等しい破廉恥行為だよ。甚だ遺憾だね」
トルフォは、なんとかかろうじて、平静さを保っていた。
「いや、きみの言い分はそうだろう。わたしは、なにも、きみ個人を責めてるわけじゃない。もちろん、地球支援を反対された理事の方々についてもだ」
「では、率直にきくが、どういうことですかな、この集まりは?」
「委員会が決して一枚岩ではないということを認識した上で、今回の事件を二度と起こさないために、知恵を出し合えないかということです」
地球支援賛成派の一人が言った。
「エルド、きみもそれでいいのか?」
「リーエス。付け加えさせていただければ、奪い合うような結論ではなく、創造し合える結論を出して欲しいものです」
「ふっふ。創造し合うとは、いったい、どうしろと?」
トルフォが、余裕たっぷりに言った。
「SSたちに罰を押し付けるのではなく、十分に言い分を聞いて欲しい」
「はっはっは。言い分を聞くとな?」
トルフォは可笑しそうに言った。
「リーエス。動機こそ、明らかにせねばならない、最重要事項だ。罪の償いを考えるのは、それからでも遅くない。再発の防止こそ、われわれに与えられた火急の命題だ。それとも、彼女たちに与える罰を決定することの方が、最重要かつ最優先の関心事ですかな・・・、とりわけ、あなたにとって?」
エルドの言葉に、理事たちは互いを見回した。
「なるほど、確かに・・・」
「エルド、わたしは、きみに賛成する」
「もっともね。わたしも、そう思うわ」
「わたしもだ」
エルドに対する理事たちの賛同が続いた。
「まぁ、ミューレスの失敗までは、彼女たちもSSも模範的存在だったわけだ・・・」
トルフォは旗色を窺いながら理事たちを見回した。
「トルフォ、ミューレスを失敗と片付けるのは、上から目線の第三者だと思うが・・・?」
エルドが異議を唱えた。
「リーエス。トルフォ、あなたも含めて、われわれは当事者なんですぞ。ミューレスは滅んで、その文明は終った。だが、われわれの反省が終ったわけではない。学んだ教訓とはなんだ?教訓を次に活かすための方策はなんだ?それは、永遠に考え続けねばならない。そうではないのですか?」
「ふむ。それで、なにかしらの知恵が出た、と言うので?」
トルフォに代わって、反対派の一人が言った。
きっ。
「そうやって、いつも他人の批判ばかり、何様のおつもり?知恵の一欠けらもないのは、あなたではないですか!」
女性理事の一人が、いつも批判ばかりに終始する理事をなじった。
「なんですと?」
「なんですととは、なんですか?」
「なんですととは、なんですかとは、なんですか!」
「あなたって人は!」
「きみこそ!」
ぱんぱんぱん!
「お止めなさい、お二人とも!」
「ふん!」
「ふん!」
「ここは裁判の場ではありません。肝に命ずるように!」
議長の大声で、一同われに返った。