263 呼吸
■呼吸■
フェリシアスの言葉に、クリステアとアンニフィルドははっとした。
「ん?」
しーーーん。
和人の胸は上下していなかったし、口からも息が漏れていなかった。
「大変だ!」
「どうしたの、フェリシアス?」
「やはり息をしていないぞ!」
「和人が?」
「死んじゃったの?」
「ナナン!ファナメルに、呼吸中枢を乗っ取られたんだ・・・」
「呼吸中枢?」
「てことは・・・、息を強制的に止められてるってこと?」
クリステアがまさかという顔をした。
「もう、和人が倒れて1分近く経つぞ!」
「和人が、死んじゃうじゃない!」
アンニフィルドは叫んだ。
「急ぐんだ。ユティスと連絡を取るしかない。ファナメルのシールドを破れるのは、力の封印を解いたユティスしかいない」
「フェリシアス・・・」
「大丈夫だ、アンニフィルド。ファナメルは和人に力を集中しているから、今なら、ユティスへのシールドを破れるかもしれない」
「だれがするのよ?相手はファナメルよ!」
「わたしがやってみよう。アンデフロル・デュメーラに精神波を増幅してもらおう」
「お願い、フェリシアス」
「ああ。アンデフロル・デュメーラ?急いでくれたまえ!」
「リーエス、SS・フェリシアス。あなたの精神波を増幅します」
エストロ5級母船のCPU擬似精神体は、直ちにそれを実行した。
「さてと、ユティス・・・。間抜けな一人の地球人の男が、今、失神したよ」
ブレストはにんまりと笑って続けた。
「・・・」
「ハイパーラインで、確かめなくていいの?」
リュミエラが無表情にユティスを見て、顎でファナメルに合図した。
「どういうことですの?」
「・・・」
「気を失ったのは、あなたのよく知ってる人物よ」
ユティスは悲壮な声を出した。
「和人さん・・・?そうなのね、ファナメル・・・?」
ユティスの顔に不安が広がった。
「ふふふ・・・」
ファナメルが薄笑いした。
どん!
「あっう!」
ユティスは、突然、強く胸が締め付けられるような苦しさに襲われた。
「か・・・、和人さんに、なにをしたのですか?」
どういうわけか、和人の意識とユティスはリンクしていた。ユティスは和人の実際を体験しているのだった。ユティスが息ができないということは、和人の体の様子も尋常ではないことを告げていた。
「ファナメル!」
こくっ。
ブレストは、ファナメルに目配せし、ファナメルはそれに頷いた。
にたり。
「和人の精神をあるところに飛ばせたわ」
ファナメルは口元を歪めて笑った。
「そ、そんなぁ・・・。どうして、そんなひどいことを・・・・?」
ユティスはやっとのことで、声を絞り出した。
(和人さん、どこですの・・・?)
和人の精神を探知しようと必死だった。
「あーはっは。無駄よ。対精神波の時空ブロックをしたから。ハイパーラインを使おうとしたって無理だわ」
あざけ笑うファナメルに、ユティスは懇願するように言った。
「ファナメル・・・。あなたは、どうしてそんな酷いことができるの?」
「酷い・・・?」
ファナメルはユティスを無表情に見つめた。
「ふん!わたしたちから、SSの資格を奪っておいて、あなただけエージェントに復帰して・・・。よくも言えたもんだわ」
「思い知るさ」
ゾーレがユティスを冷たく見つめた。
「なんのこと?いえ、それより、和人さんの精神をどこにやったの?和人さんは、それとは関係ありませんわ。はぁ、はぁ・・・」
ユティスはかろうじて自分の息を確保した。
「制限時間は、どれくらいかな・・・」
ブレストがにやりとした。
「ウツノミア・カズト、本人の体力次第ね」
リュミエラが言った。
「和人さんに、いったい・・・、なにをしたのですか・・・?」
ぶるっ!
ユティスは大きく身体を振るわせた。
「和人とやらの呼吸中枢を2分止めたわ。このくらい序の口。30秒のインターバルで、また、2分止めるわ。次は、3分。その次は・・・」
ファナメルは無表情に言った。
「ふっふっふ。さぞかし苦しいだろうな・・・。はっきり意識がある中で、深い海の底で呼吸筋を止められて、窒息するのでは・・・」
ブレストは可笑しそうにユティスに言い放った。
「そんなぁ・・・。なんて酷いことを!・・・和人さん!」
「心配はない。肉体ではないから、水圧を肉体ほどは感じんよ」
ブレストは笑った。
「ファナメル、あなた、和人さんの精神体を海にやったのね・・・」
ユティスは気が遠くなりそうだった。
「和人さん!和人さん!」
ユティスが叫んでも、和人からの返事はなかった。
「音も光も空気もなく、あるのは驚異的な水圧と水。精神体とはいえ相当堪えるわね」
ファナメルはユティスを見つめた。
「驚異的な水圧ですって・・・。まさか・・・海溝の底じゃないでしょうね?」
「ふっふふ・・・」
ブレストはニヤリとした。
「ユティス、考え直した方がよくないかね?時間はそんなにはないぞ」
「お願いです。和人さんの呼吸を元通りにしてさしあげて!」
ユティスは目を真っ赤にしてファナメルに頼み込んだ。
「だめよ。ブレストに従いなさい」
ファナメルにその気はまったくないように見えた。
「SSの資格を停止されたことが、人一人殺める正当な理由になるのですか?第一、和人さんは、それにはまったく関係がないではないですか・・・」
「関係がないだって?」
ゾーレの冷ややかな笑いに、ユティスは身震いした。
「あーら、あなたに頼みごとするなら、彼からお願いしてもらうってのは、とっても有効は方法だと思うわ。なにしろ、ユティス、あなたの最大の弱点ですからね」
にたにた・・・。
ファナメルは、いまにも笑い出しそうになった。
「和人さんは、関係ありませんわ!」
ユティスは必死だった。
「・・・」
ファナメルはそれを無表情に無視した。
「2分経過よ・・・。はい、30秒のインターバル。次は3分ね」
「ファナメル、お願い!あなたは、間違っています!」
「ユティス、決めるんだ!わたしに従え!」
ブレストはユティスに迫った。
「ユティスへのファナメルのシールドが弱まったわ!」
アンニフィルドが叫んだ。
「ターゲットを和人に移したんだ」
「フェリシアス。ファナメルのユティスへのシールドを探って!」
「リーエス。アンニフィルド、きみは、和人を見てくれ給え」
「リーエス」
しかし、和人の胸はぴくりとも動かなかった。
「いかん、脳が酸欠に陥るぞ。一刻の猶予もならん」
フェリシアスはユティスに意識を集中させた。
ばしっ。
フェリシアスは、大きな音を聞いたような気がした。
「ファナメルのシールドをかいくぐった。掴んだぞ、ユティスの思考波を!」
フェリシアスがクリステアとアンニフィルドに告げた。
「ファナメルが、一時的に和人に力を集中したからね」
クリステアが準備状態になった。
「クリステア、彼らの座標を掴んだら、ジャンプだ」
「リーエス」
「ユティス!聞こえるか?わたしだ。フェリシアスだ!」
突然、ユティスの脳裏に、フェリシアスの声が突き刺さった。
「おお、フェリシアス!和人さんが・・・」
「わかっている。時間がない」
フェリシアスはユティスの思考波を受け取った。
「ユティス、きみの力の封印を解くんだ、今すぐ!」
「フェリシアス!」
「迷っている暇はない!」
「リーエス!」
ぶわーっ。
「げほげほっ!」
しかし、SSたちが坑道しようとしたまさにその時、和人の胸が大きく上下し、呼吸を再開した。
「和人が息を吹き返したわ!」
アンニフィルドが和人を起こし、背中をさすった。
「違う、そうじゃない。和人の呼吸中枢は、乗っ取られたままだ。これは、単なるファナメルの30秒のインターバルにすぎん。次の攻撃がすぐ来るぞ」
「もう1回、呼吸を2分間止められるてしまうわ!」
クリステアが叫んだ。
「和人に、できるだけ大きく、深呼吸させたまえ」
「リーエス」
がばっ。
「そっち!」
「リーエス!」
アンフィルドとクリステアは、和人が楽に息できるように、胸を広げた。
「アンニフィルド、酸素を濃縮し、口移しで、和人に与えられるか?」
フェリシアスの指示が飛んだ。
「えーーーっ、わたしがするの?」
--- ^_^ わっはっは! ---
ちらっ。
アンニフィルドはクリステアを見た。
「なに言ってんのよ。フェリシアスの目の前で、わたしにしろっていうの?」
クリステアはフェリシアスを見た。
--- ^_^ わっはっは! ---
どきっ。
「ち、ちょっと待て。わたしが、和人にするというのか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「いけない理由があるの?」
「大いにある!」
--- ^_^ わっはっは! ---
フェリシアスは、自分にお鉢が回って、慌てまくった。
「フェリシアス、人一人の命が、かかってんのよ!」
アンニフィルドはあせっていた。
「となると、ここは、やはりアンニフィルドしかいないな・・・」
「残り、15秒を切ったわ・・・」
じーーー。
フェリシアスとクリステアは、一緒になり、アンニフィルドを頼み込むように見つめた。
「アンニフィルド・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ん、もう、二人して!わかったわよぉ。ユティスには、わたしのこと、ちゃんと弁護してよね!」
「もちろんよ!ねぇ、フェリシアス?」
「リーエス!」
クリステアとフェリシアスは言った。
(助かった・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「仕方ない。和人の担当SSだもんね・・・」
アンニフィルドは一瞬ユティスのことを思ってためらったが、すぐに答えた。
「リーエス。酸素が直接血管に取り込めるようにする」
アンニフィルドは、ふうーっと深呼吸すると、目一杯空気を肺に溜め酸素を凝縮した。
すーーーぅーーーっ。
ちゅ。
そして、目を閉じると、和人の口に自分の口をつけ、溜めた濃縮酸素を和人の肺に送り込んだ。
「ふぅーーーっ!」
ぶわーーー。
和人の胸は、アンニフィルドの酸素濃縮空気を強制的に送られて、大きく膨らんだ。
「今ので、5分は楽に持つはずよ」
ぱっ。
アンニフィルドは、今注ぎ込んだ新鮮な空気が漏れ出さないように、和人の鼻と口を押さえた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ごめんなさい、ユティス。和人にキスしちゃった・・・」
「そんなことありません。和人さんの命の恩人ですわ。ありがとうございます。アンニフィルド」
すぐにユティスが返答してきた。
「いけない、時間が!」
「ユティス、急ぐんだ!」
あっという間に、インターバルの30秒が過ぎた。
「ユティス、時間がない!」
フェリシアスはユティスに話し続けた。
「もたもたしてると、和人は完全に呼吸停止する。脳が酸欠になると一貫の終わりだ。ファナメルの封印に集中するんだ。きみなら破れる!」
「ユティス!力の封印を解きなさい!」
クリステアも叫んだ。
ユティスははっとした。
「和人さん!」
ぴしっ!
「なにごと?」
どどどどーーーんっ。
想像を絶するような、極めて強い精神波を感じ取り、リュミエラは不安になった。
「和人さん・・・」
にわかに冷静になったユティスは、目をつむり、両手を胸の前で合わせ祈りをはじめた。
「我願う。すべてを愛でる善なるものよ、その力を我に分け与えたまえ。我が力を封じる印を破り、我にすべての力を解き放ち給え・・・」
「いかん、ユティスがなにか始めるぞぉ!」
ブレストが叫んだ。
ぱあーーーっ。
ユティスが祈ると、ユティスは淡いピンク色の光に包まれていった。
「ゾーレ、阻止しろ!」
ゾーレはユティスの祈りを中断阻止するために、ユティスに体当たりした。
たったった。
ばーーーんっ。
が、ユティスの力場に触れた途端、簡単に弾かれ、数メートルも後ろへ吹っ飛んでいった。
ばしーーーんっ。
どがーーーん。
「うわーーーぁ!」
「なにをしてる!」
ブレストは甲高い声を発した。
ぱーーーっ。
ぞくっ。
ブレストは、ピンクから白に変化した、ユティスの桁外れに強い生体エネルギー場に、背筋を凍らせた。光はあっという間に、眩しさを増して、白から青く輝きはじめた。
「ユティスが封印を解くぞ。止めさせろ!」
ブレストは半狂乱になって叫んだ。
「なにをしている。阻止しろ。リュミエラ、ファナメル!」
ブレストは、SSたちのただ事ではない様子に、パニックを起こした。
「ファナメル、ユティスをシールドし直せ!」
きっ。
「無理よ!わたしは、和人に集中してるんだから!」
ファナメルはブレストを睨みつけた。
「リュミエラ!」
ブレストの怒鳴り声に、リュミエラは静かに言った。
「時遅し。終わったわね・・・。ユティスの封印は既に解かれてる。今更、無駄よ。わたしは、無駄なエネルギーは使わない主義なの。ブレスト。あなた、参謀でしょ。次のシナリオくらい、自分で考えなさいよ」
ぱぁーーーっ。
ユティスは、強く放たれた青い光の中に輝いていた。
「な、なんとかしろ、リュミエラ!」
ブレストは完全に動転していた。
「ファナメル、ユティスにシールドだ!」
「じゃ、和人を放していいわけ?」
「和人さんを、お放しなさい。ファナメル。これは、お願いではありませんよ」
ユティスはファナメルを見つめて、右手を前に出した。
「われわれを守れ!リュミエラ!」
ブレストは叫んだ。
「はぁ・・・」
どたぁ・・・。
精力を使い果たして、ユティスは、そのまま崩れるようにして気絶した。