250 黒幕
■黒幕■
「使命感ですか?」
「ライセンスは停止中なんだよ。どうやって、使命を果たすんだ?」
「その使命を果たすために、ライセンスを取り戻そうとしてるのではないかと・・・」
フェリシアスが慎重に答えた。
「ライセンスがないのに、現地派遣はおかしい・・・」
「そんなのは本末転倒だ。ありえないよ、フェリシアス」
「ナナン。そうとも言えません。エルドとわたしは、委員会議長に、彼女たちのライセンスの復活を進言しました。それを、リュミエラは知っています」
フェリシアスはそれに反論した。
「それで、理事たちから、条件を出されたのかね?」
「リーエス。極限状態におけるVIPの安全確保行動に、精神的に絶えられることの最終証明です。本来ならば、それをするのは、理事会ではありませんが・・・」
フェリシアスはメローズを見た。
「精神医療センターですわね?」
メローズはそれに答えた。
「リーエス。それに、ミューレスのSSミッションが失敗した本当の原因を、彼女たちが理解してるかです」
「原因?」
「リーエス。失敗には必ず、原因があります。上辺を調査して、おしまいにするのは簡単ですが、なんの教訓も得られません」
「で、彼女たちのSS復帰に対する結論は、どうなんだね?」
「まだ・・・、少数の理事たちは、疑っています」
「当然だな・・・」
「だが、理事の一人が、笑いながら、冗談めかして、あることを言いました」
「ほう・・・。なんて言ったんだ?」
「わたしから、話すよ。フェリシアス。その場にいたんだから・・・」
エルドはゆっくり手を挙げた。
「派遣先の世界に、危機が迫っている時、コンタクティーがことを急ぎ過ぎ、エージェントの安全が脅かされた場合、エージェントを緊急保護し、安全に送還できる証明をしてみろと・・・」
「よく理解できないが・・・」
「率直に言うとこういうことです。例えば、ユティスがそうなった場合、地球から安全にエルフィアに戻すとか・・・」
「反対派かね、それを言ったのは?」
「トルフォですよ・・・」
さっ!
エルドの言葉に一同は顔を見合った。
「まさか・・・」
「エルド、あなたは、地球の支援プログラムを、変更してませんよね?」
「ナナン。もちろん、そんなことをする訳がない」
「委員会の理事たちの総意ですか?」
「反対者もいたが、最終結論はそうだ」
「あなたの権限において、そうしたのですか?」
「ナナン。反対者たち自身が、その前に折れたのだ。ユティスは仮派遣とすること。それにより、予備調査を最終的に継続するかどうかの最終会議を設けること。ユティスの派遣継続はそれにより判断すること。その間、彼女の保護には、超A級SSをつけること。もし、地球に、今以上の危機が迫った場合には、ユティスとSSをエルフィアへ強制送還すること、等々・・・」
「なるほど。予備調査自体を、二段構えなら、了承すると・・・」
「リーエス」
「それで、反対者とは?」
「トルフォ他、数名」
「またしても、トルフォか・・・」
「彼は一番最後まで粘っていたがね・・・」
エルドは苦笑いした。
「それで、もし、その超A級SSがリュミエラだとして、彼女は、ライセンス停止状態で、いったい、なにをしようとしてるんだろう?」
「SSの仮復活を狙ってるんですよ」
フェリシアスが冷静な声で言った。
「どうしようというんだね?」
「SS規定の一つにこうあります。不幸にして、支援先世界の破滅等で、エージェントやコンタクティーを保護し通すことが不可能になった場合、SSは速やかに、エルフィアに帰還することとし、肉体的精神的療養のため、ライセンスは、理事会において、必要とされる期間、それを停止することができる」
「強制療養だな」
「リーエス。原因究明は、周りに任せて、まずは、SS本人たちの精神的リハビリをなによりも重視しているのです」
「ライセンスの復活は、SSの精神的状況を鑑みて、相応しいと判断できる場合、仮復活を理事会において、それを認めることとし、その期間は、支援世界へ派遣されたSSのサポートを可能とする」
「要は、表に立たなければ、理事の承認をもとに、現地派遣も良いということですね?」
「リーエス。今回の場合、地球には、最高理事エルドの娘、ユティスが仮派遣されています。サポートには超A級SSの二名がいます」
「ということは、条件はすべてクリアしており、仮復活のライセンスで、十分、活動が可能ということですね?」
「リーエス」
「だが、ライセンスの復活申請は受理されたもの、理事会で、そのような処置は、最終承認してないはずだが・・・」
エルドは静かに言った。
「エルド・・・。それは、あなたが知らないだけ・・・、という可能性は?」
はっ。
びくっ。
フェリシアスの落ち着いた声で、一同はまたしてもはっとした。
「もしくは、理事会決定と偽って、それを信じ込ませた人物がいる可能性も・・・」
メローズがエルドを見つめた。
「・・・」
「それでも、疑問が残ります。理事会決定ということを、リュミエラたちに、仮に信じ込ませることができたとして、なぜ、転送システムを無断利用したり、その痕跡を消し去ろうと、何ヶ月も前から画策できたのでしょうか?それに、だれが?」
「ブレストという男。彼は、委員会の参事です。次期理事の有力候補として、現理事たちも一目置いています」
「そして、彼は、地球支援反対派であり、知る人ぞ知る、トルフォの影の参謀だ」
エルドが付け加えた。
「トルフォは、SSのライセンスの仮復活を承認できる、理事の一人です」
「そのトルフォは、ユティスを手に入れたがっています」
「ユティスは、地球に、予備調査で仮派遣されていています」
「彼女は、ウツノミヤ・カズトを慕っています」
「ウツノミヤ・カズトは、ユティスに、聖なる愛の誓いを行いました」
「トルフォは、ウツノミヤ・カズトに、手痛いミスをおかしました」
「彼は、恐らく、いまだに、ウツノミヤ・カズトに恨みを持っています」
「彼は、地球のスーパーノバ危機に際し、でたらめな座標をわれわれに信じ込ませようと、裏で画策しました」
「それにより、ウツノミヤ・カズトの聖なる永遠の愛の誓いの無効化を狙いました」
「地球は、カテゴリー2に入ったばかりの未熟な世界です」
「ミューレスと良く似た世界で、破滅の危険性が、極めて高いところです」
「ブレストとライセンスの仮復活を望むSSたちが、極秘に、地球に転送されました」
「地球人は、これを知りません」
「リュミエラは、仮復活申請が行なわれていることを、知っています」
「ライセンス仮復活の条件を、トルフォは、4人のSSたちに匂わせました」
「もし、地球に破滅の危機が訪れれば、SSたちは、ユティスを引き上げるでしょう」
「危機は、地球人類が起こすかもしれませんが、他のだれかかもしれません」
「地球人も、ユティスも、超A級SSの二人も、これを知りません」
「トルフォも、われわれが、極秘調査に乗り出したことは、まだ、知りません」
「どうでしょう。なにか、感じませんか、みなさん?」
メローズの最後の質問に一同が頷いた。
「うむ、確かに臭うぞ・・・」
「リーエス」
「きみの言う通りだ」
「とんでもないことが起こりそうな気がする」
「しかし・・・。転送された人物の特定もされてない。証拠がないね・・・」
エルドはゆっくりと言った。
「・・・」
一同は黙り込んだ。
「だけど・・・」
一人が言いかけて、エルドは、それを引き継ぐように言った。
「だからと言って、なにもしないで、手をこまねいているのは、愚かの極みだな。わたしは、地球の現状がどうあれ、一つの世界だって、失わせたくない」
「リーエス!」
会議室の全員が大きく頷いた。
「だれが画策しているのであろうと、必ず、阻止する」
「リーエス」
「やぁ、エルド」
「トルフォ理事」
「これは、これは・・・。今日は、また、なんのご用で?」
文明促進支援委員会の理事の一人であるトルフォは、地球の文明促進支援を推進する推進派のトップである最高理事のエルドに慇懃に礼をした。
「用というほどのことではないさ。それにしても、意外だな」
「意外?なにが?」
トルフォはそらとぼけていた。
「きみが、こうして、わたしと、平静に話してることだよ」
「わっはっは。わたしがいくら地球支援反対だからといって、理事会の最終決定にたてつくことは、さずがにもうしませんよ。結論は出たんです。終ったことでしょう、エルド?」
トルフォは、長身のエルドより、さらに数センチ高く、なにを考えているかわからないような薄笑いを浮かべ、エルドを見つめた。
(そうならいいが・・・)
エルドは考えた。
「トルフォ。ところで、きみのところにいるSSたちは、元気かな?」
「SS・・・?ああ、あの二人か・・・。だが、ライセンスはないよ」
トルフォは少し上を向いて答えた。
「4人じゃ、なかったのか?」
「4人・・・。リーエス、そうだったかもしれん。うむ」
「それに、彼女たちは、別にSSを首には、なってはいないぞ」
「まぁ、どっちにしろ・・・。よくやってくれているよ。支援活動は、なにも地球だけではない。現地でなくとも、エージェントやコンタクティーや他をサポートすることは、山ほどありますからな」
「それで、彼女らは、なにをしてるのかな?」
ぽんっ。
「そうそう。これから、将来的に支援先に出向く若手たちへ、知恵の伝授だよ」
トルフォは掌を打って答えた。
「なるほど・・・。あのゾーレ、ファナメルたちは、一時的にライセンスを停止されてはいるが、じきに復活してもらう予定だ。SSは、引く手あまただ。現状の人数では大変厳しい。リュミエラも教官に復帰してもらうつもりだ。それと同時にな」
「エルド。あなたは、自身で、彼女たちのライセンスを停止したのではないのかな?」
トルフォは片方の眉を少し上げて、からかうように笑った。
「それは違う。委員会決議だ。ドクターの意見では、彼女たちには、より一層の精神的ケアが必要だったからだ。それには、ある程度の時間も必要だ・・・」
「ふむ・・・」
「ミューレスの分析が終り次第、職務に戻すつもりだ。わたしは、すでに委員会の理事長にスケジュールを提案してきたし、基本的な了承を得ている」
「ほう・・・。それで?」
「その時は、ゾーレとファナメルにも、正規のSSの職務に戻ってもらうことになるから、予定をしておいて欲しい」
「ふむ。それを伝えにわざわざ?」
「大切なことだ。わたしから、SSたちに伝えたい・・・」
ぴく・・・。
トルフォの僅かな指の動きを、エルドは見逃さなかった。
「今、会えるかな?」
エルドは突っ込んだ。
にたり。
「あの二人を、一旦預けておきながら、今度は帰せと・・・?ふ。勝手だな、相変わらず」
トルフォは、そう言うと、エルドの追撃が来ないうちに、さらに続けた。
「ふっふ。まぁ、それもよかろう。二人には、わたしから伝えておこう」
「今、会えないのか?」
「これはしたり。最高理事とあろうものが、突然現われて、そんな些細なことを、わざわざ、担当レベルに伝えるとはな?」
「都合でも悪いのか?」
「もちろん、悪いに決まっている。まともな人間なら、事前のアポくらい取るもんだ。彼女らにも、都合ってもんがあるだろう?彼女らなら、出かけている」
「どこに?」
「新人SSの教育にだよ。決まっているではないか?」
トルフォ小馬鹿にしたような笑顔に、一歩も引かないぞという意思を見て取り、エルドはこれ以上、突っ込むのは、懸命でないと判断した。
「リーエス・・・。忙しい中、面会に礼を言う」
エルドは、礼儀だけは守ったが、内心は、トルフォを信じるつもりは、まったくなかった。
「いずれ、また、彼女たちに顔を合わせられることを、楽しみにしている・・・」
「そうですな、エルド・・・。ところで、ユティスは元気ですか?」
「リーエス・・・。それでは」
エルドはトルフォをちらっと見て、それには詳しく答えず、さっと踵を返した。
たったった・・・。
「SSには、会えなかった。予想していたことだが、不在だと、切り捨てられた」
「居場所を、突っ込んで、聞かなかったんですか?」
「ああ。まだ、転送された人間の確認も、その対応準備もできてないのに、こっちが連中を真剣に疑っていることを、現段階では、悟られたくない」
エルドは、口を真一文字に結んだ。
「リーエス」
「トルフォは、あなたの意図を気づいたでしょうか?」
「もともと、わたしを嫌ってるから、少しくらいはね。だが、こっちが証拠を握る寸前だということまでは、知らないだろうな」
「まだ、一日しか経ってませんからね。こちらが、転送者をほぼ特定していることは?」
「ああ。夢にも思ってないだろう。あいつの自信過剰は有名だ。それは、時に、警戒心を凌駕する」
「リーエス。エルドがお会いになった印象ですか?」
「うむ。それに、やつが、エルフィアに留まることで、いかにも、地球やユティスには関心がないというように、思わせたい節がある・・・」
「そういうことですか・・・。SSの4人との面識は?」
「トルフォがかね?」
「リーエス。どうして、彼が4人と関係することになったのか、それも重要かと・・・?」
「一理あるな。そう言えば、どうにも、タイミングが良すぎると思わないか・・・?」
「タイミングですか?」
「ああ。ミューレスの一件から、1年以上も経ってからだ。急に、訓練のサポート人員の話をしてきたんだよ」
「トルフォが、あなたにですか?」
「ナナン。委員会にだ。会議にかけるまでのことではないんで、それには、わたしは、関与していなかった」
「今さらですが・・・、あの4人を、トルフォに託したのは、間違いだったかもしれませんよ」
「うむ・・・。それにしても・・・」
「どうされました?」
「一つ、調べる必要がある・・・」
エルドは口元を緩めた。
「SSの4人に、新人SSの訓練を依頼するようにしたのは、いつ頃だったかな?」
「3、4ヶ月前ではないでしょうか?」
「リーエス。確かにそのくらいだ」
「それが?」
「転送システムが、メンテナンスに入った時期と、重なっていないか?」
「え・・・?」
「それに・・・」
「他に、なにか?」
「トルフォが、和人の『女神宣誓』に、血相を変えていたのは?」
「ほぼ、同時期かと・・・」
「そういうことだ・・・」
「妙に、繋がりますね?」
「ナナン。まだまだ、推測に過ぎん」
にこ。
「しかし、調べるんですよね?」
「リーエス」