245 決勝
■決勝■
「3秒だってぇ・・・?」
セルジはひどく驚いた表情でクリステアを見た。
「遅すぎる?標準だと思うけど」
「・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
クリステアの自信たっぷりな様子に、セルジは口をあんぐりと開けた。
「それと、もう一つあるわ」
クリステアはにっこり微笑んだ。
「なんだい?」
「決勝戦は、適当なところでスリップして、左手首を捻挫するわ」
「ええ?」
「本当は、マネごとだけどね。あは」
ぱち。
クリステアは茶目っ気たっぷにりにウィンクした。
「そうなったように演技するのよ。合わせる必要があると思わない?」
「どういうことだ?」
「本物のクリスと入れ替わった時、バレるとヤバイでしょ?」
「そりゃ、そうだな・・・」
「それに、クリスだって、優勝は自分で掴み取りたいはずよ」
「クリス・・・」
「ご免なさいね。優勝をプレゼントできなくて・・・」
クリステアは申し訳なさそうにセルジを見つめた。
「いいんだよ、そういうことなら・・・。あははは・・・」
セルジは苦しげに笑った。
「じゃ、なにかい?きみは、それを計画的にやれるってこと?」
「リーエス。もちろん」
「と、言うことだから、安心して」
アンニフィルドがセルジに言った。
「本当に、そんなことが可能なのか・・・?」
「ええ。あなたの事務所もファイトマネーは支払われるし、クリスの名誉も守れるし、来年にだって繋がるし、わたしたちも楽しめるわ」
クリステアはまったく緊張すらしていなかった。
「ということよ」
アンニフィルドはダメを押した。
「心配しないで、決勝戦では、キャサリンには1回も触れさせないわ。ふふふ・・・」
クリステアは楽しそうだった。
「またまた、なんだい、それ?」
セルジはわけがわからなかった。
「信じられないかもしれないけど、わたしたちには可能なの」
アンニフィルドがセルジを安心させようとした。
「わたしたちって・・・?」
「あは。言ってなかったっけ。わたしもクリステアと同じ超A級SSなの。彼女にできることなら、わたしにもできるわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ええ?アンニフィルド、きみも格闘家だって言うのかい?」
「ナナン。格闘家じゃないわ。でも、地球の格闘家よりは武術に通じてると思うわよ」
「また、おかしなことを言う・・・。地球の格闘家だってぇ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「リーエス。地球人は動作があんまり遅すぎて、大して遊べないわ」
「はぁ・・・?」
セルジは頭を振った。
「わかった。わかった。信じるよ。クリス、もうすぐきみの番だ。しまっていくとしよう」
「リーエス。ばちこい!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「さて、準決勝2戦目は、クリスかイラリアか。大一番の勝負、場内は大変な興奮に包まれています」
「わぁーーーっ!」
「クリスゥッ!」
「イラリア!」
会場の応援は完全に真っ二つに分かれていた。
「赤コーナー、ラトアニア、クリス・ジニンスカヤァーーー!」
「わーーーっ!」
リングでは、クリステアが膝を折り、聴衆にいつものお決まりの祈りのポーズを取った。
「クリスゥーーーッ!」
「青コーナー、南米、イラリア・テシェイラァーーー!」
クリステアとは対照的に、イラリアがガッツポーズをとると、観客は一気に沸き上がった。
「わーーーっ!」
「イラリアーーーッ!」
「いいぞぉーーー!」
ささっ。
二人はリング中央で手を合わせ、審判のチェックを受けた。
「ヘッドバットとゴング後のレイトヒットは厳しく反則として取る。いいな?」
こくん。
こくっ。
二人は頷いた。
かーーーんっ!
主審の合図で、ゴングが鳴らされた。
「ファイッ!」
ぱっ!
ぎょっ!
クリステアはいきなりイラリアの前に現われた。
「うっ!」
イラリアは、信じられないという目でクリステアを見つめたが、その瞬間、ボディにありえないほどのパンチを受けて、文字通りリングの端まで吹き飛んだ。
どぉーーーんっ。
そして、そのままロープにもたれかかったまま、起き上がってこなかった。
「レフェリー、カウント!」
セルジの強烈なアピールで、われに返った主審は、カウントを始めた。
「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シクス、セブン、エイト、ナイン、テン!」
かんかんかーーーんっ。
「わぁーーーっ!」
「クリスーーーゥッ!」
「きゃあーーー!」
歓声と悲鳴が交錯する中、レフェリーの手が、クリステアの手を高々と上げた。
だだだーーーっ!
セルジとアンニフィルドがリングに上がった。
「やってくれるじゃないか、クリス!」
「きっかり、3秒か。あは」
二人はクリステアを抱きしめて、勝利を祝った。
「すごい!すごいよ、クリス!」
キャサリンは控え室で、場内放送を聞いていた。
「ああーーーっ、クリス、渾身の一発をイラリアのボディに叩き込んだぁ!な、なんと、なんと、試合開始3秒で、イラリア、ダウンだぁ!」
「あ、なに?どうなったの?」
「ウソだろ?」
「クリスのボディーが決まったらしい」
「ほとんどゴングと同時じゃない・・・」
「出会いがしらの一発。相手の油断の一瞬を突いた奇襲さ」
場内放送は状況の詳細を中継していた。
「わぁーーー、なんということだ!クリスが、ゴングと同時に飛び込んできたぁ!」
「蓮田さん、今のはなんでしょうか?」
「と、とにかく、ブリッツ。電撃作戦です」
「ジェニー・Mの時とは、まさにまったく逆、相手は違いますが、クリス・ジニンスカヤ、見事な超速攻です。イラリア・テシェイラ、一発も出さないうちにマットに沈みました!」
「ビデオです。ビデオで、今のノックアウトシーンが再現されるようです」
「どうだい?」
ホテルの一室で、ジョバンニはクリスチナ・ジニンスカヤに一瞥をくれた。
「なに、今の・・・?」
「クリス・ジニンスカヤの必殺技じゃないのか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「バ、バカ言わないでよ!わたしは、とてもじゃないけど、あんなに速く動けないわ!」
「けど、世間じゃそういうことになるぜ」
「え?」
「まじ、マスターできるか?」
「・・・」
「なぁに、基本を繰り返しやりゃ、そのうちできるようになるさ」
「無、無理よぉ・・・」
「無理と思うんなら、できねぇなぁ・・・」
「・・・」
「精進するこったなぁ、毎日・・・。そうすりゃ、3秒ノックアウトも夢じゃない」
「でも、ほんとに、3秒くらいだったわ・・・」
「だから言ったろ?心配の種など、まったくないって」
「けど、人間業じゃないわよ!」
「さぁてね。オレにゃ、関係ない。ボスの鍛錬は尋常じゃないからな」
「・・・」
しばらく考えていたクリスチナは、いきなり叫んだ。
「ジョバンニ、白状しなさい!クリステアはなにもの?あなた全部知ってるんでしょ?」
「わははは。オレが知ってるってか?ボスのことを?」
「そうよ、クリスはただの人間じゃないわ!」
「冗談じゃないぜ、オレがボスの素性を知ってるわけないだろ」
「どうしてよ?」
「そりゃあ・・・、国家機密ってもんじゃないか」
--- ^_^ わっはっは! ---
終に、レジーナの決勝戦となった。
「わーーーっ!」
去年の覇者、キャサリン・グリーンの相手は、ニコレット・バンジではなかった。ここ数年、惜しくも判定で退いていたクリス・ジニンスカヤだった。
「さぁ、大変なことになりました。今年のクリスは違うぞ!みんなが認める1回戦、準決勝の圧倒的な勝利でした。去年とは打って変って、ものすごいスピード!技のキレもさることながら、カメラも振り切る超高速ステップです!ジェニー・Mもイラリア・テシェイラも、微動だにできませんでした。このクリスに、去年のチャンピオン、キャサリン。グリーンはどう戦うのか、予断を許しません」
テレビの解説者は興奮して叫んでいた。
「ここで、決勝戦まで、両者の回復のためのインターバルが15分あります。会場では、本日の特別ゲストによるショーがあります」
「いやぁ、蓮田さん、これはすごいことになりましたね?」
「ええ。クリスのスピードは理解を遥かに超えています。とても、人間業とは思えません」
「ねぇ、やり過ぎじゃない?」
アンニフィルドがクリステアを心配そうに見た。
「いいのよ。これを観てるクリスも、やる気に火がつくんじゃない?」
「わかってたのか、クリス・・・」
セルジが感心するように言った。
にこっ。
「クリステアよ」
「そう、クリステア」
「リーエス。クリスチナは、自分の限界を感じてたんでしょ?」
「ああ・・・。だから考え事をして、足を踏み外す・・・。本国のトレーナーから、さんざん愚痴を聞かされていた・・・」
セルジは打ち明けた。
「でもね、限界を作ったのは彼女よ。人間に限界なんてないわ。無理だと思ったら無理になる。でも、そう思わなきゃ、先に進める。人間というものは、そういうものなのよ。あせるから挫折するの。ステップアップは目に見えないし、ゆっくり徐々に来るわけでもないわ。諦めさえしなければ、ある日、突然、前触れもなく来るの。そして、その時思うのよねぇ。なぜ、今までできなかったんだろうって・・・。クリスは知ってるはずよ」
「すごいな・・・」
「なにがよ?」
にっこり。
アンニフィルドが、セルジを見て微笑んだ。
「きみたちさ。ホントにきみたちがなにものか知らないけど、オレたちに大事なものを授けてくれた・・・」
「大袈裟ねぇ・・・」
「とんでもない!」
「わたしたちだって、多くを学んだわ、地球のことを」
「地球のこと?」
「おかしい?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わははは。面白いな、きみらは・・・」
「まったく、クリステアってなんて女なの・・・?」
ビデオのスロー再生で、イラリアの試合を見ていたクリスチナは、ため息をついた。
「ま、3秒やそこらしか映ってないんで、よくわからないかもしれないが、ボスにしてみりゃ、特別なことじゃない」
「だって・・・」
繰り返しビデオが再生されたが、クリステアが移動したところは映っていなかった。
「大変なことですよ、これは!」
テレビの解説者は、頭を抱えた。
「クリスが、自分のコーナーから中央に来ようとするイラリアに一足飛びに移動しますが・・・、ここ、ここを見てください」
映像が止まり、クリスが構えたまま中央に出ようとしているところを写した。
「完全にぶれているわ」
ぶるぶる・・・。
クリスチナが首を振った。
「初速は、150キロ以上はあるな」
ジョバンニが静かに言った。
「冗談・・・、いえ、本当ね・・・」
「ああ。既に科学的に計測済みだ」
「でも、ありえないでしょ・・・?」
クシスチナはテレビを食い入るように見つめた。
「蓮田さん、これは、いったいぜんたい・・・」
「どうみても、人間離れしたスピードと言わざるをえません・・・」
「この1年で、クリスになにが起こったのでしょうか?」
「吹っ飛ばされたイラリアですが、大丈夫でしょうか?」
カメラがイラリアをアップにした。
「クリス、見てみな。イラリアのボディを」
ジョバンニはそこを指差した。
「なに?」
クリスの疑問には解説者が答えた。
「今、チームドクターが診ていますが、おかしいですねぇ・・・」
「どこか変でしょうか?」
「ええ。あれだけの衝撃をボディに受けたなら、あざの一つくらいできても不思議ではないんですが・・・」
「確かに、ドクターも首を振っています」
テレビでは解説者が叫びまくっていた。
「別角度から撮ったものはないでしょうか?」
「オレはちょっと出かけてくる」
「ジョバンニ、どこに行くのよ?」
「すぐそこだ。あんたは絶対に部屋を出るんじゃないぞ」
「わかったわ」
「テレビでも見ていてくれ」
そう言うと、ジョバンニはクリスチナの部屋を出て行った。
(ジョバンニ、準備はいい?)
(イエス、マム)
ジョバンニはそのまま通路を進み、トイレに入った。
(OKです、マム)
(いい子だこと。アンデフロル・デュメーラ、ジョバンニを、お願い)
(リーエス、SS・クリステア)
ぽわーーーん。
ジョバンニは白い光に包まれたと思うと、あっと言う間に消え去った。
リングには、クリステアとキャサリンが対峙して、静かにその時を待っていた。
「足・・・」
ささっ。
「反対・・・」
ささっ。
二人のボディチェックが終ると、主審は二人をいったんコーナーに下げた。
「キャサリーーーンッ!」
「クリーーースッ!」
会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「さぁ、終にレジーナの女王を決める時が来ました!キャサリン、クリスともコーナーでゴングが鳴るのを今か今かと待っています!」
アナウンスが流れ、会場は異様な雰囲気に包まれていた。
「キャサリン、最初の一発目は、なにがなんでも外せ。あれを喰らったら、さすがのきみでもダウンするぞ・・・」
キャサリンのセコンドが彼女の耳元で囁いた。
「ええ。去年のイメージで、距離を保って戦ったら、確実にやられるわ。接近戦に持ち込まなきゃ・・・」
「ああ。後はきみの体力だ。1ラウンドで決めようなど思うなよ。3ラウンド、フルに使うんだ。クリスのやり方ではスタミナが切れるはずだ」
「わかったわ・・・」
主審がゴングを見た。
「さぁ、行ってこい!」
「イエッ!」
かーーーんっ。
ゴングが鳴り響き、二人はリングの中央に飛び出した。
しゅっ!
まず、仕掛けたのはクリステアだった。
ぱしっ。
クリステアの前蹴りは、なんなくかわされた。
「しぃっ!」
キャサリンは前に大きく踏み込むと、ジャブからワンツーを放った。
ぱしっ、ぱしっ。
クリステアは半歩横に移動し、それを振り払った。
(くっ。格段にフットワークが良くなってる・・・)
キャサリンはそれを肌身で感じた。
「しゅっ!」
クリステアはキャサリンに今度は同じパンチで返した。
(ふふっ。やってくれるじゃない、クリス・・・)
「はいやっ!」
ぱしっ!
ばしっ!
クリスは1歩左に身を移動させたが、キャサリンはその正面を逃さなかった。
さっ!
「きえぃ!」
突然、キャサリンはボディを狙った突きから、膝を大きく上げ、ジャンプした。
たーーーんっ。
クリステアは顔を後ろに逸らすと、自ら後ろ宙返りをした。
くるっ。
たっ。
(ちっ、避けられたか・・・)
キャサリンはその時のために温存していた必殺技を見切られ、悪態をついた。