244 寸止
■寸止■
「下がって!」
主審はクリステアをコーナーまで下げさせ、倒れて足を押さえているジェニーに屈みこんだ。
「立てるか?」
主審がジェニーの側に屈み込んだ。
「ううっ・・・」
ジェニーは苦痛というより、足に感覚のないことで面食らっていた。
「立てないなら、KOになるぞ」
主審はジェニーに通告した。
「立つわ。立ってみせ・・・」
がくん。
どたーーーんっ。
ジェニーは立とうとしたが、感覚のない方の足に体重をかけた途端、そのままマットに倒れた。
「ゴング!ゴングだぁっ!」
リッキーがリングの中にタオルを投げ込んだ。
かんかんかんーーーっ!
ゴングが打ち鳴らされ、リッキーたちはジェニーのもとに駆け寄った。
「やったぞ!」
二宮はガッツポーズを取った。
「自爆ですね・・・」
イザベルが冷静な声で言った。
「ジェニーさんのキックが当たる一瞬に、身体を硬直させたのですわ」
ユティスが簡単な説明をした。
「どういうこと、ユティス?」
和人が不思議そうに言った。
「そういうことです」
イザベルは目をリングに釘付けのまま言った。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ジェニーは、言わば鋼鉄の柱にキックを見舞ったってわけさ」
二宮がわかり易く説明した。
「リーエス。それに神経的な刺激を与えられました」
ユティスはさらに補足を入れた。
「と言うことは?」
「足が痺れていて、とても立つことなどできないな」
「それ、痛いのぉ・・・?」
顔をしかめて真紀が尋ねた。
「いいえ。痛みも外傷も内傷もありません。しかし、恐らくジェニーさんの感覚はありませんわ。純粋に神経的なショックです」
「じゃ、骨折はしてないのね?」
「リーエス」
リング上では、主審がクリステアの右手を高々と上げた。
「勝者、クリス・ジニンスカヤ!」
「うわぁーーーっ!」
「クリス!」
観客は大騒ぎだった。
たったった・・・。
ぎゅぅ。
セルジは、リングに駆け上ると、クリステアを抱きすくめた。
「いいぞ、クリス!きみは、なんてすごいんだ。こんなの見たことないぜ!」
「やったわね!」
セルジの後から、アンニフィルドもやってきた。
「ジェニー、大丈夫か?」
リッキーたちはジェニーの肩を抱きリングに立たせたが、ジェニーの軸足はぶらぶらの状態だった。
「感覚が戻らない・・・」
「そうっとだ。そうっと」
リッキーは足をいたわりながら、ジェニーをリングの外に連れ出した。
「担架だ!」
かたっ。
すぐに担架が運ばれ、ジェニーはそこに横たわった。
「クリスはテレパスよ。あの女、ひょっとして・・・」
「エルフィア人だ・・・」
リッキーは必死で頭を回転させた。
「そうに違いない・・・」
「うっ・・・」
「悪い。痛むか?」
ジェニーの足に触れたリッキーは、ジェニーを上から覗き込んだ。
「ぜんぜん感覚がないわ。なんか自分の足じゃないみたい・・・」
がつん。
担架がリングに触れた。
「おい!気をつけて運んでくれ!」
「了解です」
ジェニーは担架で運ばれていった。
選手控え室では、場内放送で試合の状況が逐一知らされていた。
「予定通り、クリスが勝ち進んだようね・・・」
「ああ。キャサリン。準決勝じゃ当たらないが、今年は格段にパワーアップしているぞ」
セコンドはキャサリンの足をマッサージしながら、放送を聞いていた。
「ハイキックを当たる寸前で止めたみたいだな?」
信じられないような表情をして、セコンドがキャサリンを見上げた。
「ええ・・・。相当なめた真似をしてくれてるようね・・・」
「スピードも上がってるらしい」
「らしいじゃないわ。確実に、しかも極度に上がってるのよ」
「ま、きみの方が数段上だろうがね」
「冗談でしょ?」
「なにが冗談だよ?きみのスピードとパワーには負けてるぜ」
「冗談じゃない。あれが、人間業とは思えないくらい速いってことが、わからないの?」
ぶるっ・・・。
「キャサリン・・・」
「大丈夫。武者震いよ・・・」
「いやぁ、すごい技でした、クリス・ジニンスカヤ選手」
「あれ、そのシーンのリプレイが映し出されるようです」
テレビ解説者が期待するように言った。
「ビデオチェックよ」
クリスチナが興味津々でテレビに身を乗り出した。
「ああ。見てろよ、みんな腰を抜かすぞ」
どかっ。
ジョバンニもクリスチナの側に来た。
「そんなに速いの、あのキック?」
「見ろよ」
ビデオがスロー再生された。
クリステアの右足が上がり、次の瞬間、上段蹴りが繰り出されるように、右足がぶれて映し出された。
「ああーーーっ・・・!」
テレビ解説者は悲鳴にもにた声を上げた。
「消えてる・・・。ぶれた膝から上の部分が消えています・・・」
そして、次の瞬間、ジェニーの顔のすぐ横で、足が完全に静止していた。
「そして、次のコマで完全に止まっています」
「ありえないんじゃないですか?」
「この目で見てなきゃ、信じられません」
テレビは大袈裟でなく真実を伝えていた。
「はっはっは!。いわこっちゃない!」
ジョバンニは、呵呵大笑した。
「待ってよ、これ、ぶれてるというより、完全に消えてるじゃない・・・?」
クリスチナには、それがどれほどの速度か、検討もつかなかった。
「それくらい速いってことだ」
「わかってるわよ。けど、カメラに映ってないのよ・・・。人間業じゃないわ・・・。とても、信じられない」
「クリス、カメラは1秒に30コマ撮るんだぜ。室内の競技じゃシャッタースピードは遅くても500分の1だ」
「その1コマの間のことだって言いたいんでしょ?」
「ああ。そうだとも」
「これは、すごいことになりました。カメラでもクリスの蹴りを捉えることができてませんでした」
「どういうことで?」
「単純計算すると、足の移動が、コンマ03秒でも映らなかったくらい速いということです・・・。ですから、つまり・・・」
解説者は素早く計算して言った。
「つまり、クリスのキックのスピードは、コンマ03秒で2メートル以上あるということで・・・」
「時速いくらなんですか?」
「1秒で60メートル以上ですから・・・、時速は・・・」
テレビの解説者は必死で計算していた。
「約200キロ。もしくはそれ以上」
「完全に消えてたことを考えると、ざっとその倍近くはあるな」
ジョバンニは、面白そうに、解説者のコメントに付け加えた。
「時速400キロのキックですって・・・?」
「変か?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ありえるわけないじゃない!200キロでもありえないのに、冗談もほどほどにしてよ!」
クリスチナは本気で叫んだ。
「本気だ。昨晩、あんたにも寸前で止めてなかったら、首から上が引き千切られてるぜ」
ジョバンニは当然のように答えた。
「その威力あるキックを、彼女は鼻先寸前で、ぴたりと制御したんだぜ。こっちの方がよほど難しいとは思わんか?」
「ううっ・・・」
クリスチナは、昨夜、クリステアにテストしたことを大いに後悔した。
--- ^_^ わっはっは! ---
興奮冷めやらぬ間に、1回戦の第4試合が始まっていた。
「わーーーっ!」
「裕子ぉっ!」
観客はほとんど全員小金井裕子の応援だった。
「あーーーっ。最後の日本人選手、小金井裕子、イラリア・テシェイラに捕まったぁ!」
小柄な小金井は、その小柄さゆえのスピードで、イラリアの攻撃をかわしていたが、終に第ラウンド2分過ぎて、イラリアのパンチに足が止まってしまった。
「あー、小金井裕子、ダメです。足が止まってる!止まってはいけません」
小金井は身体を左右に振り、なんとか逃れようとしたが、イラリアの長い手足がそれを許さなかった。
「しいやっ!」
どかっ。
「うっ!」
ばしっ。
「はっ!」
ぼかっ。
「小金井裕子、コーナーに追い詰められています!」
かーーーんっ。
「ここでゴングだ。小金井、ダウン寸前、ゴングに救われました!」
「イラリアが、小金井をダウン寸前まで追い込んでるぞ」
にやっ。
トレーナーが場内放送を聞きながら、キャサリンに笑いかけた。
「これで、準決勝のクリスの相手は、イラリアで決まりね」
キャサリンは、控え室で、自分の準決勝の相手のニコレットのビデオから、目を離した。
「次は、きみだ、キャサリン」
「ええ」
「ニコレットは、きみと同じく長身だ。手足の長さを考えとけよ」
「わたしだって、長いわよ」
「そうだったな。で、ニコレットの前蹴り対策はできてるな?」
「ええ」
るるるーーーっ。
「イエス、マム」
ちゃ。
「あんたに電話だ、クリス」
ホテルの自室で待機中のクリスチナに電話が入った。
「だれ?」
「心配ない、ボスだ。どうしても話したいことがあるらしい」
「わかったわ」
クリスチナはクリステアの電話を受けた。
「ご免なさい。ホテルにかけるのはマズイから、ジョバンニの携帯にしたわ」
「それはわかったけど、なんなの?」
「それだけど、わたし、決勝は途中で棄権するつもりよ」
「え?」
クリステアの言葉にクリスチナは驚いた。
「左手首を捻挫することになるわ」
「なんですって、どうしてよ?」
「あなたも、他人の力で優勝なんかしてもらいたくないでしょ?」
「そんなこと言っても・・・」
「いい。わたしは十分に楽しませてもらったの。あなたの名誉も、事務所のファイトマネーも問題ないわ。それに、あなたのケガの説明をどうするつもり?」
「それは・・・」
「じゃ、そういうことで。わたしのことなら、心配しないでいいわ。地球人のスピードはわかってるから」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なによ地球人って・・・?はぁ・・・」
クリスチナはスマホをジョバンニに返す際に、大きくため息をついた。
くるっ。
「クリステアって、ホントに人間なの?」
「火星人やBEMに見えるか?」
ジョバンニがクリスチナにきいた。
「見えないから、聞いたんじゃない」
--- ^_^ わっはっは! ---
結局、第4試合は、3ラウンド48秒に、イラリアの猛烈なパンチで小金井がコーナーに追い詰められ、スタンディングダウンを取られて、イラリアの勝利となった。
「残念でしたねぇ、蓮田さん」
「ええ。しかし、あの体格で小金井裕子はよくやりましたよぉ」
「そうですねぇ。1ラウンドで、小金井のフットワークにイラリアは攻めあぐねていましたからねぇ」
「まったくです。小金井は軽量級の選手ながら、パンチもキックも強く、日本予選はKO勝ちもある正統派です」
「クジ運もありましたからねぇ」
「新人のボノかジェニーに当たってたら、1回戦を勝ち上がってたかもしれません」
「和人さん、クリスの準決勝はどなたになるんでしょうか?」
ユティスがまったく心配していない様子で和人に尋ねた。
「今勝った南米代表のイラリアだね」
「とっても身体能力が高そうです」
イザベルがすぐさま分析した。
「混血はいいとこ取りだからなぁ。手足は長いし、バネもありそうだ」
二宮も自分の感想を述べた。
「しかし、クリスにとっては、だれが出てこようが、あまり関係ないんじゃないか?」
俊介が言った。
「リーエス。超A級SSの実力がありますから。うふふ」
ユティスは俊介に微笑んだ。
「なんだ、その超A級ってのは?」
二宮がユティスにきいた。
「スーパー美人ってことだよ。な、ユティス?」
ぱちっ。
俊介が片目をつむった。
「はい・・・?」
「そっかぁ・・・。じゃ、イザベルちゃんは、超々A級ってとこだね?」
「二宮さん!」
--- ^_^ わっはっは! ---
準決勝の第一試合は、キャサリンとニコレットが、3ラウンドを戦ったが、甲乙つけ難く、判定に持ち込まれていた。
「どっちだと思う、ジョバンニ?」
「さぁな。オレにとっちゃ、あんまし関係ないが・・・」
ジョバンニは淡々と続けた。
「マムにとっちゃ、どっちだろうが、屁の河童だ」
「屁の河童?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「訳もないということだな」
「なるほど。わたしは、ニコレットに方が組み易いと思うわ」
「じゃ、そっちを応援するのか?」
「ふふ。まさかぁ。応援するのは、クリスだけよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「確かに」
「さて、判定が出たようです」
テレビでは主審が、キャサリンとニコレットを呼び、両手で二人の手を掴んだ。
「どっちにしろ、かなり微妙だわ」
「さぁ、主審が、副審たちを見て、頷きました。いよいよです」
さっ。
主審はキャサリンの手を上げた。
「キャサリンだ!勝者、キャサリンです。キャサリン・グリーン、昨年に続き決勝進出!」
「わぁーーーっ!」
会場は歓声に包まれ、キャサリンのセコンドが飛び出してきた。
「ニコレットとキャサリンは、リングの中央で笑顔で抱き合い、健闘を讃え合った。
「あは。思ったとおりだわ」
準決勝の第2戦は、クリステアとイラリアの勝負となった。
「クリス、イラリアはとにかくタフだ。全速力で打って蹴って、まったく疲れない。威力も衰えない。打たれても蹴っても、少しも堪えない。とにかく、バケモンだ」
「ふうーーーん」
クリステアはアンニフィルドを見た。
「それで、なんでイラリアは去年は決勝にもいけなかったわけ?」
アンニフィルドが尋ねた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「いい質問だよ。反則負けしたんだ。キャサリンと熱くなってね。打ち合いになったのはいいが、彼女にヘッドバットを喰らわしたんだ。どっかーーーんってね」
「きっと、酷く不味かったのよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ああ。審判たちには不評を買った」
「あははは。あなたもユーモアあるわね?」
「いや、アンニフィルド、きみこそよく知ってるじゃないか?」
「別に知ってるってわけじゃないけど・・・」
「じゃ、いつ仕入れたんだ、そのことを?」
「耳から聞こえるより、少しだけ早く、頭の中に届くのよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぱちっ。
アンニフィルドは、クリステアにウィンクをした。
「わははは。きみは面白いことを言うね?」
セルジはそれを冗談と捉えた。
「それで?」
クリステアが話を戻した。
「おかげで、イラリアは、審判全員からレッドカードを出された」
「で、イラリアには、ヘッドバットに気をつければいいわけ?」
「ああ。他にも反則ぎりぎりの汚い手を使ってくるかもしれん」
「了解よ。1ラウンド、きっかり3秒で片付けるから、彼女が仕掛けてくる暇ないと思うわ」
にこっ。
--- ^_^ わっはっは! ---