243 痺れ
■痺れ■
かぁーーーんっ。
終に試合開始のゴングが鳴った。
たったった・・・。
直ぐにジェニーは、クリステアの前に勢いよく飛び込んできた。
「すいやっ!」
びゅんっ!
ものすごい勢いで、クリステアの頭に上段回し蹴りが飛んできた。
「あーーーとっ、いきなりジェニーの上段だぁ!」
ひょい。
すかっ・・・。
(な、なにぃ?)
クリステアは左に最小限のステップを踏んで、それを数センチのところでかわした。
くるっ。
ジェニーはそのまま身体を回転させ、後ろ向きになったところで、クリステアの中段にさらに後ろ蹴りを見舞った。
「はっ!」
しゅんっ!
すかっ・・・。
(え?)
クリステアはまたしても際どい間合いで、それをかわした。
「くっ!」
びゅんっ。
ジェニーはさらに身体を回し、今度は再び上段に回し蹴りを放った。
すっ。
しかし、そこにはクリステアの姿はなかった。
「あうっ!」
次の瞬間、クリステアはジェニーの右横に移動していて、顔がくっ付きそうなくらい接近していた。
にやっ。
(そんなに回るのが好きなら、もっと楽しませてあげるわ)
ひゅんっ。
くるくるくる・・・。
クリステアの一振りで、ジェニーは左足を軸にして、まるでフィギュア選手のように高速スピンをした。
「うぁーーー!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ジェニー!」
それを見ていた、セコンドのリッキーは、大声で叫んだ。
どたっ。
ジェニーは目を回して足をふらつかせながら、そこに座り込んだ。
「あーーーっと、クリス選手またかわして、逆襲だぁ!」
くるくるくる・・・。
「きゃははは!なんてザマ!」
ぱんぱんっ。
げらげら・・・。
テレビで観戦していたクリスチナは、手を叩いて、ソファで笑い転げた。
「新しい必殺技らしい」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あははは。わたしに教えてよ、それ!」
にやっ。
ジョバンニが珍しくジョークを飛ばした。
「ス、スリップ・・・!」
この状況は、明らかにパンチもキックも入ってなかったので、主審はジェニーのスリップを取った。
「下がって!」
「はいはい」
にこっ。
クリステアは微笑むと、主審の言うとおりにコーナーまで戻った。
「ぷっ・・・。クリス・ジニンスカヤ、笑ってるぞぉ!」
テレビの解説者は、噴出しそうになるのを必死で堪えた。
「あは。笑っちゃ失礼ですよ・・・」
「し、失礼ですよね、ホント」
「わははは・・・」
しかし、会場は爆笑となっていた。
「どうなってるんすかねぇ・・・?」
二宮はイザベルに確認しようとした。
「わかりません。あの3連蹴りをかわして、なお、相手の勢い利用した技です」
「しかし、めちゃ、速くないっすかぁ?」
「ええ。尋常じゃないくらい速いです・・・」
イザベルは自分と比べていた。
「わたしじゃ、とてもあんな風にはいきません」
「そんなことないじゃないっすか?」
「いいえ。練習したって、ああはいきません・・・」
「立てるか?」
主審がジェニーを立ち上がらせた。
ふらっ。
ぷるぷるっ。
ジェニは頭を振って、正常であることを主審にアピールした。
「イエス」
「OK・・・」
主審はクリステアが戻ると、すぐに試合を復活させた。
「ファイッ!」
ジェニーは遠目の間合いを取った。
ぐる・・・。
ジェニーはフェイクを入れながらジャブを放ち、クリステアの周りを回った。
「はっ!」
しゅっ。
しゅしゅっ。
ばしばしっ。
「しいやっ!」
ばしっ。
ぱんぱん・・・。
二人の猛烈なパンチの応酬になった。
「当たってないな、ジェニー・・・」
ジェニーのセコンドが、同じくセコンドについたリッキーの側で、戦況を見つめていた。
「ああ。すんでのところで、全部ブロックされてる」
「大振りするな、ジェニーっ!」
リッキーが大声をあげた。
「コンパクトだ。コンパクトに出せ!」
ぴっ。
「あー、ジェニー・M、変則モーションから、左右をスイッチしたぁ!」
テレビの実況中継では、解説者が叫んだ。
「なに、もう切り札を出しちゃったんだ・・・」
クリスチナは馬鹿にしたように言った。
「あの女の利き腕は左だぞ」
ジョバンニがクリスチナを意外だと言うように見た。
「ええ。昨日のパーティーでわかってたわ・・・」
「ほう・・・。大した女だぜ、あんたも・・・」
「知ってたの?」
「ああ、オレはな。クリスから聞いていた。乾杯の時、グラスを左手で持ってたって言うからな」
「ふふふ。さすがだわ、クリス・・・」
(クリステア、あいつ左利きよ)
(わかってるわ、アンニフィルド)
ちゃっ。
そして、クリステアもスタンスをスイッチした。
「クリス、なにしてる!」
クリス・ジニンスカヤは右利きだったので、セルジはびっくりして叫んだ。
ぽんっ!
「大丈夫よ、セルジ」
アンニフィルドはセルジの肩を叩いた。
ぴきっ。
(く、こいつ、わたしをバカにして・・・)
リング上のジェニーは、それを見て逆上しそうになった。
「間合いを取れ、ジェニー!」
ジェニーのセコンドが叫んだ。
(熱くなるな、ジェニー。クリスの動きは速いぞ)
(わかったわ、リッキー・・・)
しゅっ。
しゅっ。
今度はジェニーも慎重になり、第一ラウンドは終わりを迎えた。
かーーーんっ。
(やはり、すごいですわ、クリステア!)
(ありがとう、ユティス)
(さっさと片付けちゃうと、観客にサービスが悪いと思われるもの)
クリステアがアンニフィルドを見た。
(あは。あなたも大口叩くようになったわね?)
アンニフィルドは愉快そうに答えた。
(事実だもの。さぞかし慌ててるでしょうね・・・?)
(リッキーもだと思うわよ、クリステア)
(リーエス)
(さて、次でしっかり決めてきてね)
(リーエス)
(クリステア、ジェニーさんに、あまり酷いことなさらないでください)
ユティスが心配そうに言った。
(うふ。心配しないで、ユティス。戦闘意欲を無くしてあげるだけだから)
かぁーーーん!
「さて、2ラウンドのゴングが鳴りました。両者、軽くグラブを当てた後、間合いと取ります」
たったった・・・。
「ジェニーはポーカーフェイスですが、相当ショックを受けてると思いますよ」
「そうですねぇ。後半は、まったく合わせて貰ってるという感じでしたからねぇ」
「しぃ!」
「ジェニーが、ローキックですが、クリス、なんなくかわしています」
クリステアは身体を左右に振ると、あっと言う間に、ジェニーの横を取った。
「出たぁ、クリスの円形移動!」
ジェニーは対応する方向を逆に取られ、腹ががら空きになった。
「はぁっ!」
びゅっ!
クリステアの高速中段突きが、ジェニーの水月に決まったはずだった。
「クリスの突きが、入ったぁ!」
解説者が叫んだが、ジェニーは崩れなかった。
「入った!」
テレビ中継を見ていたジョーンズが叫んだ。しかし、ジェニーもクリステアもそのままの姿で、微動だにしなかった。
「どうしたのよ・・・?」
クリスチナはテレビの前で、不思議そうに言った。
「わからん・・・」
「あーーーっ。クリスのパンチが入ったにも係わらず、ジェニー、崩れません。いや、クリスもその場に棒立ちです!」
カメラは二人の顔をアップにした。
ぷつっ。
じわり・・・。
たらぁ・・・。
一筋の汗がジェニーの額から頬に伝わっていった。
「ジェニー!」
リッキーの声が飛んだがジェニーには届かなかった。
(動けば、観客席まで飛ばしてあげるわ・・・)
ジェニーの頭の中で、クリスの声が響いた。
しゅっ!
ぴたっ!
クリステアが言い終わらぬうち、今度は、彼女の上段蹴りが、ジェニーの鼻先1センチでぴたりと止まった。
ひゅぅっ。
遅れて風がジェニーを掠めた。
(次にわたしの足を踏んだら、死ぬことになるわよ・・・)
クリステアはにこりともしないで、ジェニーを見つめた。
「うっ・・・」
たらーーーり。
ささっ。
クリステアは素早く足を引き、何食わぬ顔で、ジェニーが踏んだ軸足を引き抜いた。
がくがくっ・・・。
ジェニーに震えがきているのがわかったのは、エルフィア娘たちと、リッキー、それに和人と俊介だけだった。
「ぶぅーーー、ぶぅーーーっ!」
観客が一斉にブーイングを始めた。
(なにをしてるのクリステア?)
アンニフィルドはテレパシーでクリステアに呼びかけた。
(時間稼ぎよ。早く終らせないための・・・)
(あなた、一発も入れてないでしょ?)
(だから、効くのよ、精神的に・・・。もう、ジェニーは、恐怖でがくがくのはずよ)
--- ^_^ わっはっは! ---
「ぶぅーーーっ!」
「ぶっ叩け、クリス!」
「もたもたすんなよぉ!」
「ぶぅーーーっ!」
「大変なことになっちまうぞ・・・」
俊介の言葉は、観客のブーイングに消えそうになった。
「どうしたんですか?」
「クリス、ジェニーを徹底的に叩くつもりだ」
「叩くって、突っ立てるじゃないっすか?」
「わかんないのか、二宮?」
「おす。さっぱりです・・・」
「偶然かどうかわからんが、ジェニーがクリスの軸足の先っぽを踏んだんだ。で、彼女は蹴るのを止めた」
「なんでです?」
「警告だろうな」
「わたしは、わかります。常務さんの言う通り、警告です。ジェニー・Mは、今ので戦意を喪失してます」
イザベルが食い入るようにリング上を見つめながら答えた。
(女は、おっかねぇなぁ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「ジェニー!」
(ジェニー!)
リッキーは、実際の叫びと、頭脳波のテレパシーの叫びの二つで、ジェニーをなんとか正気に戻そうとしたが、それ以上の精神ダメージを負ったジェニーには、効果がなかった。
(ジェニー、正気に戻れ!ジェニー!)
ジェニーの頭の中で、ジェニーは強烈な突きを中段に喰らい、顔と身体を苦痛に曲げ、マットの上でのた打ち回っている自分が映っていた。
(わたし、殺されてた・・・)
「ファイッ!」
突然、主審の声が聞こえ、一瞬の後ジェニーはわれに返った。
びくっ。
クリステアの視線がジェニーの脳髄を射抜いていた。
(今度は容赦しないわよ、ジェニーちゃん)
はっ・・・。
ジェニーは突然理解した。
(わかった。あなた、テレパスなのね・・・?)
(だったら・・・?)
(人の頭を覗くなんて、スパイ行為よ!)
--- ^_^ わっはっは! ---
(スパイのセミプロに言われてもねぇ・・・)
(セミプロですってぇ?)
むっかぁ・・・。
--- ^_^ わっはっは! ---
(くうっ。バカにしまくってくれて・・・)
ジェニーの動きが明らかにおかしくなった。
にんまり。
(キックでもパンチでも、どうぞ・・・)
「きぇーーーっ!」
たったった・・・。
意を決したジェニーは、脱兎のごとくクリステアにせまり、パンチを繰り出した。
しゃっ!
すすっ。
(はい、1回。ハズレ・・・)
びゅんっ。
すっ。
(2回目も、ハズレ・・・)
(くっそう!)
だっ!
すっ!
(これで3回と。見事にすべてハズレだわ・・・)
クリステアはわけもなくそれをかわすと、ジェニーにつぶやいた。
(つまんないの。少しくらい当たってあげましょうか?)
じーーーっ・・・。
ぞくっ。
言い知れぬ恐怖を感じて、ジェニーの顔が強張った。
(な、なにをっ!)
(ふっふ・・・。いらっしゃい・・・)
ぶらり・・・。
突然、クリステアは両手のガードを下げて、ジェニーの攻撃を待った。
(バ、バカにして!)
(バカはあなたよ。100年以上もSSをやってきたわたしに対して、失礼じゃない、そのくらいの腕で・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
(ちっくしょう!)
「はぁっ!」
クリステアは避けるの止めた途端、ジェニーの強烈な中段蹴りを脇腹に受けた。
びーーーんっ!
「当たったぁ!ジェニー・M、クリスの中段への強烈な蹴り!」
「きゃあ!」
クリスチナはその瞬間、悲鳴を上げた。
「決まったな・・・」
ジョバンニが言った。
どさっ。
「あれ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
ジェニーの左足が戻り、体重をかけた瞬間、ジェニーはそのまま崩れ落ちた。
「あーーーっと、ジェニー、キックを決めたと思ったら、逆に沈んだぁ!」
「わぁーーーっ!」
「クリス!」
「やったぁ!」
「ジェニーー!」
「わぁーーー!」
解説者の叫びは、歓声に消されそうになっていた。
「な、なにが起きたの?」
クリスチナはジョバンニに説明を求めた。
「さぁ・・・。ジェニーの足になにか異常が起きたらしいな・・・」
「わかってるわよ、そのくらいのこと。なんの異常?」
「さぁ・・・。本人が知ってるんじゃないか?」
「あ、当ったり前じゃない!」
--- ^_^ わっはっは! ---
(ジェニー!)
(リ、リッキー、助けて・・・)
(どうした?)
(足が痺れて、感覚がない・・・)
(なんだって?)
(足に感覚がないのよ・・・)
(折れたのか?)
(わからない・・・)
(試合はどうなる?)
(ダメ。できそうにない・・・。それに・・・)
(なにを恐がってる?)
(あの女、テレパスよ・・・)
(なんだって?)
(テレパスなのよ。わたしの考えを読んだだけじゃなく、話しかけてきたの・・・)
(どういうことだ・・・?)
リッキーは、頭の中を整理しようとあせっていた。