242 初戦
■初戦■
「今晩は試合だってのに、随分と余裕ね?」
セレアムの社員たちはクリステアを見て言った。
「まぁな、言ってみりゃ、彼女はプロの用心棒だぜ。ルールなしの実戦を数え切れなく経験してきたつわものだ。レジーナの選手なんかが歯が立つもんか」
二宮は自分が武道ををたしなんでいるせいか、クリステアの実力を見る目だけは確かだった。
「はぁい、試合は夜なんだから、今は仕事よ。仕事」
真紀が社員たちを引き締めた。
夜になって、ついに女子異種格闘技世界大会レジーナの幕が機って落とされた。テレビ中継も世界規模で行われていた。
クリステアのセコンドには、セルジ、サブにアンニフィルドとユティスがついた。そのすぐ後ろでは、観客席最前列に、セレアムの社員面々がいた。
「わぁーーーっ!」
「わぁーーーっ!」
会場の興奮は最高潮になっていた。
きーーーんっ。
「さぁ、会場のみなさ、ならびに、テレビをご視聴のみなさん、終に、本年度の異種格闘技世界女王決定戦、レジーナの幕が切って落とされました。全世界からノミネートされた選び抜かれた選手8名によるトーナメント戦です」
「わぁーーーっ!」
「きゃあ!」
「キャサリーーーン!」
「クリスゥーーー!」
「ニコレットォーーー!」
観客はごひいきの選手を連呼した。
「去年チャンピオン、女王、キャサリン・グリーン、迎え撃つは、準優勝のEU代表ニコレット・バンジ。南米代表のイラリア・テシェイラ。それを追う日本人選手2名、昨年に続き2回目、早乙女早苗選手と小金井裕子。ダークホースのクリス・ジニンスカヤ。新人は、Z国からジェニー・M。それと、アフリカ代表、カーラ・ボノ。以上8名が、壮絶なバトルを繰り広げます。優勝賞金は、2000万円、準優勝でも1000万です。1ラウンド3分の3ラウンド制です」
「わぁーーーっ!」
「まず。レジーナ主催のコミッショナー、レオニド・トロンハイマーより、開会の辞です」
すくっ。
長身で恰幅のいい男がリングで立ち上がり、マイクを片手に中央に出た。
「これより、第3回女子異種格闘技世界選手権大会、レジーナの開会を宣言する」
コミッショナーの野太い声が会場に響き渡った。
「わぁーーーっ!」
ぱちぱち・・・。
「うぉーーーっ!」
会場は大歓声に包まれた。
「では、昨年のチャンピオン、キャサリン・グリーン選手チャンピオンベルトの返還、並びに栄光を称えまして、キャサリン選手の出身国の国歌を演奏いたします。全員脱帽の上、起立願います」
がたっ。
がたっ。
ざわざわ・・・。
たっ。
キャサリンが、リングの中央に出ると、両手でチャンピオンベルトを掲げた。
「わぁーーーっ!」
ぱんぱんかぱーーーん・・・。
合衆国の景気のいい曲が演奏される中、キャサリンからチャンピオンベルトの返還が行なわれた。
ぱちぱち・・・。
「ご着席下さい」
がたっ。
がたっ。
1回戦の初戦は、日本代表の早乙女早苗とEU代表のニコレット・バンジだった。
「しゅっ、しゅっ!」
早乙女は日本人女性としては大きめの167センチあったが、相手のニコレットは178センチであり、背丈も手足もサイズが一回り大きかった。
「しぃやっ!」
早乙女は、肉体サイズのハンデを跳ね返すべく、速いフットワークと技で勝負に出た。
ささっ。
が、ニコレットの長い手足に阻まれ、なかなか踏み込むことができなかった。
「しゅっ!」
「はっ!」
「しぃっ!」
逆に、ニコレットの追い詰めに合って、コーナーでニコレットの突きと蹴りをガードするのに汲々としていた。
ばん、ばんっ。
「しゅ!」
「回れ、早乙女!」
「右に回れ!」
早乙女のセコンドから指示が飛んだ。
どがっ。
「うっ!」
ニコレットの強烈なパンチが、早乙女のボディーにめり込み、早乙女は思わず身体を曲げた。
「わーーー、わーーーっ!」
「早乙女、回れ!」
「かわせ!回り込め!」
ぶんっ。
するっ。
身体を曲げたおかげで、ノックアウトを狙ったニコレットのパンチは空振りとなり、早乙女はようやく、コーナーを脱した。
ひょいっ。
くるっ。
ぶんっ!
がんっ!
ところが、セコンドの必死の指示で、かろうじてコーナーから脱出した早乙女の頭に、今度はニコレットからの上段後ろ回し蹴りが決まった。
がっくんっ。
「きゃあ!早苗っ!」
ファンの悲鳴が上がった。
どたぁーーーっ。
早乙女は膝から崩れるようにして、リングに沈んだ。
「ゴング!」
主審がゴングを鳴らすように指示し、ニコレットの右手を掴んで、高く掲げた。
かんかんかんっ・・・。
「万事休す!早乙女、ダウン!ダウンです!動けません。早乙女立てません。ゴングが打つ鳴らされています。KOです。ニコレット・バンジ、KO勝ちです!」
「ニコレット・バンジ!」
主審はニコレットの右手を高々と挙げた。
「早苗っ!」
直ぐに、セコンドがリングに上がり、早乙女の様子を診にいった。
「早苗っ!」
「あ・・・。うーーーん・・・」
早乙女は第一ラウンド2分30秒で、敗れ去った。
第二試合は、昨年優勝のキャサリン・グリーンとアフリカ代表のカーラ・ボノとがぶつかった。
かーんっ。
キャサリンとカーラは、ほとんど同じ体格で、スピードとパワーも互角に見えた。
「しゅっ、しゅっ!」
「はっ!」
どかっ。
ばしっ。
第一ラウンドから、パンチとキックの応酬となり、会場は盛り上がった。
「わーーーっ!」
「キャサリン!」
会場はほとんどがキャサリンの応援だった。
かーんっ。
第一ラウンドは、カーラはチャンピオンのキャサリンに互角に戦った。
「余裕かましてるな、キャサリン?」
キャサリンのセコンドは、にやりとすると、キャサリンの汗を拭いた。
「そうでもないわ。カーラの動き、思ったより速い・・・。それに、変則なのよ。ワンテポずれるから、合わせ難いわ・・・」
「おいおい、冗談はやめてくれよ」
「マジだわよ・・・。若さかしら、このインタバルで、向こうはより回復するわね」
「なに言ってんだ、キャサリン、向こうはぽっと出の新人だぞ?」
「わたしにとっては、対戦相手。試合に油断は禁物よ・・・」
かーーーんっ!
第二ラウンドのゴングが鳴り、両者はリングの中央に出た。軽くグラブを合わせ、二人はすぐに間合いを取り直した。
すすっ・・・。
「はっ!」
カーラが、変則的な構えから滑りよるようにして、キャサリンにパンチを放ってきた。
ぱしっ。
「あうっ・・・」
キャサリンは、かろうじてそれを受けたが、身をよじった分、カーラに脇を向けてしまった。
(しまった!)
(チャンス!)
「はいやっ!」
カーラは、キャサリンのがら空きになった脇腹に、中段回し蹴りを見舞った。
どんっ。
「うっ!」
キャサリンは顔をしかめた。
「きゃあーーー!」
「キャサリン!」
会場は悲鳴に変わった。
にやっ。
カーラの目に、チャンス到来とばかりに笑いが浮かんだ。
(来る・・・)
キャサリンはカーラが身を反転させるのがわかった。
びゅんっ。
(後ろ回しだ・・・)
次の瞬間、キャサリンは本能的に身を屈めて、カーラとの間合いを詰めた。
どっ。
カーラの後ろ回しは、ヒットポイントを外され、逆にキャサリンの左手に抱え上げられてしまった。
「しぃやっ!」
ぐいっ。
どーーーんっ。
キャサリンが、渾身の力で、カーラを押すと、一本足になったカーラは、マットにひっくり返った。
「く・・・」
「スリップ!分かれて!」
主審が二人を分けた。
「はぁ、はぁ・・・」
選手控え室では、クリステアが集中力を高めていた。
「どう、クリステア?」
「クリスよ。アンニフィルド」
「あは。リーエス。クリス?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「きみの番は、次だぞ」
「ええ。ぞくぞくする感じだわ・・・」
クリステアはセルジを見つめにやりとした。
ぞくっ・・・。
(クリステア、なんて目をしてんだ・・・。吸い込まれそうだ・・・)
るるるーーーっ。
「はい?」
「セルジ、わたし。クリスよ」
「やぁ。大人しくテレビ見てるか?」
「ええ。ゴリラさんと一緒にね」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ゴリラ?」
「ボディーガードのことよ、セルジ」
アンニフィルドが可笑しそうに言った。
「あ、なるほど・・・」
「クリスに替わって?」
「ああ」
セルジはスマホをクリステアに渡した。
「クリスよ」
「はぁい、クリス。こっちもクリスよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「どう?緊張してる?」
「ぜーんぜん。わくわくしてるわ」
「なら、良かった。わかってると思うけど、わたしのスタイルを崩さないでよ」
「了解。素早く合わせて、素早く引く。チャンスになれば、上段回しでしょ?」
「ええ。でも、一つくらいは、あなたの技を入れてよ」
「いいの?」
「ええ。わたしも習っときたいから」
「あは。そういうことなら、2ラウンド目にご披露するわ」
「お願い」
こんこんっ。
「オフィシャルが、呼びに来たようよ」
アンニフィルドがクリステアに合図した。
「じゃ、切るわ」
ぴっ。
「どうぞ」
クリステアが答えた。
「クリスさん、ご用意ください」
「わかったわ」
クリステアは椅子から立ち上がると、ガウンを羽織った。
「よしっ、いくぞぉ!」
「リーエス!」
セルジが気合を入れた。
「うほっ。次だぜ、次!」
リングの最前列シートには、株式会社セレアムの一行が陣取っていた。
「うるさいわね、二宮!」
がたっ。
「おす。すいません、真紀さん。オレ、興奮しちゃて」
二宮は立ち上がって、真紀を見た。
「隣にイザベルがいるんじゃ、平静を保てってのは無理じゃないかぁ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「常務さんっ!」
イザベルは照れ笑いして、慌てて否定した。
「そんなぁ・・・」
「しっかし、昨日の今日で、よく来てくれたわねぇ?」
真紀がイザベルに言った。
「だって、チケットが入手できなくて、わたし諦めてたんです。今年こそは行きたいって思ってたんです。そこに、二宮さんからレジーナのリングサイド席あるって言われたから・・・。わたし、もう、信じられなくて・・・」
「その瞬間、OKされたんでしたよね?」
ユティスがイザベルにウィンクした。
「そんなんだよ、ユティス。ついにイザベルちゃん、オレの告白を受け入れて・・・」
「告白はさておき、わたし、リングサイド席の誘惑に勝てなかったんです!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あは。イエスの理由は、先輩だからじゃないってことかぁ・・・」
「和人、この野郎!ぶっ殺す!」
「ぎゃあ!」
「あ、おす。失礼しました。喜連川さん」
「おす、は止めてください。ここじゃ、先輩は二宮さんなんですから」
「おす」
--- ^_^ わっはっは! ---
「さぁ、1回戦、第三試合は、注目の二人。ダークホースのクリス・ジニンスカヤと新人、ジェニー・Mです」
たんっ。
たんっ。
場内アナウンスに乗せて、二人がリングに登場した。
「ジェニーのセコンドは、リッキーよ」
アンニフィルドがクリステアに囁いた。
「予想通りだわね」
「ふっふ。今日こそ目に物を見せてくれるわ・・・」
「ジェニー、平常心に戻れ!」
リッキーはジェニーに警鐘を鳴らした。
「ふん。最初のラウンドで、マットに這い蹲らせてやる」
「ジェニー!」
「わかってるわよ・・・」
にたにたっ。
「あの、アバズレ女め・・・」
ジェニーはクリステアを睨みながら、不適な笑いを浮かべた。
(クリステア、大丈夫ですか?)
(リーエス。すこぶる調子がいいわ、ユティス)
(あなたに酷いこと言ってますわ)
(言えるのも、今のうちよ)
「やっこさん、相当頭に来てるぞ、クリス」
「セルジ、あなたもジェニーの考えたことが聞こえてるの?」
「ああ。顔にでかでかと書いてるからな・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「両者、出てきて」
主審が両手で二人をリング中央にでるよう合図した。
すっすっ。
すたすた。
レフェリーの合図で、クリステアとジェニーは、リングの中央に出てきた。
「手を上げて」
ささっ
ささっ。
副審たちが、二人のボディーチェックをして、異常のないことを、主審に告げた。
「OK。いいか、二人とも、顔面へのヘッドバットとレイトヒットは、厳しく反則を取るぞ」
「いいわ」
「了解よ」
主審の注意が終ると、二人はコーナーに戻った。
リング最前列に位置したセレアム様ご一行は、目の前で選手を間近に見て、手に汗を握っていた。
「なにか恐いわ・・・」
「安心しろ、クリスは極めて冷静だ」
俊介は真紀に言った。
「アンニフィルドが伝えてくれてる」
にやっ。
「あなた、アンニフィルドの心がわかるの?」
「ああ。アンニフィルドは愛してるからな」
「バカ。本人の目の前でいいなさい、そんなことは!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「開始2秒が勝負だぞ、ジェニー」
コーナーに戻ったジェニーに、リッキーが囁いた。
「わかってるわよ。わたしのスピードについてこれる人間はいないわ」
「高をくくってると、手痛い目に合うぞ」
「なにを弱気な。たかだか人間じゃない。宇宙人のSSじゃあるまいし」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ゴングと同時に奇襲をかけるつもりよ」
リッキーの思考を聞き取り、アンニフィルドはクリステアに確認をした。
「リーエス。いきなり面白いショーが見れるわね」
「なに言ってるんだ、二人とも。ジェニーは未知数なんだから、気をつけろ」
「ご心配ありがとう、セルジ」
ぎゅぅっ。
「いよいよですね?」
ユティスは和人の手を握った。
「大丈夫さ、クリステ・・・」
「クリスですよ、和人さん」
にこっ。
--- ^_^ わっはっは! ---
「そう。クリス」
「さぁ、第三試合、ゴングを待つだけとなりました」
「両陣営とも、極度の緊張に包まれていますねぇ」
「どうです、あのジェニー・Mは?」
「相当な自信家みたいですね。予選では、すべて2ラウンド以内にKO勝ちです」
「クリスはダークホースですが、油断してると、やられますよぉ」
「しかし、対戦相手の情報は下調べしてるでしょう」
テレビ中継では、解説者が勝手な感想を述べていた。
「うっさい連中だこと!」
いらいら・・・。
「まぁ、見てなって」
「すごい・・・。二宮さん、すごいです・・・」
「そっかぁ、そりゃ良かった。オレも嬉しいっす」
イザベルは二宮の横で両手を握って、試合開始を今か今かと待っていた。
「ねぇ、二宮さん。クリスさんって、似てません?」
「だれに?」
「だれにって・・・、クリスさん・・・に」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そりゃ、クリスっすから」
「そういう意味じゃなくて・・・」
「始まりまっす」
「あ、はい」
クリスチナはホテルの自室で、護衛に付いたジョバンニとレジーナのテレビ中継を見ていた。が、相当いらついていた。
「あーーー、クリスめ、言った通りにしてない!」
「いらつくなよ。クリスに任せたんだろ、クリス?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「カチューシャの色が白じゃないの!わたしは黒だって言ったでしょ?」
「勝負の縁起担ぎさ。白は白星。黒は黒星っていうだろ?」
「白旗ってのも、勝つ方が掲げる訳?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「屁理屈なら、あんたは、即、優勝だな」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うるさいわね」
「ま、万が一にも、彼女がやられることはない」
「どうだか・・・。わたしの名前に泥を塗ったら、承知しないんだから」
かーーーんっ・・・。
「ほれ、ゴングだ」
クリスこと、クリステアの初戦が始まった。