240 選手
■選手■
今のクリスは本物のクリスチナだった。
「ありゃ・・・?」
「なによ?」
「クリス、きみのドレス・・・」
「さっきからこれだけど?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なんか、微妙に違う気がするんだけど・・・」
「気のせいじゃない。あ、それ、わたしの?」
「あ。そうだよ。バーテンダーにしっかり作ってもらったからね」
クリスチナはホストが両手でグラスを抱えているのを見て、その一つを受け取った。
「しかし、きみがこんなのを飲むなんてねぇ・・・」
「なんのこと?」
「だからボクとの勝負だよ。それ。一気しないのかい?」
くんくん・・・。
「うぁ・・・。なぁにこれ・・・?お酒・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
クリスチナは眉をひそめた。
「あはは。冗談きついなぁ、きみが頼んだんだろ?」
ホストはそれを冗談と捉えた。
「これを?」
「そうだよ。ボクと一気飲みの勝負。ボクが勝ったら・・・」
「ええ?なにか賭けたっていうの?」
「そうじゃないか。きみから言い出したんだぜ」
「うそぉ・・・。あーーー!」
「ど、どうしたんだよぉ?」
(クリステア・・・。あなたって人は・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「まずは一杯目。いくよ・・・」
ぐいっ。
ホストは、グラス半分に注がれたスコッチのストレートを、一気に飲み干した。
「ふぅっ。次はきみだよ・・・」
「なんだ、なんだ?」
「お酒で、彼と勝負するらしいわよ、クリス・・・」
「すっごいじゃないか」
わいわい・・・。
がやがや・・・。
クリスチナとホストの周りには人だかりができていた。
「なんだか、あっちで、面白そうなことになってるわよ」
昨年のレジーナのチャンピオンのキャサリンが、ニコレットに片目をつむった。
「クリスね?」
「ええ。さっきは、あの生意気なジェニーとかいう新人に泡を吹かせてたわ」
「ふふふ。クリスったら、今年は、えらく強気じゃない?」
「相当、トレーニングを積んだらしいわよ」
「夜のこと?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ふっふ。お酒よ」
「明日が試合だってのに、バカにしてない?」
「いいじゃない。クリスは1回戦で当たるのよ。ちょいと見ものだわ」
「やぁ、きみたち!」
「あ、クリスのセコンドさんね?」
「セルジだ。よろしく」
「よろしく」
「クリスがすごいことになってるわよ」
「なんのことだい?」
「お酒の勝負よ、オフィシャルのホストと」
「なんだってぇ!試合前日だぞ?選手にアルコールはご法度のはずだ」
「だからよ・・・」
「キャサリン、行ってみる?」
「ええ。行きましょう、ニコレット」
「どいうことだよ、それ?」
「行けば、わかるわ」
「一緒に行きましょう」
キャサリンとニコレットも、クリスとホストの一気飲みの勝負を面白がって、クリスたちの取り巻きに加わった。
「さっ、次はきみの番だろ?」
「え・・・?わたし・・・」
「往生際悪いぞ・・・」
「そうだ。いけいけ、クリス!」
(クリステアめ!後で100億倍にして返してくれる!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「やれよ、クリス!」
「わかったわよ!」
くいっ。
クリスチナはグラスを空けた。
「おおーーーっ!」
「やるぅっ、クリス!」
かぁーーーっ!
「げほっ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
クリスチナは、スコッチのストレートでむせ返った。
「あーーー、むせた振りして、吐き出したなぁ?」
「げほげほっ。す、するわけないでしょ!」
クリスチナはスコッチを飲み干していた。
かぁーーーっ。
(クリステア、なんてことさすのよぉ!これじゃ、試合に響くでしょうが!)
(あーら、試合はわたし。忘れたの?)
(え、なに、今の・・・?)
--- ^_^ わっはっは! ---
クリスは、頭脳に響く確かな声に、びっくりして、あたりを見回した。
(わたしよ、わたし!)
(クリステア?)
(そう。わたし)
(なんで・・・、なんで、あなたの声が・・・?)
(双子同士は、血が繋がってなくても、心が通じ合うのよ)
--- ^_^ わっはっは! ---
(はい?理解できない・・・)
(いいから、楽しみなさいよ。滅多に飲めない最高級のピュアモルトなんだから。たぶん・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
(いい加減だわね?)
(強さは確かじゃない?)
(わかったから、さっさと交替しなさい!)
(なに言ってるの?替わったばかりじゃない?)
(こんなことになるなんて、わたし、約束してない!)
(約束はなくても、成り行きじゃ、しょうがないじゃない?)
(あなたがしたことでしょ?成り行きで片付けないで!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「おい、クリス!なに、バカなことをしてるんだ!」
セルジはクリスの様子に気づくと、すぐに二人の間に入った。
「なんですか、あなた、急に?」
ホストはセルジを見下すように言った。
「オレは、クリスのセコンドだ!選手に酒を飲ませるなんて、非常識だぞ!」
むっかぁ・・・。
「飲み比べを提案したのは、クリスだ」
「真に受ける方が悪い。オフィシャルのくせに、なにをやってる?」
「前夜祭のパーティーじゃないか?わからないのか、タコ?」
「なんだとぉーーー?」
ぐいっ、ぐいっ・・・。
「やるかぁーーー?」
「止めなさい、二人とも。せっかくのパーティーが台無しだわ」
そこに入ったのは、選手の一人、南米代表のイラリア・テシェイラだった。
「イラリア・・・」
「試合前にウィスキーやるなんで、自殺行為よ、クリス」
「でも、コイツが・・・」
「きみから、言い出したんだろ?」
「止めなさい!」
イラリアの鋭い視線に合い、ホストは言葉を飲み込んだ。
くらぁ・・・。
がくんっ。
クリスの足が突然もつれた。
「あれっ?」
がしっ。
セルジは直ぐにクリスを掴むと、出口に向かった。
「どいてくれ」
人だかりを分けると、セルジは会場を出た。
「なんてザマだ、クリス・・・」
「だって、クリステアが・・・」
「おい、大丈夫か、クリスチナ?」
「意識はあるんだけど、身体が言うことをきかない・・・」
「もう、部屋に戻ろう」
「でも、クリステアが・・・」
「彼女なら、なんとかするさ。とにかく、戻ろう」
「ええ・・・」
「クリステア、きみはいったいなにをしてきたんだ?」
部屋に戻ると、中では、クリステアとジョバンニが、セルジとクリスチナを待っていた。
「ちょいとショーを面白くしただけ・・・」
「クリステア・・・、覚えてなさい・・・」
「せっかくの高級スコッチを、たった一杯で止めちゃうなんて、勿体無いわねぇ」
「バカ言うなよ。選手に飲ませるなんて、非常識も甚だしいぞ」
「マム、ここはオレが・・・」
ずかっ。
ジョバンニが一歩前に出てきた。
「止めとけ、セルジ。このお嬢さんのためにやったことだ」
「なに?」
「残念ながら、クリスはまだ試合に出る気だ。だから、それを完全に諦めさせようとしたんだ」
「どういうこと?」
「クリス、試合に出ることを諦めてないんだろ?」
「うむ・・・」
「捻挫ってのは、痛みが引いたくらいじゃ、試合は無理だ。言わなかったか?」
「でも、大丈夫だわ!」
クリスチナは意地になった。
「ダメだね。最低2週間以上かかるな。見てみな」
ジョバンニがクリステアに合図した。
「アンデフロル・デュメーラ、映して」
「リーエス、SS・クリステア」
ぱあーーーっ。
突然、空中に立体スクリーンが出現し、手首のレントゲンのような写真が映し出された。
「うわぁ・・・!なんだ、こりゃ?」
セルジはおっかなびっくりした。
「クリスチナの手首の状態を磁気共鳴で映したものよ」
「クリスチナ・ジニンスカヤ。あなたの手首は中度の捻挫です」
アンンデフロル・デュメーラが検査結果を通知した。
「どうやってるんだ?」
「磁気共鳴と時空の調整で、わたくしからリアルタイム・モニターしています」
「これが、わたしだって言うの?」
「リーエス、クリスチナ・ジニンスカヤ。SS・クリステアの応急処置で、痛みは引いたかもしれませんが、あなたの手首はパンチの衝撃には耐えられません。明晩、格闘試合を行なうことは、お諦めください」
アンデフロル・デュメーラは声だけ聞こえていた。
「だれだ?どこにいる?」
きょろきょろ・・・。
セルジは辺りを見回した。
ぽわん。
アンデフロル・デュメーラの擬似生態イメージ体が、等身大となって、現われた。
「うひゃあ!」
「きゃあ!」
にこっ。
「わたしは、エストロ5級母船、アンデフロル・デュメーラのCPU」
二人は、度肝を抜かれて、口をパクパクさせた。
「あなた、いったいどっから現れたんです・・・か・・・?」
「地球上空32000キロから飛んできました」
--- ^_^ わっはっは! ---
「とにかく、大人しくなさい。明日は、わたしにまかせて、休養よ。わかった?」
「クリステア、きみはなにものなんだ・・・?」
セルジはクリステアを見つめて、棒立ちになった。
「説明してよ。依頼人には知る権利があるんでしょ?」
「いいわ。よく聞きなさい」
クリステアは二人に説明を始めた。
「かくかく、しかじか・・・」
「じゃ、きみは、その地球文明促進プロジェクトの国際機関の人間で、最先端技術を盗もうとしている連中をマークしてるってのかい?」
「そうよ」
「その先方が、あのジェニー・Mってわけね?」
「そういうこと」
「でも、このテクノロジー、とても現実とは思えないわ。わたしの痛みを止めたことといい、擬似生態イメージ体のアンデフロル・デュメーラといい・・・」
「そんなことは、どうでもいいわ。とにかく、協力してよね」
「そういうことだ。初めにクリステアを誘ったのは、あんただぜ、セルジ」
ジョバンニは淡々と言った。
「それは、こんなことになるとは思ってなかったからな・・・」
「わからないことは、アンデフロル・デュメーラにきくといいわ」
「わかった」
「じゃ、わたしは会場に戻るわ」
「ああ・・・」
ぽわーーーん。
しゅんっ。
クリステアは、言い終わらないうちに、白い光に包まれたと思うと、あれよあれよと言う間に消えていった。
「あわわわ・・・」
「あれも、超最先端技術?」
クリスチナはアンデフロル・デュメーラを振り返った。
「はい。ここで紹介したのは、ほんの数週間前です」
--- ^_^ わっはっは! ---
「たまげたな・・・。日本のテクノロジーは、とんでもないレベルなんだな・・・」
セルジも口を開けたまま、クリステアの消えたところを見つめた。
「いったい、どうやって・・・?」
「そのうち慣れる」
ジョーンズが二人に言った。
クリステアはクリスとなって、再びパーティー会場に戻った。
「大した女ね、あんた・・・」
キャサリンがにやりとして言った。
「リングが楽しみだわ」
ニコレットも続いた。
「すっかり主役を奪われちゃったわね、キャサリン?」
「ふっふ。実力はパーティーじゃなく、リングで示すものよ」
キャサリンはクリステアの顔が触れそうになるくらいに近づいた。
「見せてくれるの?」
クリステアは落ち着いて答えた。
「ええ。その前にジェニーで沈まないでよ」
「あなたも、1回戦で消えないでくれる?」
「ふっふ。面白いわ」
「あなたもね、ニコレット。順番で言うと、あなたと会うのは、準決勝だわ」
「楽しみにしているわよ、クリス」
「ええ。試合後は、たっぷり休暇を楽しめるといいわね、病院で・・・。ふふふ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぴきっ。
「大口叩くのも今のうちよ!」
すっ。
クリステアは一瞬でニコレットの横に回っていた。
「あっ・・・」
「じゃ、小声で内緒話にするわ」
クリステアはニコレットの耳元で囁いた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「え・・・?」
にたっ。
「わたしに触れることができたら、勝てるかもよぉ・・・」
ぞくっ。
「あなた・・・」
「どうしたの、ニコレット?」
青ざめた目で、去っていくクリスを追いかけているニコレットに、キャサリンは尋ねた。
「ニコレット・・・」
「あ、うん・・・」
「どうかしたの?」
「見えなかった・・・」
「なにが?」
「動きよ、クリスの・・・。一瞬で、わたしの右に回っていた」
「あなたが瞬きして時なんじゃない?」
「ち、違う。違うわ。あっと思った時には、耳元で囁かれてた・・・」
「ふうん・・・。で、なんて?」
「わたしが、彼女に触れることができれば、勝てるかもって・・・」
「なんですって?」
キャサリンは信じられないという顔になった。
「冗談も大概にしてよ」
「頭じゃ、そうだってわかるけど、さっきの動き、本物だったわ・・・」
「ニコレット、あなた酔っ払ってるんじゃない・・・?」
「いいえ。一滴も飲んでないわよ」
「まさか・・・」
「その、まさかよ・・・。もし、あれが錯覚じゃないとしたら・・・、ジェニーには髪の毛ほどの勝ち目はないわ・・・」
「どうして、みんな、あんなに面食らうかですって?」
「イエス、マム」
「人の視界には、死角があるの。盲点ってのは知ってる?」
「イエス」
「対象物が、左右どちらかしかの目だけでしか見えない時、瞳の外側15度付近のある範囲は、まったく見えなくなるの」
「視神経が、脳に通じる穴になってるってことですね?」
「ご明答。盲点よ。そこでは、相手がなにをしてこようが、絶対に感知できないの」
「オレたちも教育期間にさんざん習った」
「SSなら当然ね。その盲点のラインに沿ってパンチとか、キックを繰り出せば、いったいどうなるかしら?」
「いきなりパンチやキックを喰らうことになる」
「リーエス。相手は、防御どころか、気づきもしないわよね?」
「イエス・・・」
「こうよ。まず、相手の顔を斜めにし、こちらに向いた方の目だけをこちらに向かわせる。この準備こそが大切なの。フェイクを使って、相手の癖やリズムを把握してないと、チャンスはできないわ」
「イエス」
「相手がこっちを片目で捉えてるなら、その視線の15度外側から、相手の視線に沿って、瞬間的に真っ直ぐ突きや蹴りを出す。もしくは移動する」
しゅっ。
「それで、相手はこちらの手足の動きを一瞬見失う。気付いた時には、後の祭り・・・」
ぴた。
クリステアのパンチはジョバンニの1センチ手前で止まった。
「マム?」
ジョバンニは尊敬の眼差しでクリステアを見つめた。
「なぁに?」
「マムは、それを望んだ時には、100発100中で、できるんですか?」
にやり。
「リーエス。相手は望んでないでしょうけど」
--- ^_^ わっはっは! ---