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023 待機

■待機■



「A社に出かけてきます」

和人はカバンにPCを入れると、事務所を出ようとした。


「あ、ちょっと待てよ、和人」

二宮が和人を呼び止めた。


「あ、先輩、なにか?」

「あのな、例のユティス、ちゃんと会えてるのか?」


どきっ。


(先輩、他人の不幸を嗅ぎつけるの、めちゃ早っ・・・)


--- ^_^ わっはっは! ---


「え、まぁ・・・」

「そっか。それならいいんだが。白中夢ってこともあるからな」


「オレは狂ってませんよ」

「いいから、ちょこっと聞いてけよ」


「はい・・・」

和人は二宮の声でそこに立ち止まった。


「おまえ、ユティスの写真と動画とか撮ってないか?」

「ええ?」


「だって、おまえの不安はユティスが確かに存在するという証拠がないからなんじゃないのか?」

「ええ・・・」


「だから、本当に撮ってないのか・・・?」

二宮は期待するように和人の目を覗き込んだ。


「それ、先輩が持っていたいだけなんじゃないですか?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「そんなことはない。あるのか?」

「ないですよ。ユティスは精神体なんです。人間の目には映りません。ましてや写真やビデオに撮れるわけがないですよ。どうやって撮るっていうんですか?」


「そうっかなぁ。機械は人間の目より確かかもしれないぞ。念写写真とか心霊写真とかあるじゃないか?」

「なに言ってるんですか。オカルトじゃあるまいし・・・」


「どうやったら、ユティスが見えるようになるんだ?」

「心清らかな善人になることです」


「なんだ、そんなことならオレは心配ない。おまえは・・・?」

「もしもし・・・?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「先輩、そんなに会いたいんですか?」

和人は二宮の『にわか善人』そうな表情に苦笑した。


「ああ。人の好きな女を見てみたいじゃないか。どんないい女なんだろうってよぉ。会えるんならオレも証人になるぜ」


「先輩、なにを考えてるんですか?」

「なーーーんも。帰ってきたら、打ち合わせがあるぞ」


「わかりました。じゃ、行ってきます」

「おお・・・」


「行ってきます!」

「行ってらっしゃーーーい」

事務所の人間は一斉にコーラスして、和人を送り出した。




和人が出て行くと、すぐに俊介が二宮を呼んだ。


「二宮、ちょっと来い」

「うーっす」

二宮が俊介の席にやってきた。


「今日も、和人と打ち合わせしてこい」

「打ち合わせ?なんの?」


「業務改革でもなんだっていい。5時前に連れ出しても構わんぞ」

「そんなに早くはどこもやってませんよ」


--- ^_^ わっはっは! ---


「見つけろ」

俊介は有無を言わさず二宮に命令した。


「うーす」

「でな、あいつの悩みを聞いてやって欲しい」


「例の幽霊女っすか?」


--- ^_^ わっはっは! ---


「幽霊女?」

「オレはそう思いますが」


「わっはっは!二宮、おまえは本当に面白いヤツだな。いいから、A社から和人が戻ってきたら、一緒に行って来い」

「うーーーっす」




和人は、A社でプロジェクト立ち上げのためのキックオフ・ミーティングを開催する準備で、段取りの説明と承認をもらいに、鬼怒川部長を訪れていた。


「・・・ということで、よろしいでしょうか?」

「ふむ。それでけっこうですよ、宇都宮さん」

「は、本当ですか?」


ほっ・・・。


「あ、ありがとうございます。これで、御社と協力し合ってプロジェクトを進めることができます」

和人は嬉しそうに鬼怒川を見た。


「なに言ってるんですか。宇都宮さんの熱心さですよ。それに、あなたのご先輩の二宮さんと常務の国分寺さん。いや、上を口説くのに苦労しましたよ。正直、最初はこんな小さいところに任せていいのかって、意見も多かったんです・・・」

「そうですか・・・」


「ええ。小さいところって言って申し訳ないな」

「とんでもない。事実ですから」


「でも、悪気はないですからね。大手じゃ逆に融通を利かせてくれなくて、希望を出すたび裏でどんどん費用だけ嵩むんじゃないのかって意見があってね・・・」


「鬼怒川部長のご意見ですか?」


「いや、ウチの社長ですよ。こんなものといっちゃ失礼ですけど、IT業界は値段の正当性なんてあってないようなものです。われわれは、出された見積りをそうなのかって、調べることもできませんよね?」


「でも、ちゃんと工数等見積りの根拠となる添付資料に記入したんですが・・・」


「あはは。それはそれ。それが本当にそうかなんて、こっちじゃわからないでしょ?」


「それはそうかもしれませんが、うちも精一杯のところを・・・」

和人は精一杯鬼怒川を納得させようとした。


「わかってますよ。その誠意ですよ。それがセレアムさんに感じられたってわけです」

「それはどうも・・・」


「うちの仕様が変わったなら、どこがどう変わって費用がこうなると、明確にわかれば、経営陣だって納得するんですがね。仕様変更一式500万円じゃ、どう説明します・・・?」

「どうも・・・、ありがとうございます」


ぺこり。

にっこり。


「あはは。そういうわけで、うちの社長はセレアムさんを買ってますんで、ぜひとも、このプロジェクトはよろしくお願いしますよ」

「は、はい!」


「じゃ、常務さんたちによろしくお伝えください」

「はい、ありがとうございます」




「和人さん・・・」

ユティスは自分の部屋で静かに待機していた。


ひゅん。


突然空中に立体映像が現れ、それは一人の女性の精神体だった。


「まぁ、お姉さま・・・」


にっこり。

「お久しぶりね、ユティス」


「リーエス。お姉さまこそ、ご機嫌いかがですか?」

にこ・・・。


「うふふ。わたくしは大丈夫ですよ。エルドからあなたのエージェント復活を聞いてほっとしたわ。お役目は大変でしょうけど、とてもやりがいのある仕事です。『すべてを愛でる善なるもの』は、きっとあなた自身にとってかけがえのないものを与えてくれるでしょう」


「リーエス。わたくし、今、地球という世界を担当しています。ですが・・・」

「どうしたというの?」


「お姉さま、わたくし、一週間の待機中なんです。わたくしのコンタクティーの適合性をテストすると、委員会決定が下されました・・・」

「まぁ、酷い・・・」


「わたくしとしては、理事の方々の決定に従うしかありません・・・」


「ユティス・・・」

空中スクリーンの女性は優しい眼差しになった。


「いいこと。あなたは自分自身を信じなさい。それに、あなたのコンタクティーを信じなさい」

「リーエス」


「わたくしにはわかります。あなたたが選んだコンタクティーですもの、なんなくテストは合格しますよ」


「リーエス。でも・・・」


「ふふふ。だめよ、否定的な考えを持っては」

「リーエス・・・」


「あなたはコンタクティーを信じ続けなさい。コンタクティーのために祈り続けなさい」


「祈りなんかダメです。そんなことをすれば、ハイパー通信を介して和人さんにわたくしの思念波が届いてしまいます」

「まぁ・・・。すべてを禁じられてるのね?」


「リーエス。テスト結果を正確にするため、コンタクティーに心理的影響するような行為は一切できません。和人さんとは1週間どのようなコンタクトもしてはならないのです」


「そういうことですか・・・。ウツノミヤ・カズトのデータ収集中はご法度というわけですね。リーエス、わかったわ」


にっこり。

ナタリスは事情を理解すると、ユティスに微笑んだ。


「お姉さま、エルドや理事の方に、なにかおっしゃるなんてことは控えてくださいますか?」


「どうして?理事たちが一つも間違いを起こさなかったと言うのなら、今までの数ある失敗はどう説明するの・・・?コンタクティーの責任・・・?エージェントの責任・・・?SSの責任・・・?」


「お姉さま・・・」


「エルフィア人とて所詮人間なんですよ。心配しないで。エルドとお話ししてみます」

「アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうございます)・・・」




しゃぁーーー。

自動ドアが開いた。


「ただいま、戻りました」

「おかえりなさぁい」

「おかえり」

和人が事務所に戻ると、みんなが一斉に迎えた。


どさっ。

和人は自分の席に着くと、カバンを置いてPCを取り出した。


「報告しとかなきゃ・・・」

和人は開発部の岡本のところに行った。


「岡本さん、A社のキックオフの段取りですけど、こちらの案に同意いただきました」


にこっ。

「そう。良かったわね。ありがとう感謝するわ」

岡本は和人に礼を言った。


「それでなんですが・・・、Webの改修は1ヶ月で本当に良かったんですか?」

「そうよ」


「あんまりにも早いんで、先方が驚いてました」

和人は岡本に確認したがっていた。


「ふふふ。第一フェーズはそんなものよ。ちゃんと説明もしてあるわ。それで効果が現れれば、ゆくゆくは顧客もWeb全体を作り変えることに賛成し直すわ。そのためのための布石にするわけよ」


「ええ。今のサイトでは利用者がアクセスし辛いです。鬼怒川部長は、トップページのフラッシュは取り除いてもらってもいいと・・・」


「そうね。利用者が見たいのは、かっこいい門構えじゃなくて、A社になにができるのかってことだから。冒頭のフラッシュなんか、見てる方は煩わしいと思うだけだし、サイトを重くするだけだわ。あれじゃ、肝心のメインページにいく前に、逃げられちゃうのがオチね」


「はい。それを数値で示せたのが勝因ですね」

「ふふふ。その辺の次フェーズのプレゼンは早いうちにしとかなきゃいけないわね?」


「はい。お願いします。でも、キックオフ、後1週間で間に合いますか?」

「もちろん。石橋にその資料を用意させておくようにするわ」


「はい。ありがとうございます」


にっこり。

「じゃ、真紀たちには、わたしから説明しとくから」

岡本は優しく付け添えた。


「どうも」




開発部長の岡本は真紀のデスクの前にやってきた。


「和人が取ってきた件・・・」

「いよいよね、岡本」


「そう。A社の初仕事だから力が入るわ。それでね、真紀・・・」

「うん。手伝うことがあるなら言って」


にっこり。

真紀は岡本に微笑んだ。


「キックオフミーティングはスライドでするじゃない?」

「ええ」


「石橋に資料頼めるかしら?」

「石橋に?」


「そう。石橋ならツボを得たもの作れるし、とにかく見易くて、どこの客にも評判いいのよ」


にこっ。

真紀は岡本に微笑み返した。


「いいわよ。石橋はマーケティングと開発の掛け持ちだから、あなたがわたしの了解を得る必要はないわ」

「そういうんじゃないのよ。問題は二宮と俊介・・・」


「あの二人がどうかしたの?」

「ぎりぎりになって、いつも石橋に資料作成を押し付けるのよ」

岡本は眉をひそめた。


「やっぱりか・・・。薄々感じてたわ・・・」

「石橋が夜まで仕事してるのはそのせいよ」


(和人の退社時間のせいだと思ってた・・・)


--- ^_^ わっはっは! ---


「だから、あの二人の介入を阻止して欲しいの」

「そこまで酷いの?」


「特に二宮ときたら、石橋を完全に子分扱いしてるわ」

「わかった。石橋はA社にリザーブしとく」


「ありがとう。早速だけど、今日からお願いね」

「了解よ」




和人は自分の席で静かに考えていた。


(ユティスは確かに現実にいる。幽霊なんかじゃない。もっと自分の経験を信じるんだ)


和人はユティスについて思い返した。


(さっきのカフェで男性店員が言ってたじゃないか。今日は天使はいないのかって・・・。それは、ユティスが確かにオレと一緒にカフェに現れたことに他ならない・・・。オレの他にユティスを見た人間がいるんだ・・・)


「そうだ!」

かたっ。


「な、なに?」

事務所の人間が一斉に和人に注目した。


「常務、ちょっと出かけていいですか?」

「和人か?それはかまわんよ。すぐに戻るんだろ?」


「はい。たぶん、そんなにはかからないと思います」

「二宮との打ち合わせ、遅れるな」

「はい」


「いってきます」

「いってらっしゃい」

和人は事務所を後にした。




ほわん。


エルドの執務室の空中スクリーンに、美しい娘が現れた。


「アステラム・ベネル・ローミア(こんにちわ)。お元気ですか、エルド」

「ナタリス、きみか?」

「リーエス、エルド」


ぽぁわん・・・。


「今日、わたくしがお目にかかったのはユティスのことですわ」

娘はエルドがその姿を認めると、すぐに精神体として現れた。


「よろしいですね?」

彼女は要件に入った。


「その様子じゃ、全部知っているようだね」

「リーエス。メローズよりおうかがいしましたわ」

「なるほど・・・」


「コンタクティー適性テストを、どうして今になってする必要があるのか、わたくしには理解できません。事実、ユティスは半年以上にわたりコンタクティーの情報を収集していて、システム分析も完了しています。相性テストもご存知の通りですわ。それで十分ではありませんこと?」


エルドの次女は静かではあったが、断固たる意思をもって話し、エルドの返事を待った。


「・・・」

「そうくると思ったよ・・・」


「どういうことですの?」

「きみには本音を言おう。くれぐれもユティスには伏せておいてくれ給え」

エルドは真剣な眼差しでナタリスを見つめた。


「それはだ・・・」

「リーエス・・・」


「わたしはウツノミヤ・カズトを買っている。だからなんだ・・・」

「え・・・?どういうことですか?」

ナタリスは大きく目を開けて、エルドを見つめ返した。


「ユティスのコンタクティーとしてだけなら、今でも十分だ。だが・・・、それだけではないということだよ。トルフォたちが意見したのは、たまたまの偶然。わたしもそれを利用させてもらった」


「それでは、まさか・・・」


「ユティスはウツノミヤ・カズトに少なからず好意を持っている。彼女が立ち直りエージェントに復活したきっかけは、彼の日記なんだ。彼の日記がなかったら、ユティスは未だに・・・」


にこっ。

「うふふ。そういうことでしたか。わたくしと同じではありませんか?」

ナタリスはエルドに微笑んだ。


「きみたちは姉妹だからな」

「とはいえ、到底納得できません。至急ユティスの待機解除をお願いしたいですわ」


「わかったよ。但し、もう1日待ってくれたまえ。この期に及んで、1日くらい待てないのも変じゃないか?そうすればなにも遠慮は要らなくなる。トルフォに対してもね・・・」


「それがあなたの狙いですか、エルド?」

「リーエス。ユティスをトルフォに委ねることなどとてもできん相談だ」


「それを聞いて安心しましたわ」

「わたしは、ウツノミヤ・カズトに、わたしがそう思えるものがあるのかどうか是非とも見極めたい。後でどうしようもならなくなる前に・・・」


にっこり。

「リーエス。わかりました。ユティスに待機解除を伝えてよろしいですわね?」

「ナナン。わたしから直接伝える」


「リーエス。では、またお会いできることを楽しみにしていますわ、エルド」

「リーエス。ごきげんよう、ナタリス」


ほわぁーーーん。

スクリーンは消えた。


「やれやれ、女性たちからは総スカンだな・・・」


--- ^_^ わっはっは! ---

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