238 替玉
■替玉■
成田にいるラトアニアの連絡員の話に、セルジは真っ青になった。
「どうしたの、セルジ?」
「クリステアってことは、姉妹・・・?まさか・・・」
「ナナン。クリス・ジニンスカヤじゃないってことよ」
「でも、そっくりだし、格闘家みたいに・・・」
セルジには、クリステアが女性らしい線を失わずに、しかも引き締まった柔らかい筋肉で、いつでも強烈なパンチやキックを繰り出してくるだろうことが、容易に想像できた。
「オレも素人じゃない。その、体つき、厳しい訓練をしてきたものだ・・・」
「なぁに、ぶつぶつ言ってるの。さっさと、トーナメントの説明しなさいよ」
「トーナメントの説明って言っても・・・」
はたっ・・・。
「クリステア・・・、ちょっと、ホテルまで、一緒に来てくれないか?」
ぴくっ。
「ホテルに?」
じーーーっ。
--- ^_^ わっはっは! ---
「・・・」
ぼきぼき・・・。
ジョバンニは指を鳴らした。
「あ、あんたも一緒に」
セルジはジョバンニに言った。
「そういう趣味も、あるのか?」
ぼきぼき・・・。
--- ^_^ わっはっは! ---
「違う。詳細は着いてする。助けて欲しいんだ」
「だれを?」
「オレたちだよ。そんで事務所を。この試合に参加できなかったら、次の支払いで、不当たりを出してしまう。そうしたら、事務所は破産なんだ・・・」
「なんか、複雑な訳がありそうねぇ・・・」
「頼むよ、クリス・・・」
セルジはほとんど泣き顔になった。
「Z国のジェニーに、一発お見舞いしてみようっか?」
ぱち。
クリステアはジョバンニを見てウィンクした。
「いいんですか、マム?」
「ふふ。ジェニーと言えば、カメ横で、ユティスを拉致しようとした女でしょ?」
「そうなんですか?」
「リーエス。彼女にはお礼しなきゃね。1発じゃ、面白くないんで、2万発くらい」
--- ^_^ わっはっは! ---
「殺してしまいますよ、マム」
「手加減するわよ、当然」
「マム、二宮のウォッチはどうするんで?」
「もう、国際展示場じゃないし、二宮もイザベルも武道家の端くれよ。自分の面倒は自分でみれるわよ」
「イエス、マム」
「アンデフロル・デュメーラ。そう言うことだから、アンニフィルドに伝えて。一応、二宮たちも家に戻るまで、二人ともウォッチして。なにかあったら、即、報告してちょうだい」
「リーエス。SS・クリステア」
「そう。それと、明日の晩、格闘試合に出ることになりそうだわ。今日は、前夜祭に顔を出してから帰ることにするね」
「リーエス。お伝えします」
「アルダリーム(ありがとう)」
「パジューレ(どういたしまして)」
2人はセルジの案内でレジーナの前夜祭が行われるホテルにやってきた。
「すっごく立派なホテルだこと・・・」
「ベネチアン・ベルメール東京。ベルメールグループ系の超一流ホテルです、マム」
「セキュリティも一流かしら?」
「もちろん」
ロビーでなにやらやっていたセルジが、クリステアのもとに戻ってきた。
「お待たせ。いや、びっくりしたよ。クリスそっくりなんだから・・・」
「だから、クリスは、クリスよ」
「ファミリーネームの方は、なんだったっけ?」
「ああ、家族名よね?」
「そう、そう」
「えーーー。なんだったっけ・・・?そう、確か、ウツノミヤよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ウツノミア・・・。クリス・ウツノミアか・・・。ん、よし」
「なにが、よしなの?」
「いえ・・・。あ、来ました、リムジンバス・・・」
1台のリムジンバスが、成田空港からホテルまで、20人近いツーリストを連れてきた。
しゅうーーーっ。
ぱか。
ぞろぞろぞろ・・・。
その中に一際目立つ長身の美しい女性がいた。
「あ・・・」
「う・・・」
クリステアとジョバンニは、同時に声を上げた。
「クリス!」
「セルジ?」
「よく来たね」
「ええ。でも、左手が・・・」
「わかってる。そっちの事務所の人間は?」
「だめ。予算がないのよ・・・」
「やっぱり、きみ一人で来たのか・・・」
「しょうがないわ。わたしの旅費もやっとなの・・・」
「荷物は?」
「バスの床下にあるわ」
ホテルのポーターがバスから荷物を降ろしていた。
「あれよ」
「よしきた」
セルジはクリスのトランクを受け取ると、クリスに向き直った。
「これだけなのか?」
「そうよ。にしても、すごいホテルなのね?」
「ああ。日本にいる間の費用は、日本の興行側が持つからね。オレたちは支払う必要はない。入ってみろよ。たぶん、部屋もすごいぞ」
「そうなの?」
「ああ。1泊700ユーロ以上するらしい」
「そんなに・・・。わたしたちの国じゃ、考えられないわ」
「なにしろ、日本じゃ、きみは美人のダークホースとして、注目されてるからね」
「ん?」
クリスはセルジの奥に立つ二人に気が付いた。
「どうしたんだ?」
「そっちの2人は?」
「あーー、それなんだが、ちょっと来てくれ、紹介する」
つかつか・・・。
セルジとクリスは、クリステアとジョバンニに、近づいた。
じろじろ・・・。
「どうだい?」
「なんか・・・、鏡の中に自分自身を見てるみたい・・・」
クリスは目を大きく開けて、クリステアを見つめた。
「・・・」
ひゅうっ。
ジョバンニが、口笛を吹いた。
「まるで、双子だな・・・」
「クリステアよ」
「わたしは、クリス。クリスティーナ・ジニンスカヤ」
二人は頬を寄せ合って抱擁した。
「オレは、ジョバンニ」
ジョバンニは、帽子を少し上げた。
「左手を見せて」
くいっ。
「痛い!」
クリステアが湿布してある左手をほんの少し捻るだけで、クリスは顔をしかめた。
「ダメね、こんなんじゃ」
「まだ、1日あるわよ・・・」
「バカ言え。そんなこときみが一番知ってるだろ?」
(SS・クリステア、彼女の痛みを取り除かないんですか?)
(リーエス、アンデフロル・デュメーラ。できるけど、試合は無理ね)
(リーエス。了解しました)
「ちょっと、左手、もう一度見せない」
びくっ。
「え?」
クリスはしり込みした。
「大丈夫。痛みが取れるよう診てあげるから」
「ちょっとぉ、どうするつもり?」
「わたしは、その筋の専門家なの」
「い、いやらしいことするんじゃないでしょうね・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「違うわよ」
「きみは医者なのか?」
「ナナン。いいからかしなさい」
ささっ。
クリステアはクリスの左手を取ると、なにやら呟いた。
ぽわぁーーーん。
「光・・・?」
クリスの左手が白く輝き始め、光がおさまった時には、クリスの痛みは消えていた。
「わたしには、ここまでね。ユティスじゃないから・・・」
「どういうこと?」
「だから、直してあげるって言ったでしょ?どう?」
恐る恐る左手に触れたクリスは、痛みが消えてるのにほっとした。
「痛くないわ・・・」
にこっ。
「いったい、クリスになにをしたんだ・・・?」
「ふふ。結果よければ、すべて良し」
「あ、ありがとう・・・」
「でも、試合は無理よ。痛みが引いたといっても、関節の炎症が完治してるわけじゃないのよ。2週間は手首への負荷は避けなくちゃ」
「ええ・・」
「で、なに。わたしの代わりに、クリステアを替え玉にするっての?」
クリスはセルジの話に不安そうに言った。
「早い話が、そうだ。明日の試合に出れなかったら、事務所にファイトマネーは入らない。加えて、本国じゃ、マフィアのボスたちの賭けが行なわれている。きみが棄権するとなりゃ、きみに掛けてる連中は金を失う。何百万ユーロってね・・・。これが、どういうことを意味するか、きみにもわかるだろ?」
セルジは右手でピストルの形を作って自分のこめかみに当てた。
「ばん!」
「・・・」
「だから、いくら似てるからって、素人出したら、1秒もしないうちにバレるわよ」
「大丈夫だよ。オレの目は節穴じゃない。クリステアが、相当の使い手だってわかるさ。プロの目をしてる・・・」
「どのみち、きみは試合に出られないんだ。このまま棄権して、不戦敗でいいのか?」
「いいわけないでしょうが!ふん。頭にくるわ。ホント・・・」
「選択権はないんだよ、クリス・・・」
「わかった・・・。で、彼女にテストはしてみたの?」
「だから、きみに頼みたい・・・」
「ここで?」
「部屋は広いぞ」
「いいけど。手加減しないわよ」
クリスは目つき鋭くクリステアを見つめた。
「クリステア?」
「なに?」
「ちょっと、こっちに来なさい」
クリステアはクリスに近づこうとした。
しゅっ!
なんの前触れもなく、クリスの電光石火の右パンチが、クリステアに向けて繰り出された。
ぱし。
クルステアは、片手一つ、余裕でそれを受け止めた。
「やるわね・・・」
「だから、言っただろ?」
セルジが嬉しそうに言った。
「あなたは、黙ってて」
「ふぁ・・・」
クリステアは左手で口を覆った。
ぴきっ。
「なんなの、それ?」
「あんまり遅くって、あくびが出ちゃった・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぴきぴき・・・。
「しぃやっ!」
しゅっ。
ぱし・・・。
クリスの必殺技の超高速右後ろ回し蹴りも、なんなく止められた。
にこっ。
青ざめたクリスの顔の数センチ前に、クリステアの笑顔があった。
「このままキッスしてもいいんだけど、自分自身にするようで気が引けるわ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「くぅ・・・」
クリスはキックを止められたままの姿勢で、クリスを睨んだ。
ぱっ。
クリステアが手を下ろしたので、クリスも元の姿勢に戻った。
しゅっ。
ぴたっ・・・。
その瞬間、今度はクリステアの上段蹴りが、クリスチナの頬の2センチ前で止まり、微動だにしなかった。
ふわっ。
クリステアのキックで起きた風が、遅れてクリスチナの顔を掠めた。
「・・・」
あまりの高速キックに、受けどころか、クリスチナは瞬き一つできなかった。
「くっ・・・」
「余裕ね。わたしのキックに瞬き一つしないなんて・・・。ふふ・・・」
だが、クリスチナは、自分がクリステアの蹴りのスピードにまったくついていけず、気付くことさえできなかったことを知っていた。
「・・・」
すとんっ。
クリステアは静かに蹴り足を降ろした。
つかつかつか・・・。
「そんくらいで止めとけ、お二人さん」
すぅ・・・。
ジョバンニがゆっくりと中に入った。
「ふん」
さっ。
「ほら、オレの見込んだ通りだろ?」
「ふん。そこそこだわね・・・」
クリスチナは、受けたショックを悟られないように、強がった。
「で、どうするっていうの?オフィシャルにわたしじゃないってバレたら?」
「オレだってわかんなかったんだ、ヤツらにわかるもんか」
「にしても、試合の組み立て方とか、まったく違うのよ」
クリスチナがセルジに文句を言った。
「まぁ、聞けよ、クリス。バレなきゃいいんだろ・・・?なぁ、クリス・・・」
セルジはこの二人を区別する必要があった。
「クリステアよ」
「そう、クリステア」
--- ^_^ わっはっは! ---
「後30分で、レジーナの前夜祭が始まる。まずは、そこに・・・」
「まさか、それに出るって言うんじゃ・・・」
「さっきの成田からの電話で、もうダメかと思ったけど、間に合ったんだ。出ないでどうする?クリス、きみはダークホースだぞ。本国のボスたちに今晩の状況は伝えられる。出ないと、えらいことになるぞ」
セルジは、クリステアに派手なジェスチャーをした。
「はいはい。わたしじゃなくて、あっちのクリス」
クリステアが、クリスチナのほうを向いて、両手を広げた。
「そっか・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ややこしいな、こりゃぁ・・・」
ジョバンニが二人を見比べた。
「衣裳と髪型を揃えたら、母ちゃんでもわからんぞ。名前まで似てるぜ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「じゃ、こうすればぁ?クリスチナ、あなたが前夜祭で最初に出て、その後、わたしに入れ替わる。みんなの前で、二人が代わる代わる衣裳と場所を変えて出たり引っ込んだりする。居合わせた連中は、度肝を抜かれるわぁ」
「あは。面白そう。わたし、乗った!」
「ちょと、それは目立ちすぎるぞ」
セルジが慌てて抑えようとした。
「バレないようにするのが、あんたの務めだろ?」
ジョバンニがにこりともせずに言った。
「わかった・・・。じゃ、早速、支度してくれ」
「リッキー、大した情報は、取れなかったわね」
ジェニー・Mはレジーナの前夜祭を控え、衣装をチェックしていた。
「いいや。シェルダブロウの言葉が、本当かどうかの、裏付けくらいにはなったさ」
「どういうことだ、リッキー?」
外商部長が難しい顔をした。
「つまり、地球にいるエルフィア人は、自分たちの解任をまだ知らないってことさ」
「だからと言って、新チームが派遣されると言う保証にはならないわ」
ジェニーが慎重論を言った。
「いや。連中は、トルフォのことをよく知ってるし、エルフィアの委員会が、地球支援反対派の意見も考慮していて、微妙な決断で以って、予備調査を認めていることもわかった。ユティスが、宇都宮和人と恋仲であることも・・・」
「だが、その任務に支障が出ているかどうかは、わからんぞ」
「わかるさ。支障が出るから、職場恋愛が発覚すると、恋人同士は部署を変えられるんだ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「仕事と私事が入れ替わってしまうか・・・」
「まぁ、そういうことだ。その点、地球人も、エルフィア人も、同じってことさ。いずれ、近いうちに、ユティスは、引き上げを命じられるだろう」
「では、代わりに、われわれが・・・」
「組織的には、遥かに進んでいる。使命遂行なら、日本の連中の比ではないさ」
「なるほどね・・・」
「ところで、ジェニー。きみは、もうそろそろ時間だぞ。前夜祭に出なくていいのか?」
「ええ。顔出し程度はね。一応新人だし、先輩たちにご挨拶するわ」
「派手な挨拶にならんようにな」
部長が本気で言った。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ま、そこそこで切り上げるわ。その後、1時間汗をかいたら、早めに休むつもりよ」
「頼むぞ。試合で優勝をすれば、われわれのいい宣伝になる。きみにとっても、主催者側の賞金とは別に、政府の特別ボーナスが保証されているぞ」
にたり。
「わたしは欲深な女じゃないけど、くれるんなら、ぜんぶいただくわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「セコンドには、オレがつく」
リッキーがそう言うと、ジェニーは、含み笑いした。
にたにた・・・。
「かぶりつきって訳ね」
--- ^_^ わっはっは! ---